帝国でも同盟でも三次元チェスは頭脳ゲームとして大人気であり、かなり重要視されている。
どのくらい重要視されているか? 三次元チェスが打てないと、インテリとして扱ってもらえない程に。
公務員受験専門学校に該当するのが三次元チェスの教室といっても、間違いはない。
三次元チェスが打てなかったら武官・文官どちらも出世も危ぶまれるくらい。
そんなに人気であり権威のあるゲームなので、各国(三国しか存在しないが)の統一大会の優勝者はこの上ない栄誉が与えられる。
わたしの父方の祖母は、三次元チェスが強かった。
名手とか達人なんて域を軽く凌駕していたと言っても過言じゃない。祖母はわたしが生まれる前に亡くなっているので、録画でしか見たことはないのだが「フォン・ツークツワンク」や「大ツークツワンク」と言われるのがよく分かった。
自身を負けに誘う一手を、自身で打たねばならぬ状況に追い込む試合運びは、まさに圧巻。立体盤上のヤン・ウェンリーといってもいいだろう。
チェックメイト前に心がべっきべっきに折られるツークツワンクを得意としていた祖母。その知能指数は計測不能と言われたとか。
祖父は頭脳明晰な女が好きだったので、人類史上最も三次元チェスが強いと誰もが認めた祖母に結婚を申し込んだ。三次元チェスの歴史って、七百年少しくらいのものだが、そこは突っ込まれては困る。
祖母はその求婚に対し「千日間、儂の元に毎日通って三次元チェスの勝負をすること」なる条件を出した。
祖父はどこぞの深草少将を思わせるような条件を飲み、毎日通って三次元チェスを打ち、敗北しては帰宅して……を繰り返し、千一日目にして結婚の承諾をもらえたのだそうだ。
祖母に一勝しろという条件がなかったのは幸いというより、祖父と祖母の三次元チェスの技量が全知全能の神と虫けらよりも離れていたからである ―― って、祖父が自分で言ってた。
祖母は裕福な名門辺境伯の一人娘で、結婚相手はかなり選べる立場だった。そんな祖母がどうして貧乏な憲兵の祖父と結婚したのか? 理由は祖父が本当に頭の良い女が好きだと認めたからだそうだ。
世の中には頭の良い女が好きだと言いながら、男よりも出来る女に腹を立てるような男がいるのだ……そうだ。
祖父は口だけではないと千日間の勝負で納得し、結婚するに至ったとのこと ―― かなり一般的なところとは離れているが、祖父と祖母は千日間の交際を経た恋愛結婚である。
そいえば父さんと母さんも、まあそれなりに恋愛結婚だったなあ……我が公爵家の男はとことん女の容姿には無頓着のようだ。
そう、祖母の容姿は一言で表すならば赤木茂。あの麻雀漫画に出てくる赤木だ。
なにせわたしたちは、ヨーロッパ系の民族。
平らな顔種族からは考えられないような彫りの深さ、そして鼻の高さ。鷲鼻なんて珍しくもない。そんな中でも一際目立つ高くやや鋭角な鷲鼻。当然あり得る白銀の頭髪、ただし艶々とかそういうのナシ。どちらかというとぼさぼさ。
なによりも赤木を思わせるのは、相手を殺すような眼力。
試合というより死合いと呼ぶのが相応しい、金銭のやり取りは勿論、命のやり取りでもしているのではないかと思わせるような、ぎりぎりの空気が画面越しにも伝わってくる三次元チェスの試合ぶり。
駒じゃなくて牌を持っていても、なんら違和感のない辺境伯 ―― とにかく見た目は美女とは程遠い。
だが下男に言わせると「美女など簡単に手に入りますが、
いや……まあ、たしかに貧乏公爵家には過ぎたる嫁だろうなあ。
特に祖母は金持ちだったしね。容姿は若干難ありだが、母さんよりずっと人間の枠に収まってるってか……あまり聞くな。
あと独り言だけど、辺境伯って貧乏な伯爵のことじゃないから。通常の伯爵より強い権限を持っており、ほぼ侯爵と同じだから。なぜか日本人は辺境伯=貧乏伯と思い込みがちだが、そんなことはない。爵位に関して語ると、長くなるからここで切り上げるが ――
