ラプンツェル   作:朱緒

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第八話◇戦乙女zwei(死亡フラグ設置回。誰の死亡フラグなのかは不明)

 公爵夫人はフェザーンに発つ前に、アンネローゼにラインハルトの元を訪れて欲しいと依頼していた。ストッパーがいないと、仕事のし過ぎで、部下達が休めないので、そこを上手く取り計らって欲しいと頼まれたら、アンネローゼも断ることはできない。

 

『ラインハルト。明日、お邪魔してもいいかしら?』

「姉上! 何時でも! お待ちしております」

 

 ラインハルトが早死にした理由の何パーセントかは、姉不足(シスコン)に違いない。公爵夫人はそう考え、できる限り姉を補充させ体調を万全のものにしようとしていた。

 

「姉上。よろしければ、一緒に食事を」

 

 ラインハルトが長生きしてくれたほうが、別れた後、自分が暮らしやすいだろうと考えて。

 

『いいわよ、ラインハルト』

「髪長姫が作り置きしてくれた料理を、是非」

『楽しみにしているわ、ラインハルト』

 

 帰国後「姉上も美味しいと言ってくれた」聞かされた公爵夫人は「そこはアンネローゼの手料理を堪能する場面ですがな」と思ったものの、「今度、姉上がお礼に手料理を振る舞いたいので、是非一緒に山荘を訪問して欲しいと」公爵夫人が考えていたのとは違ったが作戦は成功した。

 

 ただし、思わぬ暴露もあった。

 

「髪長姫とあいつか」

 

 公爵夫人の想い人(そんなヤツいねーよ)探しが八方ふさがりになったラインハルトは、もしかしたら同性であるアンネローゼに何か話しているのではないかと考えて、前日に入った連絡の際に、思い切って尋ねてみた。

 当然アンネローゼも知るはずがないのだが ―― 数枚の写真を持って訪れた。

 なんの写真かと手に取り目を通したラインハルトは、フリードリヒ四世が映っている写真に、眉をひそめ嫌悪感をあらわにする。

 

「膝に乗せられているのが、公爵夫人だそうよ」

 

 フリードリヒ四世にばかり目が行ってしまったラインハルトは、アンネローゼに言われて、セレモニードレスらしきものを着せられた無表情な赤ん坊を注意深く見る。

 

「髪長姫……なのですか?」

 

 あまりに表情がないので、ラインハルトは人形と見間違ったのだ。

 

「ええ。半年に一度は遊びに来ていたそうよ。これは西苑で撮影されたものね」

 

 先ほどより成長し、公爵夫人の面影のある写真。幼児らしからぬ複雑そうな表情の公爵夫人と、ラインハルトとしては見たくもないフリードリヒ四世が笑顔の写真。

 

「姉上も会ったことがおありで?」

「わたしはないわ。公爵夫人を新無憂宮につれてきていたのは曾祖父殿で、わたしがあそこに行く前後に、曾祖父殿は亡くなられたそうよ。以来、ほとんど来ることはなかったと聞いたわ」

 

 誰から聞いたのかについてはアンネローゼは言葉を濁したが、相手がフリードリヒ四世であることは明確であった。

 

「髪長姫はあいつに会ったことがあるとは言っていなかったが」

 

 銀河英雄伝説を知っている公爵夫人が、ラインハルトにフリードリヒ四世の話題を振るはずもない。

 それは例えるならば暴風で本体(かつら)を吹っ飛ばされた人に、ハゲましの言葉をかけるレベルのアンタッチャブル。

 

「聞いたことはあった? ラインハルト」

「ありませんよ、姉上」

「聞けば答えてくれたはずよ」

「……」

「あなたが嫌っている人のことを、わざわざ話題に出すような方ではないでしょう」

「そうですね、姉上。……あの、姉上は」

 

 自分がフリードリヒ四世のことを嫌っているのは、アンネローゼも知っている筈ではと、儚げに微笑むばかりの姉に視線を向ける。

 

「昨日話を聞いて、わたしなりに考えてみたのです。公爵夫人の初恋の人がいて、それは平民。でも誰も知らない」

 

 アンネローゼとしては弟の妻に別の初恋の人がいたところで、なんら不思議でもなければ不快でもない。人間なのだから、あり得ることだろう。

 

