ラプンツェル   作:朱緒

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第二十四話◇破瓜+1と初老-1

 皇妃が半分権利を持っている要塞に足を運んだ所、吸血鬼という予想外の存在に遭遇したラインハルト。

 ただ超常的な存在ではなく、人間が少々作り替えられたものなので対応できないものではない。凡人であれば、若返りや長寿の誘惑に負けることもありそうだが、ラインハルトにはそれらは一切通用しない。

 

「知っていることを全てでございますか? 御前さまの御心のままに」

 

 吸血鬼カスパー二世に話を聞いたところで、まともに答えてもらえるとは到底思えなかったので、吸血鬼の殺害方法を知っていた下男に、知っていること全てを語るよう皇妃が指示を出す。

 

「これに関し、わたしめが存じ上げていることはごく僅かでございます」

 

 下男は「吸血鬼」は不治の病の一種と教えられており、治療方法はなく、苦痛から解き放つためには速やかに脾臓を破壊する必要があると聞かされていた。

 

「逆にわたしめは、吸血鬼と血液プラントの繋がりは全く分かりませんでした」

 

 下男にとって吸血鬼とは病名の一つでしかない。

 

「わたしめは奴隷にございます。奴隷は主が与えてくれた世界以外は知りませぬし、求めませぬ。とくにわたしめは、主さまが様々なことを教え、与えてくださいましたので、欲求を持ちませんでした」

 

 何でも知っている奴隷だが、それは曾祖父や公爵家の者たちから与えられたものであり、彼自身が欲したことはない。

 

「そうか。ではあの吸血鬼が、吸血鬼になる以前のことについては何か知っているか?」

 

 今は亡きキルヒアイスが、結婚当初、皇妃の身辺調査をしたが、既に死亡している大伯父まで対象とはしなかった。

 

「お見かけしたことはございますが、お話したことはございません。大ツークツワンクさまは”秀麗な容姿故、女に人気はあった” ”三次元チェスは一般的に強い部類に入るだろうが、儂からすると凡夫が凡庸な手をちまちまと打ち続けているだけ”とのこと」

 

 部屋が盗聴、盗撮されていることを知っている下男だが、主である皇妃から「そのまま答えるように」と言いつかっているので言葉を選ぶことはない。

 

「大ツークツワンクが強い部類というからには、それなりなのでは?」

 

 観ている方(カスパー二世)も、自分の妹(大ツークツワンク)の口調は覚えているので、特に気にはしていない。

 

「”一般的”とつけていらっしゃいましたので。大ツークツワンクの”一般的に強い部類”は、先の公爵さまや若さま、そして僭越ながらわたしめもその部類ですので」

「……話は逸れるが、大ツークツワンクが”一般的”を付けず純粋に強いと言った人はいるのか?」

「小ツークツワンク、大ツークツワンクのお父さまのことです。そして主さまは強いと仰いましたな」

「髪長姫の曾祖父殿は、今更なにを言われても驚かぬが、やはり強かったか。……あの吸血鬼は自らなったものなのか? それとも曾祖父殿あたりに頼みなったものなのか……と、少しは気になったのだが、どちらでも現状が変わるわけではいな。吸血鬼、聞こえているのならば、研究成果とやらを持って説明しにこい」

 

 長命を得た明晰な頭脳を持つ髪長姫の大伯父は、これまでの研究成果を持ち説明し ―― 愉快なものではないが、医学の発達の為の研究から逸脱しているとまでは言い切れないと判断し、幾つかの条件は出したがこのまま研究を続けてもよいと許可を出した。

 

「ありがとうございます、陛下。わたくしも、臣下として……」

 

 カスパー二世は忠誠の証しにと動くシャーウッドの森の存在と、要塞を機能停止にするコマンドに関して語った。

 

「なるほど。中々に有益な情報だな。それで、余はその有益な情報に対して褒美を与えようと考えておる。なにが欲しい? 吸血鬼」

 

 カスパー二世の要望は金額的には控え目とは言わないが、真新しいものや奇妙なものはなかったので確約し、面談を終えた。

 吸血鬼との会談後、皇妃からも「動くシャーウッドの森」と「要塞を機能停止にするコマンド」に関して、全く同じことを聞いたラインハルトは、それが事実であるとして話を進めることにした。

 

「動くシャーウッドの森は放置しておく。要塞の管理プログラムに組み込まれているものは早々に駆除させるとしよう」

 