そんな三次元チェスの達人辺境伯爵夫人と、間違いなくヤバイことしてた憲兵公爵の間に生まれたのが、わたしの父親なんだが、父さんは三次元チェスが下手だった。
自らを虫けらと称していた祖父が「私の血のせいか」と項垂れるくらいに下手だった。
とは言うものの、世間的には下手ではなかったらしい。軍の三次元チェス大会なんかでは無敗で、さすが三次元チェスの達人を多く輩出する辺境伯と言われるくらいに才能はあったらしいんだが、
そんな三次元チェスに厳しい祖母が認めたのが下男。
かなりの腕で、祖母が出場しない統一大会なら優勝は確実と、祖母に言われたそうな ―― そんなことを言ったとしても、祖母の場合は自信過剰じゃないから困る。
祖母に才能を認められていた下男だが、祖母の死後統一大会に出場などはしていない。奴隷には出場資格がないのだ。
祖母が認めた下男が、祖母に匹敵すると認めたわたし。そんなわたしが大会に出場していないのは ―― 参加費が洒落にならないくらい高額なので、貧乏だった頃は出場できなかったのだ。賞金は魅力的だったんだけどね。
一度優勝さえすれば、翌年は招待選手になれるが。そうしているうちにラインハルトと結婚して、金に余裕が出てきたんだが、そうなると賞金は特に魅力じゃないから、資格取得に精を出す日々。
だから出場するつもりはなかったんだが……三次元チェスの大会に出場することになった。
自分から参加しようと思った訳じゃない。
ただ今年の統一大会の優勝者はフェザーンで、同盟とフェザーンの優勝者とリーグ戦という見世物が行われると官報に書かれていた。
それを読んだ時は「ふーん、面白そうだな。頑張れよー」思っていたら、同じく官報を隈無く読んでいる下男と元皇女が、
「あのような者の誰かが帝国代表など、大ツークツワンクさまが軽んじられてしまいます」
とな。
まあ、勝負を映像で見る分じゃあ、たしかに最近のチェスプレイヤーは弱い。
こいつらが同盟やフェザーンのプレイヤーと対戦したら負けるかもしれない。
でもそれでいいじゃないか……と思ったんだが、下男も元皇女も、世話になった祖母が弱いと思われるのは嫌だと。
下男は奴隷だから出場資格はないし、元皇女は当然のことながら人前に出せないし、なにより老人二人に泣きつかれたら出るしかないじゃないか。
だから出場したよ☆
「大ツークツワンクの孫辺境伯爵夫人が、大会に殴り込み!」「
祖母の持つ大記録からすると騒がれても仕方ないし、ラインハルトは超有名というかお前らの支配者なわけだから誰でも知ってるわな。
でも「公妃」を全面的に押し出すと、相手が萎縮するんじゃない? とか思ったが、
「大ツークツワンクは皇帝相手でも容赦はいたしませんでした。御前さまは公的には宰相夫人。それを相手にして怯むような心の弱き輩は、買収されて故国の誇りを売り渡すやもしれませぬ」
とは下男。
「矮小な皇帝ならばいざ知らず、あの若き獅子が、そのようなことを考える筈もない。公爵殿に手心を加えねば不興を買うと考えること自体が、あの若き獅子に対して不敬であろう」
とは元皇女。
どちらも真実なので、余計に負けるわけにはいかなくなった。
いや、勿論最初から最初から負けるつもりはない。なにせ参加費用が二十万帝国マルク。優勝賞金の五百八十万帝国マルクを手に入れて、二十万帝国マルクの損失の埋め合わせをしなくては☆
こうして帝国統一大会に臨んだわけなんだが、弱かった。本当に弱かった。どいつもこいつも、接待でもしてるのか! ってくらい弱かった。
不完全燃焼のまま優勝してしまったくらいに。
これなら下男のほうが余程強いわ! それどころか元皇女のほうが余程! いや、ラインハルトのほうがまだ楽しめる! なんだ、この下手くそ頂上決戦みたいな大会は!
