思ったより、このデスゲーム攻略は悪くない   作:形右

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 忘れてしまった人は初めまして。覚えて下さっていた方はお久しぶりでございます。

 ものすごい久しぶりの投稿です。山場故に、書いても気に入らないことが多く、どうにか書き終えることができたので投稿します。
 今回かなり一話の量が長めです(三万文字超えました)。

 それはともかくとして、これでついに《圏内事件》が終わりを迎えます。僕なりに書いたラストをお楽しみいただければ幸いです。

 それでは、どうぞ!


『笑う棺桶』

 

 

 

 シュミット氏に会いたいので、それに付いて来てくれないか? というメッセージをいただいたハチヤ達。

 半分逃走手段としてそれを選んだハチヤは、皆を連れてそのメッセージの差出人であるヨルコに一同を引き連れ彼女に会いに行くことになった。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 その後、粗相もなくヨルコと合流し、シュミット氏のいるという宿屋を訪れようとしたハチヤ一行。だが、ハチヤは宿屋に入る直前になって、急に足を止めた。

 そんなハチヤを見て、ユイが不思議そうに聞いてくる。

「? ハッチー、どーしたの?」

「ああいや、今更だが、こんな大人数で押しかけてもいいもんなのかと思ってな……」

 割とシリアスな話し合いの場に大人数で押しかけても、あまりいいことはない――と思う。

 まあ、宿屋の前でいきなり立ち止まるほどのことでもないような気もするが……それでも何となく考え付いてしまったものはしょうがない。

 ヨルコにそれを尋ねると、宿屋の広さ的には問題ないだろうということは分かった。それにチーム分けをするとバランス的な問題がと言われた。

 まぁ確かに、ここにいるメンバーはいずれも手練れと呼んで差し支えないほどではあるが、例えばハチヤとキリトを護衛にしてしまうと攻撃力が駄々下がりするし、かといって女性陣を護衛に着ければただでさえ重めの話し合いの場で男性1人というのはシュミットにとって居心地を悪くしてしまうだろう。

 かといって、男女のペアで分けるなら――ハチヤとユキだと残ったメンバーに参謀役が足りない。ハチヤとユイだと咄嗟の事態に対処するのはハチヤの負担が多くなり、残ったキリトたちのスピードメンバーが不足してしまい追跡に戸惑う。かといってキリトを他の女性陣と組ませると、今度は残ったほうの攻撃力――強力なアタッカ―が不足する。もし相手が硬めの武装を使って来たらハチヤ達では決定打には至らないだろう。

 そのためにも、キリトは必須だ。一撃で相手を止めるという点ではどちらにも必要であるし、追跡もハチヤとユイ、アスナという敏捷型がいるにしても……決定打を欠いては意味がない。

 加えてユキとイロハの武器は『槍』と『短剣』。どちらも結構癖がある武器だ。相手が手練れで対人特化なら、苦戦する可能性が高い。

 それに今回の事件、あくまでもまだ解決には至っていない。そもそもの〝原因〟はいまだ不明であるし、グリムロック氏の方もまだ裏付けが取れていない。それに、この事件に《殺人者(レッド)プレイヤー》や未知のスキル・アイテムが――某団長様からは、『無い』というお言葉は賜わったが――用心するに越したことはないだろう。加えてヨルコは、寧ろここまでかかわったのに、その確信たる話し合いの場に席をおかないのもどうかと思うし……何よりハチヤ達の見解も聞きたいと言ったのでハチヤ達は少し強引すぎるような気もしたが、結局全員で話し合いの場に参加することにした。むろん、それなりにこれまでの事情を直談判の場で耳に入れておきたかったというのもある。

 そんな訳で、一行は宿屋に足を踏み入れることになったのだった。

 

 幸いなことに、シュミット氏も全く知らない顔ではないハチヤ達が半ば立会人のような体で参加してくれるということで、少し安心したらしい。突然の、それもかなり不躾ではあり、かつこの件の根本に関しては完全に他人な自分たちではあるが、この立ち合いに関しては寛大に受けいれてくれたので、――ひとまずは事なきを得た――と、いっていいだろう。

 

 そして、話し合い――というよりも半ば議論の様であり、しかし事実確認であるようなこの霞がかった会談は、幕を開けた。

 

 シュミット氏はヨルコの方からこれまでの顛末を簡潔に聞き、次第に顔色が悪くなっていく。その様子に、一同は口には出さないが――彼が、確実にギルド・《黄金林檎》のリーダー、《グリセルダ》の〝殺害〟に関与していることを――それを、確信した。

「――つまり、カインズを殺したのは……グリムロック、なのか……?」

「……分からない。売却反対派を疑っての、犯行なのか……それともGAの売却派の仕業なのかもしれない」

 グリムロックの槍が犯行に使われても、それが証拠にはならない。作られた槍(もの)を〝使って〟、〝殺人〟を行う……なんてことも考えられる。

 いくらここがゲームの中でも、売却できたはずの物の売り上げに価値がないわけではない。確かに、モンスターを狩ることによって『お金』は所謂一般的な『レアアイテム』なんかよりは比較的簡単に手に入る。だが、ここが半ば『現実』となってしまっている現状では、たかがゲーム内通貨の《コル》であっても普通にお金として効果を発揮する。

 何せ、空腹で死ぬことはないが、空腹は訪れ……唯一現実と連動している睡眠にしても、どこでもそれをとるのは簡単であるが、安全や安心感を考慮すれば野宿よりは宿屋やホームをとるだろう。

 

 ――それに、初めにも言ったが……ここは、あくまでも《ゲームの中》なのだ。

 

 当然、『遊び』たくなる。つまり、『戦いたくなる』のはある意味『必然』である。だから、自分を高めたくなる、〝カッコいい自分〟でいたくなる。

 それがこのゲームに集まった大半の人間が抱いている感覚であり、それに当てはまらない人物でも、絶対に心の底では持っている感情。

『プレイヤー』とはそういうものだ。

 だから、こんなゲームの中だからこそ、〝こういうこと〟が、〝普通に起こる〟。

 現実の縮尺の図式が、このゲームの中でも展開されているのだ。人と人の、醜い『欲』のぶつかり合い。それが、今回の出来事を引き起こした――と、言っても過言ではない……。

 その意味は、ヨルコは半ば確信しているらしく……彼女はシュミットに対して、こんなことを言い始めた。

「……でも、もし……。もしも、グリムロックさんが犯人なんだとしたら……あの人には、私達全員を裁く権利があるのかもしれない」

「……何……?」

 シュミットは青ざめた顔のまま、首をもたげてヨルコのブルーブラックの瞳を見つめ返し、ヨルコの方はそのまま言葉を続けていく。

「あのとき、売却云々の話し合いをしたとき……。私たちはギルドの為に、って言って売却に反対した。でも、それが本当にギルドの為かっていうと……きっと、そうでもなかった」

「な、何を……?」

 喘ぐようにして、どうにか言葉をした、かのようなその呟きは……非常に弱々しく……それは、彼の動揺の程をまざまざと示す。

 その動揺にも止まらず、ヨルコの半ば独白と化した言葉は続いていく。

「……あの時、《指輪》を手に入れた私たちは自分の『欲』を捨てきれなかった……。だって、いつかGAを攻略組に! なんて、言ってたのに……結局は『売却』選んだ人が大半だったわ。もし本当に攻略組に入るくらいギルドを強化するのだっていうなら、あの時一番最善だったはずの選択肢があったのに……私たちは『それ』選ばなかった。リーダーに任せる、一番実力のあるリーダーに装備してもらう……考えてみれば一番簡単で単純な事だったのに、私たちは言葉を濁して〝自分の強化〟を選んだ…………」

「ち、違う……!」

「違わないわ……」

 シュミットの言葉を、ヨルコは間髪入れずに否定した。窓際の方へと移動していき……淡々と、自分の続きを語る。

「実際……、売却に反対したのは、貴方とカインズは〝自分が使いたい〟からで、私は……そんなカインズに合わせて、それに乗っただけ……本当に只それだけだった。他の売却派の皆だって、《指輪》を売却したお金で〝何か〟をしたいから……どこまでも、自分勝手な理由だった。でも、そんな中でさえ、グリムロックさんは、その選択をした……」

「「「……!?」」」

 その話は、初耳だった。初めて聞いたその事実に、ハチヤ達は驚いた。

「だからきっと、あの時私欲に流されなかったあの人だけが……、私たちに――愛する人を奪った私達に――制裁を加える権利があるのよ……。私欲を捨てきれなかった、愚かな私たちに、復讐する権利が……」

「……冗談じゃない…………冗談じゃないぞ……っ!! 半年も前の事なんかで、今更……今更…………っ!!」

 シュミットは小刻みに震えながら、譫言のようにぼそぼそとその言葉をつぶやいていく。

「……私……、なんとなくだけど――半年も前だから、なんじゃないかって……思う。今更、って言えばそれまでかも知れない。でも、それでも……殺された方からすれば、能天気にこの半年を過ごしてきたのを見ていて……面白いわけがないもの」

「……じゃ、じゃあ何か? お、お前は、リーダーが化けて出でてきたとでも……ッ!?」

「……ただ、そうかもしれないって、思っただけだけど……。でも、あんがい理に適ってたりして、なんて……思える気もするの。だって――普通のプレイヤーには、()()()()()()()()()なんて、普通じゃあ出来ないもの……」

「あ、有りえるわけがないだろうが……っ! そんな、話が……っ!! だ、大体…… 幽霊なんかに殺されるなんて、お前はいいのか!? ここまで 生き延びてきたっていうのに、そんな風に殺されるなんて……お前は受け入れるって言うのかっ!?」

「――、」

 その半ば叫びのようなその声に、言葉を探したヨルコが、ようやく何かを口にしようとしたその時。彼女の唇が何かを告げよう、と動いたその瞬間……彼女の言葉は極右に消え、代わりに――とん、という軽い音が響き、ヨルコの体がよろめく。

 一同は、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 ヨルコの様子が、唐突に変わったのに違和感を感じた致道は何が起こったのかについて、考えを巡らせる。

 

 だが、その答えは――あっさりと示される。

 

 ヨルコが、よろめき……窓辺に手を突いた瞬間。図ったかのようなタイミングで、ヨルコの腰のあたりまでかかっていた長いブルーブラックの髪をなびかせ――彼女の背を白日の下に

 さらす。そこにあったのは、あまりにもちっぽけな物。

 

 ――それは、彼女の背にあった……いや、〝刺さっていた〟。

 

 ちっぽけな、黒い投げ短剣(スローイングダガー)が――ヨルコの背に、刺さっていたのだった…………。

 そしてそれは赤いライトエフェクトを放ち、ちかちかと点滅する光を放ちながら、〝ダメージの継続〟を無音で――しかし残酷に、目の前の皆に告げていた。

 そして、そのゆったりとした点滅に比例するようにして、ゆらゆらと頼りなく揺れていたヨルコの体は――最終的に大きく前に揺れると、そのまま……窓の外へと、落ちて行った……。

