あの後の記憶は無い……わけでは無いが口に出したらユウキにシバかれる自信がある。
何があったって?
キリトが訪ねてきたアルゴと込み入った話があるらしく、鼠とのOHANASHIは家主であるキリトの顔を立てて後回しにしようとミルクを持って廊下に出た。
しばらく経った後に、悲鳴が聞こえて飛び込んでみたら……うん、楽園でした。ハイ。
直後にユウキにぶっ飛ばされて廊下にトンボ帰りする事になったんだけど、あの一瞬の刹那。
しかと…しかとユウキの美しい裸体を網膜に刻んだッッ‼︎
もう忘れられないね。夢に出て来そう。寧ろ出て来て欲しいまである。
キリトはアスナに拳で沈められてたみたいだけど、俺はそんなヘマはしない。……まあ、ユウキに請われて暇な時間にちょいと武術の基礎を教えてたから本音を言えば結構ヤバかった……。一瞬意識が飛んだぜ。
基礎を齧っただけで出せる様な威力じゃないんだけどなぁ……女の子にはいろいろあるんだな、うん。
でも、部屋に戻れば今度は確実に意識を刈り取られるだろうから、結局昨日は廊下で寝る羽目になった。朝起きたら部屋から放り出されたのだろう。キリトが横で伸びていた。…哀れキリト。
◯
十二月四日、日曜日、午前十時。
茅場のデスゲーム開始の宣言からあと三時間で丁度四週間となる今日、第一層ボス攻略に挑む面々は昨日、一昨日と同様に噴水広場へと集まっていた。
ユウキとアスナはあのままキリトの借りている部屋の寝室で寝た様で、ユウキに対するアスナの態度が微妙に柔らかな物になっていた。
だが、世の中とはうまくバランスが取れている様で、ユウキに対しての好感度が若干上昇した反面、キリトに対する好感度はもともと低かった物が更に低くなった様だ。キリトも気まずそうにしている。
と、そんな微妙な空気の二人を眺めていると、
「ね、ねえキアラ」
我がエンジェルことユウキが、恥ずかしそうに俺の名を呼んだ。
「ん、どしたよ」
「そ、そのね。昨日の事って……その…」
ユウキが昨日の事を話題にした瞬間、キリトがピクリと反応するーーが、アスナに睨まれて縮こまる。
「昨日がどうした? 正直、あんまり覚えてないんだが…。紺色のナニカにぶっ飛ばされて、気がついたらニワトリが鳴いてたよ」
「そうなの?」
「お、おう」
もちろん嘘である。ユウキの真剣な口調に若干どもったが、大丈夫、嘘はバレていない…筈だ。
当然ながら、ユウキの御身体はバッチリとこの脳に記憶されている、が此処でそんな事を言ったら面倒な事になるのは目に見えている。
ユウキは恥ずかしく無い、俺は殴られなくて済む。お互いに得しか無いwin-winな落とし所である。嗚呼、これが優しい嘘か…、そうだろ、ル◯ーシュ?