 機能停止に関しては解除コマンドが分かっているので、二人が滞在している間に駆除が終わった。

 動くシャーウッドの森は、皇妃が「許可さえいただけるのなら、内部を崩して見せますよ」と立候補したものの、同盟の一縷の望みを叩き壊して、統一を完成させようと考えているラインハルトは、いまはそのままにしておくと告げた。

 ラインハルトがそう言うのならば……と皇妃はそれらに関してラインハルトに預けた。そして、

 

「え? ここで解散して、あなたはウルヴァシーに行きたいと?」

 

 別行動を申し出た。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「フェザーンに遷都する。それに伴い帝都を建設せよ」

 

 新婚旅行という名目で軍事視察を終え、オーディンに戻ってきたラインハルトは、シルヴァーベルヒを呼び出し工部尚書に任命し、即座に仕事を与えた。

 幾つかのやり取りのあと、ラインハルトは皇妃を会議に出席させるよう言いつけた。

 

「皇妃陛下のご要望も取り入れた形の宮殿を作られるのですな」

 

 新帝都の新宮殿 ―― 夫婦の新居なのだから、皇妃の好みをふんだんに取り入れる形にするのだろうとシルヴァーベルヒは解釈したのだが、

「好きなデザインは勿論だが、皇妃が()()そのものに興味を持っており、出来ることならば()()に携わりたいと希望している」

 

 話を聞いていると、そうではないことが分かってきた。

 

()()ですか?」

「そうだ。空中作業関連の操作免許も取得したので、高所の建築にも携われるであろう。通常はワルキューレのパイロットから脱落したものが就く作業。ワルキューレのパイロットとしても一流の皇妃には、造作もないことだった」

 

 イゼルローン要塞からオーディンへの帰路、皇妃はこれらの免許を取得していた。

 

「それはまあ……」

 

 建設作業に勤しむ皇妃というのは、想像しにくい。

 

「皇妃は本来であれば、ウルヴァシーでその技術を遺憾なく発揮したかったようだが、軍務尚書に止められてな」

 

 当初ラインハルトは「ウルヴァシーに行きたい。理由ですか? 最難関といわれる空中作業機の免許を取得したので! 是非この技術を実際に使いたく。あとは惑星の生態系の調査も少ししてきたいのです」と言われ、納得して許可を出したのだが ―― オーベルシュタインに「新婚旅行に行って、帰国もせずに別行動など、不仲説が囁かれ大事に繋がりますので、二人ご一緒に帰国してください」と注意され帰国の途についた。

 

「軍務尚書が頭を抱えそうになっておったわ」

「それはまあ……ところで皇妃陛下は今どちらに」

 

 天才二人が彼方此方に飛び出さぬよう、重しになっている軍務尚書も大変だな……と、他の大勢と同じくオーベルシュタインのことは嫌いなシルヴァーベルヒだが、これに関しては少しだけ同情し、少しばかり身震いした。

 尚書で終わらず宰相になろうという野心を持っているシルヴァーベルヒは、その座についた場合、重し役を務めなければならないのか、務まるのであろうか……一瞬脳裏を過ぎったのだ。

 

「年に一度の恐竜の生態調査に向かった。本当は一緒に行きたかったのだが、仕事が忙しくてな」

 

 その惑星の調査は皇妃にしかできないことなので、ラインハルトは当然許可を出し ―― オーベルシュタインが口を挟める隙はなかった。

 皇妃は一ヶ月かけていつもの生態調査を行い、若干日焼けした姿で帰国し、ラインハルトとの再会を喜ぶ。抱き合って、軽く頬にキスをし、食事をしながら彼の地(恐竜のいる惑星)で出来事、オーディンであったことなどを語り合い ―― そこで終わってしまうのがこの二人である。

 事情を知っている超高級軍官僚たちをやきもきさせていることを、知っていながら意に介していない二人は、一年半後に行われる挙式に関しての会議に出席した。

 一般的な結婚式とは違い、皇帝の結婚は経済効果や国威発揚に使用されるイベントであるため「こんな式にしたい」だとか「会場はここがいい」などという希望はほとんど通らない ―― ラインハルトは希望そのものがない。精々あるとすると、

 

「総費用はもう少しさげられるのではないか」

 