放送を視聴していたら、弱さの程度は分かるのではと言われそうだが、岡目八目の諺通り弱く見えるものだとばかり思っていたんだよ! まさか実際勝負したら二万手先まで簡単に読めるなんて思いも寄らなかった!
十六年の人生で、これほど納得できなかったことはないと断言できるくらいに納得できないまま優勝してしまい、フェザーンに行くことになった。
三次元チェスの死闘? を終えて帰宅したら、
「御前さま。あの程度の者と戦わせてしまって済みませぬ。我が儘を言ったこと、死んでお詫びいたします」
「あれでこの銀河帝国の代表者が務まると思っていたとは! 度し難い者たちだ!」
号泣している下男と憤慨している元皇女に出迎えられた ―― 死なんでいいって下男。お前自殺するほど、余生残ってないから。なあ、落ち着け。
必死に下男から武器を取り上げていたら、元皇女が倒れた。怒りのあまり脳の血管が切れたっぽい! 憤死ってやつかー! 医者だ! 医者を呼べぇぇーーー! ラインハルトに連絡して、医療班を融通してもらおう! 落ち着け、お前たちーー!
老人二名、命に別状はなかったが、対戦相手が不甲斐ないばかりに、対戦後わたしばかりかラインハルトまで苦労するはめに。
本当に大変だったんだからな! お前らがもっとこう命を削るような采配をだな……返す返すも憎たらしい!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
高級ホテルの高級レストランでお食事 ―― 老人二名無事退院の数日後、唐突にラインハルトから食事に誘われた。場所は超高級ホテル内にある、超高級レストラン。
ドレスコードがある店なので”はいはいお待ちを”と無難なドレスに着替え、迎えのギャグなのだろうか? と疑わざるを得ない長いリムジンに乗り込みレストランに。
ホテル前には真紅の薔薇の花束を持ったラインハルトが……目立つ! なにこれ、試練ってやつ? なんの試練かは知らないが……
「優勝おめでとう」
お祝いされた。
「あなたにとって、あの大会は優勝以外あり得ないことは分かっていた。だから、わざわざあなたの優勝を祝うなど、むしろ失礼に当たるのだろうが、どうしても祝いたくて」
薔薇の花束を受け取り、ラインハルトに褒められた……んだよね?
わたし、大会に向かう前に、そんな自信満々にほざいてたかなー?
もちろん優勝するつもりだったが、胸に闘志を秘めた系☆だったはずなんだけど。なんて思っていたけど……酷かった。これはたしかに、勝利以外ないって表情だ。
ラインハルトが対戦中に取られた写真を見せてくれたんだが、その時のわたしの表情は完全に
悪いこと企んでいる以外、表現のしようがない
「この自信に満ちあふれている表情、とても素敵だ」
ラインハルトが褒めてくれているのだが……普通は嫌味と取るが、ラインハルトの場合は本気で言ってるんだろうな。
すげーニコニコしているし。
それにしてもツークツワンクの際に、いつもこんな表情してたのか……人相悪いにも程がある。そうだ、髪、伸ばそう。ショートカットだから
「ワインはいかがなさいますか?」
どの角度から撮影しても
「今日はあなたの優勝の祝いだ。主役が飲みたいワインを選ぶべきだ」
ありがとう、ラインハルト。でも選ぶの面倒だから、ソムリエまか……せられねえ! ソムリエ、お前がドヤ顔で持ってきた三本の白ワインのうち一本、同じく三本の赤ワインのうち一本は
そのラベルの端っこのサインに見えないそれ! 曾祖父のサインだ! 密造酒の証拠だ。なんでホテルにあるんだよ! 売った相手は全部裕福な門閥貴族。……リップシュタットで没落して売ったのか!
