「はぁ!?戻れ、ですか?これから?」
足木が携帯電話を手に、怒鳴る。散々病院を探し回ったが、例の少女は見付からず。しかも、今度は東京湾で目撃されたというのだ。苛立ちを隠せない。
「だって、左腕切断になってもおかしくないくらいの怪我の筈なんですよ!?それを、こんな短時間で‥‥‥‥‥‥え?はい、はい、分かりました。戻ります」
通話をオフにして、「チッ」と舌打ち。目撃に間違いは無いらしい。かなり遠いが画像もあるそうだ。
それに関連して、押し付けられた調査がもう一つ。横須賀の海軍大佐の娘の近況を追え、というもの。こちらは凄惨な事故で目撃者、轢いたトラックまであるのに死亡というニュースが何処にもない。目撃証言が正しければ、不謹慎な言い方にはなるが死んでいなくてはおかしい事故だった。それにも関わらず、その後大佐の娘の無事な姿の目撃証言がある。酷い怪我をしている筈の二人の、超短期間での回復。何処かに共通点があるに違いない、と編集長は踏んだわけだ。
(戻れとか簡単に言ってくれちゃって全く、私がどれだけ駆けずり回ったと思ってるのよ、あのデブ編集長!)
そうして足木は横須賀海軍基地へと向かう事にした。先ずは見付けるのに確実性の高いほう、橋本大佐の動向。それで娘が見付かれば儲けものだ。
‥‥‥と思っていたのだが。編集部から再び連絡。大本営が緊急の記者会見を開くというのだ。あの海の怪物、『深海棲艦』に関する重大な会見だという。
実際に出席してみて、足木は舌打ちした。海軍に先手を打たれた。
深海棲艦に対抗できる戦力を手に入れた事。その技術は軍事機密の為に明かす事は出来ない事。足木の書いた記事の少女‥‥‥少女ではなく、れっきとした海軍下士官であるのとプライバシーと機密保護の為に名は明かせないが、彼女がそのシステムを運用しているのに間違いはない事。それと、軍事機密なので情報は制限、必要に応じて海軍が会見を開く事。
(つまり、これ以上詮索するな、って事か‥‥‥ウラがありそうねぇ)
海軍が軍事機密と言っている割には呆気なく認め過ぎだ。確かに、ごく近海で深海棲艦が現れればいやが上にも海上で彼女達が戦う姿は大衆に目撃される事になるだろう。それなら、初めからある程度認めておいた方が対策は立てやすいという事か。その方が、全て嘘で固めてボロが出やすくなるよりも『知られてはならない真実』を隠すのには都合がいいのだろう。
(深海棲艦を作ったのが大本営とか?‥‥‥流石にそんな訳無いか。まっ、追ってればそのうち分かるわよね‥‥‥)
編集部の自分のデスクに戻り、何時ものようにグデーっとだらしなく突っ伏し思考を巡らす。その頭の直ぐ脇には、自分が書いた例のレンの記事。
(軍艦の娘、軍艦っ娘。略して『艦娘』って、我ながら安直なネーミングだったかしら。‥‥‥にしても、なーにが下士官よ、全く‥‥‥何処の世界に人形抱えて戦う軍人が居るんだっつーの)
載せた写真の少女は、確かにリス程の大きさの人形を抱えている。その事に関して誰も突っ込まないのは妙だと思いながら(腐ってても仕方無い、大佐の娘を追ってこよう)と足木は漸く重い腰をあげた。
勿論、写真の人形は海軍はおろかマスコミ関係者の誰一人として見えてはいない。その人形‥‥‥妖精さんが写っているのが見えているのは関係者ではレン、ユキ、ナツの3人、それとこの足木だけ。
それに足木が気付くのは、もう暫く後の事になる。
******
「‥‥‥ねえ、パパ」
「此処では司令官と呼べ」
執務室。駆逐艦雷ことナツが、不満そうに橋本を見つめる。橋本大佐のほうは、視線はデスクの上の書類に固定されたまま。