「そうです」

 

 ただそれに関して弟の挙動不審ぶりというか、その権力が平民にたいしてどのように発動するのか、全く理解できていない態度を心配して、弟の暴走を抑えるべくこうしてやってきた。

 

「下男の方も、当時お世話になっていた方(ファーレンハイト)も知らないとなると、御屋敷ではない場所で見かけたのではないかしら? そう思ったのです。そこで新無憂宮に来ていたことを思い出し、こうして証拠写真を持ってきたのですよ、ラインハルト」

「たしかに。新無憂宮に平民は……ですが、姉上の話では新無憂宮を訪れていたのは五歳まで。そんな幼い頃に初恋などあり得ないのでは?」

 

 ラインハルトは公爵夫人の初恋を、自分に会う直前と考えていた。それは彼自身の初恋年齢の遅さに由来するものである。

 

「めずらしいことではないわ、ラインハルト。女の子はとても早熟なものよ」

「そ、そ……姉上は!」

 

 それと姉の初恋の相手はキルヒアイスだと信じて疑っていないのも、思い込みの理由の一つでもある。

 

「いまはわたしのことではなくて、公爵夫人のことよね、ラインハルト」

「はい、そうでした……姉上のおかげで打開策が見つかりました。これで想い人の足取りを追うことができます」

 

 地球教徒含むテロリストよりも、厳しく追及されるであろう公爵夫人の想い人(だからいねーよ)。まさか架空の存在が、こんなにも大事になるとは、公爵夫人も思ってはいなかった。

 なにせ公爵夫人の計画の中には、ラインハルトが自分に恋をするなどという項目は、一切含まれていないなかったのだから。

 

「そうね。あなたなら、きっと見つけることができるでしょう。でもね、ラインハルト、公爵夫人の初恋の人が結婚していたらどうするの?」

 

 ラインハルトは公爵夫人の初恋の人探しの理由は「会わせてあげると約束した」と嘘をついていた。契約とその後について正直に語れないので、この嘘は仕方ないことといえよう。

 

「え……そうですね、新無憂宮に出入りしていた平民となると、髪長姫よりずっと年上でしょうから」

 

 初恋の相手が貴族ならば、同年代の子供という線もあるが、新無憂宮に出入りする平民となれば、それなりの役職についていることになる。貴族の子弟ならば若くして高官になることもできるが(例・ラインハルト)平民となればそうはいかない。

 なんにせよ、恋愛というものがよく分かっていないラインハルトには、難しすぎることであった。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 アンネローゼから提示された可能性についてラインハルトが語り、オーベルシュタインもその可能性は否定せず ――

 

「主さまと御前さまがご一緒に宮廷に上がられた日でございますか? はい、覚えておりますが」

 

 まずは何時新無憂宮を訪れていたのかを調べるために、彼らは下男を呼び大まかで良いので覚えているか尋ねたところ、正確な日時をすらすらと述べた。

 

「さすが兄弟。大ツークツワンクの手を全て覚えている兄弟だものなあ、そのくらいは簡単であろう」

「兄弟はお止め下さい」

 

 前日の出頭要請を側で聞いていた元皇女は、犬を連れて下男と共にやってきた。

 元皇女が足を運んだ理由は、八割は冷やかしだが残りの二割は、公爵夫人の未来に関わることなので、心配してのこと。

 世話になった人の孫への心配が二割なのは酷いのではないかと言われそうだが、元皇女に言わせると公爵夫人は「わたし如きが心配するなど、烏滸がましいほどに立派なお方」とのこと。

 

「帰宅後、曾祖父殿が何か言っていたりはしなかったか?」

 

 曾祖父と公爵夫人が新無憂宮を訪れた際、運転手を務めていたのはこの下男。

 

「御前さまが聡明であらせられたこと、御前さまが四世を翻弄していたことくらいしか。お力になれず申し訳ございませぬ」

「いいや。正確な日時が分かっただけで充分だ」

 

 公爵夫人が新無憂宮に出入りした日に、その場にいた平民たち全員がオーベルシュタインの粛清対象にロックオンされた。平民大虐殺待ったなし! ―― ゴールデンバウム王朝では割と良くあることである。

