―大晦日。
暖房をつけた、小さなトレーニングルームでは光と飛鳥がテーブルの上に教科書やノートを広げていた。
そこには数式の羅列、物語の感想。
様々な文章が書かれ、時にはそれに色が付けられていた。
今の二人はアイドルの卵では無く、普通の中学生だ。
飛鳥は光のドリルに方程式を書きこんでいく。
「まずはこのxの数式を解く。
そうすると自然とxの答えが分かるだろ?それを当てはめて、残りのyを解くんだ」
「おおっ!、何か分かって来た気がする!」
光はテーブルを叩きながら、答えを書きこんでいく。
光の数式ドリルのところには何度も消しては書いた後があったが、一番太く濃く書かれた字で飛鳥に教えてもらった解答を書きこんだ。
「飛鳥はすごいなー!アタシ、数学は方程式になると
頭がこんがらがって、分かんなくなるんだ」
「方程式ほど、セカイをシンプルに出しているものは無いよ。数字と法則さえ分かれば自然と解答が出てくる」
得意げにシャープペンシルを回すと、数式を解いていく飛鳥は光から見ると、まるで世界の方程式が頭に全て入っているように思えた。
その後、円周率、距離の求め方など小学校からする算数からやり直し、飛鳥は光に教えて行く。
飛鳥は正負の計算等を光の三倍の速さで解いていき、光を驚かせた。
しかし、歴史になると立場は逆転する。
「平安時代の次は?」
「簡単だよ、奈良時代だったかな?」
とまったく違う答えを言い出した。
「……飛鳥、ちょっと聴くけど本能寺の変で切腹したのはだれか分かる?」
しばらくの無言の後、飛鳥は口を開き、
「もちろん西郷隆盛さ」
と、以前放送された歴史ドラマの主人公を言って
光にため息をつかせた。
「本能寺の変は織田信長!変を起こしたのは明智光秀!
1582年だから『苺パンツの信長、本能寺で死す』って覚えるんだぞ!」
「なんだい、その幼稚な覚え方は」
「語呂合わせは覚えやすいんだぞ。ユニークだからインパクトもあるし」
「だからと言って苺パンツはないだろう」
ため息をつく飛鳥に光はノートの端に飛鳥がこっそり描いていたイラストを消しゴムで消す。
「アタシも似たような事を学校でするけど後で!」
飛鳥は恨めしそうな目で光を見ると
「光は何でそんなに歴史の人物を覚えているんだい?
ボクは人の足跡はどこか虚ろな気がして覚えられないんだよ」
「ヒーローの名前を覚えるのと同じだ!
例えば織田信長なんか、ものすごい悪役でもあるし、
ものすごいヒーローでもあるんだぞ!」
「人物の二極性かい?そんなもので覚えられるのかな」
「その人がどんな心を持ってその行動をしたかとか考えると結構楽しいぞ!」
「成程、偉人を偶像化してしまうのか」
ふと、飛鳥の言葉に光は目を輝かせる。
「そうしたら、世界の偉人はみーんなアイドルになっちゃうな!」
楽しそうに笑う光に飛鳥は呆れた顔をする。
「そうしたら、世界で色々嫌われているアイドルもたくさん出る事になるよ」
光は笑顔を止める。
「あ……そうだな。どうしよう?」
「まぁ、それはそれで好きな人はいるだろうさ」
飛鳥は光をあやすように言うと日本史の問題を解いていく。
飛鳥は元々頭がいいのだろうか。
光はそう思うほどあっという間に覚えられるようになった。
英語は二人ともそこそこ出来るようで、お互いに教えながら宿題を解いていった。
「本当はドイツ語かイタリア語がいいんだけどね。中二的には」
と愚痴を言う飛鳥に光は
「アタシは英語の方が好きかな!
