ラプンツェル   作:朱緒

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最終話★柊館は炎上しました

 試行錯誤を繰り返し、やっと妊娠しました☆

 みんなこんなに苦労して妊娠しているのかと思うと、宇宙の極端な人口減少の理由も分かるってもんだ! いやー本当に難しかった。

 ラインハルトも”同盟攻略のほうが簡単だった”と漏らしていた。わたしとしても宇宙最大のシュヴァルツェス ロッホに近づいて計器吹っ飛ばして自力計算で離脱のほうが、ずっと簡単だったよ!

 

「普通はそこまで苦労しませんよ、戦乙女」

 

 ほっといてくれよ、アベル!

 ほっとけよー。というか、努力を認めろよー。

 

「努力ですか? 結果がでなければ認めないのが公爵家の家訓だった筈ですが」

 

 無事に生まれたら認めるということか! まあ良いだろう☆この命に替えても無事出産してみせる。

 

「結果を出すために死ぬのは馬鹿のすることですよ、戦乙女」

 

 口うるさいなー! 意気込みってやつだよー! お前は爺やかなにかか、アベル! いやいや、わたしに口うるさい爺やなどいなかったけどな。爺やは下男だからな☆

 

「では戦乙女に、出産についての注意事項を説明いたします」

 

 なんでお前がわたしに説明……

 

「戦乙女は普通の人とは体質が違います」

 

 そうですな。普通の女性はネオ・アンティキテイラを動かすことができな……

 

「わたしが戦乙女の母君から教えていただいた、体質の変化によって引き起こされる事例をお教えいたします」

 

 アベルの説明を聞きながら、先ほど着用したマタニティウエディングドレスを思い出す。結婚式の前に妊娠した場合、着用できるドレスを用意していたことを知り ―― 結局結婚式までは何事もせず、その後……だったため、着用する必要はなかったのだが、勿体ないので妊娠してから着用してみた。

 似合っているか、似合っていないか? 残念ながら似合っていなかったが、オーベルシュタインの努力は買う。

 うん、まあ、本当に似合ってなかった。ビッテンフェルトが「軍務尚書は慶事に関わるな」と叫ぶくらいには……いや、そこまで酷くはないような。いや、そんなに酷かったのか。

 でも態度が一番酷かったのはケスラーだった。うるりっひちゃんのヤツ、一度こっちを見てから、顔を覆いやがったからな。妊娠中じゃなけりゃ、殴ってるところですよ☆

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「皇妃陛下!」

 

 懐妊が判明した後、アベルから聞いたことを反芻し、途中からちょっと違うことまで……まあ、落ち着けアンネローゼ。いや落ち着けないのは分かるけれど。

 何故って? ただいま襲撃中! わたしが襲撃しているのではなく、わたしは襲撃される側。柊館が燃えてます。

 折角アンネローゼが来てくれたというのに、危険に巻き込んでしまうとは!

 襲撃第一波の轟音を聞いてからこっち、腹やら腰やらが痛い……ような気がするんだ。気にしないようにしているけれど。

 

「ブラスターですか? 皇妃陛下」

 

 テロを警戒して枕の下にはブラスターを、椅子にかけられたガウンの下には特注の防弾エプロンを用意してはいる。

 特注の防弾エプロンは腹部をすっぽりと覆い隠すヤツですよ。

 お腹を貫かれると問題なのでね☆

 妊娠していなかったら、アンネローゼを担ぎ上げて窓から飛び降り、憲兵に保護させてから襲撃犯を皆殺しにするのだが、身重でさらに臨月。体の自由が利かない。さらにフューラー(遠隔攻撃能力)が使用できない。それどころか、自然治癒力も人並みにまで低下 ―― アベルの説明によると妊娠・出産・産褥はnull型ネオ・アンティキテイラが、通常のニート・ネオ・アンティキテイラと同じになってしまう。

 null型は本体の傷や病をすぐさま治療してしまう、臓器の異変もその一つで、肥大化も防ぐ ―― だが妊娠すると子宮は胎児の成長とともに大きくなる。これをnull型に阻止されては困るので、機能が冬眠状態に入るのだ。そりゃそうだろうなー。

 というわけで、気楽に負傷するわけにもいかず。

 母さんはフューラー(遠隔攻撃能力)を所持していなかったので、本当に使えなくなるかどうか分からなかったので、妊娠直後にアベルで試してみたところ、攻撃不可能になっていた。

 

 わたしが試させろといったんじゃない! アベルが試してくださいって言ったんだー!

