「今回の報酬は、ゼロで〜す♪」
「どうしてですか先生!?」
鬼のファントムを退治した日の放課後。
ホセア学院脳機能エラー対策室、通称『クラブ』の部室で、顧問である姫野アリス教諭の言葉に対して悲鳴をあげる川神舞を、荒沢蛮は横目で見下ろしていた。
「学校の設備をこわしちゃったでしょ? 弁償してプラマイゼロ」
「そんな……私の生活が……」
簡潔な説明を終えて立ち去る姫野教諭の背中を見送ると、舞はその美麗な顔に暗い影を落として俯いた。
荒沢も詳しくは知らないが、家庭の事情で独り暮らしをしている舞は常に経済的な困窮状態にあるらしい。
クラブに所属しているのも、ファントム退治の報酬を得るためという側面が大きいのだ。
「舞先輩、今月そんなに苦しいんですか?」
隣からそんな言葉がかけられる。
舞の相棒を務めている後輩の一条晴彦だ。端整な顔立ちに、気遣うような色を浮かべている。
その制服のポケットからは、晴彦に懐いている妖精型ファントムのルルが、昼寝中の顔を覗かせていた。
「今月も来月もその次も、ずっと苦しいわ。高校に通いながら自活するのは大変なのよ」
疲れたような声で晴彦にぼやき返すと、舞は一つため息を吐いて顔を上げた。
「やっぱ二人だけのチームじゃ無理があるわね……」
静かに呟く舞。
荒沢はそれに対して始めて口を開いた。
「おいおい川神、お前と組むような心の広い人間が、一条以外にいると思っているのか?」
「うぐっ! それは……」
荒沢の言葉に、舞は蛙が潰れるような声を出して顔を強張らせた。
現在、舞がリーダーを務めるチームEのメンバーは晴彦ただ一人である。
これは、生活費を稼ぐために非常に
はっきり言って、チームの人数が二人というのは、かなり少ない。
より多くの構成員を抱えるチームに比べて活動の幅が大きく制限されるため、ファントム討伐には不利である。
実際、チームEは、ホセア学院のクラブの中で、最低成績のチームだった。
「ま、ほぼボッチの状況を卒業したいなら、そのキッツい性格とすぐ手が出るところを直すんだな」
頭を抱える舞に、若干の嘲りを含んだ声で荒沢が言った。今朝方、股間を蹴り上げられたことを根に持っているのだ。
それに対し、キッと鋭い視線を返す舞。
「私がほぼボッチなら、アンタは完全ボッチじゃないの!」
どん、と机を拳で叩く舞。
荒沢は基本的に、誰とも組まず独りでファントム討伐を行っているのだ。
そのことを舞は完全ボッチという言葉で指摘したのである。
意趣返しのような言葉を受けた荒沢だが、その表情には余裕があった。
「川神、俺の成績は知っているだろう?」
「むぅ」
荒沢の言葉に、舞が悔しそうな顔を見せる。
単独で活動しているにも関わらず、荒沢のファントム討伐成績は学内二位と非常に優秀なのだ。
その強力な能力を買われ、防衛省直属のファントム対策局の活動に時たま外部協力者として参加していることも舞は知っていた。
荒沢は、舞に向けて分厚い胸を張りながら自慢げに言葉を続ける。
「それに、俺が独りでやってるのは目的があるからで、お前のように避けられてるからじゃない。気が向いたら護衛役としていつでも加入してくれとビーチエンジェルズに言われてるしな」
ビーチエンジェルズというのは、水系統能力者のトリオであるチームBの通称である。ファントム討伐成績学内一位はこのチームだ。
荒沢はそこから誘いを受けているらしい。
ふふん、と勝ち誇った態度を見せる荒沢。
そこに、これまで聞き役に徹していた晴彦が口を開いた。
「蛮先輩が独りで活動してる目的って、なんなんですか?」
「ああ、個人によるファントム討伐の実績を多く作りたいんだ」
晴彦の質問に、荒沢はそう返した。
その漠然とした要領を得ない答えに晴彦が首をかしげると、荒沢は少し恥ずかしそうな顔で再び口を開いた。
「実は俺、プロレスラーを目指していてな。ファントムを独りで何十匹も倒した、なんて話、売り込むポイントになりそうだろ?」
「プロレスですか……?」
晴彦はしげしげと荒沢を見つめる。
大きな肉体だ。
身長は百九十センチはないにしても、百八十五センチを超えている。
首も、腕も、腹も、脚も、とてつもなく太い。
胸は、詰め物でもしているのかというほど厚い。
体重は百キロを優に超えているだろう。
完全に高校生離れ……いや、日本人離れした肉体だ。
プロレスラーをやるのに、これ以上ない資質があるように思えた。
「蛮先輩なら、すごく向いてると思います」
「おう、ありがとうよ一条」
晴彦の言葉を受けて、荒沢が野性的な顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。
