こっちにきて飲み物でも飲みなさい

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僕はひで

 地平線の続く砂漠の真ん中に、細い一本の道路があった。

 砂でまみれ、ひびの入ったそれに、一枚のちぎれた新聞紙が風に乗って落ちる。

 ところどころかすれて読めなくなっているそれには、こう書かれてあった。

――勃発、ロシアが……ニューヨー……イル投下……氏は語……大統――

 その新聞紙を、疾走するバイクが踏んで行くと、また風に流された。

 バイクには蓮が乗っており、後輪の上には大量の荷物を載せていた。

 ゴーグルをつけている蓮は風に流される新聞紙を一瞬だけ見て、また前を向いた。

 片手で運転しつつ、胸ポケットからタバコを取り出して、一本くわえて火をつける。

 煙を吐くと砂埃にまみれた空気に白い煙が渦巻いた。それが消えていくと同時に、バイクがゆっくりとスピードを下げていく。

 不思議に思った蓮は、バイクを止めて降りると、様子を確かめた。

「ガソリン切れか、クソ」

 ガソリンは中に入っていたのが最後だった。

 蓮は周りを見たが、どこにも町らしき場所はない。

 タバコを深く吸って、ため息と一緒に煙を吐くと、バイクを押して道路を進みだした。

 

 

 30分後、道路の先に小さな町が見えた。人の様子はなく、目につく建物は軒並み壊れている。

 固いビーフジャーキーをかじりながら、歩いていき、後200mぐらいまで近づくと、どこからか少年の叫び声が聞こえた。

 

 

「誰か助けて!」

 ボロ衣を着た少年は助けを求めながら、荒廃した町を走っていた。

 走りながらも、肩越しに後ろを見ると、全身が黒く不自然な筋肉をした男を先頭に、四人の男が追ってきていた。

 先頭の男が叫ぶ。

「まぁちな!この鈴木様は優しいからよ、ちょっとケツを遊んだら捨ててやるから安心しなぁ、ひゃはっはっはっは」

 鈴木の右手にはパイプが握られており、先端には乾いた血がついている。

 少年は全力で逃げたが、やはり体の大きさが違うためか、どんどんと距離を詰めてきていた。

 道を左に曲がると、倒壊した家が見え、近づき折り重なっている木材の下に入って隠れた。

 後をついてきた鈴木達の足音が止まる。

「ああ、隠れたか。どぉこだ!逃げらんねぇぜ!いっひっひっひっひ」

 膝を抱えて震えていると木材が上がり、光が差すとともに、右目あたりに気持ちの悪いほくろがある男がこちらを見て言う。

「みぃつけた!」

 男が右手を伸ばそうとした瞬間、銃声が響いた。

 

 

 蓮は4人組に後ろから近づくと一番手前の男に、左手に持ったダブルバレルのショットガンを構えて引き金を引く。

 銃声とともに発射された散弾は男に命中し、前のめりになって吹き飛んだ。

 ほかの3人がこちらを向くと、蓮からは木材の下にいる少年が見えた。

「てめぇええええええ」

「ぶっ殺してやる!」

 敵の怒号とともに、2人が動いた。

 男の一人がハンドガンをこちらに向けようとしたので、すぐにショットガンの銃口を向けて撃つと、後方に吹き飛んだ。

 それと同時に、もう一人の男がバットをもって迫り、両手で振り上げた。

 瞬時に蓮は腰につけていた日本刀を右手で抜いて横に振ると、男の両手が切断され宙に舞い、叫び声が響く。

「かああああ、腕が、う――」

 切りやすく、頭を少し下げてくれていたので、そのまま首を切断する。

 残った一人も始末しようとしたが、いつの間にかどこかに消えていた。

 蓮は舌打ちをしてつぶやく。

「ち、逃げられたか」

 そう言うと、蓮は日本刀を振って血をはらい、鞘に納めると少年の元まで歩き、訊く。

「おい、大丈夫か」

 少年は震えて言う。

「ひぃえ…い、いじめるのはやめちくりー」

 や、やめち…。

 蓮は少しイラっとすると答える。

「安心しろ、おめぇみたいなガキいじめる気はねぇ」

 少年は気持ちの悪い笑顔を作る。

「ほんとぉ」

 こいつ、むかつくな。

「ああ、本当だ。だから出てこい」

 少年は出てきて、蓮の顔を見た。

「おじさんありがとう」

「ああ、どういたしまして」蓮はタバコを胸ポケットから、取り出してくわえる「ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか」

