幻想世界をバック・ドロップ!   作:セミドレス

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第一話 幻想の時代 Ⅰ

 

 心地よい太陽の光が、シャワーのように土へと降り注いでいる。

 数週間前まで残っていた冬の気配もすっかり消えてしまった、四月中頃の早朝。

 ホセア学園の校庭に、どん、どん、という重い音が響いていた。

 闘いの音だ。

 校庭の真ん中で、二つの影がぶつかり合っている。

 片方は大きな影で、もう片方は小さな影だ。

 大きな影――それは、鬼だった。

 絵の具を塗りたくったような、真っ赤な肌をした巨大なヒトガタ。

 唇からは鋭い牙が無数に飛び出し、ざんばらな頭髪の中から鋭い二本の角が伸びている。

 古くから語り継がれる鬼そのものといった姿である。

 体高三メートルはあろうソレは、おどろおどろしい叫びをあげながら、自らの敵に向けて腕を振るい、牙を突き立てようとしていた。

 鬼が闘っている敵――小さな影。

 それは、少女だった。

 純白のスカートと、鮮やかな黄色のセーターを身につけた少女だ。

 歳は十六歳か十七歳くらいだろうか。

 鬼の攻撃を避けるたびに、ポニーテールに結いあげられた少女の髪が、宙で美しく煌めく。

 金色の髪――脱色して造ったものではない、天然のブロンドヘアーだ。

 少女は鼻梁が高く、瞳の大きな、美しい貌をしていた。

 肌の色はアジア系のそれだが、顔立ちはコーカソイド(白色人種)系のものだ。おそらくは混血であろう。

 鬼の振るう腕や牙を、少女は時に宙へ跳び、時に地に伏せて回避していく。

 そのたびに躍動する長い四肢は柔らかな肉に包まれており、年齢からは信じられないほど艶めかしい。

 四肢だけでなく胸も尻も、過剰なまでに女らしく発達している。

 そのような体でありながら、香港映画に登場するカンフーマスターさながらの動きを披露する少女――

 彼女は名を、川神(かわかみ)(まい)といった。

 

「ああ、もう! 大きさの割にすばしっこいわね、このファントム!」

 

 鬼の攻撃をステップを踏んで流しながら、舞が苛立たしげに呟いた。

 舞は鬼のことを、ファントム、と呼んだ。

 ファントム――それは()()()人間の空想の世界にのみ存在すると考えられていた、幻想世界の住人で()()()モノ達である。

 幽霊・妖怪・UMA――そういった呼び名を持つ、物語の世界を住居とし、現実には存在しないとされてきたキャラクター。

 しかし彼らは、人間の眼に映らなかっただけで、太古の昔から人の傍らに在り続けていたのだ。

 原因不明の災い、あるいは奇跡と呼ばれるような幸運。

 そういったものの大半に、彼らが関わっていたのだ。

 その姿と行動は見えず、結果のみが人間に認識される――

 それが彼らと人間の関係だった。

 しかし、その関係は十数年前に一変した。

 日本を中心に活動していた多国籍医療企業、荒耶識社の研究施設がテロに巻き込まれたことで流出したウイルスが、世界中の人間の脳に変革をもたらしたのだ。

 人間の認識機能が変質し、幻想世界の住人――ファントムを明確に認識できるようになった。

 そして、それと同時に、特異能力者と呼ばれる、ファントムと闘うことのできる特殊能力を持つ子供が多く現れるようになった。

 そのような情況に対し、政府は一部の教育機関に『脳機能エラー対策室』を設置し、有志の学生に対して報酬と引き換えに悪質なファントムの退治を依頼する制度を作成した。

 舞もまた特異能力者であり、ホセア学園の脳機能エラー対策室――通称『クラブ』に所属する学生である。

 そして、今、舞が闘っている鬼は、しばらく前から学園の一角に居座り、授業にちょっかいをかけてきていたファントムで、討伐依頼が出ていたのだ。

 

「それにしても、何してるのよアイツ!?」

 

