「あははははっ!!すごーーい!!凄いよレンちゃん!」
「に゛ゃああああああっ!?助けてぇぇぇぇ!!」
茨城は大洗沖。響くのはユキの楽しそうな声と、レンの悲鳴。完全な艤装を手に入れた二人は、東京迄の道の途中、試運転する事になった。主にユキが『いつ出ても大丈夫なように慣らしておきたい』と言った為。
その発案者のユキは実に軽快に海上を走っている。『駆逐艦吹雪』としての走行機関を完全に使いこなしているようだ。その一方で、艦娘の先輩の筈のレンは、走行機関に完全に振り回されている。海上を走っている、というより無理矢理走らされている状態。まともに旋回することもままならず、低速まで下げて漸く動けるようになる程度。何と言うか、不公平だ。
『レンちゃん、大丈夫?』
無線まで起用に使いこなしているユキ。運動神経、器用さ、凡てにおいて負けている気がする。
「うぅ‥‥‥私の方が先輩の筈なのに‥‥‥理不尽だよぅ‥‥‥」
これでユキが射撃の腕まで良かったら‥‥‥立ち直れないかも知れない。確かにレンはインドア派。料理を作ったりする事なら人並みに出来るが、運動は並以下‥‥‥訂正、並未満だ。それに比べユキはアウトドア派。スキー等も得意らしい。その辺の差が出ているのだろう。
因みに、ユキはお祭りも好きで、射的も得意である‥‥‥。
沖から海岸の方へと走り、何とか減速、停止。波に拐われないように一応二人とも錨を降ろした。この小さな筈の錨で自分を支えられるのだから、艤装のシステムは全く解らない。
二人が何故同時に艤装を駆る事が出来ているのかと言えば、妖精さんの一人と合流出来たお陰。つまり、今は妖精さんが二人居る状態。
妖精さんは、とある少女と一緒に小さな公園に居た。そのツインテールの少女には妖精さんが見えていたらしい。『妖精さんと私達の事はみんなには絶対内緒だよ?』と慣れた様子でユキが諭すと、少女は『うん!』と頷いていた。その少女がただ妖精さんを見えていただけなのか、それとも軍艦の魂を宿していたのか迄は確認しなかったが、恐らくは後者。だが、流石に四歳児の少女は命を掛けた戦いには巻き込めない。
『おねえちゃんたち、にんじゃさん?かっこいい!』と瞳をキラキラさせていた少女を何とか宥めて別れ、今に至っている。
(あの女の子も大人になって艤装着けたら、私よりも上手く海を走れるんだろうな‥‥‥私って駄目だなぁ)
公園の少女を思い出しながら、ユキと共にゆっくりと浜へと向かう。車に戻り、後部座席で揺られながら、いつの間にか眠ってしまった。
*********
『みんな‥‥‥ごめんね』と苦しそうな表情で、ストレートの銀髪にカチューシャ、弓道着の女性が肩で息をしながら何とか走行している。損傷は甚大。僚艦も彼女の轟沈を覚悟したほどで、機関が無事だったのは奇跡に近い。その弓道着の女性と並走し、周りを警戒しているのは駆逐艦親潮、早潮。
『翔鶴さん、もうすぐやから。謝らんといて』
自分‥‥‥漣の隣を走りながら、後方の弓道着の女性、翔鶴を励ますのは黒潮。漣も『もうすぐ内地だから!』と励ましている。
また、夢。軍艦としての魂の力を引き出してもらってから、頻繁に見るようになった軍艦の夢。
自分‥‥‥漣だけ他の面子から離れていく。状況は全く解らないが『じゃあ、私はサイパンに行かなきゃだから』という言葉が、口から勝手に流れ出てきた。
『はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥‥ええ、ありがとう、漣』
『いえ。翔鶴さんも気をつけて』
親潮達に先導され、翔鶴が内地へと向かっていく。今度はその最後尾に付いて走ろうとした黒潮に、漣はポツリと呟くように声を掛けた。
『私達‥‥‥勝てるのかな?』
驚いた表情の黒潮。何処か憂いを帯びたような笑顔を見せる。
『大丈夫や。勝てるよ』
『‥‥‥そう、だね。翔鶴さんをお願い』
漣の予感は的中する事になる。翌月、ミッドウェーにて、日本は赤城、加賀、蒼龍、飛龍の空母4隻を失う事となる‥‥‥。
*********
(‥‥‥また、かぁ)
目を覚ましたレン。どうやらかなりの間眠っていたらしい。道路の標識に目をやると、既に千葉県。しかも、東京湾が見える。