 蓮がタバコに火をつけると、少年は言う。

「なに」

「この辺りに、ガソリンはないか」

「ガソリン?ガソリンって何」

「知らねぇのか」

「知らない」

「そうか」蓮は煙を吐く「じゃあ、この辺でまともな建物はあるか?」

「うん、僕の家の教会があるよ」

「そうか、じゃあそこに案内してくれるか」

「うん、わかった。じゃあ僕からも一つ聞いていい?」

「なんだ」

「おじさん、名前は?」

「ああ、言ってなかったか。俺は蓮だ。お前は」

「ぼくひで」

 ひで…やっぱりこいつむかつくな。

 

 

 蓮はひでを乗せたバイクを押しながら、道案内を聞いて進んでいた。

「あ、あそこ」

 ひでがそう言って指さすと、白く大きな教会が見えた。

 周りの家は壊れ、ボロボロだというのに、教会だけは一切壊れていなかった。

 蓮はそれを見てつぶやく。

「信じたくはないが、神のおぼ――」そこまで言うと、ひでが荷物を触っているのを見て叫んだ「おい!!」

 ひでは体を震わせて驚く。

「ひぇ!」

「触らないって言ったから乗せてやってんだよ!触らないって言ったのに触るのはおかしだろそれ!なあ!」

「分かった分かった分かったよ、もう!」

「なんでてめぇがキレてんだよ!次、次触ったらどうなるか分かってんな、おら!」

 ひでが返事をせずにすねると、蓮は叫んだ。

「返事ぃ!」

 ひでは吐き捨てるように返す。

「分かったよ」

 このガキ。

 蓮はイライラしながらタバコを出し、火をつけて吸う。

 1日4本と決めているのに、ひでのせいで3本目を吸わされたと考えると、さらにイライラした。

 教会の前につくと、ひでが降りて木で作られた両開きのドアを押す。

 耳障りな音とともにドアが開くと、ひでが中に入り、蓮もバイクを押して入った。

 中は広く、奥の祭壇の方を向いた長い椅子がいくつもあり、上には左右に手すりのついた二階の廊下が見えて、さらに上には色のくすんだ大きなシャンデリアが見えた。

 蓮はつぶやく。

「確かに、いい場所だ」

 それを聞いたひでは言う。

「でしょ、僕の部屋は2階にあるんだ」

「そうか」

 ひでが左の奥にある階段で2階にあがってくのを見ながら、蓮はバイクを祭壇の隣に止めて2階に上がる。

 ひではドアの前でこちらに手招きしている。

「こっちだよ」

 そう言って、ドアの中に入っていく。蓮は続いてそのドアに入った。

 中はボロボロのベッドと小さなクローゼットがあり、木製の箱にいくつか昔のおもちゃが入っていた。

 ひでは胸を張って訊く。

「どう?」

 蓮は鼻で笑いながら、クローゼットを開ける。

 中には何も入っていない。

「この時代のガキにゃあ、もったいねぇ部屋だ」

「褒めてるの?」

「いや、それよりお前、親は」

「お父さんとお母さんなら、一番奥の部屋」

「んだ、寝てんのか」

「うん、ずっと寝てるんだ」

「ずっと?寝たきりか」

「ううん、死んだんだ」

 不意の返答に戸惑った蓮は、ひでの悲しそうな顔を一瞬見た後、窓まで歩いて外に煙を吐いた。

 砂と煙の混じった嫌な臭いがした。

「そう言うのな……寝てるって言わねぇんだ」

「そうなの、よくわかんないよ」

「そうか」蓮は窓のふちでタバコを消すと、外に捨てた「いつだ……死んだのは」

「ずっと前だよ」

「そうか」

 数秒、重い沈黙が流れる。

 タバコ、消すんじゃなかったな。

 そう思っていると、ひでが腹をさすった。

「おなかすいたな」

「お前、いつも何食ってるんだ」

「虫とか、腐った食べ物」

「うまいのか?」

「おいしいわけないよ」

「そうか、じゃあこい」蓮は部屋から出ていく「今日はうまいもん食わせてやる」

 

