高坂穂乃果は再びスタートする   作:ひまわりヒナ

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悩みの絶えない穂乃果の部屋に妹の雪穂は訪れた。
そしてお互いに話し合い、全てではないが救われた穂乃果。
そんな彼女の前に唐突の1人の人物が現れた。

それはまだ現れるはずのない、矢澤にこであった。



にこちゃんが何故、その疑問が今回で解明されます。
そしてさらに……?

今回、かなり長いです。

それではどうぞ。


17話 2人の存在

「……ここでいいかしら」

「はぁはぁ、こ、ここは」

 

 にこに連れられた穂乃果。

 2人がたどり着いたのは、学校の屋上だった。今日はμ'sの活動がないので、他に使われることのないここは無人であった。

 

 にこは人目を気にしているのか、辺りを見回して本当に誰もいないかを確認し、屋上のドアを閉める。

 屋上にはにこと穂乃果の2人だけとなった。

 

「悪かったわね、無理やり連れてきて」

 

 そう言われ穂乃果は首を横に振りながら、

 

「だ、大丈夫!にこちゃ……」

 

 にこちゃん、そう呼んでしまいそうになり、慌てて口を塞ぐ。

 ちゃん付けで呼んでしまったところもそうだが、今の所彼女とは何も接点がない、つまり名前を知っているそれ自体がおかしいことであるはずなのだ。

 

 どうしよう、穂乃果は顔を上げることが出来なかった。

 今日は風もなく、屋上は静かで、聞こえていないわけがない。

 どうやって、この場を切り抜けるべきかその事で頭がいっぱいになる。

 

 しかし一向に打開策が思いつかない為、静かに顔を上げた。

 

「もう疲れは取れた?」

「え、あ、は、はい」

 

 穂乃果は敬語口調で応えると、にこはため息をついた。

 何かまずかったのだろうか?とドキドキしていると、

 

「まだ気付かないの?」

 

 気付かない?気付かないとは一体何のことだろう?

 顔を下げ必死に頭を働かせる穂乃果。そんな彼女に1つの可能性が生まれる。

 だがそんな事あり得るのだろうか?本当にそうなのだろうか?

 その可能性には多くの疑問があった。けれど、否定できないものでもあった。

 彼女は顔を上げて呼んだ。

 

「にこ……ちゃん?」

 

 疑問、驚き、喜び、様々な感情が混ざり合った複雑な表情をする穂乃果に対し、にこは笑って、

 

「えぇ、宇宙No.1アイドル、矢澤にこよ!……って「にこちゃーん!!」こ、こら!穂乃果!」

 

 歓喜のあまり泣きながらにこに抱きつく穂乃果。

 そんな彼女を困った表情で受け止めるにこ。

 

 穂乃果の見つけた可能性、それはにこも自分と同じ状況であるという可能性。それは間違っておらず、過去に戻った2人はたった今、本当の意味での再会を果たしたのであった。

 

 

 

 

「落ち着いた?穂乃果」

「うん、うん!ごめんね、泣いちゃって」

「大丈夫よ、私だって嬉しいんだから」

 

 穂乃果は涙を拭いて、よくにこの顔を見てみると、瞳が潤んでいるのを確認できた。

 多分、今の自分の気持ちと彼女の気持ちは同じなのだろう。

 共感できる。とにかく今はそれが嬉しかった。

 

「あ、でもでも、何で!?何でここににこちゃんが?にこちゃんも私と同じ、未来から……」

「落ち着きなさい穂乃果。一応誰かに話聞かれたら不味いから、もう少し声の大きさを控えなさい」

「あ、う、うん。ごめんね」

「いいの、落ち着いて話をしましょ」

 

 2人はとりあえず日陰に移動し、地面に腰を下ろした。

 急な事で色々まだ飲み込めていないが、ある程度落ち着きを取り戻せた穂乃果。彼女はある事をふと思い出した。

 

「あ!海未ちゃん達に一応連絡取ってもいい?」

「もちろん。悪い事しちゃったし、むしろお願いしたいぐらいよ」

「それじゃ、ちょっと電話するね」

 