 

 ラインハルトの前を辞した二人は、許可を貰い帰る前に、勝手知ったる元帥府内を散策する。先ほどの用事も、通信で済ませられるのだが、こうして出頭させたのは、公爵夫人が「あの二人はこの建物に思い入れがあるので、足を運べるよう呼び出してやって欲しい」と頼まれてのこと。

 下男は名目上はラインハルトの従卒の一人なので、自由に出入りはできるが、そこは躾が行き届いた奴隷。立場を弁えているので、分不相応なこともせず、不作法な真似をすることもしない。

 

「兄弟」

「兄弟ではございません」

「良いではないか、兄弟。それにしても、先日見た若の息子とやら、本当に若に似ておるなあ」

 

 彼らの言う若とは公爵夫人の父親(中二病)のこと。娘に「あの中二、どうにかならんかなー」と思われていた父親は、娘に知れたら半殺しにされるようなことをしでかしていた。

 それというのも中二病(父親)は冗談ながらロイエンタールのことを「息子」と呼んでおり、呼ばれていたロイエンタールは、当人にとって父親が居なかったも同然だったこともあり、喜んで受け入れていた。

 

「若さまと同じなのは、瞳だけですがな」

 

 公爵夫人の父親がロイエンタールを息子に選んだのは、瞳の特徴が同じだったためである。

 

「若の自己紹介は”一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱く”から始まっていたものなあ」

 

 ”一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱く”かの有名なアレクサンドロス三世(アレキサンダー大王)に関する伝承。

 特徴が被っていた公爵夫人の父親は、同じく特徴が被っているロイエンタールの存在を知り声を掛けた。

 その際、インパクトを求め「息子」と呼んだのだ。

 「弟」と呼びかけると、祖父の浮気疑惑が浮上し、その後、家族会議で公爵夫人曰くの「一撃☆必殺」を祖父から食らうことになるので、それを避けるべく ―― ならば息子と言わなければ良さそうだが、呼んだ本人が既に故人なので、詳細は不明。だが仲良くなれたのだから、掴みは外していなかったと言えよう。

 

公 爵 夫 人(ラプンツェルの母親)も、よく似ていると仰っておられました」

「公爵殿も瞳は若譲りだな」

「若さまは、御前さまの瞳が”一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱く”であったこと、たいそう喜ばれておりました」

 

 重度の中二病は娘も同じ特徴を継いでいることを大いに喜んだ。

 

「若はご自分の瞳が大好きであったものなあ。軍務についている時は片方をアイパッチで隠していたそうだが」

「左右違うのをわざわざ隠し、ここぞと言う時に見せるのが、金銀妖瞳の嗜みだと若さまは仰っておられました。この嗜みばかりは、金銀妖瞳ではない主さまも分からなかったようです」

 

 曾祖父は(中二)が楽しそうだったので、好きにさせていた。そういったところは、割と自由な公爵家であった。それ以外もかなり自由ではあるが。

 下男と元皇女の二人は、昔話に花を咲かせながら懐かしい建物内を歩き、預けていた犬を受け取り、帝国人らしく歩いて帰ろうと元帥府を出たところで、先ほど犬を返してくれた血色の悪い上級大将(オーベルシュタイン)の部下に呼び止められる。

 

「公爵夫人がいいワイン飲んでる写真や映像、お持ちですか?」

 

 いきなりフェルナーに公爵夫人の写真を求められた二人だが、事情を聞き、それならばと ――

 フェルナーに写真を渡し終えたあと、下男が淹れたコーヒーを飲みながら、元皇女はしみじみと語った。

 

「黙っていれば傷も大きくならなかったであろうに……それにしても、そこまで不味いワインというのも飲んでみたいものだな。なあ、兄弟」

「御前さまに、お土産として欲しいと、お願いいたしますか?」

「買ってきてはくれぬであろう」

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 公爵夫人がホテルでブチハイエナに襲撃された理由は、半分くらいは公爵夫人当人にある。

 襲撃理由に関してシンドバッド(3)から聞いた公爵夫人だが「反省も後悔もしていない☆そっちこそ滅びて死ね☆(意訳)」で全てを終わらせた。

 