 

 核戦争後、荒廃した世界で各地に現れたのが、人を襲うことをなりわいとしたギャングのグループだった。

 そして、この辺りを縄張りとしていたのが、三浦ひきいる「ミューラー」であった。

 その三浦が、ギャングメンバー10人を引き連れ町に向かっていた。

 三浦は隣にいる鈴木に訊く。

「鈴木、あの話、本当なんだろうな」

 鈴木はたどたどしく答える。

「へ、へい!確かに、後ろから急に襲われたんですよ、何もしていないのに急にね」

「そのことじゃないゾ」

「あ、やっぱりそうですか、そうですよね…で、何がでしょう」

 三浦は鼻でため息をする。

「そいつがバイクと大量の武器を持っていたことだゾ」

「ええ!逃げる時に見たんですよ、バイクと大量の武器を。あ、逃げたとは言ってもですね、相手は銃を持っていたんで仕方なくですよ、俺も銃を持ってたら殺してましたよ」

「別に聞いてないゾ」

「しかし、本当に急に襲われたんですか」

 鈴木の後ろでスコープのついていないスナイパーライフルを持つ木村がそう言った。

 木村はギャング内きっての狙撃手で、三浦の右腕のような存在だった。

 鈴木は木村にすごんで言う。

「ああん、てめぇなんだやるのか?」

 木村は冷静に返す。

「あんた、たまに変なのにちょっかいだして、面倒なことにしてるでしょ。今回もそれなんじゃないですか」

「んだとコラ!」

 鈴木が木村の胸ぐらをつかむと、三浦が叫んだ。

「やめろ鈴木!」

 鈴木はすぐに手を離すと、三浦にぎこちない笑顔を見せた。

「い、いやぁ。こいつがですね」

「木村も、余計なことは言うな」

 木村は軽く頭を下げる。

「はい」

 それに乗じて、鈴木が言う。

「そうだぞてめぇ、てめぇが変なこと――」

 三浦はまた叫ぶ。

「黙れ!」

「あ、いや…へ、へい、わかりました」

 三浦は大きなため息を吐いて、前を向いた。

 数分後、町についた。

「ここか」

 そうつぶやくと、かなり先に成人の男と少年の2人組が見えた。

 三浦は鈴木に訊く。

「おい、あいつか?」

「へい!そうです!」

「あの隣にいるガキはなんだゾ」

「へぇ」鈴木の声が裏返る「いや、知りませんねぇ」

 木村が言う。

「どうせ、またガキ掘るために追っかけ回してたんでしょう」

 鈴木はあからさまに戸惑う。

「は、はぁ!ち…何言ってんだこら!殺すぞ!」

 木村は無視して三浦に訊く。

「どうします、もうちょっと近づけば、僕なら確実に殺せますけど」

 木村の銃を持つ手が強くなるのを見て、三浦は返す。

「いや、いいゾ」

「いい?どうするつもりですか」

「一人で行く」

 

 

 50mほど先で、シカがアスファルトのひび割れから生えている草を食べていた。

 蓮はそれに対してショットガンを構え、標準を合わせると引き金を引いた。

 銃声とともにシカが倒れると、隣でひでが言う。

「わー、すごいね」

「銃だからな」

 ひでがシカの死体まで走ろうとした瞬間、遠方から一人の男がこちらに歩いてきているのが見え、ひでの肩をつかむ。

 ひでが不思議そうに訊く。

「どうしたの」

「教会に帰ってろ」

「なん――」

「帰れっつってんだよ!」

 驚いたひでは、踵を返して走っていった。

 こちらに歩いてきている男はなかなかの巨漢で、見た目からギャングであることは確かだった。

 報復か?

 そう思ったが一人で来る意味が分からなかった。

 男は静かに目の前まで来ると、蓮に言う。

「よう」

 蓮はショットガンを肩に乗せて返す。

「なんだぁお前、なんかようか」

「俺は三浦、この辺りのギャングたばねてるゾ」

 ゾ?

