ラプンツェル   作:朱緒

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第十六話◇ジーク・カイザー

 公爵夫人はフェザーン駐在弁務官事務所にいるはずのユリアンを、なにがなんでも捕まえたかったので ―― あの手この手を使ってミッターマイヤーの艦隊に同行する許可を得た。

 当初ラインハルトは学業が疎かになるなど、彼らしからぬ陳腐な理由をつけて、出征を止めさせようとしたのだが、公爵夫人は経験と修めた学問、そして曾祖父譲りの詐欺師も吃驚するような巧妙な言い回しで、ついにラインハルトを陥落させ、元気いっぱいに旅立った(待ってろユリアン!)

 

「惚れた弱みというのは、こういうことか……なあ、軍務尚書」

 

 全権を握っているゆえ、人に押し切られることなど滅多にないラインハルトだが、公爵夫人に対しては、押しつけると嫌われると考えて強権を発動できなかった。

 

「(惚れていなくとも、あの弁舌には叶わないかと)……ですな」

 

 二人のやり取りを間近で見ていたオーベルシュタインは、きっと恋愛感情がなくても、押し切られただろうと ―― ただ恋愛感情がなければ、ラインハルトは「これ以上の適任はいない」と、編成に組み込むのは確実であった。

 それというのも、公爵夫人が請け負いたいと希望した任務が「フェザーン占領の際に婦女暴行を働いたものを見つける」というもの。「これら辛い出来事を申告するときは、男性兵士より女性兵士のほうがしやすいでしょうし、ある程度の地位についている人間に申告したほうが、しっかりと処罰してもらえる安心感もあるかと。先日の三次元チェス大会でフェザーン人はわたしの顔と名前と、地位を知っていますから。あと何より、わたしこの手の判断が得意なので。女当主として、婦女暴行犯と戦える知識を身につけているのですよ。それが女当主の役割ですから。あ、男性の場合はどうかは分かりませんけれど」―― 公爵夫人は督戦長官という、兵士を監視する権限を持ち、かつて憲兵部に存在したが、ケスラーが総監の地位についてから解体された曰く付きの部署を復活させた。

 

「婦女暴行など……」

 

 公爵夫人としても、これらを阻止するのが第一の目標である。

 

「可能性を排除しきれませんので、対応はしておくべきでしょう。公爵夫人でしたら、冤罪も防いでくれるでしょうし」

 

 公爵夫人の経歴と、下男の「御前さまは、詳しゅうございます。帝国でも有数でございましょう。わたしですか? 御前さまの補佐くらいなら務まりますが」と説明を受けたオーベルシュタイン。

 ちなみに下男と元皇女は、公爵夫人の従卒として同行している。

 この二人を伴った理由だが、今回の出兵は気付かれぬようフェザーンに向かう必要がある。その際、普段使われていない航路で向かうのだが、その航路を確保したのが曾祖父だった。下男が持ち帰られる前に、曾祖父と曾祖母、そして祖父の三人で家族旅行した思い出の場所である ―― 超巨大ブラックホールが存在している場所だが。

 公爵夫人は良い機会なので下男と元皇女に、曾祖父と祖父が発見したブラックホールを見せてやりたいとも希望していた。もちろん自分も直接見てみたいと思っている。

 

「先の公爵殿から直接習ったのだ、間違いはないだろうが、年端もいかぬ孫娘に、変死体を見せるというのは」

お父さま(アレクサンドロス)が亡くなられたので、当主教育を急がざるを得なかったとのことです」

 

 余所さまのちょっとしたこと(花婿強奪・矯正堕胎)で精神が病んだ跡取り孫娘を「精神が細くて門閥貴族の当主など務まらん」と言い切った、身内贔屓をしない男(祖父)に「わたしより、余程当主に向いている。憲兵でも問題なくやっていける」賞賛された孫娘である。

 ラインハルトが心配するほど精神は弱くなく、公爵夫人当人が思っているほど当人は繊細ではない。

 

「そうだが……ところで軍務尚書、髪長姫のワイン倉の警備は?」

 

 今回の出兵は後々ラインハルトもオーディンを出るため ―― ラインハルトやオーベルシュタインがいなければ、警備が手薄になり盗む機会がと考える輩が現れることを予測し、公爵夫人はトラップを仕掛けた。