 三次元チェスの宇宙大会で、開幕を祝し出場者や関係者が参加するパーティーが行われた。カメラも入っており、大々的に放映されてもいた。

 公爵夫人も当然出席し、乾杯のシャンパンをあけ、話し掛けて来る輩を適当に無視し、料理に舌鼓をうっていた ―― そこで突然、公爵夫人はワインを吹き出した。

 会場は水を打ったようになり、公爵夫人は噎せながら、ワインに毒が入っていると言い出し辺りは騒然となった。

 急ぎワインが検査されたが ―― 毒は検出されなかった。

 その報告を聞いた公爵夫人は「じゃあワインが不味かっただけか。毒のほうがまだマシな味だな。これが高級酒なあ。馬鹿じゃねえの」的な呟きは全土に放映された。

 およそ貴婦人らしからぬ吹き出しと毒舌。

 ワインがこの会社に決まったのはコネクション。シンドバッド(3)の息子の嫁、セクシーNo.3の母親(ママン)の会社が下ろしていた。もともとそれほど美味くはないのに、値段が高いと密やかに言われていたところに大貴族の暴挙。それが放映されたことにより、ママンの会社の株価が軒並み下落。

 ママンは当然対処すべく「公爵夫人はワインの味が分からない子供だ。公衆の面前であのようなことを言ったのだから謝罪を要求する」と言い出した。会社の命運がかかっているのでの対応だが、相手は一貴族と名乗っているが国家そのもの(独裁者の妻)

 それが帝国側の耳に入り「うるせえ! 公妃はベルガフォード領の正統な後継者だ。ゴールデンバウムにも縁が深い(都合が良いときだけ、ゴールデンバウムが持ち上げられるこの状況、面白い☆:公爵夫人談)味は分かってる、貴様のワインの不味さを公妃に詫びろ!」 ―― 公爵夫人の知らないところで、地味な争いが勃発していた。

 筋金入りの超大独裁国家が、たかが自治領(属国)の一企業に対して謝罪するはずもなく、公爵夫人がいかにワインに精通しているかを分からせるべく、ワイン通が土下座して謝るレベルの血筋と、それを裏付ける証拠写真を提示した。

 それは公爵夫人が十三歳の頃の写真で、祖父と赤ワインを開けているシーンなのだが、そのワインが三九二年産ベルガフォード産赤ワインで、それも二本も開けられている。

 通常ならば偽物ではと疑われるところだが、財宝は血筋と経歴に由来する帝国において、これが偽物であるはずがないと ―― 権威が不味いといえば、民衆はそうだよなー、これ美味しいってごり押しだよなー、元老院議員の一族だからなーと思うのは仕方の無いこと。

 その権威が大きければ大きいほど威力は絶大で、権威が実力を伴っていれば尚のこと。公爵夫人がヨブ友に圧勝したあたりで、ママンの会社の株は無いに等しいものになりはてた ―― 倒産である。

 倒産したところで、シンドバッド(3)の一族であるママンは生活に困ることはなく、再び会社を興すこともできるのだが、一言で会社を潰されたママンは激怒した。それこそ息子が怯えるほどに。

 成人過ぎている息子が夜トイレにいけなくなりそうなほど激怒したママンは、公爵夫人に痛い目を見せるべくブチハイエナを手配した。

 殺すつもりだったのか? 問いに対しては、ママンは否定する。

 怒り狂ってはいたが帝国の門閥貴族を殺害してはいけないことは、分かっていた。ではママンはブチハイエナを放ってどうするつもりだったのか?

 あのホテルは高級ホテルで、最上クラスに泊まる客は全て大物中の大物。強盗や誘拐などの危険がつねに付きまとう人種が客層のため、室内に避難用小部屋が設置されている。ママンは公爵夫人をその小部屋に誘導し、睡眠ガスで眠らせ、大会に出場できぬようにしてやろうと考えていた。

 だが結果は、公爵夫人は避難用小部屋など目もくれず、剣と拳でブチハイエナと人間を、永遠の眠りへと誘った(物理)