 蓮は三浦の語尾を不思議に思ったが、特に触れずに返す。

「そうか、俺は蓮だ。で、何の用なんだよ」

「俺の部下を殺したらしいな」

 やっぱり、あいつらのリーダーか。

「ああ、まあな。ガキ追っかけまわしてたんだ、俺もそいつらを追っかけまわしたまでだ」

「そうか」

「ああ、そうだ。何か問題か」

「当たり前だゾ、仲間殺されて、はいわかりましたで済ますわけがないゾ」

「仲間?どうせあんな奴ら、そこらのゴロツキ。頭数を増やすためだけの奴らだろ」

「その通りだゾ」

 予想外の返答に、蓮は戸惑う。

「へ、あ…そ、そうか」

「ギャングなんてそんなもんだぞ、正直、一部を除いて死んでもどうでもいいような連中ばっかりだゾ。だからと言って、殺されてそのままじゃ帰れない。こっちにもメンツってもんがあるゾ。武器とバイクで許してやる、拒むんならギャング総出でお前を殺すゾ」

「なるほど、クソくらえだな」

「交渉決裂か」

「交渉じゃなくて脅迫だろ」

「そうだな…最後に一つ聞いていいかゾ」

「手短にな」

「そんなにガキが好きか?」

「はは……ああ!俺はガキが悶絶する顔が大好きなんだ!だが、それ以上にお前らみたいな屑が死ぬ様はもっと好きだ!……何かほかに聞きたいことは?」

「ない、手間をとらせて悪かったゾ」三浦は踵を返して言う「この町から出れると思うなよ、ここがお前の墓場だゾ」

「ご忠告、感謝する」

 こちらに背中を向けて歩き出した三浦に、ゆっくりとショットガンを構える。

 数秒後、丸腰である三浦を見て銃を下げた。

「武器ぐらい……持ってきやがれ」

 蓮はシカの死体をもって、教会に戻った。

 

 

 三浦が戻ると、真っ先に木村が訊いてきた。

「大丈夫でしたか」

「大丈夫だゾ。交渉はできなかった、明日の朝、数を集めて殺すゾ」

 それを聞いた鈴木が息巻く。

「なにいってんすかぁ!こっちは10人、殺しましょうよ!」

「10人…足りないゾ。あいつを殺すんなら20は必要だゾ」

「20?相手は一人ですぜぇ!」

 三浦は鈴木をにらむ。

「俺の命令が聞けないんなら、行けばいいゾ」

「いや……そういうわけじゃ」

 木村が神妙な顔をして訊く。

「そんなに、ヤバイやつなんですか」

「俺が見た人間の中で一番強いゾ。でも、こっちにもメンツがあるゾ、絶対に殺す。逃げられないように、町の周りで待機しといてくれ」

「しかし、相手はバイクを持っています、逃げられるのでは?」

「バイクが動くんなら、報復されないように、とっくにこの場所から逃げてるゾ。たぶん、ガソリン切れか故障かで動かなくなってる」

「なるほど」

「とにかく、必ず殺すゾ。ギャングは舐められたら終わりだゾ」

 

 

