アリーナを抜けた二人。
自分たちのマイルームへ向かう途中。セレアルトは、チラチラと自分のサーヴァントを眺めていた。ブレイカーはそれに気がついてはいるが、意図が解らずさせるがままになっている。
「やっと休息できるな」
「いろいろあり過ぎて、もうクタクタだわ」
ブレイカーは部屋に何故か置いてあるタクシーの座席を倒して寝転がり、セレアルトもベッドに横たわる。
そんなタイミングで、マイルームに何かが転送される。
「ん?」
「なにかしらこれ、えーと言峰神父から、渡し忘れていた端末だって」
セレアルトは、転送された端末を手に取ると、それを操作して画面をブレイカーに見せる。
「何々、一回戦の対戦相手は、間桐シンジだと? 先に渡せよ。もう戦っちまってるよ。あの神父殴りに行くか」
「そんな気力、ありません。けど、本当にどうしようか」
今度の目標として、シンジのサーヴァントの攻略は必要不可避。幸いにもブレイカーは、あの上級を超えてもはや最上級のサーヴァント相手にも立ち回れる実力がある。
とはいえ、今回は間違いなくアリーナの時間制限に救われたのは、間違いない。続けていれば、敗北は必至だった。
「あの英霊の正体を探るしかないな。何度かアリーナに足を運んで戦闘もやむなし」
「けど、そんなことをしたら、ブレイカーの情報も相手に」
どちらか一方だけが情報を得られることなど皆無だろう。こちらが情報を得たなら相手も何かしらの情報を得るはずだ。それは正しい。だが、情報戦においてブレイカーの存在は最強のカードだ。
「異世界の英霊の俺の情報を得た所で、何の得にもならんよ」
「あ、そっか。というか、貴方の真名って何なの?」
セレアルトは真名を明かしてくれと言うが、ブレイカーは首を横に振る。
「なんで?」
「情報戦が重要な聖杯戦争だからな。ベアラーもヒントはやるから、真名を当ててみな。難易度は高いぞ。当てたらご褒美をやるよ」
少し意地悪をしてしまう。だが、聖杯戦争は、セレアルトの戦いだ。彼女自身にも戦う力は必要だ。
「うーん。ヒントって?」
普通のマスターなら怒ってもおかしくない態度だが、セレアルトはそのゲーム性に惹かれたのか、ヒントを求める。
「そうだな、直接的なものじゃなければ、質問に答えてやるよ」
「じゃ、昔は何をしていた英霊?」
ギリギリ直接的じゃない質問だなとブレイカーは、どう答えるべきかと悩む。だが、ふと自分の乗っている物を思い出し意地悪な笑みを浮かべる。
「タクシー運転手」
「はぁ!? 意味がわからないわよ! 何そのヒント!? そのタクシー、そういう意味なの? ならライダーで現界してよ」
事実である。事実ではあるが、限りなく意地悪な答えだ。タクシーの運転手をしていた英霊など、誰が想像できるのか。正確には英霊になってから、やっていた仕事なのだが、間違いではないので訂正しない。
頭を抱え、必死に情報を処理しようとしているセレアルトを見てブレイカーが笑う。
アルカは無表情が多かったが、セレアルトはやけに表情が多い。その変化が面白かった。
ーーーーーー
結局、真名は、セレアルトに解けなかった。なんならネットの検索までしていたが、タクシー会社に詳しくなるだけだった。
「ねぇ、嘘なんでしょ? タクシーの運転手って、からかってきただけよね?」
「事実」
「意味わかんない……」
お遊びで空気も和んだことで、ブレイカーは少し真面目な表情で、セレアルトと向き合う。
空気が変わった事をセレアルトも感じて、ベッドに座ったまま彼を見つめ返す。二人の視線が重なったタイミングで少しセレアルトが恥ずかしそう視線を外す。
「そろそろ、お前の事も話してもらおうか。最初に言っておくと、俺はお前の身に起こった事は理解している。繰り返しの4日間をな。できればそれ以前の話を頼む。素性とか、聖杯に掛ける願いとかな。担い手がどんな人なのかを知っておきたい」
「ん、そうだよね」
セレアルトは、自分の身の上話を始めた。
元々、グッドフェロー家は、妖精と縁のある魔術師一家で、迷宮探索を生業とした細々とした一族だったと言う。だが、世界から神秘が消え去り、必然的に没落の憂き目にあった。そんな一族で久しぶりに生まれたのが彼女だという。神秘亡き世界で妖精眼という一種の魔眼を持って生まれたことで、大きな期待を受けていたのだが、彼女は至って平凡だった。
特に優れた所がない、普遍の化身のような存在だった。次第にかけられた期待は、重荷にしかならなくなり、彼女は現実から逃げるようにゲームなどに逃避。
だが、ある日、月の聖杯戦争についての情報を得た。完全に興味本位で参加してしまった。そのせいで地獄を味わうことになり、今に至るのだ。
「聖杯に願いってよく考えたら、なかったかな。ただ死にたくない、生きたいって想いしかなかったから」
聖杯に捧げる願いなどない。そう言った担い手に、ブレイカーは苦笑する。どうも自分を召喚する人間達は願いを持たない運命らしい。むしろ、願いを持たない事こそが、自分と言う英霊を召喚する最初の段階なのかも知れない。
「ブレイカーは、願い事あるの?」
セレアルトの質問に、ブレイカーは頭をひねる。そもそも彼に願いはない。何故なら前回の召喚で願いは叶ったのだから。
「俺は、ムーンセルの調査が目的だ。聖杯戦争もその手段に過ぎない。願いか。願い? うーん、ないな。聖杯戦争に勝ったら、俺の願いの権利もお前にやるよ。よかったな。それまでにいろいろ考えておけ」