 

 現在は危機的状況なので、個人的に精神を集中して、自分の医療用ナノマシン(デウス・エクス・マキナ)に呼びかければ目覚めそうな気もするのだが、それをして成功すると、胎児が死んでしまう可能性が高い ―― この医療用ナノマシン、そこまで融通がきかないというか……皇帝の子を身ごもっているのに、そこまでの博打は打てない。

 

 アンネローゼを連れて炎上する柊館を逃げ、そして撃つ!

 

 ああ、それにしても、下男と元皇女がいないのが辛い。あの二人に「チョコアイス買ってきてくれ」と頼んだ後に襲撃とは。

 だが辛いが幸運だと思う。

 あの二人とついでに散歩に連れて行かれた犬が、この状況に巻き込まれなくて良かった。

 下男なら血路を開いてくれはしただろう。若いころの下男ならば一騎当千の強者扱いでもいいが、いまや分類は高齢もいいだけ高齢。こんな火の手があがっている邸で、撃ち合いさせていい年齢じゃない。

 別に庭でひなたぼっこして一日過ごせとはいわないが、あの年齢の老人に銃器を持って走り回らせるとか、完全に老人虐待だとおもう。元奴隷だから虐待しても良いと言われたらそれまでだが、いやでーす☆

 ん? 声を出すなとの指示をしっかりと守りつつ、アンネローゼがわたしの袖を引っ張る。

 ……帝国兵の格好をしているので、こちらから撃つ場合は見極めてから。向こうが撃ってきたら問答無用で撃ち殺すが、出来るだけ味方を撃ち殺したくはない。

 出入りしている兵士の顔は全て覚えているので……よし、敵だ。

 戦闘力を奪う的な撃ち方は趣味じゃない。撃つ時は必ず殺す。それがわたしの流儀!

 

「皇妃陛下」

 

 一名撃ち殺したら、その奥からわたしの護衛を担当している少佐が現れた。

 静かにせんか、少佐。復帰兵を殉職させるのは趣味じゃない。卿とて中佐すっとばして大佐にはなりたくはあるまい? わたしはさせたくはないぞ。

 

「血路を開きます」

 

 血路なあ。少佐とあと兵士二名……よし、その部屋に入ろうか。

 カーテンを引き裂いてロープを作り、脱出する! 誰が? アンネローゼと兵士二名だ。少佐はわたしと共にこの部屋に残って貰う。

 一名の兵士はアンネローゼの身辺警護、もう一人は救援をここに連れてくる。

 救援がくるまで、この部屋に立て籠もって応戦する。さあ、グダグダ言っている暇はない。さっさと動け!

 大丈夫だアンネローゼ。自分を含めて三人は守れないが、二人までなら守り切れる自信がある。

 

「必ず助けを呼んで参ります」

 

 わたしが扉から入って来るかもしれない敵を撃つ。少佐は伝い降りる三人の援護を任せた!

 エネルギーパックを入れ替えて万全を。ただし予備のパックは後二つ。ちまちま来てくれたらいいが、一気に十人くらいに襲撃されたら困るなあ。でもこの襲撃の感じからすると、襲撃犯百名は越えている気がするんだ。

 となると……厄介だ。

 アンネローゼと兵士二名は無事に地上に到着。さあ、急いで救援を呼んでくるんだ。

 その間に、少佐に注意をしておかねばな。

 この少佐、かつて母さんが治療し、わたしもその能力を受け継いでいることを知っているから、治療してもらうこと前提で重傷をおいつつも応戦……などされては困る。傷の治療ができないのだ。そこの所をよく理解しておけ。

 

「了承いたしました。命に替えても皇妃陛下と殿下の御身はお守りいたします」

 

 だから、そういうことじゃなくてだなーって、きた!

 応戦するぞ、少佐!

