忘れた方は始めまして、覚えてくださっている方はお久しぶりでございます。
一ヶ月以上こちらの方を更新できていなかった駄作者でございますが、いけしゃあしゃあと帰ってまいりました。
どうにかある程度は色々なことも落ち着き、やっとこさ小説ももっと書けるかなと言ったところまで来ました。
ですが、言い訳を重ねさせていただくとモチベーションが下がっているというのが適切かもしれません。なので、その状況に浸りきらないように、少しでも上げて行けるように頑張ります。
そんな訳で、今回は前話と次話の間を取り持つお話でございます。
本当は『オーディナルスケール』が始まる前までにSAO編は終わりたかったのですが、そういかなかったので今後の質をあげながらのペースアップをできる体制を模索していきます。
というか、書下ろしの『ムーンクレイドル』も始まってしまって、すっかり遅れている感が強くなってしまいましたが、とにかく頑張っていきます。あと今回からやっと時間的余裕もでき始めたので、あとがきを復活と、感想を広く受けられるように非ログイン状態でも可の方に設定しなおそうかと思います。他の作品も順次そうしていこうかと思っていますが、荒らしや誹謗中傷等はご遠慮くださるようお願いいたします。それでも、不快だと思われる場合はブラウザバックでお戻りくださることをお勧めいたします。
さて、長々と前書きをしてしまいました。
それでは、本編の方をどうぞ。
――…………!
――……チーってば!!
(――――だれ、だ……?)
ぼんやりとした意識が次第に浮上し、体がその浮上してきた中身をその内に納める。また、同時に視界が取り戻され……あの青白い炎の灯っていた部屋に残っていた光の残滓が目に飛び込んできた。続けて、目の前には薄い桃色っぽい髪の少女顔が視界に入る。
由比ヶ浜――いや、ユイがそこにいた。
「……ゆ、い……?」
そう口にすると、彼女はガバッ! と勢いよくハチヤの胸に飛び込んできた。
「よかったぁ……! よかったよぉ……!!」
涙を流しながら、彼女はハチヤにしがみついている。ハチヤは意識に後追いしてくる頭痛を吹っ飛ばすような正面から感じる柔らかな感触に、心中でパニックのような状態になりつつあるのに、それをどことなく他人ごとに感じるかのような意識が二つに分かれたような感覚にさいなまれつつも、とにかく自分の体の上に乗っている彼女から感じるとても大きな柔らかい何かを押しのけようとするのだが、その言葉を口にする前に彼女が取り出したポーションを口に突っ込まれてしまった。
口から感じるレモンジュースと緑茶を混ぜたような味を楽しみつつ、今度女性陣にマッ缶の再現を頼んでみようかなどと余分な思考を巡らせつつ、周囲の様子を確認する。
丁度ハチヤの傍らにはキリトが寝転がっており、アスナに抱き起されている(ように見えるだけで実際は縋りつかれているような感じの状態である)のを見て、とりあえずキリトは無事だというのを確認した。
そのまま視線を周りにずらしていくと、ユキやクラインたちをはじめとしたここへ来るまでのメンバーも皆無事であることは分かった。
……でも、軍の方の被害はまだわからない。
ハチヤは苦い顔をしているクラインにつぶやくようにして尋ねる。
「……被害は……?」
「…………コーバッツと、後一人……死んだ」
「……そう、か……」
「ボス攻略で被害が出たのは……随分と久しぶり、だな……」
「……こんなのが攻略なんて言えるかよ…………コーバッツの馬鹿野郎が……ッッッ!!」
キリトの言葉に、クラインは吐き捨てるようにそういった。今回のことを客観的に考えるなら、きっと本当に正しいといえるのはコーバッツの自業自得というのが、本当の事実だろう。しかし、それだけのことを割り切られないのもまた人間であり、加えて……クラインのような面倒見のよい兄貴分気質で、尚且つ誰かの為にここまで本気で心を痛められる人間ならば、割り切る事はさらに難しくなるのは至極当然であり、きっと……とても尊い感情でもあるだろう。
ひとしきりの沈黙がその場に漂ったが、クラインが何かを思い出したかのようにキリトとハチヤに先程見たばかりの二人の『とっておき』について訊いて来た。
「……って、そりゃそうと――おめェら、さっきのは何だよ!?」
「……言わなきゃダメか?」