「この白ワインと赤ワインを自宅で飲みたい? あなたが欲しいというのは珍しいな。もちろん、プレゼントさせてもらう。この銘柄ではなくて、これが欲しい。分かった。料理にはこちらのワインか。楽しみだな」
我が家は貧乏なので色々なことを……単に曾祖父の悪ふざけの一環な。
「俺は違いを知っている」的な顔で娼婦に蘊蓄を語る良いところのボンボンを、内心で嘲笑うべく、無駄に豊富な知識を用いて作りやがった。
普通密造酒と聞くと、質の悪い材料や、添加剤などで誤魔化すなど思いつくだろうが、曾祖父主導で作った密造酒は、葡萄なんて一粒も使っていないワインなんだ。全部化学合成で作りやがった。
もちろん体には害なく、特殊なものは一切使用せず、どれほど低料金で味が再現できるかの探求 ―― 結果、市価三百万帝国マルクの高級赤ワインの味を、原価百五十帝国マルクで再現しおった。
味は相当似ているらしく、
祖母も関わっていたの?
関わっていましたさ。祖母は「騙されるほうが悪い。騙されても気分が良いのであれば問題はなかろう」なる人なんで。
あと祖母は計算が得意だったので「このワインは○○本製造だから、密造がバレない本数は○○本だな」って弾きだしてくれたんだそうだ。
才能がある人って恐い。
三九二年産ベルガフォード産赤ワインは、その当時でもほとんど出回っていなかったので、もう少しランクの低いワインを密造したらしい。
ちなみに幻の一品とされていた三九二年ものベルガフォード赤ワインは、四九八年現在もう存在はしていない。味が同じな
味の劣化? それは大丈夫、化学合成万歳である。
さて密造だが、ボトルそのものは、パーティー会場で失敬してきた本物。コルクは? コルクも本物だよ。これは憲兵の祖父が関わってるんだが、憲兵って情報収集という名の、小遣い稼ぎのごみ漁りするんだよねー。
薄給で働いている憲兵たちが、宝石が混ざってないかな? と漁るのだと。質屋に持っていけば、懐が暖まる。
宝石ってそんなに簡単に混ざるの? 思われそうだが、割と見つかるんだそうだ。
召使いが先に気付くのでは? いやいや、召使いが質屋に持っていったら、すぐに足がつく。その点憲兵は、出所不詳って言い切れるから。
さすがに”フォン”持ちの祖父はごみ漁りはできなかったし、しなかった。
そんなことをしているのは知っていたし、犯罪なのは分かっていたが「富める者は分け与えよ。俺は貧乏だから無理だけど」な精神で見逃していた。
でも祖父は腐っても公爵家の令息(憲兵当時)。それも
平民は皇族に対して夢見すぎ ―― とは曾祖父の、ありがたいんだか、なんだか分からない言葉である。
それはともかく実際、祖父は宝石や美術品の鑑定は得意だった。
ごみからきらきら光る石を見つけた憲兵たちは、目こぼししてくれている祖父に「これ宝石ですか? 幾らくらいで売れますか」と尋ねてから、質屋に向かった。足下見られて損したくないからな。
そこで祖父は思いつき、彼らが必死に漁っている所に偶に足を運んで、彼らが見逃している宝石を教えてやったりしながら、さりげなくコルク回収。金目のものしか興味のない憲兵たちは、気付くはずもない。
追記しておくと、祖父は宝石をパーティーで無くした貴婦人に「あちらの質屋で無くなった部分を埋められそうなルースを見かけましたよ」等と、情報流して感謝を買っていたらしい。マッチポンプだって疑われなかったの? ええ、疑われませんでした、なにせやり手の憲兵でしたから。
我が家の明るい密造計画と、その当時並外れた権力に財力を持っていた門閥貴族の諸行無常に思いを馳せ料理に舌鼓を打ち ――
