西暦2032年、ムーンセル・オートマトンという人類以外の技術で作成された観測機が月面で発見される。その性能は、人類の常識を遥かに超え、万能の願望機とまで呼ばれるほどだった。人々はその万能の願望機を求め、ムーンセルが構築する霊子虚構世界「SE.RA.PH」へとアクセスを開始した。
そこではムーンセルが最も相応しい担い手を選別するための儀式が開幕していた。ムーンセルは、異なる時間軸をも観測可能なため、ある世界線で行われた聖杯を求めた7人のマスターと7人の英霊によるバトルロワイヤル。その名を聖杯戦争。
その儀式を元に、トーナメント形式で最強を決める月の聖杯戦争。
参加者は、魔術回路を持ち、己の肉体や魂を霊子化し、ムーンセルのる霊子虚構世界「SE.RA.PH」にダイブした。
集まった128人のマスター達をふるいにかける無慈悲な催しが開催され、まず初めに記憶や自我を奪われ、それぞれが与えられた役割にしながらも日常に違和感を感じていた。
そして、それが最初の試験であり、彼らは4日の間に自分自身で、奪われた己を取り戻さねばならない。
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そんな試験で4日目。ほとんどのマスター達が試練を乗り越えたのにもかかわらず、残された一人のマスター。
金髪のショートカット、赤ふち眼鏡をかけた少女が居た。彼女は深く絶望した表情で、立ち尽くしていた。彼女は酷く慣れた様子で、試練を最終段階までクリアしていた。
彼女の前には、最後の試練であるどこぞの英霊を象ったであろう赤い外套を着た疑似サーヴァントが武器を持って立っていた。それを打倒してこそ、聖杯戦争の参加資格を得るのだ。
だが彼女はこの試験をクリアーできない。これを打倒しようとすれば、当然、サーヴァントが必要だ。だが可笑しなことに、彼女の手には令呪が現れないのだ。令呪無くしてサーヴァントは呼べず、サーヴァント無くしてこの
試練は突破できない。
この試練の前の障害は、彼女の力で如何にか突破できる。けれど、この赤い外套のサーヴァントだけが突破できない。
(うふふ、もう何度目かしら、こいつに阻まれるのは)
彼女は、力なく俯いてしまった。どんな手段を講じても、サーヴァントは召喚できない。何度繰り返しても、何度やり直しても、彼女に未来はない。通常であれば、マスターに最もふさわしい英霊が召喚されるのが月の聖杯戦争だ。けれど彼女の召喚には誰も応じてくれない。
まるで初めから誰とも縁が繋がっていないかのように。
「もう、いや、なんで、私だけ」
一歩一歩赤い外套が迫ってくる。両手に持った白と黒の短剣を彼女に振り下ろす為。あの武器の切れ味は知っている。もう何十何千何万と切り裂かれたのだから。
普通ならその場で脱落するのが運命だ、試練を超えられなかったとしてムーンセルに削除されるだけの運命。だが何の因果か、彼女は消滅するたびに同じ時間をやり直していた。
目を覚ませば、学園生活の一日目から始まる。そして、同じ日常を繰り返す。彼女の記憶は、消えない。気が狂いそうになりながら同じ日々を繰り返す。自分がマスターでありウィザードだという事はわかっていた。
実力としては普遍的で、特徴のない程度。繰り返していく日々の中で、試行錯誤を繰り返し、どうにか試練を突破しようと足搔いた。
けれど一度たりとも令呪が宿ることはない。どいう訳だろう。何十回ものチャレンジに疲れ、参加を諦めたこともあったが、校舎が削除される現象に巻き込まれたものの、また目が覚めると一日目からやり直し。
多少日常に変化もあるが、どうあっても彼女の死は確定で、避けられない。酷い時など、校舎にいるのにもかかわらず、赤い外套のサーヴァントが現れて、彼女を串刺しにしたこともあった。
狂えるものなら狂ってしまいたいが、狂っても一日目になれば、正常な状態で元に戻ってしまう。
おそらくムーンセルがバグってしまい、それに彼女は巻き込まれているのだろう。クリアーできないならまだしも、一歩も先に進めない悪夢に囚われた彼女。
「けど、こうしてなんどもダンジョンに足を運んでしまうのは、なんなのかしら」
無駄だと分かっている。私にサーヴァントは召喚できない。けれど、諦めきれない。生きる事を諦められないのか、立ち止まりたくないのか。
ただし何時も、死の間際、消滅する寸前に聞こえた気がする声。それを信じているからだろうか。
――――
「ぐ、ふぅ」
何度も迫る刃。それらが彼女を引き裂き、血塗れになった彼女が地面に横たわる。それを見て疑似サーヴァントが足を止める事はない。確実に息の根を止める事だけを目的として。
自分は前世で、この英霊と悪縁でもあったのだろうかと自嘲してしまう。
「うふふ、もう、いいわ。好きにして」
何度目かわからない諦め。身を投げ出し、これから解体でもされるのだろうか。また振り出しだ。一度くらい五日目の朝日を拝んでみたいものだ。それも結局は、ムーンセルの生み出した疑似太陽ではあるけども。
死の刃が容赦なく振り下ろされる。目を瞑り、一時の死を受け入れた少女。その少女が瞳から流した一粒の雫。 それは、彼女の頬を伝って地面に吸い込まれる。彼女の流した血と混ざりあったそれは、突然眩い光を放った。
「?」
ーーーーーーーーーー―
「何故お前がこんなところにいるマスター? ん? え? まさか、お前!?」
死の刃が来ない。いつまでたっても来ない痛みと、聞き覚えのない男性の声。そして、凄まじい衝撃と音が響き、少女は目を開けた。
彼女が見たのは、黒いの髪と赤い瞳、灰色の外套を身に纏った男。彼は、酷く驚いた表情で自分を見ていた。そして、彼の驚きに呼応するように少女の右手に、ウロボロスと十字架の令呪が刻まれた。
「だ、れ?」