私のヒーローとあったかもしれないお話   作:淵深 真夜

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鈴虫のラガーさん、リクエスト。

「エヒメが一日だけバンクの道場に習う」です。


護身術って何だっけ?

「今日一日だけですけど、よろしくお願いします」

「そんな堅苦しくせんでいい。ほれ、チャランコ。座布団を持ってこい」

「はい! お茶も今すぐに淹れます」

「バングさん、チャランコさん!! 今日の私は客ではなく一日だけとはいえ門下生ですよ!!」

 

 挨拶して速攻、歓迎モードになった二人を突っ込んで止める。

 ありがたいですけど、私は今日、護身術を教えにもらいに来たので座布団もお茶もお茶菓子もいりませんよ!

 

 * * *

 

 最近、引きこもりを脱出して外を出歩くことが多くなったのは我ながらいいことだとは思うけど、その分面倒事に巻き込まれることも多くなった気がする。

 大半が、私が自分の実力とかをわきまえずに面倒事に首を突っ込んだ自業自得なんだけど、本当に私の運以外は悪くないトラブルに巻き込まれることも少なくないので、さすがにお兄ちゃんもジェノスさんも心配になって、そして私も少しは自分で何とかしたいと思った結果、バングさんのお言葉に甘えて少しだけ護身術を習おうということにしたんだけど……

 

「いやいや、すまんの。こんな可愛らしい門下生はいたことがないもんでな」

「バング。ふざけてるようなら、エヒメさんは連れて帰るぞ」

「おーい、俺にもお茶もらえる?」

 

 ……一日だけの体験入門みたいなものとはいえ、何故か弟子扱いではなくてお客扱いなのも突っ込みどころだけど、何故、私の体験入門でジェノスさんとお兄ちゃんも一緒に来てるんだろう。

 しかもお兄ちゃんは図々しいこと言ってるし。

 

 そのことを二人に突っ込むと、ジェノスさんは「バングが強引にエヒメさんを本格的な門下生にしないよう」と言い切り、お兄ちゃんは「お前がなんかやらかさないように」とやや真顔で言った。

 なんかってなんだ、なんかって。お兄ちゃんは私を何だと思ってるの?

 

「安心せい。エヒメ嬢が本格的に武術を学ぶ気はないのはわかっておる。今日は一日で簡単に覚えられる護身術しか教える気はないわ」

 バングさんはお兄ちゃんたちの言葉に飄々と笑いながら答え、それからチャランコさんが控えめに手を挙げて質問する。

 

「バング先生。俺が言うのもなんですが、ただ変質者から身を守りたいのなら、護身術よりも防犯グッズとかの方が、別に力も訓練も必要なくて女の子にはいいんじゃないんですか?」

 本当に身もふたもない問いだった。

 けどバングさんは気を悪くした様子もなく一度顎に手をやって、「ふむ」と考えてから「じゃあまずはそこから説明するかの」と言い出した。

 

 お兄ちゃんとジェノスさんはもちろん、私も「まずはよく見て学びなさい」とバングさんは言って道場に座らせて、チャランコさんが防犯グッズを持った被害者役、バングさんが暴漢役として、例を見せてくれた。

 

「ほれ、チャランコ。わしがおヌシに襲いかかるから、それをスタンガンとでも思ってわしの体に当てて見ろ」

 チャランコさんに持たせた空き缶をスタンガンに見立てて、そんな指示を出してバングさんはチャランコさんの方に向かって行く。

 そんなにバングさんが戦うところを多くは見ていないけど、バングさんの動きは明らかに本気なんかまったく出していない、かなり大雑把かつ単調な動きでスピードも遅い。

 おそらく、流水岩砕拳は全く使っていない。

 

 なのに、チャランコさんが空き缶を当てることが出来ない。

 大振りで腕を突き出したら、その腕は掴まれる。めちゃくちゃに腕を振るったら、意識がお留守な足元に軽く蹴りを入れられて、しりもちをつく。

 バングさんが近づくまで、何もしないで警戒していたら、こんなに広い道場なのにいつの間に同情の端まで追いつめられて逃げ場を奪われる。

 

 そんな感じで、チャランコさんは5分もしないうちにギブアップ。

 

「ま、こんなところじゃの。道具に頼るのも悪いことじゃないが、道具も護身術も同じ、扱いきれなくては意味がない。

 全くの素人相手なら有効かもしれんが、少しでも武術を齧っておった犯罪者だと先ほどのように簡単に無効化されるじゃろうし、怪人ならそもそも電気も催涙スプレーも通用せんかもしれん。下手すれば、防犯グッズを逆に奪われて、相手に使われるという可能性もある。