「あったりめぇだ! 見たことねぇぞあんなの!!」
キリトの言葉にクラインが即答。まあ、至極通然と言えばそれまでだけれども、キリトの言い分も現在囚われているSAOという環境――MMORPG、俗にいうところのネトゲでは、基本的にレアな装備およびスキルは秘匿するのが基本。とりわけ嫉妬の対象になる事が多く、加えてSAOは《VRMMORPG》だ。
ここは、仮想現実のデスゲームフィールド。
ゲームの中だが、出会えば所持しているアイテムを奪うことができ、嫉妬の果ての
だが、ごくごく親しいクラインたちに聞かれたとあっては話さないというのは失礼である以上に心苦しい。それにもともと、時期が来れば話すつもりであったことであるのでこれ以上隠す必要もない。
「アレは……《エクストラスキル》、だと思う」
そうハチヤが口にすると、周囲にどよめきが起こる。
《エクストラスキル》とは、通常のスキルとは異なる特殊条件下でのみ取得可能なスキルである。
だが、二人の使っているこのスキルはこれまで出現が確認されているどれにも当てはまらないもの。そんなレアスキルを持った二人を前にしてクラインは興味を惹かれた様に「しゅ、取得条件は?」と、聞いて来たが……生憎と二人とも、その出現条件は分からない。そう答えたところ、残念そうにしていたがそれ以上に二人の使ったスキルの概要を説明してほしいと言ってきた。
「で、結局なんだったんだよありゃあ……? 俺らは最後の方しか見てねぇからさっぱり分かんねぇぞ」
「俺のスキルは《二刀流》ってスキルだよ」
「俺のは……《神速》」
「はー……って、何にも情報がないってこたぁよ。オメェら専用――《ユニークスキル》ってことじゃねぇか……!」
一旦二人の言葉を割るように、クラインがそう感嘆にも似た声を漏らしながら二人にいう。
そう、こうした《エクストラスキル》の中でも、とりわけ取得条件が分からず持ち得る者がたった一人のようなものを《ユニークスキル》と呼ぶ。今現在、この場において露見した二人のスキルを除けば……このSAOにおいて、これまでの二年間にこれを得た者はたった一人のみ。その者こそ、この言葉の発祥となった人物であると同時に、この世界の最強と呼ばれる男でもある。
だからこそ、そんな化け物のような強さの男に並びうるようなプレイヤーがここに現れた上に、その二人共が親しい間であるときた。クラインが気になるのも無理はないといえる。
「つか、キリトの二刀流ってのはなんとなくわかるけどよぉ、ハチヤのはどういうのなんだ? 素早く動けるってだけじゃねぇんだろ?」
「あぁ……一応効果の説明はする」
この《神速》という名のスキルは、キリトの《二刀流》の様に只武器の拡張範囲が増すだけという訳ではないらしく、スキルを発動した瞬間ある種のリスクを背負う代わりにそれ以上のリターンを得るというのが、このスキルの肝である。
そのリスクリターンとは、《効果を使用した時間》の《倍の時間技後硬直を受ける》というもの。ただし、これは取得した後での条件なので、最初期の頃は制限時間が決まっている(勿論元々の最大の制限時間も決まっているのだが)。
「その技後硬直と引き換えに両手で武器を《クイックチェンジ》できて、武器を取りこぼしてもすぐに手に戻せる。ただその代わりに登録できるのは両手合わせて四本まで、でもそのあたりに落ちてるのを拾ってスキルを使ったりもできなくもないみたいだけどな……」
ハチヤが以前キリトの剣を使ってそれをやろうとしたら、あまりの重さに動けなくなってしまい、動けなくなったところを結局キリトに助けてもらったりもした。
「一応、制限時間は完全習得後なら三〇分。フルに使って動けるようになるまでの間に一時間ってとこか」
「……使い方を間違うと、本当に命にかかわるわね」
先ほどまで説明には口をはさんでこなかったユキがそんなことを言った。
「ああ、まったくだ……」
ハチヤは自嘲気味にそうつぶやく。
それは、使える代わりに、もし使えなくなった瞬間に何もできなくなる。
一か〇、命を賭けたデスゲームにおいてはなんとも頼もしく、なんとも心もとない力だ。
《ぼっち》を自称していたものが持つには最もふさわしく、最もふさわしくないものでもあるだろう。誰かと一緒に居なくても最も速く、最も強く在れる力ではあるが……同時に、たった一人きりになった瞬間、他の力の前に――多勢に屈することになるような、その力。