 何とか皆殺しに成功☆足音が聞こえないので、死亡したテロリストから武器を奪って、エネルギーパックを新品に取り替えて……あまりやりたくはないが、二丁ブラスターでいってみるか。

 多分当たる、まあ当たる。冗談でやったときは、当てるだけなら百発百中×2だった。ただ両手撃ちで両方脳下垂体ぶち抜けるかとなると、ちょっと自信ないが、敵の数が多すぎるから仕方ない。

 

 撃っている時に腹痛が来なければいいんですがね! なんか、周期的に痛くなるんですよ。だからといって、痛くない時は全然平気かといわれると、そんなことはない。どちらかというと、慢性的に痛く、周期的に更に痛くなるが正しい。

 

 体質的に痛みを感じたことなかったから辛い。null型は傷や内臓疾患をすぐさま治してしまうので、痛みを感じることはほとんどない。

 生物としてはこれは致命的で、痛み=死を理解できない幼少期に、治癒能力を超える大けがを負って死ぬ個体もある。故に痛みを教えるのが最重要課題なのだが ―― 前世の記憶が痛みを知っていたので、わたしは痛みを避けることを生まれた時から知っていた。曾祖父はnull型らしからぬ行動から、わたしが生まれながらに痛みを理解していることを知り、特に教育は施さなかった。

 それはいいのだが、わたしの痛みは前世の記憶に頼り完全に支配されていたため、前世の記憶がなくなってからしばらくの間、痛みを理解するためにかなり苦労するはめになった。

 幸いというか、妊娠前に叛徒の残党にして反逆者であるローゼンリッターの隊長と戦い、腕を切り落とされて痛みというものを実感できた。

 あれは痛かったが、あのくらいの痛みならば耐えられるし怖ろしくはないが、避けられるのならば避けたほうがいいだろう。なにより医療用ナノマシン共が大人しくしているのだから、普段はほとんどきかない麻酔を使った無痛分娩を……ん? 外で轟音というか……花火のような音が。

 

「……なんでしょう」

 

 時計は持っているか? 少佐。良かった、時間を見せろ。……ふむ、下男が戻ってきたのかもしれないな。そうだとしたら、下男が派手な爆破で襲撃犯を引きつけていると思われる。

 

「では、この隙にカーテンを伝って」

 

 あー無理無理。伝って降りてる途中で痛みが襲ってきたら、動けなくなってやつらの的になる。

 それよりも卿は何人射殺した、少佐。十人か、なかなかやるな。わたしは三十八人だ。気にするな、奴らの狙いはわたしだからな。敵がまとわりついてきて仕方ないだけのこと。

 百人以上襲撃してきた筈だから……ん? 窓になにか。梯子かなにかを立てかけたのか。襲撃犯なら頭をぶち抜いて……って、ケスラー! 卿、なにしてるんだよ!

 帝国憲兵総監にして首都防衛司令長官が、なんで単身で前線に立ってるの! 馬鹿か卿は! 国家の重鎮がこんな所に単身できてどうするんだよ!

 

「皇妃陛下、ご無事ですか?」

 

 馬鹿ー! 普段わたしに危険な真似はしないように言ってる卿が、地位と全く合っていない行動取るってどういうことだー!

 

「下男殿が敵を引きつけている間に、救出するよう」

 

 梯子は下りられんぞ、ケスラー。腹がつっかえていて、無理だからな。

 

「背負って……」

 

 無理ですよ☆腹がつっかえるよ☆

 下男が居る方向に案内しろ、ケスラー。

 下男のことだ、群がった塵屑(テロリスト)共は刈り取っているとは思うが、下男も年だからなあ。援護してやらねば。

 文句を言いたいのは分かるが、下男は曾祖父から預かった代物だ。最後まで傷つけず期限がきたら曾祖父に返さねばならぬ。戦死させるなど以ての外だ。それに、その辺りが一番外へ通り抜けやすかろう。援護してやるつもりでいったら終わっている可能性も極めて高い。

 さて、抜けるぞ。

 階段を降りて、下男が派手に爆音を響かせている方へと進むと、壁が壊れていて……

 

「御前さま、少々お待ちください。お足元を掃除いたしますので」

 

 死体で埋まってる。これ踏むのなんて、気にしないぞ☆

 

「今の御前さまは、足下がお見えになりませぬゆえ」 

 

 確かに腹で見えませんけどね。分かったよ、大人しくするよ。

 

「憲兵総監閣下に抱きかかえていただくという手もありますが、この足下では間違って転んでしまう可能性もありますゆえ、閣下も尻込みなさるでしょう」

 

 抱き上げた落としたら大変だもんな☆わたしは平気だけど☆それ以前に、ケスラーがわたしを抱き上げられるかどうか。はっはっはっ! 普通の同年代の娘と違って筋肉質で骨太な上に妊婦だから重いんだ! 天下の憲兵総監閣下の腰を壊すわけにもいかぬしな!

