15日には次の話を投稿します
策謀の時間
8月。その日は島での大規模暗殺に向けての訓練と詰めのために夏期休暇返上の登校日だった。
午前中は教室に集まり計画と各自の役割分担の確認。昼食を挟んで午後は校庭で射撃訓練やナイフ術の訓練。全員ジャージ姿で汗まみれになりながら訓練に余念が無く、一方で雪は律と共に計画の微調整をしていた。
「まぁまぁガキども、暑い中ご苦労なことねぇ」
汗水たらしているE組を横目に、イリーナは優雅にサングラスと帽子にサマードレスという避暑的な格好でデッキチェアに寝そべってサイドテーブルに載せた果物を摘まみドリンクを飲んでいた。
「姐さんは訓練しないの?ナイフや射撃の腕前はせいぜい中の下程度でしょ?」
長い髪をポニーテールにしてTシャツ姿で翼相手にナイフ術の訓練をしていた萌も、若干呆れ気味だった。ちなみに、胸の谷間に溜まった汗によってシャツが透け始めていた。
「大人はずるいの。あんたらの作戦に乗じてオイシイとこだけ掻っ攫っていくの」
狡賢い笑みを浮かべたイリーナに対し、翼はおずおずと手を挙げた。
「イリーナ先生…、後ろ」
「アん?ゲッ!?」
イリーナが後ろを振り返ると、そこには・・・
「ほほう、偉いもんだナ、イリーナ」
「ロ…、ロヴロ師匠(センセイ)!?」
イリーナの師である殺し屋屋ロヴロが真夏だというのに暑苦しいコートに皮手袋、凄まじい殺気を纏って立っていた。
「夏休みの特別講師として来てもらった。プロの視点から今回の作戦に助言をもらうためにな」
「余計な事してんじゃないわよ烏間!」
「1日怠ければ指や腕は殺しを忘れる、落第が嫌ならさっさと着替えろ!」
烏間先生に八つ当たりするイリーナをロヴロが一喝した。
「へい喜んで!」
イリーナはデッキチェアやテーブルを蹴散らしながら校舎に走り去っていった。
「それで、殺せんせーは今は絶対に見ていないな?」
ロヴロに訊かれた烏間先生はスマホを確認した。
「ああ、予告どおりエベレストで避暑中だ。部下が見張っているから間違いない」
「ならば良し。機密保持こそ暗殺の要」
ロヴロは作戦の概要を聞き、最近の若者の精神攻撃の残酷さを目の当たりにして、指導の目を実技の方に向けた。
「ほほぅ…」
「どうした、不安か?E組の射撃レベルは」
「いや、むしろ驚いた。特に、前髪の男子とおさげの少女が素晴らしい」
「そうだろう。千葉龍之介は空間計算に長けている。遠距離射撃では並ぶ者のいない狙撃手(スナイパー)だ。速水凛香は手先の正確さと動体視力のバランスが良く動く標的を仕留めることに優れた兵士(ソルジャー)」
「うむ、それに…」
ロヴロはさらに奥の方で複数の的を前にした岬に向けられた。
両手に3本ずつ飛クナイを握った岬はジャンプすると宙返りを打ちながら飛クナイを連続で投げ打った。
放たれた飛クナイは空中で互いにぶつかり軌道をずらし、同一直前上の腕から放たれたら絶対に当らない位置の的にまで見事に刺さった。
「巻町岬。身体能力は女子の中では群を抜いて特に跳躍からの空中戦を得意としている。さらに射撃は不得手だが飛クナイの投擲に関しては先の2人と同等以上の精度がある。服に仕込んでいるの抜いて投げ打つまでの時間は銃よりも早く発砲音もしないし、歩き方もほぼ無音。その歩法はすでに全員身に付けている」
「ふふふ…、これがジャパニーズクノイチというものか。あのサムライボーイといい私の教え子に欲しいくらいだ。ところで、あのサムライボーイは?」
「彼はもう1人の生徒の相楽君と森の中で自主練をしている」
それからロヴロは訓練をしている生徒達へ指導を始めた。
ライフルでの射撃が上手く当たらない不破さんに対しては、胡座をかいて構えると人によってはその方があたりやすい事など的確な指導をしていた。
そして、時刻が15時になると・・・
