東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
でも。
本当に大事な物を掴めないんなら、意味は無いんじゃないかな。
最後にあいつはそう言った。
こいつの体に入った時点で、私はあいつと共に生きるんだ。
乗っ取っても良かった。
・・・でも、最初にあいつと会ったとき。殺そうとした私に対して、あいつは優しく接してくれたんだ。
ちゃん付けは慣れない。
でも、あいつが消えるほうが、もっと慣れない。
【とある少女の、とある独り言――――】
ひやりと。
隔の声が響いた瞬間にはもう、俺の喉元に黒い刃が突きつけられていた。
しかし、それは突如噴出した赤黒い霊力に壊される。遠くで黒い靄を纏う少女に向けて、俺は左手を向けた。
「ありがとう陽炎!行くぞ、結界[双対ノ禊]!」
『・・・どういたしまして』
四つの長方形の結界が瞬時に生成される。
青白い光の中に宿る赤い霊力。八咫烏[焔]が再び、隔へとその鉤爪を向けた。
マックロクロスケ。それは隔の様子から見るに、暴走妖の核である悪夢の霊力を一時的に増幅する技。
しかしそれは飽く迄一時的。途切れれば、消費した分霊力は減る。
それは、破霊陣で壊しやすいことを意味するのだ。
最低、使えるだけの拒絶は残しておく。
耐えるのは正面からの殴り合いでも良いのだが、右腕の使えない今それはかなり分が悪い。
「フルバースト」
そっと宣言する。体の霊力が活性化すると共に、血まみれでぐぢゃぐぢゃの右腕から黄金の光と黒い刻印が浮かびあがる。刻印はその形を変え、三つのリングとなり俺の腕を中心に回り始めた。
青白い守護の光が放たれる。双対ノ禊がギシッと軋み、厚さと強度を増す。
でもそれも気休めにしかならない。俺は陽炎に頼み込んだ。
「陽炎!お前の技・・・えっと、弓矢使わせて!」
『あんた今右手使えないでしょうがあ!!』
「口で弦引くから!」
『このっ・・・馬鹿!』
話している間にも、巨大な黒い刃が結界を一つ粉々にした。
フルバーストの、全力結界。それがかなりの速度で破壊され、焦りは更に増す。
ぼおっ、と赤黒い霊力が左の手のひらから揺らめきあがり、そして一つの長い弓が生成される。
その弦を俺は咥え、ぐぐ…と引っ張った。
照準は当たり前にブレル。しかし、これは霊力の弓矢。最悪、撃つ方向さえ合っていれば良いのだ。
二刀の巨大な漆黒の刃が、同時に二枚目と三枚目の結界を粉砕する。
放たれる神速の蹴り。一瞬で五発くらい撃ち込まれ、呆気なく中央から霧散した。
「ふぁへふぉう・・・ふぁほんだ!」
『ああもう、締まらないなあ!揺らめけ、貫け、――――壊せ、[陽炎]!!』
陽炎の凛とした声が脳内で響く。俺はそれと同時に口を離すと、赤黒い霊力が一瞬揺らめき、消え。
そして、隔の靄を消し飛ばした。
世界の理を破壊する程度の能力。俺はそれを一分しか使えないが、それでもやはり強い。
大半の霊力を消され、その隙を八咫烏は見逃さない。縦横無尽に鉤爪を振るい、隔の黒い刃を折っていく。
目に見えて、マックロクロスケは途切れていく。
隔の疲労。黒い刃も段々と朧げに霞み、ノイズが掛かったようになっていく。
「陽炎」
『・・・ん』
「今までありがとうな」
『・・・』
もう、あれくらい減ったなら大丈夫だろう。
俺はフルバーストを解き、八咫烏を消滅させる。
「オーバーレイ!!」
ドンッ!! と俺の左右に黒と白の霊力が燃え上がる。闇夜を切り裂く光。
夜風が、心なしか強く成る。秋の風は冷たく、くすんだ色の草がゆらりと靡く。
(本当に良いんだね?)
「・・・うん」
幻夢が呟く。それに小さく頷き、俺は疲れ果てている隔へとゆっくり歩み寄る。
無防備すぎる状態。ただ霊力を纏っているだけなのに近づいてくる俺を見て、隔は警戒心を露わにし黒い刃の切っ先を持ち上げた。
喉元に突き刺さる軌道。間合いに入った瞬間、それが飛んでくる。
しかし、喉を突き刺されるのは問題なので流石に避ける。歩みは止めずに。
左手を持ち上げる。九十九が赤く染まり、拒絶の霊力を纏った。
一歩歩むごとに、色んな記憶がよみがえってくる。魂の奥底に眠る、17年間の記憶が。
ああ、こいつは怖いのが苦手だったっけ。
そのくせホラー映画にチャレンジするんだよなあ。
隔との、別れ。
どうやら俺は、約束を守れないらしい。
ドズンッ、と刃が俺の腹を貫通する。赤い鮮血が溢れ出すが、それを気にせず俺は歩み続けた。
咳き込むと、そこから血が吐き出された。そんなに長くないことが嫌でも分かってしまう。
――――月が、綺麗だった。東の空が、白み始めていた。
最後に、なるだろう。
というか多分初めて。俺は、魂魄隔を左手で抱きしめた。
俺の腕の中で、少女の体が固まる。困惑しているようだった。腹に突き刺さる刃の痛みは最早薄れ、意識も視界も消え始めている。
「・・・隔」
最後に。
俺に、何かを言える勇気があったら。どんなに、良かっただろうか。
「――――ありがとうな。また、会おう」
一度、力強く抱きしめる。
ずっと変わらない温もりを久々に感じ、柄にも無いが少し目元が潤んでしまった。
九十九に、ヒビが入る。
オーバーレイが消えかかる。
隔の後ろで、朝日が昇る。燃え上がる太陽が、夜空を明けさせていく。
成程。最後にこれを見たいって言っていた気持ちが、分からなくもない。
俺は微笑んだ。膝が崩れ落ち、隔にもたれかかる状態になる。
頬を熱い何かが伝う。今更か、と思いつつ、俺は呟いた。
「破霊陣」
パキンッ、
呆気なく。そして、儚く。
夜明けの空の元、そこで何かが砕け散った。