 良いフォローだ下男。

 そんな死体の沼地を抜けて、燃えさかる柊館から離れ、アンネローゼと無事再会をはたしました。

 まだいたんですか、アンネローゼ。

 病院に行くなり、安全圏に逃げるなりしたほうがいいですよ☆

 ああ、それにしても仮皇宮が燃えまくって。酷い有様ですな。

 ケスラーが指示を出し……ん? あの男、軍服を着用しているが見覚えない。新人か? ……新人にしちゃあ随分ととうが立ってるが、だが年齢はあまり関係ない場合もあるし、見たところブラスターなどの銃器の類いを持っているようには見えないな。

 邸に出入りしているのならば顔は一致するが、テロリストを制圧するために招集されたのならば。

 それにそっちから来ても、わたしを殺傷する前にケスラーが立って……刃物! 狙いはケスラーか!

 させるか!

 

「皇妃陛下!」

 

 ケスラーを殺害しようとするとは! ラインハルトの大切な部下にして、ウチの大事な小鳩に何しやがる! 臨月でもハイキックの一つや二つ! ちょっと「ブチッ」って音したけど、何処も痛くないから大丈夫! テロリストは首の骨が「ばぎゃああ」って折れて死におった!

 

「皇妃陛下。ご無理を……え?」

 

 ちょっと待て、ケスラー驚くな! 驚きたくなるのは分かるが、驚くな! そして憲兵諸君にアンネローゼに下男! わたしは漏らしてないから! 本当に漏らしてないから! わたしの名誉の為に大声で叫ぶが、漏らしてないからな! 足下に水たまりが広がってるが、断じて漏らしてないからな!

 

「破水にございます、御前さま」

 

 破水……ええええええ! 破水しちゃったの、わたし!

 

「御前さまとて、臨月で賊の首を砕くハイキックをなされば、破水もなさるでしょう」

 

 あああ。無痛分娩するためには、破水前に麻酔をかける必要が……ああああああ! ま、過ぎたことをグダグダ言うのは趣味じゃない。無痛が駄目でも分娩はしなくてはならないのだ。多くの人類(女性のみ)が通った道、自然分娩といこうではないか。

 腹痛というか陣痛の間隔を下男にカウントさせて……はい? 間隔からすると、もう子宮口は最大まで開いていると? おお! なんか出血もあるな!

 

「皇妃陛下、お気を確かに!」

 

 落ち着け、ケスラー。まあ、落ち着け。わたしの気は確かだ。周期的に襲ってくる痛みで立てなくなりそうな時もあるが、わたしの気は確かだ。

 むしろ卿のほうが焦りすぎだ。まあ落ち着け。四十に手が届きそうな男が、出産ごときで慌てふためくな。卿が産むわけじゃないんだから、落ち着け、いいな小鳩……ん? 荷台が近づいて来る音がするのだが、なんだ?

 

「待たせたな兄弟。皇妃殿、遅くなりましたことお詫び申し上げます。ほら、憲兵ども周囲を囲まぬか」

 

 レオンベルガーを連れた元皇女が、大きな荷物を荷台に乗せ、押しながらやってきた。

 

「ほれ小鳩……ではなく憲兵総監。ぼさっとしていないで手伝わぬか。兄弟、準備はできているか」

「御老公、これらは?」

 

 ケスラーでなくとも、何を持ってきたのか聞きたくなるだろう。わたしも聞きたい☆

 

「分娩台と出産用の医療器具だ。フェザーンは金さえあれば、なんでも簡単に手に入るからな」

「たしかにフェザーンは金さえ払えば何でも手に入りますが、このような特殊なものは」

「わたしが何年フェザーンに住んでいたと思っておるのだ。それも()()住み着いていたわけではないぞ小鳩」

「失礼いたしました、御老公」

 

