慎二の命運を握ったアルカは、必死にすがりつこうとする彼を無慈悲に見下す。
「私は、自分の家族のために人を殺す事に抵抗がないの。ウェイ……彼が人は極力殺さないように言うから殺さないだけ。
衛宮士郎なら此処で助けたかもしれない。あの人は救えるものは救いたいのだからね。間桐慎二は、喧嘩を売る相手を間違えた。それだけね」
「やめ、、たすけて」
死にたくないとアルカの手を掴むが、アルカは手の力を抜いていく。可憐な女性であるアルカの姿だが、慎二は死神に見えていた。
「そうだ」
「え」
「貴方を魔術師に変えた人物、そいつは何処の誰?」
アルカの質問に、慎二は答えられない。崇拝すらしている存在を売り渡す事に抵抗を感じるからだ。だが、自分の命が掛った状況で自分が秘密を護るとは、自分でも思っていなかった。アルトの名前を出そうとすれば、胸の令呪が激しく痛み、声帯が動かない。まるで何かに縛られるように、慎二の体は慎二の命令に従わない。
慎二の態度が、黙秘だと判断したアルカは少しづつ掴んだ手を離していく。
「……さようなら」
アルカは慎二の涙を冷酷な目で睨みつけながら、手を離した。アルカの性質は善ではない。倫理は、理解しているし殺人も望みはしない。だが、それはアルカが悪を嫌うからではない。彼女の意識が覚醒した直後の聖杯戦争。そこで情緒を取り戻し、学んだことがアルカの殺人に対する意識を決定づけていた。マッケンジー夫妻やウェイバー達が彼女を導こうとした事で、善を理解したからこそ自制しているのだ。
もし、運命が彼女を他の聖杯戦争参加者に導いた場合、彼女の未来は大きく変質していただろう。
「やだ、いやだあああああ」
慎二の悲鳴が、深い地下へと続く穴から聞こえる。だが、アルカは振り返らない。殺す必要がないとは思わない。監督役が居ない以上、慎二はリタイアできない。そして自分に恥をかかせた相手に、彼が報復を考えない筈がない。
どうやっても綾香と自分に向かってくるのなら、此処で殺しておくのが正解だとアルカは考えた。彼を魔術師にした人物の正体を知れない事は残念だが、知りたくないと言う気持ちも存在した。慎二の悲鳴が穴の底から聞こえなくなると、アルカはアンを連れてブレイカー達の所へ向かおうとする。
「うふふ、私に会いたかったんじゃないの?」
「!?」
『!?』
その背後で、黒い瘴気から現れた会いワンピースと金髪に七色の瞳を持った少女が気絶した慎二を浮遊させながら現れる。突然背後から現れた気配と声に、アルカが振り返る。その手にはコンテンダーが握られており咄嗟に引き金を引きそうになる。アンも突然現れた得体の知れない気配に、両腕を刃に変えて向かい合う。
しかし、自分の背後で浮遊する少女を見て手が止る。
「うふふ、私の顔に何か付いているかしら?」
「そんな、なんで、愛歌が?」
アルカは驚きのあまり、銃口を下げてしまう。何故なら、眼の前にいる少女は、10年前自分に綾香を預け、死んだはずの沙条愛歌そのものだったからだ。聖杯の泥に犯され、苦しみながらも綾香を救おうとした少女。その姿に心を奪われた。
自分と彼女の違いが知りたくて、沙条愛歌の遺体から魂と記憶を内包した。だが、彼女の遺体はあの後炎に包まれた筈。なのに、眼の前には10年前と変わらない姿で愛歌が居る。
「この姿? そうね、空っぽだった身体を借りたのよ」
「……まさか」
空っぽの体を借りたという発言。そして先程から感じる逃げ出したくなる恐怖。そして自分の中で反応する聖杯の泥や呪いが、身体を突き破ろうと暴れまわる。そこまで理解した上で、眼の前の愛歌が最悪の敵であると言う事実を否定したくなる。
「こうして実態を持って対面するのは初めてね。初めまして、私はセレアルト・マナリストン・ティターニア」
『セレアルト? それってアルカの』
「そうよアサシン。貴方がマスターだと思っている身体の持ち主が私よ」