 公爵夫人としてはワイン(密造酒)を廃棄したかったのだが、それは止められしまった。

 

「公爵夫人がトラップを仕掛けたそうです。自信作だそうで、窃盗犯を確実に死刑に追い込むと。詳細は不明です。トラップがトラップなので、そうそう明かせないとか」

「……窃盗犯など死ねとしか思わぬが、なんのトラップかは気になるな」

「聞いてみてはいかがですか? 文字だけでしたら、ワープしていなければ直ぐに届きますので」

「それは会った時に聞くとしよう。艦内で不自由はないかどうか聞いてみる」

 

 数時間後、公爵夫人から返事が返ってきたが、

 

「特に不自由はしていないそうだ。髪長姫はどんな状況でも、不自由を感じたりはしないからな……」

「いかがなさいました? 閣下」

「フェザーンを占領する際、地上制圧部隊に混ざりたいと。髪長姫の白兵戦の技量は申し分ない。占領行動中の暴力というのは良くあることで、督戦する者として単身で監視したいというのは分かるのだが、髪長姫がフェザーン人に襲われたら」

 

 行く前には明かさなかった、本来の目的(ユリアン誘拐)のための許可を求められることになった。

 

「公爵夫人でしたら、冗談抜きでお一人で一個小隊相手に圧勝できるでしょうが」

「強さの問題ではない」

「存じております……下男殿に護衛を頼んでみては?」

「軍務尚書。わたしが髪長姫の護衛を命じ、髪長姫が待機を命じたら、あの下男はどちらの命令に従うと思う?」

「それは公爵夫人でしょう」

「……まあいい。そうだ、明日画像付きのメッセージを送る。卿が預かっている御老公の犬の画像が欲しいそうだ。何枚か撮影してきてくれ」

「御意」

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 公爵夫人は軍で高官の職を得たのだが、特権だけでその地位を得たわけではない。無論特権は切っても切り離すことはできないが、公爵夫人は他者を黙らせることができる経歴の持ち主でもあった。

 

 公爵夫人は名門(貧乏)公爵家の当主になるべく、幼少期から専門の教育を受けていた。

 多彩な才能を持つ曾祖父、彼は宇宙博物学と惑星学の博士であり権威であり、最高の頭脳でもあり ―― 公爵夫人はその後継者としても育てられていたのだ。

 生前公爵夫人を連れてフィールドワークに赴き、死後は膨大な資料を纏めるよう仕向けられ、優秀な父や祖父、あとは下男の指導を受けつつ論文を仕上げ、共同研究者として発表していた ―― ラインハルトは個々の惑星の歴史というものに、さほど興味はなかったので知らなかったが、公爵夫人は齢十の時には、既に宇宙博物学会において新進気鋭の学者となっていた。

 もっとも公爵夫人当人も、自分が宇宙博物学者であることは知らない。公爵夫人にとって、論文は曾祖父が残した資料を纏め、どこかの誰かの役に立てればいいなと公表したものであり、自分に学位が授けられるなど思ってもいなければ、そんなもの必要すらない。

 無論宇宙博物学会に属しているので、年会費も取られていれば、会報が送られてくるものの、年会費は「まだ資料纏め終わってないし、まだ幾つも論文送る予定あるから、支払っておくか。資格喪失してまた入会金支払うなんて嫌だし。入会金高いし☆」であり、会報は「ダイレクトメール的なもんじゃねーの」くらいの扱いであった ―― 一応読んではいるが。

 

 母親(祖母)から三次元チェスの才能を全く受け継がなかった公爵夫人の父親だが、宮廷数学者の血は色濃く受け継いでおり、数学者としての才能は帝国内でも飛び抜けていた。あの母親(祖母)も「数学者としては息子(中二病)のほうが遙かに優れている」認めるほどで、オーディン大学の理学部数学科に七歳で入学し十一歳で大学院を卒業したほどの頭脳の持ち主である ―― が、母親(祖母)父親(祖父)も天才の呼び声が高かったため、驚かれはするものの、血筋なのだろうなと誰もが納得していた。ちなみに父親(中二病)この入学卒業の年齢は、もちろん現在(帝国歴489年)においても帝国最年少記録である。