 彼は吝嗇家ではないが、国の財源を無駄なものに使うことを嫌うので、かかる費用の詳細を気にするくらい。

 その費用も適切であれば、文句は言わない。費用に段取り、警備体制に関して議論が行われいる脇で、皇妃は目の前の立体映像を眺めている。

 立体映像はどれもウェディングドレス ―― 式の目玉の一つである。

 この会議より前に、まずは皇妃の好みを聞き、その後有名デザイナーに声をかけデザインを提出させ、形となったそれを皇妃が選ぶことになっていた。

 立体映像は一つのドレスに何種類も用意されている。ただドレスだけのもの、モデルが小物類を身につけ着用しているもの、バックが大自然だったり有名な式場だったり。隣に花婿役が立っているものもある。花婿役を務めるモデルは全員金髪で軍服を着用しているが、誰一人としてラインハルトの美貌に及ばない。

 

「どれか気に入るデザインはあったか? 気に入らないのであれば、別のデザインを提出させるが」

 

 予算について厳しい追及をしていたラインハルトは、一旦話を打ち切り皇妃に声をかける。

 皇妃は「この中から選びますから、心配はご無用ですよ」と返す。悩んでいた理由は、ほとんどのドレスが似たり寄ったりのデザインなので、どれを選んでも同じ。むしろどのデザインを選べばいいのか、なにか決め手になるものはないかと。

 

「皇妃の希望の式を教えてくれないか?」

 

 休憩になった時、ラインハルトは皇妃に「彼女の本当の希望」を尋ねた。ドレスを睨んでいた皇妃は視線をラインハルトに移し、少しだけ考えてから「キルヒアイス提督の墓前で。陛下は何時戻りの軍服、わたしは母か曾祖母のドレスを手直ししたもの。参列者は陛下は姉君とあと誰かいらっしゃるのでしたら数名。わたしの方は下男と元皇女とアベルくらいで、額にキスで終わりが希望ですが、さすがに皇帝陛下の挙式でそれは出来ませんからねえ」本当に小さな式を希望した。

 皇妃の希望を聞いたラインハルトは、

 

「その式も挙げるとするか。公人の式典と私人の挙式、二つ行っても問題はなかろう」

 

 行うことに決めた。

 

「キルヒアイスの墓前だけでいいのか? いや、あなたの父母の墓前は?」

 

 唯一の懸念はそこだったが、皇妃は必要ないと返す。

 会議は再開し同盟の動向や会戦となった場合のスケジュール調整などを話し合い、皇妃として着用するウエディングドレスは後でラインハルトとともに選ぶことにして会議は終わった。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「聞いて良かった」

「そうですな」

 

 式典関係などオーベルシュタイン任せにしておけばよい ―― が基本方針のラインハルトが、わざわざ会議に出席した理由は、会議の休憩時間に皇妃から「希望の結婚式を聞き出す」ためであった。

 公人の式のほうはいわばダシ。

 

「ファーレンハイトが是非要望を聞いてくださいと進言してこなければ、流すところだった」

 

 「小さめな式がしたい」と言われれば「分かった」と答えるラインハルトだが、自分から言い出すような男ではない。そして皇妃も似たようなもの。この二人だけであれば、きっと何も起こらなかったのだが、周囲は遅々として進まない二人の関係を、全力かつ控え目に背を押し、進めなくてはならない。

 その切っ掛けとして……ということもあるが、ファーレンハイトは「戦乙女はあれでもまだ十代の夢見る……多分夢見る乙女なので、希望を胸に秘めていると思うのです。全部とは言いませんが、希望を聞き出し叶えて下さいませぬか? 費用は用意できる範囲ならば小官が持ちますので」大恩ある人物の娘なので、幸せになって欲しいと常々願っているため、ラインハルトに頼み込んだ。

 頼まれたラインハルトは少しばかりフリーズした後、既婚者の将校を呼び出して「女性は結婚式に思い入れがあるものなのか」尋ねて ―― 将校たちは控え目に結婚式の際、女性の希望を取り入れなかったために起こる出来事を、また起こってしまった悲劇を伝えた。

 説明する必要もないが、そんなことに微塵も興味を持っていなかったラインハルトは、聞かされる取り返しの付かない出来事の数々に恐怖し、出来る範囲で願いを叶えねばと決意を固めた。

 までは良かったのだが「式の希望はあるか」この一言を発することができなかった。切り出すのに最良な場面を考え、会議の休憩中に行動にでるという作戦に出た ―― これを作戦といって良いのかどうかは不明であるが。

 

「皇妃の希望の式を挙げることで、お二人の仲はさらに深まることでしょう」

 