それが、この世界からハチヤに与えられた力。
逆にキリトの力は、最も王道を行く最強の力。
全てを切り裂き、全てを護る攻撃を防御に変えるほどの、勇者の力。
全てを切り開き、全てを繋ぐもの――世界を導く力だ。たった一人でも、どこまでも進んでいき、仲間を得たときその力はさらに強いものへと変わっていく。まるで、思いが伝わっていくかのように、彼の力は人々を集めていく。守るべきものが増えていくごとに、彼は弱くなり、同時に強くなるのだから。
スキルについての語らいをした後、一同はそれぞれ済ませておくべきことを済ませるべく動き出す。
《軍》の一同は礼を述べて頭を深く下げると「もうこんな無謀なことはしない」と言い残し本部へと被害等の翻刻の為に戻っていき、クライン率いる《風林火山》とケイタやサチたちのギルド《月夜の黒猫団》は疲弊したハチヤとキリトに変わり転移門のアクティベートに向かい、ユキとイロハはシリカとルミ、そしてリズをそれぞれのホームへと送っていくといい、アスナとユイはキリトとハチヤのことをホームへと連れていくことに。
そうしてそれぞれが役割を分け、それらを果たすべく動き出した。
――その日の夜、ハチヤ達のねぐらにしているパーティホームにて。
「……明日にでも団長に話を付けに行きましょう」
そうユキは既に寝てしまった男性陣のいないリビングでユイ、アスナ、イロハに向けてそういった。
それに対し、三人は是非もなく頷く。
元からそのつもりだったし、こんなことがあった後で《KoB》の方に所属しているからなどという理由であの二人を置いて《任務》に当てられてはたまらない。あんな出鱈目なスキルを、というよりも……この世界での例外的存在の象徴たる《ユニークスキル》使いが二人も生まれていた、などという事が明日から大々的に発表されるであろう。
クラインたちはともかく《軍》のプレイヤーたちの前でも使ってしまったために、おそらく情報の漏洩は避けられないであろう。
面倒なことになる前に、さっさとことを済ませなければならない。
四人の少女たちは危惧するような状態になる前に、以前のような体制を取り戻しておきたいというのが正直なところであったのだが――
――だが、彼女たちはまだ知らない。
事態は、その抱いた危惧以上に深刻であるという事を。
* * *
第五十五層《グランザム》にその中心たるギルド本部を置くSAOにおける最強と名高い《血盟騎士団》――通称・《KoB》。その総本山であるギルド本部の団長室にて、現在ちょっとした問答が行われていた。
その原因の一つは、ギルドの最高責任者の椅子に文字通り座っている男の呈したことが原因である。
その内容は、「――ハチヤ君、キリト君。君たちが我が《KoB》に入団してくれないか?」というもの。
そう発したのは、このギルドの団長であり、尚且つSAO内最強・無敵の代名詞として知らぬ者はいないプレイヤー、《ヒースクリフ》。
彼は、目の前に立つ五人――とりわけそのうちの二人に向けて――そう言い放った。
何故こうなったのか、とハチヤとキリトはつくづくそう思った。
そもそも事の始まりは朝方女性陣との会話の一幕から始まる。
彼女らが早速仮所属のような形で所属していた《KoB》に退団の意思を伝えようと言うことになり、女性陣一同は勇んで出て行ったのだが……何故か、拒否された。
これだけなら単なるギルド側の傲慢な束縛的対応とも言えるかもしれないが、それ以上にそれを口にした人物が先のヒースクリフであったが故に、単なる強制とも取れずにズルズルと彼の口車に乗せられてしまったと言うわけだ。
彼は、このSAOにおいて最強プレイヤーであり、尚且つ最強ギルドの最高責任者でもあるにも関わらず、普段の彼――ヒースクリフはあまり情勢には口を出さない。ボス攻略でさえあまり口を挟まず、あくまでも保護者的な立場におさまるスタンスを崩すことはない。しかし、彼が単に
彼は、その天性のカリスマとでも呼ぶべき人徳により、彼は攻略組のほぼ全員――ひいてはアインクラッドの大多数を占めるプレイヤーたちの心を掌握しているほどで、《最強》の象徴であると同時に、《憧れ》の的であるともいえる。