 娘である公爵夫人は父親の記録を知っているが「お金がないから、急いで卒業したんだよ☆」ヒルベルトの23の問題の解き方を教えられている時に()()聞かされて、「らしいな」と思っただけで終わった。

 公爵夫人は才能溢れる(それ以外も溢れてる感があるが)祖先から、遺憾なく才能を受け継いでおり、当然数学の才能も受け継いでいた。

 数学者というものは若くして頭角を現すものとされており、公爵夫人は自分が知らない間にテストを受けてオーディン大学の理学部に入学し ―― そこで自然科学(宇宙博物)と数学を専攻する形になり、知らないうちに卒業していた ―― 十二歳のことである。八歳で入学し十二歳で卒業なので、数学者としては父親には才能は劣ると言われるが、それに関して公爵夫人は文句も異論もない。事実そうだろうと本人も思っている。

 ただ公爵夫人は数学と宇宙博物学の二足のわらじを履いた状態なので、劣る物ではないとする者もいるが、公爵夫人としてはどうでも良いことであった。なにせ入学したことも、卒業したことも知らなかったのだから ―― 知ったあともこれに関してはなにも言うことはなかった。

 

 公爵夫人自身が大学に在籍し、卒業していることを知らなかった理由だが、帝国は領土が広大過ぎるため、大学に通わずとも()()()()()を満たせば卒業できる仕組みになっているのだ。ただし入学試験だけは、その大学で行わなければならないが、やはり国土が広大なため、年に三度入学試験が行われている ―― オーディン大学の場合、地方の惑星から惑星オーディンまでの直行便が出ていないこともあり、乗り換えが必要で、チケットや受験、合否発表まで滞在するための宿の確保など大変なのである。

 大学に合格すると手続きを終えて、帰途に就き以降オーディン大学に足を運ばない生徒も多い。

 ちなみに全学生を収容できる寮のある学校は、これに属さない ―― 士官学校が代表格である。

 話を大学に戻すが()()()()()だが、これは大学の講義を自宅で受講し、レポートを提出するのが一般的である。他には大学が認めた講師から直接講義を受けてレポートを提出するという条件があるが、大学が認める講師が地方にいることはまずない ―― 公爵夫人は幸か不幸か自宅にその資格を持つ講師がいた。父親と母親と祖父である。勿論曾祖父や祖母、また曾祖母も資格を有していたが、公爵夫人が入学した時には既に故人なので数には入れず。

 

 公爵夫人は七歳の終わり頃に、エージェントに連行される宇宙人グレイ状態で両親に連れられオーディン大学へと向かい試験を受けた。

 試験を受けたところで分からないのか? 言われそうだが、公爵夫人は別室で一人試験を受けさせられた。受ける際にも「ご両親、と、教授、お話が、ある、から、おじさん、と、一緒に。暇、つぶし、に、問題、持って、きたんだよ」と ―― 無論この「おじさん」は試験の監視を担当している教官なのだが、あまり話すのが得意ではなかった。だが非常に優しい人でもあり、試験と言えば子供(公爵夫人)が緊張してしまい、実力を発揮できないと可哀想だと ―― 緊張してしまい実力を発揮できずに終わった天才児とされる子を何名か見てきたので、おじさんは最大限に気を使ってくれたのだ。

 

 

 後々あれが入学試験だと知った公爵夫人は、あがり症の試験官(おじさん)の優しさに涙した。その涙の意味は、公爵夫人以外には分からないが。

 

 

 気を使われていることを全く知らぬまま「ああ、子守任せられたけど、喋れないからクイズ問題を与えると。はいはい☆良い子にしてますよー。大人しく問題解くよー。なんで父さんの知り合いの博士に会うのに、わたし連れてきたんだろー。まあ良いけど」公爵夫人は会話で間を持たせられぬおじさんに迷惑を掛けぬよう、与えられたクイズ問題、実際は入試問題だがそれを解いた。

 ちなみに別室で一人試験を受けさせられたのは、他の受験生の精神状態を慮ってのこと。天才幼児と普通の受験生を同室で受験させると、凡人にかかるプレッシャーが半端ないので、十歳以下の受験者は、別室で受けて即日採点され、面接を受けて合否を貰い帰宅するのが慣わしになっている。