きっと俺はゼロなレクエムが達成された時の悪逆皇帝並みに澄んだ微笑みを浮かべているに違いない。
と、そんな馬鹿な事をかんがえていると、
「おい」
唐突に背後からとてもじゃないが友好的とは思えない様な声が掛けられた。振り向いて確認してみると用が有るのはどうやら俺ではなくキリトの様で、キバオウの鋭い目線は黒髪の剣士に向けられていた。
「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んどれよ。ジフンらは、ワイのパーティーのサポ役なんやからな」
「……………」
何が思うところが有るのか、キリトはキバオウの言葉に対して沈黙を決め込んでいる。いや、ただ単になんと返したら良いか分からないだけか。
キバオウはキリトが黙っているのを良いことに、更に顔を突き出し、
「大人しく、ワイらが狩り漏らした雑魚コボルドの相手だけしとれや」
そして、オマケとばかりに仮想の唾をぺっと地面に吐き捨て、キバオウは身を翻した。
………いや、何というかね。うん。キバオウは無意識の内に言っていたのだろうが、つまりはーー
「うーん、あの人曰くコボルドは雑魚なのに、狩り漏らすんだね…」
ユウキがぼそりと呟いた。
まあ、そういう事だ。と言うか良く俺の考えてる事が分かったな、ユウキよ。
「まあ、そうだな…。雑魚でもキバオウ君には荷が重いって事じゃねぇの?」
何だか考えるのが面倒になって来たので、ユウキには適当にそう返しておく。何かキバオウ達をサポートするのが嫌になって来た…。
「……何、アレ」
アスナの剣呑な声に顔を向けてみると、先ほどキリトに向けた視線を三割増しにした様な厳しいものをキバオウが去っていった方向に向けていた。
《ジフンら》という事は、キリト以外にも俺やユウキ、アスナも入っているのだろう。
「さ、さあ……。ソロプレイヤーは調子乗るなってことかな……」
それか、或いはβテスターか。キリトはその可能性も思い至ったのだろう。曖昧な表情から一転、険しい表情になる。
流石の鼠でも、βの情報を売る事は無いだろうし、キバオウが俺の様にβテスターの見分けが付くとも、そして見破れる程に頭がキレるとも思えない。
キリトの横に並び、遠ざかるキバオウの背を眺めていると、
「………え?」
キリトがそんな声を漏らした。
そして、俺がその事について問いかけようとした時、間の悪い事にディアベルの張り上げた美声によって遮られた。……今はその美声が憎いぜ、ディアベルくんよ。
「みんな、いきなりだけどーーありがとう! たった今、全パーティー四十六人が、一人も欠けずに集まった!」
そんなディアベルの発言に、広場中が湧き上がり、滝の様な拍手に包まれる。
そしてそんな中続くディアベルの声。
アイツの発言一つ一つにレイドメンバーは盛り上がり、手を叩き、指笛を鳴らす。勿論、その盛り上がっているレイドメンバーに俺たち四人のパーティーは含まれていないが。
そしてそんなディアベルのカリスマを目の当たりにして、感心すると同時に少しばかりのやり過ぎ感を感じた。
何事も行き過ぎれば毒になる様に、盛り上がり過ぎれば恐怖心は麻痺し、油断する。慢心する。そして死ぬ。
β版ならば此処まで盛り上げて、潰走したのなら単なる酒の肴になるだけだ。だが、このデスゲームは違う。俺は誰が死のうと興味も無いし何とも思わないが、散々息巻いて置いて全員死にましたじゃあ死んでも死に切れない。まあ最も、俺とユウキは損壊率が八十%を超えたらとっととトンズラする気ではいるが。
そして、皆がひとしきり喚いたところでディアベルは両手を挙げ、歓声を抑えた。
「みんな……もう、オレから言う事はたった一つだ!」
そうして左腰に刺した剣を音高く抜き放ち、
「ーーーーー勝とうぜ‼︎」
湧き上がった巨大な鬨の声は、四週間前の広場で一万人があげた絶叫にーーはたまた俺たちが殺してきた人間の断末魔の叫びに、何処か似ている気がした。