 緊急避難用の小部屋内には、敵の出方をうかがうことができるよう、室内をモニターすることが出来るようになっている。

 それは外部からも出来るようになっており ―― ざっくりいうと、盗撮し放題ということだ。

 だが、客はホテル側の職務に対するモラルを信用して寛ぐ。

 そんな状態では寛げないよという人は幸せである。なにせこのホテルに泊まる人は、漏れなく誰かの恨みを買うような人生を送っているのだから。

 

 襲撃後、公爵夫人と対戦したセクシーNo.3がバイブ機能全開状態に陥ったのは、公爵夫人の華麗すぎる襲撃撃退を観ていたからに他ならない。

 セクシーNo.3は深窓の姫君(誰のこと?)の身を案じ母親の暴挙(ママンご乱心)を止めようとした結果、帝国の神髄(十六歳無双)を目の当たりにして恐くて恐くてバイブ機能全開になったのだ。

 観なければいいのに、捕らえた者たちに加えられる、飛び出す目玉とその他諸々の、過剰殺傷のほうがマシだと、誰もが口を揃えて言う拷問まで観てしまい、もはや戦意喪失状態。こうしてセクシーNo.3は実力を発揮することなく敗北した ―― 実力を発揮したところで、勝てる相手ではなかったが。

 

 発狂ママンの蛮行に気付いたシンドバッド(3)は、公爵夫人の怒りを鎮めるべく、四方に手を伸ばし、冷凍耳朶(右)とその本体を手に入れた。

 あの情報士官はシンドバッド(3)ではないところで捕らえられ、軽く分割されていたのだ。シンドバッド(3)は最初から訪問する予定であったが、部下が勘違いして、冷凍耳朶(右)を勝手に送りつけるというハプニングが起こった。

 勘違いした部下の処遇については、公爵夫人の知るところではないが、急ぎやってきたシンドバッド(3)は、情報士官を取り返したので、これでお怒りをお諫めくださいと平身低頭で謝罪した。

 公爵夫人としては真相を知ったところで、金がもらえるわけでもなければ、腹がふくれるわけでもない。それでも襲撃されたことで、情報士官の本体が手に入ったので良しとした。

 

 シンドバッド(3)が語った曾祖父と曾祖母のなれそめは公爵夫人は知っていたので、とくに興味を持たなかったが、領地を手に入れたのがフェザーン人のシンドバッド(3)ということにはかなり驚いた。

 さすがに気になったので帰国後、惑星の登記に目を通すと、領地はたしかに帝室に返還されていたのだが、さらに調査を進めるとシンドバッド(3)が語ったとおり彼が管理し、そこで収益を上げていた。

 この状況になったのは、端的に言ってしまえばオトフリート五世の贔屓が原因である。

 オトフリート五世は切れ者の甥(曾祖父)を気に入っており、その妻も優遇した。対する妻を追い出した第三皇女家は冷遇したためである。

 

 少し詳しく書くと、曾祖母の実家、第三皇女家が破産寸前で、そこに資金援助を申し出たのがフェザーンの高利業者。念のために言っておくと、シンドバッド(3)とは別人。この高利業者は、資金援助の見返りに曾祖母を求めた。大金を手にした身分なき男の最終到達点。

 ただし簡単に手に入るものではない。

 曾祖母は帝国でも上位に数えられる名門で、帝国ではめずらしい女性でも第一子であれば爵位が継げる家の長子。だが曾祖母は母である当主と折り合いが悪く、母親は曾祖母を追い出して可愛い息子を跡取りに添えたがっていた。

 そこに破産寸前の第三皇女家を援助してくれるばかりか、厄介者の曾祖母まで引き取ってくれる ―― 当主はその幸運に歓喜した。

 曾祖母と可愛い息子の父親である婿。彼もご多分に漏れず商才はなかったが、娘を売って急場を凌ごうと考え実行できるような男でもなかったが、代案も思い浮かばず悩みに悩んでいた。

 土台、具体案が思い浮かぶような人間ならば、特権を有していながら破産状態になどならない。どうしたものかと、婿が困り果てていた時、颯爽と現れたのが曾祖父。

 

 後に彼は曾孫(公妃)にこう語った ―― 無料酒飲みにいっただけだったんだがなあ。

 

