高坂穂乃果は再びスタートする   作:ひまわりヒナ

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明かされたにこの過去に悩むμ'sに、答えを出した穂乃果。
彼女達はその為に行動を始める。
その一方で、にこは……

前回に引き続きご報告を。2月分の更新はできません。
次回は早くて3月中となります、ご了承ください。

それではどうぞ。


25話 あの日々に感謝を告げて『→あの日の家族へ』

 静かな空間に小さくアラームの音が鳴り響いた。

 すぐにそれに反応し、アラームを止め時間を確認する。

 時刻は6:00、いつも通りの時間。

 

 彼女は自分の部屋を出て、妹達の寝る部屋へ向かった。

 起こさないようにそっと襖を開けて窓を通して外を見る、彼女の眼に映る景色はいつもと変わらない。

 空を見ると、まだ灰色の雲が覆っていたがその色の濃さは昨日よりは薄くなっていた。

 

 静かに窓を開いてベランダに出る。昨日雨が降ったからか、頬を撫でる風は少し冷たかった。

 

 そんな最終日。

 

 ……よし

 

 彼女は深呼吸した後呟いた。

 

 にこが“にこ”でいる最後の日。

 その日の朝はいつもと変わらない朝だった。

 

 

 –––––25話 感謝の言葉を添えて【あの日の家族へ】

 

 

 

 携帯をポケットに入れて、まず取り掛かったのは朝食作り。

 父は泊まりかけの仕事、母はそろそろ起きてくる時間。そして妹達3人はぐっすりと寝ている。

 毎日頑張っている両親のため、毎日笑顔を見せてくれる3人のための料理。そして高校生活最後の料理。

 食べてもらうには最高の人選だ。

 

「今日は特に頑張っちゃおうかな」

 

 そう思いながら冷蔵庫の中を見る。

 多く食材が存在するわけではないが、何も料理は良い素材ばかりを使う事が美味しさの秘訣ではない。手間を惜しまなければ、そして何より愛情を込めればどんなものでも美味しくできる。

 タコさんウインナー、ウサギ型の目玉焼き、バランス良く野菜のサラダも添えて。そしてほっかほかのご飯。

 目一杯作ることは、お金的にも難しいが、それでもベストのモノを作る。それがにこの手料理。

 

「おはよう、あら今日は随分可愛らしい」

「あ、ママ、おはよう!今日は何だか手間かけたくなって」

 

 料理が作り終える頃、ちょうど母は起きてダイニングへとやってきた。

 見た目は既に仕事へ行く様子、どうやら食べ終わったらすぐに出るようだ。

 

「ごめんね、料理任せちゃって……」

「いいの!にこがやりたくてやってるから、ママは仕事頑張って!」

「うん!にこの料理のおかげでママいっつも元気100倍よ!」

「頑張りすぎて倒れないでよ」

「分かってる、分かってる」

 

 にこにこと笑う彼女の食事はあっという間に過ぎた。

 

 食べ終えると彼女はすぐに席を立って食器を片付け、荷物を持って玄関へ向かった。

 少しバタバタとした出発を見送る、それは良くあること。だが今日は少し違った、にこの見送る目は名残惜しそうに寂しそうなものであった。

 

 彼女がいるはずの未来ではアイドルの仕事に追われ、μ'sの皆はもちろん、母にもそして妹達にも中々連絡が取れない事が続いている。

 だから今の生活が彼女にとっては嬉しかった。

 皆がいるこの生活が、すぐ近くにいるこの生活が。

 夢とともに僅かに薄くなってしまっていたものが、この時代には確かに存在していた。

 

 しかしそれも今日で終わり。

 仕方ないこと、受け入れなければいけないこと、それに未来にだって良い事は沢山ある。

 

 ––––でもちょっと寂しいな

 

「ママ、いつもありがとう」

 

 出かけようと、玄関で靴を履いている彼女ににこは小さく呟いた。

 

「ふふ、なぁに、どうしたのよ急に」

「え、あ、ううん、何でもない!」

 

 自然と口から出ていた言葉だった。

 何故この言葉だったのか、自分は構って欲しかったのか?何かもっと言って欲しかったのか? 自分では分からない。

 

 でもその言葉を言えて、後悔は無かった。

 

「行ってらっしゃい、ママ」

「行ってきます、こころ達をよろしくね」

 

 その言葉を最後に、にこの視界から彼女は去って行った。

 