 え? わたしここで産むの? ……まあ病院に行ってる暇なさそうだし、病院が安全とも限らないし、医師にこの体質を隠すの面倒だし……とか考えると、憲兵ぞろぞろ居るし、憲兵総監(うるりっひちゃん)もいるし、下男なら間違いもないし、わたしの体のことも熟知している。

 

「よろしいのでしょうか、御前さま」

 

 下男よ、わたしはお前を全面的に信頼している。なにせわたしと父さんを取り上げたのはこの下男。まったく、迷惑かけるな。

 

「ありがたき幸せ」

「公子たる若を取り上げ、皇妃殿となられた公爵殿を取り上げ、ついには皇帝となられる御子を取り上げるとは、素晴らしい人生だな兄弟」

「兄弟ではございませんが、身に余る光栄にございます」

 

 さて……あとは何も心配せずに産むわけだが……いーたーいー!

 とりあえず痛い、凄く痛い。腕を切り落とされた時と、今ならどちらが痛いか? それはもちろん腕を切り落とされた時だが、あれは医療用ナノマシンがドーパミンをがんがん出してくれて即座に痛みを感じなくなったので、こっち(出産)のほうが痛いわけですよ。いーたーいー。

 

「だ、大丈夫なのか?」

「落ち着け、憲兵総監。卿はここの警備を指揮しつつ、他の部隊にも司令を出して、ほれ。皇妃殿、なにか飲まれるか? 先ほどまで動いていて喉も渇かれたであろう」

 

 そう言えば喉渇いてた。水がおいし……いだだだだ……やばい、ケスラーの表情がうるりっひちゃんになりつつある。なんだ、そんなに恐いのか?

 

「皇妃陛下。実はあのマタニティウエディングドレス、軍務尚書がお一人で選ばれたのではなく、小官も意見を述べ、二人で合意してあのドレスを選んだのでございます。まさかあのようなことになるとは……」

 

 それは今言わなければならないことなのかな? うるりっひちゃん。まあ、落ち着け。な、落ち着いてくれよ。こんなにパニックなのに、部下に指示を出す時は、立派な総監ケスラーに切り替わるのが面白い。なんだろう、これは芸なんだろうか? それともわたしの心を和ますために、わざと演じているのだろうか?

 

「医師はまだか! 皇妃陛下痛くはありませんか?」

 

 あ、これ素(うるりっひちゃん)だわ。そして痛くないはずないじゃないか。でも痛くないと生まれないんだから。

 少佐も青ざめて……お前たち、死体は平気なのに出産は駄目とか意味がわか……かっががががが……

 

「御前さま、発露いたしました。あと少しです」

 

 そうか。知らんうちに汗かいているようで、アンネローゼがガーゼで拭ってくれている。アンネローゼ、病院行った方がいいよ。わたしのことは心配しなくていいって☆

 

「さすが皇妃殿。初産だというのに、一時間少々でここまでお産がすすむとは」

 

 褒めてくれてありがとう、元皇女。きっとわたしは褒められて伸びるタイプだから☆もっと褒めるんだ……ケスラー、エネルギーパック抜いた小銃を寄こせ!

 

「なににお使いに」

 

 握り締める棒が欲しいんだよ。力込める時にぎゅーっと握るなにかが。早くしろ!

 小銃の砲身壊れたらゴメンな☆

 …………生まれました。小銃の銃身は壊れませんでした、良かった良かった。若干曲がったのは気のせい、いや、小銃は貴い犠牲になったのだ!

 

「ご無事でなにより……後産? あ、ああ。分かりました」

 

 ケスラーがほっとした表情でわたしに声をかけてきたのだが、後産がまだだと聞かされて後ずさりしおった。

 そんなに怖がるなよ! 後産って胎盤のことね☆子宮から剥がれて落ちてくるらしいよ!

 ところで下男、生まれた子は?