「実は今回の三次元チェスの大会なのだが……」
地上車で帰宅の途に就いたら、ラインハルトに打ち明け話をされた。
話の内容はフェザーンで行われるチェス大会だが、あれを仕組んだのはラインハルト。
事情があってフェザーンに軍人を送りたかったために、色々と工作したのだと。
もしかして、フェザーンルートで同盟侵攻するためなのかと聞いたら、少し驚いたようだが、
「あなたなら気付いて当然か」
笑顔で答えてくれた。
当然に関しては否定したかったのだが、否定のしようがないので黙っていた。
話を聞くと、ラインハルトが自ら主導してフェザーンを……ああ、そうか! まだボルテックがルビンスキーを裏切ってないんだ。
もともとラインハルトはフェザーン人は計算にいれていないだろうから、この時点では……まあよく考えてみれば、ボルテックを全面的に信用し、帝国はなにもしないなんてあり得ないしな。
独自にフェザーンの辺りを調査していても、驚くようなことじゃない。
ラインハルトは当初、三次元チェスの優勝者の随行員に何名か情報士官を混ぜるつもりだったらしいのだが、わたしが優勝してしまった。
「不自由をかけるのは分かっているが、フェザーンには戦艦で行ってはもらえないだろうか?」
わたしはラインハルトの妻ということになっているので、護衛という名目で多くの情報士官を送り込むことができるというわけだ。
戦艦の不自由? 前回随行した際には、なんら不自由は感じませんでしたよ。同盟攻略? 銀河帝国臣民として喜んで! 攻略してもらわないと、契約終わらないしね☆そしてなにより、初めて契約結婚で役に立てそう!
ただあのフェザーンでの大会、当たり前だが民間人限定になっているから、わたしは軍を一時的に退役することになる。
「帰国後は中佐の地位を用意して待っている」
待て、ラインハルト! なんでわたしが中佐?
……三次元チェスが上手いと、参謀になれるらしい。幕僚総監とかいう、聞いてはならぬ単語を聞いたようが気がしたが……
「あなたは、試合に集中してくれ」
分かりましたとも!
「あと……ドレス姿、似合っている。あの……言うのが遅れて済まない。その、言うように言われていたのだがすっかりと忘れて」
誰かからレクチャー受けてきたのか。宇宙統一に忙しい最中、そこまで気を使ってくれなくていいんだよ。契約上の妻に、そんなに優しくしなくていいから。
……いや、元々優しくていい人なんだろうな。
でも、上り詰めるためには、あまりいい人である面を出せないから、ここでストレス発散してるんだろう。
出立前に、保存が利く料理を幾つか作っていこう。
フェザーン出発前に、あの密造酒二本を下男と元皇女にプレゼントしたら、大喜びしていた。お前たち、本当に曾祖父のこと好きだねー。なんかこっちが微笑ましくなってくるよ……アレがそんなにいいかねえ。男にしか分からない男の魅力ってやつなのかなあ。
軽く聞いただけでも、下男盗むわ密造酒に手を出すわ、皇族に性転換を持ちかけるわ、皇太子の地位を退くだけではなく人々を煙に巻いて名門公爵家の跡取りになるわ(普通は一代限りの大公になるか、侯爵になる)これまた名門公爵家をぶっ潰したとか……本当に好き勝手に生きていたようにしか思えないんだが、それがいいんだろうな。
さて全力で同盟とフェザーンのチェス大会優勝者を、横合いからぶん殴って戦意喪失させ、それでも攻撃の手を休めず、もっとも残酷な方法で息の根を止めて、死体すら残さず焼き払ってくるよ!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
これが資本主義か!
