ブレイカーを伴ってアリーナへと足を運んだセレアルト。校舎の中にあるとは思えないほど広大なフィールドが広がっており、一面全てが海のようだった。
「す、っごい」
「眺めはいいな。だが、気を抜くなベアラー。何かいるぞ」
ブレイカーが敵意を感じ取った方向を見れば、電子で構成された鳥のようなモンスターが現れる。それは、二人目掛けて飛来する。
「エネミー!?」
「これがか」
セレアルトがエネミーを見て驚いているが、ブレイカーが手刀でエネミーを粉砕してしまう。軽く一撫でで砕け散った存在に、ブレイカーは拍子抜けする。一体を破壊すると、それで警鐘でもなったのか次々にエリア内のエネミーが集まってくる。
その様子にセレアルトは困惑する。
「こんなの変よ。エリア内全部のエネミーが集まってくるなんて」
「そういうものじゃないのか?」
「誰かが人為的にやってるとしか思えないわよ」
明らかにセレアルトとブレイカーを狙って次から次に訪れるエネミーたち。
「むしろ、一か所に集まるなら、好都合だろ」
ブレイカーがセレアルトをそう言いくるめると、一気に駆け出し10体近いエネミーが瞬時に解体される。あまりの処理速度の速さにセレアルトは指示を出す間もなかった。元々サーヴァントの敵ではないと言え、数が多くなればそれだけ処理にも手間取る。それがエネミーだ。
だが、数など関係ないとばかりのブレイカーの戦闘力にセレアルトが脱帽する。
(速い。ていううか、やっぱり滅茶苦茶強い。このサーヴァント)
普遍で平凡な自分には、似つかわしくないサーヴァントに何故か、言い知れぬ恐怖と期待の両方を感じる。だがアリーナの空気に触れられただけでも良しとするべきか。
「怖気づいたなら、一回外に出て、深呼吸してから入り直すか?」
「待って待って。アリーナは一回入ったら、一日が終わっちゃうから! さっき神父さんも言ってたじゃない」
「わ、悪かった。これだけ秩序じみた聖杯戦争なんて、今までなかったから、勝手が違うんだな」
(このサーヴァント強いだけで、超絶アナログ人間だ。私がしっかりしないと、うっかりルールで負けかねない)
一度入ったアリーナには二度と入れない。そういうルールは確かに聞いていた。だがオートロックの部屋を借りたとして、カギを忘れたまま外に出た経験はないだろうか? 言うならそれをブレイカーはやっていた。
本院としてはふざけて居るつもりは皆無だったのだが、セレアルトの中で彼の評価が少しづつ、減点されていく。
失敬失敬と苦笑いするブレイカー。正直言って、電脳世界の法則やルールなど門外漢にも程がある。けれど、彼はサーヴァントとして一番大切な仕事はしていた。
「さて、お遊びはここまで。ベアラー、サーヴァントの気配だ。奥で待ってるな、これは」
「もう!? 畳みかけるように来すぎじゃない」
距離としてはかなりありそうだ。
「進むかベアラー。どのみち、進まなきゃならない一方通行だ。相手の出方を見るチャンスでもある」
「サーヴァント同士の戦い……」
サーヴァントに殺され続ける経験からか、一層怯えるセレアルト。しかし、ブレイカーの意見には賛成のようで二人で慎重に前に進む。先程ブレイカーがエネミーを破壊しつくしたことで、安全に歩みを勧められた。途中途中で食品やら素材やらが入ったカプセルの様なものもあった。それをセレアルトが回収しながら、進むと、学校の校舎4つほどの広大な大広間のような場所にたどり着く。
最深部には、見るからにトリガーキーらしき物体が浮遊して安置されており、その前に青い髪の男子生徒が意地の悪い笑みを浮かべて立っている。
「やぁ。君が僕の対戦相手のセレアルトだね?」
「っ」
普段なら聞こえないであろう距離だが拡声の魔術でも使っているのか、男子生徒の声が響き渡る。セレアルトは答えない。だがその怯えが目に見えたのか彼は得意げに話を続ける。
