1
「声が消えた……!?」
研究施設の暗い廊下で、水無瀬小糸は息をのんだ。
自らが放った、絶大な破壊力を誇る攻撃を防がれたからだ。
施設を占拠しているファントム化した警備ロボットを発見した小糸は、自らの特異能力を持って攻撃を仕掛けた。
声――空気の振動を媒介して炎を発生させる、強力な攻撃。
それが防がれたのだ。
いや、防がれたというより、発動を妨げられたと言った方が小糸の感覚に近い。
いかなる理由によってか、小糸が発した声は、ロボットファントムに届く前に消失してしまったのだ。
顕現すればいかなる敵でも焼き尽くしてしまう浄化の炎が、生まれる前に種火を消されてしまったのだ。
「なぜ? ……っ!」
小糸は疑問に立ち止まることすらできなかった。
ロボットファントムが使い魔として何十基も引き連れているドローンファントムの一部が、小糸に向かって突っ込んできたからだ。
直径五十センチ程の円盤が、次々と小糸に体当たりを仕掛けてくる。
小糸はそれを左右にステップを踏んで回避した。
ドローンファントムのスピードはかなりのものだが、狙いは単調だ。小糸にとって避けるのは容易いことだった。
ガシャリガシャリと金属がひしゃげる音が、後方から小糸の耳に届く。
ドローンファントムが突進の勢いのまま、壁にぶつかっているのだ。使い捨ての鉄砲玉らしい。
「開け開け、開け開けよ、天地開闢の調べ。調べ調べ、調べ調べて、焔を知らしめせ!」
Ahaaaaaaaaaa!
突撃してくるドローンファントムをあしらいながら小糸は早口にパロールを唱えると、もう一度ファントムの群れに向けて声を放った。
しかし――
「どういうことなの……!?」
またしても小糸の声はファントムへ届く前に消失してしまった。
唇を噛む小糸に、ドローンファントムが襲いかかってくる。
その攻撃を躱しながら、小糸は徐々に退き始めた。撤退の判断を下したのだ。能力が通じないのでは戦いようがない。
幸いこの施設には、小糸と同レベルの強力な能力者である荒沢蛮と一緒に来ている。
一旦退却して荒沢と連絡を取り、合流する。
みっともなくはあるが、それが最も適切な判断だろう。
そんな事を考えながらファントムの攻撃を捌いているうちに、小糸は通路の曲がり角まであと数メートルというところまで来ていた。
ロボットファントムは最初の位置から動かず、ドローンファントムだけが断続的に突っ込んでくる。
これなら、角に入れば背を向けて逃げることができそうだ。
そう考えた小糸が、そのまま数歩下がって曲がり角に飛び込んだ時、
「あ、晴彦、いたよ〜!」
「水無瀬さん!」
という声が響いた。
目を向けると、今日の昼に荒沢と共に小糸を訪ねてきた少年、一条晴彦が、妖精ファントムのルルを引き連れて小糸に駆け寄ってきた。
「あなた、なぜ!?」
「姫野先生に聞いたんだ」
思わず問いかけた小糸に、晴彦が返した時、ぶうん、という虫の羽が立てるような音が響いた。
ドローンファントムの駆動音だ。
「伏せて!」
「へっ!?」
小糸は咄嗟に晴彦に飛びつき、押し倒した。
二人の上を、体当たりを仕掛けてきたドローンファントムが通過する。
「立って、退くわ」
「え、待って、水無瀬さん!」
「晴彦〜タイミング悪かったんじゃない?」
立ち上がり、走り始めた小糸の背中を、晴彦とルルが追いかける。
しかし――
「まって……水無瀬、さん……」
一分も経たないうちに晴彦が息を乱し、まともに走れなくなってしまった。
「あなた、何をしにきたの……?」
「ごめんね。晴彦、モヤシっ子だから……」
呆れる小糸に、心底申しわけなさそうにルルが頭を下げる。
そこへ、四機のドローンファントムが追いついた。