 寂しい……うん、寂しい。

 でも私にはやらなければならないことがある。

 

 彼女は改めて今の自分の存在の意味を考え、自分の気持ちを払拭した。

 第一、二度と会えないというわけではない、そう考えれば、彼女は大丈夫だった。

 

「こころ達も……」

 

 湧き出る感情にブレーキをかける。

 今更迷うことなどできない。

 だが迷わないはずもない。

 大切な繋がり、今しか味わえないものだってある事を、既に何年かの時を経ている彼女は知っている。

 今だから大事、今だからこそ味わえる大切さ。だからこそ心の奥底で、それを求めてしまう。

 

 けれど後に引き返せない段階まできているのは事実。

 今の気持ちは無理にでも抑えなければいけない。

 

「おはようございます!お姉様!」

「おはよう、お姉ちゃん!」

「おはよー」

 

「っ! お、おはよう!」

 

 元気な挨拶が後方から聞こえてきた。

 おそらく、こころが先に起きて他の2人も起こしてくれた、といった感じだろうか。

 最後の朝の挨拶は朝食を器に盛っている最中、何気ない日常の中で唐突に訪れた。

 

「わー、うさぎさんだ!」

「タコさーん」

「流石お姉様です!」

 

 並べられた料理を見るなり、目を輝かせ眩しい笑顔を見せる3人。

 6年の時を経て、3人の容姿は変わったが性格は変わらず、優しく純粋でいつも笑顔で。だから未来でも目の前にいる3人に会える、そう言っても間違えではない。

 けれど同じだから別に良い、そんな言葉では片付けられない。片付けてはいけない。

『今』をそう簡単に片付けられるはずがない。

 

 それでも彼女は離れることを選んだ。

 そもそも彼女に選択肢は存在していなかったのかもしれない。

 

「ん〜!美味しい!お姉ちゃん、すっごい美味しいよ!」

「もう、そんなに急がないの」

 

 未来の矢澤にこがどうなっているのか分からない

 

「虎太郎、ご飯粒付いちゃってるわよ、お姉ちゃんが取ってあげる」

「ありがとー」

 

 もしかしたらタイムスリップが始まったあの時から、未来の時は止まっているのかもしれない

 

「お姉様、お茶のお代わり入りますか?」

「大丈夫、それよりこころのお代わり入れてきてあげる」

 

 もしかしたら時間は進んでいて自分は意識不明のまま、なんて状態になっているのかもしれない

 

 どうなっているかなんて、確かに分からないけど

 自分の選択は正しかったって、そう思えるはずだから––––

 

 そんな時、

 

「おはよう、そしてただいま!って、すぐにまた出ちゃうけど」

 

 唐突に玄関の扉が開くと共に、聞き覚えのある声が響き渡った。

 とてつもない衝撃を味わったような感覚に陥った。

 ママだ、ママだ!声の正体を頭が捉えて離さない。

 

「あ、ママ!」

「ママだ、ママだ!おかえりー!」

「おかえりなさーい」

「ただいま、こころ、ここあ、虎太郎」

 

「え、ま、ママ!?」

 

 食べていた箸を置いて駆け寄る3人。

 そんな3人の言葉を聞いて、驚いた表情で玄関を見るにこ。そして確かにその目で確認した、母の姿。

 頭では分かっていたが、先程行ってらっしゃいの言葉を送ったばかり。とうとう幻聴でも聞こえたのかと、自分の耳を少しの間疑い反応が遅れたが、間違いなくそこに彼女はいた。

 

「ま、ママどうして?忘れ物?」

「ふふ、さっきね。会社に行こうと思って駅に行ったら、美味しそうなシュークリーム屋さんがあって、つい買ってきちゃった」

「か、買ってきちゃったって……」

「わー本当だー!美味しそう!」

「こ、ここあ、私にも見せて!」

「ぼくもー」

 

 美味しそうな甘い香りよりも、何故唐突に彼女がこんな行動を起こしたのか、それが気になって仕方がなかった。

 

「あ、もちろん、会社の時間は大丈夫よ、にこ」

「え、あ、うん、で、でもママど、どうしてこんな事!?」

 

 ただただ戸惑うにこ。

 そんなにこの言葉に返答する前に、彼女は急に3人に向けて1つの提案を提示した。

 

「ねぇ3人とも。ママとにこお姉ちゃんと一緒に、写真撮ろっか」

「写真!撮る撮る〜」

 