セレアルトという名前は、アルカの正体であり彼女が否定する名前。その名前で彼女を呼べば、誰であっても激怒する程、嫌悪する名前だ。その名前を名乗る人物が目の前に現れたのだ。姿は、子供の頃のアルカに似ており、七色の魔眼を持ち合わせている。
まさに子供の頃のアルカと言った感じだが、アンには彼女の笑みと目が恐ろしく感じた。微笑んでいる姿は、誰もが心を奪われる妖艶さを持っているが、性質でいえば化生。サーヴァントである自分すら相手をしたくない程の、存在感を放つ。
「どうして、貴方が」
「うふふ、不思議? 10年前私は貴方に同化しようとした。けれど、あなたがこの世全ての悪を内包しようとしたのが想定外だったの。そして、直後に現れたブレイカーによって、この世全ての悪と私は消し去られた」
そこまではアルカの記憶にある。ブレイカーが泥の中で宝具を解放したのだ。
「本来消滅する筈だった私は、地上に流れた泥に意識を映していたの。そして消え行く寸前に、貴方が全てを吸い取った完全な器となった沙条愛歌、この身体を見つけた」
愛歌の身体を見せびらかすように笑うセレアルト。そこが野原などであれば、美し少女が自然と戯れている光景だろう。だが今は周囲に瘴気が立ちこめ、混沌としている空間。そこの主のように自由に動く彼女こそ、この世全ての悪なのだ。
「そこで私は、私を受け入れる器として愛歌の体を取り込んだ」
「……嘘」
「愛歌の体は極上の素材だったのよ。死体であったとしても私には使い道があった。私はこの地の竜脈に愛歌の体を保管しながら、徐々に修復して行った。そして5次聖杯戦争と同時に私は自由を手に入れたの。10年もの間、土の中と言うのは、結構退屈だったの。わかる?」
「今のあなたは、この世全ての悪? セレアルト自身?」
10年前に遭遇したのは、セレアルトの殻を被ったこの世全ての悪。だが、今目の前に居る存在は以前とは何かが違う。その違和感の正体をセレアルト自身が答えた。
「完全に融合したともいえるわね。正しくは、この世全ての悪を食べてしまったのだけれど。人間達の悪性や呪い程度で私がどうこう出来る筈ないじゃない。他に何か聞きたい?」
「ん。質問、綾香の令呪も貴方の仕業?」
セレアルトの話を聞きながら、アルカは聖杯戦争に彼女が深く介入した可能性を尋ねた。本来ならマスターは7人の筈、第四次は8人目だったが第五次は、異質すぎる。この冬木にセレアルトが寄生したと言うのなら、何かしている筈だ。
セレアルトの記憶は持って居ないアルカ。だが、眼の前のセレアルトなら何が出来ても不思議ではない恐怖を感じる。
「うふふ、ふふ、あははは。うん。綾香に死の呪いを掛けたのは私」
「……そう」
それだけきければ十分だった。セレアルトは悪だ。彼女が生きて居る限り、世界に災厄が広まる。ならその存在を一秒たりとも生かしてはいけない。本能よりも根深い世界の意思に従う様に、アルカが銃を向ける。弾丸は起源弾であり、どんな魔術を使おうが防ごうとすればダメージを受ける。そう判断して引き金を引く。予備動作のほとんどない発砲。
撃鉄が降りた事で発射された起源弾、進はセレアルトの眉間。命中すれば少女の頭部など、はじけ飛ぶだろう。それがたとえ愛歌のものだったとしても、アルカは躊躇しない。
「もうお話は終わりかしら」
「防いだ?」
予想ではセレアルトを殺せはしなくとも、ダメージ追わせる筈だった。だが音速を超える弾丸をセレアルトは、指先一つで完全に受け止め。首を傾げる。サーヴァントならまだしも、仮にも人間の身体で離れ業を決行するセレアルトに、アルカは恐怖を感じる。
だが、ここで仕留めなければとコンテンダーをキャリコへと変化させる。
「凶れ」
「痛、ぐうう」
キャリコの銃口をセレアルトに向けようとした時、彼女の魔眼が変化する。そしてセレアルトの言葉にしたがうように、アルトの左腕が突然ねじ曲がり、筋肉や骨を無視して肘から千切れる。激痛を感じながらも、右手に泥で精製した黒鍵3本を投擲する。
囲い込む様な軌道で黒鍵が飛び、セレアルトの首を狙う。こちらも少女の体では、かすっても首が飛ぶ。