先ほどと同じように、自らを弾丸として突っ込んでくるドローンファントム。
「こっち!」
「ふわっ!?」
小糸は晴彦の腕を取ると、強引に引っ張ってドローンファントムを避けさせる。
一機目と二機目はどうにか回避に成功した。
だが、三機目を避けた時。
「うわっ!?」
「……っ!」
晴彦が脚をもつれさせて倒れてしまった。
それに巻き込まれるように小糸も膝をつく。
そこへ、四機目のドローンファントムが猛然と突撃してきた。
この状況では、避けられない――ならば。
小糸はドローンファントムの突撃軌道上に、右腕を構えた。
そして、その腕にドローンファントムが触れた瞬間――
「くっ……っぁ!」
声をあげながら、小糸は右腕でドローンファントムを払った。
軌道を逸らされたドローンファントムは、後方の壁に激突した。
ぐしゃりと衝突音が響き、がしゃりと落着音が鳴った。
「……くぅ」
小糸は、呻きながら息を吐いた。
右腕に激痛があった。
ドローンファントムの突撃を払った際に受けた衝撃のせいだ。
制服の右袖をめくりあげると、真っ赤に腫れあがっている。
派手な骨折はしていないようだが、ヒビくらいは入っているかもしれない。
「み、水無瀬さん、ごめん……」
立ち上がった晴彦が、オロオロと小糸に頭を下げる。
小糸は無表情に返事を返した。
「謝るのは後にして。すぐに次がくるわ」
そう言うと、ルルに顔を向けた。
「あなた」
「え、私?」
急に声をかけられて、驚いた顔をするルル。
小糸はそのような態度を無視して、ルルに指示を出す。
「荒沢さんはわかるわね。この施設のどこかをうろついているはずよ。探して呼んできて。あのファントムには私の能力が通じないの」
「うん、わかったよ。晴彦をお願い!」
真剣な表情の小糸に、ルルは迷うことなく頷き、飛び去った。
「水無瀬さん、能力が通じないって……?」
「そのままの意味よ」
おそるおそる尋ねた晴彦に、小糸はぶっきらぼうに答えた。
人形のように整った顔に、不機嫌そうな表情が浮かんでいる。
しかし、小糸はその表情をすぐに引っ込め、晴彦を見上げながら言った。
「今は荒沢さんとの合流を最優先に動くわ。どういうつもりでここに来たのかは知らないけど、私の指示に従ってもらう。これ以上、足を引っ張らないで」
2
立ち止まっていた荒沢蛮は、暗い通路に佇む黒衣の女ファントムに向けて、のしのしと歩き始めた。
女ファントムは動くことなく荒沢を見ている。
荒沢は女ファントムの三メートル手前で立ち止まった。
女ファントムは挑発的な笑みを浮かべて荒沢の顔を見上げている。
美しい女だった。
人間ならば、二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。
ほっそりとした顔の肌は、石膏から削り出されたかのように白い。
その白い顔の中で、唇と瞳だけが紅く色をもっている。
滑らかな唇はたったいま生き血を啜ったかのようで、切れ長の瞳は魔性の熾火を宿している。
その美麗な顔に浮かぶ表情は、媚びているような笑みであり、蔑んでいるような笑みでもあった。
真っ当な男なら、見つめ合うだけで男性器に血液が集まってくるような蠱惑的な顔だ。
女ファントムは黒いつば広帽子を被っている。
その帽子の影から伸びる髪も黒だ。背中にかかるほどの長さの、癖のない長髪だ。
黒いロングコートを、前をきっちりと閉めて着ている。
その胸の部分が大きく盛り上がっていた。
なだらかな盛り上がりではない。角度のある、急な盛り上がりだ。
コートの上からでも、ぱんと張り詰めた、大きな乳房が容易に想像できる。
他に身につけているものは、黒い手袋に、黒いロングブーツ。
白い顔以外は、全てを黒に包み、一切肌を空気に晒していない。