 彼女が落ちそうになった瞬間、いち早く正気を取り戻したハチヤは落ち行く彼女を引き戻そうとしたのだが……ゲーム内のステータスに定められた、その移動速度ではヨルコの体が窓の外へと落ち行くのを止めるには、至れなかった……。

「ヨルコさん!!」

 窓から落ちていく彼女にそう呼びかけるが、返事はなく……石畳に彼女の体が叩き付けられる音と、蒼いエフェクトと共に砕け散ったポリゴンの破砕音のみがその場に漂った。

 

 ――それは、人の『死』というには……あまりにも呆気なく、軽いものであり……これが本当に人の『死』だというのかとさえ思わせるような静寂が流れ、砕け散ったポリゴンの中から惚れ堕ちたと思われる黒い短剣が先ほどヨルコの叩き付けられた石畳に転がるカランという音だけが不自然なほどその場に響いたという。

 

 そして窓の外には、ヨルコの命をあっさりと奪ったらしい短剣を、どうやったのかは知らないが……『システムに保護されている宿屋』に、もっと言えば〝圏内にいるプレイヤー〟のヨルコの背にむけて、その武器を当てて〝五秒もかからずに即死〟させたらしき幻影の如き『襲撃者』の姿が、屋根の上に佇んでいた……。

 

 その襲撃者の姿は、まるで……《死神》を思わせるような風体であったという……。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 その唐突に起こったその事態に、誰もが対処できずにいた。

 しかし、そんな中でハチヤは、どうにか本来の目的――するべきことの方に無理やり思考を切り替えると、視界の端にとらえた黒いローブの人物を追う為に窓の外へと飛び出した。

「ここは任せたぞ!」

「――ハッ……! だ、駄目だよ! 一人じゃ……!」

 そう言ってハチヤを呼び止めたユイの声を背に受けながらも、彼は窓の外へと飛び出していった。

(逃がすか……ッ!)

 ――逃がしてなるものか。

 その思いだけが、プレイヤーを――つまり今こうして追って側になっている今なら自分を――一撃で即死させる武器を持っているかもしれない相手へと向かって、その足を動かしていた。

 しかし、その襲撃者はハチヤの怒涛の追い上げにも全く動じずに『何か』を取り出した。新たな武器か!? とハチヤは背に装備している剣を抜こうとしたのだが、それは武器ではなかった。

 見慣れたサファイアブルーの煌きを放つ――『転移結晶』が、夕暮れの空を背にした襲撃者の手にしかと握られていた……。

「くそっ……!」

 剣から即座に手を放し、ベルトに備え付けてあるガンマンの弾倉のようになっている投擲用の武器である投げ針(ピック)を引き抜き鋭く投げつける数は一本だが、ここ《アインクラッド》における敏捷型の代名詞たる彼が投げれば恐ろしいほどの速度を発揮し、弱設定のMobモンスター程度なら一撃で仕留められるのではないかという程の鋭い一撃が襲撃者へと放たれる。

 勿論、第二射の用意も忘れてはいない。この攻撃の理由は主に二つ、〝牽制〟と〝阻害〟である。

 詠唱を邪魔するか、攻撃が本当に届くのであればそのまま足止めをする程度である。その間に一気に距離を詰め、そのまま剣の勝負にもつれこんでしまえば……襲撃者を捕らえる事など、ハチヤには造作もない事である。

 しかし、襲撃者に放ったピックは――〝システムの保護〟によって、襲撃者への被弾を拒まれてしまう。

 つまり、これで分かったことが一つ。

 少なくとも今この瞬間においては、〝システムの保護〟は……機能している。

 そのことがどうにも〝分かっていた〟らしい襲撃者は、そのまま場所の詠唱をしようとする。対象とハチヤとの間の距離は約一〇メートル。追いつくにはもう少しかかる。

 ならせめて、場所を聞けばこちらも結晶で対象を追うことができる。幸いなことに、ゲーム内では〝どんな雑音も、プレイヤーが出さない限りは発生しない〟。つまり、今現在――屋根を駆けているハチヤと黒ローブの足音(それもそんなに大したものではない)以外に聞こえてくるものがあるとすれは、それは奴が詠唱した場所名に他ならないはずである――が。

 突如その瞬間、この街にある『鐘』が鳴り響く。

 全ての音よりも、〝システム的に〟上位に設定されているその鐘の音は……その場からすべての音を拭い去った……。

「――、」

 何かを言ったかの様な事だけは認識できたが、現実とは違いシステムによって『完全制御』されているこの世界においては、聞こえないと決まったものは、決して聞こえないのである。

 

 その事実を見せつける様にして、襲撃者はその姿を消した。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 ハチヤが再び宿に戻ると……。そこには怯え、がたがたと震えているシュミットの姿があった。

「あ、あのローブは…………《グリセルダ》の物だ! 彼女は何時も街に行くときはあんな地味な格好――あのローブを着ていた……『指輪』を売りに行こうとした時だってそうだ……。あれは、リーダーのグリセルダの幽霊だ……! 俺たち全員に、復讐に来たんだ……!!」

 そするとシュミットは――はは、はははと乾いた声で笑い出すと、こんなことをぶつぶつとつぶやいた。

「ははは……幽霊、幽霊か……そりゃあいい。いっそのことグリセルダに百層のボスを倒してもらえばいいんだ。そうだよ、幽霊なら、何でもアリだ…………それこそHPすらないんだからな――」

 ははは、と壊れたおもちゃの様に繰り返すシュミットの姿はあまりにも痛々しく、とてもじゃないが見ていられない。

 ハチヤはため息をつくと、シュミットにギルドの本部まで送るとだけ告げた。

 シュミットは、こんな状況でその申し出を断るわけもなく、おとなしくハチヤの申し出を受け彼の後に従った。

 

 そしてハチヤがシュミットを『聖生連合』の本部まで彼を送ると、彼は中に入ろうとするシュミットを呼び止め、一言――一応不用意に出歩かない方がいい、とだけ告げると他のメンバーを連れて聖生連合のギルドを後にした。

 しかし、その忠告を受けてなお、忠告をしてきたハチヤの背中を見つめていたシュミットには余裕がない。

 今すぐに、『許し』が欲しい。

 何でもいいから、許しが欲しい。罪を全て吐き出したい。楽になりたい、死にたくない。ここまで生き残って来たのに、『幽霊』なんかに訳の分からない方法で殺されるなんてまっぴらだ。せっかく《聖生連合》の重装盾戦士(ディフェンダー)隊のリーダーにまで上り詰めたのに、ここまで来て死ねるものか!

 ここまで誰よりも硬い――文字通りの《最硬》を手に入れてなお、何かに怯えるなど滑稽だがしょうがないではないか。何せ相手は幽霊か幻影……いや、仮に人間(プレイヤー)でもどうしようもない。完全にゲームロジックを無視してこんなことをしているのだ。

 出来ることなど、謝罪くらいのものだが……仮にここでいくら懺悔しても、それが――今更かもしれないが――『誠意』として届くものなのかどうか…………とそこまで考えて、シュミットは思い至った。

 

 ――そうだ、あるではないか。その懺悔にぴったりの舞台が……。

 

 それを思い出してからの彼の行動は早かった。外に出るなというハチヤの忠告はもっともである。

 しかし、今からとる『外出』の行動の意味は十分にある。自身を今危険に陥れているイレギュラーに対しての『贖罪』なのだ。だから、きっと――そんな都合のいい幻想ではあったが、彼にはそれ以外であれば〝何者だろうと負けない〟自身がある。

 何せ、自分は《聖生連合》のリーダー職に就くほどの硬さを持つ壁騎士。

 

 ――それ以外の『何か』など、恐れるに足らない。

 

 だから彼は、せっかくメンバー以外入れないとシステム的に決まっているそこから、外へ出て――青い結晶を取り出すと、小さくこうつぶやいた。

 

「転移……《ラーベルグ》」

 

 豪胆の筈の騎士の胸の内にあるのは、変更されることの恐ろしさを知っているがゆえの不安が彼を突き動かしたのだ。

 

 それが彼に――死者への手向けを選択させた。

 

 蒼い光に包まれ、シュミットは転移する。

 自身の懺悔の為の……舞台――霧の漂う気高き女剣士の、墓標――へと……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『聖生連合』のギルドホームを後にした後、ハチヤ達は大分暗くなってきたとある広場のベンチに座っていた。

 誰もが皆、無言だった。

 ヨルコを守り切れなかった挙句、さらにまた分からないことが増えてしまった。こんな状況で言葉を発することは出来ない。何と言葉を紡ぐべきか、迷っていると同時に戸惑っているのだ。

 

 現状『敵』値みなすべき相手は、〝システムを掻い潜っている〟のに、此方からの攻撃には〝システムを味方につけて〟対処してきた。

 どうしたらこんな真似ができるのか? 

 ――まさか本当幽霊なのか、とさえ疑いたくなるほどの現状の〝理不尽さ〟に頭を抱えるしかない。

 とはいえ、〝幽霊〟なんてものが存在するのだとすれば……無念を嘆いて出てくるのはグリセルダ一人に留まるわけがない。大体、幽霊なら、実際にあるオブジェクトを使うことなんてないだろうに。

 今回取り逃がしたあのローブの襲撃者にしても、逃走の際に使用するアイテムの『転移結晶』で逃走していた。それに、ヨルコを殺したとされるのだって、あの石畳に落ちていた投げ短剣のはずだ。

 幽霊なら実在の武器なんて使わずに、呪いでも何でも使って殺せばいいものを……なのに、このゲームにおける〝何行かのプログラムコードでしかない〟それを……幽霊が使うだなんて――はっきり言って馬鹿げている。

 かといって、今この状況を説明できる言葉を持ち合わせている者など――誰もいない。

 

 しかし、とこしえの沈黙など――存在しない。

 

 それを破ったのは、ハチヤだった。

 ずっと、ずっと考えていた。いくつかの疑問があった。

 二度起きた殺人、その二回とも手段は〝誰も見ていなかった〟『武器の投擲』によるもの。そして、ヒースクリフのあの発言。

 

 ――この世界においては、目に見えるものだけが真実。

 

 何かが確信に変わりそうなほどに、つながりそうになっているのに……後一歩が、足りない。残り一ピースで埋まりそうなパズルを前にしてそのラストピースが亡くなってしまったかの様な状態に立たされている。

 現状において、確信できることは二つ。

 一つ目は、《黄金林檎》のメンバーのいずれかが、この事件を仕組んでいるということ。これは仮にその黒幕が……仮に本物の『幽霊』だろうが、何だろうが、確定している、完全な決定事項である。その仕組んだ目的はおそらく『復讐』か『制裁』あるいは『口封じ』のいずれかだろう。

 そして二つ目は、見えているものが真実であるのならば――この事件には必ずからくりがある。だってそうだろう? こんな小説の筋書きみたいに都合よく幽霊が現れ、メンバーを殺していく、なんて……あるわけがない。

 何より、不可解なのはあの襲撃者である。ヨルコを殺せたなら、何故シュミットに襲い掛からなかったのか? あの距離で武器を投げて即死させる、なんて芸当ができるなら……シュミットを殺すことだって不可能ではないだろう。それにあの時襲撃者は、窓から顔を突き出していたハチヤには〝()()()()()()()()()()〟のだ。

 ――復讐に関係のない者は巻き込まない、とでもいうのか?