 穂乃果はそう言って海未の携帯に連絡をかけた。

 彼女が通話をしている間、にこは穂乃果を見ながら、変わってないな、と思う。

 普通なら自分と同じ状況の人間が現れたら、色々な情報を共有したり聞き出したりしたい、というのが真っ先に優先されるだろう。

 しかし穂乃果は海未達が心配している、その可能性を忘れる事なく連絡を取った。

 その人思いな性格は全く変わっていない。にこはそう思っていた。

 

「海未ちゃん達には、予定入ったから今日は一緒に帰れないって改めて言っておいたよ」

「それなら大丈夫ね」

「うん!それで、えっと……にこちゃんも私と同じ、未来から来た、それで合ってるんだよね?」

 

 質問ににこは頷いて応えた。

 その瞬間、穂乃果の表情がパッと明るくなった。それもそのはず、今までずっと抱えていた悩みを打ち明ける事のできる人が現れたからだ。

 

「良かった……良かったよぉ!」

「もう、泣くんじゃないわよ。全く」

 

 にこが自分と同じだと本人から確認した事で、安心、喜び、色んな感情が溢れ出し、再び涙を流す穂乃果。

 そんな彼女をそっと抱き寄せ、頭を撫でるにこ。

 その温かく優しい手は、穂乃果にさらなる安心感を与えていた。

 

「ここまで1人で頑張ってきたんでしょ。今だけなら、いくらでも泣いても甘えてもいいわよ」

「えへへ、ありがとう、にこちゃん。でももう平気だよ」

 

 穂乃果はそう言ってにこから離れた。

 落ち着いたので話を始める……かと思いきや、穂乃果は手を広げて、

 

「にこちゃんもここまで1人で頑張ったんでしょ?だったら次はにこちゃんが私に甘える番」

 

 そう言って笑って、抱きついて来いと言わんばかりに待機する穂乃果。

 にこはそんな彼女の行動を見て、彼女に近づくと……

 

「なーに、生意気言ってんのよ」

「イタタ、痛いよー!にこちゃん!」

 

 彼女の頬を引っ張り始めた。もちろん手加減はしている。

 

「別に私は大丈夫よ」

「んー、本当?」

「本当よ。まぁ、穂乃果に会えて嬉しかったし、心強かったっていうのは間違ってないけどね」

「ふふ、そっか。なら良かった」

 

 そんな会話をしながら笑い合う2人。

 このまま、何気ない話で過ごす。それも悪くはないのだが、今2人にとって重要なのはそれではない。

 もっと話すべきことが2人にはあるのだ。

 

「本題に移るわよ、穂乃果」

 

 にこは真剣な表情でそう言った。

 穂乃果も子供ではない。もちろん、笑い話をしていたいという気持ちはあるが、これからの話を無視しては通れない。

 彼女も真剣な表情で話を聞く態勢をとった。

 

「まず聞きたいんだけど、貴方がこの時間に戻ってきたのは始業式の日?」

「うん、そうだよ」

「そう……やっぱり。私もその日だったのよ」

 

 にこもその日だった。

 その事実を知って、穂乃果はふと今までの記憶を振り返る。

 UTXに行った時、グループ名の投票箱を見に行った時、1stライブの時などにこを見かけた時を思い出した。

 彼女の言葉から考えれば、あの時既ににこはタイムスリップをしていたということである。

 

「ん?んー……え!?じゃあ今まで会ったにこちゃんは、にこちゃん!?」

「や、ややこしいわね。まぁ穂乃果の思っている通りよ」

「じゃあじゃあ!何で最初会った時に言ってくれなかったのー!」

「言えるわけないでしょ。確かに私達の出会い方は少し違った。でも昔が変わっている可能性もあったから、あんたに話しかけることなんてできなかったのよ」

 

 そう言われて納得する穂乃果。

 自分も過去が変わっている可能性がある事を危惧している身であるからこそ、彼女の気持ちがよく理解できた。

 しかし、ならば疑問が出てくる。

 

「じゃあ何でこのタイミングで?」

「隠れてあんた達を見てきたわ。その過程で他の人から見れば分からないでしょうけど、私の目ではあんたに対して疑問を覚える場面が多かったの。それで最近ほぼ確信を持ったってわけ」