 鬼の攻撃を裁きながら、またも舞が毒突いた。

 アイツ、というのは、クラブで舞とコンビを組んでいる相棒である。

 他の生徒に危険が及ぶのを避けるため、今日の早朝にファントム討伐を行おうと決めていたのだ。

 しかし約束の時間になっても相棒は現れず、校庭で独り待機していた舞は、校内をうろついていた鬼と遭遇し、なし崩し的に戦闘を開始してしまったのだ。

 重篤な活字中毒の相棒のことである。大方、昨日の夜も本に夢中になって夜更かしをしてしまい、寝坊してしまったといったところだろう。

 そんなことを考えながら、舞は鬼の攻撃をスウェーバックでかわすと、一旦後退して距離を取った。

 六メートルほどの距離をおいて鬼と睨み合う。

 今のところ、鬼との闘いは舞の防戦一方である。

 しかしこれは、舞と鬼との間に力に差があるわけではなく、舞が積極的に攻めていないことが原因だ。

 舞の特異能力は『気を生み出し、操る』というものである。

 気によって身体能力を強化し、さらに水・金・火・木・土の五属性のどれかに色付けした気を打撃――舞がかつて父から学んだ中国拳法の技に乗せて打ち込むことで、ファントムにダメージを与えることができるのだ。

 比較的戦闘に向いた能力なのだが、この能力には弱点が存在する。

 強力な一撃を放つためには、ある程度の時間をかけて気を練る必要があるのだ。

 そのため、足を止めて気を練る時間を確保できない一対一の闘いでは、どうしても決定力不足に陥ってしまう。

 故に舞は、守りに徹して時間を稼ぎ、相棒の到着を待ってから攻勢に転じるつもりだったのだが――

 

「アイツが来る気配、まったく無いのよね。完全な遅刻とは、いい度胸だわ」

 

 鬼と睨み合いながら、ぼやく舞。

 情況を再確認したことで怒りが大きくなったのか、若干、目つきを鋭くしながら言葉を続ける。

 

「まったく……今日の放課後、なんか驕らせてやるんだから!」

 

 そう言った次の瞬間、

 

「川神、あんま後輩をイジメてやんなよ?」

 

 という声がすぐ背後から聞こえ、同時に、ぽん、と柔らかな何かが舞の尻に触れた。

 

「ひゃっ!?」

 

 可愛い声をあげながら、思わず振り返る舞。

 そこには、一人の男が立っていた。

 舞が待ちわびる相棒ではない。

 相棒よりもずっと体の大きな男だった。

 身長が百九十センチ近くある、背の高い男だ。

 いや、ただ背が高いというだけではない。

 肉がとてつもなく厚い。

 しかも、その厚さは脂肪によるものではなく、筋肉で作られる厚さだ。

 肩幅が異様に広く、胸がぐっと前にせり出しているのだ。

 丸太のような腿によって、穿いている白いスラックスの生地が、パン、と引き伸ばされている。

 そして、首が凄まじく太い。その太さのために、オリーブ色のジャケットの下に着ている黒いカッターシャツのボタンが、上から二つ留められずにいる。

 服の上からでも、人並み外れた量の筋肉を抱えていることが一目でわかる体だ。体重は百キロを軽く超えているだろう。

 舞のクラスメイトであり、クラブのメンバー(特異能力者)でもある男子生徒、荒沢(あらさわ)(ばん)だった。

 

「よう、川神、今日もいいケツしてんな。手伝おうか?」

 

 そう言ってニッと笑いながら、荒沢が日に焼けた顔を舞に向ける。

 眼や鼻の輪郭がはっきりとした、力強く野生的な顔立ちだ。

 その巨体や短く切り揃えられた頭髪も相まって、猛々しい獣のような印象を与える男だった。

 

「おはよう、荒沢。朝っぱらからセクハラとはアンタもいい度胸してるわね。……手出しはしないで」

 

 荒沢の問いに、額に青筋を浮かべながら舞はそう答えた。

 協力を断ったのは、ファントム討伐の報酬の分け前が減ってしまうのを避けるためだ。

 本当は今すぐにでも目の前の大男を蹴り倒したいのだが、ファントムとの戦闘中なので、ぐっと我慢する。

 

「すまんすまん。ま、頑張れよ」

 