 ――一人ずつ、一人ずつ消して最終的に……おそらく主犯なのであろうシュミットを……恐怖に駆らせて殺す、とでも?

 ならそもそもこんなこと自体が不毛だろう。こんな恐怖の振り分けをするほどの時間があるならば、さっさと殺してしまえばいいだろう。そんなにまで『復讐』や『制裁』を加えたいのであるなら。

 ただ、『口封じ』――であるなら、この恐怖の振り方はかなりの効果を上げるだろう。しゃべったら、殺すと暗示をかけている様なものだ。

 しかし、ハチヤ達がヨルコからの協力を引き受けた時点でシュミットに恐怖を与えておかなくては、『口封じ』の意味をなさない。なぜなら、何か表に出せないものがあるのに、それを恐怖のあまりシュミットがハチヤ達に漏らしたとしたら、今度はハチヤたちまでが襲撃者の対象になる。しかし、このメンバーを相手にすればいかに《圏内殺人》が可能であっても、その()()()()()()とやらはこの城――《アインクラッド》中に広がることになるだろう。

 ――では、何故か?

 何故、そんなにも恐怖をあおり自白を促すような…………『自白』?

「……自白、か……?」

「えっ……?」

「どうしたんだ、ハチ?」

 キリトとアスナがハチヤの微かな呟きを聞き、何といったのかと聞き返した。

「いや、ふと思ったんだが……シュミットが、なんとなくこの事件の前肢となる『指輪騒動』の根幹だっていうのは、なんとなく分かったよな?」

「ええ、おそらく……。グリセルダさんを殺したのは、あのシュミットさん――何でしょうね……」

「はい……あの怯えようだと、完全に黒ですよ」

 ユキとイロハがそう答える。

「だからふと、思ったんだ。今回の事件は、きっと『復讐』や『制裁』あるいは『口封じ』とかなんだろうって……」

 それを聞き、一同は頷く。きっとハチヤの見解はほとんど当たっている、と皆思ったようだ。

「ただ……それなら、と思ったんだ。この事件の効率の悪さ、不毛さについて……」

「効率って……何の……?」

「殺しの、だ……ユイ」

「……、」

 それを聞き、また一同は押し黙る。しかし、今度の沈黙はただ悲しみや自身の不甲斐無さを嘆くだけのものではない。

「――確かに、効率が悪い……というのは分かる気がするけれど、不毛というとそれは何に対するものだとあなたは思っているの?」

「俺の思った不毛さは、『復讐』や『制裁』なら……どうして、一人一人なのかという部分に。『口封じ』だとするなら、恐怖に駆らせるのは確かに効果的な気もするが、これは俺たちに知られたらそれこそ意味がない。故に、シュミットが縋りつきかねない位置に俺たちがいるとあのローブの襲撃者は、今度は俺たちまでターゲットにしなくちゃならない。なのに――」

「――あの時、貴方には何もしてこなかった……と?」

「その通りだ」

 ユキがハチヤの結論を理解した。確かに、投擲武器でプレイヤーを一撃で殺せるならば、わざわざ逃げる必要はない。そのまま迎え撃てばいいだけだ。

 これがハチヤの言ったように『口封じ』の始まりで、自分たちの関わる前に恐怖に駆らせ大人しくさせるなら、確かにこれは効果的だろう。

 しかしだ。

 既に自分たちは、大きくこの件に関わってしまっている。漏らしたくない情報を秘匿するためのしているのであろう行動には差し支えるだろうに……。それなのに、向こうはハチヤに手を出さずに『逃走』を選んだ。

 不自然である。

 それはまるで()()()()()()()()()()みたいではないか――とそこまで考えて一同はその結論を飲み込んだ。

「まさか……」

「あぶり出そうとしていた、ってことですか……?」

「恐らくな……。きっと、ヨルコさんは死んでない。どうやったのかは知らないが、きっとカインズもまだ、死んでいない」

「でも、黒鉄宮の生命の碑には…………」

「ああ、ユイの言いたいことは分かる。でもな、それで本当に死んだか同かは、まだ分からない。例えば……そうだな――――仮に、考えられる可能性としては――俺たちは、カインズの名前が本当に《Kains》なのかどうかは確かめていない……」

 それを言った瞬間、キリトが「あっ!」と声を上げる。

 ゲーム好きな彼なら、すぐに思いいたるだろう。何せ、非常に単純だ。現実世界であっても簡単にできて、かつ誰でも知っているような手法。しかし、案外侮れない上に中々に効果的である。何せ、相手の名前を何もせずに当てるなど――それこそ、退屈しのぎに人間界に降りてきた死神と取引でもしなければ不可能である。

 そしてこれは、『死を確認できる』このゲームの中だからこそ、あっさりと確信として受け入れさせられてしまう。

「……つまり、カインズの綴りが違うってことか?」

「たぶんな……死を偽装するのにコレを利用しようとしたんだ。たぶん、自分たちと同じ読み方の名前を持ってるプレイヤーが《一年前》に死んでいたのが分かったのが、きっとこの事件の始まりだったんだろうな……」

「――ッ! そっか……このアインクラッドに《サクラの月》が来たのは、昨日で『二回目』だったんだ……!」

「ああ、だけどこれは途中までは推測だ。確信に足る証拠も、ロジックも、何もない」

 そう、これは推測。証拠がなければ、これは成り立たない。

 ――証拠……《証拠》か……。

「なぁユイ。お前確か、ヨルコさんとフレンド登録してたよな?」

「え、うん……」

「確かめてみてくれ……」

「う、うん……」

 そう言ってユイがウィンドウを呼び出し、その中にあるに《ヨルコ》の名を探す。

 すると――

「――あ、あった……残ってたよ……!」

「あった、ってことは……」

「ええ、彼女は確実に――――生きてるわ」

 少しホッとする一同と、まだ難しい顔をするハチヤ。

 この事実が出てきた場合、疑念がもう一つ浮上する。それは、何故ヨルコがフレンド登録を拒まなかったか? ということについてだ。

 それについては全員がそう思ったらしく、しばし考え込む。

 何故、こんな――確かめてしまえばすぐにばれそうな細工をするのか……? ということについて。

「たぶん……、『けじめ』――みたいなものなんだと思います」

「『けじめ』……ですか?」

「はい。きっと、カインズさんとヨルコさんは、グリセルダさんを殺した犯人を探るために、動いていた。だから、きっとその過程で出会った私たちを……言い方は悪いですけど『証人』として利用したわけですから、きっと謝罪の意味も込めて……ってことなんじゃないかな……って」

 なるほど、確かにそういうことなのかもしれない。と、自分でも意外なほど素直にそれを受け入れていたハチヤは自分も随分と丸くなったものだと思った。

 幻の、《幻影の復讐者》を作り出した二人は……きっと初めからある程度疑っていたシュミットに狙いを定め――『自白』させる気だったのだろう。実際それは大成功、といえるくらいに成し遂げられた。

 今シュミットは罪の意識に駆られ、一時の欲望のために行ってしまった自身の『罪』に対する呵責で追い詰められている。今の彼には、どんな場所だろうと安全だ、なんて思えないだろう。ヨルコとカインズ、この二人の作り出した《幻影の復讐者》に刻一刻と追い詰められている。これがリアルだとするなら、それこそ墓か教会に走り許しを請う程に。

「……そういえば――SAOに墓って、あったか?」

 その問いかけに一瞬ポカンとする一同。だが、ユイが前に《ハヤト》達から聞いた話だと言って《KoB》の話をする。

「確かKoBの本部には、お墓があるって前にユミたちがいってた……」

「つまりこの世界でも墓は作れると……」

 だとすれば…… シュミットは、十中八九そこにいったのだろう。いや、寧ろ誘導させられたというべきか……。

 彼は豪胆に見えてかなりの小心者だ。それは彼の異常なまでの《硬さ》への執着からもうかがい知ることができる。いつも彼は自身の《硬さ》に、どこかしらの安寧を求めていた。だから何だろうが、ハチヤやキリトのような薄い装甲で最前線に出ている者を見ると彼自身気づいていないだろうが、かなり異常なものを見るような目をしていた。

 そしてそんな小心者の彼は今、自分の自慢の《硬さ》が通じない〟相手を目の当たりにして、どこまでも怯えている。

 事実、先ほどのハチヤの忠告を聞いたときも気持ち半分で聞いていたようだった。

 たいして深いかかわり合いが無いハチヤですら、こんなに分かるのだ。きっと彼と一緒に過ごしていたのであろう二人は、ハチヤ以上にシュミットの性格を熟知したうえでこの計画を進めたのだ。

 ――彼ならきっとくる、ということを確信したうえで……。

 だからきっと、今ヨルコのいる場所が…………《グリセルダ》の墓がある場所なのだろう。

 そしておそらく、そこにはシュミットもいる。

 なんとなくユイにヨルコのいる場所を位置追跡で探ってもらうと、彼女がいるのは第十九層のフィールドにいるらしい。ちなみにそこは圏外、だが――。

「……俺たちの役割はここまで、なんだろうな……」

「……ええ」

「圏外だけど……大丈夫、かなぁ……?」

 ユイの危惧は分かるが……それに関しては、おそらく大丈夫だろう。

「……たぶん大丈夫だろ、シュミットに今更《犯罪者(オレンジ)》や《殺人者(レッド)》になる度胸は無ねぇよ。それに、転移結晶も持ってるだろうし、最悪の結果にはならねぇだろうよ。それに、さっきアスナがいったみたいに〝フレンド登録を残した〟ってのは、あの二人なりの『けじめ』なんだろうからよ……わざわざ邪魔するのは野暮ってもんだ……」

 ハチヤのその言葉で一同は「そうだな」と納得し、事の成り行きを見守ることに決めた。

 そうなると、この事件は理屈は説明できなかったが、一応終わった――ということになる。だとすると、これ以上はハチヤ達にはどうすることもできない。

 そんな状況ですることと言えば、今は――何だろうか?