「え、私、そんなに変だったかな?」

「今言ったでしょ、私の目ではって。

 ダンスの出来とか練習風景を見てきたわ。他の人からしたら、偶然優れていて、覚えが早くて、教え方が上手く、リーダーシップがあるってところだったかもしれないけど」

「にこちゃんは昔の私を知ってるから、違うって思ったんだね」

 

 にこからすれば今の穂乃果は出来過ぎであったのだ。

 もちろん、昔の彼女に悪い評価をしているわけではない。彼女は昔から引っ張る力があった事を、にこは身を以て知っている。

 単に相対的な評価である。

 兎にも角にも、彼女の言った通り他の人からすればそれは優れている、という評価だけであり、未来で体験しているから出来る、なんて想像までは働かないであろう。

 

「まぁ、ここまでよくやったわね」

 

 いくら自分とはいえ、昔通りに再現するのは中々難しいし、隠し通すのも大変である。

 にこはまだμ'sに入っていないが、妹や弟達の前では当時の矢澤にこを演じなければならない。故にその大変さをよく知っている。

 だからここまで上手くやってきた事を、共感者の立場から褒めたのだ。

 穂乃果はそれが純粋に嬉しかった。

 

「さて、次に色々確認ね」

「確認?」

「えぇ、これから言うことはあくまでも推論よ。でも一応不十分だけど理由はあるから、よく聞いて。

 まず最初に他のμ'sのメンバーに私達と同じ状況の子は恐らくいないわ」

 

 にこが最初に確認事項として提示したのは、他にも自分達と同じタイムスリップをしているメンバーはいないだろう、ということであった。

 その理由は先程聞いた、過去に戻った日、がポイントとなる。

 

「偶然、という可能性は否定できないけど、お互いが始業式の日からのスタートだった。それを考えると、もし他の子にタイムスリップした子がいたとしたら、もう既にタイムスリップしているはず」

「確かにそうかもしれないね」

「だとしたら穂乃果みたいに何かしら気づく点があると思うのよ。

 ダンスの飲み込みが異常に早いとか、そう言った何かしら気づく点が……」

「でもでも、演技が上手、ってこともありえるよね?

 難しいけど、わざと下手にしてるとか」

「えぇ、そうね。だからこれはあくまでも推論。

 それに希や絵里はまだμ'sに入ってすらいない。隠れてたまに見てるけど、情報は少ないわ」

 

 にこが穂乃果はタイムスリップした。そう判断したのは、ダンスの練習風景などを見て違和感を感じ、それが積もりに積もってほぼ確証に至ったからであり、最近入ったばかりの1年生の3人、入ってすらいない3年生の2人は余りにも情報が少ない。

 とは言え全くないわけではない、その上での判断は他のメンバーがタイムスリップしている可能性は低いという事だ。

 

「花陽と凛は嘘つくのが下手そうなイメージが強いし、絵里は正に昔の絵里って感じで、あれが演技だとは私は思えない。

 真姫と希は……今見た感じでは平常運転って感じね」

「私も花陽ちゃんと凛ちゃん、絵里ちゃんは違うと思う。

 真姫ちゃんは何となく壁ができてるって感じで、まだ馴染み切れていないような感覚。多分、真姫ちゃんもタイムスリップしたって感じはしない」

 

 花陽、凛、真姫。この3人はまだ出会ってから期間は短いものの、練習などを見ていてタイムスリップの可能性は低いと思える。

 にこと同じ理由で絵里もその可能性は低いと思える。

 

 ならば希はどうなのだろうか?