「願いの権利くれるって、そんなこと言われても」
殺し合いの場に、特にメリット無く参加するブレイカー。願いの権利をくれるという存在に、困惑しない訳がない。
「何でもいいんだよ。願いなんて。なんなら、優勝してから考えたって良い。今後の楽しみの一つだな」
「そ、そうかしら?」
願いがないのなら、【どうして自分を助けてくれたのだろうか?】。その疑問がセレアルトに生まれてしまう。けれど、ブレイカーはその手の質問には答えをくれない。
ーーーーーーーーーー――
夜になり、セレアルトが熟睡すると、ブレイカーは静かにマイルームを出て、図書室に向かっていた。肩や首を動かしながら、昨日の戦闘でのダメージを再確認する。一応支障はないが、次はどうなるかわからない。
「情報収集ね。知識面で頼りないのは、俺の沽券にかかわる」
だてに二種免許取る際にテストを一発合格した訳ではない。勉強する時間がなかっただけで、自分は馬鹿ではない。そう自負しているブレイカー。だが、血のにじむような勉強はした。マスター達にばれないように夜中に。
知識面でのハンデを補うために、夜中の図書室に入ったブレイカー。いくつかの本を棚から取り出し、SE.RA.PHについてや、現代版の魔術師であるウィザードについて、などなどを唸りながら勉強していく。
ある程度知識を集め終え、少し休憩するかと漫画でも読もうかと思った時だ。
ポンっと彼の胸ポケットが光る。
「SE.RA.PHの中でも手紙って届くんだな。スゲーな第六魔法」
手紙を見れば、マスターであるアルカの手紙だった。内容は、彼女の娘が、小学校に通うようになったという報告だった。曾祖母に送るような手紙だが、元気にやっている家族たちの現状を知れるのは嬉しくあった。再び手紙をむなポケットにしまいかけて、ふと手紙の端に了解と書いて、ポケットにしまう。
すると、ポケットに入れた手紙が消える。
「嘘だろ。これ、送る事も出来るのか? いや、俺のポケットどうなってんるんだ」
自分のポケットを覗くが、普通のポケットだ。だが、冗談でやったため、簡素な返事になってしまったことを後悔する。どうせなら、こちらも手紙を書けばよかったと思うが、かれこれ一度も手紙など書いたことがない。
手紙の書き方がわからず、図書室に手紙の書き方の本がないかと席を立って探していると、図書室の棚の影に青い髪の小さな少年が居た。彼は忌々しそうに棚の上を眺めている。
「これか?」
ブレイカーは背が足りなくて取れないんだろうと思い、代わりに取ってやることにした。手に取った本は、シェイクスピアの著書であった。それを渡すと、少年は不機嫌そうな顔をしながら、とんでもなく渋い声で話す。
「誰が取ってくれと頼んだ? だが、取ってしまったものはしょうがない、俺が代わりに受け取っておこう」
「男のツンデレは、誰も喜ばんだろうに」
「それに関しては激しく同意する。だが、俺の態度をツンデレなどと一緒にしてくれるな。俺はただ、性格が悪いだけだ。ツンデレなんぞというあざとさと同意されるのも腹立たしい」
「左様か。性格の悪い餓鬼が、こんな夜中に一人で何をしている」
ブレイカーはやけに喋る奴だなと思い、保護者はいないのかと尋ねるが、彼はそんなものいるはずがないだろうと答える。
「図書室でやることなど読書だけだろう。だが、お前の質問の真意に対して答えるなら、夜はあのメロン峠がやかましくてな、うるさいだけならまだしも巻き込まれてはかなわん。故にこうして時間を潰しているという訳だ。たわけ」
「ならお前も静かにするんだな」
「それに関しては失敬。つい声を張ってしまった。反省する。ん? お前の持っている本なんだそれは? 初めてのお手紙の書き方(小学生編)? これはお笑い草だ。英霊にもなった人間がそんな本をいまさらなんで読もうと思った」
よくしゃべる渋い声の少年とブレイカーは席について本を読みながら、たわいのない会話を続けることになった。ブレイカーは、家族あての手紙を書こうと思ったが書き方がわからないと正直に答えた。彼はそれを聞いて、面白いものを見た顔をする。
「俺は、100パーセント想いが伝わる恋文を書くのが得意だ。それをお前に伝授してやろうか?」
「恋文に興味はないな。相手、既婚者だし、そもそも家族だ」
「たわけ。そこは込める想いによって融通が利く。俺も暇をしている、特別に教えてやろう」
「ふむ。興味はあるな。あんた、物書きかなんかの英霊だったのか」
少年がサーヴァントなのは間違いない。だが、明らかに戦闘向けの英霊ではないだろう。ブレイカーと比べるべくもなく、なんなら通常のマスター相手にも負けるほど弱そうだ。
「何なら名乗っておこうか、異世界の英霊よ」
「何処で、それを察したんだ」
そんな話をした記憶がない。なのに、正体に迫るこの英霊に興味が湧くブレイカー。彼はブレイカーの読んでいた本を見れば一目瞭然だと告げる。いわれてみれば、明らかに世界の常識を読み漁っているのだから、当然か。
「真名は、気安く明かすな。サーヴァントなら、最初から最後までマスターの味方であるべきだ。自分からマスターを不利にするような行動は慎むんだな」
「……意外だな。お前は、そういうことを気にするサーヴァントだったのか。いや、なに、お前の言葉と信念は正しい。サーヴァントが誰の味方か。と言えば当然。マスターの味方だ。そうだったな」
そういって、サーヴァントによる、手紙に書き方講座が開催された。
そうして簡単に一夜が明けたのだった。