 帰宅する際もエージェントに連行される宇宙人グレイ状態で「クイズ面白かった☆でも、もう少し難しいのも解きたかった☆大公(曾祖父)とか(祖父)辺境伯爵夫人(祖母)の知り合いって人たちが一杯話かけてきた。適当に答えた。クイズは全問正解だって☆おもうさま(中二病)の知り合いの博士にも賢いって褒められた。あの人数学博士なんだよねー。おもうさまより五つ年上だっけ? おたあさま(姫騎士)もお知り合いと会って? ほー」と語りながら帰宅し(当人は語ったつもりだが、語れていない。だが、両親は愛情の力で解読できている)八歳で大学に入学を果たした。

 

 大学にかかる費用だが、貢がれることに定評のある公爵家の一員である公爵夫人 ―― 当時は辺境伯爵令嬢にして公爵令嬢であったが ―― 貢がれないはずもない。

 帝国で公爵家にもっとも貢いでいる帝室の当主フリードリヒ四世が、この時も同じく貢ぎ、公爵夫人の入学費用から授業料、寄付金まで全て負担した。

 成績が優秀なので、費用すべて免除の上、生活を賄う奨学金も受けることはできたが、それは臣民に譲った ―― 皇帝というパトロンがいれば、そんなもの必要はないが。

 

 学費を出してくれたパトロンに対し、礼を述べるのは当然のことなのだが、フリードリヒ四世は、自分の前で傍若無人な振る舞いをする公爵夫人を気に入っているので、父親と共に挨拶にし宮殿に上がった際「アレクサンドロス(中二病)と話している間、戦乙女はそこらで元気に遊べ」と ―― 皇帝にそう言われたのならば仕方ないと、公爵夫人は緞帳を登って飛び降りたり「そう言えば姉上に似て、歌劇もできるとか」「オペラ好きな陛下の前で披露するほどかどうか」「一つ歌ってみてくれぬか?」オペラごっこをしたりと ―― 二人とも聞かせるつもりはなかったのだが、それにしても公爵夫人はなにも聞いていなかった。

 

 呼気酒臭いおっさん(フリードリヒ四世)に近づかなくていいのならば近づかない、それが公爵夫人。

 

 こうして金銭面をクリアし、最高の講師に師事しながら公爵夫人は勉学に励んだ ―― この時点で気付けと言われそうだが、門閥貴族は学校に通わず、家庭で勉強することも多いと聞いていたので、公爵夫人も両親から勉強を習っている自覚はあった。それが大学に相当するものだとは気付いていなかっただけなのだ。もちろん難しかったが、公爵夫人はこの世界が自分の元いた世界から見て、遠い遠い未来であることを知っているので「未来だから、小学生相当の年齢でも地球時代の大学以上の勉強するんだろうなー。お、これはゴールドバッハの予想ですな☆解明されてるんだ。当然だよなあ。人類ワープするんだぜ、ワープ。ワープ超凄い!」高度な学問は人類の発展によるものだろうと ―― 曾祖父譲りの無駄に明晰な頭脳が良い仕事をしてしまった訳である。

 

 

 なにより父親が「あれ? もしかして戦乙女、大学入学したのに気付いてないんじゃないか」と気付き、気付かないまま卒業まで持っていこうと ―― 後日父親の企みと、それに乗った祖父の行動を知り、公爵夫人は頭を抱えた。

 

 

 両親を講師として勉学に励んでいた期間は一年ほどで、両親の死後は祖父のもと学問に邁進した ―― 当人に邁進したつもりはないが、厳しい祖父の元、努力を積み重ねた。祖父は普通に学問を学ぶのに平行し、門閥貴族の当主としてやっていける能力を身につけさせるために、実地で学ばせた。

 その一つが犯罪学で、犯罪をどのようにして見つけ、それをどのように立証するのかを教え込んだ ―― 恐喝材料の入手方法である。その後どのように恐喝すると足がつかないかなど。恐喝方法はともかく、犯罪を見つけて立証する技術を、公爵夫人は手に入れた。ついでに憲兵スタイルの証拠捏造法も、しっかりと教え込まれている。