フェザーンに到着した際の、わたしの心の第一声である。
なんかね、この大会、フェザーンの一大イベントらしい。たしかに来る前に、大量に写真撮影された。
経歴提出とかもした……らしい。ラインハルトの方で片付けてくれた。
で、大量に撮影された中から選んで、ポスター作って張るんだって……なんでわたしのポスターは
他の写真にしてくれよー。今更言ってもどうにもならないが。年頃の娘さんの表情じゃねえよ、これ。自分でしていた表情だけど、なんでこれを選ぶかなあ。
他の二人の出場者は、普通のポスターなのにどうしてわたしだけ……くっ! 嫌がらせか!
これが世に言う盤外戦術というやつか!
だがわたしはこの程度では屈しない! お前らの弱点を、特集が組まれている雑誌から見つけ出して、こちらから仕掛けてやる!
雑誌のページをめくり、大まかな経歴を確認すると、………………どっちも、良いところのボンボンか ―― という類いのことを呟いたら、連れてきくれたエルンストと護衛のギュンターが吹き出した。なんだ、お前たち。無口がウリなはずなのに、なに吹き出してるんだよ!
でも何故吹き出したのか気になったので聞いたら、
「公妃殿がそれを仰いますか」
俗に言われる”おまいう”が過ぎたので笑われたようだ。あ、断る必要はないだろうが、二人を名前で呼んでいるのは内心だけで、普通に苗字で呼んでますから。
まあ生まれは譲ってもいいが、でもこいつらみたいな、きらきらした経歴なんてないし、金もないよ!
そうそう金と言えば、今回の大会は大規模な賭が行われている。
連れてきてくれた艦の乗組員たちに、必ず優勝するからわたしに賭けろと声をかけてきた。そう、自らを追い込むのがわたしの流儀。
みんなに還元してやる☆
色々なブックメーカーが参入しており、なかなかに過熱気味。
とくにフェザーン最大のブックメーカーは、三人のインタビューが終わるまでオッズを公開しないと ―― すげー煽ってる、煽ってる。
どんなオッズになっているのか、すごく気になるから、早くインタビュー終わんないかなあ。とっとと終わらせてやる☆
テレビ局の取材を受け、インタビューも終わり、フェザーン最大のブックメーカーが、わたしたちのオッズを公表した。……さすが貧乏公爵家の当主わたし。オッズが酷すぎる。
「1.01」
胴元はともかく兵士たちの懐が膨らまない、何とも言えないオッズだ。
他のブックメーカーのオッズも似たようなもので……前言撤回する。わざわざ賭ける必要ないよ、兵士諸君。
気を取り直して公式パンフレットに隈無く目を通すか。まずは一冊180フェザーンマルク。たしかユリアンがフェザーンで購入したセーターは90フェザーンマルクだから、なかなかに高額だ。
ネットの評判はどうなんだ? ぼったくり価格だと騒がれている……かなり売れているらしい。
中程にスクラッチがあり、シリアル番号を送ると、抽選で百名様試合会場にご招待☆ただし試合は選べません。転売もご自由に ―― そりゃそうだ。
地球では転売は云々言われたが、ここは宇宙。
ネットで申し込んで当たったところで、簡単にその惑星まで行けるもんじゃない。だから転売は当然のこと。
えーとチケットの正規の値段は……馬鹿じゃねえのか、おい。
信じられない額で、全部売り切れ。更に転売サイトを開いたら……ぶふぉぉ……ゼロ数えるのに苦労した。
そりゃあ入場券が当たるかもしれない180フェザーンマルクのパンフレットは安いな。興味無くても転売目的で買うヤツ多数だろう。
経歴は雑誌で読んだが、一応公式に目を通しておくべきだろう。
同盟の選手は……トリューニヒトの大学時代からの友人なんだって。二人の大学時代の写真が載ってた。
あと偉い人からの一言応援メッセージ写真付きがいくつかあって、その一つはトリューニヒトだった。
経歴を見ると、大学の教授で博士号を四つ持っていて、現在は政府のブレーンを務めている有識者。奥さんとは大学時代から付き合い、結婚式にはやっぱりトリューニヒト。トリューニヒトの妻をも含めた四人で映っている写真も……トリューニヒトでお腹いっぱいになりそう。
子供は五人で、どの子も利発で運動神経抜群で、学校では生徒たちのリーダー的存在。奥さんは大企業の幹部で、会社のパンフレットの表紙を飾るほどの美貌の持ち主で……修正してこの程度か、奥さん。アンネローゼのほうが五十万倍は綺麗だぜ!