そんな彼は先程の述べたスタンスと通り、命令指令といったものはほとんど出さない。
出さないが、それは与えられたことだけをただこなすということではなく、むしろそれ以上に……寡黙なままであるのに、何処までも、そして誰よりも先頭に立ち、この鉄の城を突き進みながらプレイヤーたちに道を示すその様には敬服という言葉以外は不釣り合いだと思える程だ。
そんなここSAO――《アンクラッド》では有名すぎる逸話の塊のような彼が、今回に限ってはそのもって余りある強権を発動してきた。
何故今なのか、何故これについてなのか、その答えはその場で考えても分かりはしない。だからこそ、ハチヤとキリトは女性陣にヒースクリフが託した伝言の「立ち会いたい」という言葉を受けてその真意を確かめに行くことにしたのだが……その返答は、先程の言葉通り。
キリト・ハチヤ両名に《KoB》に入団してほしい、というものだった。
「いや、なんでそうなるんだよ……」
ハチヤがヒースクリフにどういうことだ、と言葉を突き返す。
不満たっぷりなその心境を隠さず告げられた言葉だが、目の前に座っているヒースクリフはその学者か教授と言った風な威厳溢れるその見た目に反する事の無い表情を崩すどころか、寧ろどこか嬉しそうにさえ見えるほど穏やかに、されど鋭く言葉を返す。
「なんで、か……。それはこちらも言いたいところだよ、ハチヤ君。君たちとはボス攻略の旅に顔を合わせていたから、何故私がこんなことを言い出したのか、ある程度は想像がつくのではないかな?」
何を……、とハチヤやその隣にいるキリトたちもそう思ったが、その思い当たる節がなくもないことに気が付く。
「――戦力、ってことか……?」
キリトがぽつりと呟いた言葉を聞き漏らすことなく、ヒースクリフは「その通りだ」と肯定する。
なるほど、なんともわかりやすい。
思わずそう感心にも似た、称賛が漏れた。
攻略組最強ギルド、《血盟騎士団》。その名に恥じない戦力を有してはいるが、戦力はほかの勢力にもそれなりに分散しており、規模や統括地域的な意味合いでいえば《軍》の方がその勢力範囲は広いと言えば広い。
また、ハチヤ達がしばらくの間抜けていたこともあり、ここ《KoB》では副団長という役職にのし上げられたアスナたちの影響力がかなり強く及んでいる。ハチヤたちのいない間の彼女らのしてきたことはクラインたちから聞いたり、どうしても必要な討伐戦で聞いたりしたため、ハチヤやキリトの耳にも届いている。
そういった意味では、ヒースクリフのいう事も一応分からなくはない。
要するに、戦力を手放すのは本意ではないというのが一つ。
だが、元からの所属という訳でもないので引き留めると強要は出来ない。ならば、パーティとして《KoB》に入ってくれ―― 掻い摘んで言えばそんなところだろう。
確かに、このデスゲームをクリアするためには戦力を一丸としなければならない。如何せんMMORPGはソロや少人数パーティでは土台攻略は不可能だ。
とはいえ、これまでハチヤたちのパーティは攻略の場にはいつも出ていた。だから本来そこまで言われる必要はないが……ギルドに所属していないステータス値の高いプレイヤーたちを入れようとするのはギルドリーダーの心情であり、同時に最も単純かつ明白な利益計算ともいえるが――。
「……申し出の意味は分かった。けど、その話に関して言えば正直なところ、お断りだ」
ハチヤはそう言い切る。
「まあ、そう来るとは思っていたよ」
ヒースクリフも半ばその答えは分かっていたらしく、たいして驚いた様子もない。
「そう来る――それは分かっていたが、それでもあえて言おう。貴重な戦力を、むざむざと手放そうとする人間がいると思うかね?」
そうヒースクリフがいうと、その場には張り詰めたような空気が漂う。
何方の言い分も正しいだろうし、決して不自然な事でもない。しいて言うなら、そこに有る者が公的なものを優先するか、
しばしの沈黙、その後に流れを切ったのはキリトだった。
「……貴重な戦力なら、その護衛の人選には気を使った方がいいと思うけど」
これは勿論、今回ハチヤ達の《ユニークスキル》が公になるきっかけとなったボス攻略に赴く前に起こった、《護衛役》たちとのいざこざについてのことである。