 舞の思惑を知ってか、苦笑しながら荒沢は一歩退いた。

 再び視線を鬼に向ける舞。

 かなり致命的な隙を見せたにもかかわらず鬼が襲ってこなかったのは、荒沢が現れ二対一の状況となったことで警戒心を強めたからだろうか。鬼のクセに慎重な性格らしい。

 攻めよう。

 舞はそう思った。

 相棒はまだ到着していないが、いざとなれば背後の荒沢の力を借りることができる。

 いつまでも闘いを引き伸ばすのは、性に合わないのだ。

 

「いくわよ……!」

 

 軽く気を練りながら舞は駆け出した。

 その動きが、これまでよりも疾い。

 カモシカのような脚が数度、地を蹴っただけで、舞と鬼との距離は近接となった。

 急接近した舞に向かって、鬼が腕を振るう。

 舞はそれをくぐって懐に潜り込むと、拳を振りかぶり、鬼の大腿部に思い切り打ち込んだ。しかし――

 

「硬っ!? なによコイツ!?」

 

 鬼の体表は、舞の予想を遥かに超える強度を持っていた。

 驚きから一瞬だけ動きの止まった舞を、鬼が蹴りとばそうとする。

 舞は地面を転がるようにしてそれを回避した。

 そして立ち上がると、再び鬼の懐に飛び込み、今度は掌底付きを連打する。

 鬼は若干の揺らぎを見せるものの、大きなダメージを受けているようには見えない。

 

「川神、代わって欲しくなったら言えよ〜!」

「黙って見てなさい!」

 

 自分の劣勢をみて声を上げる荒沢に、舞は怒鳴り返した。

 と、その時、

 

「舞先輩! すいません!」

 

 という声が響いた。

 やや高めの男声だ。荒沢の声ではない。

 声がした方に目を向けると、一人の少年がこちらに向かって息も絶え絶えといった様子で走って来ていた。

 白い制服に身を包んだ、線の細い少年だ。

 身長は百七十センチを少し超えるくらい――日本における成人男性の平均程度はあるのだが、ほっそりとした体つきのため、どこか頼りなく見える。

 顔立ちは中性的……というより女性的な造形だ。

 すっきりとしたアウトラインの中に、形の良いパーツがバランス良く収まっている。かなり整った顔立ちだ。

 起床してから櫛を通す暇もなかったのか、男にしては長い黒髪がくしゃくしゃと好き勝手に跳ね回っており、その髪の一部が、汗の浮かんだ白い額に張り付いていた。

 一条(いちじょう)晴彦(はるひこ)――舞の相棒である、一つ下の学年の男子生徒である。

 

「晴彦、遅い! 何やってたのよ!」

「すいません! 寝坊しちゃって! あ、蛮先輩、おはようございます」

 

 晴彦は舞の怒声に謝罪を返し、挨拶をしながら荒沢の隣に駆け寄る。

 おう、おはよう、と返す荒沢にもう一度頭を下げると、晴彦は手に持っていた鞄からスケッチブックを取り出した。

 姿を写生したファントムを紙の中に閉じ込める――それが晴彦の持つ特異能力の一つなのだ。

 前衛の舞がファントムを引きつけている間に晴彦が写生を完了させ、紙の中に捕らえる。そして紙の中のファントムに舞が気による強力な攻撃を加えて完全な封印を施すというのが、このコンビの基本戦術なのだ。

 晴彦が視線を鬼に向ける。

 鉛筆を握るその手が、動きかけては止まる。

 

「一条、どうした?」

「いや、動きが速くて……」

 

 晴彦の挙動に疑問を抱いた荒沢が尋ねると、晴彦は困ったようにそう答えた。

 荒沢は闘い続ける舞と鬼を見やる。

 目まぐるしく位置を入れ替えながら激しい肉弾戦を繰り広げていた。

 確かにあれを描き写すというのは難しい。

 かといって、必死に闘っている舞に注文をつけるというのも、後輩である晴彦の立場からはやりにくいだろう。

 ならば――

 

「川神! 動きが速過ぎると一条が絵を描けねぇぞ!」

「えっ!? ゴメン、晴彦! 結構コイツ強くて」

 