フェザーンの選手は元老院の一員の祖父を持つ、大企業の子息にして青年実業家にして俳優にしてカーレーサーにしてチェスプレイヤー。
結婚はしていないが、所謂スーパーモデルみたいなのと付き合っている。二人で一緒に映っている写真は、うん、確かにファッション雑誌みたいだな。
一言応援メッセージで目立っていたのはルビンスキー、あとはママン。息子大好きが写真からあふれ出している。
ちなみにフェザーン最大のブックメーカーは元老院の祖父の会社だそうな。……いいのか、お前のところの跡取り孫、人気最低だぞ。オッズが25999.06とかギャグだろ。今は少し良くなったが、もしかしてあまりにも格好悪いから会社の金でも投入したんだろうか。株主がそれで良いって言うなら、こっちとしてはどうでも良いが。
ちなみに去年の最もセクシーな映画俳優のNo.3。それはそれで微妙だ。ロイエンタールのほうがまだセクシー……男のセクシー感ならシェーンコップのほうが上か。まあいいや、これはフェザーン限定にして俳優限定部門だ。無差別全宇宙色男対決にエントリーされるような奴らと比べたら駄目だ。
さて、最後に自分…………ラインハルトすげえ! わたしとラインハルトが一緒に撮った写真が載ってるんだが、主役はどう見てもラインハルトです。
前のセクシーNo.3とか、顔取り外してママンの腹に戻って一昨日来やがれ☆だ。
当然わたしなんか、となりに居ていいはずもない。
ラインハルトと一緒とか、なんの嫌がらせだよ。まったく……あ、これ、きっとラインハルト目当てで買ってる人もいるわ。間違いないね。
そう言えばわたしに一言応援メッセージってどうなってるんだろう。わたしはほとんど知り合いいないから、誰が書いてくれたんだろう? ラインハルトは国のトップとして書いてくれたかも。いや、まあまだ国はエルウィン・ヨーゼフ二世がトップだけどね、名目上は。
ラインハルトと…………………………………………………………………………はぁ。わたしのページだけ黒いわ、黒すぎる、軍服の色だから当然だが黒い。
ラインハルトだけで良かったというか、ラインハルトの部下の皆さんが書いてくださった。ラインハルト、忙しい時にお手数おかけいたしました。ミッターマイヤー、応援ありがとう。ロイエンタール、書きたくないなら断っていんだぞ。レンネンカンプ、これ軍の報告書じゃねえよ。……その他皆様、非常にありがとうございましたとも。そしてラインハルト以外どいつも、こいつも、締めの台詞が「早くラインハルトの跡取り産んでください(意訳)」なんだよ!
ふざけるな! お前らの主君の妻は才色兼備な乙女でなくてはいけないんだよ! 跡取りの母も然り。こんな計画通りじゃだめなんだよ!
さすがにオーベルシュタインは参加してないみたいだ……なにこれ。次のページに、オーベルシュタインからの熱い応援メッセージが。普通、カットするか、最初から文字数制限とか……オーベルシュタインがぶっちぎったのか? そしてオーベルシュタインが恐いから、そのまま載せたのか? そうなのか? フェザーンを恐怖させたのか? 父さんの部下だったんだ。部下だったのは……その頃の副官ってたしか…………
あ゛あ゛あ゛身内が仕掛けてくる盤外戦術が凶悪過ぎる! わたしの精神を削ってゆくうぅぅ……
まあ、第一試合には勝ったけどね☆