東方戦争犬   作:ポっパイ

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五十五話

 

 

 光に飲み込まれた魔理沙に対して幽香は僅かながらの失望を抱く。確かに強くなったのは認めよう。しかし、こんな簡単に終わってしまうとは予想もしていなかった。椛との戦いで気持ちが昂ぶりすぎていたのかもしれない。

 

 日傘を降ろそうとした時、奇妙な違和感が幽香に残っていた。否、違和感ではなくこれは悪寒のようなものだ。その正体を確かめるべく魔理沙の方へと視線を戻す。

 

 飲み込まれていたのは魔理沙の方ではなく、幽香の放ったマスタースパークの方だった。その証拠にミニ八卦炉へとマスタースパークが吸い込まれている様子が目に見えて分かる。そして、幽香のでも魔理沙のでもない声が何処からか聴こえてくる。

 

「ヒヒヒ、流石は幽香。こんなに魔力をくれるなんて太っ腹だな」

 

「――――ッ!」

 

 その声に幽香は聞き覚えがあった。感じていた悪寒の正体は間違いなくこの声の持ち主だ。悪寒の正体が解ると幽香の口角が不気味に吊り上がる。これはなんて素晴らしいサプライズなのだろうか。

 

「久しぶりね、元気だったかしら?」

 

「幽霊に元気もクソもあるかい」

 

「ふふ、それもそうね」

 

 全ての光を飲み込んだミニ八卦炉がカタカタと小刻みに震え始める。

 

「『頼る』ってのも悪くないだろう、魔理沙?」

 

「いや、まさか上手くいくとは思ってなかったですよ。……死ぬかと思ったぜ」

 

「そういうのは死んでから考えるんだね!」

 

 小刻みに震えるミニ八卦炉から軽快な音を発てながら色鮮やかとか言えない汚い花火が打ち上がる。続いて、ブリキでできたピエロの人形が飛び出し始める。その手には様々な種類の楽器を持ち、耳障りな不協和音を奏でている。それは小さなパレードだ。狂気と瘴気を撒き散らしながら災いの復活を祝福している恐怖のパレードだ。

 

 そして、彼女は顕現する。三日月の杖を仰々しく指揮者のように振るい、蝙蝠の翼をはためかせ、優雅に舞い降りる。可視化されるまでに禍々しい魔力を隠そうともせず、『悪霊』魅魔は祝福されながら顕現した。

 

 それは一種の賭けでもあった。ミニ八卦炉の中に魅魔を取り憑かせ膨大な魔力を与えること。足りない魔力を幽香から与えてもらうこと。修行の中で魅魔の封印をそのままに、ミニ八卦炉の中に取り憑かせるのは成功したが、幽香がマスタースパークを撃たない限り、成功しない賭けだった。そして、その賭けに魔理沙は勝った。

 

 近くにいるだけで寒気が襲う。自分の師匠だとは分かっていても本能が魅魔に対して警鐘を鳴らす。魔理沙が畏れを感じているのに対し、幽香の反応はまるで違うものだった。

 

 日傘を腕にかけ、心からの拍手を送っていた。その表情も心から祝福をしているかのように柔らかいものだ。

 

「お、おめでとうございます、魅魔様」

 

 魔理沙からの言葉に魅魔は杖を素っ気なく振るだけに終わる。魔理沙からは見えないが魅魔は凶悪な笑みを浮かべながら幽香と視線を交えていた。

 

「相変わらず趣味の悪い魔法ね」

 

「ハッ! 相変わらず趣味の悪い植物育てやがる!」

 

 それはさながら血に飢えた化物同士の睨み合いだろう。少なくとも魔理沙にはそう感じた。少しの切っ掛けで何時、衝突が起きても仕方がない。魔理沙は魅魔に加勢するべくミニ八卦炉を手に取り戻す。

 

「まぁ、お前の趣味が悪いのは今に始まったことじゃぁないさ。でも――――見直すところはあるな」

 

「何かしら?」

 

「あの名も知らぬ人狼。アレは良いな。非常に良い。この幻想郷で戦争をおっ始めるってのが好感度高い。超高い」

 

 魅魔はかつて幻想郷を愛して憎んで恨んで壊そうとした悪霊だ。それが原因で当時の巫女に封印されてしまったわけだが。理由は違えど幻想郷を混沌の渦に巻き込んだ大尉に対して思うところがあったのだろう。

 

「……本当に封印されてたのかしら?」

 

「あぁ、されていたさ! お陰で目と耳しか動かせなかったよ!」

 

 ポン、と軽快な音を発しながら眼球に直接、耳が生えたような奇っ怪な使い魔が魅魔の手から現れる。この奇っ怪な使い魔が魅魔の目となり耳となっていたのだろう。確かに封印はされていた。故に、この奇っ怪な使い魔を出すことしかできなかったのだ。

 