◯
移動中については、特に語る事は無い。
キアラとユウキはいつも通りにバカな遣り取りをしながらピクニック気分で歩いていたし、キリト達も途中キバオウと何かしらのトラブルに遭ったようだが、特に問題なく進む事が出来た。
そして、
午前十一時、迷宮区到着。
午前十二時半、最上階踏破。
キアラたち四十六人の最初の攻略者達は誰一人として欠ける事なく、ボスの部屋へとなだれ込んだ。
アスナが戦闘に入ってまず最初に感じた事は、自身のパーティーメンバーの異常な戦闘力だった。
迷宮区での戦闘から薄々気がついてはいたが、それが確信に変わったのはボス戦が始まってからだ。
強い。
それが彼らに抱いた感想だった。
黒髪の片手剣士は、強かった。予想よりも遥かに。
パワーやスピードだけでは片付けられないナニカ。そういった尺度を超越した《先の次元》を感じさせるナニカがあった。
だが、自分を迷宮区で助けた剣士は予想していた事だが、あの黒い剣士がパーティーに引き入れた少年と少女。自分と同じあぶれ者(認めるのは非常に不本意だが)の二人パーティを組む不思議な男女。
あの二人の戦い方は、アスナの眼には異常に映った。
紫髪紫眼の少女、ユウキ。
昨日は成り行きと言うか、勢いに飲まれたというか、とにかく一緒にお風呂に入り、ベッドで眠った年下の少女。
攻略会議時は自分と同じ理由だろう。顔を隠す様に麻袋を被っていた。流石に麻袋はどうかと思うが。
戦闘に入り、視野を狭める効果しか無い麻袋が鬱陶しかったのだろう。迷宮区に入ってからは可愛らしい顔立ちを隠そうともせずに麻袋を放り捨て、激しく、鋭く攻撃を打ち込んで行く。苛烈に、過激に。
その表情は年不相応で、何処か艶かしく感じる程だ。今にもケタケタと可愛らしい声で
さらには、スネータスの殆どを敏捷に振っているのだろう。だが、その速度に振り回される事無く、一層で得られるステータスにしては異様な速度を叩き出し、完全にコントロールしている。
そして、白髪の少年。ユウキが言うにはキアラというらしい。
年は自分と同い年か一つ上あたりであろうと予想される彼は、ユウキの様な速度や苛烈な攻撃でも無く(勿論、並みのプレイヤーよりは速い)、黒髪の剣士の様なナニカでも無く。ただただ『巧い』としか呼べない戦い方を繰り広げていた。
アスナが今までの武器屋で見た物よりもいくらか刀身の長い短剣をまるで体の一部の様に扱いながら薄い笑みを口元に浮かべ、攻撃を繰り出して行く。
短剣を、手刀を、拳打を、蹴撃を、足技を。
時には何らかの武術なのだろう、隙を見せたコボルド相手に投げ技まで使って圧倒する始末である。その上、くるりくるりと短剣を掌の中で回して遊ばせておく
彼らの無駄の無い戦い方を見ていると、成る程。今までの自分なスタイルであった《リニアー》を撃つだけの戦法は、オーバーキルに加えて非効率的だったのだろう。
そして、更にアスナのーーいや、他のプレイヤー達の度肝を抜いたのは、この二人が一切の掛け声も無く、眼を合わせる事すら無いのにも関わらず、完全な連携を取っているという事であった。
それも、今現在アスナがキリトと行っている様な個人と個人を繋ぎ合わせる連携では無く、二人同時に同じ獲物に斬りかかっている。
そして、圧倒的な戦闘力により、本来キバオウのパーティーがやるべき筈のセンチネルの排除を殆どキアラのパーティーが行うといった事態になっていた。
キバオウ達が六人がかりで対抗しているセンチネルに、キリトとアスナ、キアラとユウキのコンビは実に簡単そうにダメージを与え、倒す。
そして、ボスのHPバーの一本目が消えた。ディアベルが「二本目!」と叫び、《センチネル》が壁の中きら三体飛び出して来る。
アスナ達は最早自分達がオマケ部隊という事を忘れ、新たに湧き出たセンチネルに飛びかかって行った。
くははははは!