身長は百七十センチ程度だろうか。女にしては高い。
「よう、姉ちゃん。ちょっといいか?」
荒沢は女ファントムを見下ろしながら、気安い口調で言った。
「この施設で暴れてるロボットのファントムを探してるんだが、なにか見かけなかったか?」
「いいえ、なにも知らないわ」
荒沢の問いに、女ファントムは自然な態度で答えた。
「そうかい、失礼したな」
「ええ、気にしないで」
「…………」
「…………」
短い会話の後、荒沢と女ファントムは無言で見つめあった。
女ファントムの表情は、艶やかな笑みだ。
対する荒沢は、その輪郭の濃い双眸を、刃物のように細めて女ファントムを睨んでいる。
女ファントムから荒沢に、笑みと共に向けられているものがあった。
それは、殺気だ。
明確な攻撃的意思を、荒沢は女ファントムから感じ取っていた。
女ファントムは、その美しい外見とは裏腹に好戦的な性質のファントムらしい。
「まいったな……」
どれほどの時間、見つめあっていただろうか。
決して短くない時間が経過してから、荒沢はふと表情を緩めると、困ったように口を開いた。
「あんたと戦う理由なんてないんだが」
「そうなのかしら?」
荒沢の言葉に、女ファントムはどこか楽しそうな声で答えた。
その言葉に、荒沢はため息をついた。
「俺はあんたみたいな美人を封印するのが大好きなんだが、構わないのか?」
「ええ」
「そうかい……じゃっ!」
いきなり、荒沢が女ファントムに突っかかった。
踏み込んで距離を詰め、蹴りを放ったのだ。
丸太のような太い脚が、斧のように斜め上から振り下ろされる。
見事な疾さの踏み込みと、恐ろしい破壊力を秘めたローキックだった。
しかし、女ファントムはそれを軽く真上に跳躍して避けた。
驚くべき反応速度ではあったが、跳ぶのは悪手だ。着地するまで、態勢を変えることができない。
荒沢はそこへ追撃の拳を叩き込もうと構えた。
だが、途中でその動作を止めて、バックステップを踏んだ。
振り上げられた女ファントムの右手に、金色の光の剣が現れていたからだ。
女ファントムは、そういう能力を持ったファントムであるらしい。
ぶん、と音を立てて荒沢の鼻先を光の剣の切っ先が駆け抜けた。鋭い剣閃だった。
女ファントムが着地するのと同時に、荒沢はさらに一歩下がった。
二人の間の距離は四メートル程度となった。
「あっぶね……」
「上手によけたわね」
向かい合う二人。
荒沢は左半身を半歩前に出し、拳を持ち上げこめかみの高さで構えている。
キックボクシングのものに近い、堂に入った構えだ。
高い蹴りも体重を乗せたパンチも、即座に出せそうだ。
対する女ファントムは、ただ立っているだけの姿勢から、光の剣を持った右手だけを中段の高さに突き出している。
どのような理も無い構えだ。
いかなる剣術も武術も修めていないように見える。
しかし、かえってそれが不気味だった。
「いくわ」
呟くと同時に、今度は女ファントムが仕掛けた。
踏み込み――
疾い。
女ファントムは先ほどの荒沢と同等の速度で距離を詰めた。
光の剣が、荒沢の首を狙って横一文字に走る。
荒沢は、その一閃をしゃがみ込むようにして回避した。
そして、立ち上がりながら半歩身を前に出し、女ファントムの顎に向けてアッパーエルボーを放つ。
ごう、と巻き込まれた空気が真っ二つになるような、重く鋭い肘だった。
だが、目標を打ち抜くことはできなかった。
スウェーバック――女ファントムは上体を後ろに反らすことで荒沢の一撃を回避したのだ。
分かれた。
荒沢と女ファントムが、同時に一歩ずつ退いた。
分かれはしたが、近い間合いだった。
どちらかが半歩前に出れば女ファントムの剣が届く距離。