 部屋でひでがうまそうに肉を食べているのを見て、蓮は訊く。

「うまいか」

「うん、こんなにおいしいの食べたことないよ!」

「そうか、肉に塩コショウかけて、焼いただけなんだがな」

 そう言って立ち上がり、部屋から出ようとすると、ひでが訊いてくる。

「どこ行くの?」

「ちょっと、外の空気を吸いにな」

「だったらベルの場所に行くといいよ、向かいの階段を上がって一番奥のドアを開けるとはしごがあって、そこを登るとベルの部屋だよ」

「おお、ありがとう」

 蓮は階段を下りて、向かいの階段を上がり、一番奥のドアをあける。

 ひでの言った通り、目の前にはしごがある。

 それを登っていくと、人一人が寝転べる程度の広さの部屋があった。上にはベルがあり、四方のコンクリートの壁に、大きな丸い穴が開いているため、風が常に吹いている。

 周りには教会以上に高い建物がなく、町の外の地平線まで見えた。

 確かに、いい場所だ。

 タバコを出して火をつける。

 煙を吐き、目を凝らしながら遠方を見ると、一人のギャングが見えた。

「俺を逃がさないように……見張ってんのか」

 三浦の口ぶりから察するに、明日か明後日にはかなりの数のギャングが押し寄せてくるだろう。その前に逃げないといけなかった。

 腕の立つ蓮とて、武器を持った数十人を相手に生き残れる自信はなかったからだ。

 そもそも、自分が一人の場合、多人数の相手に対しては逃げるのが一番の正解だった。それを実行し続けてきたから、蓮は今まで生きてこれたと言える。

 バイクは無理だが、武器は運んでいけばいいか。俺なら逃げれる……俺一人なら。

 脳裏にひでの顔が映る。

 蓮は鼻で笑う。

「ふ、何考えてんだ俺。今日あったばっかりのガキだぞ。なんだったら俺がいなきゃ死んでたんだ……そうだ、俺があいつのこと考える義理なんてねぇ。そうだ、ねぇんだ。逃げよう、さっさと」

 蓮はタバコを消して捨てる。

 梯子と階段を下りると、バイクまで歩き荷物の袋を開けた。

 

 

 ひでは肉を食べ終えて部屋から出ると、蓮が体に何かを巻いて、向かいの階段を上がっているのが見えた。

「おじさん」

 蓮がこちらを向くと、ひでは続けて訊いた。

「その体に巻いてるの、何?」

「これか、弾だよ」

「銃の?」

「そうだよ」

「それを体にまいて…何してるの」

 蓮は苦笑いを浮かべて言う。

「こっちが聞きてぇよ」

 

 

 蓮は体に弾をまいてはしごを上がっていく。

 上がると、ベルの部屋にはすでに大きな軽機関銃が設置されていた。

 体から弾をとり、いつでも発射できるように装填しておく。

 その銃を見て、蓮は笑った。

「はは…何やってんだ、俺。相手は大量に来るんだぞ…マジでやる気か。ガキ一人のために…バカだろ」

 

 

 

 日が沈み、外が暗くなると、蓮は缶詰というものをくれた。

 中には魚というこれも知らないものが入っていて、肉より味は薄いが柔らかく食べやすかった。

 中身を食べ終え、残った汁もすべて飲み干すと、ひでは蓮に言う。

「ありがとうおじさん、おいしかったよ」

 蓮はタバコを吸いながら窓から外を見て答える。

「ああ、うまかったならよかった」

「でもいいの、これって貴重なものなんじゃないの」

「貴重だからこそだ」

「それってどういう意味?」

「お前は知らなくていい」

「そう」

 蓮は煙を吐いて、訊いてきた。

「なあ、ひで」

「なに」

「嫌なら答えなくていいがよ、親が死んだときどんな気持ちだった」

 ひでは言いずらそうに答える。

「悲しかったよ」

「その後は」

「ずっと悲しかったけど、それはだんだん大丈夫になってきた、けど……」

「けど?」

「寂しいのはずっとだったよ。今はおじさんがいるからさみしくないけどね」

「そうか」

「おじさんのお父さんは?」

「俺の親父は……わからねぇ。物心ついたときから一人で生きてたからよ」

「そうなんだ」

「でも今は……」

「今は何?」

 蓮はタバコを消して捨てる。

「いや、なんでもねぇ。もう寝る時間だな」

「そうだね」

「他のベッドはどこあるんだ」

「ベッドはここにしかないよ」

「ああ、そうか。じゃあ俺は下の椅子で寝るか」

「ええ、一緒に寝ようよ」

「何言ってんだよ、気色割りぃ」

「そう言わないでよ」

 蓮は舌打ちをして答える。

「ち、まあ、一つしかねぇんなら仕方ねぇ」

 

 

 夜、蓮は目をゆっくりと開けた。

 眠れない。

 隣のひでを起こさないように、ゆっくりと布団から出る。

 今日、7本目のタバコを持つ、その手は震えていた。

 火をつけて吸うと、煙を吐いてひでの寝顔を見た。

「俺も……たぶん、ずっとさびしかったんだ……でも、お前といると寂しくねぇよ」

 そうつぶやくと、蓮はタバコを深く吸い、吐くと消して捨てる。

 ベッドに入ると、今度はゆっくりと眠りについた。

 

 