 

 今の所違和感は感じない。だがタイムスリップしていない可能性を高める理由がまだ見当たらない。

 現時点で1番情報量が少ないのは彼女である。

 

「希は注目すべきかしらね」

「うん……ただ何となくしてない気はするんだよね」

 

 根拠など全くないが、タイムスリップしてない気がするのは2人とも同じであった。

 

「ま、これから活動していく中できっと分かる」

「そうだね!皆の事はよく知ってるし、それににこちゃんもいるから大丈夫だよ」

 

 笑って言う穂乃果だが、その言葉を聞いたにこの表情は少し暗かった。

 疑問符が浮かんだ。何かまずい事を言ってしまっただろうか?そう考えたが、どこにもそのような点は見当たらない。

 ならば何故?そう思っている穂乃果へ、にこは静かに口を開いた。

 

「穂乃果、あんたがこの時間に戻った目的は何?」

 

 唐突な質問に少し戸惑ったが、穂乃果は冷静に今までの事を思い出す。

 

「……私はこの時間に戻ってまたμ'sとして活動したい、そう思った。だからμ'sの皆とこの1年間を過ごす。多分これが目的だと思う」

 

『あの時に戻れたら』自分はそう思った時、この時間へタイムスリップした。

 だから目的と言われれば、μ'sとして1年間を皆で過ごす、これしかないであろうと思った。

 何故こんな事を聞いてきたのだろう?その疑問と同時に、にこちゃんは違う?とさらに疑問が湧く。

 その答えは直ぐに本人の口から語られた。

 

「私は、昔アイドル研究部を立ち上げた4人にお礼を言いたい、それが目的なの」

 

 元アイドル研究部の4人にお礼を?

 穂乃果はその言葉の意味が今一つかめなかった。しかし彼女の言葉を聞いて納得することができた。

 

「μ'sはアイドル研究部があったから活動を本格的にすることができた。アイドル研究部を作ることができたから私はアイドルへ、いえ、スクールアイドルへの一歩を踏み出すことができた。

 確かに結果は散々だった。でもあの時私と一緒に作ってくれた4人がいなきゃ、穂乃果達に会うことはできなかったかもしれない」

「だから、お礼を言いたいんだね」

「えぇ。昔、私はあの子達と結局距離を置いたままにして、何も言うことができなかった。そしてそのまま時は過ぎてしまった。

 だから私はお礼を言いたいって願ったの。あの頃に戻って言いたいって」

 

 μ'sの皆に会えたのは、結果がどうであれ、あの時4人がいてくれて、そして一緒にアイドル研究部を作ってくれたから。

 だから彼女はお礼を言いたかった。

 もしかしたら相手からしたら迷惑かもしれない。けれどこの気持ちを残したままにはしておきたくなかったのだ。

 そして今彼女はそのためにこの時間にいる。

 

「あんた達が私を迎えてくれるのはあと1週間後、そして私がμ'sに入った時、私は皆にお礼を言いに行こうと思うの」

 

 その言葉を聞いた時、穂乃果は何故彼女の表情が曇ったのか分かったような気がした。

 

「μ'sが出来てからじゃないとお礼の意味はない。だからと言って私は先延ばしにはしたくない。

 もちろん、9人揃ってμ's、そう思ってる。でも、入った時言わないと、きっと後悔すると私は思ってる」

「分かった、うん、うん!す、すっごく良いと思う!

 じゃあその為にも、い、いつでもにこちゃんを呼べるぐらいにパワーアップ……しなくちゃ……」

 

 穂乃果の声は震えていた。そしてその声のトーンは徐々に下がっていく。

 にこの気持ちを知り、それは良い事だ!上手くいくように祈らなくちゃ!という明るい気持ちの反面、彼女は1つのある事実に疑問を抱き不安を露わにしていた。それは

 

 もし目的が達成されたらどうなってしまうのか。

 

 ということである。

 

「ねぇ、にこちゃん。目的を終えたらどうなるんだろうね」

 

 その穂乃果の疑問に答えられるわけがなかった。

 経験もなければ、誰かの体験談を聞いたことも、答えられる要素は何もない。

 ただ1つ、こうなるのではないかという予想は2人とも立っている。

 

 目的を終えれば、元の時間に戻るのではないかと。

 

 根拠も何もない、またもや予想である。

 ただ直感的にこうなるのではないか、と2人は考えていた。

 目的の為、過去に戻されたというのなら、それが達成された時元の時間に戻される、その可能性は十分に考えられた。

 

「ずっとこのまま生活するとは思えない。だから、多分元に戻るんじゃないかって思ってる」

「うん、私も。

 って、ことは……穂乃果、又1人になっちゃうのかな」

 