「外出が許可制ってどうして?私、学校行かなくていいの?」
既に義務教育を終えているレンとユキは兎も角。ナツはまだ中学生だ。
まだ終業式が終わっていない。
橋本大佐が言うには、ナツは今日からはもう海軍軍人。故にもう学校に行く必要は無い、という。理屈はなんとなくは分かる。だが、あんな事故に遭ったのもあるし、きっと学校の友達だって心配している。それに、中学の課程くらい確り終えたい。昼間は学校、他の時間は海軍、では駄目なのか、と。
心なしか、父親の表情は辛そうに見える。ナツが海軍に入るのが辛いなら、辞めるという選択だって考えなくてはならない。そう思い声を掛けてみる。
「ねえ、パパ。私が海軍になるのが嫌なら、私辞めても‥‥‥」
ナツの言葉を途中で遮り、「それは無理だ」と答えた橋本大佐。「どうしてよ?」というナツにもそれ以上答えようとはしてくれない。
「‥‥‥いいわよ。分かった」
これ以上話しても恐らく答えてはくれないと判断。ナツは仕方無く執務室から出る。
‥‥‥分からない事だらけだ。海軍に居る間は本名を名乗る事を許されず、コードネーム‥‥‥即ち、駆逐艦・雷という名で通さなくてはならない。レンとユキに関しても同じでそれぞれ駆逐艦・漣、駆逐艦・吹雪と名乗る事しか許されない。何だか日本人としての自分を否定された感じがしてならない。
「ねえ、妖精さん。私の怪我ってさ、そんなに酷かったの?」
歩きながら抱いている妖精さんに疑問をぶつけた。元をただせば、全てはあのトラック事故。軍艦の魂を覚醒させなければ助からなかった程の怪我。気にならない訳はない。
『知らない方がいいですよ』
妖精さんが言うには、見るのも耐えられないくらいの酷い有り様だったという。現に、漣も吹雪もその凄惨さに入渠させた後に吐いてしまったらしい。「そっか」と溜め息を洩らして、現在の生活の拠点であるこの建物の右奥の部屋、漣や吹雪との同室へと歩く。
「ただいま」
扉を開けると、漣と吹雪は本を読んでいた。昔の、砲塔の扱い方についての教本。
「あ、雷ちゃん、おかえり‥‥‥うーん、慣れないなぁ」
そう話すのは吹雪。本名でもあだ名でもないコードネームでの呼称にまだ戸惑い気味のようだ。漣はといえば「おかえりなさい」と言うときだけ顔をあげて、直ぐに食い入るように本を読み始める。吹雪よりも砲撃が苦手な分、少しでも知識を入れておきたいらしい。
例え軍艦の力があったとしても、ベースは人だ。彼女達の運用は文字通り世界初だし訓練は手探りしながらになるだろう。しかし、ゆっくりもしていなれない。こうして本を読んでいる間にも、人類は少しずつ海を失っていっている。早く親玉を倒さねばならない。仮称『深海棲艦・南方棲戦姫』を倒し、元の海を取り戻さなくては。
‥‥‥漣と吹雪は気付いていないようだが、雷はふと感付いた。どうして『南方棲戦姫』が親玉だと分かるのか。もしかしたら南方棲戦姫は先兵で、他に親玉が居るかも知れないのに。
(パパ、もしかしてまだ何か隠してるの?)
***
それから基礎的ではあるものの訓練は始まった。先ずは海上航行の練習。自由自在に海を走れなくては戦う以前の問題だ。それと、砲撃訓練。放射角や方角などの計算は妖精さんがしてくれるものの、最終的な調整は漣達自身。どのくらいの距離だとどの角度で撃てばよいか、等を身体で覚える必要がある。燃料、弾薬は海軍が持ってくれるので心配もない。
‥‥‥例によって、どちらも漣が一番苦戦していた。
今回からレン達の呼称がコードネームに。
‥‥‥次回は漣の例のアレの話。