 持っていても損はないじゃろが、それに過信しては余計に悪い方向に向かうかもしれんからな。身一つで己を守る手段を知っておった方がいいじゃろう」

 

 チャランコさんの方はもう息が上がりきって倒れているのに、バングさんは全く疲れた様子を見せず汗ひとつかかずに、丁寧に説明してくれた。

 普段は親しみやすい、気のいいおじいさんだけど改めてこの人は、ヒーロー協会のNo,3にふさわしい実力者なんだなと思い知る。

 

「まぁ、正論だな。催涙スプレーはフルフェイスのヘルメットでもかぶっていればほぼ封殺出来て、使った側がダメージを追う可能性が高くなる。スタンガンは、護身用に売られているものだと数秒間は相手に当て続けなければ動きを止めることは出来ん」

「結局、正しく的確に使うには条件がそろっていたり、訓練をしておかないといけないんですね」

 

 ジェノスさんがバングさんの言葉に補足するように、防犯グッズのデメリットを語って私はその話に結論付ける。

 これで話を終わらせて、さてじゃあ護身術を学びましょうかになればよかったに、お兄ちゃんは本当にいらんことばっかり言う。

 

「そもそもこいつにそんなもんを持たせたら、自分の身を守るよりさらに厄介ごとに特攻していくだけだからな。エヒメ、絶対にお前はそういうもんを持つな。相手が死ぬから」

「悪かったね! 厄介ごとに首どころか全身を突っ込みに行く妹で! っていうか、殺さないから!!」

 

 お兄ちゃんの言葉に、バングさんもジェノスさんもチャランコさんも気まずげな苦笑しか返してくれない。

 うん、自覚してるし悪いと思ってるから言われても仕方ないんだけど、でも死ぬからはないでしょ、死ぬからは。殺さないってば!

 そんなことを思っていたら、ふと昔、小学校低学年くらいの頃にお兄ちゃんから教えられた「護身」を思いだし、ちょっとお兄ちゃんを睨み付けながら、そのことについて文句をつける。

 

「そもそも、お兄ちゃんに言われたくないんですけど。『石を拾って持って帰れ』なんて教えたお兄ちゃんに」

『石?』

 私の言葉に、昔言った張本人であるお兄ちゃんも含めて異口同音で尋ね返す。……やっぱり覚えてないか。

 

「お兄ちゃん、言ったじゃない。『帰りに適当な石を拾ってそれをずっと手に持ってろ。何もなけりゃ、家の前で捨てりゃいいんだから』って」

「サイタマ君、何を教えとるんじゃ!?」

「先生、それはもう護身の域を超えてますよ!!」

 

 私の言葉で、どんな意図で「石を拾って持って帰れ」とお兄ちゃんが言ったのかを理解して、バングさんとジェノスさんが一斉にお兄ちゃんに突っ込んだ。

 お兄ちゃんの方も言われて思い出したのか、気まずげに目をそらして「……あの頃は変質者が出るって噂が立ったから……」と言い訳を口にした。

 

「……ちなみに、その教えが役に立ったことは?」

 チャランコさんが恐る恐る尋ねてきて、私もお兄ちゃんと同じように目をそらして答える。

 

「……あった」

 しかもお兄ちゃんの心配通り、被害者は私じゃなくて帰り道でたまたま見かけた私よりも年下の子。

 その子を助けるために、持ってたちょうど掌に納まるくらいの石を投げつけたら、奇跡的なぐらい綺麗に変質者の頭にぶつかって、動かなくなったから死んじゃったのかと思って、怖くなって泣いて大人に助けを求めましたよ。生きてたけど。救急車を呼ぶ騒ぎにはなったけど、ちゃんと犯人は生きてました。

 

 ……うん、やっぱり私は物を使わない方がいいわ。相手が死ぬから。

 

 * * *

 

「……うん、まぁそもそもエヒメ嬢にはテレポートという手段があるのじゃから、攻撃する手段は必要なかろう」

 バングさんはとりあえずそんな結論でまとめてくれたけど、どう考えてもお兄ちゃんと同じく、「こいつに攻撃手段を与えたら相手を殺す」と思われた。

 冷静に色々思い返したらもう、否定できないのが悲しい。

 

「そうですね。個人的には、腕とか掴まれた時にその腕を外す方法とかを教えて欲しいです」

「あぁ、そうですね。エヒメさんの能力柄、腕を掴まれたらテレポートが出来ませんから」

 

