「ねえねえ、キアラー!」
「あん?」
俺はユウキの声にゆっくりと背後を振り向いた。
そこにあるのは、見たものの殆どが異常と言うであろう光景だ。
紫髪紫眼の少女が、オレンジカーソルの男性プレイヤーを短剣類でもって磔にしていた。此方を伺い、無邪気に笑う瞳には光は無く、ただひたすらに暗い闇が渦巻いていた。
当然の事ながら男性プレイヤーの表情は、恐怖で醜く歪んでいる。
「見て見て! HPがあと1ドットくらいしか無いよ!」
「はぁ」
そう嬉しそうに騒ぐ少女に、俺はため息ひとつ。ピックを引き抜くと鋭く投げ、男性プレイヤーの眉間を穿つ。その男は眼を見開き、ポリゴンの欠片となって消えた。
「あーー! せっかく頑張ったのにー!」
「うるせぇ。そんな無駄な事すんなよ。殺るならとっとと殺れ」
今日は第一層攻略会議に日だろうに、とぼやく。早く街に戻らなければ…どうという事は無いが余り此処に長居する訳にも行かない。万が一目撃されたら、殺す事は殺すが乗り気じゃない殺し程つまらないものも無い。できれば楽しく殺したい。
そして、俺と相棒のユウキはいそいそと
何故、俺はともかくとしてユウキまでもがこうなったのか。
理由は、あの全てが始まった日。
二ヶ月前に遡るーー。
◯
アインクラッドが夕暮れ時に差し掛かった頃、キモい植物型モンスター《リトルネペント》の虐殺パーティーを終えた俺とユウキは爽快な気分で額の汗を拭いつつーーまぁ、仮想世界なので発汗する事など無いのだがーー鬱蒼と茂る森から出た。
「し、死ぬかと思った……」
おっと訂正。爽快なのは俺だけだった様だ。ユウキは膝に掌を乗せて肩でぜぇぜぇと荒い息をしていた。
「そぉか? 実に愉快で素敵なパーティーだったじゃぁないか、ユウキくん?」
「何処が⁉︎ キアラがリトルペネントの胚珠がドロップするのは実付きだって教えてくれたから倒したのに!」
「ははは? 何だって? 俺は実付きを倒すと良いことがあるって言っただけだろうに。ホラ、実付きを殺せばたくさんモンスターが湧いてくる。それにお前、レベルだってもう3だろ?」
そら、俺は沢山殺せるし、胚珠がドロップする花付きも湧くかもしれないし、良いことじゃないか。乱獲すれば花付きの出現率も上がるしな!
そもそも花付き実付き云々の話はクエストを受けるときにNPCが教えてくれただろうに。人の話をちゃんと聞きなさい。
「良いことってそれ⁉︎ ボク、危うく死ぬところだったんだけど⁉︎」
「いや、それはお前がドジったからだろ。なにサラッと責任転嫁してんだよ」
実付きと花付きを見間違えて、と言うよりも周りとは違うペネントを反射的に攻撃したのだろうが、ユウキの奴は一体目の時に集まったのを殺しきる前に二体目の実付きを殺りやがったのだ。
「うぐっ⁉︎ そ、それは…で、でも良いじゃん! 花付きの胚珠が三つも手に入ったんだから!」
「まぁ、それを言ったらそうだな…。残りの二つは相場の少し上の値段で売りさばくか…」
「うわ、悪っ! って、キアラはアーニャブレードは作らないの?」
「いや、俺は基本的には短剣使いだし。他に使うとしても短槍くらいだぞ? あと、アニールブレードな」
「どっちでも良いよ!」
「馬鹿野郎! 自分の命を預ける相棒の名前を間違えるなんて…間違えるなんて…そんなの、親戚の叔父さんの名前がトシヲなのにトシゾウって覚え間違えるくらいあってはならない事なんだぞ‼︎」
ん? あれ? 俺の親戚の叔父さんの名前って確かトシーーなんだっけ?