「……飯でも、食うか」

 そんなつぶやきが出たのは、決して不思議な事でもないだろう。

 それくらいほかにすることが無い。事実、今はちょうど夕食時ではあることも手伝ってか、一同はハチヤのそんな言葉をあっさりと肯定する。

「あ、そうだ……じゃあアレ食べようよ、アレ」

「そうね、そろそろ耐久値も心配になって来たし……」

「ですね。作ったの、今朝方でしたし……」

「? 何の話ですか?」

 イロハは不思議そうな顔をしてユイ、ユキ、アスナに聞いた。といえ、ハチヤとキリトもそれに気づいたのは割と最近なのだから……。

「はい」

 三人がそれぞれストレージから取り出したものは――めちゃうまそうなバケットサンドだった。

「何ですか? これ……?」

「私たちが作ったんだよ~」

「はい、三人で作りました」

「まあ、その通りなのだけど……」

「ほえぇ……」

 イロハは感心したようにそれを受けとり、口に運ぶ。

「あ、すっごい美味しい……!」

「よかったぁ~それあたしが作ったヤツでさ~」

「うえっ!?」

 イロハはその一言を聞いた瞬間、滅茶苦茶狼狽えてしまい……ついついバケットサンドを落としてしまった。

 まぁ、その気持ちは分かる。とハチヤは心の中で独り言ちた。

「あぁ……っ!?」

 ――もったいない……。とイロハがすごく残念そうにしているのを見るとなんともいたたまれなくなる。

 はぁ……とため息をつき、ハチヤは自分の分をイロハに差し出す。

「ほれ」

「ふぇっ?」

 相変わらず素でもあざとい、いろはすであった――と、ハチヤは一人でそう完結させた。

「やるよ、まだ口つけてねーし……」

「あ、ハイ……。ありがとうございます……」

 呆けたままにそれを受け取るイロハ。それを見ていらいらしたユキはハチヤを睨み、ユイは「はいッ!」と余っていたバケットサンドをハチヤに突き出す。

「お、おう……なんだ、余ってたのかよ……」

「そうだし! もうっ!」

「な、何怒ってんだ……?」

「怒ってない!」

 いや、怒ってるでしょ……? とハチヤは思ったが口には出さなかった。誰だって命は惜しいものだろうからということだ。

 何だか起こっている結衣から視線を外したハチヤは、先ほどイロハが落としてしまったバケットサンドが目に留まる。それは、まだ地面に残っており……次第に青いポリゴンへと変わり、砕け散った。それを見た瞬間――ハチヤは何かに至った。

「……!?」

「? どうしたの?」

「どうしたんですか、せんぱい?」

「ハチ?」

「?」

「何をそんなに地面を見つめているのかしら?」

 しかし、それにハチヤは答えない。ただ少しぶつぶつとつぶやき、周囲の情報をシャットアウトしその論理の攻勢を優先する。

「そうか……そうだったのか……」

「だからどうしたんだよハチ」

「……《圏内殺人》の方法が、分かった……」

「え……っ!?」

 ハチヤは皆に説明する。

 先程の光景から推測した、不可能犯罪の方法を……。

「アレはきっと……装備品の『耐久値』を利用したトリックだったんだ」

 そう、あれは……カインズの時は、あの鎧が。ヨルコの時は、おそらくあの厚着の服が。それの『耐久値』をそれぞれの事件の際に現場に残された短剣を使い、貫通継続ダメージを『耐久値』が減る際のエフェクトで演出したのだ。そして、その装備が砕け散る際のポリゴンの奔流に紛れて、『転移結晶』で転移。死亡を演出したのだ……。

「――おそらく、そんなところだと思う……」

「……なるほど……」

 それを納得し、かみしめる。

 こんなトリックを思いつくほどに――いや、思いついたからこそ、この事件を起こした二人に少しの敬意と少しの滞りを感じつつ、一同は今現在行われているであろう『自白』から始まる『審判』を……少しだけ思う……。

 

 しかしまだ、誰一人として――気づけていないのだ…………。

 

 

 この事件は、まだ――決して終わってなどいないことを……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 第十九層――《ラーベルグ》 霧満ちる森の中《グリセルダ》の墓標前にて。

 

 墓前にひれ伏し、自分自身の罪を謝罪するシュミット。地面に額を擦り付け、震える声で、ただひたすらに――謝罪する。

「すまない……悪かった……赦してくれ、グリセルダ!」

 聞こえるはずなど無い、と頭の中で声がする気がする。現代人としての『科学的思考』という奴が思考を阻害する。だが、これ以上の方法も、《贖罪》も、思い付きなどしない。

 

 ――だから今は、ただひたすらに謝罪をする。

 

 それが一番である、と……思っているから。事実、彼の謝罪は、心からの物だった。恐怖に駆られてもいる。だが、それでも、どこかで自分の罪を悔いていた部分もあった。だからだろうか……根っからの悪人などいない、とかつて言った者がいた。その者曰く、人間が本当に恐ろしいのは、元が悪だからではなく――〝いざというときに悪に変わるからなのだ〟と……。

 その、一時の気の迷いの……心の弱さに対する……『贖罪』を、彼は今しているのだ。

「あんなことになるなんて…………予想もしていなかったんだ……! 俺は、これっぽっちも――」

 すると、どこからか声が聞こえてきた……。

 女の、声だった……。妙にエコーが掛かったような、不気味な、地の底からはいずり出てくるような――『声』。

 

 

『何を、したの……? シュミット――』

 

 

「ぐ、グリセルダ……なのか……?」

 黒いローブを纏い、片手にこれまでで一番長い、三本目の『逆棘の武器』――所謂、《エストック》と呼ばれる片手用近距離貫通武器の一種――を持ちながら、その『女』は……いや、このときのシュミットにとっては、まさにその女は――『死神』のように見えただろう……シュミットを、その子の見えぬローブの闇の底の奥にあるのであろう顔でシュミットを見下ろす。

 

 

『あなたは、私に――何を、したの…………?』

 

 

「お、俺は…………ただ、メモの通りに…………!」

 シュミットは震える声で、目の前に現れた相手を思わず見るために上げた頭を再び地面に擦り付けながら、自分のしたことを少々つっかえながらも語る。

 

 

『――何を、したの――』

 

 

 ひぃ、と悲鳴を漏らしながら半ば叫ぶようにして短く詳細に、自分のしたことだけを述べる。

「俺はあの時ただ! いつの間にかベルトポーチに入っていたメモの指示通りに――」

 

 

『――誰の指示だ、シュミット……』

 

 

 今度は、男の声だった…………。しかしその声は、先ほどの『女』同様……酷く不気味な、歪んだ声であった。

 シュミットが新たに現れた声の出所へと、再び下げた頭を恐る恐る上げ、そちらへと視線を向けると――そこには黒いローブを来た男が立っていた。最初に現れたグリセルダと同じ、ギルド《黄金林檎》のギルドリーダーの物である黒いローブである。

 二人目の『死神』が、姿を現した。

「ぐ、グリムロック……? あ、アンタも、死んでたのか……?」

 しかし、二人目の死神もまた彼の問いには答えなかった。どちらの死神の発する言葉も、シュミットの返答をせかすものみたいだ。

 

 

『誰の、指示なんだ……シュミット。お前を動かしたのは、一体――誰なんだ?』

 

 

「し、知らない! 本当に分からないんだ!!」

 

 裏返ってしまった声で必死に弁明するシュミット。

「俺はただ、リーダーの宿屋に入り……ポータルの出入り口をセーブしろという指示を……それをすれば指輪の売り上げの半分を約束するという条件で……その、実行しただけで……こ、殺しの手伝いをするつもりなんてなかったんだ! ほ、本当なんだ! 信じてくれ!」

 懇願するシュミット。

 しかし、そのシュミットが次に聞いたのは……不気味な声でもなく、非難の声でも呪いの声でもなく――

 

「録音したわよ、シュミット」

 

 ――その声は、つい最近……それどころか、数時間前に聞いた…………声だった。

 

「ヨルコ……? それに…………カインズ…………?」

 

 事件は、ついに――本当の意味での終焉へと……動き始めた……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『審判』が、佳境へと向かって行った頃――。

 ハチヤ達は、食事を終え……まどろみの時を過ごしていた。そんな中で、アスナがふとこんなことを呟いた……。

 

「――それにしても、愛されてるんですね……グリセルダさんって」

 

 その一言に、皆感慨深げにある物は宙を見上げ、ある物は地に視線を落とす。

 彼女はギルドのメンバーに慕われる、良きリーダーだった。だからこそ、ヨルコもカインズも、こんなにも彼女の死を解明しようと必死になった。

「ホント……愛されてるんだな、グリセルダさん……」

 キリトもそんなことをつぶやく。

「旦那さんも、いい人だったってヨルコさんが言ってもんね。いつも温かい素敵な夫婦だったって……素敵だよね、そういうのって……」

「アスナ、結婚したいのか?」

「な……っ!?」

 キリトの空気を読まない質問に、アスナは顔を真っ赤にする。

 それにしても、キリトも相当の鈍感である。この事件が始まった日のまどろみの時、顔を赤くしてアスナを自身の隣に受け入れたのはコイツ自身だろうに。まったく変なところで鈍感だとその場にいた女性陣全てが思った。

 すると、さらに空気を読まないひねくれ者が口を開く。

「結婚か……人生の墓場を希望するか、アスナ。ならダンナを養えるくらいの――『『なんかいった/かしら?』』――何でもないです……」

「大体、貴方は結婚する相手に求めるものが多すぎるわ。貴方はそのどうしようもなく腐り切った性格をどうにかしないといけないわね。何なら叩き直してあげるのもやぶさかではないのだけれど、やるのかしら?それともやらないかしら? でも、あなたの性格は以前にもう言った通り、強制しないとまずいレベルよ。結婚アンケートの時(OVA及び7.5巻を参照のこと)も相手に求める年収の欄で一千万円以上と書いていたし、そんなことを叶えてくれて、尚且つ女性である確率の時点でとてつもなく低いというのに、それを現実では腐った魚のような目をしている理系絶望の捻くれゲーム廃人高校生を受け入れてくれるなんてあるはずないじゃないの。勿論、そんな女の子がいない、とは言わないのだけれど……例えば、私とか……ハッ、勿論私があなたを養うなんてことあるはずないのだけれど、ヤダそんな期待した目で見ないでくれるかしら腐ってしまうわ。ともかくあなたは身の程を知りなさい、勿論私は貴方を見捨てたりはしないのだけれど、それは別に貴方が特別だとか好きだとではなくて、私は貴方が言ったようにいつも往々にして正しいつもりで生きているから、だたそれだけよ。ええ、私は虚言だけは吐かないと言ったでしょ。忘れたのかしら? 鶏でももう少し位は覚えているわよ? そもそも、奉仕部に貴方が来た時点で受け入れてあげたのはほかならぬ私だということを忘れないでもらえるかしら。それなのに貴方は何時も節操なくそのやさしさで別の女の子をところかまわずひっかけてきて――本当に身の程を知りなさい。そんな貴方が結婚だなんておこがましいわ。どうせするならすべてを受け入れてくれるような子にしなさい。まぁそんな子は一人くらいしかいないだろうけれど、せいぜい足掻きたいなら足掻きなさい。そのくらいの猶予はあげるわ、でもそれで現実を知ると思うのだけれど――はっ、ごめんなさい既に理解していたのだったかしら。残酷な真実を示してしまってごめんなさい。でももし、貴方がどうしてもと―言うなら受けてあげなくもないわ。もちろんそれは私に釣り合いそうな人がいない世界で、貴方の方がまだ気心が知れているからとかその程度の理由でしかないから勘違いはしないでもらえるかしら? まあ、結論を言うなら――結婚できるわけないわ、貴方は」

「…………」

 ハチヤ、珍しく涙目である。いや、勿論よく聞くとただのデレでしかないのだが、彼にそれを理解しろ、察しろというのはライオンを菜食主義者にするよりも難しい。

 いや勿論、ユキもユキだが……。

 ちなみに、彼女のこの長々としたセリフを簡単に要約するとするならば、

『私以外の女の子にいい顔ばっかりして、優しすぎるのよ、貴方は。だから少しは頼りなさい。何時でも私は貴方を思っているのだから……。それに、結婚して専業主婦になりたいなら選択肢は私しかないでしょ? え、姉さん? 貴方は姉さんを怖がっていたでしょ? つまり私しかいないのよ。だから、結婚してほしいのだけれど』

 と、言ったところだろうか?

