シンジとの戦いを終え、その後のいざこざも乗り越えたセレアルトたち。マイルームに戻って仮眠を取り、回復に努めていたのだが、セレアルトの様子がおかしかった。
人を殺したという罪悪感と、別に懸念する問題のせいで、表情がずっと曇っている。ブレイカーが出してくれたプリンも手が付かない。
人を殺したことはあっても、特に何も感じなかったブレイカーは、セレアルトの中に渦巻いている感情を察する事が出来ない。
「何か悩みがあるなら聞くぞ?」
「大丈夫。けど、ごめん。少し、一人になりたいし、風に当たりたいから、散歩してきていいかしら?」
いい筈がないだろう。この校舎には、遠坂凜のような平気で戦闘を行う異常者が居る。そんな魔境に担い手一人を放り出すなど、正気の沙汰ではない。
「……好きにしろ。何かあれば令呪を使って俺を呼ぶんだぞ」
「うん。ありがとうブレイカー」
セレアルトは夜の校舎に散歩に出てしまう。
正気ではない。だが、元々月の聖杯戦争自体が正気の沙汰じゃない。ブレイカーはセレアルトが一回戦を勝ち抜いたことで、一人の魔術師として認める事にした。自分が守るだけではない。彼女が考え選ばなければいけない。
何があったかは、アキレウスの相手をしていて全部は把握できていない。だが、格上のシンジを相手に戦い、マスター同士の対決では完全勝利していた。
正直言ってあの展開は想定外もいい所だった。そして、セレアルトは、明らかにシンジを甚振って遊んでいた。それもおもちゃで遊ぶ子供のような表情で。
「恐ろしくも、頼もしい担い手になったな。己の中に眠る、獣を解き放つのか封じ込めるのか。それはお前が決めたらいい」
普通のサーヴァントなら、セレアルトという存在を知っている者なら、彼女に起こった変化を見て即座に彼女を排除していただろう。しかし、ブレイカー、アンゴルモアだけは、彼女がどう変化しようとも受け入れる。
どうなろうと止められるからではない。彼女よりも罪深きがアンゴルモアであり、彼女の罪を唯一赦せるのが彼だからだ。
ブレイカーは、もしもの戦闘に備えて泥のように眠った。
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一人誰も居ない校舎を歩いて行くセレアルト。どうしても自分の中で整理がつかず、気分転換がしたかった。その衝動のまま、校舎を出て教会近くのベンチに座る。
SE.RA.PHの用意した夜空を眺め、セレアルトは、力なく背もたれに体を預ける。
人を殺した。子供を殺してしまった。自分が死にたくないという思いだけで。そして、湧き上がる衝動のまま、相手を甚振ってしまった。なんて残酷な行為だったろうか。敗者を蔑み、弄ぶ鬼畜の所業。それに嫌悪感を感じ、眉を潜めたくなる。吐き気がし、自殺してしまいたいほどの罪悪感に苛まれる。
だが、同時に体中に走る電流。あの時のシンジの顔。苦しみ嘆く声を思い出すだけで身震いするほどの快感が沸き上がってくる。これは一体なんだ。心が拒もうとしているのに、体や魂は、それを悦として受け入れてしまう。
その熱は心を溶かし、どうしようもない衝動に駆られる。油断すれば、この校舎にいる全員に対しても、この加虐性を発露したくなる。
もし、ブレイカーに命じてSE.RA.PHを破壊すれば、今残った70人近いマスターやサーヴァントたちは、全員シンジと同じような顔や声で鳴いてくれるだろうか。それを想像する。してしまう。
気に入らない遠坂凜はもちろんの事、ラニやありす達の苦悩に歪む顔はどうだろう。胸が躍るに違いない。想像だけじゃもったいない。ぜひとも、試してみたい。
(だめ、だめ)