 もう私は自分の危なっかしさを自覚して諦めて、せめてその危なっかしさを最小限にするための要望を伝えると、隣のジェノスさんも納得したような声を上げる。

 が、そこまで詳しく私の能力を説明したことのないバングさんは、「何じゃ? 抱き着けば一緒にテレポートが出来るのに手を繋ぐとできんのか?」と首を傾げた。

 

「いえ、テレポート自体は出来るんですが、私のテレポートは本当に私が逃げることが主体な所為で、私との密着してる面積が狭いと、その密着してるものの大きさや重さにもよりますが、その密着してる部分だけしか一緒に跳ばないんです。

 端的に言うと、相手の腕がもげる可能性が大です」

 

 私の説明に、バングさんやチャランコさんが納得するより先にお兄ちゃんは、当然のことのようにまさかの提案をしてきた。

 

「もげばいいじゃん」

「いいわけねぇだろ!!」

「サイタマ君、落ち着け! 君がエヒメ嬢に教える護身術は危なっかしすぎるわ!!」

 

 お兄ちゃんは真顔で言い切って、チャランコさんは即答で突っ込み、バングさんも慌てて止めた。

 お兄ちゃん、心配してくれてるのはわかってるしありがたいけど、そんな真っ直ぐな穢れのない目で何を言ってるの!?

 そしてジェノスさんも、「それもそうだ」と納得しないで! ヒーローとしてその提案は、石を拾って持って帰れよりアウトだから!!

 

「ジェノス君も落ち着かんか。まぁ、正直わしもか弱い女子供を力で押さえつけて自分の思い通りにしようとする輩の手足など、一本二本どころか全部もぎ取ってやりたいくらいじゃが、暴力に暴力で反撃は無益じゃ。

 それに、そんなやらかしたエヒメ嬢本人がトラウマになってしまいそうなことせんでも、組み敷かれても簡単に反撃して抜き出せる方法はある」

 

 バングさんが私のこと言えないくらい物騒な護身を勧める二人を宥めながら、護身術の説明を再開する。

「例えば……チャランコ、手を出せ」

 バングさんの言葉に、チャランコさんはちょっとだけ不思議そうな顔をしながら素直に右手を悪手でも求めるように差し出す。

「こうですか?」と尋ねるチャランコさんに、バングさんは「そう。で、この親指をこんな感じに曲げればよい」と流れるような動作と言葉で、躊躇なくチャランコさんの親指を関節とは逆の方に曲げた。

 

「あだだだだだだだだだっっ! ちょっ、バング先生これマジで痛いんですけど!?」

「当たり前じゃ。痛くなかったら、役にたたんじゃろうが。あと他は、耳や脇腹が掴まれたら激痛が走る箇所じゃの。その場その時の状況に応じて、一番掴みやすい所を思いっきり掴んでやれば相手は怯むじゃろうから、その隙にエヒメ嬢は逃げれるじゃろ」

「すみません、バングさん! チャランコさんの悲鳴で話が頭に入りません! そろそろ指を離してあげて!!」

 

 何故かバングさんはチャランコさんが「ギブギブ!!」と叫んでも親指を逆方向に曲げたまま話を進めるので、何とか話の間に割り込んで止めた。

 幸いというか当たり前だけど、バングさんは手加減してほとんど力を入れずにやってたので、チャランコさんの親指は曲がってはいけない方向に折れることはなかった。

 

「ま、特に武道などを嗜んでおらん素人相手なら、この程度でええじゃろ。

 エヒメ嬢、軽く実践してみなさい。ほれ、チャランコ立ち上がらんかい」

「まだ俺は技を掛けられるんですか!?」

 

 親指押さえて悶絶してるチャランコさんが悲鳴のような声を上げて抗議するけど、バングさんは飄々と「仕方なかろう。おヌシしかおらんのじゃから」と答える。

 

「いや、そこにいるサイボーグや兄貴にやってもらえばいいじゃないですか!」

「ジェノス君じゃと、先ほどの教えが意味なかろう。サイタマ君も……たぶん通用しないじゃろうしな。

 そしてわしは、たとえフリでもエヒメ嬢を襲うなどというマネは出来ん。ほれ、チャランコ。おヌシしか適任がおらんじゃろうが」

「俺だって色んな意味でやりたくないですよ! 何かサイボーグからのプレッシャーが怖いし!!」

 