 ここあの言葉に同意するかのように、うんうん、と頷く2人。

 一方でさらに頭の中が疑問だらけになったにこは、現状が把握できず、返事をすることすら出来なかった。

 

「ほら、にこ、撮るわよ」

「え、えぇ……?」

「お姉様撮りましょう!」

「撮ろー撮ろー」

「お姉ちゃん来て〜」

 

 3人で彼女を引っ張り、お互いぎゅうぎゅうに近づく。

 そこににこの母も入って、自撮りモードにした携帯画面を全員がしっかり入るように掲げる。

 

「ほら、にこ笑って」

「そうだ!皆で、にっこにっこにーってしよ!」

「ふふ、いいわね、じゃあ皆元気な笑顔でにっこにっこにーよ、にこ、掛け声お願いね」

 

 え?え?

 疑問を解決する猶予は与えられないまま、掛け声をお願いされるにこ。そしてそんな彼女にキラキラとした眼差しを向ける3人。

 

 ……もう、何だか分からないけど、まぁいっか。

 

 そんな3人のキラキラとした表情を見て、疑問はとりあえず置いていてもいいかという気分になった彼女は、自分の手をいつものあの形にした。

 

「うん、それじゃあいくわよ。さぁみんなでご一緒に!」

 

『にっこにっこにー!』

 

 

 シャッター音が笑い声と共に鳴り響いた。

 

 

 

 

「ママ、急にどうしたの?」

 

 先に席に戻り、母が買って来たシュークリームを食べる3人をよそに、再び靴を履き直す彼女ににこは疑問を投げかけた。

 彼女は黙ったまま携帯を少しいじくると、ポケットに入れていたにこの携帯の通知音が鳴った。

 彼女はポケットを指差した、すぐにそれは携帯を確認しろというジェスチャーである事は分かり、ポケットから携帯を取り出し開く。

 送られてきた一件の通知。

 画面に映ったのは、今目の前にいる母からの1枚の画像。

 先程撮った、1枚の画像。

 

「ど、どうして? 」

「気になっちゃって」

「 え?」

 

 彼女は靴がしっかり履けた事を確認すると、立ち上がって振り返った。

 

「あなたが皆の事を誰よりも気遣ってくれる優しいお姉ちゃんだってこと、私は誰よりも理解してる。

 でもね、さっき何で急に感謝を言われたのか、それが分からなかったの。あ、もちろん嬉しかったのよ?嬉しかったんだけど、それがすっごく気になった」

 

 分かるわけない、だって私にも分からなかったんだ。

 

「それで思った、何かは分からない。けど誰にも言えない、そんな悩みがあるんじゃないかって。悩みがあって、でも誰にも言えなくて、けど何か言葉にはしておきたくて……」

 

 私、私は––––

 

「間違ってたら、ごめんね。でも私はそんな気がして、だから……だから、少しでもあなたの力になれないかって」

 

 彼女は笑顔で、私を抱きしめてくれた。

 

 ––––寂しくて

 

 とても温かくて。

 

 ––––1人は嫌だった

 

 とても優しくて。

 

 ––––言えなかったけど、誰かに気付いて欲しかった

 

 とても心地よくて。

 

 気付いたら私は静かに涙を流していた。

 

「にこ、あなたは1人じゃないのよ」

 

 たった一枚の画像。

 それが私の、矢澤にこの孤独、その否定の証明。

 

 彼女の私の発言への疑問が、彼女の私への気遣いが。

 たった少しの行動が、その大切なことを証明してくれた。

 

 

 

 

「それじゃ、行ってきます!お姉様!」

「行ってきます、お姉ちゃん!」

「いってきまーす」

「行ってきます、にこ」

「うん、行ってらっしゃい、こころ、ここあ、虎太郎、ママ!」

 

 母はちょうど良いからと、3人の出発と同時に家を出て行った。

 元気な笑顔で手を振ってくれた、だから彼女も玄関の扉が閉まるまで笑顔で手を振り続けた。

 静かに響く扉の閉まる音、僅かに漏れ出していた光も消えた。それが今の彼女と、今の家族との別れの瞬間だった。

 

 

 ––▽––▽––▽––

 

 綺麗に片付けられた食器がキッチンに置かれていた。

 冷蔵庫には多めに買ってきていたシュークリームの余りが入った箱、食べてそのままにせず、冷やしておいてくれたらしい。そういえば自分の分を食べ忘れていた。

 まだ時間は大丈夫だ、後で1つもらっていこう。

 

