『レンちゃん、伏せてっ!』
ユキからの通信に反応し、レンがその場にしゃがむ。直後、真後ろから砲弾が飛んできて頭の上を掠めた。振り向き連装砲を構え放つ。
一発目は怪物の左に逸れて水飛沫が上がった。レンが二発目を放とうとした直前、レンの右に回り込んだユキの砲撃が怪物を捉え、爆発と共に沈んでいくのが見えた。
気を取り直し立ち上がったレン。怪物の砲撃音が聞こえる度に耳を押さえてビクッと怯みながらも、何とか前進。射程内に捉え砲撃すると、今度は怪物に当たった。炎と煙をあげた怪物に近付いてもう一発。今度こそ怪物は沈んでいった。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」
三度目の戦闘となっても、未だに慣れない。ずっと死の恐怖と葛藤し、足を震わせながらも何とか身体を奮い立たせた。そうして今回も生き延びる事ができた。怪物に対抗できるのが自分達だけとは言っても、死の恐怖を克服できる訳ではない。確かに身体は強化されているし此方の攻撃も通るが、自分が無敵になった訳ではないのだ。
「これで‥‥‥全部?」
周りを見回すレンに『うん、そうみたいだね』とユキからの通信。それにしても、ユキはレンとは大違いだ。艤装の使い方も上手いし、動きもレンより遥かにいい。当に艦娘に成るために生まれてきたかのようだ。それに引き換え‥‥‥と少し落ち込んで低速で海面を走っていると、何かが此方に近付いてくるのが見えた。駆逐級の軍艦‥‥‥。
レンとユキは合流し停止、妖精さんをそれぞれ抱きかかえて軍艦に視線を向けた。
「ねえ、攻撃されたり‥‥‥しないよね?」
ふと頭に浮かんでしまって、レンは再び怖くなった。人類の敵である海の怪物をやっつけた、とはいっても、レン達以外の普通の人間から見れば自分達は化け物と言えなくもない。海面を走り、砲を放ち、人が及ばない力を行使する。それが『怪物の姿』をしているか、はたまた自分達のように『人間の姿』をしているかというだけなのではないか。海軍からしたら、どちらも海の脅威に見えるのではないか、と。
そう思ったら、怖くなった。何とか、何とかしなくては。どうにかして人類の敵ではない事を伝えなくては。それも、今すぐに。
(あっ、でも、どうやって?‥‥‥そうだ!)
普通に叫んでもきっと聞こえない。それなら、無線で語りかければ。
抱いていた妖精さんに艤装に戻ってもらい、通信を試みる。結果から言えば、いともあっさりと話が通じた。それは勿論、レンの説明で理解してくれた訳でも何でもなく、レン達を『手に入れる事』が海軍中将の命令だったからに他ならない。
‥‥‥軍の駆逐艦と並走、ユキと共に港へと入ったレン。言われるままに艤装を外して案内されるままに歩く。
軍人関係者以外が軍事基地に入るなんて滅多に出来る事ではない。預けた艤装を気に掛けつつ、レンは不安そうに妖精さんを抱く。
『資材さえ有れば艤装はまた作れます。大丈夫ですよ』
ユキの祖父が隠していた資材の残りでも、まだ艤装が作れるくらいはある。それに、時間は掛かるが妖精さんが資材を作り出せる。例え軍に艤装を接収され分解されても、また作ればいい。妖精さんの言葉で少しだけ落ち着きを取り戻したレンだが、不安はまだ消えない。
(ちゃんと帰れるのかな‥‥‥)
身の安全。あの怪物に唯一対抗できる自分達は実験動物のように扱われるのではないかという不安。拘束されて、朝から晩まで研究材料にされるのでは、という思いが込み上げて不安に陥る。そんなレンの様子を見かねてか、ユキが手を握ってくれた。
「きっと大丈夫だよ」
ニコリ、とユキが笑みを向けてくれる。彼女にも不安な気持ちはあるだろうに。そんな心遣いに嬉しくもあり、申し訳なくもある。
程なくして、大きな建物の門前に来た。2階建ての洋風の大きな、一見学校か役所にも似た建物。
促されるままに中へと足を踏み入れ、玄関すぐ左脇の応接室に通された。高そうな調度品が並べられた室内の、座ったことも見たことすら無い高級感漂うソファに並んで座らされて待たされる。
「このソファふかふかだね!」と相変わらずのユキの姿にもう呆れながら、自分は緊張し待つレン。1分かそこらだった筈が永遠にも感じられた待ち時間の後に現れたのは、思っていたよりもずっと若い人物。歳は二十後半から三十前半といった感じの、取っ付きにくそうな男性。顔はまあ、中の上くらい‥‥‥とか考えている時ではない。彼がこの基地の責任者なのだろうか?
