Silent 60'S Mind   作:D'

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猟犬のお巡りさん(その2)

 交番の外に飛び出し周囲を伺うと曲がり角の影に人が隠れるのが見えた。あいつがスタンド使いなのだろうか。フォーザァーの刺客? 僕を狙ったのか、交番の書類を狙ったのか。どちらだろうか。

 曲がり角まで走ってみたが、人影はすでに見えなくなっていた。どうするべきだろう。探し出して倒すべきか。探すにしても僕一人では無理かもしれない。僕は来た道を戻ろうと振り向くと、何かを踏みつけた。

 

「うん? うわッ、ガムだ! ……気分悪いなァ。帰宅した後ガムを引っぺがす作業ほど惨めな作業はないよ……。とりあえず交番に戻ろう」

 

 交番には墳上裕也がいる。彼の協力があれば追跡は容易だ。彼の能力は追跡に特化している。彼は猟犬よりも鋭い嗅覚を持っている。スタンド能力が発現すると同時に鋭くなったようで、一度覚えた臭いはどこまでも追いかける事が出来る。また、スタンド自体も追跡用だ。彼のスタンドに射程距離という概念はあるのだろうか。ハイウェイ・スター、時速六十キロのスピードで対象を追い続けるスタンドだ。

 

 すでに臭いを覚えた彼なら追跡が出来る。助けて貰おう。

 

「誰もいなかったよ。そいつがどこにいったか裕也君、わかる?」

 彼は渋い表情を作って言った。

 

「康一。臭いはもう離れていったよ。だが俺はここまでだ。協力はしない。市民を守る警察が何を言ってんだ、って思うかもしれねーけどよ、俺は家族を養う為に警官になったんだ。万が一があっても職務上の事なら納得も出来る。そうすりゃあ遺族年金も支給されるし、同僚たちからかみさんのほうに寄付金とかも集まるだろうさ。だがそれは職務上、万が一があった場合だ」

 

 顎に指を当てながら、彼は言う。

 

「何が起こるか分からない。スタンド使い相手じゃどういう死に方をするかも分からないんだ。お前だって分かるだろう? 仗助の野郎は未だに死体も見つかってねえ」

「裕也君! 仗助君のことは関係ないだろう!」

「聞けよ康一。もう十年だぞ。アイツが死んでから十年だ! 俺はああいう死に方はごめんだ。死体も見つからないんじゃ遺族年金はかみさんと倅の所には届かねえだろうな。同僚も寄付なんてくれやしねえよ。普通失踪者って扱いになるだろうさ。だが知ってるか康一。行方不明になったとしても法的に死亡認定されるのは七年掛かるんだ。その間、かみさんは一人で倅を育てるしかない。俺は自分の嫁にそんな目にはあって欲しくねぇ。俺は警官だけどよ、コイツは職務の範疇外って奴だぜ」

 

「僕はまだ仗助君が死んだなんて信じちゃいないぞ! 十年? 死体が見つからない? 死体は見つかってないんだ! 彼は生きている! 僕はそう信じている!」

「そんな事はどうだっていいんだよ、康一! 俺は手伝えねえって事だ。悪いと思ってるがな。エニグマの時みてえにバシっと決めてやりてえがよ。俺はもう大人なんだ。テメエの命以外に守るもんが出来ちまったら大人だろうよ。すまんな、康一。この調書はやるよ。バレたらまずいがこれぐらいは助けてやるぜ」

 

 彼はそう言うと僕を交番から追い出した。でも僕は彼を責める事は出来ないだろう。こういうのは巻き込んだって駄目なんだ。自分の意志で戦ってくれないと駄目なんだ。そして、戦う事にはリスクがあるのだから断られるのも当然なんだ。

 

 それにしても嫌な事を思い出してしまった。

 

 とにかく、今回は僕一人で戦わなければならない。覚悟を決めよう。敵の姿は見えない。まずはこの調書をお嬢様に届けてみよう。その道中に何か起こるかも知れない。調書を折りたたんでポケットに突っ込んだ。

 

 ここから杜王グランドホテルまで徒歩で一時間ほど。タクシーで向かってみるか。

 