 蓮は不意に目を覚ました。

 外からは太陽の光が差している。

 すぐにベッドから起きると、窓から顔を出して外を見た。

 教会の正面からくる大群、少なくとも20人はこちらに向かってきていた。

「来やがったか」

「どうしたのおじさん」

 振り返ると、ひでが起きていた。

 どうやら、起こしてしまったようだ。

 蓮はひでの両肩をつかむ。

「おい、俺の言うことをよく聞け」

「え、なに。どうしたの」

「これから、ちょっとここで危険なことが起こる」

「え、大丈夫なの」

「大丈夫だ、だからお前はクローゼットに隠れてろ」

「おじさんはどうするの」

「どうにかするんだ。クローゼットに入れ、何があっても出てくるな」

 そう言って、蓮は強引にひでをクローゼットに入れる。

 蓮はひでの顔を見て言う。

「ぜってぇ出てくるんじゃねぇぞ」

「うん、約束するよ。だから、おじさん、今日も一緒にシカ食べようね」

 蓮は一瞬、返答に詰まると、力強くうなづいて答えた。

「おお」

 そう言って、クローゼットをしめる。

 すぐに部屋をでて、バイクまで走る。

 腰の左に日本刀、右にはダブルバレルのショットガン2丁、背中にはアサルトライフルのAK47、ポケットにはグレネードを2つ、最後に頭に鉢巻を巻いた。

 大丈夫だ、俺が絶対に守ってやる。

 

 

 横から強い風が吹く中、25名のギャングの最後尾に三浦がいた。隣には木村もいる。

 ギャングたちはゆっくりと街に入っていく。

 三浦はすぐに、奥にある教会に気づく。

 見晴らしがよく、そして出入口が一つしかない。敵を迎え撃つならあそこしかない。

 三浦は叫んだ。

「よし!じゃあ、あそこの教会に突撃しろ!」

 その号令に合わせ、ギャングは声をあげて走る。

 同時に、隣で木村が言う。

「三浦さん」

「なんだゾ」

「なんだか…いやな予感が――」

 次の瞬間、銃声の響く音とともに、叫び声が聞こえた。

 前を見ると、教会のベルの場所から、蓮がこちらに向かって機関銃を撃ち続けていた。

 すさまじい量の銃弾で次々と仲間が倒れていく。

 三浦と木村はすぐに隣にある、倒壊した建物の路地に隠れ、ほかの仲間たちも同様に隠れた。

 銃声がやむ、どうやら無駄な弾を使う気はないらしい。

 倒れる7人ほどの仲間を見て、三浦はつぶやく。

「あいつ……あんなものを」隣にいる木村を見る「木村、敵を狙えるか」

 木村は三浦と位置を入れ替わり、半身で教会の方を見る。

 木村の視力は望遠鏡を必要としないほどよく、そのため銃にもスコープをつけていない。

 木村は言う。

「敵は鏡でこちらの状況を見てます、顔を出してないので、狙えません」

「顔を出せばやれるか」

「今日は風が強い……難しいですが、やってみます」

「よし、わかったゾ」三浦はまた木村と位置を入れ替えると、叫んだ「お前ら!出ろ!」

 誰一人として出る気配がないと、一人の仲間が言う。

「で、ですが。今でればハチの巣です」

「あいつを殺した奴には、女をやろう!一人じゃない、5人だ!」

 見える範囲の仲間が、こちらを見ているのが分かった。

「次の合図で出るんだ、わかったか!」

 散りじりではあるが、大きい声で返事が聞えた。どうやら、やる気を出せれたらしい。

「よし……いけ!」

『うおおおおおお!』

 一斉に隠れていた仲間が出る。

 同時に機関銃の音が響き、仲間が倒れていく。

「木村!やれ」

 木村は出ると、静かに銃を構えた。

 

 

