転校生の時間
修学旅行から帰ってきて、休日を挟み、今日は久々の登校日。
朝、健は自宅の和室にいた。
「これ、京都の修学旅行で買ってきたんだ」
健は白い陶器製の小瓶を仏壇の前に置いた。
「岬…、京都に詳しい友達から聞いたけど京都でしか作ってないんだって。昔からわざわざ取り寄せて使ってたんだね」
健は小瓶の中身の液体を数滴手に垂らすと左頬の十字傷を隠すように垂らした一房の髪に揉み込んだ。
「なんか…、落ち着くわ……、この匂い」
健は手に残った匂いを嗅ぐように合掌した。
「それじゃ…、いってきます………母さん」
艶やかな黒髪に雪の結晶を象った簪を差し、無表情だが自分と似ている女性が写った写真にそう声をかけると健は逆刃の小太刀を差して今日も暗殺教室へと登校した。
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
「そういえば、ひーちゃん昨日の烏間先生からのメール見た?」
久々の、朝鍛錬・・・という名の陽菜乃との逢引(健の思い込み)・・・を切り上げE組の教室に登校する途中で陽菜乃が携帯を見せて訊いてきた。
『明日から転校生が一人加わる。多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接して欲しい』
これが前日E組の全員の一斉送信で送られてきた。
「あぁ、なんか転校生来るって話でしょ。まぁこの文面だと十中八九暗殺者だろうけど…」
「でね、新任教師じゃなくて転校生ってことは私達と同い年ってことでしょ?写真とかありませんか~?って烏間先生に返信したら…」
“烏間先生に返信”、というくだりで健の髪色と表情が殺気を(一瞬)孕んだものになったが、それに気付かずに近付いて画像を見せてきた陽菜乃の髪の毛の匂いであっという間に元に戻った。
「へぇ、女子なんだ」
画面にはショートカットの少女が写っていた。
「あ、やっぱり嬉しい?転校生が女子だと」
「………別に」
健は頬と髪色を照れの赤色にしながらそっぽを向いた。
「あ…、なんかひーちゃんいい匂いする」
陽菜乃は健の垂らした髪をくんくんと嗅いだ。
「あ…、あぁ…京都で買った白梅香の匂いだよ」
「へぇ、なんかお洒落さんだね」
「………母親へのお土産で買ってきたんだ」
「そうなんだ。ひーちゃんのお母さんってどんな人?」
「ん~…、基本的に無表情だし無口だけど無類の本好きな人だったよ。よく俺や翼に本の読み聞かせとかしてくれてたよ」
「へぇ~」
「ただジャンルが偏っていたせいで翼が変な趣味嗜好の方向に行っちゃって…」
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
「ひなちゃん…、おはよう」
「健…、あれ………」
健の右隣の翼(教室の窓側一番後ろ)と後ろの雪(窓から二列目一番後ろ)が教室の前で立ち尽くしていた。
「なに…、あれ…」
翼の左隣で雪の前の健の席の斜め後ろに、謎の黒い直方体が鎮座していた。修学旅行に行く前には当然存在していなかった。
その直方体の画面に、例の転校生の女子の映像が映った。
『おはようございます。今日から転校してきました“自立思考固定砲台”と申します。よろしくお願いします』
挨拶が済むと画面が消えて節電モードになった。
(((そうきたか…)))
予想を遥かに越えた転校生に健達は茫然とした。
そして朝のHRで烏間先生から正式に紹介された。
「皆知っていると思うが、転校生を紹介する。ノルウェーから来た自立思考固定砲台さんだ」
『よろしくお願いします』
(烏間先生も大変だなぁ…)
(俺…、今回ばかりは同情するわ…)
翼と健は呆れ、殺せんせーはぷーくすくすと笑っていた。
「笑うな、お前も同じ色物だろうが。言っておくが、彼女は思考能力(AI)と顔を持ち、れっきとした生徒として登録されている。あの場所からずっとお前に銃口を向けるがお前は彼女には反撃できない。『生徒に危害を加えることは許されない』それがお前の教師としての契約だからな」
「…なるほどねぇ、契約を逆手に取り形振り構わず機械を生徒に仕立てるとは。いいでしょう自立思考固定砲台さん、あなたをE組に歓迎します」
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
そして、授業が始まった。
「けどさぁ、あのブラックボックス状態からどうやって攻撃するんだろ?」