 晴彦に代わり荒沢が舞に意見する。

 それによって状況を理解した舞は、一旦鬼から距離を置き、グラウンドを見渡した。

 鬼の動きを止めるのに利用できるものがないか探しているのだ。

 舞はグラウンドの端にある時計台に目をつけた。

 三本の鉄柱により支えられる台座に大きな時計が乗っている形の時計台だ。

 鬼に背を向け、時計台に向けて駆け出す舞。

 鬼はその背を追う。

 時計台の直前で立ち止まり、体を再度鬼へと向ける舞。

 鬼が舞へと跳びかかる。

 舞は姿勢を低くして前に踏み出し、鬼の下を潜り抜けた。

 跳びかかった勢いのまま、鬼が時計台の鉄柱にぶつかる。

 その背に、舞は渾身の力を込めた蹴り――後ろ回し蹴りを打ち込んだ。

 人体が放つ打撃としては、最も強力な威力を誇る技だ。

 その衝撃によって、鬼の体が鉄柱の中に押し込められた。歪んだ鉄柱に絡みつかれたような状態となった。

 

「ナイスです! 舞先輩!」

「ええ、後は頼むわよ」

 

 晴彦の感謝の言葉に、長時間の闘いで消耗したのか疲れの滲む声で応じると、舞は鬼から距離を取って膝をついた。

 そんな舞に代わり、動きを封じられた鬼の前に立つ晴彦。その後ろには、見守るように荒沢が控えている。

 唸り声をあげながら身をよじる鬼の姿を、晴彦は素早くスケッチブックに描き写した。

 そして完成した絵を鬼に向けて掲げながら口を開く。

 

「千早振るファントム!」

 

 パロールの詠唱だ。

 多くの特異能力者が、能力を行使する際に、特定の言葉――パロールを発する。

 それによって精神的なスイッチを切り替えることで、能力を強化し、安定して運用することができるのだ。

 本能的に危機を察知したのか、鬼が先ほどよりも激しくもがき始めた。

 だが、晴彦は動じずにパロールを紡ぎ続ける。

 

「トートの天倫に虚像を……っ!?」

 

 あと一息で詠唱が完了するというところで、バキン、という音が響いた。

 鬼の力によって、三本の鉄柱のうち一本が破断したのだ。

 間髪おかず、自由を取り戻した鬼が、晴彦に向かって跳びかかった。

 

「いっ!?」

 

 普段は直接戦闘を行わない晴彦が、驚愕の呻きをあげながら身を固くする。

 

「晴彦!?」

 

 相棒の危機に舞が悲鳴のような高い声で名を呼ぶ。

 

「AJ-loading」

 

 混乱する他二名と違い、荒沢は落ち着いていた。

 二つ持つ特異能力の片方、身体能力の強化を発動させる、ごく短いパロールを唱えながら、その巨体を鬼に向かって跳躍させた。

 どん、という重い音が鳴った。

 今まさに晴彦に躍りかかろうとしていた鬼の胸が、強い力で打たれた音だ。

 荒沢による両足の裏を当てる飛び蹴り――ドロップキックだった。

 ドロップキックによって後方に弾き返された鬼は、着地の際にバランスを崩した。

 その隙をついて、荒沢は鬼へ俊敏に駆け寄ると、顎先に向けてアッパーエルボーをカチ上げた。

 鬼の体が、ゆっくりと後ろに傾き始める。舞があれほど打撃を加えても堪えた様子を見せなかった鬼が、一撃で意識を失ったのだ。

 さらに荒沢は、追い打ちとばかりに倒れゆく鬼の頭部へジャンピングエルボーを叩き込む。

 ドスンと音を立てて崩れ落ちた鬼は、ピクリとも動かない。

 代わりに、額が割れ、そこからドクドクと血が溢れていた。

 

「一条!」

「はい、先輩!」

 

 荒沢の呼びかけを受け、晴彦が再びスケッチブックを掲げる。

 

「千早振るファントム! トートの天倫に虚像をさらせ!」

 

 パロールの完成。それと同時に、スケッチブックから青色の閃光が鬼に向けて奔る。

 光が収まった時、鬼の姿は消えていた。

 晴彦の持つスケッチブックの中に囚われたのだ。

 これで一応の封印が済んだことになる。

 

「ありがとうございました、蛮先輩」

「気にするな一条。困った時はお互い様だ」

 