そこへ舞が口を挟んだ。
「アンタならアピールしなくても向こうからスカウトしに来るでしょ。そんなことより、新しく入ってきた子で、クラブに入ってない特異能力者とか知らない?」
舞はそう荒沢に尋ねた。
新しく入ってきた子、というのは新入生という意味ではなく、小中高一貫教育校であるホセア学院の高等部に外部から進学してきた生徒、という意味である。
「新しい特異能力者ねぇ……あぁそういえば……いや、やめとこう」
舞の質問に心当たりがあったのか、何かを答えようとした後、なぜか口をつぐむ荒沢。
「なによ、何か知ってるならハッキリ言いなさいよ」
「あー、
舞が思わせぶりな態度を問い詰めると、荒沢は妙に歯切れの悪い様子で答えた。
「水無瀬小糸さんね。戦闘向きじゃない感じの子なの? あんまり言いたくなさそうだったけど」
「いや、バリバリの武闘派能力者だ。ファントムに対する攻撃力なら、俺よりも上だな」
「アンタより強いの? なんでそんな凄い子がクラブに入ってないのよ」
「ファントム対策局の方から依頼を受けて活動してるんだよ。俺もたまにそっちの仕事してるから一度組む機会があったんだが、半端じゃなかった。ありゃ反則だな」
「そんなに? どんな能力なの?」
「声を媒介にして、炎やら鎖やらを大規模に発生させる能力だ。あん時の水無瀬は凄かったぜ? 長々とパロールを唱えた後、あーーって叫んだら一面火の海だ」
クラブに所属していない能力者の情報に食いつく舞と、件の能力者、水無瀬小糸について説明する荒沢。
二人のやりとりを聞いていた晴彦が口を開いた。
「蛮先輩、その水無瀬さんを紹介してもらえませんか? クラブに入ってもらって、都合がつく時だけでも協力してもらえれば、俺も舞先輩もすごく助かりますし」
そう頼んでくる晴彦に、荒沢は肩をすくめながら返した。
「やめとけやめとけ、ありゃ筋金入りのコミュ障だ。頼みに行ってもつれなくされるだけだ」
「コミュ障……ですか?」
「ああ。強すぎる能力のせいで色々あって、重度の人間不信なんだと。親とも捨てられるような形で絶縁したらしい。まぁ、人づてに聞いた話だからどこまで真実かはわからんがな」
「そうですか……」
荒沢の話に思うところがあるのか、沈んだ表情を見せる晴彦。
「水無瀬も、中身はともかく外見はイケてるんだがなぁ。めちゃ美人だしスタイルも良いし……」
落ち込んだ様子の晴彦に引っ張られるように、荒沢がテンションを下げながらそんなことを呟いた。
そして一拍の間の後、ハッとしたように舞に視線を向ける。
「なによ?」
「いやな、川神。お前なら水無瀬とも気が合うんじゃないかと思ってな」
「なんでよ?」
「おまえら二人とも
言葉の途中で、荒沢は悲鳴をあげた。
そして、どう、と音を立てて床に倒れる。
舞に股間を蹴りあげられたのだ。本日二度目の睾丸に対する攻撃だった。
「川神ぃ、お前はそうだから中身零点のほぼボッチなんだよ……」
仰向けになり、額に汗を浮かべながら荒沢が恨めしい声で言った。
今回の金的は多少手加減されていたのか、悶絶するほどの痛みはないらしい。
「ふん、アンタのデリカシーのなさも十分中身零点よ。さ、晴彦。一応、私たちでも水無瀬小糸さんについて調べに行くわよ」
「ちょ、また蛮先輩を放って行くんですか!?」
「いいのよ、ソイツは見た目通り頑丈なんだから」
そう言い残して、舞は晴彦を連れて部室から立ち去った。
すると、二人と入れ替わるように、身長二十センチほどの小人が部室に現れた。
先ほどまで晴彦の制服のポケットで昼寝をしていた妖精型ファントムのルルだ。
おそらく荒沢を心配した晴彦が寄越したのだろう。
ルルは可憐な顔に哀しい色を浮かべながら荒沢の顔を覗き込む。
「蛮、大丈夫? 一日に二度も蹴られるなんて可哀想」
「ああ、ルルさん。たぶん大丈夫です。川神も一応手加減してたみたいなんで……」
「本当?」
荒沢の顔の上に浮かんでいたルルが、荒沢の股間近くに移動した。
そしてスラックスの生地越しに陰嚢に触れて様子を確かめる。
「大丈夫だよ蛮、潰れてないよ」
「ありがとうございます、ルルさん……」
荒沢はほうっと安堵の息を吐くと、ルルに向かって弱々しく微笑んだ。
オリ主のキャラクターにはプロレスを密接に絡めていこうと思います。
実は僕プロレスファンなんですよ。
まぁファンと言っても棚橋選手から入った世代なので
「闘魂三銃士? なにソレ?」
「シャイニングウィザード? 膝といったらボマイェでしょ」
って感じのニワカファンなんですけどね。