 

「元気な皇子殿下にございます」

 

 ほー、そうか。それは良かった。

 

「皇妃陛下、元気な皇子殿下にございます」

 

 アンネローゼが産着を着た皇子を手渡してくれた。ほにゃーほにゃーと泣いている。本当に元気そうでなによりだ。

 皇子だし、これで一応跡取り問題は解決したということか。

 

「皇妃。ご所望の品はこちらに」

 

 元皇女がチョコアイスを差し出してくれた。食べるのかって? 食べるにきまってる。嬰児を胸に乗せたままアイスを。何というか、内臓に染み渡る。

 

「なにかお食べになりたいものはありますかな?」

 

 …………肉かな。レアステーキを一つ。大きいので頼む。で、アンネローゼ、病院に行ってきなさいって。わたしは心配ないから。

 アンネローゼ、治療が終わったら直ぐに戻ってきてくれていいよ。そうしたら皇子を預けてわたしが休むから。

 下男、後産終わったか?

 ほう、医者がきたとな。では医者に診断させて。ほら、下男も一回休んでくるように。お前が戻ってきたら眠るから。それまでは……少佐、新しい小銃寄こせ。今度はエネルギーパックが充填されているヤツだ。

 なにせしばらくはここから動けんのだよ。血栓がどうのこうので、下手に動くと色々とな。賊が襲ってくるかもしれないから、獲物を寄こせ。身辺の一つや二つ、自分で守る☆

 憲兵たちシートを下ろして構わんぞ。二時間近くシート持って立ってるって大変だったろう。

 

「落ち着かれるまでは、このままで」

 

 そうなの? ところでケスラー、皇子抱っこするか? というか、するといいぞ☆

 

「い、いえ! 皇帝陛下より先に殿下を抱くなど」

 

 ラインハルトはそんな細かいこと気にしないと思うのですが……みんなに止められた。分かったよ、ラインハルトに抱っこしてもらったら、その後、直参将校たちに抱かせよう。

 ……で、小銃を手にステーキを食べながら時間が経つのを待ち、下男とアンネローゼが戻って来たので分娩台から立ち上がったら、血が流れ出した。想定の範囲内だったのだが、総監含む憲兵たちが右往左往して……落ち着け、な、落ち着け。

 出血しているのはわたしであって、卿らではない。分かるな? よし。良い子だ。

 地上車まで歩いていって、乗り込んで病院についてからも診察室まで歩いて、今度は襲撃の際の外傷についての検診を受けてから、病室まで歩いていったよ。

 小銃? 勿論肩から提げてます☆

 後を下男たちに任せてぐっすりと眠り、目覚めて我が子をじっくりと見ると……やっちゃったよ! いや、あの……その……これ、マズイわ。

 あーもーどうしよう。

 その前に、下男を褒めておくか。襲撃の際によく頑張ってくれた。労るぞ、欲しいものがあったら言うがいい。

 

「そのお言葉だけで充分です」

 

 相変わらずだなあ。

 

「それにしても……」

 

 そして皇子の顔をのぞき込んで言葉を失する下男。うん、お前が見てもそう見えるんだろ。分かってる、分かってる。っていうか、どうすんだよコレ! どうしようもないんだけどさ!

 

「髪長姫!」

 

 悩んでいたら、ラインハルトのお帰りです☆

 

「これがあなたの息子か」

 

 わたしの息子ですが、あなたの息子でもありますラインハルト。

 息子をおっかなびっくり抱いたラインハルト。息子はラインハルトに似ている。ラインハルトの子なのだから当然なのだが。わたしに似ているところ? 外見で似ているのは金銀妖瞳のはずなのだが……

 

「ああ、そうだったな。そうか、俺は父親になったのだな」

 

 実感ないようですが、わたしも実感ないんでよく分かります。産んだのに実感ないのかって? その…………その……その……間違いなくわたしの息子なんですけれど、金銀妖瞳が遺伝したせいで、ロイエンタール感が半端ないの。ほとんどの色彩はラインハルト(わたし感ゼロ)、でも金銀妖瞳のせいで目の部分がロイエンタール。たしかにわたしも金銀妖瞳ですが、その瞳の色がロイエンタール寄りなんだもん! 結果として「ラインハルトとロイエンタールの子」というのが一番しっくりと……あああ! 何産んでるんだよー! わたしー!