 勿論そんなことを微塵も察することができない上に、かなり早口でまくしたてられたハチヤは落ち込み地面にのの字を書きながら『……生まれてきてごめんなさい……』と打ちひしがれる。

 そんなハチヤの様子に言い過ぎたと思い内心パニック状態なるユキのんですが、ツンデレな氷の女王様はそう簡単には氷解しないのであって、動けずにいる。そんな訳で、目下のところハチヤをなだめているのはユイとイロハである。

「は、ハッチー元気出して……ゆきのんだって本気じゃないよ」

「そーですよぉ、せんぱ~い。それに何なら私がもらってあげますよぉ? あ、でも専業主夫はだめですよ? 私じゃ養うの無理ですから。でも、罵倒される結婚生活よりはいいですよねぇ?」

「……、」

「ほ、ほらハッチー大丈夫だよぉ! あ、あたしもハッチーなら結婚してもいい…………って思ってるし…………その、えっと……」

「ありがとなぁ……二人とも……気ぃつかってくれて」

 彼にしては珍しく随分と素直である。久方ぶりの罵倒に心が付いていけなかったのだろうか?

「いえいえ~(別に気を使ったわけじゃないんですけど)」

「い、良いよ(ほ、本気……なんだけどなぁ……)」

 何ということだろうか。

 ユキの『結婚して』(注意・要約)は他のヒロインの好感度を上げ、かつフラグを進行させ、彼女らの背中を押すだけに留まるのであった。

 そんな落ち込んでしまったハチヤを見ていたたまれなくなったキリトとアスナは、その落ち込む原因が――いかに、ハチヤの発言がデリカシー不足とは言えども――発端は自分達なので、話題を少しずつずらすために『結婚』をシステム的な方向にシフトさせることに決めた。(アイコンタクトで意思疎通した←この無自覚バカップルが、さっさと結婚しちまえ!)『注意・褒め言葉です』

「そ、そういえばSAOでの結婚は『ストレージ共通化』にもなるんですよね! ねぇキリト君?」

「あ、あぁ。ここでは結婚した二人のアイテムストレージが共通化されて、互いのアイテムを自由に取り出せるようになるって話だからな。例えば片方が迷宮の奥に取り残されて『転移結晶』持ってなくても、もう片方がストレージに『転移結晶』をいれたらそれを使って脱出できるし……あ、ある意味『愛』のシステムだよな! あははは……」

「そ、そういうのってロマンチックだよね?」

「た、多少露骨ではあるけど……隠し事をなくすっていうのも絆の証明だよな……!」

「そ、そうね! なんていうか……そう! ロマンチックだけど、とってもプラグマチックなシステムだよね!」

 そのセリフを聞いて、落ち込んでいたハチヤが顔を上げた。

「アスナ、今なんて言った…………?」

「えっ?」

「ロマンチックの次だ」

「ええと、とっても〝プラグマチック〟って……」

 その言葉を聞き、何かを考え込み始めるハチヤ。

「そうか、とってもプラグマチック……」と、ぶつぶつと何かを考えるハチヤ。一体何を考えているのだろうか? というより、『結婚』が『プラグマチック』に何をそこまで引っかかっているのだろうか? と一同は思ったが、ハチヤは一同の疑問が解消される前にキリトとアスナにこう聞いた。

「なぁ、結婚したとき、ストレージは共有されるんだよな?」

「あ、ああ」

「……なら、『離婚』したときはどうなる?」

「へっ?」

「相手と離婚したとき、相手が側に入っていたアイテムは――どうなる?」

「さ、さぁ? アスナ知ってる?」

「えっと、確か……いくつかのオプションがあるらしいんですけど、詳しくはちょっと……」

「そうか……。じゃあ、ユイかイロハはちょっと試しに俺と――」

「は、ハイ! 喜んで……『何を、する気なの?』……」

「え、いやその……」

 ユキのジト目に見られると何も言えなくなる――

「……実際に結婚してみたらそれがわかるかなぁ、って思ったんですけど――すみませんでした! 軽々しくそんなこと申し込んで本当にすみませんでした!」

 ――はずもなかった。結果、いつもの冷たい目に見られてその迫力に勝てずに、結局ヒースクリフへのメールで確認ということでお開きとなった。

 早速イロハがメールを送ってみたところ、意外とあっさり返事が来た――いつも彼の返事は早い。短いものなら送って一分以内には必ず返信が来るほどである(流石に此間は少々時間がかかったようではあったが)――それで一同が早速そのメールを見てみると、事細かに結婚後のストレージ共通化の概要が乗っており、離婚後についても事細かに乗っていた。

 そしてハチヤは指で上から順にその項目をたどり、ある一転でその指の動きが止まる。その項目は――『離婚後・相手と死別した場合』の項目だった。

「やっぱりだ……」

「……ハッチー、何がやっぱりなの……?」

 ユイがそう聞くと、ハチヤは皆にこういった。

「まだ、終わってなかった……。まだ、終わってなかったんだ……何も……!!」

「…………どういうことかしら?」

「まだ、黒幕がいたんだよ。この事件には……」

「黒幕って……ヨルコさんとカインズさんならもう〝生きている〟っていうのは分かってたんじゃ……?」

「いや、そっちじゃない」

「そっちじゃ、ない……?」

「どういうことだよハチ?」

 キリトはハチヤにそう問い返す。ハチヤの真意を測りかねているのだ。

「なぁ、お前ら。よく考えてみてくれ……。そもそも、『指輪』を奪った犯人は、()()()()()()()()()()()()()と思う?」

 それを聞いて、皆は顔を見合わせる。指輪を奪って、殺したのだろうと……。

「違う、そこじゃない。グリセルダさんは、『結婚』してたんだ……。つまり――」

 

 ――ストレージは、グリムロックと〝共有化〟されていた。

 

 それを聞き、一同は何かに気づいた。

 

 ――そこでようやく、ハチヤ達はもう一つの〝隠されていた〟いや、『気づくことができなかった真実』に……行き着いたのだった……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ヨルコ……カインズ…………生きてたのか……?」

 シュミットは今、信じられない光景を目の当たりにしていた。

 何せ、()()()()()()()()が、そろって自分の目の前に立っているのだから……。

「全部録音したわよ、シュミット……」

「ろく……お…ん……?」

 そう言って、擦れた声を絞り出したシュミットに対して見せつける様にして、ヨルコは懐から録音の為に使われるライトグリーンに光る八面柱型の『録音クリスタル』を取り出した。

 それを見て、シュミットはようやく理解した。

 これは、この二人が仕組んだ……『指輪事件』の犯人をあぶりだすための事件だった……ということを。

「そ、そうか……お前らは……」

 ここまでくると、恐れよりも彼らの執念――どこまでもグリセルダを慕う『心』への、感心だけが残った。

「お前ら…………そこまでリーダーのグリセルダのことを……」

 彼が声に出して言えたのはそこまでだった。

 しかし、そんなシュミットを、彼らは攻めるような言葉を吐くことはなかった。その代わりに、カインズは静かにこういった。

「あんたも、だろう?」

「えっ……?」

「あんたも、べつに彼女を殺したいとまで憎んでたわけじゃ何だろう?」

「も、勿論だ……! 信じてくれ……!!」

 シュミットは彼自身でも驚くほど素直に自らの罪を認めていた。

 この場でこの二人を殺すのは、簡単だろう。この二人は明らかに自分よりも弱い。しかし、力でどうこうする選択肢は、彼の中にはなかった。それをやったら、()()()()()()()()()ことを無意識の内に……分かっていたのだ……。

 だから、彼は先ほども口にしたことをふたたび口にする。

「俺がやったのは……宿屋の、リーダーの部屋に忍び込んでポータルの出口をセーブしたことだけだ……」

「差出人に心当たりがない、っていうのは……本当なの?」

 ヨルコは静かに、しかし厳しくシュミットを問いただす。

「ほ、本当だ! 今でも分からないんだ……。たぶん、俺とアンタらそしてグリセルダとグリムロックを除いた残り三人のうちの誰かだと思うんだが…………ほかに目星をつけていたりはしないのか……?」

 シュミットのその言葉に、ヨルコとカインズは首を横に振る。

「あの事件の後、他のメンバーで、貴方みたいに大型ギルドに入ったりした人は誰もいないわ」

「そ、そうか……」

 他のメンバーで自分と同じように大金を手にしたゆえに、派手な動きはしたものはいないという事実にシュミットは驚いた。なぜなら、彼に支払われた金額は確かに大金ではあったが、メモに乗っていた言葉が真実なら――もちろん真実ではあるだろう。無償で人を殺したがる様な狂人など、ギルドにはいなかった――そのお金を使わずにそのままストレージにしまっておけるとは何という鋼の理性だ、と思った。このゲームにおいて、お金……つまり『コル』のため込みは意味を成さない。別にこの世界には、インフレもデフレもない。お金をため込むだけなど、はっきりいって無駄である。

 なのに、メモの差出人は――一コルも使っていない可能性すら出てきた……。勿論、これから戦わずに大人しく暮らす――なんて言うのなら、きっとそれでもいいのだろうとは思う。しかし、そんな風に考えるような人はあのギルドには……いなかった…………筈――。

 そこまで考えた彼は、ある一つの疑念が頭をよぎった。しかし、それは有りえない。大体、こんな目的のためにそんなことをするのだとしても……動機が軽すぎるし、大体いくらあの『指輪』が高値で売れるといっても…………そんなことの為に動くなんて考え事態が絶対にない。

 確かに、〝彼〟は争うことを好まない補助職のプレイヤーではあった。だが、そんなことをするはずが…………自らの『伴侶』を手にかけ――――

(??? …………なんだ…………っ?)