 その一つに強姦に関する事項が含まれていた。強姦はたしかに恐喝材料になるのだが、それは帝国の法律上、男性が男性に対して行った場合のみで、女性に対する強姦に関しては、覚えても使い道はないと祖父に言われたのが公爵夫人にとって印象が深かった。門閥貴族が女性を強姦するなど、弱みにもなんにもならないのだ。

 そんなこんなで、門閥貴族としてやっていける能力を身につけ ―― 公爵夫人が軍人家系でありながら、銃器などにあまり触れてこなかったのは、門閥貴族としての技能を習得することを優先していたからである。

 

 ……というわけで、公爵夫人は知らぬ間に大学を卒業しており、犯罪捜査能力も無類に高く、この手の事柄に対し、非常に適した人物でもあった。

 

 そんな全力で騙されていた公爵夫人は自分が大学を卒業していることを知ったのは、ラインハルトと結婚し邸を売って生活に余裕が出来たので、学校に行こうとしたところ、公爵夫人の身辺調査をしたキルヒアイスから「公爵夫人、大学卒業してますが」と言われたのが切っ掛けである。

 下男に聞いて ―― 「凡人たるわたしが、知謀で祖父に勝てるわけないじゃないですか☆」騙されていたことを知った。

 公爵夫人は自分が大学を卒業していることを知ったが、学校には通ったことがないので、是非とも通ってみたいと希望し、かなり我が儘がきく名前(名門門閥貴族当主)なので、修める必要のない学問を修めつつ学校生活を満喫していた。

 「勉強だけは出来る馬鹿(公爵夫人本人談)」なため、偶に学校側から飛び級できますがと言われたりした公爵夫人だが、飛び級するくらいならば、最初から学校に通わない ―― そんなに通うのが楽しい学校を「休学+飛び級(出席日数の関係で留年しそう)」してまで公爵夫人は今回の出兵にのぞんだ。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 幕僚たちを悩ませている名品ワイン(密造酒なんだって)の盗難についてだが、公爵夫人は「トラップ張りましたぞよ☆」とオーベルシュタインに言い残して出征していた。

 今回の出征には下男と元皇女も連れてゆくため、解除キーは手に入らない。よって盗むのならば壁などを破壊するはずと ―― その後オーベルシュタインはラインハルトと共にフェザーンへ。その際、ケスラーにトラップを仕掛けているので無闇に近づかぬよう伝えた。

 盗難事件が起きなければ良かったのだが、公爵夫人の読み通り、ラインハルトとオーベルシュタインがいなくなってから、またもや窃盗犯が忍び込んだ。

 

「さすがアレクサンドロスさまのご令嬢。罠を張ると仰ったが……容赦ない」

 

 ブリュンヒルトの通信室で、顔から血の気が失せたケスラーから「ワインの窃盗があった。未遂なのだが、小官の手には負えない事態が発生したため軍務尚書閣下にご報告を」との報告を受け、現場の状況を見て、上記の言葉を漏らした。

 名品と勘違いされている公爵家の密造酒。名品であろうがなかろうが酒を盗もうとしただけでは、死刑にはできないし、盗まれたところで極刑にならない。むろん門閥貴族の特権を使えば可能だが、ラインハルトは公正な裁判を掲げているので、一般的な窃盗犯に死刑を求刑することはできなかった。

 ”極刑は免れ一攫千金を狙える”これが全ての元凶だと考えた公爵夫人は、ワインを盗みにやってきた人間が極刑に処されるトラップを張った ―― 侵入口になりそうな箇所に、公爵夫人の自宅にたくさんあった下男にそっくりな人(ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム)の銅像を設置したのだ。ワイン倉の中にもルドルフの胸像を見えないように、だが絶対に触れて台から落として傷つくように設置した。

 この究極の死刑ホイホイの設置により、多くの窃盗犯が裁判により処刑された。

 

「ルドルフをトラップに使うとは、さすが髪長姫。発想が尋常ではない」

 

 ラインハルトは、オーベルシュタインからの報告に、楽しげに笑って答えた。

 

「そう思います」

「だが好ましい」

 

