ラプンツェル   作:朱緒

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「皇妃さまのお仕事・嫁ぎ先を捜します」アンケートありがとうございます。
結果はオスカーハッピーエンド希望が一位でした。回答して下さった方々、ありがとうございました!
アンケート回答(メッセージ等)オスカーさんだらけで吃驚したけどね☆
大体他もハッピーエンド希望でした。デッドは駄目か……いや良いんだ。わたしも幸せエンド大好きだから←白々しく聞こえるのは気のせいです♥

そうそう。エピソードとか希望してもよかったのですよ☆

相手がラプンツェルってのは、見なかったことにしておく。オスカー完敗しちゃうじゃないですか!



第十二話◇いつか会えるその日まで

 休みの日でもラインハルトは惰眠をむさぼったりはせず、仕事のある日と変わらぬ時間に起床する。

 常識的な大きさのキングサイズベッドで一緒に眠っているため(処女と童貞)、片方が起きると気配で分かるので、公爵夫人も同じように起き、洗面所で並んで歯を磨き顔を洗う。

 

「あ……壊れたか」

 

 ラインハルトがあてていた剃刀の持ち手にヒビが入った。ラインハルトはご覧の通りにして見ての通り、手入れをしなくても美貌が損なわれることはなく、髭剃りという名の産毛そりを週に一度行う程度でなんら問題はない。

 もっとも剃らなくても「お顔がキラキラしていらっしゃる」で済んでしまうのが、ラインハルトでもある。

 そんな酷使されていなかった剃刀の持ち手は、ラインハルトの顔の半分ほどやり残して壊れた。

 買い置きを取り出したラインハルトに、公爵夫人は時間があるかどうかを聞き ――

 

「御前さまの命により髭の手入れに参りました」

「わたしはただの冷やかしだ」

 

 手入れをさせるために下男と、散歩がてらにどうだ? と元皇女を呼んだ。

 呼ばれた元皇女は、冷やかしと言っているが、実は頼みごとがあったので、これは好機と犬のリードを握りやってきた。

 玄関で犬を預け、二人は邸内へ。

 下男は持参した道具を開き、ラインハルトにケープを被せ泡を作る。

 

「本格的だな」

 

 ラインハルトは身だしなみに人の手を借りることはほとんどないので ―― 即位後は従卒などに手伝わせるが、それでも質素なものである ―― こういったことは初めてであった。

 

「御前さまより、覇王に剃刀をあてよと命じられたのですから、当然のことでございます」

 

 下男は培い、衰えていない技術でラインハルトの肌理細やかな肌に剃刀をあて、手早く処理を終える。

 

「……ほぉ。これが達人の技か。俺が剃ったのとは違うものだな」

 

 鏡で自分の顔を見たラインハルトは、初めて自分の顔に感動を覚えた。そのくらい、下男の技術は優れたもので、偶に時間を作り剃ってもらおうかと考えるほど。

 それを聞いた公爵夫人が、自分が下男から教えてもらい、何時でも呼び出しに応えられるようにすると言い出した。

 下男は「畏まりました」と。ただ下男が教えるので、練習台になってくれる人が必要だとも。

 

「ならば俺を練習台にすれば良いだろう」

 

 看護師の実習と同じく、自分を練習台にするよう申し出たラインハルトだったが、公爵夫人にその顔を傷つけるわけにはいかないと拒否された。

 ラインハルトは自分の顔に多少剃刀傷が付いたところで気になどならないのだが、公爵夫人がそこは譲らなかったので、技術が身につくまでは諦めることにした。

 その後公爵夫人は下男を連れて昼食を作りに、部屋に残ったラインハルトは料理ができるまで元皇女と三次元チェスを打つ。

 

「腕を上げられたな、若き獅子よ」

「そうか? 髪長姫と打っていると、自分の腕が上がったかどうかなど分からん」

「公爵殿相手ではそうもなろう。それにしても本当に獅子の提督を借りても良いのかな?」

 

