【Tales of Compolt】~願う心の真の強さを知るRPG~ 作:石小路 サブロー
〈序章【その者、賢王なり】〉
彼はいつも逃げるように歩く。
小石を蹴るように爪先をピッと出し、一歩踏み出す。矢継ぎ早に、おんなじ一歩を踏み出す。
また忙しく一歩、一歩…。
そうして歩みを進めていく。
空気が張り詰めるような、いやに鋭い音を踵から鳴らす。
『カッ!カッ!カッ!カッ!-』
威嚇みたいなその音が近いほど、その場の空気は見るからに凍みていく。
ちんまりと、遠くのほうに立っていた1人の男が、聞こえてきた針の穴を通したような小さな音に振り返り、まだ米粒ほどの彼の姿を見つけた。
すると、男は一気に真面目な表情に顔を変えながらにこちらへ向き直って、腰を90度に曲げて恭しい礼をした。
滑りの良い糸で丁寧に下ろされたように、静々と彼にこうべを垂れる。そのまま動かない。
そんな男に彼がみるみるうちに近付いていって、一瞥もせずに、みるみるうちに前を通り過ぎていった。遠ざかっていく彼の威嚇が聞こえなくなるまで、男は頭を上げなかった。
彼は何者も見えなかったようにして、踵を鳴らしながら、早足に歩いていく。
目に見えない何かに、背後から静かに追われているように。
そんな彼の顔にはいつも、無音の恐怖に顔が歪むのを堪えでもしているように猛禽類っぽい険しい表情が張り付いていた。
彼は、眉間に小さな盛り上がりが見えるくらいに眉を寄せていた。少女の小指一本分ほどに薄い合わさった唇は、ピッチリと閉じられている。
彼は自分の言うべき言葉だけを選んで言っているみたいな、とても口数が少ない方である。
まるで死にかけの二枚貝。
寝顔すらそうなんじゃ…。
何となく、そんな光景が頭の隅っこにフッと浮かぶ。そのくらいには、彼の顔に染み付いた近づきがたい表情は滅多に動かない。
彼は進んでいく。
長い廊下の先に一段と明るい、ぽっかりと広い、白く輝く空間があった。
そこには、こちらを迎えるような上がる階段がある。そしてその階段の先には、綺麗な紅色を塗られた観音開きの大扉が見上げれる。
空間の一際高くなっている天井に、透き通った巨大な天窓があるんだが。
それが、朝の優しい日差しを呼び込んでいた。
日差しは天から滝のように床に降り注ぎ、シミひとつ無い白に統一された壁たちを目が痛いほど光らせている。反射した光が扉に当たって、赤々としているその様を強調していた。
扉にくっ付いている見事な金の装飾が、光にキラキラとしていた。その輝き方は、ダイヤモンドによく似ていた。
『天国への階段。』
大それた感覚を覚えるほど、その扉は絶大な荘厳さを帯びていた。こちらを魅了する鮮烈の赤の妖しさが背筋を駆け下りて、まず言葉を失う。
しかし、彼には見慣れたものだった。
彼は幅の広い、真白な大階段を上っていく。
『カン!カン!カン!ー』と、甲高く。怒ったような嫌な足取りで、次々に段を踏みつけていった。
彼は階段を上りきった。
『カン!』扉の前に、凛と立つ後ろ姿。
「...............」
彼は自分と会話でもするように真正面の扉を睨んで、少しだけ動かなかった。
そして、決したように真っ直ぐな腕を上げ、扉に両の手をつけてたった1人で押していく。
『ゴゴゴゴゴ…_』
大扉が押し開かれていく重低音が、わんわんと空間に響き渡った。
人ひとり通れるだけ扉が開くと、彼は押すのをやめた。
できた隙間から、あの早足を踏み出していく。
『我らが王に忠誠を』
老若男女の重なり合った大音量の挨拶がそこにあった空間を暴れ回り、魔神の声のようになって彼の聴覚を襲った。
大扉の先には、遠き高みに華やかで美しき玉座をながめやる、巨大な謁見の間が広がっていた。
入って来た者を無意識に玉座へ引き入れるようにして鮮やかな赤いカーペットがヌッと長太く、続いている。
カーペットは葉脈に似たものをモチーフにした模様入りで、それは金や白なんかの糸で編まれていた。
彼は迷わず、赤いカーペットに従った。
絶えず前を向き、厳しい雰囲気を纏ったままで、彼は玉座へ歩んでいった。
カーペットの両脇に並んだ鎧騎士たちが、玉座へ歩き行く彼に対して剣を抜き、素早く鼻先に掲げた。カシッ!と、金属の当たる細やかな音が、そこらから重なる。
天窓から入る光が、彼らの姿を照らす。彼らの剣の切っ先が瞬き、彼らの鎧から光の筋が閃く。
上りきった彼が、腕を掛けて玉座に座る。
その壮年の顔が、目前に見える騎士たちの列を見下げ、満足そうに歪んだ。
「我らが王に忠誠を」
彼は自分に言い聞かせるみたいに唸るような小声で呟くと、玉座の右に立てかけられていた一振りの剣を素早く逆手で引き抜いた。
『シャリン-!』鞘から涼やかな音を鳴らして白銀の剣が出でる。
彼は片手で軽やかに剣を回転させて持ち直し、自らの座る体の前に高々と掲げた…_。
「いざ攻め行かん!我らが力、存分に見せつけてやろう!」
彼の威厳ある声が、吼えた。
その言葉に焦れていたようにして、騎士たちの野太い応える声が食い気味に響いた。
〈イシュウェド・ウル・ファグリスカ〉。
_…その者、賢王なり。
幾多の戦場を渡り、未だ負けを知らぬ。
【トーディ・ノヘウィア】における、“死せぬ伝説”と讃えられし者なり。
〈序章【その者、賢王なり】〉
終