2015年9月6日 キルギス上空
日が傾き始めた夕方の空を、4機のSu-27が飛び抜けていく。
そのうちの1機、4番機のポジションに俺はいた。
今まで訓練や演習以外飛んだ事は無く、これが始めての実戦の空だった。
今日は中国方面から国籍不明機の編隊が防空識別圏に侵入したという情報が入ったため、俺たちの隊がスクランブルに上がったのだ。
今までの訓練とは違う、実際のスクランブル。
自然と操縦桿を握る手に力が入り、心臓の鼓動も大きく、早くなっていくのが感じ取れた。
そんな俺の緊張を感じ取ったのか、隊長たちから無線が飛んで来た。
<<よう新入り、お前は今日が始めてだったよな>>
<<はい、隊長>>
<<まぁ実戦とはいえスクランブルだ。楽に行こうぜ>>
<<どうせいつもの中国人だろ?適当にあしらっときゃすぐに向こうさんも帰るさ>>
<<ま、お互い仕事だからな。大変だぜ全く>>
こんな他愛も無い話をしていた時、基地から通信が入って来た。
<<おしゃべりはここまでだ。各機、レーダーを確認せよ。国籍不明機は南部ナルイン方面の国境から侵入、ブルジェバリスク方面へ向けて現在北上中。高度1000、機数は2、推定速度はマッハ0.5と思われる>>
<<了解。こちらのレーダーでも正面から接近してくる不明機を確認している>>
基地管制塔の示す通り、自機のレーダーにはまっすぐ近づいてくる光点が映っていた。
<<お前ら、今日はちょっと様子が変だ。嫌な予感がする>>
<<どういう事ですか?隊長>>
しかし、ここで隊長のまとう雰囲気が変わった。
気が付けば、普段の気さくな兄貴分といった感じから過去の紛争を生き抜いて来たベテランのそれとなっていた。
俺は思わず、隊長に理由を尋ねた。
<<ここらを飛んでる中国機は防空識別圏から国境手前まで来る事はあっても国境を越えてここまで深入りしてくる事は無かった。精々スクランブルで上がってくるまでにかかる時間から俺たちのおおよその練度を確認する程度で、こんな喧嘩を売る様な飛び方は今までしてこなかったのさ>>
その隊長の言葉に2番機のコズロフ中尉が言葉を続けた。
彼も雑談していたときから打って変わって真剣そのものだった。
<<だがコイツらはたった2機で国境を越えて一直線に向かってくる。これは何かあるはずだ>>
<<それももうすぐ分かるだろう。そろそろ見えてくる頃合いだ。各機、気を抜くなよ>>
<<2番機了解>>
<<3番了解>>
<<こちら4番機、了解>>
隊長の言葉に返事をすると共に、目の前の事に集中するように意識を向けた。
<<まぁ、何が来たところで俺たちのやる事は変わらん。とりあえず、お帰り願おうか>>
<<2番機、不明機に対する警告を頼む>>
<<了解、さっさと終わらせて帰ろう>>
<<前方の国籍不明機に告ぐ、我々はロシア空軍カント基地所属機。貴機はキルギス領空を侵犯中である。直ちに当空域を離脱せよ。さもなくば貴機を敵機と判断し撃墜する>>
<<繰り返す、我々はロシア空軍カント基地所属機。貴機はキルギス領空を侵犯中である。直ちに当空域を離脱せよ。さもなくば貴機を敵機と判断し撃墜する>>
しかし、不明機は聞こえていないのか、あるいは聞く気がないのか引き返す素振りも見せない。
<<不明機はどうだ>>
<<現進路を維持。撤退する様子は無く、こちらに向かってきます>>
再びレーダーへと視線を落とす。
そこには僚機が発した警告を無視し続ける不明機の反応が、自身の存在を誇示するかの様に明滅を続けている。
レーダーの情報が更新される度に近づく不明機の光点。
俺にはそれが何故か死神のごとく恐ろしい物の様に感じられた。
それから間もなく、肉眼で捉えられる距離まで不明機に接近、そして一瞬のうちに俺たちと交差した。
<<……ッ!?>>
<<な、なんだありゃあ!>>
その不明機を目視した瞬間、俺が思わず息を詰まらせると同時に3番機のペカルスキー中尉が声を上げた。
ソレは今まで見たことも無い、まさしくUFOの様だった。
奇怪にうねった前進翼の様な翼、綺麗な円錐状に伸びた尾翼の無い後部、背景を透過する様な半透明のボディ。
俺は今まで軍の記録や民間で出回っている情報などを漁って中国を含む周辺各国の兵器を調べていたがそのどれとも当てはまらない。
今まで秘匿されて来た新型機にしてもあまりに形状が異様すぎるソレは反転して俺たちの背後に迫って来ていた。
そして、あろう事か俺と2番機の真後ろにぴったりと張り付いて来た。
<<隊長、こちら4番機。不明機が反転してこちらに向かって来ます。背後を取られました>>
<<隊長、俺もケツに付かれた。こりゃあヤバいんじゃないのか?>>
始めての実戦で遭遇したイレギュラー、不明機との一触即発のこの状況に再び緊張が込み上げてくる。
だが、それを制するように隊長が言った。
<<まずは落ち着け。国籍マークは見えるか?>>
後方確認用のミラーへ視線を移す。
そこには自機の後方に付いてきている不明機が見えたが、この角度から確認できる範囲に機体番号や国籍マークなど、ペイントの類いは見受けられなかった。
<<次、武装はどうだ?>>
今度は武装にあたる物を探そうと目を凝らす。
だがそのガラス細工の様な機体が西日を乱反射してしまい中々見つけられなかったが、ここでコズロフ中尉から通信が飛んで来た。
<<あのボディのせいで見えにくいが、翼の根元に何かが見える。ミサイルか?>>
その時だった。
<<ぐぅ……あぁあ!?>>
突然、脳を直接触られる様なおぞましい感覚に襲われた。
耳鳴りの甲高い音が不気味に響き、ひどい目眩と気持ち悪さと倦怠感に体が蝕まれる。
ものの数秒で頭の不快な感覚は何とか収まったものの、その残滓はしぶとく頭に居残り続けていた。
その異様な気分の悪さを何とか我慢して、コックピットを確認する。
レーダーにはノイズが走り、火器管制にもエラーが出ていた。
他にも複数の計器や装置が異常を示し、それを示すアラートのランプと電子音が瞬く間にコックピットを支配した。
俺とほぼ同じ様な感覚に襲われたのか、無線の向こうからは仲間のうめき声と俺の機体から聞こえる様な電子音が強いノイズに紛れて聞こえて来ていた。
<<ダメだ!レーダーがおかしい!>>
<<こ……2…機!……信不……! >>
<<クソッ!……何だってんだ!>>
思わず毒づきながらも操縦桿を握り直して後方を再度確認したその時、うっすらと不明機の機首が光り始めたのが見えた。
そしてゾクリと背筋が凍り付く様な感覚を覚えて……。
<<避けろ!お前ら!>>
隊長が叫ぶ。
旋回しようにもロールなんてしている暇はない!
直感的にそう思った俺は反射的にエンジンの出力を上げながら操縦桿をへし折るつもりで引き倒して急上昇。
体を押し潰そうとするGを感じながら後ろを確認した。
そこには間一髪、俺の機体のすぐそばを通過した光線と、
逃げ遅れて光線に機体を貫かれる2番機の姿があった。
長くなりそうなのでブツ切りになりました。
多分あと1話か2話分で終わりそうです。