楽しい! 楽しすぎる……かどうかは微妙だが、ユウキと共にセンチネルを圧倒するのは中々の満足感が得られる行為だった。
自分で言うのもなんだが、俺とユウキの連携は凄いと思う。なんせ、俺が攻撃をしないタイミングて攻撃を与え、援護が欲しい所で援護をくれる。反対に、俺もユウキの攻撃パターンや、攻撃と攻撃の間が手に取るように読める。だからユウキに攻撃を当てる事も無いし、ユウキの攻撃が俺に当たる事も無い。……何回かスレスレで当たりそうになったけどな。それはセーフだろ、誤差だ誤差。
だけどだんだんと飽きてくるんだよなぁ…、流石に三体目となると。
それはユウキも感じていた様で、ソッコーでセンチネルをぬっ殺した俺たちは、他人の獲物を奪う訳にも行かず、ディアベル達が早く三段目のバーを削り切ってくれないかと、退屈そうに視線を向けた。
「ねー、キアラー」
「言うな、ユウキよ。俺も思ってるさ……すげー暇だなって」
ロクにボス攻略に参加させて貰えないので、そろそろ帰りたくなってきた。熱せられた鉄の様に急速に俺の心は冷えていく。
「……帰りてぇ」
「……だね」
向こうで先程からキバオウがまたもやキリトに突っかかっているが、気が抜けた俺たちにとってはどうでもいい事だ。センチネルを倒した事により鳴り響く、レベルアップのファンファーレを的とに聞き流していたその時。
「ん?」
そして遂にレッドゾーンに突入に突入したコボルドロードに向かって立ち向かう数名のプレイヤー。その筆頭はーーディアベルだ。
そして、コボルドに眼を向けるとーー
「おっと、ありゃあディアベル達がヤベェな」
「ほぇ?」
「ほれ、ボスの武器見てみろ。β時代はチープな曲刀だったんだよ。でも、今回は違う。ありゃ、野太刀だ」
「へぇー。あ、じゃあβ時代とは変更点が有るんだね」
そんな、戦場に似つかわしく無い呑気な会話をユウキと繰り広げている俺の目にボスのモーションが飛び込んでくる。 勿論、よそ見しつつも俺たちは、湧いてきたセンチネル君の相手を適当にこなしている。
軌道、水平。攻撃角度、三百六十度。
カタナ専用ソードスキル《旋車》。
一瞬のタメの後に解き放たれたソレは容赦なくディアベル含めるC隊を飲み込み、視界の端に映っているC隊のHP平均値ゲージが一気に五割を割る。
「うわー! 何アレ!」
「範囲攻撃でこの威力とかエグいだろ? しかも、喰らったらスタンするオマケ付き」
コボルドロードのソードスキルを見て濁り始めた瞳を暗く輝かせてユウキはニタリと笑う。
お嬢様のお気に召した様で何よりーー
「あはははは! 楽しそう!」
「あ⁉︎ おいコラ、ユウキ!」
なのだが、ユウキは我慢出来ないとばかりにコボルドロードへ向かって突っ込んで行く。当然HPは半分近くまで削れているとはいえいきなりセンチネルを一人で相手をする事になった俺は、
「うおっ⁉︎ 危ねぇ! つーか、コイツを一人で相手すんのかよ⁉︎ 面倒くせぇ!」
大上段から振り下ろされた斧槍を逆手に構えた短剣で受け流すと、センチネルの振り下ろした腕を左手で掬い上げる様に掴み、巻き込む形で体を百八十度回転させる。
そして、
「あらよっと!」
一本背負いの様に地面に叩きつけた。当然、モンスターに受け身を取る事など出来ず、背中から思い切り迷宮区の床に突っ込む。
そして、チラリとユウキの姿を確認すると、
「あははははは! 楽しい!」
……めちゃくちゃエキサイトしていらっしゃった。
ディアベルに向いていたタゲを強引に奪い取ってコボルドロードを相手取っている。
初見であれば見抜けない筈のカタナ専用ソードスキル《浮舟》を易々と躱しながら背後に回りコボルドロードの背中に連撃を叩き込む。
「あーあ、もうどーなっても知らねぇからな!」
素早くセンチネルの鎧の隙間、胴鎧と兜の僅かな間に短剣を差し込み一撃を入れて仕留めると、出せる限りの最大速度でユウキの元まで向かう。
「キリト! そっちは任せる!」
「ッ……、分かった!」
キリトにすれ違いざまに一言。アイツは状況を一発で理解するとそう返してくれた。と、言ってももう俺達の分のセンチネルは既に殺しきっているのであくまで抜けるぞってだけの報告なのだが。
そしてユウキの元へ駆けつけるや否や、地面にへたり込みユウキの戦いっぷりを呆然と見ているディアベルの首根っこを掴み、後ろへと放り投げる。
「邪魔だ! 余裕があるなら他の奴を回収しろ!」
「あっ……ああ!」
俺に言われて意識を取り戻したのか、弾かれた様に頷くディアベルを放って置き、ユウキの戦闘に強引に介入する。
「あーっ! キアラ、ボクの獲物だよ!」
「フロアボス相手に何言ってやがる! ほら、さくっと仕留めるぞ!」
「ちぇー。まぁいいや!」
二人組の殺人鬼による猛攻が始まった。
俺たちの戦いはこれからだ……!
冗談です(笑)
出来たんで投稿しましたー。