 親しげな様子で言葉を交わす晴彦と荒沢。

 そこへ、少し離れた位置にいた舞も近寄ってくる。

 

「助かったわ、荒沢。それにしても、相変わらず凄いわね」

 

 舞は荒沢の顔を見上げながら、どこか悔しげな表情で、そう口にした。

 身体強化系の類似した能力を持つ舞と荒沢だが、その性能にはかなりの差があるのだ。

 能力を発動した状態での筋力を計測すれば、舞の数倍ではきかない数値を荒沢は叩き出すだろう。

 それくらい、荒沢の身体強化能力は優れている。

 もっとも、これは舞の能力が荒沢の能力の下位互換である、というわけではない。

 荒沢の身体強化は純粋な物理的強化である。

 そのシンプルさ故に高い強化効率を誇っているのだが、同時に攻撃手段が物理的なものに限定されることを意味してもいる。

 そのため荒沢は、霊体タイプや現象タイプの実体を持たないファントムに対して完全に無力なのだ。

 対する舞は、五行の気を攻撃に用いることができる。

 これは、荒沢の天敵である非実体型ファントムに対しても有効である。

 特異能力は多種多様であるため、異なる能力を比べて完全な優劣がつくということは滅多にないのだ。

 しかしそれでも、舞と荒沢の能力を比べた場合、どちらの能力が役に立つ状況が多いかを考えると、荒沢の能力に軍配があがるのは間違いない。

 

「ま、今のみたいな奴は、俺のカモだからな。それより、早く完全封印しろよ」

「ええ、そうね」

 

 荒沢に促され、舞は鬼が封印されたスケッチブックを持つ晴彦に向き直る。

 

「赤鬼……赤だし火属性かしら。水気でいいわよね」

「相変わらず適当だな。一条、こんなんで大丈夫なのか?」

「たぶん大丈夫です。舞先輩の直感、今まで外れたことないんですよ」

 

 そんなやりとりの後、舞が気を練り始めた。

 

「五行万象を発生し、師にして錘なる水の気は火を吸い込む」

 

 目を閉じてパロールを唱えながら、両腕を体の前で交差させ、両掌を脇腹に当てる。

 水の気に関わるとされる臓器、腎臓に意識を集中するためだ。

 舞自身は気付いていないが、この動作によって舞の豊満な乳房が、むにゅりと形を変えながら持ち上げられ、実に煽情的な光景が発生していた。

 それに対して、晴彦は美麗な顔を赤くしながら目をそらし、荒沢は真っ直ぐな視線を向けている。

 そこへ、

 

「いやぁ、いつ見ても凄いおっぱいだねぇ」

 

 という声が、頭上から響いた。

 目を向けると、そこにはアラビア風の露出度の高い衣装を身につけた、身長二十センチほどの可愛らしい小人が浮かんでいた。

 晴彦に懐いていつも一緒にいる妖精型ファントムのルルだ。

 危険を避けるために離れた場所から闘いを見物していたのだが、一応の決着がついたため近くに来たといったところだろう。

 

「おはようございます、ルルさん」

「おはよう蛮、今日もイイ筋肉してるよ!」

「ありがとうございます」

 

 なぜかルルに対して敬語で接する荒沢。

 顔を赤くしている晴彦を他所に、二人は気を練り続ける舞を眺めながら言葉を交わし始めた。

 

「しかし、川神の体はマジ国宝級ですよね。性格は壊滅的にアレですけど」

「うんうん。ホント何食べて育ったらこんなになるんだろうね〜」

「食い物のせいですかね? 川神は貧乏ですから、ロクなもん食ってないはずですよ。やっぱこの猥褻ボディは持って生まれたものじゃないすかね」

「あー、そうかもね、舞っちクォーター? とかいうのだし」

「それかアイツが昔からやってる中国拳法が関係してるのかも。あっちには房中術とかありますし、川神が習ったのもいかがわしい拳法だったりして」

「エッチなクンフー? それ面白そう! 私も習ってみよっかなー」

 

 本人を目の前にしてあからさまな猥談を行う二人。

 しかし舞は気を練ることに集中しているのか、気付いた様子もなくパロールを唱え続けている。

 

「腎の水気で拳を満たさん。翠にして錘なる水気で拳を満つ!」

 