 あはは、明らかに無理に笑顔を見せる穂乃果。

 もし直感が正しければ、にこはこのままいけば後1週間ほどで今のにこではなくなってしまう、ということになるだろう。

 

 つまり、穂乃果はまた1人になる。ということになる。

 

 そんな彼女の表情を見て、にこは優しく笑って言った。

 

「穂乃果、あんたが1人だなんてそんなわけないじゃない。

 あんたには、心強い仲間がついてるでしょ」

「でも……」

「あんたと同じ状況、そんな人はおそらくいないでしょうね。

 でもよく思い出して、いえ、よく考えてあんたの目的を」

 

 

 −−自分の目的

 穂乃果は先程の自分の言葉を思い出した。

『μ'sの皆と1年間を過ごす』

 そしてそこから、考える。

 具体的に、どうやって過ごすか。

 いや、違う。

 

 私は何で皆とまた1年間を過ごしたいって思ったんだろう。

 

 それは−−

 

「私、皆で歌って、踊って、笑って、泣いて、そんな時間が大好きだった。もちろん、未来だって楽しい。皆とはあんまり会えなくなっちゃったけど、仕事とかいっぱい楽しいことはあって、未来も大好き。

 でも、それでも私が求めたのは皆で楽しく過ごしたこの時間」

「……穂乃果なら、そうだって思ってたわ。

 もちろん、今の現状に何も悩みを持たないなんて無理よ。そしてそれを相談する相手が欲しくなる気持ちは、私も分かる。

 でも自分の目的、皆と楽しく過ごすってことを忘れなければ、あんたなら、穂乃果だったら上手くいく、私はそう思ってる」

 

 穂乃果とにこはお互いに自分の言葉は、かなり無理矢理に納得させている、精神論でどうにかなると言っているようなものだ、ということは分かっていた。

 それでも不思議と何とかなる、と思える。

 不安がないとは言わない、それでも穂乃果は今のにこがいなくなってしまった後でも明るい未来にたどり着けるのではないか、皆と一緒なら大丈夫なんじゃないか、と思える。

 

 だがここで穂乃果は疑問に感じた。

 

 にこはこれで良いのだろうか?

 

 彼女の気持ちを尊重しなければならない。そう思ったから、先程のように思えた。

 もちろん、強制的に変えろとは言わない。

 だがにこがお礼を言う機会を後にずらし、一緒に1年間、いや1年とは言わず、1ヶ月だけでも先延ばしにできないか、そう思った。

 そうすればにこだって今の生活を、μ'sの生活を楽しめる。できなくは、ないはずだ。

 

「ねぇ、にこちゃん」

「何?」

「にこちゃんは皆と過ごさないの?

 もちろん、機会を変えろ何て言わないよ。でも、もう少し先延ばしにしてもいいかな、って思って」

 

 きっと後悔する、彼女がそう言っていたことを忘れているわけではない。しかし先延ばしにすることはできなくはないこと確かだ。

 彼女の持つ意思は固い。

 それを知ってはいるが、何故そのタイミングでなのか。その事が頭の中で引っかかっていた。

 

 その疑問ににこは今まで見ていなかった問題とともに答えた。

 

 

 

 

 

 

「穂乃果、今の私は未来の私。なら……過去の私、つまり現在いるはずの私、矢澤にこってどうなってるのかしら」

 

 

 

 

 

 いるはずの私……?

 

 そうだ、確かにそうだ。

 すっかり見落としていた、自分の存在。

 今ここにいるのは確かに高坂穂乃果であり、目の前にいるのは確かに矢澤にこである。

 しかしその中身は未来の自分達であり、今いるはずの自分達ではない。

 

 いるはずの私は、現在の時間を生きているはずの私は、どうなっているのだろう?

 

 穂乃果の中に新たな疑問が生まれた。

 

「ど、どうって……」

 

 考えたこともなかった疑問にすぐ答えられるわけがなかった。

 今まで自分の事、そしてμ'sの事で一杯で、ここにいるはずの自分を考えた事はなかった。

 まして時間をかけたところで答えが出るのだろうか、それすらも分からないことである。

 

 だがその一方でにこはその疑問の答えを考え出していた。

 

「ここにいるはずの私は、自分の中にいるんじゃないか、私はそう思っているの」

 

 自分の中に自分が?

