「……もう一度聞くわ。タバサの使い魔に、貴女はならない気なの?」
皆さん、初めましての人は初めまして……また見に来てくれた人はありがとうございますっ。タバサさんの親友のキュルケさんに、すごい怖い顔をされている高町ヴィヴィオです。
「は……はぃ」
何が気に触ったのか、キュルケさんは鋭い……まるで刃物のような瞳で見てきました。
「どうしてなのかしら……?」
「えっと……それは、いきなり連れてこられて……それで、えっと……」
「なによ……特に理由がないんだったら、なっちゃえばいいじゃない。使い魔」
「そ、それは……」
確かにそうなんです。私は特に使い魔になりたくない、明確は理由は存在してなかったりします。使い魔にならなくても……元の場所には帰れないことは、もう知っているから。ただ……
「いきなり……使い魔になるってことを言われて……動揺しないわけないじゃないですかっ!」
私はどこにぶつけたらいいかわからない感情も少しのせて、キュルケさんに言いました。
「そりゃあ、動揺するでしょうね……でもね、もう貴女は元の世界には戻れないの。 元の世界に家族がいようがなにがいようが……ね。 だったらさっさと諦めちゃいなさいよ。 タバサの使い魔になっておけば、一応……身の保証はされるのよ?」
キュルケさんは再度、私の思い出したくないことを思い出させてきました。そう……もう元の世界には戻れない……ママ達にも、仲間……友達にも……誰にも会うことは出来ない。
「でも……でも、あんまりですっ! 好きで来たかったわけじゃないのに……いきなりこんなところに連れてこられて……使い魔になってくれなんて……」
「そりゃあ、仕方ないわよ……あれは儀式なんだもの。運命と思って諦めることね」
運命……そんな一言で片付けられちゃうの……? あの世界には……私には、まだまだ守りたい人がいて、恩返しをしたい人がいるのに……それなのに。こっちの儀式かなにかはわからないけど……それで引き離されて……離れ離れになって……
「ふざけないでください……」
「ん……?」
私の心はもう限界でした。ずっと抑えていた……悲しさではなく……怒り。ずっと出ないようにしていた、感情……それがもう、抑えられなっていました。
「ふざけないでくださいっっ!!」
「きゃっ!?」
気づくと私は、キュルケさんに飛びつき、馬乗りになっていました。しかし、それを理解したところで、私の心の堤防から溢れた水は……気持ちは留まることはありませんでした。
「大好きなママや、大切な人達と引き離されてっ! ずっと傍にいたかった人達と別れさせられてっ! それで、使い魔になってって……そんなの嫌に決まってるじゃないですかっ! 私は……まだやりたいこともいっぱいあった! 恩返ししたい人達もいっぱいいた! なのに……そっちの事情で色々と言われたって、はい……いいですよって……言えるわけないじゃないですかっ!!」
「ヴィヴィオ……」
「勝手ですよっ! キュルケさんもっ!この世界の儀式もっ! ……タバサさんもっ!!」
「っ……それは違うわっ!」
「っ……な、なにが……違うんですか……」
ずっと聞いたままだったキュルケさんが、いきなりぐっと私の手首を強くつかんで、私のことをじぃっと見つめていました。その力強さに、私の言葉は尻つぼみになってしまいました。
「タバサはね……自分が退学になることを知った上で、貴女に最低限の、なるべく平和な暮らしをさせてあげて欲しいって、ミスタ・コルベールに言っていたのよ……」
「え……」
「自分が呼んでしまったから、本当は自分がそうさせてあげたいけれど、自分には今、それができないからって……」
確かに……どうしてタバサさんが私に対して、退学になってしまうかもしれないということを黙っていたのか……私は疑問に思っていましたが、まさか……タバサさんが……
そう考えていると、いつの間にか馬乗りは直っていて……向き合った状態で私はキュルケさんに肩を掴まれていました。