 丁度良く前方からタクシーが走ってきている。空車のランプが点灯している。よし。

 

 手を上げて呼び止める。タクシーが停止して客席のドアが自動で開いた。乗ろうと足を踏み出した直後、何か重いものに僕は突き飛ばされた。

 

「ちょっと! 邪魔よ! さっさと退きなさいこのノロマ!」

「え? ……え?」

 

 ふくよかな、いやよそう。太ったおばさんだった。買い物袋をコレでもかと両手に持ったおばさんが僕を突き飛ばしていた。しりもちをついた僕を横目におばさんはタクシーに乗る。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕が呼びとめたん――ですけど」

「うるっさいわね! 荷物見れば分かるでしょ! 重いのよ! 運転手さん、早く出してちょうだい」

 

 バタン、とドアは閉められた。軽快なエンジン音を奏でてタクシーは発進。僕の見えない所まで行ってしまった。

 

「……え? え、えーー! なんだそれは! 僕が呼び止めたのに! も、文句を言う暇もなかった! なんて事だ、こんな目にあうなんて!」

 

 こんな酷い経験をした事なんて今までないぞ? 一瞬で心を折られたような気分だ。

 

「――気を取り直そう。そうだ、電話で呼び出してどこかで待ち合わせるか。携帯……はっと。あ! 充電が切れてる! そんなバカな、今朝まで充電してたのに! きょ、今日はなんてついてないんだ、あんまりだ。トホホ……」

 

 仕方がないので歩いて向かおう。でもタクシーを見かけたら今度こそ止める。

 

 住宅の多い地域に差し掛かると人通りも増えてくる。そうだ、おばさんのせいで忘れていたけれど、スタンド使いに追われているかも知れないのだった。用心しなくてはならない。

 

 人通りの多い道を避けて細い小道に入った。人気はない。住宅に挟まれている薄暗い道だ。ここなら多分、誰か来てもすぐ分かるだろう。

 

 周囲の様子を伺いながら歩いていく。ふと、目が一点に向いた。住宅の窓が開いている。若い女性が服を着替えているのが見えた。ワオ、今日はついてないと思ったけどこんな事もあるもんだ。すぐに目を反らしたけども。

 

 運勢なんてある訳がない。幸運だの不幸だのなんてたまたまだ。そう、全部たまたま。心が折れるような事があっても、良い事なんてすぐ訪れる。

 

 そう思っていた時の事だった。

 

「覗きよ~~! 誰か、あのチビの男を捕まえて! 覗きの変態よ! 警察に突き出してやる!」

「え、ええ? ええええ~~~!?」

 

 先ほどの女性だ。着替えていた若い女性。玄関から飛び出してくるや否や、僕を睨みつけて大声を上げた。

 

 確かに着替えは見てしまったけども、それは君が不注意にも窓を開けっぱなしにしていたからだろう? 身を乗り出して覗いたわけでもなんでもなく、歩いていたら見えてしまったんだ。故意に見た訳じゃない!

 

「待て変態! 絶対に許さないわ! もう通報してるんだから、この変態!」

「通報!? 待ってよ! 僕は覗いた訳じゃない!」

「言い訳する気? 覗きするだけじゃなくて、言い訳までするの? どこまで腐ったチビなの、こいつ!」

 

 あ、あんまりだ! そこまで言わなくても! 僕は走った。走って走って逃げ出した。一目散だ。今日はやっぱりついてない。不幸だ。運勢はあった。今日は不幸な日だ! やっぱり心が折れてしまいそう!

 

 どこまで走っただろうか。ホテルまであとどのくらい? 周囲には花に水をまいているお爺さんしかいない。まずは息を整えよう。そしたら、位置を確認してホテルへ向かう。

 

 後ろから子供たちが自転車で走ってきた。遊びにいくのだろうか。僕にもあんな時期があった。毎日がとても楽しかったのを覚えている。お爺さんが子供に気づいたようで水を止めてホースを避けようとしている。子供はお構いなしに直進。自転車のタイヤでホースを踏んづけて行ってしまった。お爺さんはやれやれ、と言った感じに、再び水やりを再開しようと蛇口を捻る。

 