「その件についてはこちらの落ち度だった。そんな訳で、あの二人には現在自宅謹慎を言い渡してある。ハヤト君から聞いた限りだと、どうやら行き過ぎたのは彼らの方であるようだからね」
至極あっさりとヒースクリフは自身の監督不行き届きを認める。あっさりと認めはしたが、それでも彼はその件があったからと言ってもヒースクリフはハチヤたちの勧誘をあきらめる気などさらさらないらしく、
「その件についてはこちらが謝罪するが、だからと言ってこちらとしてもせっかく副団長として職務を任せる人材を複数人得たというのに『はい、そうですか』と諦める訳にもいかない。それに加えて……目の前に強さを持った人間が現れているのというのに、勧誘をしもしないというのは《KoB》団長として――ひいては一プレイヤーとして、譲れない」
ヒースクリフの鋼のような光を放つ瞳からは、すさまじい意志の力を感じられた。
エゴ、と言ってしまえばそれまえでだろうが……そこには、この世界を生きる彼ら彼女らにとって、度し難いほどに根底に存在する感情が読み取れた。
《剣》の世界。ここでのゲーム、つまりは仮想世界という場所での生を知った人間誰しもが持つ心。そう、結局のところ……こうして攻略組という位置づけに居続けている理由を幾つ並べても、その理由の最終的な収束地点はたった一つしかない。
――剣での戦いに魅せられている。
とてもシンプルな、そんな感情。
ただゲーム内で本当に起こる《死》の恐怖に駆られていただけの初期とは違い、今ではこの世界に囚われた人間はそれにある程度の折り合いをつけ、それぞれの生きる道を選び取っている。
まして、こんなゲームの最前線に出ている者などは特にそうである。
ゲームプレイヤーとしての感情――誰よりも先へ進みたい、そこにいたい。
他のプレイヤーたちよりも、強く在りたい。
ただ、それだけ。
――故に、この世界においての流儀に乗っ取って決めよう、と。
ヒースクリフはそういっている。
欲しければ剣で、己が持つ
ごく客観的に考えてみれば、こんなことは茶番だと言えるだろう。
賭けのような真似をする必要など皆無であり、そもそもの発端はヒースクリフからの提案によるもので、別段ハチヤ達がそれに乗るなどという選択肢をとる意味などないのだが……どういう事だろう。
目の前にいる男は全く引く気がなく、要求する側であるはずなのにまるでこちらを挑戦者として見ている様にすら感じられる。
……引けない。引いてしまったら、何かがそこで終わってしまう。
自分たちが、
互いに譲れない事柄であると同時に、互いの利が交錯するが故か――その場を引くという選択が、条件を跳ね除けるだけの行動を縛り付けた。それはある種のカリスマの様でもあり、その大本たる男が持つ《最強》の力にふさわしい神聖さとでもいえる雰囲気を醸し出し、対峙する者たちをくぎ付けにした。
そして、
「――欲しいものがあるのならば、己が最強たる全力をもって掴むというのがこの世界の流儀だが……君たちの答えを聞きたい」
その言葉を発せられたとき、この場において最も勇者たる資質をもつ少年は一歩を踏み出して、その男に告げた。
「――いいぜ。あの時、あの二人とも同じことをした。その親玉を倒せば、さすがに完全に納得してもらえるだろうし……俺自身、アンタとは少し戦ってみたかったっていうのも、本音だ。だから、俺は受ける」
黒い、夜空の様に澄んだ力強い瞳をまっすぐに向けながら、キリトはヒースクリフにそう言い放った。
「ただ、あくまでこれは俺の意思で、この問題は俺だけのものじゃない。だから、みんなの意見も聞いてからでないと決定は出来ない。ここにいる全員の意思を聞いてからじゃないと俺は〝闘わない〟」
そうキリトが言うと、
「まあ、まず一人にそういってもらえただけでも十分光栄だ。しかし、私の目的はあくまでも君たち全員を我がギルドへ引き入れる事。そして、この場においてあと戦うかどうかを選ぶとするならば……」
ハチヤに視線が向けながら、ヒースクリフはそのまま言葉を続けた。
「あとは、実質的には君だけだ。ハチヤ君」
聞きようによっては、女性陣がまるで賭けの景品であるかの様に聞こえる分、かなり失礼であると思えるのだが……このヒースクリフがここまで言った。つまり、仮にこの場において勧誘を断ったところで――最後までその意思を曲げる気も、諦める気も、また手放す気も、譲る気もない、という事でもある。