「この基地を任されている橋本だ。君達に同行してもらった理由は他でもない。我が国‥‥‥否、人類の為に力を貸してもらえないだろうか?」
正直、これ程友好的に接してくるとは思ってもいなかった。橋本少佐の提案は、ユキとレンが海軍属になるその代わりに、衣食住の保証、家族の保証、それから艤装等の怪物達と戦う為に必要不可欠な装備品や物資の提供。
此処まで言われると、流石に裏があるのかと思ってしまう程の待遇だ。
隣のユキは表情は引き締めているが受ける気のようで「はいっ!」と慣れない敬礼をしてみせている。彼女は人を疑うことを知らないようだ。それだけ純粋に育ったのはいい事なのだろうが‥‥‥レンは受けるか否か迷っていた。
レンの背中を押したのは妖精さんだ。『これ程バックアップをしてもらえるなら』と。確かに燃料、資材、弾薬など、これから大量に必要となってくるものの心配をせずに戦えるのは心強い。それに、住む所も給料も貰えるというのだ。実際、ユキの家族はいいとは言ってくれているものの、いつまでもユキのお世話にもなれない。
(‥‥‥そう、だよね)
これからを考えれば、自然な流れだったのかも知れない。そう思い、レンはコクリと頷く。
「分かりました。それから、もう1つだけ」
抱いていた胸の中の妖精さんに、兎のヌイグルミを着せる。テーブルにポン、と着地した妖精さんに視線を落しながら、レンは艤装と妖精さんの関係を説明。見えない人間には俄には信じられないだろうが、目の前で何の仕掛けもない筈の兎のヌイグルミが動いているのだから仕方ない。
こうして妖精さん用の開発、改修工廠の施設、それと入渠ドック(ユキの実家の銭湯のお湯の確保)を確保し、軍での生活がスタートする事となった。ユキの家の銭湯には、祖父母の面倒を見るのも兼ねて二人の女性軍人が就くそうだ。
余りの急展開に脳が付いていけず、取りあえずで用意された建物最奥の右の部屋の布団に倒れ込んだ。ユキは既に就寝。この神経の太さが、軍艦の魂に対する自分との適応力の差だろうか?
(私も限界‥‥‥考えるのは明日にしよう)
そう思い、瞳を閉じた。この時の二人は知る由も無い。大本営の思惑も、これから二人を待ち受ける運命も。
*********
気付けば、海上に居た。何処かフワフワした高揚感と緊張感。何度経験しても慣れない。
(‥‥‥観艦式だ)
直ぐに理解できた。勿論、レン自身にそんな経験などない。となれば、また夢。『駆逐艦漣』の記憶の一部だろう。
まだ式が始まる迄には時間があるのだろう。壮大な数の軍艦が居るが、整列まではしていない。
『ほら、漣はあの辺りだよ』
初めてみる駆逐艦だが、分かる。語りかけて来たのは白露型駆逐艦の五番艦、春雨だ。今回の漣と同じ第二列。気付けば近くには駆逐艦の夕立や五月雨、綾波や浦波も居る。
(少し早いけど)
自分の位置まで、低速で移動。そこから改めて周りを見回した。今回は軍艦98隻、航空機527機が参加。再び自身も此処に居られるのは栄誉な事だ。
視線の先に重巡二隻が見えた。古鷹型の加古と古鷹、今回の供奉艦だ。それから、その二隻と何やら打ち合わせをしているらしき軍艦。日本が誇る高速戦艦、金剛型二番艦の比叡‥‥‥御召艦だ。
‥‥‥と、その比叡と視線が合った。その比叡は此方に気付いたようで、微笑みパチリとウィンクしてくれた。
(戦艦比叡か‥‥‥いつか、私も‥‥‥)
*********
目を覚ますと、見慣れない天井に見慣れない部屋。隣にはまだ眠るユキ。それでやっと、此処が横須賀の官舎である事を思い出した。
(あ、そっか)
布団から出て、部屋を出て、玄関迄真っ直ぐに伸びる廊下を歩く。目指すは玄関のホール手前、食堂の正面にある洗面所。顔を洗っておきたい。
玄関の方から声が聞こえた。覗いて見てみると、昨日会った橋本少佐の後姿と、話している少女の姿。「‥‥‥‥はい、お弁当。忘れちゃ駄目じゃない!全く、やっぱりパパは私が居なきゃ駄目ね」という、明るい感じの少女の声。橋本少佐の娘、だろうか?
その後の事はよく聞き取れなかったが、帰り際の少女と目が合った。向こうは不思議そうな目で此方を見ていた。それはそうだろう。自身と同じくらいの少女が、いかにも此処に住んでいますというような格好で見ていたのだから。
レンは取りあえずその少佐の娘と思われる少女に軽く会釈をして、洗面所へと入った。
それが、レンと駆逐艦雷との初めての出会いだった。
御召艦:金剛型は金剛さん以外は3隻とも経験あるんですよね。比叡は何度もやってますけど。
因みにレンちゃんが夢で見たのは1940年の日本海軍最後の観艦式です。