「人間の力を使うことで、人間らしくしたいのは分かるのだけど。人間に私は殺せないわ」
「がふ」
『嘘、アルカ!?』
3本の黒鍵は、セレアルトには命中しなかった。彼女が指を弾いた瞬間、空中で回転する黒鍵は転移しアルカの右手と両足を貫通していた。痛みに膝をついた彼女を護るようにアンが前に出て、両腕の刃で襲いかかる。セレアルトは、アンの攻撃を上空に飛び上がる事で回避するが、木を駆けあがり迫るアンに首を切断される。
彼女の首を水銀の刃で切り裂いたアンは、アルカの傍に着地する。しかし、首を切られたセレアルトは傷口から泥があふれ出たかと思うと、すぐに首が癒着する。
「ひっど~い。首が斬れちゃったじゃない」
『化け物』
「貴方の護ってるそれも同じだと思うけど? ただ、人間に近寄りたくて弱体化してるようだけれど」
「何が、言いたいの、セレアルト」
身体に刺さった黒鍵を抜き、傷を治療しながらアルカが立ちあがる。霊体化できれば、左腕も回復するが、慎二の貼った結界は未だに効果を持っている。最悪の場合、ブレイカーを令呪で呼ぶ事も考えたが、何故かセレアルトはこちらに手を出してこない。
空中を自由に飛びながら、こちらの様子を見ている。
「私の体を好き勝手使われるのは気分が良くないの」
「……知らない。私は私。貴方に口出しされるいわれはない!」
「うふふ、そう。―――まぁ今殺しても仕方ないもの。それに私の目的は身体だもの。この身体も優秀なのだけど、本来の体には及ばないのよ」
セレアルトはアルカを、性格にはアルカの体を魔眼で観察した後、肩を降ろす。何度も目をさすりながら、明らかに眠そうにしている。
「ふぁあ、そろそろ眠くなってきたわ」
本当に眠そうなセレアルト。徐々に彼女から感じる威圧感が減少していく。そして、本当に睡魔に襲われているのか自分の周囲の瘴気を動かし、身体に纏い始める。うつらうつらと舟を漕ぎながら魔眼でアルカを見つめるセレアルト。
「今日は帰ってあげる。だけど、私は貴方をずっと狙っているわアルカ。どれだけ拒もうとも、貴方は私なんだもの――――辿り着く先は一緒」
セレアルトがそう話した時、アルカの意識が薄れ深層心理の住人である愛歌が浮上する。突然魔力すら変化したアルカにアンは驚く。だが愛歌はアンを手で制しながら
「そんなこと、私が許すと思って?」
「愛歌、忌々しいわ愛歌。貴方とは仲良くなれると思っていたのに、本当に残念」
「私はあなたが嫌いよ。互いに全ての答えを知る者同士、この結末は必然」
「うふふ」
「帰りなさい。さもなくば、貴方が嫌いで恐れている彼を呼び出すけど? それとも根源接続者同士不毛な戦いがお望み?」
「……」
ボロボロの体でも、アルカ(愛歌)はセレアルトに対して絶対の優位性を持っている様子。彼女の脅しにセレアルトは少しだけ思案した後、その場から瞬間移動して消える。完全に気配が消えた段階で、頭を抱えながらアルカが倒れる。セレアルトは、慎二を連れて帰る気はないのか、彼の体は傍にあった木に引っかけられていた。
アンはアルカを抱き上げ、急いでブレイカー達に合流せねばと走る。そのアンの頬に愛歌は手を当てる。
「教えてあげる、あなたはこの聖杯戦争で死ぬわ」
『それは、予言?』
「いいえ、答えよ。―――アルカには内緒にしておく、後悔の無いように、頑張って」
愛歌がアンにそう伝えると、アンは何処か悟った表情をする。それを見届けた愛歌が眠るように目を閉じた後、もう一度目を開けたのはアルカだった。
「……あれ? アン、一体どうなったの?」
『何かの理由があって、引いたみたい。皆と、もうすぐ合流できる、か、ら』
突然アンが足を止める。先程の愛歌の言葉ではなく、別の理由で脚を止めざるを得なかった。アンの視線に合わせてアルカが目を向けた先に。
「怪獣?」
視線の先に、周囲の木よりも高い身長の蛇の頭髪を持った怪物の後姿が見えた。
次回は明後日予定です。