 誰を練習台にするか? となった時、公爵家の養い子(ファーレンハイト)でいいのでは? となり、ラインハルトに「負傷させる恐れがありますが、よろしいですか?」と尋ねて許可を得た。

 

「構わん。ファーレンハイトも傷くらい気にせぬであろうし、その程度であらば直ぐに治る……どうした? 御老公」

「夫婦仲がよろしくて何よりだ」

「突然なんだ?」

「いやな。先日の公開プロポーズを視聴していた時は、何とも言えぬ作り物っぽさを感じたが、今日のやり取りは仲睦まじく、真の信頼関係を見て取れたので嬉しくてなあ」

 

 元皇女の鋭さにラインハルトは指が一瞬止まったが、何事もなかったかのように三次元チェスを打ち続ける。

 

「……そうか。実際俺も乗り気ではなかった。いや、プロポーズはしたかったのだが、事情があって公開で行うことになり……本意ではなかったというべきか。本当はもっとこう、ロマンチック? ……多分ロマンチックな感じで行いたかったのだが」

 

 結婚指輪と婚約指輪の違いすら曖昧だったラインハルトに、ロマンチックなプロポーズのシチュエーションなど思いつくはずもないのだが、軍の広報の一コマで行うものではないことくらいは分かっていた ―― 契約結婚中なので、何を言ったところで間違いでしかないのだが。

 

「獅子と公爵殿の一挙手一投足は国体に影響するのだから仕方ない。この先も国体優先で本意ではないこともあろうが、髭を剃らせるくらい信頼しているのであれば、二人で何でも乗り越えて行けるであろう」

 

 元皇女は二人が離婚前提の契約結婚していること「は」知らないが、二人の結婚が契約に基づくものであることは、若い二人の気質と行動を見て感じ取っていた。

 元々貴族の結婚は、家柄に条件、利害などが絡み合っているもの。

 おそらくこの二人もそういうことなのだろうと ―― 破竹の勢いで出世する寵姫の弟ともなれば、自薦他薦を問わぬ女がひっきりなしに訪れるのが厄介だった所に、帝国ではこれ以上ない牽制となる公爵夫人が現れたので契約したのであろう……それが元皇女の考えであった。

 かなり正解に近い元皇女の推理だが、離婚前提であることまでは推測することはできなかった。

 

「そう言えば、床屋が買収され、権力者が首を切られたという話は聞くな」

「わたしの父上、まあ向こうは父上などと呼ばれたくはないであろうが、とにかく私の父上も末の愚弟(クレメンツ)に買収された床屋に頸動脈を切られた()()()

 

 その頃には元皇女はすでに帝国を去っていたので、詳細は分からなかったが、帰国したことで下男からその時の状況を聞き、父親(オトフリート五世)が非常に運が良かったことを知る。

 

「よく生きていたものだな」

「その場に養父(曾祖父)がいなければ、死んでいたであろうよ。末の愚弟(クレメンツ)にとっては”なぜそこにいた”と思った……のではないかな? わたしは末の愚弟(クレメンツ)のことはほとんど知らぬのでただの予想だが」

 

 元皇女はオトフリート五世にとって最初の子で、クレメンツは最後から二番目の子。両者はかなり年齢が離れており、直接会ったことは一度もない。

 

「髪長姫の曾祖父殿は、医学の心得もあるのか?」

 

 皇帝の命を救ったとなれば、褒美も欲しいままだったろう……そう思ったラインハルトだが、直ぐにその考えを撤回した。曾祖父は望めば何でも手に入ったが、敢えてそれを避けていた。その理由は、自由が欲しいというもの。

 聞いた時、なんだそれはと思ったラインハルトだが、自由気ままに生きたいので、父帝なきあと、皇太子の座から華麗に逃走したのだと聞かされてしまえば、そうなのかとしか言えない。

 