 ――――そこまで考えた瞬間。その〝考え〟の方に集中しすぎたシュミットはそれに気づくのが遅れた。

 背後から首元に伸びてきた小型のナイフが喉元のあたりにつきたてられた。小型刺武器専用スキル《鎧通し(アーマーピアーズ)》だ。

 しかし、シュミットとて攻略組。培ってきた経験の下に、瞬時に状況に対応――しようとしたのだが……。それがなされることはなかった。

 受けた部位は確かに急所ではあるが、べつにこの世界ではそういった急所を切られたからハイ即死、とはならない。

 勿論、急所ゆえに受けたダメージは大きい。

 しかし、鍛え上げた壁騎士のシュミットの膨大なHP総量からすればそんなものは微々たるものである。

 …………だが、シュミットは起き上がることができなかった…………。

 恐らくこれは『毒』による攻撃。しかし、耐毒スキルを相当に上げているはずのシュミットの体は完全に麻痺状態(スタン)である。自身の耐性(レジスト)を貫通して麻痺させるとは……とんでもないレベルの毒攻撃だ。

 しかし、こんな低層でそんなハイレベルな毒を使えるものなど…………。

 

「ワーン、ダウーン」

 

 そのとき、妙に無邪気な――それこそ少年の様な声が、静寂漂う墓場に響いた。

 シュミットがどうにか視線を上げると、そこには……黒ずくめの男たちがいた。

 先程のヨルコやカインズの姿も『死神』の様ではあったが、この男たちのそれはまさしく地獄からの使者そのものであった。

 するとそのうちの一人、ヨルコとカインズの方にエストックを構えながら近づく、骸骨マスクの赤目の男。そいつは棒立ちになっているヨルコの手から『逆棘の武器』を無造作に抜き取った。

「デザインは、まぁまぁ、だな。オレの、コレクションに、加えて、やろう」

 そいつらを、シュミットは知っていた。いや、ヨルコもカインズも知っているはずだ。仮に知らなかったとしても、こいつらのカーソルを見れば……大体の事情は察せられるだろう。

 見慣れたグリーンではない、鮮やかなオレンジ。

 それだけ見れば、もはや答えとしては十分だろう。

 此奴らは…………このアインクラッドにおける最大の『殺人者ギルド』――《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》、通称・ラフコフ――の連中である。

 しかも、こいつらは……その中でもとりわけ凶悪な……ラフコフの『幹部』プレイヤーである。

 先程シュミットを麻痺させた黒いマスクの毒ナイフ使い、《ジョニー・ブラック》。ヨルコからエストックを奪った赤目骸骨は《赤眼のザザ》。

 こんな連中を相手にするなんて――。とシュミットが思ったその時、()()()()()足音が聞こえた。既にこの中では面倒なシュミットを麻痺させた時点で《忍び足(スニーキング)》スキルはもはや必要ないのだろう。その人物は、この場にいる三人の心にゆっくりと恐怖を刻み込ませるように、じゃり、じゃりっ、と勿体つけた様にして三人の前にその姿を現す。

 シュミットはその足音を聞きながら、冗談地じゃないと思った。殺人ギルドの幹部二人なんてだけでも勘弁してほしいのに、その上……まさか、あいつまできたのだとしたら――

「Wow……確かにこいつは大物だなぁ。《聖生連合》の盾部隊のリーダーさんじゃないか」

 その声を聴き、その人物の姿を見た瞬間…………シュミットは、凍り付いた…………。

「…………《PoH》…………!?」

 殺人ギルドを、作り出したといっても過言じゃない――本物の殺人者。

 なんでこんな下層に、こんな狂人ども三人そろって現れるなど……有りえない筈――。

 だが、現実は非常である。目の前には、その狂人が――いる。

「さて……、イッツ・ショウ・タイム、と行きたいところだが……どうやって遊んだもんかね」

「あれ、あれやろうよヘッド! 《殺し合って、生き残った奴だけ助けてやるぜ》ゲーム! まぁ、この三人だとハンデつけなきゃっすけど」

「ンなこと言って、お前この間生き残った奴も殺したろうがよ」

「あ、ちょっ! それ言ったらゲームになんないじゃないっすかヘッドぉ~!」

 おぞましい、そんなノリでこんなおぞましいやり取りをできるこいつらの神経は本当にどうかしている。その事実を改めて、認識させられ……シュミットは自分の命がここまでなのか、とかこれがグリセルダの復讐なのか、と運命の因果を感じていた。

 

 しかし、シュミットがもはや死を覚悟した――その時だった。

 

 それはPoHの持つ《魔剣》・モンスタードロップ品の大型ダガーの『友切包丁(メイスチョッパー)』がシュミットの首と胴体を分断しようとした、その時――。

 

 その場に馬の蹄が、地面を蹴る音が響いた。

 

 一同がその馬の蹄が響く方に、顔を向ける。

 そこには、二頭の馬の上に乗る二人の騎手――漆黒の騎手と、緑影の騎手――がいた。

 そして、その似たりの騎手は一同から五メートルほどの地点に降りたつ。緑影の騎士はすたっと、漆黒の騎手はドスンと尻餅を突く。

「よう、お前はたしか……PoHだったか?」

「ヒュー! 誰かと思えば、《(シャドウ)》じゃねぇか……!」

「PoH、お前まだその趣味の悪い恰好してるのか」

「それにこっちは《黒の剣士》――ねぇ……。面白れぇ、だがなお二人さんよ? カッコよく登場したのはいいが、いくらテメェらでも俺たち相手に勝てるとでも思ってのかよ?」

「「ああ、勝てる」」

「ほぉ……」

 二人の声が、自身満々に重なるのを聞いてPoHの表情が歪む。

「だけど、さすがに全員守りながら戦うのはキツイんでな、俺たちがお前らの相手をするのは十分だけだ。その間に保護のためにあいつらがKoBのハヤト達辺りでも連れてくんだろ……」

 だから、それで充分だ。

 そう言って不敵に笑うハチヤに対して、ジョニーとザザは二人を睨みつけるが、PoHは短い罵りを口にしただけだった。

「…………suck」

 そう言うと、ジョニーとザザに剣を修めさせる(さすがの彼らも、わざわざKoBの連中とは戦いたくはならしい)すると、彼らは早々にこの場を後にするべく霧の中へと入っていった――。

 しかしその途中で、ハチヤとキリトにそれぞれこう口にしていった。

「いつか、地に這わせてやるよ――同類」

「――テメェと同類になった気はねぇよ……」

「カッコ、付けやがって。次はオレが、馬でお前を、追い回してやるからな」

「……なら練習しとけよ。見かけほど簡単じゃないぜ? まぁ、ハチは結構あっさりやっちまったんだけど」

 そういって霧の――闇の中へと消えていった三人の背中を、ハチヤたちは黙って見送った。

 

 三人の消えた霧の中で、こんなつぶやきがなされていた。

 

「――面白い。《影》、貴様は、《黒の剣士》以上に気にいったぜ。いつか、大切な仲間の血の海で転げまわしてやる……お前は、()()()()の人間だ……。お前は腐りすぎたな、《影支配者(シャドウ・ルーラー)》……」

 

 その言葉は、ジョニーやザザにも聞こえていなかった。霧の中に消えた呟きは、いずれ……大きな波紋を生むことになる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「よく……ここが分かったなキリト、ハチヤ……」

「まぁ、ちょっと色々あってな。ヨルコさんとのフレンド登録を切ってなかったから、この場所が分かった」

「それに、この事件の本当の黒幕にも、用があったからな」

「本当の、黒幕…………?」

 三人は、ハチヤのその発言の意味を分かりかねていた。ヨルコたちは自分たちのことではない黒幕とはいったい何なのか、それが気になたった。

「皆わかってねぇか……」

「まぁ、もうそろそろアスナたちが捕まえている頃だと思うけど……PoH達がいた以上、この近くに必ずいるだろうし」

「ええ、確かにいたよ。キリト君、ハチヤさん……」

「アスナ……と、初めまして、かな? グリムロックさん……」

 アスナたちに連れてこられたのは、メガネをかけた長身の男だった。先に聞いていたイメージとは少々似つかない気がしないでもない。鍛冶屋、というよりはむしろ何かのヒットマンのような風貌である。

「グリムロックさん……」

「なんで、ここに……」

 ヨルコとカインズは驚きの表情である。シュミットに至っては言葉も出せない状態である。次から次へと変わっていく場面展開に付いて行けてないのだろう。

 なんでここに来たのか、それが分からない様子のヨルコたちに、ハチヤは問いかける。

「なぁ、ヨルコさんにカインズさん。二人はこの事件で使ったあの二本の短剣をこのグリムロックさんに作ってもらったんだよな?」

「は、はい……」

「俺たちは、シュミットさんを送った後で、ヨルコさんアンタが生きていることに気づいた。偶然その死亡の演出も推測できたのは幸運だったけどな……。ともかくだ、俺たちは、その推測の中でシュミットさんを問い詰めるために偽装殺人を行った、までは推測で来たんだが……すべてが分かったからあとは当人たちにまかせようと思ったところで一つ、ある疑念が生じた」

「疑念、ですか……?」

「ああ、カインズさん。俺達が抱いたある疑念は――指輪の行く末だ」

「指輪の…………?」

「リーダーであるグリセルダさんが持っていた、『指輪』だが……シュミットさんはその指輪をとったわけではないんだよな?」

「あ、ああ! 俺はメモの指示に会った通りの行動をとったら、売り上げの半分がいつの間にか部屋に置かれていて……」

「つまり、この時点で少々おかしいんだ」

 一体何が、という顔をする一同。それを切りも補足するように説明を紡ぐ

「グリセルダさんが殺された、その手助けをシュミットさんがしてしまった。だが、ここで、グリセルダさんが殺されてしまった時点で、本当なら犯人もシュミットさんも、お金は手に入らない筈なんだ。決して……」

「そう、本来は……グリセルダさんが死亡した時点で、指輪はある場所へと戻らなくてはならない」

 そこで、ヨルコは何かに気づいた。

「ま、まさか……」

「ヨルコ……?」

 カインズの方はまだ分からないらしい。きっと、ヨルコはカインズとギルド時代恋仲だったと言っていた、この様子を見ると本当はずっとそうだったのだろう。だから、彼女は聞いたことがあるハズだ。恋仲であるカインズと、憧れているリーダー夫婦のような関係になれたら、と。

 そしてリーダーも――グリセルダも教えたはずだ。女性同士なら、きっと話も弾むのだろう。憧れの元を持っていたんだろうから。

「〝アイテムストレージの共通化〟――と、ここまで言えば……分かるかしら……?」

 ユキの言葉にカインズもシュミットも目を見開く。

「じゃ、じゃ、あのメモ差出人は――ほ、本当にアンタだったのか!?」

 この発言を聞く限り、彼もなんとなく思っただのだろうか? 漠然とでも、彼が――自らの伴侶を殺したかもしれないという可能性を……。

「ほ、本当なのかグリムロックさん!?」

 カインズは否定してほしいと言った面持ちでグリムロックに尋ねる。だが、グリムロックの方は、ひょうひょうと言った感じで否定する。

「いやいや、私はことの顚末を確かめようとここへ足を運んだだけで、このお嬢さん方にいきなり剣を突きつけられてしまってね、だから誤解を解きたくて大人しく投降したまでだ。何せ私はしがない鍛冶師、こんな風に丸腰の状態で剣を突きつけられて抵抗できるはずのもない」

「なら、なんで隠蔽スキルを使っていたのかしら? 私たちに看破されなければ貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 ユキがグリムロックにそう言い放つ。

「私はただ、静かにことの顛末を見届けたかった……ただそれだけだよ。別にシュミットを責める気はなかったが武器を作りこの事件でグリセルダの件を終わりにして……彼女をゆっくりと、そして安らかに眠らせてあげたかった……。だから聞くことに徹すると決め、出しゃばる気などはなかったゆえに隠蔽していた……ただそれだけだ。それに、さっきまでオレンジの犯罪者プレイヤーがいたというのに、何の戦力も無い私が飛び出したところで何ができるというのかね? 隠れていたからと言って責められるほどではないと思うのだが……私だって、命は惜しい」

 しかし、そういたときの彼の瞳には、命を惜しいと思っている様子などみじんも見受けられなかった。寧ろ、破滅を望んでいるかのようだった。しかし、それでも反論はやめないあたり食えないと表現するべきところなのだろうか?