 考える程ややこしいし、言われたところで今一パッと理解できない事であった。

 第一、にこ自体も最適に表現できた言葉だと思って発してはいない。自分で考え敢えて言うなら、という程度であり、穂乃果が理解できないのも当たり前であった。

 

「今いるはずのにこちゃんはにこちゃんの中にいて、でも今いるのはにこちゃんで……んん?よく分からないよ!?」

「わ、私もはっきりと分かっているわけじゃないのよ。ただ、時々自分が意識しない内に動いてたりしているような気がしてて、まるで他の誰かが自分を操っているような、でも記憶にはちゃんと残ってて……」

 

 穂乃果はその言葉に思い当たる事があった。

 

『私、絵里ちゃんと会話したんだよね……?』

 

 前に感じた違和感を思い出す。

 自分が意識していない内に動く、誰かが操っているかのよう、しかし記憶には残っている。

 操っている、などの表現が正しいのかどうかは分からないが、にこの言葉には共感できる点があった。

 

「私も、多分、同じ体験をした事がある」

「あんたも?」

「うん。1stライブが終わって絵里ちゃんと話した時、言葉にはしにくいんだけど、自分が話しているのに自分以外の誰かが話しているような、そんな感覚があった」

 

 あの不思議な感覚。それをにこの言葉と照らし合わせて考えるなら……

 あの時、あの場所で絵里と話した人物はーー

 

 本来いるはずの私?

 

「私も穂乃果と同じような感覚を体験した事がある。特に最近になって、普通に過ごしているはずなのに何となく違和感を感じる事が多くなったわ。もし私が言ったことがあってたとしたら……」

 

 2人はしばし沈黙し、考える。

 学者でもなんでもないし、考えるのはそもそも苦手。だがこの問題に目を離すわけにはいかない。

 特ににこは自分の考えが合っていたとしたら、尚更目を離したくないものであった。

 

 何故ならそれこそが、

「私は今いるべき私に皆と過ごしてもらいたいの」

 彼女が元の時間に戻る理由の1つであったからだ。

 

「今いるべき自分に……?」

「えぇ。あんたの言う通り、先延ばしにしても良いかな、なんて考えた事はあったわ。だってこの1年は私の宝物、この時間に来た時、真っ先にその事を考えた」

 

 でもね。

 そう言って彼女は少し悲しそうに笑う。

 

「この時間にいるはずの私がいるんじゃないかって考えた時、あんた達と過ごした時の事を思い出したの。

 そして思ったの。この時間の私に、この素晴らしい1年間を体験してほしいって」

 

 最初は穂乃果達μ'sを否定し、対立し、だが彼女達の気持ちを知って、この子達と一緒なら……その気持ちから始めたにこ。

 そして彼女は全員と夢のような輝かしい時間を過ごした。

 だからこそ先延ばしの事はもちろん考えた。けれどもう1人いるはずの自分に気付いて思ったのだ。

 

 この時間をどうか楽しく過ごしてほしいと。

 

 2回目、それも悪くないだろう。

 だがそれ以上にこの時間の自分に知ってもらいたいと思った。

 

 

 

 

 自分が出会った、最高の仲間達を、最高のこの時間を。

 

 

 

「分かったよ、にこちゃん」

 

 穂乃果は多くは言わず、ただ分かったとだけ言って笑った。

 にこの気持ちにこれ以上何か言えば、彼女も迷ってしまうだろうし、何より彼女の気持ちを理解できたからだ。

 しかしだからこそ生じる。

 

 じゃあ私はこれで良いのかという疑問。

 

 理解できたからこそ、私も今いるはずの私にバトンタッチした方が良いんじゃないか、そんな事を思い悩む。

 

「穂乃果、あんたは自分のやりたいと思った事を貫きなさい」

 

 唐突ににこからそう告げられた。

 彼女はこれを言ってしまったら、穂乃果は同じ事を気にするだろうと予測できていたのだろう。

 そして予想通り少し彼女が悩んだ顔を見せたので、その言葉を口にした。

 