「確かに……無理やり連れてこられたのに、貴女のことを全然考えてなかったことは謝るわ……ごめんなさい。 けど……これだけは信じて欲しいの、タバサは、貴女を呼んでしまったことに凄い罪の意識を感じてる……私のことも儀式のことも、この世界のことも悪く言って構わない……けど、タバサのことだけは、信じてあげて欲しい……」
今までに見たことのない……弱々しく、大人しいキュルケさんの姿に……私の胸はきゅっと締め付けられるような、そんな気がしていました。その姿からも伝わってくる本気の真面目な雰囲気に……私は、先程の発言を内心、悔いていました。
「……はい」
「ありがとう……」
私は短く返事をすると、その場にいるのが辛くて……キュルケさんから離れて……そっと学院の建物から出ていきました。
学院の建物を出た後、コルベールさんの元へと向かうのが少し……億劫に感じていたこともあり、広場らしいところに体育座りをして……二つある綺麗な月を眺めていました。
そんなことをしていると……私は自分がいつの間にか泣いているということに気づくのも、そう遅くはなりませんでした。
「はぁ……強くなるって、約束したのに」
ここに来てから……私は泣いてばかりだなぁ。こんなんじゃ……ママに心配かけちゃうよ。
私は取り敢えず自分の涙を制服の袖で拭き、泣くのを我慢するようにしました。
私はもう小さい頃の私ではないんだから、泣いてばかりじゃいられない。元の世界には戻れないかもしれないけど……くよくよしてばかりじゃいられないもんっ!
「こんなところにいちゃ……風邪ひいちゃうし、取り敢えずタバサさんの部屋に……って言うのは流石に、気まずいよぉ」
もう夜遅くになっているのは、月が出ているところからしても一目瞭然なので、寝るためにも……タバサさんの部屋に戻ることも考えましたが、退学になってしまうかもしれない、なんてことを聞いた後だと……やっぱり顔を合わせるのは少し気まずいです。
「ん……? ミス・ヴィヴィオ、こんなところでなにをしているのですか?」
「え……? あっ、コルベールさん」
いきなり名前を呼ばれたので、誰かと思って振りむくと、そこには……コルベールさんが不思議そうな顔をして立っていました。
「えっと……その、コルベールさんに聞きたいことがあって……」
「私に聞きたいこと?」
「はい、タバサさんから聞いたんですけど……最低限の暮らしができるように……その、補助をしてくれるって……」
私がそう言うと、コルベールさんは……少し苦いものでも食べたかのような表情になるも、すぐに元に戻り……私の方に向き合って答えてくれました。
「……えぇ、呼び出してしまったのは私達の方ですからね。 貴族の暮らし……とまではいかずとも、不自由ない暮らしができるようにようにはするつもりではいますよ」
「あ、ありがとうございます……実は、そのことを聞きたくて、コルベールさんを探していたんです」
「なるほど……そうでしたか、いやはや、お手数をおかけしました」
そういうと、コルベールさんは申し訳なさそうに言いました。
「そういえば、こんなところでミス・ヴィヴィオは何をしていらっしゃるのですか? 夜も深い……こんなところにいるのは、少しどうかも思うのですが……ミス・タバサの部屋には戻らないのですか?」
「うっ……それはぁ……えっとぉ」
コルベールさん、痛いところをついてきました。確かに、目的は達した以上、これ以上外にいる理由もないのも事実で、普通なら……タバサさんの部屋に戻るのが普通なのですが……
「なにか問題でも……?」
「い、いえっ! そんなことはありませんっ!」
「そうですか?」
「は、はいっ! それでは私は、タバサさんの部屋に戻りますっ!」
そう言うと、私は逃げるようにコルベールさんから離れることにしました。このままだと、自分が気まずくてタバサさんの部屋に戻れないのだということを悟られてしまうかもしれないと思ったからです。
「そうですか……? それでは、気をつけておかえりください」
「はいっ」