 

「名前……あ、そうか。わたしが考えなくてはならないのか……あ、ああ分かった」

 

 ちなみにその後、労りの言葉とその三倍近い「出産間近なのにテロリストと交戦したことに関しての小言」をもらうはめに。そしてそれらの五倍以上の、

 

「身重のあなたを危険な目に遭わせて済まなかった」

 

 謝罪を受けることに。

 テロリストに関しては気にしなくていいですよ。テロも暗殺も承知の上で、新王朝の皇妃の座についたのですから。

 妊娠さえしていなければ、奴らに遅れを取ることはありませんので!

 

「この子の弟や妹は」

 

 ……あ、そういうことですか。お任せくださいラインハルト、わたしは十人は軽く産めますので! その際は、ケスラーの警備に一任します。もちろん応戦しますけどね。それはともかく、総監にして長官が最前線に出てくるのはいかがなものかと。

 

「ローエングラム王朝は、皇帝も前線に立つ」

 

 

 …………そ、そうですか。じゃあ仕方ないなー。これからもうるりっひちゃんには、前線に立ってもらうとするか☆

 

 

「俺も出来るだけ離れないようにする」

 

 ありがとうございます。

 ラインハルトが皇子との対面を果たした後、重鎮たちがやって来たわけです。

 息子を見たミッターマイヤーは「陛下とロイエ……皇妃殿の特徴を持ち合わせておいでで」と大喜び。素直にラインハルトとロイエンタールに似てるって言っていいんだぞ、疾風ウォルフ。

 ロイエンタールは吃驚してたなー。抱くか? と勧めるも当然拒否られたが、無理矢理抱かせてみたところ、完全に父親だった。あれ、おっかしいなあー。ラインハルトに似ているのに、ロイエンタールにも似ている。もしかしてわたし、ロイエンタールに似てる? でもわたし、こんな美丈夫と似てなどいない。でも皇子がロイエンタールの息子でも通ってしまう。でもラインハルトにも似てるんだよねえ。

 ロイエンタールが皇子を抱き、その隣にラインハルト……完璧にラインハルトとロイエンタールの息子だわ。それ以外の言葉が見当たらない。

 わたしの遺伝子は何処へいったのかとか、そんなのはどうでもいい。

 これは最早、美形確定である。この二人に似た息子が美形じゃないはずがない! みんな将来美形になると信じて疑わない! あとは両者の才能を受け継いでいたら最高だ☆

 

 ……で、オーベルシュタイン。わたしとロイエンタールと皇子の三人を何回か見比べて、

 

「おめでとうございます」

 

 なんか無理矢理自分を納得させた模様。

 皇子はラインハルトに似てるから! 間違っても浮気とかしてないから! するはずないから! ほんと、ラインハルトに似てて良かったー!

 その後、幕僚たち全員に無理矢理抱っこさせ、護衛たちにも同じように。

 そして一息ついたところで、満面の笑みを浮かべたラインハルトがやってきた。

 

「名前を考えたのだが、これでどうだろう?」

 

 ジークフリードは分かります。というかジークフリード一択だと思っておりましたが……ジークフリードの前についているこの名前は、一体なんでしょう? いや、覚えはあるといいますか、あり過ぎるのですが。

 

「あなたの父の異称だと聞いた」

 

 …………誰だ! 父さんの恥ずかしい異称(アレクサンドロス)教えたの!

 

「ロイエンタールから教えてもらったのだ」

 

 あの野郎! なんでラインハルトにそれを教えてしまったのだー!

 すごいニコニコしてる。なんかもう、これ以上ないってほどニコニコしてる。アレクサンドロスって別に悪い名前じゃない。わたしの父親から名前を取ってくれたというのは嬉しいし、アレクサンドロスが譲歩なのも分かる。ほら父さんの名前って、ゴールデンバウム王朝ですよ☆と言わんばかりの名前なので。どうせ取るなら、あまり関係なく当人が喜んで使っていたアレクサンドロスだろう。

 

「気に入ってもらえて良かった!」

 

 咲いている花々を枯らすかの如き美しい笑顔で、ラインハルトがぱあっと笑った。

 嬉しそうでなによりです。

 そして息子は皇太子アレクと呼ばれるように……皇太子ジークじゃないの? どうしてジークじゃないの!

 

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