「ああ。だがその辺りの詳しいことは、公爵殿に聞かれよ」

「何故だ? あなたが話してくれても良いのでは?」

「きわどい話になるからだ。若き獅子はセックスやら夢精などの話は嫌いであろう?」

「……ま、まあ嫌いだな」

「わたしは若き獅子の不興を買いたくはないのでな。そういうことを話すのは、公爵殿にお任せする」

「そういう話なのか?」

「触れざるを得ないであろうな。まあ時が来たら公爵殿がお教えするであろう」

「そうか」

 

 まさに孫ほど年の離れているラインハルトの、照れた表情を眺めながら元皇女は容赦ない手を打つ。

 元皇女の勝利が決まったところで、公爵夫人が下男とともに部屋に料理を持ってきた。公爵夫人とラインハルト、そして元皇女も昼食を取る。

 下男が席についていないのは、彼の意見を尊重してのこと。もちろん事前の毒味で、満腹になっている。

 元皇女からフェザーンの話を聞きながら食事を楽しみ、デザートになったところで、

 

「そうだ。実は獅子に陳情したいことがあったのだ」

「なんだ? 御老公」

 

 元皇女がめずらしくラインハルトに頼みごとをしてきた。

 

「前の軍三長官のことなのだが……」

 

 前の軍三長官こと、エーレンベルク・シュタインホフ・ミュッケンベルガーの三名が揃って、元皇女と下男が住んでいるラインハルトの官舎にやってきた。

 下男は「此方にはローエングラム公はいらっしゃいません」と三人を追い払おうとしたのだが、彼らの目的は下男 ―― 彼に頼みがあってやってきたのだ。

 だが下男は公爵家の一族の命令がないかぎり、高貴な人物と直接話すことはない。

 そこで押し問答しているところに、元皇女が犬の散歩を終えて帰宅した。

 フリードリヒ四世と同年代のミュッケンベルガーは元皇女に見覚えはなかったが、ミュッケンベルガーの父親と世代の近い二名は、元皇女と何度か直接面識があったため、今の姿を見て愕然とし ―― 騒がれても困るので官舎に招き入れ、事情を聞いてやった。

 

「墓参りをしたいのだそうだ」

 

 祖父も曾祖父も若い頃、士官学校で教官をしており、その際、元三長官は教え子だった。

 

「エーレンベルクとシュタインホフは曾祖父殿で、ミュッケンベルガーは祖父殿の教え子だったのか……なるほど」

「あれ達が長官の座に就く際に、曾祖父殿の口添えがあったとか、なんだとか。生前は時折挨拶しに来ておったそうだ。死後も年に一度は墓に参じておったそうだが、獅子がここを買ってからは参れず、不義理に心を痛めていたそうだ。お主らに痛む心なぞあったのかと、聞いたとき思わず大笑いしてしまったがなあ」

 

 本当に笑ったのか? と、公爵夫人は給仕をしている下男を見た。下男は語りはしなかったが表情が如実に物語(大爆笑されました)っていた。

 ラインハルトは彼らに対してはあまり良い思い出はないが、故人を偲びたいという気持ちを無下にすることもなかろうと、元帥府に立ち入るのを許可した。

 

「通行は許可してやるが、墓参りに関しては髪長姫の許可が必要だろう」

 

 公爵夫人にとっては「どうでもいいです☆」程度のことなので、ラインハルトが許可したのならばと ―― こうして三長官たちは各自、元帥府内の曾祖父を頂点とする公爵家の墓を参りにやってきた。

 三長官は以前はラインハルトと対立していた ―― 現在はなんの権力も持っていない老人なので、それほど心配はしていないが、なにか変なことをしでかさない? 監視目的で彼らを墓へと案内してやると公爵夫人が申し出た。

 「申し出た」が、勿論態度は鷹揚と尊大さを持って、案内されてきた彼ら(三長官)を椅子に座った状態で「あ、来たのか」と軽く出迎え、墓地へと連れて行く。

 その態度や仕草が曾祖父に非常に似ていた。

 

「ご立派になられましたな」

 

 ……と、エーレンベルクに言われた公爵夫人だが、彼の存在など記憶の片隅にもない。もちろん顔も存在も認識していたが、エーレンベルクに「ご立派に~」と言われる筋合いもなにもない ―― 公爵夫人にとっては。