 窃盗犯(未遂)犯が死んで清々したとばかりに、ラインハルトはワインを口へと運んだ。

 オーディンの窃盗未遂犯はこれで片付き、ラインハルトの機嫌は上昇したのだが、

 

「いかがなさいました?」

「ミッターマイヤーから通信がはいった。髪長姫が猟奇殺人犯を捕らえたと」

 

 ミッターマイヤーからの連絡で、機嫌は再降下。

 

「フェザーン人ですか」

「そうだ。髪長姫が尋問しているらしい」

 

 ラインハルトは不愉快な気持ちを抱えて、フェザーンに到着した ―― 帝国歴四八九年十二月三十日のことである。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

―― 帝国歴四八四年

 

「戦乙女は無事卒業したか」

 

 孫娘の卒業証書を手に、祖父は新無憂宮を訪れた。

 自傷により足を悪くしている祖父は、唯一事情を知っている新無憂宮の主フリードリヒ四世の配慮により車椅子が用意されており、それに乗って移動する。

 新無憂宮内を車椅子で移動するのは、アウグスト二世以来のもので ―― 元憲兵でやり手だった過去も相まって、祖父は影でこっそりとアウグスト三世とも呼ばれていた。

 

「陛下のおかげで」

 

 全く以て良い呼び名ではないが、祖父はその呼び名を嫌ってはいなかった。なにせ数は少ないがアウグスト二世並のことをした自覚があるので。

 

「お前に陛下と呼ばれるとむず痒いなあ」

 

 そんな、影でこっそりと呼ばれているはずの呼び名を何故知っているのか?

 それは間者がいるからに他ならない。

 

「一応礼を述べに来たわけだからな。だが陛下にむず痒い思いをさせるわけにはいかんな。では、フリッツ。これが孫の成績表だ。資金提供者に提示するに値するものだ」

「戦乙女は成績優秀だな」

 

 フリードリヒ四世は成績表にさっと目を通して、直ぐに祖父に返した。

 

「学業以上に、出来る孫だ」

「お前が認める程か。将来が楽しみだな」

「今でも充分楽しいが」

 

 公爵夫人は父親の死後、新無憂宮に来ることはほとんどなくなった。当主である祖父の足が悪いこともあるが、公爵家の人間が二人きりになってしまったのが大きい。

 

「お前はいい。側において楽しめるのだから」

「仕方あるまい。公爵家の当主と次期当主など、そうそう一緒に出歩けぬ。特にわたしは恨みを買っている自覚もある。なにせ体型抜きで、アウグスト三世と呼ばれるくらいだ」

 

 祖父はアウグスト二世やルドルフとは違い、痛風などと無縁の体質(ネオ・アンティキティラ)であり、体格も若いころからほとんど変わっていない。

 

「お前ほどアウグストの注射針が似合う男もいないであろう」

「二世よりは似合っているだろうな。だが女を含めれば、負けるな」

「戦乙女だけ寄こしてくれてもよかろう。あれとて歴史ある黄金の血公爵家の当主にして、他の追随を許さぬ大辺境伯爵家の当主だ。宮殿に上がる資格はある」

「あれは新無憂宮をアスレチックかなにかと勘違いしている。そんな孫娘を一人で出仕させるわけにはいかん。もっとも、そう勘違いさせたのは、フリッツと親父さまだが」

 

 ふいっちゅ! ふいっちゅ! ふいっちゅ!

 陛下にそれを許していただけるのは、戦乙女だけだな

 はうちひょふみゃいちゅたぁ(ハウスホーフマイスター)、むちゅこなのにゆるちてもらえにゃいのきゃ?

 フリッツ呼びは許してもら……えなさそうだが、そのふいっちゅが

 ふいっちゅいってにゃい。ふいっちゅっていってゆ

 いや、ふいっちゅだし。なあアベル、どう聞いてもふいっちゅだよな?