「あれぇ⁉︎ 意外とありそうな間違え! そしてトシさんって呼べば問題ない気がする!」
「せやな。俺もいつもトシさんって呼んでたわ」
「体験談⁉︎ てか、覚えてないとかダメじゃん! ずっとトシさんじゃん!」
「そうだよ、まぁつまりはだな。アニールブレードが片手直剣って事だけを覚えておけば良いんだ」
「それ、叔父さんって事を覚えておけば良いって言ってるのと同じじゃない⁉︎」
「おい、ユウキ。さっきからツッコミがうるせぇぞ。あと、俺の叔父さんの名前はトメヲだ。トシさんじゃねぇ」
あれ? トメヲだったっけ? 口に出してみると不安になってくる。なんせ親が親なもんだから親戚が無駄に居るし政界のお偉いさんとやらにも面識があるっちゃあ有るし。
「もう良いよ!」
「おう、そうか」
はい一件落着、と。
「ほれ、さっさと薬を待ちわびている少女の元へと帰還するぞ。女の子が病気で苦しんでいるのなら助けてやらねば」
「……………うん」
と、俺の何気なく放った台詞を聞いたユウキが立ち止まる。その表情は何処が暗く思い詰めている様だった。そんな、普段はバカみたいにうるさいコイツがそんな表情をしているのを見て、俺は何故かとても気に入らなかった。外面が完全にイケメンでも、彼…彼女? は小さな女の子なのだ。性格的に予想しただけなので定かではないが…間違ってたら恥ずかしいな。
いや、多分合っているだろう。一時期は探偵になる勉強をしてみた事も有る。まぁ、すぐに理解できる様なことを並べられただけなので退屈すぎて一週間持たなかったが。
「どうしたよ、我が
「ぐでし?」
「愚かな弟子でぐでしだ。まぁ、賢さを上げれば、愚弟子から、
「なにそれ⁉︎」
だから、ツッコミ気質なのだろうか。ユウキが確実に反応するであろうボケを会話に混ぜつつ、暗い雰囲気を吹き飛ばそうと場を盛り上げようとする。
全く、俺らしくもない。
アニールブレードを交換し終え、のんびりと改めてホルンカの村を見回っていた時、俺はふと気になってユウキに尋ねた。
「なあ、ユウキ」
「ん? なぁに?」
「お前、そろそろログアウトしなくて良いの?」
「へ?」
「いや、もうすぐ五時半だぞ? 夕飯の時間もあるだろうしそろそろーー」
「大丈夫だよ!」
食い気味に返された台詞に思わず目を瞬かせる。なにをそんなに必死になっているんだ?
そして、俺の表情を見て何を思ったのか途端に不安そうに、寂しそうな表情になる。……本当になんで男のアバターにしたんだよコイツ。可愛くもなんともねぇ…。
「そ、それともキアラはもうログアウトする…の?」
「いや、しねぇよ? つーか多分明日の朝までログアウトはしない。そして、一回落ちてもすぐにシャワー浴びて朝食を食べてログインする」
「ず、随分とやり込むき満々だね…」
「まぁな。多分これから一カ月はログアウトするのは二十時間周期とかになるんじゃねぇかな」
「学校は?」
「行ってねぇよ」
そう。俺は特に必要とは思わなかった故に学校には通っていない。籍は置いているから定期テストの時には学校へ行くことになるのだが、授業に参加していなくとも学年トップを独走中の俺に学校側も何か言いたくとも言えないのだろう。テストの点が悪ければそれを使って学校に来させようとするのだろうが。退学になれば…それはその時だ。
「そ、そっか。ボクも明日の朝までログインしてようかな」
「ま、お前がそれならそれで良いんじゃねえの」
「…聞かないんだね」
「聞かれたいのか?」
「……」
何かあるのだろう。だが、俺は踏み込む事はない。来るもの選び、去る者追わず、だ。ユウキが話したくなれば聞くこともあるだろうが俺から他人の事情に首を突っ込む事は無い。
「ま、そんな話はーー」
そして、またもや陰気になり始めた雰囲気を取っ払うために俺が口を開いた瞬間、それは起こった。
リゴーン、リゴーンという遠くから鐘の音ーーはたまた警報音ともとれる大ボリュームのサウンドが流れてきた。
「あ?」
「ねぇ、キアラ。これは何のイベントなの?」
「知らねぇぞ、こんなん。そも、この村に鐘なんて無ぇよ」
「え? じゃあコレはーー」
ユウキが言い終える前に、俺たちの視界は青い転移光で覆い尽くされた。
光がなくなりあたりを見回せば、人、人、人。
スクランブル交差点並の人口密度だ。うっとおしい。
「え? え?」
「落ち着けユウキ。此処は始まりの街の広場だ」
「それは何となく分かってたけど…なんで?」
「知るか。運営からの報告か何かでもあるんじゃ無いのか?」
にしても、面倒な事をしてくれた。周りにいる奴らは良いかもしれないがこちとらホルンカ村まで行ったんだぞ。アニールブレードを引き換え終わっていたからまだしも引き換える前に転移させられていたらブチ切れていた可能性が高い。