「それで、だ。私にも紹介してくんねぇかい、その素敵な彼をよ」

 

「なっ!?」

 

 驚いた声を挙げたのは魔理沙だった。

 

「どういうつもりかしら?」

 

「なぁに、私にも加担させろって話だよ。どうにもアレとは気が合いそうなんだよ、ヒヒヒ」

 

 両手を広げて敵意がないことをアピールしながら魅魔はふわふわと幽香へと歩み寄って行く。唖然とした様子の魔理沙だったが、少し遅れてミニ八卦炉の射線上に魅魔と幽香を重ねる。その表情には焦りが見てとれる。

 

「いや、本当にどういうつもりだよ、魅魔様」

 

「どういうつもり、か。理解しろよ、バカ弟子。さぁ、手を取り合って共に幻想郷を滅茶苦茶にしてやろうじゃないか!」

 

 キラキラとしたエフェクトまで出現させ、とても晴れやかな笑顔を浮かべた魅魔は手を差し伸べる。しかし、相手は魔理沙ではなく幽香に対してだ。

 

「ば――――――」

 

「返事が遅い!」

 

 幽香が何か口を開きかけたところを邪魔するように魅魔の魔法が幽香を焼いた。そして、今まで音楽隊として楽器を鳴らしていたはずのブリキの人形たちが楽器を捨てて刃物に持ち替えると燃え盛る幽香へと突撃していく。ブリキの人形が炎に触れる度、花火のような音を発てて爆ぜていく。音の割にその威力は高そうに見える。その光景は狂気沁みていた。

 

「さっさと行きな、バカ弟子」

 

「え、あ、はい!?」

 

「理解しろ、と言っただろ、馬鹿弟子。お前は肩を並べるために強くなったんだろう? こんなところで遊んでる暇なんてないはずだろ!」

 

「――――っ!」

 

 魔理沙は思い出す。霊夢と肩を並べて異変を解決できるようになるために強くなったことを。幸い、魅魔が幽香の相手をしてくれるそうだ。ならば、自分は霊夢の元へと行かなければならない。

 

「ありがとうございます、師匠!」

 

「待て……」

 

 箒に跨り飛び去ろうとする魔理沙を見詰める者がいた。魔理沙と幽香の戦闘が始まった際にすぐに避難させられていたはずの椛が満身創痍の身体を何とか起こしていた。

 

「……彼は無縁塚に向かっている……はずだ」

 

 椛は大尉たちを残った千里眼で確かに追っていた。向かう方角的にあるのは無縁塚しかない。何故、無縁塚に向かっているのかは分からないが、自分ができることはしておかなければならないと感じていた。

 

 椛が容易く情報を漏らしたことに対して幽香が何かを言うことはない。というより、燃やされて口がきけない状態だ。

 

「ありがとよ!」

 

 今度こそ、魔理沙が飛び去っていく。その方角の先には無縁塚があるだろう。椛はそれを見送ると限界が来たのか地面へと倒れ込む。

 

「あぁ……この夜を……終わらせて……くれ」

 

 きっと霊夢や魔理沙ならこの一夜を終わらせてくれるだろうと椛は確信していた。自分に出来るのはここまでだ。白狼天狗として裏切り、狼として裏切り、幽香に敵として認められた。もう充分だ。とてもとても眠かった。後は任せよう。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 EXルーミアは遠くから感じる懐かしくも嫌な気配に対して唾を吐き捨てる。封印されている、と聞いていたはずだったがこの気配を間違えるはずがない。間違いなく魅魔が顕現している。

 

「……ウザってェ」

 

「ひっ」

 

 EXルーミアのぼやきに反応したのは影狼だった。また自分が何かをしてしまったのではないかと冷や汗が出てくる。見兼ねた大尉がEXルーミアに疑問を投げかける。

 

「どうしたって訊いてます」

 

「どうってことねェよ。ウザいバカが復活してんなァって思ってよ」

 

「はぁ……」

 

 EXルーミアは過去に魅魔と面識があった。当時から悪霊として通っていた魅魔は死なないことを良いことにEXルーミアにちょっかいを掛けていた。時折、「組まないか」と提案をされることもあったが、EXルーミアがそれを承諾したことは一度もない。その度に辺り一面を吹き飛ばす爆発魔法を放たれるのがウザくてウザくて仕方なかった。そんなことは大尉が知らなくても良いことだ。

 

 幻想郷を根本的に崩壊させるような計画を練っていたのは知っているが、それが実行されなかったところを見るに当時の博麗の巫女に封印されたのだろう。自身を封印した巫女よりももっと前の巫女にだ。

 

 EXルーミアから見ても魅魔は強者の類だった。消滅させられたのではなく、封印されたということは当時の巫女も封印が限界だったのだろう。味方になれば心強いだろうが、大尉や自分が魅魔と並んで戦う姿を想像すると吐き気がしてくる。

 