 ラインハルトが会議に出席する理由を聞いたオーベルシュタインは、良い傾向だと出席を譲る。彼は冷徹、ドライアイス、永久凍土と呼ばれたりするが、人並みの感情を持ち合わせている男である ―― だからこそ差別された結果、ゴールデンバウム王朝の滅びを願い、また人々がどうしたら苛つくのかも知っているからこその、オーベルシュタインの草刈りであり、そこからラインハルトへ上手くつなげることができるのだ。

 

「皇妃は祖先のウェディングドレスを手直しするだけで良いと言っているのだが、新しいのを購入すべきではないのか?」

「皇妃の祖先が平民でしたら、私的な式でも高級な既製品を購入することをお勧めいたしますが、皇妃の祖先の女性はほぼ皇族。どの方のドレスも、それは見事なものですので、手直しで問題ありますまい」

「見事なものか?」

「フェザーンで執り行われる結婚式典に着用しても、問題ない逸品ばかりです。つきましては陛下、皇妃のウェディングドレスですが、公爵家の女性が代々着ているものと同等の仕立てとなると、もう少し費用が必要になります」

「出せる範囲か?」

 

 気持ちとしては「予算に糸目は付けぬ」だが、最高権力者ラインハルトがそれを言ったら大問題なのでぐっと堪えた。

 

「問題はございません」

「歴代よりも少し上に設定せよ」

「御意」

「……それにしてもオーベルシュタイン。皇妃のウエディングドレスのデザインは、どうしてああも同じものばかりなのだ?」

 

 これといった決め手に欠けているウエディングドレス ―― 選ぶために、皇妃はラインハルトに意見を求めたのだが、ドレスになんの興味もないラインハルトは、コレと言った助言をすることもできず「全部同じに見えてしまう」正直に告げた。

 

「……小官も驚いております」

 

 ウェディングドレスのデザインは、皇妃に披露する前にオーベルシュタインが目を通し確認していたのだが、やはり彼も驚いた。

 

 ウェディングドレスに関して、まず最も優先されるべき皇妃当人の希望だが「陛下が主役。わたしは添え物で」第一の希望はこれ。

 ラインハルトが美しく見えたら、部下たちが喜ぶだろうし、どんなに着飾ってもラインハルトには遠く及ばないことを理解しての発言なのだが ―― どこの世界に花嫁が主役ではない結婚式があるのかと、デザイナーたちの第一声であった。だが皇帝の結婚式なので、皇帝がメインというのも分かると無理矢理自身を納得させる。

 皇妃の第二の希望は「ワンショルダーは嫌だ」

 此方の方は「ワンショルダーが嫌いなのだろう」と気にせず受け入れた。

 ちなみに皇妃のワンショルダー拒否の理由は「厳ついわたしが着ると漫画に描かれている原始人みたいになるから」という、どうしようもないものである。

 皇妃の希望はこの二点のみ。あまりに希望が少ないが、もっと希望を下さいとも言えないので、この部分は絶対に外さないことを肝に銘じた。

 次は皇族の結婚故、抑えなくてはならないポイントが幾つかある。まずはロングドレスであること ―― 間違っても皇妃にミニスカートタイプのウェディングドレスなど着せてはいけない。これは伝統である。

 だが今回の結婚式は新王朝の初代皇帝の結婚式なので、旧王朝とは違うところも見せる必要がある。そこでドレスは旧王朝の皇族が結婚式には着用していなかったデザイン ―― マーメイドラインが好ましいとなった。

 あとは皇妃は成長期で、一年半後には最大で五㎝背が伸びている可能性も考慮するよう、身長の伸びと共に骨格も大きくなることを予測するよう、手直しが可能なデザインであることが指示された。

 これに皇妃の体格と顔だちを考慮した結果、帝国のデザイナーもフェザーンのデザイナーも旧同盟のデザイナーも、似たデザインとなってしまった。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「失礼します、軍務尚書閣下」

 

 所用があり面会予約を取り付け ―― 用事を終えたケスラーがオーベルシュタインの元を辞そうとすると呼び止められた。

 

「少々時間をもらえぬか、憲兵総監」

「理由にもよりますが」

「卿に相談ごとがある」

「小官にですか?」

 

 オーベルシュタインから相談を持ちかけられるような関係ではないのだが……とは思ったが、内容を聞いてみることにした。

 

「相談内容にもよります」

「皇妃陛下のウェディングドレスに関して、卿の意見が欲しい」

「人選を間違っているように思いますが」

 

 ”なんでわたしなのだ?”と思ったケスラーは、当たるところを間違っていますよと正直に答える。

 

