東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
俺の中の全ての力が、その右拳のみに収束した。
純白の極光を放ちながら、その溢れかえる霊力は俺の右拳から肘を貫き後ろへと噴出している。左膝を伸ばし、右膝を曲げた低空姿勢のまま、俺は体をギリギリと全力で捻る。背筋が軋む音を感じながら、俺はそれでもまだ全身に力を籠め続ける。
俺と悪夢は、何も言わずに理解していた。
この一撃に全てを懸けると。お互いがお互いに、そう言わずとも誓ったのだ。
だから俺は止まらない。幻夢の魂が急速に消滅の速度を速め、それに比例して大きく燃え上がる純白の霊力を更に更にと限界を追い求め続ける。何かの些細な切っ掛け一つで壊れそうな右腕の拳の先を左手の手のひらで押さえつけ、エネルギーが暴発しないようにストッパーを掛けながら限界を、そしてその上を追い求め続ける。
”満たされようとする欲”、漆黒の博麗悪夢もまた同じ様に自身の体を削って全力を出していた。
切り飛ばされた左腕から出ている霧状の黒い霊力には見向きもせず、ただただ分厚い雲が覆う曇天を見上げだらんと下げた拳に霊力を集中させている。
見上げているだけでは無く、それは咆哮の構えだった。人外ということをひしひしと感じさせる大声で吠え続け、渦巻く漆黒の霊力は悪夢の右手から放たれている。
その霊力の密度と量は測り切れない。砲声は一瞬たりとも止まずに、天を仰ぎ続ける悪夢は右拳を握り続ける。
やがて、俺は低空姿勢のまま体を捻り、右拳とそれを抑える左手に集中していた視線を悪夢に向けた。
悪夢も同じように、天を仰いでいた二つの黒い目を下ろし俺の瞳と視線を合わせる。
殺気が、濃密な刃となって両者の首元に当てられているような感覚。霊力が激しく燃え上がる中で、俺達は更に全力を超えて、命を削る。
魂を燃え上がらせる俺たちは、漆黒と純白の霊力を滾らせ、そして地面に着けた足をジャリッと少し回転させた。その瞬間、ギリギリの状態で押さえていた霊力が解放される。
それは、一瞬だった。
地面を蹴り崩し、無数の亀裂を生み出し地面を破壊しながら跳躍した俺と悪夢は10mの間合いを瞬く間に零にした瞬間に、右拳を打ち出した。
ジェットエンジンの様な轟音を轟かせ、ロケットの様に有り余る霊力を後ろに放出して威力と速さをブーストさせる。限界を大きく超越した二つの拳は真正面から衝突し、衝撃波で空を覆っていた大雲を吹き飛ばした。
吹き荒れる突風―――いや、暴風は全てを巻き上げ、粉砕し、飲み込んでいく。気流の渦に巻きあげられた地面や木々は荒々しく地面に落とされ無残に散らばり、震える大気は幻想郷中に豪風を吹かせていた。
その中心点、拳と拳がぶつかり合う所で俺と悪夢はせめぎあっている。
互角。押しては戻され、戻されては押し返す。
揺るがない拮抗の中に居る俺は、諦める事は無かった。
例えこの時間が無限に続くのだとしても、俺はこの拳を揺るがさない。
今まで、色んな物を掴み落としてきた――――――その右手で、また俺はしっかりと握りしめる。
それは未来。ここで絶対に終わらせない。
夢幻魂歌は、自身の夢を世界に反映する。
それは過去を変えることも、未来を変えることも、現在を変えることも出来る。
凄い力だ。
だから俺は使えない。つい一年前まで普通の高校生だった俺は、不完全な物は使えても完全な夢幻魂歌を使う事は出来ないのだ。
だからこそ出来るのは、未来を変える事。
過ぎ去ったことは変えられない。でも、その先は変えられると言う事を、俺はこの一年間でしっかりと学んだ。
俺は右手を伸ばし続ける。皆と一緒に未来を掴むために。
その為にも。
俺は、こんな所で負けるわけにはいかないんだと。
心の、魂の奥底でそう呟く。
その小さな声は幻夢が消滅していく感覚と、陽炎が消えたその瞬間の記憶と相まって。
いつしか、大きな叫びとなっていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
無様だった。
何の形にもなっていないただの絶叫。だけど、熱く熱く俺を突き動かすエネルギー。
拮抗を保ち続けていた拳が、少し押した。
力を籠め続ける。押し返そうと踏ん張る悪夢のその拳を更に上から押し返して、俺は一歩前進する。
未来へと。
そして、勝利へと。
刹那、それは突然に訪れた。
ミシッと音を立てて、悪夢の右拳が軋んだ。
そして、能力の意思で出来ていた漆黒の拳に亀裂が入る。そこから眩い光が放たれ、声が小さく響いた。
―――――――今だよ。さあ、全部終わらせて、真――――――
博麗悪夢の、声だった。
漆黒の右拳に生まれた微かな亀裂は、今や”満たされようとする欲””の全身に広がっている。
パキパキと崩れ去る漆黒の体。
そこへ俺は、今にも消えかかっている博麗幻夢の、その純白の霊力を極限まで振り絞って―――――!!!
「あああああああああああああああ!!!!!!」
叫び、そして貫いた。
拳が完全に振り切られ、漆黒の悪夢の胸を穿つ。深く深く突き刺さった純白の拳は凄まじい極光を周囲に撒き散らし、そのヒビ割れた悪夢の体を完全に吹き飛ばした。
「はあっ……ああっ……」
ズキズキと痛む右腕をだらんと力なくぶら下げ、左腕で額に浮いた脂汗を拭う。
終わった……のか……?