健は隣の席の翼に訊いた。
「うん、こういう場合はきっと…」
すると、突如自立思考固定砲台の側面が開いて中から複数の銃器が飛び出した。
「は…?!」
「すごい、かっこいい」
翼はまるで少年のように目をキラキラさせた。
ボッ
殺せんせーに対先生弾の集中砲火が浴びせられた。
「ショットガン4門、機関銃2門。濃密な弾幕ですがここの生徒は当たり前にやっていますよ」
しかし、殺せんせーはマッハで躱し、躱しきれない弾もチョークで弾いてしまった。
「それと、授業中の発砲は禁止ですよ」
自立思考固定砲台は銃器を本体に収めた。
『気をつけます。続けて攻撃に移ります』
すると自立思考固定砲台は本領を発揮した。
『弾道再計算、射角修正、自己進化フェイズ5-28-02に移行』
自立思考固定砲台はAIも身体も、自分で進化させ、再び機関銃とショットガンを展開した。
「…こりませんねぇ」
緑の横縞殺せんせーは先ほどと同じく、余裕を持ってマッハで躱した。
その時、一発の弾が迫った。躱しきれないと判断した殺せんせーはやはり同じようにチョークで弾いて退路を確保した。
バチュッ
「!?」
殺せんせーがチョークで弾いた弾の弾道上に、見えないように撃った弾が殺せんせーの触手の一部に命中した。
『右指先破壊。増設した副砲の効果を確認しました』
殺せんせーの防御パターンを学習し、
『次の射撃で殺せる確率、0.001%未満』
武装とプログラムに改良を繰り返し、
『次の次の射撃で殺せる確率、0.003%未満』
少しずつ逃げ道を無くしていく。
『卒業までに殺せる確率、90%以上』
ここにきて、E組の生徒達は気付いた。彼女ならしょっとして・・・、と
『よろしくお願いします殺せんせー。続けて攻撃に移ります』
自立思考固定砲台は次の進化の準備に入った。
ニコッとプログラム済みの笑顔を浮かべて。
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
二時間目。殺せんせーのこめかみと腕にBB弾がかすった。
甘く見ていた。
『2発の至近弾を確認』
三時間目
というより、認識を間違えていた。
『見越し予測値計測のため主砲4門増設』
四時間目
目の前にいるのは・・・、紛れも無い殺し屋だった。
『続けて攻撃に移ります』
増設された主砲を展開し、自立思考固定砲台の弾幕が殺せんせーに襲い掛かった。BB弾は殺せんせーにかすり、その精度と命中率、被弾率は除々に上がっていった。
その様子を廊下から烏間先生とイリーナが見ていた。
「…自己進化する固定砲台か、すごいわね」
「“彼女”が撃っているのはBB弾だが、そのシステムはれっきとした最新軍事技術だ。確かにこれならいずれは…」
殺せんせー暗殺達成の可能性を考える烏間先生に対し、イリーナは冷ややかだった。
「フン、そう上手くいくかしら。この教室がそんなに単純な暗殺場(しごとば)なら、私はここで教師なんてやってないわ」
そしてその日の授業は終った。殺せんせーとの斜線上の生徒の何人かは流れ弾に被弾してしまった。
「茅野ちゃん、大丈夫?」
「うん、手当てありがとうね高荷さん」
床には自立思考固定砲台が撃ったBB弾が散乱していた。
「おいおいマジかよ…、これ俺らで片すのか?」
タスクがげんなりした様子で溜息を吐いた。
「ねーねー、掃除機能とか付いてないの?自立思考固定砲台さ~ん」
岬の問いかけに、しかし自立思考固定砲台は節電状態で返答は無かった。
「………うざい………」
不満たらたらなE組の中で、一際不機嫌そうな表情をしているのが、自立思考固定砲台の隣の席の紫村雪だった。
「人の横でガッチャンガッチャンバンバンバンバン…、鬱陶しいんだよ………。しかも他の生徒に当たってんだよ………」
普段は病弱でどちからと言えば大人しい雪が、今日に限っては負の感情を剥き出しにしていた。
「なんか…、雪君荒れてるね」
「あんな雪、放課後にスーパーモブオブラザーズが茅野と渚をからかってるのを目撃した時以来だね。その時はカルマがそいつら追っ払ってたけど、あのままだったらたぶん………」
翼と健は紫村雪の負の面を垣間見た。
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紫村雪の弱点①
【キレるとかなりやさぐれる】
特に茅野絡みだとキレやすく負の感情が剥き出しになる。