レン達が向かっているのは浅草だ。浅草寺の写真の中の1枚に、妖精さんが写り込んでいた。近くまでいけば、何とかネットワークを繋いで連絡がとれる。
「怪物が現れなけばゆっくり探せるんだけどね」
そんな事を発言しているのはユキだ。何と言うか、もうフラグにしか聞こえない。東京湾内にはまだ怪物は現れてはいないが、もし此処まで来るような事があれば最悪首都移転なんて話にも為りかねない。
「ユキ、そういう事言ってると本当に怪物が‥‥‥」
言い掛けたレンの言葉を遮るように、警報が辺りに鳴り響く。車を一時止め、レンとユキは沖に目を凝らす。
『奴らです!出番ですよ、漣、吹雪!』
妖精さんの言うことは分からなくもないが、今回は少し戸惑った。何せ、海の怪物達の姿は此処からでも見える。それはつまり、レン達があそこ迄行って怪物達を撃退すれば、その様子は陸から丸見えという事だ。
「‥‥‥絶対目立つよね?」
ユキに同意を求める。確かに、怪物を倒して海を取り戻すと誓った。ただ、注目されるのはどうかと思う。倒して戻ってきた時に野次馬に揉みくちゃにされるのは‥‥‥。
「行こうよ!」
レンの意思に反し、ユキが手を引っぱる。恐らく、ユキはそこまでは考えていない。彼女の思考は『みんなの為に怪物を倒す』 という事だけだろう。
とは言え、黙って見ても居られない。このまま怪物を野放しにすれば東京湾への浸入を許し、東京は首都としての機能を失う事になるだろう。それだけで日本は混乱に陥る。
「‥‥‥分かった。妖精さん、お願い」
周りに気付かれない程度に小さく溜め息をついたレン。、ユキ、それとお気に入りの兎のヌイグルミを着こんだ妖精さんと共に、艤装を纏い海岸へと向かう。
燃料もほぼ満タン。弾薬もある。問題があるとすれば、レンの船としての走行技術と、ユキの砲撃の腕だ。
「大丈夫!レンちゃん、任せて!」
Vサインで答えるユキは「何だかアニメの魔法少女みたいだよね!」と実にノリノリではしゃいでいる。レンの初出撃の時とは大違いだ。そんなユキを羨ましく思いながら、レンは全身、それに艤装に燃料を巡らせる。
(‥‥‥よしっ)
気持ちを切り替え、エンジンをフル稼働。最大船速で、駆逐艦吹雪と共に飛び出した。
******
悔しさ混じりに奥歯を噛み締め、横須賀基地内の執務室で天井を仰ぐ人物が居た。名は橋本、所属は海軍。階級は少佐。ここ横須賀の責任者だ。とは言っても、海軍は世界的に弱体化の一途を辿っている。縮小している訳ではない。海の怪物に徐々にその戦力を削られている為だ。現存の通常兵器はおろか、アメリカやロシアの最新兵器すら効かない怪物。そんな物を相手に勝利など出来る筈もない。
こうして今も怪物を目の前にして、ただ見ている事しか出来ない。
コンコン、とノック音。橋本が扉を開けると、部下の一人が息を切らせ立っていた。走ってきたのだろうか?
「少佐、報告します。『深海棲艦』6隻と何者かが交戦中、2隻撃沈したとの事です!」
「‥‥‥何だと?」
目を見開き、報告に驚く。何者かは分からないが、あの『深海棲艦』を撃沈したというのだ。無理もない。
「何者だ?映像はどうなってる?」
戦闘の様子を映している映像を確認する。映っているのは、軍艦の一部のような艤装を背負い、その手に連装砲を持った二人の少女だった。ぎこちない動きではあるが、連携をとりながら砲撃、鯨のような深海棲艦を撃沈している様子が見える。
「‥‥‥中将に繋げ」
あの計画は失敗した筈だ。だからこそ『南方棲戦姫』や『深海棲艦』が生まれ、人類は海を奪われたのだ。だが‥‥‥映っているのはどう見ても人間の少女が海上を走り、軍艦のように戦う姿。軍艦の魂を人間に宿す狂気の実験がつづけられていた、という報告は受けていない。
中将からの命令は、二人を『確保』しろというものだった。それと、落ち着くまでは公にするな、と。騒ぎを嗅ぎ付けたマスコミを煙に巻くのは面倒だが、中将からの命令とあれば仕方無い。
(身から出た錆とは言え‥‥‥)
まさか、こんな少女に日本の、いや、世界の命運を託す事になろうとは。橋本は椅子にもたれ、煙草に手を伸ばした。
(彼女達を騙して使うのか‥‥‥命令とは言え、心が痛むな)
公園の少女:後の川内さんです。この時四歳。
橋本少佐:某駆逐艦の最後の船長の血を引いてます。