「あ! アレ見て!」
「あん?」
ユウキの指す先は、燃えるように赤く染まった空。その中央に更に赤い、鮮血を思わせるウィンドウが二種類。点滅する様に交互に表情されている。
【Waiting】そして【Sistem Announcement】。
だが次の瞬間、一瞬にして俺たちを覆う空は真紅の市松模様に染め上げられ、その隙間からは同色のドロリとした粘液を思わせる液体が滴る。だがそれは落下することなく一定の高さで集まると、姿を変えた。
宙に浮かぶ身長およそ二十メートル程の真紅のローブを羽織った巨人。
ローブに付いたフードは目深に被られているが、俺たちの視線からは難なくその中身が視認できる。
だが、その顔を俺たちが見ることは無かった。
伽藍堂。
そのローブの巨人には、顔が無かった。同じくだらりと垂れ下がる長い裾の中も薄暗い闇が広がるのみで、裏地や淵の縫取りですら見えている。
俺の心に開いた穴の様に空っぽのフード巨人は、一時期は冷静を取り戻したプレイヤー達の不安を煽り、微かな騒めきがあちらこちらから上がる。
「なんだアレ。ジブリ映画とかに出て来そうな雰囲気じゃねぇか」
「いや、キアラ。そんな冗談飛ばして笑える様な雰囲気じゃないみたいだよ」
「そんなもん分かってる。けど、俺はホラ。スペック高いからさ、こんくらいじゃぁ驚かんのよ」
「スペック高いって自分で言った⁉︎」
ユウキのツッコミに辺りにいたプレイヤーから、若干の怒りが内包された視線が俺とユウキに突き刺さる。
「(もぅっ!)」
「いや、自業自得だバカ」
と、そんなやり取りをしている内に、巨大なローブに動きが見られる。ひらりと広げられた袖口から純白の手袋が現れた。勿論肉体は無く、宙に浮いている様に見える。
そのローブは両手をゆるりと掲げ、口を開いたーー気がする。なんせ顔無しなものだから顔のパーツの変化なんぞ分かるわけが無い。
『プレイヤー諸君。私の世界にようこそ』
それは低く落ち着いた男の声だった。…以外と美声だ。
「私の世界?」
「いちいちあのローブの言うことに反応するな。どーせ説明する為に出て来たんだろ」
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
ヒュゥ。思わず軽く口笛を吹いていた。
茅場晶彦。
直接の面識は無いが、遠目にだけなら見たことがある。無表情の中に、何かに憧れ、渇望している様な一面が見えた。おそらくは同族故の直感。
淡々とただ事実だけを述べていく茅場の台詞を聞いている内に、心がどんどん高揚して行くのを感じた。
ログアウト不可能のデスゲーム。
HPが無くなるのと、現実世界での死が同義。
命を賭け、城の最上層を目指す。
『これは、ゲームであっても遊びではない』
とある雑誌のインタビューで奴が答えていた台詞が脳裏を過ぎった。
嗚呼、理解したよ。茅場晶彦。
部外者からの横槍により早々と退場してしまった二百十三人には心底同情する。こんな最高の舞台をロクに楽しめずに現実からも永久にオサラバしてしまったのたから。
やっと、見つけた。
自分を楽しませてくれる、満たしてくれるナニカを探していた。
禁忌である殺人にだって手を染めた。だが、殺人でさえも心が満ちる事は無く、その場凌ぎのおやつでしか無い。
だから、気になった。
俺と同じ悩みを抱えているであろう茅場の作る世界が。
βテストに参加して、俺は初めて他人を尊敬した。
其処は完全なる異世界。
俺の心が満ちる可能性を唯一持つ世界だ。
だが、それでも命は偽りだった。
だがしかし。今この瞬間、ゲームは真に完成した。
現実という俺にとっての最後のピースが今、嵌まった。
クツクツと笑いがこみ上げてくる。
「茅場晶彦……。アンタ最高だよ、ホントに」
「キアラ?」
不思議そうに尋ねてくるユウキでさえも、今は視界の端に切り捨てる。
ーーこの
『それでは最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれ給え』
右手を振り、メインメニューからアイテム欄のタブを叩く。
所持品リストの一番上に存在するそのアイテムの名前は、《手鏡》。
名前をタップし、オブジェクト化させる。
覗き込んだ先にあったのは、白髪黒眼だが、ボサボサの髪によって目が完全に覆われている胡散臭いとしか言えない様なアバター。
βテスト時に適当に作ったアバターだ。
と、先程の様に体が白い光に覆われた。
「えっと…キアラ?」
唐突に掛けられた声に俺は振り向く。
其処には紫髪紫眼の小柄な美少女。普通に可愛い。
「お前、ユウキか?」
「う、うん。そうだけど…キアラ…だよね?」
そう言われて、手元にある鏡を見る。