 ともかくだ。アイテムストレージ共通という理屈からは逃れられないはずだ。ハチヤは言葉をつづける。

「確かに、逃げるのは悪い選択じゃない。戦略的撤退は時には最善の選択になる。だが、アンタが指輪を奪ったんだろうことに関しては、言い逃れできないと思うんだが?」

「探偵君、推測自体は非常に面白い。確かにこの流れだと、私はその筋書きにおいて、悪となるだけの材料がそろっているだろう」

「ぬかすなよ、この三文芝居はアンタの作だろうが」

「きみの推理には一つ、足りない点がある」

「何だよ。証拠を求める人種は、必ず犯人だって相場が決まってるんだが、それは自分が犯人だということを示すフリだととらえていいのか?」

「いや、べつに証拠は求めていない。ただ、彼女が『指輪』をとられたとき、何故ストレージの中にあったと分かるのかね? オブジェクト化されていたかもしれないのに」

 その言葉を聞いた瞬間、その可能性を忘れてしまっていたことに気が付いた。確かに、もし万が一つけていたのだとすれば……殺された瞬間、それは殺されたプレイヤーの足元に無条件でドロップすることになる。

 これは手痛い反撃だが、ハチヤはどうにかその反論に特化したひねくれた脳細胞をフルに使い、反論に対するさらなる反論を探す。

「…………既婚者プレイヤーは、指輪が指に自動装備されるはずだ。それに、ギルドリーダーはギルドの証として、印章(シギル)をつけているはず……このゲームの中では指輪アイテムが装備できるのは左右の手に一つずつのみの筈……。なら、グリセルダさんがそれをつけていた可能性はかなり低いと思うんだが……?」

「ふむ、確かにそうだ。私とのきずなである結婚指輪は外せない。ギルドの印章も身に着けている。となるとつける可能性は低い……。確かにその通りだ。だがね、彼女は()()()()()()()()()()()……ちょうど今の君の様にね。そんな彼女が敏捷値を跳ね上げるアイテムを売る前にちょっと使ってみたいと考えることはそれほど不自然だとは思えないのだがね? それに、ギルドのメンバーたちで、大げさに強くなったりしたのはシュミットのみ、だとすると別の外部犯が――それこそさっきのレッドの連中のような者が――襲う可能性だってあるだろう? あの頃はまだそういう睡眠PKが横行していた時代だ。表に出していない指輪には誰も食いつかないだろうが、表に出していたのだとすれば、襲われる可能性が高くなるのでは? ただ、それだとシュミットのメモが説明できなくなるが……そういう可能性だって十分にありうるだろう?」

「……、」

 上手い返しが思いつかない。詭弁なのだろうが、それを完全に覆す方法をハチヤは持ち合わせていないしユキたちも持ち合わせてなどいない。なにせこのトリックや疑念に至ることができたのはほんの三十分前ぐらい。反論の材料がこちらには少なすぎる。

 しかし、その時……ヨルコがグリムロックにこういった。

「ハチヤさんの言っていることの証拠なら、あるわ……」

「ほう、それはいったい……?」

「貴方も覚えている筈よ……グリムロック。グリセルダさんの死んだときのことを、彼女の遺品のことを……」

「…………っ!?」

 そこで初めてグリムロックの顔がかすかにが、動揺に歪んだ。

「グリセルダさんが殺されたとき、殺したプレイヤーはその場に対して価値のないと判断したアイテムを残していった。幸いにも、それを遺品として届けてくれたプレイヤーがいた……勿論覚えているでしょう? それは装備品がほとんどだったけれど、そこには確かに、彼女の剣と――一対の指輪があった……」

「……、」

「そう……あの時、ドロップした品には確かに指輪があった。剣は墓標の代わりにって耐久値が減って自然消滅するようにってことで野ざらしだったけれど、あの指輪は……誰にも言わなかたけど、私埋めたの。ここに《永久保存トリケット》に入れて……私がずっと憧れていた、理想の夫婦だった貴方たちの夫婦の象徴でもある結婚指輪を、ここに……埋めたの……」

 そう言って、彼女は墓の中から銀色の小箱を取り出した。それは土に埋まっていたはずなのに、銀色にキラキラと輝いており……まるで何かを見せつけているかのようでもあり、ずっと消えない絆だと言っている様でもある。

 勿論、この時のグリムロックには、間違いなく前者に見えたのだろうが…………。

「ここに収められている結婚指輪の方には、間違いなく貴方の名前とグリセルダさんの名前が入っている。そしてこのギルドの印章は間違いなく本物。私も、カインズも同じものをまだ持っているから、比べればすぐわかるわ…………これでも、言い逃れできる? 反論できる? グリセルダさんが私体に示していた親愛の情と、貴方に示していた揺るがない信頼と愛の証を! 踏みにじってでも反論できるなら、反論して見せなさいよ!!」

 その言葉に、ひょうひょうとした態度を貫いていたグリムロックもついに折れ、膝を折り地面に手をついてうなだれた。

 そんなグリムロックに、ヨルコは涙を浮かべながら……鋭さも何もない、くしゃくしゃに歪んだ声で、問う。

「どうして、どうしてグリセルダさんを――あなたの妻を、こんな目に! そんなにお金が欲しかったの……ッ!?」

「カネ……金だって? そんなくだらないものの為に、私が彼女を殺したとでも?」

 そういうウィンドウを操作し、かなり大きな袋をオブジェクト化すると一同の前に放り投げた。

「指輪を処分した残りだ……金貨一枚だって減っちゃいない」

「え…………っ?」

 その言葉に、ヨルコは戸惑いの表情を浮かべ、グリムロックの真意が分からないという表情をする。

「金の為など…………笑わせる! そんなくだらないことで、私が彼女を殺すものか! 私は、彼女をどうしても殺さねばならなかったのだ。彼女が《ユウコ》が……()()()()()()()()()()()()……!!」

 そして彼は墓標に視線を向けると、語りだした。彼の抱いた、彼を狂わせた、彼自身ではどうしようもなかった……その、理由を――。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ――私は、彼女を殺さなくてはならなかったのだ。彼女が、私の妻でいるうちに…………。

 

 

 グリムロックは、語り始める。彼の抱いた思いについて――

 

 

 ――金の為にしたのか、と君達は言ったな? そんなわけがないだろう。そんなくだらないことの為に、私が《ユウコ》を殺すなんて……あるわけが無い。

 私が、彼女を殺したのは…………ずっと、彼女に彼女のままでいて欲しかったからだ……。

 

 それに、君達が私たちの何を知っているというのだね?

 《グリセルダ》と《グリムロック》……頭の音が同じなのは、決して偶然などでは無い。

 彼女は私の妻だ。私の妻だったのだよ。

 この世界でそうであるずっと以前から……ずっとね……。

 《ユウコ》は最高の妻だった。夫唱婦随という言葉は、彼女のためのものだとさえいえるほどだった。ただの一度も夫婦喧嘩などしたことも無い、互いに不満も無い。どこまでも満ち足りた……穏やかな日々を過ごしていた……筈だったのに――。

 このデスゲームが始まり、本当の死をもたらすというゲームに私は怯えた。しかし、ユウコは寧ろこの状況を楽しんでさえいた様に見えるほど、メキメキと力をつけギルドリーダーにまでなった。

 そうしてユウコがだんだんと、私から離れて行ってしまった様に見えた。いや、実際彼女はもはや私などは見えなくなっていたのだろう。

 最早ユウコはユウコではなかった……。

 彼女は、愛していた《ユウコ》は最早この世界の、向こうの世界のどこにもいないのだと……そう悟った私の気持ちが、君達に分かるかい?

 それに彼女はこうも言っていた。もし現実世界(むこう)に戻れたら、もう一度働こうと思うと……。いずれ起業もしてみたいと。

 こんな状態のままでは、私など必要としなくなったユウコが離婚を切り出してもおかしくは無い。彼女は最早()()()()()()()()()()()のだから……。

 

 だからこそ、思ったのだよ――――

 

 ――――いっその事……現実でも変わってしまった彼女を見ることになるくらいならば、思い出のままにしておきたいと――私は…………。

 

 ――だから……、殺したっていうの……?