そうして私はコルベールさんと別れ、足取りが重いのを振り払って、タバサさんの部屋に戻ることにしました。もう夜も遅いですし……寝てるかもしれない。という、希望を持ちつつ、憂鬱な気分のまま、私はタバサさんの部屋の前に戻ってきていました。
「うぅ……寝てますようにっ寝てますようにっ!」
タバサさんの部屋の前で、祈ると……ゆっくりとドアを開けました。鍵はかかってなかったようで、少し不用心だと思いながらも、この場合は運良く……というべきか、タバサさんは寝ているようでした。
「はぁ……よかったぁ」
安堵の息を吐き、私は近くにあった椅子に腰掛けました。
本当ならば……ベットで横になって、睡眠を取りたかったけど、ベットに潜り込むというのも……ほぼ初対面の人にするにはレベルが高かったので、前に机に向かって夜、こっそりと本を読んでいて、寝てしまった経験があったこともあり、私は椅子に座ったまま、寝ることにしました。
「これで朝早くに部屋を出れば……タバサさんにはバレない……よね」
そう考え、私は取り敢えず目をつぶって……明日に備えて睡眠をとろう……としたのですが、目をつぶってすぐに……なにか声がしたような気がしました。
「ぁ……さま……か……さま」
「ひっ!?」
な、なに!? 何事!? もしかしてだけどっ、この学校って夜にオバケが出るとか出ないとか、そういうオカルト的ななにかがあったりするの!?
「かぁ……さま……かあさまっ」
「っ……この声、タバサさん……?」
最初こそ、オバケかなにかかと思っていたのですが、よく耳をすますと、どこかで聞いたことがある声だな……と思って、もう一度よく耳をすましてみると……ベットの方から、タバサさんの声が聞こえているのだということに気が付きました。
「ど、どうしたんだろう……起きてた……ってことはないよね?」
どうしたのだろうかと思った私は、ベットで眠っているタバサさんの顔をのぞき込んでみることにしました。
「っ……!?」
「かあさま……だめ、それを飲んじゃ……だめっ」
のぞき込んでみると、そこには……顔に冷汗をかきながら、悪夢にうなされているタバサさんの姿がありました。
「かあさま……タバサさんのお母さん?」
一体何があったのだろう。夜にうなされるほどのことが……タバサさんのお母さんに起こったということなのだろうか。……こうしている間にも、タバサさんの悪夢は収まることはなく、ずっとうなされ続けているようでした。
「なんとか……なんとかしなくちゃ……でも、どうすれば」
なんとかしてあげたい、私はそう思いましたが……なにか明確に、確実になにかをしてあげられるような技術は、私にはありませんでした。無力感に苛まれながらも、私にできることを考えました。
「……こんなことしかできないですけど……」
私が昔、怖い思いをして不安になっている時……ママがしてくれたように……それから、ここに来た時、泣いてしまった私に、タバサがしてしてくれたように……。
「大丈夫……大丈夫ですよ、タバサさん……」
私はタバサさんのベットに潜り込み、タバサさんの隣に横になって、優しく抱きしめました。
抱きしめたことによってわかったことは、タバサさんがすっごく震えていたこと、感じていた雰囲気とは裏腹の……弱々しく、力を込めすぎたら壊れてしまうんじゃないかという華奢な体……そして、ほんのりと鼻腔をくすぐる匂いと、温もり。
「大丈夫……大丈夫……」
私は続けて、大丈夫……と言い続けました。そんなことしかできない自分に対して無力感を感じながらも、自分にできることを精一杯やることにしました。
「すぅ……すぅ……」
すると、いつのまにか……タバサさんの震えが収まっていたようで、安心……とまではいかないかもしれないけれど、悪夢から開放されたのであれば……よかった、と私は思いました。
「なんだか……安心したら眠気が……」
タバサさんの温もりと、色々あったせいか、積もりに積もっていた疲労感のせいか……私はそのまま物凄い眠気に襲われました。
「このまま、寝ちゃ……」
このまま寝ちゃいけないと思いましたが、なにぶん身体がいうことを聞かず、結局私は……そのまま……自分の思考を放棄し……眠りにつきました。