 そうですね皇太子殿下

 今まで通り、執事って呼んでくれ。皇太子殿下などと呼ばれると、背筋が冷える

 慣れなくてはいけないようなきもいたしますが、ではハウスホーフマイスター

 

「アスレチックに関しては否定はせぬ。あの活発な動きは見ていて飽きぬ。……なあ幕僚総監(祖父)よ。執事(息子)は本当に死んだのか?」

「死者の年齢なぞ数えるものではないぞ、フリッツ」

「数えてはならぬか」

「数えたいのであらば、他の子の年齢も同じように数えてやれ。あの可憐だと()()()()()()()()が死産した子の年齢もな」

「あれとの間に子か……いたかもしれんな」

「薄情だなあ」

「余が薄情であること、お前はよく知っておろう」

「いいや、知りませんぞ陛下」

「どの口でそう申すのか」

「皇后陛下に関しては薄情でしたな」

「どちらの意味でだ?」

「さあ、お好きなように」

 

 フリードリヒ四世は彼の人生には似合わぬ笑みを浮かべた。

 

「余にとって、執事は特別だった」

「そうなのですか? 侍従が始末しそびれただけだと思っておりましたが?」

「お前が言うか。余が気付かぬとも、あの老人(グリンメルスハウゼン)が見過ごしたとしても、お前が見過ごすはずがない」

「そうでもございません。色々と見逃しておりますよ」

「お前の場合は、阻止できるが楽しそうだから見逃すからな。……エルウィン・ヨーゼフ()余の孫だ」

「ええ、そうですな」

 

 フリードリヒ四世の子供で成人したのは四名。そのうち三名は皇后との間に生まれた子で ―― 側室は流産や死産、先天性の病などで、一人を除いて誰も成人を迎えられなかった。

 公爵家が後ろ盾になった一人。彼は複数の男と寝る女の息子だった故に、皇帝の実子であるかどうか検査され、疑う余地がないとされた。

 他の三人は、皇后が産んだ子故に、検査はされていない。

 一人を除き、皇后の子だけが死産や流産を逃れ、成人を迎えられたのか? 死んだ胎児や嬰児が増えるにつれて、皇后が産んだ三人の子は本当に皇帝の子なのか? 口に出して言えぬことだが、そう思う者は増え続けていった。無論皇后が産んだ子ゆえ、検査はされていない。調査を命じることができるのは、フリードリヒ四世だけだが、彼は一切の興味を示さなかった。

 我が子であろうがなかろうが ―― 王朝が滅びることを望んでいた男にとって、それはどうでも良いことであった。

 

「特別になったというべきか。あれ(曾祖父)が後ろ盾になってもいいと言った時から」

 

 確実に自分の血を引いている息子を前にしても、彼の心はなにも感じはしなかったが、

 

「それは知らなかった」

あれ(曾祖父)は余にとって特別だった」

 

 曾祖父が連れて行くのを見て ―― フリードリヒ四世は公爵夫人の祖父や父親に、皇后の治療を依頼しなかった。

 

「そうですか」

 

 会話が途切れる。話題がなくなったのではない。残された時間の間になにを語るべきか? 取捨選択が上手くいかずに言葉が止まったのだ。

 そして ―― フリードリヒ四世は、聞いても答えてもらえないことも、答えて欲しくないことも知りながら尋ねた。

 

あれ(曾祖父)がそろそろ死ぬと報告にきた時、余は言ったのだ。”お前でも叶わないことがあるのだな”とな。あれは常々叛徒たちの首都まで行くと言っていたが、それは叶わなかったなと。残念に思うたが、同時にあれ程の男でも叶えられぬ願いがあるのだと、小人らしく昏く喜んだものだ。だが……」

 

 叛徒の都を見る夢な。フリッツ、お前は一度も宇宙に出たことがなかったな。そう言えばブラックホールを見てみたいと言っていたなあ。ん? どういう意味か? 分かるさ、実は英邁な君主どの。そして死ぬまで下手な韜晦を続けるがいい

 

「どうした? フリッツ」

 

 フリッツ!

 戦乙女か……どうした? その……

 ?

 いや、良い。久しぶりだな戦乙女

 

「戦乙女は、突然言葉が確りしたな。そうあれ(曾祖父)の死を境にして」

 

 曾祖父の医療用ナノマシン(null型ネオ・アンティキティラ)は、公爵夫人の脳の一部に移動したが ―― ウェルニッケ野以外の箇所にいないとも限らない。例えばブローカ野に入り込言葉を明瞭にしたとしたら?