「おらぁああ、死にやがれえ!」

 蓮は叫びながら、ギャングたちに銃弾を浴びせていく。

 このまま全員、殺して――。

 瞬間、頭の横を何かがかすめたのに気づくと、鉢巻が切れて落ちた。

 頭が一瞬にして冷たくなると、すぐに伏せる。

 狙ってきやがった……頭を。はは、あと数センチで死んでたな。

 大量の汗をかいた蓮はこわばった顔で、床を見ながら微笑を作る。

 神の……おぼしめしってやつか。

「ありがとよ……感謝するよ、だから、あともうちょっとだけ力をくれよ」

 蓮は梯子を下りて廊下に出ると、廊下の手すりに足をかけて、シャンデリアまで飛ぶとつかみ、上に乗った。

 来いよ、クソったれども。

 背中に乗せていたAK47を構えて、敵を待った。

 数秒後、ドアが破壊され6人が一気に入ってきた。

 同時に蓮は引き金を引く。

 こちらに銃口を向けようとする敵や、パイプを持って階段を上がってこようとする敵を次々と殺していき。ある程度殺した後、ポケットから二つグレネードを出して歯でピンを引いて落とす。

 グレネードが爆発すると、敵を殺し、椅子を破壊して煙を上げた。

 弾の空になったAK47を捨て、刀を抜いてシャンデリアの鎖を切ると、ともに落ちていく。

 落ちる寸前で前に居る敵に向かって飛び降り、脳天から真っ二つに切ると、後ろで一人がシャンデリアの下敷きになった。

 周りには木片の煙が渦巻いている。

 左にいるこちらに気づいた敵を、動く前に刀を右に振って腹を裂く。

 ほぼ同時に、左手でショットガンをつかんで後ろにいる二人に撃ち、吹き飛ばすとショットガンを捨てる。

 横目で右からこちらに銃口を向けている敵が見えた瞬間、膝をまげて体を下げる。

 頭上を2発の弾丸がかすめると同時に、敵の両足を切断した。 

 そのまま近づき、仰向けに倒れる敵ののどを突く。

 その敵の銃を奪い、入ってくる敵に弾丸を浴びせながら叫んだ。

「オラオラ来いよオラァ!全員ぶっ殺してやるぜ!オラァ!」

 弾がなくなり、銃を捨てる。

 また、一気に4人が入ってきたが、すぐにショットガンを放ちながら、近づき、一人を切り付け一気に3人を殺し、右にいる一人を切ろうとした瞬間、腹に激痛が走った。

 目を見開き、ゆっくりと下に目をやる。

 腹に黒い穴と、大量の血が映る。同時に、胃袋から血がこみ上げて吐血した。

 同時に、数人が蓮の周りを囲った。

 

 

「やりました」

 教会の100mほど手前、三浦の隣で木村がそういった。

「そうか」

「ええ、腹を。もう仲間にやられたでしょう」

「よし、じゃあ行くゾ」

 木村とともに、教会に行いき、壊れたドアを踏んで中に入ると、そこに蓮の死体はなく。ただ大量の仲間の死体があった。

「死体がないゾ」

「そんな!確実に腹を撃ちました」

「あいつが、だとすれば。腹を撃たれながら全員を殺したということだな」

「そんな馬鹿な」

「あいつならやりかねないゾ」

「あ!三浦さん」

 その声とともに、鈴木が教会に入ってきた。

「鈴木…か」

「いや隠れていたわけじゃなくて、機会をうかがってまして、へへ」

 三浦にはもはや、鈴木が何をしてようがどうでもよかった。

 あいつは…どこに。

 そう考えていると、血の跡が階段にあるのが見えた。

 それに近づき、ゆっくりと階段を上がっていくと、二人も後からついてくる。

 血の跡は一つのドアの開いた部屋に続いていた、その部屋に入ると、血だらけでクローゼットにもたれかかった蓮がいた。

 息が荒く、目もうつろだった。

 鈴木が喜々として言う。

「あ、こいつもうひん死ですぜ」

「ちょっと黙ってろ」

「あ、へい」

 三浦は蓮を見て、ゆっくりとショットガンを構えて訊いた。

「蓮……最後に、何か言うことがあるか?」

 蓮はせきをして血を吐くと、ゆっくりと、血がしたたる左手で中指を立てた。

「そうか」

 そう言って、三浦は引き金を引いた。

 銃声が響くと蓮の体は大きく揺れ、動かなくなった。

 それを見た鈴木が蓮の死体に近づきながら言う。

「手こずらせやがって」鈴木は蓮の顔に唾を吐き、足で顔をけった「無様に死んでどんな気持――」

 三浦は鈴木の肩をつかみ殴ると、吹き飛んでベッドの上で気絶した。

 それを見て、木村は言う。

「普段から、こうしてもらえると助かります」

「そうだな、木村、こいつ運んでくれ。帰るゾ」

「分かりました」

 木村は鈴木を軽く持ち上げると、部屋から出る。

 三浦も後を追おうと部屋を出る直前、振り返り蓮の死体がもたれかかるクローゼットを見た。

 