「卿以外では、話し合いにならぬからな」

「……」

「ほとんどの提督は、わたしの意見に反対するだけで、適切な意見を出さぬのは目に見えている」

 

 ケスラーは心当たりを思い浮かべ ―― ほとんど全幕僚が思い浮かんだので、

 

「お役に立てるかどうかは分かりませぬが、お話だけはうかがいます」

 

 仕事が一段落してから、再びオーベルシュタインの執務室に尋ねる約束をして、今度こそ辞した。その後仕事は片付ききってはいないが、約束の時間になったので、切り上げてオーベルシュタインの執務室に足を運び、

 

「皇妃陛下のウエディングドレスについてだ」

「皇妃陛下が選ばれるとお聞きしましたが」

 

 詳しい説明を求めた。

 

「こちらは予備だ」

 

 ケスラーの前に広げられたウエディングドレスのデザインは、マーメイドではなく様々な種類のもの。

 

「マーメイドラインで決まったとお聞きしましたが」

 

 ラインハルトとは違い、雑多なことも知っているケスラーは、指定のデザインではないのではと指摘する。

 

「何事もなければ皇妃陛下がお選びになったドレスだ」

「これは何用に?」

「ご懐妊なさった場合、もしくは産後まもなくは、体のラインが確りと出るあのドレスは着られない」

 

 一応式まで一年半あるので、その間に妊娠する可能性も考慮し、そうなった場合に着られるドレスも作らせることにしていた。

 

「ご懐妊……たしかに用意しておくべきでしょうが、こちらも皇妃陛下のご希望を聞いたほうがよろしいのではありませんかな」

「皇妃陛下の性格上、希望を尋ねると”妊娠しないように気を付けるから、無駄なものは作らなくてよい”と言われると、ファーレンハイト提督から助言があった。そしてそう言ったが最後、絶対に妊娠しないとも」

 

 彼らとしては皇妃には今すぐにでも妊娠して欲しいくらいなので、妊娠を阻止するような言葉は極力避けたい。

 

「なるほど。たしかに陛下にうかがっても同じことを仰るでしょうな。ですが陛下には予算で知られてしまうのでは?」

「皇妃陛下のドレスにかかる予算は、変動が合っても良いと言質を得た」

「軍務尚書閣下がどのようにしてその言質を得たのかについてはお聞きいたしませんが……先ほどファーレンハイト提督から助言をいただいたと仰いましたが、かの提督をアドバイザーになさった方がよろしいのではございませんか?」

 

 皇妃のドレスを選びたくないわけではないが、選ぶのならば皇妃をよく知っている人物のほうが良いのではないかと、三十八歳独身(ケスラー)は人選ミスを指摘する。

 

「アドバイスできるほど冷静でいられないと辞退した」

 

 オーベルシュタインも最初は皇妃の知り合い(ファンタスマゴリ)に声を掛けたのだが「小官はなんでも似合うとしか言えませんよ」と ―― 通常「ワルキューレってゴリラですね」としか言っていないファーレンハイトだが、本心から言っているわけではない。

 

「あ……」

「客観視できるくらい離れた立場で、陛下と皇妃陛下の関係が真っ白であることを知っている人間でなくてはならず、あとはわたしと会話できる者ではなくてはならないということで卿を選んだ」

 

 オーベルシュタインも自分の意見に従うのが嫌で、当てつけ気味に似合わない違うデザインを選ばれるようなことはことは避けたいので、幕僚の中でもかなり冷静なケスラーを選んだ。

 

「分かりました。では……」

 

 もしも皇妃がこの会話を聞いていたら「夢見る(懐妊)とはお前らしくないなパウル」の一言でばっさり切って捨ててしまうことであろう。

 

 その後三十八歳独身元帥(オーベルシュタイン)三十八歳独身上級大将(ウルリッヒ・ケスラー)が額を突き合わせ、十七歳少女(処女)が孕んだ場合に着用したら似合いそうなウェディングドレスについて話し合うという、軽い地獄絵図が展開される。

 

「軍務尚書閣下」

「なんだ? 憲兵総監」

「閣下と小官で選びましたが……二十も年下の少女の好みに合うでしょうかな」

 