 

 震える声でヨルコが、グリムロックにそう問う。

 グリムロックは答えない。

 ――沈黙は、金という様に……彼の答えはとてつもなく傲慢な思いを、重く…重く……この場に漂わせた。

 

 彼を狂わせたのは愛だと、〝語るもの〟ならばそう口にするだろう。

 

 しかし、それは――違う。

 

 グリムロックは、その思い沈黙に――さらにその傲慢な言葉の比重を、この沈黙の中へと吐き出す。

「語っても、きっと何もわからない。君達には、決してわからない……あの恐怖が、愛するものを失うというあの感覚――「ふざけんなよ」――何……?」

 ハチヤは冷たくグリムロックを見下ろしながら、言葉を続ける。

「ふざけんなって……言ってんだよ」

「何を……っ」

「そんな程度の理由で、お前は……人を殺したのかよ……」

「そんな程度? 違うな、十分すぎる程の理由だよ……。君にもいずれ分かる。愛情を手に入れ、それを失われようとするときの〝恐怖〟を……自分にとっての唯一絶対の……『本物』の消失を……その身に受けることが、どんなものか……を――」

 

「――黙れよ」

 

 ハチヤの声の冷たさがより一層増した。

 

「そんなものを、『本物』だなんて……呼ばせない。アンタがグリセルダさんに、ユウコさんに抱いていたのはただの独占欲だ。でも、アンタはその独占欲の、自分自身の心の醜さから――アンタは、目をそらしたんだ……」

 

 そうだ、俺たちは……ずっと求めていた。言葉でもなく、ぬるま湯の様な関係でもなく……まして同情なんてものじゃないのだと、ハチヤは自分のこれまでを……改めて思い出していた。

 

 ――俺は、ずっと求めていた。醜いものを傲慢なものを。たった一人では成しえないそれを…………ずっと求めてたんだ。

 分かりたいという気持ち、どこまでも醜いそれを……他人と共有したかったのだ……。

 

 あの言葉を告げたときの、あの日の自分の思考は……どこまでも支離滅裂だった。

 

 知って安心したい――それは互いを理解し、理解されることの筈だ。でも俺は誰かに分かられたくなどないと思った、思っていた。

 醜く、他人に懇願する。知られたくないものでるはずの、自分の『醜さ』を、他人見せてまで……懇願したのだ。

 それはきっと、漫画や小説の中の主人公たちが、いとも簡単になせること成し続けていること……。

 自分の意志を貫き通し、自分の傲慢さすら受け入れて、どこまでも他人の為に何かを成せるようなそんな人間になら、きっとできる事。

 

 ――でも、……そんな大層な人間は……あの時の、あの部室のどこにも存在してなどいなかった。

 

 誰もが、自分の道に迷っていた。どこに行くべきなのか、それをずっと探し続けていた。

 ずっと一緒にいてほしいわけじゃなかった。温い関係はいらない、欲しいのはそれこそ極寒の海荒波の様どこまでもただれて、()()()()()()()()()()()()()()()様な関係でよかった。その海の中には穢れがない。どこまでも静寂が漂うだろう、でもそこにある――確かな何かが、何も存在できないようにすら見えるそれの中にある、押し付け合っても……互いを許容できる関係。

 これだけを口にするなら、それは先ほど言ったことに矛盾しているように聞こえるのだろう。でも、それはどうしようも無く求めていた、醜くて、傲慢で、独善的で、ある意味何よりも嫌っていた欺瞞や自己満足のようなものだったのかもしれない。

 

 でも、それでも、止められなかった。

 

 でも、それは……届いた。

 醜さを他人にさらすなんて、腸をぶちまけるなんて、出来るわけない事だった。でも……それが、出来たのだ。

 依存だと、貶されるかもしれない。でもこれは……そんなものじゃ、ない。

 

 決して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 醜くても、それでも互いを――正しく知る事が出来る。腸をぶちまけうることができる。傍目には、毒か何かでしかないもの……。でも、そんな毒でも、『嘘みたいに甘い果実』なんかよりはずっといいはずだ。

 誰もが平等になど、救われない。

 誰かが割を食うことがある。当たり前のことだ、不平等が当然で、そしてどこまでも――『当たり前』なのだ。

 

 だからこそ、自分たちがどこまでも、どこまでも苦しみながら、苦渋だらけの沼から顔を上げるまでに辿った道のりを嘘だとでも言うかのような言い方だけは、決してさせない。

 

「自分の思い通りになるのが『他人』じゃない。夫婦だって、所詮は他人の延長だ。理解できないことだってある。言わなくても分かる事なんてない。でも、言わないことを責めることは誰にもできない。でも、そんな『醜さ』を他人に示したときに……それを、そんな傲慢で、独善的で、どこまでも気持ち悪い感情でしかないそれを――押し付け合いでしかないかもしれにないそれを――それでも互いに許容しあえるなら……、それはきっと…………『本物』と呼べる関係に、なるはずだ……っ!」

 ハチヤは、語った。自分の『醜さ』を吐き出した。

 それは他人に誇れるものじゃない。理解してほしいものでもない。ただ、どこまでも自分が生きてきた『証』を、決して恥じることなど無い、己の道を――目の前の男に……嘗ての自分と同じように逃げ出して……決して帰る事の無かった男に対して、ただ……示して見せたのだ。

 

 ――これが、俺だと……。

 

「もし、お前の言う『本物』が……お前にとって、確固たるものなんだとしたら、アンタはきっとその証を持ってるはずだ。それが、あるのかよ……? 決して捨てなかったものが、アンタにも……それがあるのか!?」

 ハチヤのその叫びにグリムロックは、自身の醜さを噛み締め……右手で左手を掴んだ。きっとそこには、彼の捨ててしまった『証』があったのだ。

 彼の求めた『本物』が、決して捨てることが無かった……その『証』を。彼は自分自身で、捨て去ったのだ…………。

 最早これ以上、言葉は出ないだろう。寧ろ、これ以上の言葉はいらない。

 後に残るのは、自分自身が……これからもそれを信じられるか? という自分自身による、問いかけ――ただそれだけ、なのだから……。

 これ以上は、グリムロックを責める必要も……彼の言葉に反論する必要もない。

 

 ここから先は、彼の、彼自身による心の戦いなのだから……。

 

 そしてグリムロックは、ヨルコとカインズによって連れていかれた。勿論彼らも、グリムロックに『制裁』などはしないだろう。ただ罪を償わせる、それだけで十分だと分かっている筈だ――彼らも、俺たちも、そしてグリムロック自身もきっとそうだ。

 

 間違わない人間はいない。そこからどうするかが、その人となりを決めるのだ。

 

 その様子を見て、ハチヤは思った。

 醜い心を吐き出すのに、あれだけ四苦八苦した自分は物語の主人公たちとは違う。それを、ずっと悪役として認識していたが……それは違う。

 

 自分は、どこまでも――挑戦者(プレイヤー)なのだ。

 

 きっと主人公たち(ヒーロー)が、当たり前に乗り越えていった壁に挑むような挑戦者。どこまでも地をはいずることを強いられた、弱い存在。

 だからこそ、抗おうとするのだ。その定められた場所から。このゲームをクリアしようとするように、主人公たち(ヒーロー)が守った『世界』や、『信念』なんて大層なものじゃない……自分だけの、『本物』を守るため抗う、どこまでも醜く、拙い戦いを、続けよう。その抵抗が身を結ぶその時まで…………。

 

 

 ――これで……事件は、終わった…………。今度こそ、本当に――終わったのだ…………。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ついにこの世界を震撼させた《圏内殺人事件》は、幕を下ろした。その裏側に隠された《指輪事件》も終わったのだ。

 ゆっくりと登りゆく朝日を見つめながら、長い……長い夜が明けたことを実感する一同だった。そんな時、アスナが、キリトにこんなことを聞いた。

「ねぇ、キリト君」

「? 何、アスナ」

「……キリト君は、もし誰かと結婚してから、その人の隠れた――〝別の一面〟に気づいたとき、どうする……?」

「……そうだな」

 その質問に、一同は朝日を眺めながら考えていた。グリムロックが抱いていた『恐怖』とやらに直面したとき……いったい自分ならばどうするか、と。

 キリトは、朝日に照らされた墓標をなんとなく眺めつつ……こういった。

「俺はたぶん――ラッキーだったって思う、かな……?」

「ラッキー……?」

 キリトのその答えに不思議そうな顔をしながら、キリトの顔を眺める。

「うん。だってさ、きっと結婚するってことは、その人のことをとっても〝好き〟になっているから、その新しい面をまた好きになれたら……、きっとその〝好き〟が二倍になるかな……って」

「ふぅん……変なの……。でも、……そうだね。……きっと、そうだよ……」

 アスナは微笑みながらその言葉を何度も反魂して、よりいっそう大切なものとして、しっかりと感じ取るように……胸の奥にその言葉を染み渡らせた様だった。

 そんな二人を見て、ユイはハチヤにも同様の質問をしてみる。すると、ハチヤは怪訝な顔をして「ガラじゃねぇよ」とだけ答えたが、少しだけ間をあけて……小さくこういった。

「――――その〝別の面〟も受け入れちまうのが、俺たちの言う『本物』、のはずだろ……。醜い感情も、何もかもを……互いに許容して、受け入れた先に……有るんじゃねぇの? その、『心』ってやつが、よ……」

「せんぱい……結構カッコいいですよ、そのセリフ……」

「ありがとよ……。で? それは降られる前振り、でいいのか?」

「むぅ……私だって、こんな時に、しかもそんなつもりでお世辞言ったりしませんよぉ。……本心ですよ。まぎれもない、私の――『本物』です……」

「……そうかよ」

「はい♪」

 いつも通りの、穏やかなやり取り……。

(これが、俺が守りたいもの……なんだろうな)

 きっと、ちっぽけなものかもしれない。でも、どうしようもなく心を安らがせるこのひと時を、どうしても、手放せないのだろう。

 捨ててしまった筈だった。要らないのだと、思っていたはずだ。でも、もう一度。望んで、我武者羅になってまで手にしたものだからこそ……どうしようもなく心をかき乱されて、どうしようもなく欲してしまうのだ……。

 そして、一同はこの事件が始ったために食べ損ねた、レストランの品々をもう一回食べに行くために街へと戻ることにした。

 その場を立ち去ろうとしたとき、皆はこの事件が始まってからというもの……。幾度となく目の当たりにしてきた――説明不能の光景――を目にした。

 だが、この現象に関しては……あの死亡偽装すら凌駕するほどの光景だった。しかし、不思議とその光景に対しての不快感はわいてこなかった……。

 だから一同は、こちらに向けられている真っ直ぐな強い意志の込められた瞳と、穏やかな微笑みに対して一言だけ…………告げた。

「これであなたの心配事も消えたと思います。どうか、安らかに……」

「終わったよ……。これできっと前に進めますよ。ヨルコさんも、カインズさんも、シュミットさんも――――きっと、グリムロックさんも…………」

「見守っていてくださいね、私たちの戦いの行く末を……」

「あなたの意志は、引き継ぐよ。きっとみんなを開放して見せるよ、この世界から……」

「だから見守っていてください、グリセルダさん……」

「……どうか安らかに、グリセルダさん……」

 その光景の中に佇んでいた金色の光に包まれた〝彼女〟は……立ち去る彼らの背を見てより優しげに微笑んだのち――。

 囚われていたものから解放されたような、安らかな表情で少しずつ……この場から消えていったのだった…………。

 

 

 

 ――こうして、長かった事件の夜も明け……再び研鑽の日々が始まる。

 城の最上階までたどり着き、現実世界の明日を見るために……足を休めていた『勇者』たちは、再びその足で立ち上がり前へ、より前へと、進んでいくのだった……。

 

 

 

 




 いかがだったでしょうか?

 圏内事件を書くのは非常に難しかったです。でも、どうにか自分なりにこのラストを書き終えることができました。
 さて次回からいよいよ《アインクラッド編》のラストへと一気に向かって行きます。

 でも、その前に――やはり武器の調達イベントが必要ですよね?
 というわけで、次回はハチヤが武器をにれる話になります。オリジナル武器を考えるのはかなり難しいでしょうから、多分それほど凝った名前とかは無理だと思いますが、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

 それではまた次回、またお会いしましょう。

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