「……ホント、いい性格してるな、アンタ」
ギルドの連中の執着心はアンタ譲りなんじゃないか? とハチヤが続けようとした手前でヒースクリフは、
「それは有難う。……それでは、返事を聞こうか?」
といって、それ以上の引き延ばしを許さない、というかのようにしてハチヤに結論を迫る。
もはや、選べる選択肢はないに等しい。
数少ない手札を切る状況は幾度となくあった。だが、この手札切りはあまりにもこれまでとは状況が違ったもので……かえって新鮮かもしれない等という自嘲的な考えを残しつつも、ハチヤはヒースクリフに短く告げた。
「……受けるしかねぇだろ」
と。
譲れぬものを賭けた闘いの幕が上がり、物語は加速していき……勇者たちの過ごす鉄の城での日々が、次第に終わりへと進んでいく。だが、その終わりが最果てのものであるかは、まだ誰にも分ってなどいなかった……。
* * *
次回、『紅の殺意』
いかがでしたでしょうか。
今回からアインクラッド編を本当に佳境へと持って行けるかと思い、この後の話と並行しながら繋げることを意識しつつ書いてみました。本当はアニメでいうところの『紅の殺意』は一本で済ませられるかなと当初の構想では思っていたのですが、実はぶっちゃけると、この作品自体を書いたのが二、三年前で……且つアインクラッドの後半はほとんどプロットに近い状態になってしまい、そのあとの『ALO編』の数話と『GGO編』の数話、『アリシゼーション編』のプロローグ&プロットの方がまだ小説然としているという……なんともわけのわからない状態になっておりまして、加筆中に展開や構成を変えることがしばしばでその分遅くなるという……。
まあ、もう少しちゃんと書いてから出せよって話ですが、つい投稿を始めたので結構停滞しながら書いてました。特に、『圏内殺人』のあたりが凄く展開に迷いましたね……あそこで少しでもいいものにできるようにと自分なりの全力を注いでは見たつもりですが、それでもかなり至らない点がると思えるのでやはりもっと原作を読んだりしながら文章をより良いものにできるように頑張ります。
それと、ふだんから誤字が非常に多いのでそこにも気を配らないととつくづく反省しておりますが、もし見つけた方がいらっしゃいましたら教えくださりますと非常に助かります。
なんだか久しぶりにあとがきを書いたので、なんだか長くなってしまいましたが最後にもう少しだけ書かせていただきます。
僕はこの作品もですけど、どちらかというと幸せになっている登場人物たちが見れるとほっこりしますし、辛い運命に抗って日常を護れたりするさまに憧れたり感動したり、改心した悪役と分かり合ったり、性根の腐ったキャラクターと意外な形で活躍するようなSSなどでいいなと思ったり、感動したりする単純な人間なので……いくら試練があっても、傷があっても、それでも幸せへの道を探せればなぁと思いながら書いてます。
もちろん、ただ漠然とその物語を書くだけではめっちゃくちゃになりますし、仮に幸せであるように書いたつもりであっても、きっと何の価値もないものにしてしまうことになるのは痛い程学びましたので、自分なりにそのバランスを崩さないようにと気を配りながらキャラクターたちが笑いあえるような作品になればいいなと思いながら書いてます。
でもどうしても、悲劇だけで終わったり救いが無かったりするのはもったいないような気がするんです。悲劇の後に何もかもを失っても、それでも何かを愛したり、互いに想い合えたり、意志を貫き通したりできるのなら、その方がいいのではないかなと……。
なので、悲劇は現実でも作品内でも生きている以上は起こりうるものでありますから、それに少しでも抗ったり受け入れたりして、彼ら彼女らがあるいは自分たちが、その先で友人や家族と言った人たちと笑いあえるようだったらいいなとそう思います。
『もしも』を作るのが二次創作なので、多分僕やほかの作家さんたちも好きな作品の中で『こうだったら良かったかもしれない』という思いを抽出して作っているような感じなのではないかなと勝手に思っています。
前書き以上に長々と書いてしまいましたが、今回はこの辺で幕引きとします。
それではよろしければ次回以降もよろしくお願いいたします。