 公爵夫人は記憶していないのだが、新無憂宮に出入りしていた時や、公爵夫人は顔を出さなかったが公爵邸を訪れた際に遠目で見かけたことが彼ら(三長官)にはあった。

 声を掛けられなかったのは、公爵夫人は一応令嬢なので、そうそう男の前に出してはいけないし、男から声を掛けてもいけないという決まりがあるので、それに則って育てているように見せかけていたのだ。

 

 「子供はじじいと話したって楽しくないだろ」とは曾祖父の言葉だが、彼ら(三長官)より年上だった曾祖父が言って良い台詞かどうかは不明である。

 

 というわけで初対面なのだが、勿論記憶として何となく知っている彼らを案内する道中、昔話に適当に相づちを打ってやる公爵夫人だが、何故か彼らの台詞の終わりが「大公殿下(曾祖父)の生き写しですな。公爵家は安泰ですな」―― 非常に不本意だが、相手の年が年なので一撃でヴァルハラ送り(ワルキューレですから)は確実。殴り付けるわけにもいかず、彼らが帰ったあとシャドウボクシングでその鬱憤を晴らしていた。

 

 ちなみに元帥府内の墓だが、ラインハルトが邸を購入してくれた際に、直ぐに撤去しますね(宇宙に不法投棄☆)と公爵夫人が申し出たのだが、墓はそのままで良い、死者を悪戯に動かすものではないと諭され ―― こいつら(公爵家の人々)地上になんて未練の欠片もなく、ヴァルハラに逝ってると思いますが☆とは思ったが、ラインハルトの厚意を尊重して敷地内に設置したままにしていた。

 

 こうして三長官(年寄り)の墓参りを解禁したところラインハルトの幕僚たちも「墓参りしたいのですが……」なる希望を出してきた ―― 墓が居住区画内にあるので、直参の幕僚であろうとも許可なく足を運ぶことはできない。

 

「アレクサンドロスか」

「はい」

 

 (パンフレットのメッセージに若干ラインハルトも引いた)オーベルシュタインや(過去になにがあったのか、ラインハルトの調査でも分からない)ケスラーや(未だに何で公爵夫人とこの部下が喧嘩していたのかラインハルトは知らない)ファーレンハイト、大ツークツワンクのファンだと公言している(それ以外は沈黙)アイゼナッハなどが墓参りを希望するのは分かるのだが、

 

「まさか卿とそのような繋がりがあったとはな」

 

 ロイエンタールが希望したときはさすがに驚き、なにがあったのか? と思わず尋ねた。すると「金銀妖瞳繋がりで親交があった」と語られ、そこから父親(中二病)がアレクサンドロスと名乗っていたことまで知った。

 公爵夫人も中二病(父親)がアレクサンドロスと名乗っていたのは知っていたが、どう考えても恥ずかしいのでラインハルトに教えていなかったのだが、

 

「懐かしい思い出です」

 

 残念ながらワイン片手の色男に滔々と暴露されてしまった。ただ暴露されたとしても、暴露されたことを公爵夫人当人が知らなければ、心安らかでいられるのだが ―― 更に残念なことに数年後「ロイエンタールから聞いた」と、幸せの絶頂のラインハルトが笑顔で公爵夫人に教えてくれることになる。

 

「……」

「いかがなさいました? 閣下」

「公爵家と関わりのある者は、髪長姫と話そうと必死になるが、卿はあまり話そうとしていなかったような。卿は髪長姫は苦手か?」

 

 他人の嫁(主君の妃)に果敢に話し掛けてくるほうがおかしいのだが、それを差し引いて考えてもロイエンタールの態度は微妙だった。

 

「苦手と言えば苦手ですな。アレクサンドロスさまのご令嬢(誰のことですか?by公爵夫人)ですので、どうしても緊張してしまって。ただ話すのは苦手ですが、嫌いではありません」

 