俺の中に、もう博麗幻夢は居ない。
そして目の前に、漆黒の博麗悪夢は―――――――
勿論、いない。
しかし、そこには黒い霊力の物体があった。
「……!?」
呆然とそれを見つめる。
それは空中でズズズと音を立て、少しづつ少しづつ大きくなっていく。それは、捕食。
”満たされようとする欲”が、そこにはまだ存在していた。
もう博麗悪夢も居ないそれは単なる欲。見境なしに全てを食らい尽くすのみの物体。
それでも、俺にはそれを止める術はない。何故なら、もう俺の中に霊力はないから。
………そう、俺は確信していた。
なのに何故なのか。もうその時、既に駆け出していたのは。
霊力も無い。
[恵まれる程度の能力]も、皆の治療をしている。
それなのに。
それなのに。
何も出来ないのに、駆け出しているのは。
ズキンズキンと痛みを訴え続ける右腕に力を籠める。奥歯を噛みしめて、更に俺は強く右拳を握りしめた。
あと一度。
もう一度。
踏み出せ。そして、未来を掴み取れ。
そのたかが十数mが、何倍にも膨れ上がったかのようにも思えた。
遠い。果てしなく遠く思えるその距離を、地面を蹴って駆け出す。世界はゆっくりと見える。奥に映るのはどんどん大きく成っていく”満たされようとする欲”。
一歩。また、一歩。
踏み出す。体重を前にかけて、痛む体で走り続ける。
そして俺は、叫んだ。全力で、絶叫した。
最初で最強の、その技を。
「バアァアァアァアァアストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
全身全霊。魂も心も燃え上がり、空気を焦がすほどに熱く。
正真正銘、最後のバースト。
その究極のバーストの出力は、
――――――――0%。
走る。走る。膨れ上がる黒い霊力に向かって、俺は
体を捻り、弓の弦のように体をしならせ、そして拳を全力で振るった。
が。
それをギリギリの所で回避する黒い霊力。生じた俺の大きな隙を狙って、”満たされようとする欲”は俺を喰らおうとその漆黒の虚空を大きく広げて――――!!
俺は、それに向けてもう一歩踏み出した。
虚空へ向けて。この拳が、届く様に。
しかし。踏み出したところで右足が痛みガクンと体が折れる。明らかに届かなくなったその距離に、俺はそれでも右拳を崩しはしなかった。
届け、届け。届かせろ、と。
必死に願う。態勢を崩しても尚、その状態から俺はもう一度地面を蹴って、
突然、背中を何かに押された。
それは生真面目で、優しく温かい手のひらだった。
それはマイペースで、ぼんやりとしている手だった。
落ちていた体が、押されて加速する。
何が起きたかわからない。それでもバーストは、俺の途切れなかった思いは今奇跡を起こした。
それは素直で優しくて、でも歪んだ少女の温かい掌だった。
強く俺の背中を押してくれる。拳が一気に進み、俺の体も前進した。
届かなかった拳は、今やその距離を10cmくらいまで縮めている。俺は地面をしっかりと踏みしめて、そして大きく一歩踏み出して。
その瞬間に、一際強い手のひらに俺は押された。
それは優しく、それでも素直になれなくてひねくれていた。でも、最後まで支え続けてくれていた少女の手。
それは強く大きく温かく、俺をここまで導いてくれた手のひら。
少女はどすんっと俺の背中を押し、強い手のひらはバシンッと俺の背中をたたいた。
そして、俺は更に加速する。
青緑の光が、右拳に纏わりついて。
紅の魔力が、更に上乗せされて。
狂気を感じさせる魔力もそこに混ざって。
紫紺の妖力も合流して。
虹色の魔力が、白い霊力が後ろからそこへ混ざる。
桜色の霊力が輝いて。
赤黒い霊力が燃え上がり。
純白の霊力が最後に俺を後押しする。
全ての、皆の力が合わさった拳は極彩色に大きく輝き、膨らみかけていた黒い霊力に深く深く突き刺さって。
そして、今度こそ確実に爆散した。黒い”満たされようとする欲”は空へ無数の欠片となって、そして消滅していく。
青緑の光が、最後の役目を終え、消滅する。
俺は戻ったのだ。普通の、現代に生きる男子高校生に。
――――――終わったのだ。幻想郷の危機は。
たった一人の少女の暴走は。
一つの家族の笑みを持って、血塗れた記憶の不幸な連鎖はここで遂に途切れた。
俺の背中を叩いた無数の手のひら。後押ししてくれた数々の、魂。
後ろを振り返る。そこには一瞬だが、博麗悪夢と良夢、怪夢。
そして博麗幻夢と陽炎が見えて、彼女たちは皆笑っていた。
ふっと消える幻夢達。その後ろから、今はもう無い[恵まれる程度の能力]が治療してくれた霊夢達が俺へ向かって駆け寄ってきていた。
皆は、笑顔だった。心の底から笑っていて、俺もにっと笑みを浮かべる。
空を覆い尽くしていた黒く分厚い雲はもう無い。
そこに広がるのは、雄大に広がる大空。雲一つない空は、まるでこの血の記憶の終わりを表すかのように、夕暮れ時の茜色に染まり始めていた―――――――――。
次回、エピローグ。
これを持って、夢幻魂歌シリーズは終了となります。