 

 

 外から音がしなくなって30分ほどがたった。

 ひではクローゼットを開けようと思ったが、何かが邪魔をして開くことができなかった。

 強く推すと、何かが倒れる音とともに、ドアが開いた。

 すぐに、目の前に血まみれで横たわる蓮が見えた。

「おじ……さん」

 ひではクローゼットから出ると、すぐに蓮のかたわらで座り込み、蓮をゆすった。

「おじさん!おじさん!」

 蓮は一切、返事をしない。

 何度も、何度も、力の限り蓮を揺らす。

 死んでいるのは分かっていた。ただ、信じたくなかった。

 ひでの両目から大量の涙が流れる。

「おじさん…わあああ!死んじゃやだよおお!ああああ!おじさあああん!」

 ひでは涙が枯れるまで、その場でただ泣き続けた。

 

 

 砂の風が顔を撫でる中、三浦は武器を乗せたバイクを押し進め、アジトへと向かっていた。

 三浦は後ろにいる木村に訊く。

「木村」

「はい」

「あいつ、どうだった」

「僕が知るうえで、一番強い人間になるでしょうね。ミューラーの半数の人間を殺したんですから」

「そうだな」

「僕からも質問させてもらっていいですか」

「なんだ」

「なんで最後、ガキを見逃したんですか」

 三浦は肩越しに後の木村を見る。

「気づいてたのか」

「ええ、あのクローゼット、ちょっと揺れてたんで」

 それは三浦も気づいていた。中にいたのは、昨日見た子供だろうということも。

「気づいていたんなら言え」

「三浦さんも気づかれてたでしょう、僕は判断を任せただけです」

「そうか……俺はあいつが守ったものにどうしても手を出せなかったゾ」

「そうですか」

「ギャング失格だな」

「そうですね……三浦さん、もし、その見逃したガキが、俺たちの目の前に現れたら……その時はどうするつもりですか」

 三浦は地平線を数秒眺めた後、答えた。

「その時は……その時の俺に聞いてくれ」

 

 

 少年は全力で走り、後を追ってくる3匹の野犬から逃げていた。

 途中で足を絡ませ、こけると先頭の野犬がこちらに飛んできた。

 もうだめだ!

 そう思い、目を強く閉じた瞬間、銃声が響いた。

 体に何も異変が無いのを不思議に思いながら、ゆっくりと目を開けると、左に血まみれの犬の死体と、前に腰に日本刀をつけた大人の背中が見えた。

 2匹の野犬が唸り、また一匹がとびかかってくると、前にいる彼は横によけて、すれ違いざまに刀を横に振った。

 犬は一瞬にして横に両断され、死体が目の前に落ちた。

 最後の野犬が逃げたしたのを見た後、彼は振り返って言う。

「大丈夫かい?」

 

 

 目の前で焼かれる野犬の肉をじっと見ていると、火の奥にいる彼は言った。

「もういいよ」

 その言葉を聞いた瞬間、すぐに肉を手に取ってほおばった。

 柔らかい肉を噛むたび、うまみが出る。

 彼は首をかしげて訊いてきた。

「おいしい?」 

 少年は首を強く縦に振った。

「おいしいよ!こんなの初めて食べた」

「そう、よかった」

「お兄さん強いんだね」

「そんなことないよ」

「いいや、強いよ。僕もお兄さんみたいに強かったなあ」

「きっとなれるよ。僕だって昔は君みたいな子供だったんだから」

「そうかな」

「そうだよ。強くありたいって思えば、きっとなれる」

 そう言って、彼はショットガンの銃身をおり、そこに弾をこめる。

「そうだ、僕の名前はタルト、お兄さんの名前はなんていうの?」

「僕かい?」

 彼は弾をこめ終え、ショットガンの銃身を戻すと、タルトの目を見て言った。

「僕はひで」

 


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