 気を練り終わった舞が、カッと両眼を開いた。

 そこへ晴彦がスケッチブックを突き出す。

 

「せりゃ!」

 

 気迫と共に、舞が水気を纏った両掌をスケッチブックに打ち込んだ。

 キンッ! という鋭い音が響き、スケッチブックが光の粒に分解される。

 これで鬼のファントムの封印は完了である。

 

「お疲れさまです、舞先輩」

「舞っちお疲れ〜」

「終わったか、怪我はないか?」

 

 封印を終えた舞を労う晴彦、ルル、荒沢。

 

「ええ、大丈夫よ晴彦。あ、そうだ荒沢、ちょっとそこに立ってくれる?」

 

 舞は晴彦に微笑みを向けた後、荒沢に向けてちょいちょいと手招きをする。

 それに応じて荒沢の巨体が舞の正面に移動する。

 

「なんだ川神?」

 

 急に妙な頼みごとをしてきた舞に、荒沢がその太い首をかしげながら尋ねた。

 対する舞は、美しい顔に優しげな笑みを浮かべると、

 

「ええちょっと、ねっ!」

 

 完璧な不意打ちのタイミングで、荒沢の股間に向けて右足を勢いよく振り上げた。

 

「ごっ!?」

 

 睾丸を強かに打たれた荒沢は、声にならない悲鳴を上げながら、ドスンと地に倒れた。

 そして股間を両手で押さえながら、その巨大な体を悶えさせる。

 

「舞先輩!?」

「舞っち!?」

「くふぉぉ!? か、川神、何を……」

 

 突然の凶行に、舞以外の三人が驚きと非難の声をあげた。

 しかし舞は、それらを気にした様子もなく、吊り上がった両眼で傲然と荒沢を見下ろしながら口を開いた。

 

「誰が性格が壊滅的にアレな猥褻ボディの貧乏エロ拳法家よ! 本人の前でそういうこと言うアンタの方がよっぽど性格悪くて卑猥だわ!」

「き、聞いてたのか……」

「当たり前でしょ! というか、なんで聞いてないと思ったのよ!?」

「いや、目をつぶってたから……」

「アンタは目で音を聞いてるのかっ!」

 

 怒りを収めるどころか、次第にヒートアップさせてゆく舞。

 放っておけば、荒沢の頭部にサッカーボールキックをかましそうな勢いに、晴彦が慌てて止めに入った。

 

「舞先輩、それくらいで。蛮先輩もこんなに苦しんでますし」

 

 そう言って荒沢を起こすためにしゃがもうとする晴彦。

 その背中に、むにゅりと、何か柔らかな二つの膨らみが当たった。

 同時に、二本の腕が優しく晴彦を拘束する。

 舞が後ろから抱きついて晴彦の動きを制したのだ。

 

「ま、ままま、舞先輩!?」

 

 晴彦は突然行使された大胆なスキンシップに顔を真っ赤にした。

 舞はその状態のまま、いやに優しげな声で語りかける。

 

「ダメよ、晴彦。ソイツに触ってアンタにまで異常性欲が伝染(うつ)ったら大変だもの」

 

 そう言って、晴彦を連れ、強引に歩き始める舞。

 倒れた荒沢を放置してこの場を立ち去るつもりらしい。

 

「ぐう……」

 

 多少は痛みが治まったのか、荒沢はゴロリと巨体を転がし、仰向けの大の字になった。そして顔だけを舞と晴彦の背中に向ける。

 

「おのれ、川神……一条も羨ましいぞ……」

 

 怨嗟と羨望の声を上げる荒沢。

 その股間にルルが降り立ち、ジーと音を立ててスラックスのジッパーを開けた。

 そして中を覗き込む。

 

「うん、大丈夫! 潰れてないよ!」

「ありがとうございます、ルルさん……」

 

 ルルの優しさに、荒沢の瞳から、ほろりと涙がこぼれた。

 




 晴彦くんのカッコよさや舞先輩の天使っぷりや小糸さんのポンコツかわいさにやられて衝動的に書き始めました。
 中途半端に書き散らして長いこと放置してるISと仮面ライダーのクロスもあるのに……
 あらすじにも書きましたが、原作未視聴の方でも読めるように書いていこうと思います。
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