 説明になってない説明をされた大尉は特に思うところもなくそれを流す。要は、また強者が増えたというだけだ。挑んで来るなら迎え撃つが、来ないのならまた別の機会で楽しめば良い。この戦争が終われば、また新たな戦争をするだけだ。今の相手は博麗の巫女たちだ。

 

「あの、そろそろ着きそうかも」

 

 目的地が近付いてきたのか影狼が頼りなく言葉を発する。確かにこの辺りは良い空気ではない。まるで忘れ去られた墓場や放棄されたゴミ収集場のような廃れた空気を感じる。

 

 大尉はその空気をとても気に入っていた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 無事に弟子を見送った魅魔は燃え盛る幽香を見て、呆れたようにため息を吐いた。

 

「で、何時まで燃えてるつもりだい?」

 

「……もう良いのかしら?」

 

 幽香の手の一振りで燃え盛っていたはずの炎が消し飛ぶ。炎が消え去った後の幽香の姿からは特に損傷を受けた様子は見られない。その表情も涼しいものだ。本当に焼かれていたのか疑ってしまう。

 

「態々、待っていてくれたのかい?」

 

「その方が楽しめるでしょう? 私も貴方も――――彼も」

 

 魔理沙を行かせたのには理由がある。一つは、久々の旧敵との戦いを誰の邪魔もなく楽しみたかったこと。一つは、戦いたがりの人狼に敵を用意してあげるため。今の魔理沙ならば、大尉に敵として認められるだろう。

 

「ヒヒヒ、本当にお熱だね。そんなに気に入ってんのかい?」

 

「とても、よ。貴方が魔理沙に加担するように、私は彼に加担したの。……まぁ、最期まで一緒に戦えなかったのは少し残念ね」

 

 幽香は少し拗ねたような表情を見せる。確かに、ここに残ると言ったのは自分だ。この場所こそが自分の領域であり、勝つのも負けるのもここがいい。だが、大尉はこの場所を選ばなかった。結果としてはそれだけだ。最期まで着いていったEXルーミアや影狼が少し羨ましく思える。そんなことは決して口にはしない。

 

「意外だ。本当に意外だ。あの暴君がそんなに肩入れするなんて! とてもとても素敵じゃあないか!」

 

 あの幽香がここまで惚れ込む相手に魅魔は益々興味が湧いてくる。使い魔を通してでしか見てない人狼を間近で見たくなってくる。きっと素敵な化物なのだろう。きっと馬鹿な化物なのだろう。とても魅魔好みだ。

 

 そんな魅魔の考えを読んでいたのか、幽香の表情が凶悪なものへと変わっていく。しかし、その表情から笑みが消えることはない。

 

「残念だけど私に付き合ってもらうわよ」

 

「ヒヒヒ、それはそれで素敵なお誘いだ」

 

 魅魔の背後に魔法陣が浮かび上がり、色鮮やかな魔法弾が不規則な軌道を描きながら幽香へとゆっくりとした速度で放たれる。同時に三日月の杖を空に掲げると杖の先端から幾多の極細レーザーが真っ直ぐ幽香へと撃たれる。

 

 レーザーを開いた日傘で防ごうとする幽香だったが突如、レーザーが何本にも枝分かれをし、日傘を避けて幽香の身体を――特に脚を重点的に容易く貫いていく。膝を地面に付きかけたが寸でのところで態勢を整える。

 

「そんなんで膝付きかけんなよ! ほれ、胴体もお留守だよ!」

 

「――――ッ!」

 

 今まで不規則な軌道を描きながら飛んでいた魔法弾が打って変わって幽香へと速度を上げて直進していく。

 

 自身を囲うように茨の盾を作り、魔法弾の直撃を防がんとする。当たった瞬間に爆ぜていく魔法弾は容易く茨の盾を破壊する。

 

 だが、幽香もやられたままではない。破壊される寸前に幽香は脚の損傷を気にした様子も見せず魅魔へと駆ける。まさか、そんな状態で突撃してくるとは思っていなかったと云わんばかりの表情を浮かべた魅魔が少し後退る。だが、すぐに不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

 距離を詰めた幽香は日傘を横一文字に振るう。しかし、何の手応えもなく日傘は魅魔をすり抜けていた。それはまるで宙に描かれた絵のようであった。幽香は過去の魅魔との戦闘を思い出し、苦虫を潰したような表情を浮かべる。背中に何かを突き付けられる。

 

「あたしゃここにいるよ」

 

 背後から聞こえる馬鹿にしたような声に振り向く間もなく幽香は背中に突き付けられた杖から放たれた爆発魔法を零距離で受けていた。怯みはしたもののそれでも倒れぬ幽香に魅魔はダメ押しの一撃を情け容赦なく放つ。

 

「『マスタースパーク』ってな!」

 

 ほぼ零距離で放たれた色鮮やかな極太のレーザーが幽香を包み込んでいく。


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