 皇妃の好みを取り入れた「皇妃が挙式で着用するウェディングドレス」とは違い、彼らが選んでいるのは「妊婦でも着られるウェディングドレス」

 潔癖症気味な皇帝に知られると「絶対、妊娠などない!」になってしまうので、デザインを発注するわけにもいかず、有名高級ブランドのドレスのカタログを、一般的に適齢期の男性部下(フェルナー)に集めさせ選んでいる状態なので ―― 皇妃に似合っているものを選べているのかどうか? 「私服はラーベナルトに任せ切り」なオーベルシュタインと「私服にこだわりは一切ない」なケスラー両名のセンスにかかっている。

 

「二十歳年下か……憲兵総監」

「二十歳年下です、軍務尚書閣下」

「センスは全く違うであろうな」

「同年代でも男と女のセンスは違いますからな」

「そうだったな……」

 

 挙式の際に着用されるのは、皇妃が適当に選んだドレスか、それとも軍務尚書と憲兵総監が一週間かけて選んだドレスか?

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「早く新築の家に住まわせてやりたいものだ」

 

 本日もラインハルトは仕事中である。もちろん皇妃も仕事中 ―― 皇妃の希望も取り入れた獅子の泉の設計図にラインハルトが目を通しながらの一言。

 

「本当に楽しみになさっておいででした」

 

 設計図を持参したシルヴァーベルヒが、希望を述べる皇妃の姿を思い出す。皇妃はいつになく楽しげで、次々と要望を出してきた。

 

「生まれ育った邸は五百年越え(泉の宮殿)で、今住んでいるのも四百年越え(新無憂宮)の建物なので、とにかく新築に住んでみたいそうだ」

 

 ちなみに皇妃は「歴史的建造物に住むのは飽きた」と思っているが、新居(獅子の泉)も後々歴史的建造物になることが確定している。

 

「皇妃陛下……」

「かく言う余も、中古住宅にしか住んだことがないので、少しばかり楽しみにしている。余と皇妃の期待を裏切るなよ、シルヴァーベルヒ」

「御意」

 

 フェザーン遷都以後、新無憂宮は王立博物館となる ―― 遷都前から作業は始まっており、博物学会において有名な皇妃が総責任者となり、博物館への移転が進められることになった。遷都後は権限をキュンメル男爵に渡すことまで既に決まっている。

 ちなみにこの話は、ラインハルト初行幸の際に語られたもので ―― 男爵邸事件は一切起こらず終わった。

 一応気にしていた皇妃だが、何事もなく終わったことに安堵する。

 皇妃は工部尚書のシルヴァーベルヒに、改装のアドバイスを貰ったり、展示物の選定を行ったり、展示動線について考えたり、展示物が盗まれぬよう防犯システムの配置を考えたりと、かなり頭を使う日々を過ごしていた。

 

 皇妃が危惧していた地球教によるラインハルトの暗殺事件だが、少々遅れたタイミングで発生し ―― ラインハルトは地球教の討伐命令を下し、地球へと艦隊を差し向けることを決定する。

 

「皇妃が地球に残っているかもしれない遺跡の調査をしたいと申し出てきた」

「陛下」

 

 地球の遺跡について熱く語っていた皇妃の希望を叶えてやりたかったラインハルトだが、皇帝暗殺未遂事件直後なので、オーベルシュタインに咎められるまでもなく、行かせるつもりはなかった。

 

「許可は出さぬ。髪長姫当人にもそう告げた。後々平和が確認されたら、その時は一緒に行ってみようかと考えている」

「地球に行かれる計画もよろしいですが、跡継ぎに関しても計画なさっていただきたい」

 

 千手先をも読み切るような間違いない天才夫婦なのだが、ことこれ(跡取り)に関しては異常にふわふわしており、全く先のことを考えていないような状態。

 

「…………」

「陛下」

「オーベルシュタイン」

「はい」

「娘が生まれたらどうする」

「どうするとは?」

 

 ラインハルトの意図が分からず問い返すオーベルシュタイン。

 

「娘の結婚式は、花粉が激しい季節、大自然の中で行ってくれるか」

 

 そして聞かされた内容に ―― 先日、花嫁姿を想像するだけで泣けて、式前日からどうにもならず、当日花嫁姿を見て泣けてきて、終いには「花粉症」と言いつくろった将校がいたことに思い当たり、同じ来ようなシチュエーションを想像したラインハルトが、娘を嫁に出す際、自分も同じような状況に陥ったらと……。

 

「……陛下。皇女を降嫁させる際のことを想像し、対処を図るのは構いませぬが、陛下はそれ以前の問題です」

 

 皇子も皇女も出来るようなことをしていないのだから ―― きっと自分と憲兵総監が頭を悩ませて選んだドレスの出番はないことを噛みしめていた。

 

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