「君があんまり遅いから、トリガーキーはゲットしちゃったよ。まぁこれが才能の差って奴だね。何をするにしたって、凡人と天才じゃ差が出ちゃうんだ」
「どうするベアラー。あの海藻頭の坊主、ぶん殴ってやろうか?」
「確かに~、わかめっぽい」
「聞こえてるぞ!! ふん、まぁいいや。天才の僕と戦う事になって不安だったと思うよ。だからせめてもの慈悲に、君の苦しみを減らしてやろうと思ってさ」
ワカメ頭の男子生徒は、まるで劇のように大げさにふるまう。
「僕のサーヴァントが君らの聖杯戦争を終わらせてやるよ。6日間も死の恐怖に怯えないようにさ。お前らは、僕らが居る限りトリガーキーに触れる事も出来ない。ならゲームオーバーも同じだろ? だから、ここで死んじゃえよ」
「まるで、三流の悪役だなシンジ」
彼がそういうと、彼の傍に銀の軽鎧を纏い、槍を持った緑の髪をした美丈夫が現れる。
「サーヴァント!」
一目見ただけで、戦闘の素人であるセレアルトにも理解できた。対戦相手のサーヴァントは、とてつもない怪物だという事が。その姿と漂う気迫から、生半可な英霊じゃないと、肌で感じたセレアルト。脇目も振らずに、体が逃げ出そうとしてしまう。腰が抜けなかったのが奇跡だった。
その際に、無意識に自分のサーヴァントの裾を掴もうとするがブレイカーは一歩前に出てしまう。早く逃げないとと伝えようとした時。男子高生の真横にいたはずの英霊が消える。
(消えた?)
実際消えたのではない。500mはあろうかという距離を、音より早く駆け抜け、接近してきただけだ。マスターどころか、一流の英霊でさえ反応できない俊足だが、彼にとっては少し駆けただけ。そして、サーヴァントは自分を見失っているセレアルト目掛けて、手に持った槍を振るう。文字通り一撃必殺。彼女の首を切り落として片が付くはずだった。
ーーーーーーーーーー
「ひっ」
ブレイカーが彼の槍を素手で掴まなければ、だが。
セレアルトに迫った不意打ちを、ブレイカーは、掴み取ることで無力化。さらに槍を両手でつかみ、槍ごと俊足のサーヴァントを放り投げた。
投げられたサーヴァントは、空中で体を捻って着地。顔を上げ、ブレイカーを見定める。
「ハッ。いい反応速度だ。何処の英雄かは知らないが、多少腕に自信があるみたいだな」
「初っ端からダセェ真似してんなよ。ま、あんな小物に従うくらいだ。所詮有象無象の田舎者か。俺の相手をするのが怖いんだろ? なら好きなだけ担い手を狙うがいいさ。届かないだろうがな」
ブレイカーが自分を見定める目に対して、落胆したような目でそう返す。その答えが心底気に入らなかったのか、サーヴァントの表情には怒りが浮かび上がり、その槍をブレイカーに向ける。
「いいぜ。良く吠えた。真の英雄、真の戦士というものをその身に刻んでやろう!」
「ば、マスターを狙えって」
「シンジ、お前は黙ってみてろ!!」
マスターの指示を無視して、槍を持った英霊が先程の数倍の速度で駆ける。走っただけで衝撃波が発生し、圧倒的な速度でブレイカーの喉を突き刺そうとする。
(なんて速さだ。化け物かこいつ)
(こいつ)
ブレイカーは首に迫った攻撃を、横に首を逸らすことで回避し、蹴りを繰り出す。ブレイカーが想定以上の反応速度で動いた事で面喰い、その蹴りを食らいそうになり、槍で受け流す。両者ともに後ろに飛び、相手を見据える。
今度はブレイカーが地を蹴って超高速で駆け出す。そのスタートダッシュの速さに、先を越される。一気に距離を離され、ブレイカーの進行方向を見れば、其処には自分のマスターのシンジが居た。
「てめぇ!」
あれだけ言っておきながら、マスター狙いの攻撃に走ったブレイカーを追って、駆け出す。その速度たるや、ブレイカーの3倍近いものだった。
ブレイカーがシンジの前に移動し、手刀を振るおうとすれば、俊足のサーヴァントが彼を追い越し、蹴りを叩き込んでくる。シンジへの攻撃を俊足のサーヴァントの迎撃に回したブレイカー。
(シンジへの攻撃は、フリか)