ほら、ヒーローの必殺技って結構英語が多いし」
と、それぞれの外国語の好きなところを上げていった。
お互い、自力で解けるところは、辞典を使いながら文章を翻訳していく。
解いていく中、飛鳥は一つの文章でペンを止めた。
「『My best friend』……違うな。ここはボクとしては」
消しゴムで消すと素早く飛鳥は書き込む。
「『My close friend』と記したいね」
飛鳥の呟きに光はペンの動きを止める。
「くろーず?『閉じた友達』って何だ?」
飛鳥はシャープペンを横に振り笑みを浮かべると
「違うよ、光。意味は同じで『親友』って事。
まぁ、ボクの定義では閉じ込めたい友人といったところかな?」
飛鳥は思うがままに英語のスペルを書きこんでいく。
「まぁ、もっとも『親友』なんてボクには縁が無い言葉かもしれないけどね」
「それは違うぞ、飛鳥!」
光は頬を少し膨らませ、自分を指差した。
「アタシじゃダメか!?」
光の顔に飛鳥は少し目を閉じ、シャーペンを振っていく。それはどこか光を試すかのような感じで振られていった。
「……そうだね。まだ、お互いの時間が足りない。
まだボクも光のパーソナルな事を知らないし、
光もボクの事を知らない事があるだろ。
それが深まっていけばそうなるかもね」
「むうぅ!」
さらに頬を膨らませる光だが、やがて両手を合わせ、音を高く立てると、
「いつか言わせてやるからな!
『マイ・クローズフレンド』って!」
「その日が来るのを楽しみにしているよ」
二人は笑うとお互いの最後の課題に向き合った。
「終わったー!」
「やれやれ、これで新年を迎えられるね」
光はシャープペンを放り投げ、仰向けに寝転がり、
飛鳥は静かに教科書を閉じた。
二人の成果である冬休みの宿題は
ややしわがよってしまったが、
中には解答がびっしりと書き込まれている。
二人を癒すかのように暖房の音が静かに流れていた。
「しかし、この時間になると小腹がすくね。
かといって何も食べられそうにないし……」
「そう思って、これだっ!」
光はカバンの中から水筒を取りだし飛鳥に突きだして見せる。
それを見て飛鳥はちょっと顔をしかめ、
「お茶はちょっとね……かといって水分だけで
腹が膨れるとは思えないけど」
「ふっふっふっ、それが違うんだなあ」
とコップを取りだし、注いで飛鳥に手渡す。茶色く濁ったそれは、どこかスパイシーな香りがしてきた。
「……カレー?」
「羽音さんの特製カレースープ。
ここ来る前にもらってたんだ!
あったまるし、具も少しあるからお腹もちょっと膨れるからいいぞ」
「カレーか。光みたいなお子様舌にはいいかもしれないけど」
と悪態を付きながら少し、コップを傾ける。
少し飲んだのか、飛鳥の動きが止まり、コップに目をやる。
「……美味しい。何か普通のカレースープと違ってコクがある」
「だろ!」
光は自分の料理を褒められたかのように笑顔を見せる。
「普通のカレールーを溶かしたんじゃなくて、スパイスを始めから作るのと、隠し味にカツオのだし汁を入れているんだって!でも後は、企業秘密らしくて教えてくれないんだよなあ」
「確かにこれは刺激的で、インドのように神秘的な味わいかもね。チャクラが開くようだよ」
飛鳥は一気に飲み干すと光にコップを突きだした。
「おかわり、もらえるかな?」
宿題も終わり、光はトレーニングルームの鍵を閉める。
飛鳥は日が沈む空を見上げながら
「年末の音が聴こえてきそうだね。
今年最後の演幕が閉じるような、そんな音が」
そう呟くと、光は飛鳥の肩に手を置くと
「アタシには来年の音が聴こえてきそうだよ。
何せ二人のデビューなんだからさ!」
と、楽しそうに笑った。
飛鳥は何か考えているようだったが、笑顔を返した。
「そうだね。ボクらの始めの一歩は、
セカイにどんな音を響かせるのかな?」
「笑顔と勇気さ」
「非日常もね」
二人はお互いに顔を合わせると、無言。その間に冬の風が流れて行った。
「アタシ」
光が口火を切り、強い口調で語る。
「飛鳥の事、もっと知りたい。どんなのが好きでどんなことが嫌いか。そしてどういうアイドルを目指していきたいのか。飛鳥のかっこいいところがもっと見たい!」
飛鳥はうなづき、静かに返す。
「ボクもバディである光の事を勉強しなきゃね。
ヒーローたる偶像がどんなものか、何で光はそれに憧れるか。光のアイドルの根底を知りたいよ」
「そして」
二人の言葉が重なる。
「皆に笑顔になって欲しい」
「非日常を知りたい」
お互い、強い口調で言い切った。
これが、南条光と二宮飛鳥の年の瀬の誓い。
今回は幕間のような感じで書かせていただきました。
次回からデビューに向けてステップを踏んでいこうと思いますので、
よろしくお願い致します。