 

「言葉がはっきりする年になったのだろう」

 

 祖父が「よく分かったな」と笑いながら、自らの片方の目尻を人差し指で叩いて見せる。

 

「一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱く。戦乙女は本当に夜の暗闇のような瞳の色になったな。舌足らずだった頃はダークブラウンだったのに、言葉を話せるようになったら漆黒に」

「親父さまに()()()()であろう」

「ああ。()()()どころではない」

「まあ瞳の色が成長と共に少し変わることはある」

「あれを()()と言っていいものやら」

 

 公爵夫人は生まれつき金銀妖瞳ではあったが、瞳の濃淡が極端に変化していた ―― それを知る者は少ない。

 

「誰も心をのぞき込むことが出来ぬ、ブラックホールを思わせる黒」

「あれがブラックホールの黒か。この先余は、何年生きるかは分からないが、お前とあれが見た、巨大なブラックホールを見ることは叶わんのだろうなあ」

「まあ、無理だろうな。皇帝は安全な航路をひたすら行くものだ。ちょっと間違えると、計器類が吹っ飛ぶような場所には行かせられん」

「計器が壊れた時、恐くはなかったか?」

「特には。航路を計算する自信はあったし、なにより親父さまと母上がいたからな」

「戦乙女は既定の航路を使わず、叛徒の領地まで行けるのか?」

「あの孫娘ならば可能であろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そうか、()()が抜けたのであれば、戦乙女は行けるであろう。もしもお前になにかあったとしても、余が配慮してやる必要はないか」

「救助を求めたら助けてやって欲しいが、多分必要ないであろうな」

「分かった」

「フリッツ、次の幕僚総監を誰にするか決めておけ」

「どうした?」

「わたしもそう長くはない。金が欲しいから死ぬまで幕僚総監の地位に就かせてもらうが、一年持つかどうか」

「戦乙女に爵位を継がせる金は貯まったか?」

「ぎりぎりだが」

「しぶといな。その爵位が失われたら、お前たちをゴールデンバウムに戻せたのに」

 

 数々の資金援助をした皇帝だが、爵位を継ぐ金だけは出さなかった。公爵夫人が継いでいる爵位、これを継げなくなった時、この一族は帝室に帰ることが取り決められていた ―― フリードリヒ四世はそれを望んでいた。だが彼らしく、積極的に妨害することもなかった。

 

「誰が戻ってやるか」

 

 フリードリヒ四世と祖父の面会は、この日が最後であった。

 

 翌年祖父が死に、公爵家の当主となった公爵夫人は、招かれる形でフリードリヒ四世の元へ挨拶をしにやってきた。さすがにもう公爵家の当主故、皇帝の前で傍若無人に振る舞うようなことはない。

 フリードリヒ四世はこの先どうするつもりなのか、戦乙女に尋ねた。その問いに返ってきた答えは「ミューゼルの元へゆく」 ―― 予想外の答えと、深淵を思わせる黒に、フリードリヒ四世は年甲斐もなく心が踊り、そして昏く染まる。

 

「そうか。あの者の所にな。余が口添えしてやろうか?」

 

 公爵夫人は勿論断った。フリードリヒ四世に口添えなどされたら困る ―― 公爵夫人はフリードリヒ四世に、ミューゼルに嫌われていること、命を狙われていること、それを好ましく感じていることは知っていると告げた。前者二つは理解している者はいるが、最後の一つをまだ幼い年齢といってもいい公爵夫人理解しているとは、フリードリヒ四世は思ってはいなかった。

 祖父から聞いたのかと尋ねるも、あの人は寵姫のことを話題に出すことはなかったと公爵夫人は答える。

 このまま公爵夫人がラインハルトの元に身を寄せたら ―― あの男(曾祖父)は、叛徒の都(ハイネセン)を見るのだろうと。確証はなに一つなく、妄想でしかない考えだが、フリードリヒ四世は信じて疑わなかった。

 

「そうか。息災でな。決してジーク・カイザーと言わぬ公爵家の当主よ」

 

 こうして公爵夫人はフリードリヒ四世に別れを告げ、彼がが生きている間はラインハルトに対し「全く知らない人です」を押し通し ―― 一切会わなかった。

 

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