 妹達の部屋には既に畳まれた布団があった。

 まだまだ小さいというのにしっかりした子達だ、と思わず笑みをこぼす。

 少し乱れている点も多々見える、けれどしっかりと一生懸命手入れしようと奮闘したのだろう、そんな光景が自然と目に浮かんだ。

 開かれたカーテン、窓を通して見えるベランダに洗濯物は1枚もかけられていない。

 

 自分の部屋に戻り、登校準備を始めた。

 と言っても、既に昨日の時点で用意はできている。筆記用具や教科書、忘れ物はないか、その確認。

 着る制服はいつも通り、しわ一つない。

 寝巻を脱いで、制服を着て、最後にしっかりとリボンを締める。着心地も問題ない。

 登校の準備はあっという間に終わった。

 

 ふと辺りを見渡した。

 そういえば未来、自分は1人暮らしをしている。この時代に戻ってこの部屋を見た時、懐かしいな、と思った事を思い出した。

 

「そういえば、皆の画像を加工したりしてたんだっけ?」

 

 問い詰められた事もあったなぁ、とどんどん出てくるあの頃の記憶。面白くて、自然と笑える。

 着替えの入ったタンス、アイドルの資料、とっても柔らかくて心地よいクッション、小さい頃から一緒に付き合ってきてくれた人形達、そんな思い出の詰まったこの部屋とも、今日でお別れだ。

 

 でも彼女は笑顔でその部屋の扉を閉めることができた。

 

 

 最後に向かったのは再びキッチン。

 忘れ物もなく、登校準備は万全。もうやることは無い。

 冷蔵庫を開けて、箱から1つシュークリームを取った。これだけいただいて、後は家を出るだけだ。

 

「……美味しい」

 

 誰もいなくなって静かになった空間で食べた一口は、とても甘くて美味しいものだった。

 シュークリームを片手に携帯を開いて時間を確認する、まだ時間は十分、ゆっくり食べよう。そう思って、食べる二口目。

 小さな手のひらにうまってしまいそうな程、あまり大きいサイズではない。故に後二口も食べれば、口の中へと消えてしまう。

 そんな小さなお菓子の三口目、甘いその味は変わらない。

 

 最後の一口–––– を食べる前に、開いていた携帯の画面をまじまじと見つめていた。

 時間を確認するだけのはずが、ロックを外し、先程母から送られてきた画像を開く。

 そして片隅に表示された『保存』にそっと触れ、次に自分の写真フォルダを開いた。

 

 最新の写真、家と共に写された母と妹達との写真。今はまだ私達だけの、にっこにっこにー。

 

 にこは手を動かし少し操作した後、画面を一度閉じた。

 そして再び画面を開いた時映ったのは……さっきの笑顔の写真だった。

 

「なんで、シュークリームが、しょっぱいのよ……」

 

 最後の一口は少ししょっぱくて、目に映る画面は歪んで見えていた。

 

 

 

 

 

 鍵を閉めた。

 2回ドアノブを回す、確かに閉まっている事を確認した。

 ドアノブから手を離し、一歩後ろに下がった。ドアの向こうに広がる、自分の家の景色が透き通って一望できた。

 彼女の目には、確かにそう映っていたのだ。

 

「ありがとう、行ってきます」

 

 彼女は深く頭を下げ、そう言った。

 そして歩き出す、その家に感謝の気持ちを残して。

 

 

 

 

 数年後、秋葉原にある小さな家、スクールアイドルとして駆け出し始めた頃宇宙No.1アイドルが住んでいたその場所は取り壊される事になる。

 その家にあったものは、全て移動されたが、あの時のまま全てが移り変わったわけではない。

 けれど確かにそこには、彼女の彼女達家族の思い出と感謝の気持ちが取り壊されても尚残っていた。

 

 

 

 




どうしても書きたかったにこちゃんの家。
描写として、やはりにこちゃんの家族については書きたいと思っていて、前回に続いてにこ襲来最後のシーンに繋げようかとも考えましたが、にこちゃんにとって必要な存在に家族は欠かせないと思い、この回を。
25話でこの回を出せてよかったと思います。

さて、しつこいようですが、次回の更新は3月以降となります。
そしてついに次回は……

それではまた。
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