 元皇太子は歓待され、希少なワインを飲みまくる。勿論手土産一つなく、滞在費用も第三皇女家持ちという傍若無人っぷり。

 そこで高利業者とも会い、自慢げに語る高利業者の話に耳を傾け ―― 曾祖母を引き取った。

 まず高利業者には曾祖母と当主の仲が悪いことを指摘。折角資金援助しても、第三皇女家に潜り込めない可能性のほうが高い。実際二人は、そのくらい仲が悪かった。

 指摘された高利業者は、ならばどうしたら? 曾祖父に尋ねる。

 すると曾祖父は婿を呼び「お前、当主と離縁しろ」 ―― 高利業者は第三皇女家に入り込むのが目的なのだから、現当主と縁づいたほうが何かとよい。

 当主の夫となり、先ほどの話に登場していた別の女性に産ませている娘を、当主の可愛い息子の妻にしたほうが確実だと焚きつける。

 その気になり始めた高利業者を放置し、結婚の覚悟を決めていた曾祖母に「馬鹿じゃねえの」と ――

 そもそもこの第三皇女家の面々は、商才が皆無。例え高利業者から資金援助を受けたところで、劇的に財政が好転するはずもないどころか、問題が先送りにされるだけ。

 根本的な統治センスがないとこき下ろした。

 曾祖母は領民のためにと言い返したが、お前ら一族が統治していたら変わらんし、領民の苦しい生活が長引くだけだ、専門のヤツに任せたほうがいい。その専門のヤツは当主の夫のほうが権限が大きくて良いと、やたら説得力のある声と口調で語り、曾祖母を納得させた。

 当主は自分が下民と結婚するのは嫌だと言い張ったが、まともに統治していなかったお前の罪だとして曾祖父は全く聞かず、オトフリート五世に話を持っていった。

 

「第三皇女家の総領姫と結婚したいから、協力してくれんかな、叔父上」

 

 甥が独り身なのを気にかけ、折々に令嬢を勧めていたオトフリート五世は、やっと身をかためる決意をしたかと ―― 行き遅れで容姿もかなり難があるのを気にしたが、名門の姫君だったので良しとした。

 この時曾祖母、二十六歳。帝国の感覚では相当な行き遅れ。なにゆえ行き遅れになったのか? その全ては貧乏。名門なれど貧乏。その貧乏を補えるほどの美貌と可愛げがなかったのが、結婚できなかった理由でもある。

 曾祖母、顔は普通だったのだが、問題はその身長。193cmとルドルフ(晩年☆痛風)に迫る高身長。曾祖母当人は大柄なことを気にして、女の子らしさを捨てた結果、可愛げが感じられない性格に。

 

「俺は並んで歩いている時、視線が同じ高さの女がいい」

 

 幸い曾祖父の身長はルドルフ越え(195cmオーバー)ということもあり、

 

「目線が合う男性と話をしたのは初めてです」

 

 こんな感じで上手くいった。

 その後の経緯はさておき、公爵家の男は全員身長がルドルフ越え(195cmオーバー)。伴侶はというと、曾祖母が行き後れの原因となった193cm。比較対象が公爵家の場合は小柄だが、世間一般では大柄な178cmの大ツークツワンク(祖母)。チェスのプレイ中は、実際の身長よりも大きく見えたという。そして「オフレッサーと並んでも見劣りしない大佐。ただしオフレッサーは装甲服を着用、大佐は通常の軍服姿」な魅惑の200cmオーバーのムッター(大佐)

 高貴な血筋つーより巨人の血筋だよなー ―― 公爵夫人は見えない高貴さより、見える巨人ぶりに頭を抱えた。背が高くなるのは仕方ないとしても、できるなら大ツークツワンクぐらいで収めたい。それが無理なら180cm台で……そこで公爵夫人は幼少期から筋肉をつけるトレーニングに精を出す。筋肉によって骨の成長を阻害してやるのだと、必死にトレーニングをした結果が、ブチハイエナと人間を一撃で葬りさった筋力。

 それだけの筋力がついていながら、公爵夫人は十六歳ですでにミッターマイヤーより背は高い。

 ちなみにラインハルトは公爵夫人の一族が、全員身長が高いことを知っている。そして「髪長姫も190cmくらいにはなるかもな。俺としては背を預ける相手は背が高いほうが良い(キルヒアイスは190cm)」 とも。 