 瞬間、僕は冷たい水を浴びた。子供が踏んづけて行ったホースに穴が開いている。丁度よく僕に向かって、水が噴出している。冷たい。

 

「おお、すまん、すまん、若いの。悪かったよ」

「ああ、いえ、気にしないでください」

 

 何とか取り繕ってその場を後にする。ズボンがずぶ濡れになってしまった。あ! 墳上裕也から貰った調書はお尻の後ろポケットに入れていた! 取り出してみるとずぶ濡れだった。なんて事だ。でも先ほどまでの不幸な出来事よりも水をかけられる程度、安いものじゃないだろうか。

 

「もしかしてその紙、何か大事な物だったのかい? 濡らしちまって悪い事したねえ。ほれ、ちょっと見せてみい」

 

 お爺さんが不意に手を伸ばし調書を掴んだ。僕は反射的に紙を強く掴んでしまった。頭の隅に、このお爺さんが敵かもしれないという思いもあっただろう。しっかり水を吸って柔らかくなってしまった紙を引っ張ったりしたら当然、破けてしまう。お爺さんと僕で引っ張った調書は必然、びりびりと音を立てる事もなくちぎれた。

 

「あ、すまん。重ね重ねの。大丈夫かね」

「ああ、うん。大丈夫です。さようなら……」

 

 ぐしゃぐしゃになった調書を受け取って歩きだした。折れた。折れてしまった。もう駄目だ。きっと何をしてもうまくいかない。ホテルには絶対たどりつけないだろう。

「お巡りさん、コイツです!」

 

 背後から声が聞こえた。振り向くと警官と、先ほどの女性が立っていた。女性は僕を指差しながら警官の腕をひいている。

 

「ご協力どうも。おい、お前。ちょっと交番まで来てもらうぞ」

 

 僕は素直に従った。抗っても駄目だ。きっと逃げ出してもすぐに捕まるだろう。最高に不幸な日なんだ。バナナに足をすべられるなんてベタな事もやりかねない。

 

 警官が乗ってきたであろう止まっていたパトカーに押し込まれて、僕は運ばれていく。パトカーは人気のなさそうな空き地に止まった。

 

「おい康一。お前は何をやってんだ? 覗きの通報があった時は笑ったぜ。見つけた時も笑っちまわないようにするのが大変だった」

 

 警官は墳上裕也だった。だから僕はおとなしくついていったのだ。

 

「駄目なんだよ。今日は本当についてない。タクシーは横取りされるし、覗きと間違えられるし、水は掛けられる。もらった調書もぐちゃぐちゃだ。それに今見たら財布もないよ。落し物の届けがあったら教えてくれる?」

「……ったく、しょうがね~なぁ! おい康一。おかしいと思わないか? いくらなんでもそんな不幸な目にあうのはおかしいだろ。お前、もう攻撃されてんじゃないのか?」

「攻撃? まさか……僕が不幸なのは昨日からだよ。よく考えてみれば昨日から始まってたんだ。車がポンコツになっちゃったんだよ。それが攻撃? だとしたらどうするんだ、相手を不幸にするスタンド? 攻撃された覚えもないし、敵の姿だってそれっぽいのを最初に見ただけだ。戦いようがないじゃないか!」

「落ち着けって康一よぉ。お前の足の裏側から怪しい臭いがするぜ。見てみろよ」

 

 足の裏? 靴を脱いで裏側を見るとガムが引っ付いているだけだった。怪しい人影をおいかけた時に踏んだ物だ。小さな不幸だ。

 

「そのガムだな。怪しいぜ。そいつ、スタンド使いが噛んでたガムだろうな。あまーいグレープ味だ。臭いがやたらとキツい。とりあえずその靴捨てろよ康一。おっと、不幸だなんて言うなよ? それが原因かも知れネーンだから当然だ」

「う、わかったよ。ハァ、そんなに高いモンでもないのが救いだなァ」

 

 車の窓から靴を外に投げ捨てた。これで何とかなるのだろうか。

 

「んじゃあ、スタンド使いを追跡するか。すでにハイウェイ・スターで追跡しているぜ。杜王グランドホテルのほうに向かっているみたいだな」

「ホテル! 急いで向かって! あそこには静さんが宿泊してるんだ! 彼女が狙われるかも知れない! あと充電器持ってない? 車から充電する奴、あったら貸してほしいなぁ」