どちらかが一歩前に出れば荒沢の蹴りが届く距離。
そういう間合いで、荒沢と女ファントムは対峙し、相手の隙を窺うように動きを止めていた。
戦い始めた時とは、荒沢も女ファントムも表情が変わっている。
困ったような顔をしていた荒沢は、獰猛な、しかしどこか引き攣った笑みを浮かべている。
余裕のある笑みを見せていた女ファントムも、今は硬質な無表情だ。
二人とも、相手の強さに驚き、動揺しているらしい。
少なくとも、荒沢はそうだった。
物理的な攻撃が通用する相手に自分が負けることはないという自信が、荒沢の中にはあった。
自分の五百倍の体重を持つバカでかいドラゴンとやりあったことすらあるのだ。
その自分が、自分の半分の体重しかないような女ファントム相手に、攻めあぐねている。
なんて
そんな思いと共に、荒沢は女ファントムを見ている。
いつの間にか、女ファントムのコートの前が開いていた。
先ほどのアッパーエルボーによって生地を引き裂かれたのだ。
女ファントムはコートの下に黒いビスチェとワインレッドのタイトスカートを身につけていた。
たわわに実った胸の谷間や流れるような鎖骨、すらりと伸びる太股のラインが露わになっていた。
やはりその肌は、眩しいほどに白い。
美しい。
荒沢の意識がその美しさに惹き込まれそうになったとき、女ファントムの豊かな胸が、ふるんと揺れた。
同時に、荒沢に向かって奔るものがあった。
女ファントムが、荒沢の心臓めがけて光の剣を投げつけたのだ。
「……っ!?」
咄嗟に荒沢は、構えていた左の拳で剣を叩いて軌道を逸らした。
光の剣は荒沢の右脇腹を浅く抉りながら後方に駆け抜けた。
剣を弾いた左拳が、ざっくりと裂けていた。
指が飛んでこそいないが、傷は骨に達しているようだった。
「ぐぅっ」
呻きをあげる荒沢。
そこに、女ファントムが躍りかかった。
跳び回し蹴りを放ったのだ。
長い脚が、鞭のようにしなりながら荒沢の頭部を狙う。
荒沢は左腕を持ち上げてその蹴りをブロックした。
体重差があるため、女ファントムが弾き返される形になった。
女ファントムは着地すると、脚を動かすことなく、滑るように後退して荒沢と距離をとった。
先ほどまでとは全く違う挙動だ。
見ると、女ファントムの足元で、光の粒子が旋風状の渦を巻いている。
光の剣とは別に、このような能力も持っていたらしい。
「ふふ、大変ね」
女ファントムが口を開いた。戦い始めた時に見せていた余裕のある笑みが戻っていた。
その視線は、荒沢の左拳に向いていた。
骨に達する深い傷口から、どくどくと血が溢れ出ている。
「見た目ほど酷い傷じゃないさ」
荒沢はそう虚勢を張りながら、内心では忸怩たる思いだった。
女ファントムに見惚れて隙を見せた結果、拳が潰れたのだ。
馬鹿としか言いようがない。
あるいは、知らぬ間に魅了の類の精神干渉系能力を受けていたのか。
なんにせよ、酷く不利な状態だ。
こちらは左拳を潰され、右の脇腹を抉られている。
対するあちらは、ほぼ無傷。
「やべぇよな……」
そう荒沢が呟いた時、
「蛮〜! どこ〜!?」
という聞き覚えのある声が、荒沢の名を呼びながら近付いてきた。
後方からだ。
荒沢は振り向けない。女ファントムから目を離すわけにはいかないからだ。
「蛮、いた! 来て! 晴彦達が大変で……蛮!?」
妖精ファントムのルルだった。
ルルは荒沢に話しかけ、その途中で言葉を途切れさせた。
荒沢の拳と脇腹の傷に気付いたからだ。
「ば、蛮……血が……」
ルルが、顔を青ざめさせながら言った。
荒沢の左拳から流れ出た血が、通路の床に水たまりを作っているのを見たからだ。
その光景と血臭に、ルルは怯えているのだ。
「すいませんね、ルルさん。グロいの見せてしまって。どうしたんですか?」