 むしろ積極的に話し掛けてアレクサンドロス(中二父)について、もっと知りたいロイエンタールなのだが「他人と親族の話」をしたことがないので、切っ掛けがよく分からない ―― 残念ながらそれ以前の問題になっているが。

 

「卿が女性相手に緊張するとは」

 

 ラインハルトが殊更楽しそうに笑うと、

 

「閣下……」

 

 ロイエンタールは苦笑いを浮かべる。

 

「だが苦手なのであれば、今回は見送るか」

「なにを、でございますか?」

「士官学校の卒業式典なのだが、学校側で髪長姫を招待したいとな。成績上位三名と三次元チェスを打っていただけたら幸いだとかなんだとか、卒業式で成績上位者の心を折る趣向を凝らすとは、中々に鬼畜ですな……これはかの下男が言っていた。それに関してだが髪長姫は引き受けてくれた。あとは軍の要人を誰にするか考えて、卿に頼もうと思ったのだが、苦手であれば仕方ない。ああ、気にするなロイエンタール。卿と髪長姫の距離がもう少し近くなったら一緒に行ってもらう。そうそう、髪長姫は気さくだから、気にせず話し掛けるといい」

 

 公爵夫人がチェスを打つということで、アイゼナッハが激しくジェスチャーにて立候補したのだが、彼を行かせると「来賓からのお言葉」の項目がなくなってしまうので除外された。

 

「いいえ、是非とも、この機会を小官に」

「そうか? 分かった。ではわたしから卿と髪長姫の父君のことを告げておこうか?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、出来ることなら自分で」

「分かった。きっと髪長姫も知ったら喜ぶだろう」

 

 後々喜ぶかどうかはさておき、こうして公爵夫人はロイエンタールと士官学校の卒業式典に、貴賓として招待され、学長室で現学長からお世辞を言われながら飾られている身内の写真(曾祖父と祖父)を眺め、着慣れない女性軍人の正装である膝下五㎝ほどのタイトスカートの裾を引っ張っては、聞きたかったことを尋ねたり。あとは招待の理由とも言える成績上位者三名との三次元チェスを、三名同時に一人で相手にして完全勝利を収めた。

 ちなみにロイエンタールは、話し掛けはしたが、単なる事務的な会話のみで終わってしまった。

 

 それでも、彼としては進歩した ―― らしい。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「気になさる必要はありません」

 

 公爵夫人は宣言通り、ラインハルトの肌に剃刀を当てるために、ファーレンハイトを使って練習し、予想通り顔に赤い筋を入れてしまった。

 ただこの手の顔の傷は、男性には良くあることなので、傷がついたほうは気にしなかった。

 公爵夫人は悪い悪いという気持ちで、その傷を指でなぞる。勿論その時考えるのは「早く治れ」―― それに呼応するかのようにファーレンハイトの顔の傷が消えた。

 公爵夫人に言われ顔の傷が消えたことを確認したファーレンハイトは、傷があった自分の顔と「何が起こったのかよく分からんが、なんだこれ」と怪訝な表情を浮かべる公爵夫人を何度か見比べ、

 

戦乙女(ワルキューレ)。妊娠でもしましたか?」

 

 処女(人妻)にあらぬ疑いを掛けて、ボディーブローを食らって声を詰まらせる。

 

「ぼっ……申し訳……ごほ……。やはり聖処女(ハイリゲユングフラオ)だったのでっ!」

 

 公爵夫人はなにか訳の分からないというか、理解したくない中二言語を口走っている、書類上では祖父の婚外子(伯爵子息)移り変わる幻影(ファンタスマゴリ)ことファーレンハイトに、パンチを入れてから自分に分かるよう説明を求めた。

 

「我々の体内に変異したナノマシンがあるのはご存じですよね?」

 

 公爵夫人もそれは知っていた ―― 人類は宇宙に出て開拓を進めたわけだが、その開拓を後押しした一つに、ナノマシンによる怪我や病気の治療の実用化があった。

 これにより長期間の移動でも、病気や怪我で命を落とす確率が格段に減る。無論自然治癒力で治らないような大けがや、大出血などは治療を施すが、それも体内のナノマシンと専用の機械で連携して行えば、今まで行われていた手術よりも無駄もなく治癒も早い。