(冗談きついな、追いつきやがったぞ)
蹴りと手刀がぶつかり、容赦弾かれる。そして、床や壁を足場に加速。俊足のサーヴァントは今まで以上に高速で移動。ブレイカーも強化スキルで俊敏性を極端に上げ、速度を上げながら彼の半分ほどの速度まで達する。二人が走るだけで地面や壁が砕け、人間の目どころか、銃弾をはっきりと映すスーパースローカメラですら二人の影も映らない。
それほどまでに加速した二人は、何度も衝突を繰り返しながら広大なフィールド全域を使って戦う。緑と灰色の閃光が火花を散らしている。
そんな場面を見て、シンジとセレアルトは、何もできなかった。彼らの思考速度よりもはるかに英霊達の闘いが早い。口を挟むどころか視界にすら入らない。
文字通り、神速の戦いが繰り広げられる。しかし、セレアルトだけは、徐々にだが二人の闘いが、視えはじめる。眼鏡の奥の瞳が、二人の動きに慣れ始めていく。そして少しだけ瞳の色が七色に変化し始める。
(なんだろう。体中が熱い。血がどんどん熱くなってる。けど目が離せない)
そんな中で、さらに速度を増した俊足のサーヴァントに完全に後れを取ったブレイカーが手痛い一撃を食らう。恐ろしい速度の乗った跳び蹴りを食らい、両腕でガードするも吹き飛ばされ、シンジの傍の壁に激突する。
「ふ、はははは。良い駆け比べだったな。久々にいい運動になったぞ」
「やったのか、さすが僕のサーヴァントだ。はは、え? えぇ、うぁあああ」
ブレイカーを吹っ飛ばしその手ごたえに、彼の死を感じ取った俊足のサーヴァントが笑う。しかし、土煙の中から出てきたブレイカーは、至か所に傷を負いながらも、戦意が消えていない。
「おい、ワカメ坊主。さっきなんて言ってた?」
「ひぃい」
ブレイカーは、隣で腰が抜けているシンジに質問をする。
「『お前らは、僕らが居る限りトリガーキーに触れる事も出来ない』って言ってたよな。取ったぞたわけ」
ブレイカーは手元にトリガーキーを所持していた。そして、得意げにシンジとそのサーヴァントに笑みを浮かべる。はなから、ブレイカーはサーヴァントの打倒など考えていなかった。あるのはトリガーキーの確保と担い手の保護のみ。
それをまじまじと見せ付けられ、俊足のサーヴァントが駆け出そうとするが、アリーナ中が警告音を発生させ、シンジとサーヴァントとセレアルトとブレイカーを障壁で分離する。
「セラフに感知されたか。くそ。この勝負、預けておくぞ灰色のサーヴァント! シンジ、移動するぞ? 歩けるか?」
「肩貸せ、腰が」
サーヴァントに肩を借りてシンジは、アリーナから転移する。ブレイカーは、彼らが居なくなると同じく腰が抜けて座り込んでいるセレアルトの傍まで歩いて、ぶっ倒れた。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫な訳あるか。単独行動スキルの限界まで魔力使って、競り負けた。速いにもほどがある、なんだあいつ。ふざけやがって」
今出せる最大限のパフォーマンスでも、相手のサーヴァントに競り負けたことが腹に据えかねるブレイカー。だがセレアルトにキーを渡しながら、相手の脅威度が想像以上で困り果てる。アルカがマスターであれば、負ける通りはない。
けれど、今の担い手には、無理をさせられない。使える手札と相談が必要となった。
「けど、ブレイカーも凄かったよ? 私、もう駄目だと思ったのに、貴方は、一人で全部勝ったんだよ」
カードキーは手に入れたし、マスターは死守した。それ以上の戦果はないだろう。意外な慰めの言葉に、ブレイカーは上半身を起こして、セレアルトの頭に手を置く。
「ベアラーの前で戦うんだ。多少無理してでも足搔くのがサーヴァントってもんだろ? あいつの対策は追々考えようぜ。帰ろう」
「……うん。うふふふ、そうだね」
何処か惚けたようなセレアルトの様子に気がつかず、ブレイカーは彼女と共にアリーナを出るのだった。