両腕で体を抱きしめ、湧き上がってくる黒い悦楽を抑え込もうとする。だが、わかってしまう。これが私の本性だと。普遍で平凡で、退屈な自分の中にある、確固たる異常性。
それが全てだと思いたくない。だが、自分の中に、吐き気を催す獣が居るのは間違いない。その獣の誘惑は抗いがたい。
セレアルトの思考が、少しづつ、中からあふれてくる衝動に染まりそうになる。
「呑マレチャ……ダメ。クスクス」
「ひっ」
何かに変質しかけていたセレアルト。彼女をベンチの背後から赤い巻き毛におどけた表情の仮面をつけ、ピエロのような恰好をした瘦身の女性が抱き締めそう言った。突然背後から抱き締められたセレアルトは驚き、振り返る。すると、ピエロのような女性は、全く表情の読めない目でセレアルトを見つめる。
血など通っていない。全くの無機質な目。その恰好と動きから、普通の人なら彼女を恐れ避けるだろう。けれど、セレアルトは、彼女に瞳を見た時、その奥に眠る深き、大きな愛情を感じ取った。
そんなことは不可能だ。彼女はまごうことなき狂人。だがセレアルトの持つ妖精の血は、人の本質を見抜いてしまった。
その人の中にある狂気の中でも、彼女を人間足らしめている深い慈愛に、セレアルトは涙を流してしまった。その涙を見て、ピエロの女性はセレアルトの隣に腰を下ろし、涙を拭った。
「お姉さん。助けてくれてありがとうございます。本当に危なかった。……その恰好、ランルー君ですよね?」
「ボク、ランルー君。君ヲ見テタラ、オ腹ガスイテキタ。オイシソウ」
「ふふ。私もお姉さんが美味しそうに見える。とってもとっても」
「スパイス、ハ、ナニガ、イイカナ。キイロイマスタード?」
「真っ赤なケチャップがいいかな。けど、私はプリンが好きよ。お姉さんみたいに優しい味のプリンが」
「クスクス。君、スゴクスゴク、キニイッタ。オイシソウ、オイシソウ。オナカイッパイタベタイ」
会話になっているのかわからない。けれど二人は、いたって普通に会話が成立してしまっている。二人で話していると、ランルー君が再び、セレアルトを抱きしめた。舌なめずりしながら、このまま捕食するつもりかとも思われたが、ポンポンとセレアルトの背中を叩き、赤子をあやすように接する。
セレアルトは、ランルー君の体温から、母親の温もりのような温かさを感じ、思わず抱き返してしまう。
そんな彼女を本当に気に入ったのか、ハグを続けながら宥める。そんな優しさに触れ、セレアルトが相談を始めてしまう。
「自分の中に、どうしようもない狂気が渦巻いてるんです。私は、それが気持ちいいと思ってしまった。溺れる事が快楽だと思ってしまった。必死に拒絶したいのに、どうしても拒絶しきれないんです。私は、怪物なんでしょうか? こんな狂った本性を抱えるなんて」
「ソレ、吞マレルト、人間ハ、モウモドレナイ! ソウナッタラオイシクナイ。トテモタベラレナイ。ケド、拒絶、トテモ、オナカガスイチャウ。カイブツ、カイブツ、ソウ、カイブツ。ダケド、君ハ、マダ、大丈夫。向キ合ウ、カナシイ。ケドトテモ大事」
長い袖に埋まった腕でセレアルトの後頭部を撫でるランルー君。狂っている彼女。だが彼女は、今にも狂いそうになっている少女に向き合ってくれた。それがどれだけ救いになるか。
「ありがとう。お姉さんに聞いてもらって、少しだけ気が楽になりました。私、セレアルトって言います。またお話聞いてもらってもいいですか?」
「クスクス」
彼女はピエロの仮面の奥で笑うだけ。けれどセレアルトには、またおいでと確かに聞こえていた。
少し、気分が晴れた。まだ何も解決していないが、ランルー君に相談できたことは大きな収穫だった。セレアルトは、ベンチから立ちあがって、恩人である彼女に手を振りながら別れを告げた。
セレアルトが一番相性のいい人登場