白髪黒眼なのは相変わらずだが、先程とは違い男にしては長いストレートの髪に整った顔。かなり無理をすれば女に見えないことも無い。
「あー。俺だな、コレ」
「なんか、女の子っぽいね。お化粧したら女の子に見えそう」
「言われ続けて十何年だぜ」
もう、何も感じる事は無い。ここ最近は外に出ていないから勘違いされるのはご無沙汰だったが。
「つーかお前、以外と冷静なのな。俺みたいなサイコ野郎ならともかく、お前みたいな美少女がこんな状況に巻き込まれて平然としていられるってのに驚きなんだが」
「び、美少女って…。冷静なのは…、うん。キアラになら言っても良いかな」
そう言って、えへへと少し悲しそうに笑いながらユウキは言った。
「ボク、ね。現実だと自由に動けないんだ。だから、この世界が現実になって…何というか…不謹慎だけど、ちょっと嬉しいって思ってるんだ」
「…そうか。嫌なこと聞いたな」
それ以外に言うことができなかった。
どうやらユウキの事情は想像以上に大変な様だ。
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君のーー健闘を祈る』
そんな話をしている内に茅場のスピーチは終わったらしい。
俺としてはそんな動機などどうでも良いので、はやく始まりの街から出たいのだが、どうやら話は最後まで聞かせないと気が済まないタイプらしい。
頭上のメッセージも消失し、漸く他のプレイヤーも理解したらしい。
悲鳴。怒号。絶叫。懇願。そして咆哮。
俺からすればーーいや、俺たちからすれば何故こんなにも騒ぐのかぎ全くもって理解出来ないが、人にはそれぞれの事情があるのだろう。
「そんじゃあユウキ。行こうか」
「うん、そうだね。キアラ」
そうして俺たちは人混みをすり抜け、人知れず始まりの街を去った。
◯
ユウキが狂った切っ掛けは些細な事だった。…いや、ユウキ本人にとっては些細な事では無いのだろうが。
俺が始まりの街近くで少し眼を離した隙にユウキとはぐれた。あの宣言の直後とあって少し考え込んでいた所を突かれた形だ。…誰にって? そりゃあ…誰だろ。
ともかく、俺はユウキが居ない事に気がつき、悲鳴を聞きつけ駆けつけてみれば其処にはオレンジカーソルに変わったプレイヤー二人に襲われているユウキの姿。
大方、心中でもしようとしたのだろう。まあ俺にとっては、其処らへんはどうでも良い。
サクッと一人殺した俺が振り返って見たのはユウキが命を狙われた恐怖によってタガが外れたのか、泣きながら、笑いながら、剣で男を何度も何度も刺している姿。
レベル自体はユウキの方が高い為に、二対一ならともかく一対一では男に勝ち目は無い。
そして、そのまま狙いを俺に定め、茫然自失のまま襲いかかってくるユウキを始まりの街に誘導するのは色々とマズイため、一番近くの小さな村に誘導するべく、付かず離れずの距離で、攻撃を当てるわけにも行かず、当たるわけにも行かず、脳が焼き切れそうになる緊張感のままに、圏内へと誘うのは本当に骨が折れた。
まぁ、この時の詳しい話はまた時間がある時にでも話そう。
そしてその後、ユウキは何処かがおかしくなったのか、倫理観の一部が吹っ飛び、俺がPKをする際には必ず一緒に殺っているーーという訳だ。
こんな事を言ってはアレかもしれないが、殺人を侵す時のユウキはとても魅力的だと思う。
幼さと淫靡さが同居した様な仕草に、光を写さない瞳。
無邪気な笑顔に歪んだ精神。
小柄な体躯に、洗練された殺人術。
年下相手に何を言っているのだと言われれば何も言い返せないが、ここ二ヶ月で気がついた事なのだが、ユウキは俺の好みどストライクなのだ。ロリコンと言われても甘んじて受け入れる所存である。
故に、真の意味で俺はこのソードアート・オンラインを楽しんでいると断言出来る。
対人戦もモンスターとの戦いも、俺を満たし続けてくれているのだから。おそらく、このゲームが終わる頃には俺は本当の意味で生きる事が出来る様になっているのだろう。
心の穴が埋まった俺が目覚めた後の現実をどう捉えるのかも、楽しみではある。
さて、ユウキも満足しただろう。ちゃんと眼に生気も戻っている。
それじゃあ《トールバーナ》に向かうとしますか!
余談だが、オレンジカーソルにならない様に相手の攻撃にわざと当たって相手をオレンジにしてから殺しているので、圏内に入れなくなる事は無い。
二話連続投稿ですけど、あくまで息抜きなのでわりかしゆっくり更新していきます。
そして、ユウキちゃんがクレイジーになった事件の描写の雑さよwww
時間がある時にでもこの件は加執しようと思います…出来ればいいなぁ。
あ、勿論fateも書くぜ?
このままロリギルを葬る訳にはいかんからな!
でも、ユウキも可愛いんだよなぁ…。