 ジークフリード・キルヒアイスの置き土産その(いち)である。

 

 そんなキルヒアイスの置き土産など知らない公爵夫人は、たくさんの献上品(おみやげ)を抱えて帰途に就いた。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ヘルムート・レンネンカンプはストレスによる胃痛に悩まされていた。

 ストレスの原因はローエングラム夫妻(契約中)

 ラインハルトは三次元チェスの宇宙大会で一位になった公爵夫人に、

 

「希望があれば、叶えられる範囲であれば何でも叶えよう」

 

 褒美を与えることにした。

 公爵夫人はその申し出をありがたく受け取り単座式戦闘艇(ワルキューレ)で宇宙を駆け回りたいと希望する。それを聞いたラインハルトは、

 

「では帰国途中に、必要なトレーニングを済ませるといい。任せたぞ、アイゼナッハ」

 

 公爵夫人は帰途についている際、アイゼナッハの旗艦(ヴィーザル)で適性検査と新兵訓練を受け、

 

「ほお。優秀な成績だな」

 

 それらの成績に目を通したラインハルトが、うなるほどの成績を叩き出した。

 

「シミュレータにおいての曾祖父殿の記録には及びませぬが、優秀過ぎると表現しても差し支えないかと」

 

 通常であれば、これほどの成績を収めたら搭乗させないのはありえないのだが、公爵夫人は大事な身。おいそれと、このような危険な乗り物に乗せるわけにはいかない。

 

「そうだな」

 

 公爵夫人が本当にラインハルトの妻であれば「伴侶としての節度を……」などと説得のしようもあるが、公爵夫人とは未だ契約関係。跡取りを産む大切な体なので止めてくださいとも言えず。

 

「ですが閣下。万が一ということもございます。ワルキューレに搭乗するだけで、宇宙に出て操縦するのはお止めいただきたい」

 

 だがとにかく止めねばと、オーベルシュタインは反対意見を語るも、

 

「そんなの褒美にならんだろう」

「ですが……」

 

 ラインハルトの意見を覆すことができなかった。

 

「卿は髪長姫が単身で飛行し、何らかのトラブルが起きた場合のことを心配しているのだな」

 

 だがオーベルシュタインは食い下がり、単独飛行だけは阻止することはできた。

 

「はい」

「分かった。単機で飛行させるのが不安だというのならば、もう一機随行させる」

 

 オーベルシュタインとしては、契約をなんとしても延長し、新王朝の妃の座に就けるつもりなので、危険な真似は避けさせたかったのだが、それ以上は聞き入れてもらえなかったので ―― 熟練のパイロットが付き従うのであればと引き下がった。

 ただ翌日には、心の中で頭を抱えることになる。

 

「閣下。よろしいのですか?」

 

 登庁し執務室に入ると、先に来ていた部下(フェルナー)が、一枚の書類を手に尋ねてきた。

 彼の問いに答えず通り過ぎ、席に腰を降ろす。

 

「公妃のワルキューレ遊泳の補佐、ローエングラム公になっていますが」

「……」

 

 オーベルシュタインはすぐさまラインハルトの元へと向かい必死に説得したものの、ラインハルトの決定を覆すことはできず、ワルキューレのパイロットを統括する役職のトップについているレンネンカンプと、整備や警備体制について話し合った。

 

「ローエングラム公と公妃になにかあったら、卿の命だけでは済まぬぞ」

 

 実際のところ、ラインハルトに何かあったら、レンネンカンプを罰している暇も無ければ、レンネンカンプとておめおめと生きているはずもないのだが、ここは言葉の綾というか決まり文句(テンプレ)

 

「分かっております、軍務尚書閣下」

 

 この日から、二人の宇宙遊泳が終わるまで、レンネンカンプの胃は極度のストレスに晒されることになった。

 前線で戦っているほうが、よほど気が楽とはこのことだ ―― レンネンカンプの部下の次代双璧(仮)たちも警備にあたりながら、胃薬にお世話になる始末。

 

「閣下。どうにかなさらないと」

 

 厄介事大好きなフェルナーも、これはさすがに駄目でしょうと、上司にもっと頑張ってくださいとエールを送るが、オーベルシュタインは無視を貫いた。

 