 新しい治療方法などは、ナノマシンにプログラムを送れば書き加えられるようになっていた。

 そしてなにより、人間の体がワープ航法に耐えられるようになった ―― このナノマシンが入っていなければ、人類はワープに耐えられない。

 良いこと尽くめで、なんの問題のないと()()()()ナノマシンだったのだが、第二世代のあたりから異変が見られるようになる。

 第二世代とは言葉の通り、ナノマシンを注入された第一世代同士の間の子で、生まれながらにナノマシンを持っている世代のことを指す。

 この第二世代のナノマシンは、全てが全てではないが、第一世代よりもエラーが多かった。

 ナノマシンの性能の低下なのだろうかと、第一世代同様に第二世代にもナノマシンを注入し急場を凌ぎつつ、自然妊娠でも機能が低下しないようプログラムの開発などが行われていたのだが ―― 第三世代になった時、ナノマシンの()()()()が沈黙した。

 小さな傷を治すこともなく、内臓の病を治療することもなく。ワープの際は今まで通りの力を発揮したが、メインである筈の治療に関しては稼働することがなくなった。

 外部からプログラムを送ろうとも動く気配がなく、新たなナノマシンを注入しても第三世代と同調して稼働しなくなる。

 何をしてもナノマシンは制作者側に応えることはなくなった ―― と思われたのだが、ごく少数だが動いているナノマシンを有している者が確認された。

 まず科学者は手始めに動いている者の体内から取り出したナノマシンを、動かなくなった者の体内に注入したがこれは今までと同様に、直ぐに同調して稼働しなくなってしまった。

 次に稼働している個体の条件を調べたが、人種も年齢も性別も出身地も既往歴、第一世代に注入されたナノマシンの製造工場のどれも共通するものはなかった。

 

 こうして人類はナノマシンを復活させることが出来ぬまま、衰退し現在は体内に存在するだけになっている ―― 人類史にはそのように記載されているのだが、

 

「ここまではご存じかと思われますが、実は少数のナノマシンが動いていた者たちは、他のナノマシンを動かすことが出来ました。そうです、傷や病気の治療を行うことができるのです」

 

 変異し動かなくなったはずのナノマシンだが、実は今でも稼働する。指揮個体へと変化したナノマシンを有する人間が、直接指示さえ出せば傷を癒やし病を治す。先ほど公爵夫人がファーレンハイトの顔の傷を治したように。

 

「変化した理由は不明のままですが、本当にごく稀ですが治療を命じることができる人間がいたのです。数ですか? 二千億人中十名程度だったとか。またこの特殊なナノマシンを有する人間は、誰もが健康そのものでした。彼らの体内にあるうちは、ナノマシンは非常に勤勉で、病など立ち入る隙もない状態でした」

 

 さすがに公爵夫人もここまで聞けば、自分がそのごく稀にナノマシンが稼働していた個体の末裔で、現在も稼働させることができることくらいは想像がつく。そして晩年痛風に悩まされたルドルフは、所持していなかったことも明らか。

 

「その通りです。姫騎士(大佐)……ではなく、公爵夫人の母上の祖先が、この指揮個体になられたお方でした。クローン作成ですか? 当時の科学者たちも試みたようですが、結局成果は出なかったようです。はい、ここが最大のポイントで、クローンを作成した結果判明したのですが、指揮できる個体を完璧にクローニングしても、指示を出せない場合があるのです。むしろそのタイプが多いと言った方が正しいでしょう。こうして指揮個体の量産化に挫折し、ナノマシンの変異に対応することができず、人類の宇宙開拓は終わりました。むろん他の要因もありますが、ナノマシンによる体調の維持管理ができなくなったことは、無関係ではありません」

 