『皆さん、休憩にしましょう』
と、全員の携帯に入っているモバイル律がアラームを鳴らした。
すると森のほうからも2人の人影が・・・、
「ふぃ~、つっかれた~」
「あ、ロヴロさん」
腹部に晒しを巻いた上半身の肩にジャージを羽織っただけのタスクと、上着を腰に巻いてそこに逆刃の小太刀を差して首に手拭をかけた健は、揃って疲労困憊状態だった。
「久しいな、サムライボーイ」
ロヴロは値踏みをするようにじっくりと2人を見た。
「ふふ、中々仕上がっているようだね。あと一歩、君風に言うなら一太刀と言ったところか」
「そんなんまで見抜けるんすか…」
「これでも刃物を専門とする暗殺者を何人も育てているからね」
そういうとロヴロはタスクを頭から足下まで観察した。
「ふっ、ここはびっくり人間の博覧会のようだ。君のような者までいるとは」
「…あん?」
「そこのサムライボーイは体格や膂力には恵まれていないが、連綿と受け継がれた古流剣術(トラディッショナル・ソードアーツ)の技と弛まぬ鍛錬によって培われた心で強さを得ている、いわば養殖の強者。無論、手練ともなれば手強いがそれ以上に厄介なのがいる。誰だと思う?」
ロヴロはタスクを指差した。
「君だ。君はおよそ訓練と呼べるものはここに来るまでほとんど受けた事がないだろう。それでも一度戦闘となると負けた事がない。違うかね?」
「まぁたしかに」
タスクはケロッと答えた。
「我々殺し屋がもっとも苦手として犬猿する天性の強者、サムライボーイと対照的な表現をするなら天然の強者だ。そういった者は敏感に殺し屋の殺気を察知するしこちらの予想外の動きをしてくる」
養殖と天然と評された2人は微妙な表情で互いを見ていた。そこに、麦茶の入ったコップを持った渚が来た。
「はい、2人共麦茶だよ」
「サンキュー」
「あんがとよ」
「ロヴロさんもどうぞ」
「いただこう」
麦茶を飲んでいる姿にも一部の隙も無いロヴロに、渚は前々から気になっていたことを訊いた。
「ロヴロさん」
「…!?」
「僕の知っている殺し屋って、ビッチ先生と貴方だけなんですけど…、ロヴロさんの知っている中で一番優れた殺し屋ってどんな人なんですか?」
「………」
ロヴロは渚の天性の殺し屋としての素質を見抜き、思わぬ原石からの質問に小さく失笑した。
「フフフ、興味があるのかな?殺し屋の世界に」
「あ、いえそういうわけでは…」
麦茶のコップ片手に健とタスクもロヴロに注目していた。
「そうだな、俺の斡旋する中に“それ”はいない。最高の殺し屋、そう呼べるのはこの地球上にただ1人」
「………」
「この業界にはよくあることだが、彼の本名は誰も知らない。ただ一言の仇名で呼ばれている。曰く、『死神』と」
「…なんか、…ぶっちゃけよくありそうな仇名っすね」
健の感想にロヴロも頷いた。
「ありふれた仇名だろう。だが、死を扱う我々の業界で『死神』と言えば唯一奴を指す言葉だ。神出鬼没、冷酷無比。夥しい数の屍を積み上げ、死そのものと呼ばれるに至った男。君達がこのまま殺しあぐねていると、いつかは奴が姿を現すだろう。ひょっとすると今も…、じっと機を窺っているかもしれん」
「なるほど、とにかくマジヤベー奴ってことか」
シリアスさをぶち壊すタスクのバカっぽい言い方に健も渚も思わず吹き出した。
「…、よし少年。君には“必殺技”を授けよう」
「ひっさ…、」
「そうだ。プロの殺し屋が教える“必殺技”だ。サムライボーイ、相手になってくれないか?」
「いいっすよ」
「俺も付き合うぜ!プロの必殺技なんてそうそう受けれるもんでもねぇしな」
この時、3人はまだ知らなかった。
これから向かう島で、それぞれが最大の困難に直面することになろうとは
ロヴロの例えはどっかのまずいコーヒー淹れるマスターのを真似ました