 ラインハルトと公爵夫人の単座式戦闘艇(ワルキューレ)飛行は何事もなく、無事に終わった。

 夫妻の操縦技術を見守っていた現役パイロットの感想は「公妃さまが敵のパイロットだったら、俺たちは生きていないだろう。帝国の貴人に生まれて下さったことを感謝する」とのこと。

 その見事な操縦技術から密かにワルキューレと呼ばれるようになるのだが ――

 

 ちなみに公爵夫人、帰国途中のトレーニングのシミュレータで、未だ誰にも破られぬ曾祖父が叩き出したの記録的飛行を体験し「単騎でデ○スター、余裕で破壊できそうだ」その才能に驚いた。

 

 単座式戦闘艇(ワルキューレ)の操縦が気に入り、また搭乗したいと公爵夫人は希望したのだが、レンネンカンプが体を張って阻止する(胃に穴が開き入院)

 

「軍用車両ならば好きに乗って構わない。免許は自分で取ってくれ。単座式戦闘艇(ワルキューレ)はレンネンカンプが戻ったら用意させる」

 

 レンネンカンプが永遠に退院できなくなるようなラインハルトの台詞に関して、側にいた者たちは何も言わなかった。

 

「……たしかに、軍用車両であれば、何に乗っても良いと閣下は仰ったが」

 

 続いて公爵夫人が選んだのは、軍用バイク。それも最高速度が892km/hにも到達する車種。バイクは風の抵抗を直接その身に受けるので200km/hでも普通の人は辛い。

 レーサーともなれば400km/hオーバーで競うが ―― 892km/hは無理である。

 

「たしかあのバイクは理論上ではなく、試験走行で892km/hを出し100km走行した方がいらっしゃ……」

 

 難しい顔で書類を睨んでいる上司(オーベルシュタイン)の脇で、バイクについての概要を調べていた部下(フェルナー)も言葉が途切れた。

 バイクの性能を最大限に引き出した搭乗者。怪物のようなバイクと共に映っているテストパイロットは公爵夫人の母親。

 

「お止めするのは閣下でも無理かと」

「万が一に備えて、医療部隊を配置しておけ」

「畏まりました……二人目の892km/h到達者になるんでしょうかね?」

「……」

 

 大佐の娘ということで皆が期待したものの、腕力や体力や体格の違いから公爵夫人は892km/hを出すことはできなかった。それどころか、遠く及ばず411km/h……それでも充分な速度だ。

 

「速度は普通ですが、技術が素晴らしい」

 

 とは現在帝国軍でもっとも速度を出して走行できるキスリング、ちなみに彼は596km/hで走行可能。そんな彼からすると411km/hは並の速度分類だが、普通の人は400km/hオーバーは出せない。

 そんな彼が感動しているのが、公爵夫人のバイクの技術。

 特に速度を一切落とさず繰り出されるジャックナイフターンは、切れ味抜群。そのターンは触れるもの全てを傷つけてしまいそうだった(物理)。

 

「素晴らしいな」

 

 公爵夫人に同行させていた親衛隊長から、技術の素晴らしさを聞かされたラインハルトは興味を持ち試験走行所へと足を運んだ。

 華麗にバイクを操る公爵夫人に声をかけ ―― 基本ラインハルトは、なんでも直ぐに出来てしまう天才であり、恐れを知らぬ少年でもあり、仲良く公爵夫人とサーキットを併走し(355km/h)元帥府に戻ってから、さすがにオーベルシュタインに叱られた。

 反省したラインハルトだが、好きなことをさせてやりたいという気持ちはあるので、公爵夫人と仲直りが成功したファーレンハイトに聞いてみた。

 

「ファーレンハイト。髪長姫は、どんな乗り物を好む?」

「小官が覚えている限りでは古代戦闘用馬車(チャリオット)ですが」

「用意したら喜ぶか?」

「きっとお喜びになるのでは。お父上とよく競い合っておられました。技術と体格差で全敗でしたが」

 

 中二病(父親)が全力で中二病()に育てようとしていた姿を、なんの疑いももたず間近で見ていた(貧乏人)の罪な一言であった。

 

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