「ただこの指揮個体を有する者たちの血族には、やはり指揮できる者が現れる確率が極めて高いのです。姉上(大佐)のお言葉ですが、公爵家だけで数えれば他者を治療できた者はこの五百年で、二十人いるかどうかと仰っておられました。もっとも歴史的に見れば、一家から二十人は驚異的な数です。無論この二十人の中に曾祖父(メメント・モリ)さま、祖父(フューラー)さま、兄上(ルシファー)さま、義理姉上さまが数えられております。そして戦乙女、貴方様もここに数えられるのです。兄上はいつも言っておられました、絶対に戦乙女は聖処女だと。兄上の言われた通りでした。生きておられたら、お喜びになられたことでしょう」

 

 ファーレンハイトの語りを聞いていた公爵夫人は、おおよそのことを理解した。そして聖処女という名称は父親が発案者ではないことに、ほんの少しだけ安堵した。

 

「戦乙女の仰る通り、生まれつき指揮できる人はいないそうです。ある程度自我が芽生えてからになり、その目安が男子ならば精通、女子ならば初潮だそうです。この時期が過ぎても操ることができなければ、男子は一生指揮個体になることはありませんが、女子は何度か機会を得ることができます。そうです、妊娠出産することでもう一度体質の大きな変化がおこり、指揮個体に変わる場合があるそうです……仰る通りです。女性は妊娠と出産を経て指揮能力に目覚める者がほとんどだと。はい、ですので妊娠したのですかと。聖処女タイプは妊娠、出産を経ても能力が失われることはありません。むしろ指揮能力が高く、どのような病でも治せるとか。そうですね、指揮能力にも個体差があります」

 

 いつ頃自分の能力が目覚めていたのか? 公爵夫人ははっきりとは分からないのだが ―― ファーレンハイトの話を聞いていて、何となくかなり子供の頃から使えたような気がしてきた。

 それを考えつつ、何故「足が悪くなり、最後は体がかなり不自由になった」祖父が、数えられているのかについて尋ねると、

 

「それはご自身で体の骨を折ったことが原因です。怪我による骨折ではなく、自身のナノマシンに対して自分を攻撃させて治癒させてみたところ後遺症が現れるそうで。なんのため? 祖父さまはめずらしいタイプだったので、研究者の血が騒いだのでは? なにがめずらしいか? ……ですか。祖父さまは遠距離でもナノマシンに指示を出すことが出来たのです。はい、おそらく確認されているのは祖父さまだけかと。ただ遠距離で指示を出すことはできますが治療は()()()()()

 

 ナノマシンが自分の体を傷つけるのはエラーの一つで、こうなったら医局に駆け込みパッチをあててもらうしかないのだが、祖父はこれを意図的に行い、更にその傷を自ら治した ―― この過程で色々と体内で起こった不都合に関し、当人は淡々と記録に残している。

 これらの記録は下男がしっかりと保管しており、あとで公爵夫人の手にその資料は渡ることになる。

 

「はい。半径15メートルならば360度、敵無しだと」

 

 治療はできないが、遠距離から指示が出せる。そして自分の体で試してみる ―― この二つの項目から推測できるのは、離れた相手の殺傷。

 予想が当たった公爵夫人だったが、距離が思っていた以上で、思わずファーレンハイトの顔を見直した。

 

「間違っておりませんよ……その、昔見せていただいたことがあるので。知っている者はごく僅かです。執事の息子(エルウィン・ヨーゼフ二世)は知らないでしょうが、その前の皇帝二人は知っていました。知って尚、お側におかれていたのです。皇帝の祖父(フューラー)さまへの信頼が篤いことが分かります。ええ! そうです。祖父さまの呼び名総統(フューラー)は、兄上(中二父)執事(皇太子)が、この能力を知って考えた素敵な呼び名です。祖父さまも気に入られ、遠距離で攻撃できる者を総統(フューラー)と名付けました。公にはできぬことですが、正式にフューラーと認められており……どうなさいました? 戦乙女(ワルキューレ)

 

 公爵夫人が頭を抱えたのは、特別なナノマシンの呼び名が総統(フューラー)であること、そして名付けたのが父親と執事だったことに、行き場のない怒りを覚えてのことである。

 

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