 

 

 携帯電話がテーブルの上で鳴った。私は手を洗った直後で、タオルで水気をぬぐってから携帯電話を手に取った。

 

「もしもし、静です」

『あ、静さん? 無事かな』

「無事? ええ、無事ですよ。でも今はちょっと忙しいので後にしてほしいのですが」

『そんな悠長な事言ってる場合じゃないんだ、無敵のスタンド使いだ! どうすればいいのか分からないんだよ、人を不幸にする能力なんだ!』

「人を不幸にする? ……まぁ、何はともあれ、用事があるのなら来てください。私は今忙しいのです」

『え、あ、ちょっと――?』

 

 ピっと通話を切ってまたテーブルの上に携帯を置いた。すぐ横には先ほど『使った』大型のガラスで出来た灰皿が置いてあった。私は煙草を吸わないので灰一つ落ちていない。それに先ほど『洗った』ばかりでもあった。

 

 広瀬康一が姿を見せたのは、それから十分後くらいの事だった。慌てて私の部屋に来るなり、なにやら身辺の守りを固めろという。私はそんな彼より、後ろに付き添うような形で一緒にいる警察官が気になった。何故、警官がここにいるのだろうか。広瀬康一の知り合いだろうか。もしそうでなかった場合、少々まずい事になる。

 

「あのですね、スタンド使いに襲われたみたいなんですけど、どこにいるか分からないんです。ホテルの中にいるみたいなんですよ。静さんは誰かに会ってませんか?」

 

 そういう広瀬さんを押しやるように、警官が前に出てきた。私を鋭い目で睨んでいる。

 

「待て、康一。スタンド使いはもうこの部屋の中にいるみたいだぜ。ガムの臭いがぷんぷんする。それに――血の臭いもだ」

「血!? 静さん、もしかして襲われたの? どこか怪我してるのか?」

「クローゼットの中だ。開けるぜ、いいな?」

 

 私は頷いた。どうやら警官は広瀬さんの友人らしい。ならば、見られても困らない。

 

 警官がクローゼットを開けると、だらりと力の入っていない男が転がり出てきた。

 

「こ、これは! あの、静さん、コイツなんですか? その、もしかして死んでる?」

 

「生きてますよ。呼吸はしてます。その方、この部屋のドアノブにガムをくっつけようとしていたんです。あと床にもガムを噛んで吐き出してました」

 

「……だからってあんなでかいガラスの灰皿で頭打ち付けるか普通よォ。あの灰皿からも血の臭いがするぜ。洗ったんだろうけどよ、薄く臭い立つもんだ。何者だアンタ……危ねえ奴なのか?」

 

「静さん――確信があったの? こいつがスタンド使いだって、絶対敵だって確信があったのか? たぶん、ガムと言っていたからこいつが犯人なんだろうけども、僕電話でガムの話してないよね?」

 

「電話が来る前ですよ。そいつに灰皿を打ち付けたのは。そいつを片付けるのに忙しかったんです。確信はありません。でも怪しいじゃないですか。広瀬さん。怪しい奴は無力化するべきです。白か黒かだけなんですよ。灰色は黒です。敵ですよ。仮に敵じゃなくても悪質な悪戯は痛い目を見せてやるべきです。きっと二度とこんな悪戯はしませんよ。だからいいんです」

 

「おい、康一。お前はなんでこうおっかない女ばっかり寄ってくるんだ? え? あの山岸由花子って女もそうだったよなァ~?」

 

「し、知らないよ! 僕のせいじゃない! ……んまぁ、でもこれで解決、なのかな~? いいのかな~?」

 

 

To Be Continued…⇒




  本体名:ジェイル・バック・ガンプ
スタンド名:ゼア・シー・ゴーズ
スタンド像:なし(ガムと一体型)
   能力:噛んだガムを踏んだ、触った(触れ続ける必要アリ)相手を不幸にする。不幸の度合いはまちまちでその場の状況に応じて大小さまざまなあらゆる不幸が降り注ぐ。本体は不幸を指定する事はできない。

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