「でも、それじゃ今いるはずの私は……」

「仮に私の考えが合ってたとして、生活している中で感じる違和感、それが今いるはずの私と今ここにいる私が入れ替わって生活しているため感じるものだとして、何も問題なく生活できているのは多分あっちも自分と同じなんでしょう」

「いるはずの自分も、今の私が感じているような違和感を感じてるって事?」

 

 にこは感じる違和感を、いるはずの自分と今いる自分が入れ替わっているからだと考えている。

 つまりはどれくらいかははっきりとしないが、いるはずの自分が行動しているという事。

 しかし問題なく生活できている。

 

 この事から推測できるのは、相手も同じ状況であり、違和感を感じてはいるが生活できているということだ。

 

 ならば、記憶はほぼ共有されている可能性が高い。

 つまり自分が体験した思い出は全てかどうかは分からないが、生活の上で問題が出ない程度にいるはずの自分も体験しているはずなのだ。

 だから今の穂乃果が体験した事は、相手も体験していると考えられ、間接的とも直接的とも言い難いが、穂乃果の心配している事は解決していると言っても良いだろう。

 

「何にせよ、穂乃果。あんたは戻りたい、戻ってまたμ'sとして活動したいって思ったんでしょ?

 だったらそのままでいいじゃない。その方があんたらしいし」

 

 そう言って笑うにこ。

 だが穂乃果は寂しそうな表情で、うん、としか答えられなかった。

 

 それもそうだ、これからの事は不安だし、にこもいなくなってしまうと言うし、自分が本当にこのままで良いのか納得はできていないし……幾らでも理由は挙げられる。

 それでも今は、うん、としか言えない。

 心の整理が、全くついていない。

 

「穂乃果、とりあえずまだ時間はある。今日は解散して、また話しましょう」

 

 にこは一度別れ、自分で考える時間が必要だと考えた。

 穂乃果の気持ちが複雑になっているのは分かっている。このまま話を進めても、進展は望めないだろうと思ったのだ。

 

「そう、だね」

「あ、連絡先を交換しとかないとね。お互い何かあった時役に立つし」

 

 直接会いにくい2人にとって連絡手段は必須である。にこと穂乃果は連絡先を交換した。

 

「……それじゃあ、また連絡するわ。今日はお互いじっくり考える」

「うん、分かった」

 

 にこは穂乃果の返事を聞いた後、その場から離れていった。

 本当ならもっと話したい、それも出来る事なら思い出話とか、未来ではお互いどうしてるのかなどと、会話が弾む楽しい話を。

 

 久々に出会う事ができたのだから……そうでありたかった。

 

 けれど状況が状況なので、できない事をお互いに理解している。

 だからこそ、今自分が出来る精一杯のことを考えるしかない。

 

 

 

「穂乃果、私がいなくなったとしても、あんたを1人にはしない。その方法を探してみせる」

 

 

 

「にこちゃんが安心して元の時間に戻れるように、頑張って色々考えないと!」

 

 

 

 疑問、不安、それが解消される事は難しい事であるし、そもそもありえないのかもしれない。

 それでも諦めずに考える。

 お互いがお互いのために。

 

 それがμ'sの絆であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




穂乃果の前に現れた矢澤にこ。
その正体は彼女と同じ、未来からやってきたにこであった。

そしてタイムスリップについて話し合う中、相談相手が出来たと喜ぶ穂乃果に知らされたのは、にこはいなくなってしまうかもしれないという事。そして新たに出てきた問題は『いるはずの自分はどうなっているか』というものだった。

何の証拠もない、現場からの推論でしかなかったが一通り話し終えた2人は、とりあえず気持ちの整理をつけるため解散するのであった。


まさかのにこちゃんも穂乃果ちゃんと同じ状況。
しかし近々いなくなってしまうかもしれない、さらに新しい問題も現れ、悩む穂乃果ちゃん。
一先ず別れ、次回は穂乃果ちゃんの家からのスタートとなります。

更新状況などはtwitterの方で主にしております。質問などあるようでしたら、お気軽にどうぞ。
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それではまた次回。
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