 もう完全な貧乏くじばっかり引かされてるチャランコさんだけど、私が反撃する前に焼却砲をぶっ放しそうなジェノスさんに「大丈夫ですから!」と私が説得して、何とか納得して大人しく座って見学することを了承してもらったことで少し安心して、暴漢役をやってもらえた。

 

 私とチャランコさんが向かい合う。

「そんじゃまずは、チャランコはエヒメ嬢の腕を掴め。エヒメ嬢はチャランコに腕を掴まれたら、その親指を掴んで曲げなさい。

 あぁ、別に腕を掴む前に反撃が出来るのならしてもかまわん。チャランコも、ちょっと本気を出して動け。本物の暴漢はゆっくりこちらが対応できる動きなどしてくれんから、実際に近い動きをしてもらえればわしもアドバイスがしやすい」

 

 バングさんの「どちらも本気でやれ」という指示で、ジェノスさんの目がまたちょっと怖くなってチャランコさんの身体が思いっきり強張った。

 私がもう一度、「本気と言っても腕を掴むまでですから!!」と言って、お兄ちゃんがジェノスさんが暴走しないように立ち上がって、正座で座ってるジェノスさんを後ろから肩を抑えてくれたので、私とチャランコさんが胸を撫で下ろして、ようやく実践開始。

 

 チャランコさんは、両手を熊みたいに上げてジリジリと私に近づきながら様子を窺う。

 私は後ずさりをしながら、これってこのタイミングでテレポートで逃げていいの? とかちょっと実践には程遠い呑気なことを考えてた。

 

「エヒメ嬢、護身術の実践だからと言ってテレポートを使ってはいかん訳じゃない。使えるタイミングがあるのなら使いなさい」

「あ、はい!」

 早速グダグダな私に、バングさんが苦笑しながらアドバイスを飛ばす。

 そのアドバイスに返事をしたタイミングで、チャランコさんがダッシュをかけて突っ込んできた。

 油断しきっていた私は、とっさにテレポートで逃げることは出来なかった。

 

 ……だからあれは、もう完全に反射だった。

 

 * * *

 

「がふっ!!」

「!? ご、ごめんなさいチャランコさん! ごめんなさい、すみません! ちょっ、本当に大丈夫ですか!?」

 

 私は後ろに倒れたチャランコさんに駆け寄って抱き起すけど、チャランコさんは鼻を押さえて悶絶してる。

 ただ、鼻血は出てないし鼻も曲がっていない。良かった、折れても潰れてもないみたい。

 

 そのことに少し安堵してから、見学してた3人の方を見てみたら、全員が目を丸くしてただ私を黙って見てる。

 ……そんな目で見ないで。せめていっそ何か言って。

 自分でもびっくりだよ。

 向かってきたチャランコさんに、前蹴りで金的を狙ってそれに怯んだ隙に顔の中央に掌底を入れたなんて。

 

 ちなみに金的は決まってないから! 当たりもかすりもしてないから!

 当たってたら私はチャランコさんに土下座で謝らなくてはいけないよね。

 

「……エヒメ嬢。やはり一日体験ではなく本格的に学ばんか!」

 ポカンとしてたバングさんが、目を輝かせて私にまた勧誘を始めた。バングさん、それより今現在唯一の弟子の心配をしてあげて!

 

「……先生、俺は本当に強くなれるのでしょか? 俺は今、エヒメさんを守るどころかエヒメさんに勝てる自信が完全に喪失してしまったのですが……」

 ジェノスさん、ガチ凹みしないで! 勝てるから! 余裕であなたは私に勝てるから!!

 

 ジェノスさんのガチ凹みにお兄ちゃんは何も答えず、呆れかえった顔で私を見てお兄ちゃんは端的に言った。

「エヒメ、やっぱお前何もすんな」

 

「…………はい」

 私はもう反論はせずに、素直に返事をするしかなかった。

 

 もう私は逃げるしか出来ないというより、逃げる以外しない方がいいのかな?




鈴虫のラガーさんリクエスト、「エヒメが一日だけバンクの道場に習う」でした。

初めは捏造未来設定で、ガロウがバングの道場に帰って来てるという事にしてガロウにエヒメは教えてもらう話にでもしようかと思いましたが、本編でまだガロウ編始めてないのに番外編でがっつり出すのはどうかと思ってやめました。

ちなみに、初期構想では「もげばいいじゃん」と真顔で言い放つのはガロウの予定でした。
エヒメのセコムは、物騒な奴しかおらんのか……

こんな話ですが、気に入ってもらえたら光栄です。
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