荒沢は女ファントムを睨んだまま、極力柔らかい声でルルに尋ねた。
「あの、私たち心配で、先生に聞いてここに来たんだけど、小糸ちゃんが怪我しちゃって、晴彦もふらふらで……」
泣き出しそうな声で、ルルはそう言った。
「一条がここに? それに水無瀬が怪我?」
荒沢は驚きから顔をしかめた。
晴彦がこの施設に来ているというのはともかく、小糸が怪我をしたというのが信じられなかった。
小糸は荒沢の知る中でも最強の特異能力者だ。
ファントム化しているとはいえ、警備ロボットごときが小糸に手傷を負わせることができるとは――
ロボットファントムが純粋に強かったのか、たまたま小糸に対して優位に立てる能力を持っていたのかはわからないが、どちらにしても、急いで合流する必要があるだろう。
そのためには、目の前の女ファントムをどうにかしなければならない。
「急ぎの用事ができた。急がせてもらう」
荒沢は女ファントムに向けてそう宣言すると、ゆっくりと前に進み始めた。
拳を高めに持ち上げ、両腕で頭を守る構えだ。
一歩、二歩、三歩――
荒沢が四歩目を踏み出した時、女ファントムが動いた。
滑走能力で一気に距離を詰め、その勢いのまま蹴りを打ち込んだのだ。
狙いは、頭部を守るためにガラ空きになっていた右脇腹だ。
先ほど、光の剣の投擲によって浅く抉られた傷口を、女ファントムのブーツの爪先が直撃した。
ぐず、という湿ったものを叩く音。
びち、という肉と皮が千切れる音。
二つの音が、同時に周囲に響いた。
そしてさらに、荒沢と女ファントムだけは、みじり、という、肋骨が割れる音も聞いていた。
それほどの一撃を受けても、荒沢は声をあげなかった。
「ぬぐぅ……へっ」
悲鳴を鬼の形相で噛み殺し、そしてニヤリと笑った。
脇腹に突き刺さった女ファントムの足を、右腕で抱え込んでいた。
狙っていたのだ。
わざと傷のある脇腹のガードを空け、そこに打ち込まれた足を取ることを。
傷口をほじくり返される痛みに耐え、さらに相手を捕らえにいく。
苦痛に対して、よほどの耐性がなければ実行できない手段である。
女ファントムは荒沢の行いに驚愕し、目を見開いた。
そして次の瞬間、
「くぁっ!?」
と悲鳴をあげていた。
荒沢が、女ファントムの足首をホールドしたまま、左方向に勢いよく体を捻りながら地面に倒れ込んだからだ。
ドラゴン・スクリューという投げ技である。
ただ、足を掴んで投げるというわけではない。
相手の膝を横方向に捻りながら投げる技だ。
膝の関節は、筋力によって抵抗することのできない横方向に捻る力に非常に弱い。
そのため、サンボ・ブラジリアン柔術・グラップリング等の関節技を主体とする格闘技でも、膝を横に捻る技は禁止されている。
荒沢はそれを女ファントムに対して、投げ技との複合という形ではあるが、容赦なくやったのだ。
めじり、びきり、という靭帯と半月板が引き伸ばされ、損傷する音を二人は聞いていた。
「くふぅうぅ」
深く息を吐き出しながら、荒沢がのっそりと立ち上がった。
だが女ファントムは立ち上がれない。
動かせなくなった膝と、そこから発せられる激痛のせいで、まともに体を動かせないのだ。
女ファントムは、荒沢が立ち上がったのに数秒遅れて、ようやく四つん這いになれた。
それを荒い息と共に見下ろしながら、荒沢は口を開いた。
「悪いな姉ちゃん、俺の勝ちだ。ルルさん、行きましょう」
「うん、こっち!」
「くっ……」
飛び去るルルと、それを追う荒沢。
その背中を、女ファントムは唇を噛みながら焔のように紅い瞳で睨みつけていた。
これまで投稿した分のサブタイトルを変更しました。
作品そのものタイトルも変更するかもしれません。