私のヒーローとあったかもしれないお話   作:淵深 真夜

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「兄」がいない世界

 目が醒めた瞬間から、違和感があった。

 

「おはようございます、先生」

 目覚ましを止めて、あくびをしながらカーテンを開けた時に感じた違和感は、ジェノスの一言で忘れて俺は返事を返す。

「おう、おはよう」

 

 台所で朝飯を作ってくれている弟子に挨拶をして、気付く。その台所に、妹がいないことに。

 トイレか? 俺も行きてーのにとか思いながらトイレの方に向かったら、鍵はかかってないし電気もついていない。

 じゃあ、ゴミ捨てにでも出てんのか? あの過保護なジェノスが、アパートの前でも一人でこのゴーストタウンにあいつを出させるのは珍しいな。

 そんなことを思いながら用を足して手を洗い、ついでに顔を洗ってから出て来る。

 

 そんでリビングで着替えていたら、ジェノスが「先生、朝食が用意できました」と声をかけてきた。

 俺は振り向いてジェノスに訊く。

「なぁ、ジェノス。エヒメはどうしたんだ?」

 

 俺が起きてまだ10分も経ってないが、俺が起きる前にゴミ捨てに出たのなら、もう戻って来てもおかしくないというか、戻っていないのがおかしいくらいの時間が経ってるのに、俺以上に過保護なジェノスが何も言わないことを不思議に思ったが、それよりもまずはエヒメだ。

 

 まずはエヒメがどこに行ったのか。それが知りたかった。

 けれど、返ってきた答えはあまりに予想外なものだった。

 

「……すみません、先生。誰ですか、その『エヒメ』という人は?」

「は?」

 

 表情が乏しいジェノスが、きょとんとしか言いようがない顔をしてそう言った。冗談が通じなさ過ぎて、割といつも俺を引かせている、あのジェノスがだ。

 その答えが理解できず、しばらく俺は固まった。

 固まりながら、気付いてしまった。

 

 ジェノスが用意した朝飯は、俺とジェノスの二人分しかないことに。

 

 * * *

 

「……あの、すみません先生。やはりどこを読み返しても、その『エヒメ』さんについての記述はないですね」

 ジェノスが俺の膝の高さまで積み重なるノートの山……日記を全てすげースピードで読み返してから、申し訳なさそうに言った。

 

「……マジか? いや、マジなんだろうけど……。あーもー、どうなってんだよ!!」

 その答えに俺は頭を抱える。

 

 ジェノスの答えにしばらく間を置いて、「……冗談だろ? エヒメだよ、エヒメ! 俺の妹だよ!」と言えば、ジェノスはさらに困惑しつつ驚いたように言った。

「先生に、妹さんがいらしたのですか?」と、こいつは言った。

 

 わかってた。こいつはこんな性質の悪い冗談どころか、むしろ俺がふざけていったことを大真面目に受け取って何度も俺をビビらせたり、焦らせたりしたバカ弟子だ。

 冗談なんかじゃなくて、本気で言ってる事なんて初めからわかってる。

 

 それでも俺は、信じられなくて問い詰めた。

 つい昨日まで当たり前のように隣にいて、お兄ちゃんお兄ちゃんとうるさかった妹の存在を、エヒメの事をジェノスに問い詰めた。

 

 が、いくら聞いてもジェノスは困惑した顔で答える。最終的には日記を全部見直して、それでも答えは同じだ。

「すみません、先生。俺は会ったことどころか、名前も先生に妹がいることも今、初めて知りました」

 

 いや、ジェノスに日記の確認をしてもらう必要なんかなかった。部屋をよく見たら一目瞭然だった。

 ここにエヒメは……俺の妹はいない。いた痕跡がない。

 

 起きてすぐに感じた違和感は、テレビ台に飾られたあいつが作ったぬいぐるみやら折り紙が無かったり、カーテンがあいつの選んだ柄入りじゃなくて無地だったり、クローゼットにあるのは俺の服だけだったりしたからだ。

 布団や歯ブラシが二組あるからわかりにくかったが、よくよくジェノスの話を聞けば、こいつは隣じゃなくてここに、プロヒーローになって手合わせした後から、俺の部屋で一緒に住んでいると答えやがった。

 

 それだけじゃない。俺とジェノスの話は決定的に食い違う。

 俺とジェノスが出会ったきっかけ、プロヒーローになる経緯、プロヒーローになってから起こったこと。それらは大体、大筋では一致するけどジェノスの話では全て、エヒメの存在が抹消されていた。

 

 初めて出会った時、ジェノスはエヒメのテレポートでなんとか博士の元に連れて帰ってもらってない。

 俺は「迎えを呼びます」とジェノスに言われてたら、「そうか」の一言で帰ったらしい。

 あぁ、確かにエヒメがいなきゃ俺は間違いなくそうするよ。

 

 他のも全部そうだ。すべて、どこにもエヒメはいない。

 いないのに、変わらない。

 エヒメがいないのに、俺はヒーローやってて、ジェノスを弟子にして、いろんな怪人を倒したりして今ここにいる。

 俺とジェノスの話はどうしても食い違ってかみ合わないのに、俺の立ち位置は全く変わっていない。

 

 俺が歩んできた過去は、エヒメがいないという一点を除いて何も変わっていないという事実が、どうしても受け入れられなかった。

 

 俺は頭を抱えながら、もう一度尋ねる。

「なぁ、ジェノス。マジでそれ言ってんのか? あいつに頼まれて、やたらと凝ったドッキリじゃねーんだな?」

「そんな悪質なこと、先生はもちろん誰が相手でも俺はしませんよ」

 

 さすがに少し心外と言わんばかりに、ジェノスは即答する。

 これだってわかってる。俺が昨日、全く心当たりねーけどエヒメをめちゃくちゃ怒らせて、その仕返しにジェノスに協力してもらってのドッキリだと思いたいが、こいつもエヒメもこんな陰険なことは絶対にしない。

 仮にしたとしても、さすがに俺が寝てる間にここまで綺麗にエヒメの痕跡は消せない事だってわかってる。

 

 けど、だとしたらどう説明するんだよ!

 何だよ、俺は妹がいて一緒に生活してたっていう、リアルで長い夢を見てたっていうのかよ!?

 エヒメは俺の妄想の産物だっていうのかよ!

 妄想なら俺にべたぼれの恋人か嫁でも生み出すわ! キングじゃねーんだから、何で妹がいる妄想をするんだよ!

 

「……あの、先生?」

 頭を抱えてうなだれる俺にジェノスは声をかけるが、俺が顔を上げても何も言わない。

 ただひたすらに困惑して、困り果ててる。っていうか、ぶっちゃけ引いてる。

 そりゃそうだろうな。突然、いもしない、話に出てきたこともない妹とつい昨日まで一緒に暮らしてただの、お前はうちの妹にべたぼれだったじゃねーかとか言われたら、頭の心配するだけでも優しいわ、こいつは。

 普通なら気味悪がって、適当に言い訳してその場から逃げるよな。

 

 自分でもわかってる。ジェノスが俺を騙してるとか、ジェノスの方がおかしいじゃなくて、俺の頭がおかしいと言った方が筋が通ってることくらい。

 俺の記憶は妙にリアルで長い夢を見ていたせいで、現実と混同してるだけと思えばいい。

 そう言って、酷い寝ぼけだったということにすれば、この話は平和に終わり、ジェノスも安心することはわかってる。

 

 ……だけど――

 

『おかえり、お兄ちゃん。お疲れ様』

 

 そう言って笑う妹が、エヒメの顔が頭から離れない。

 夢だと思えない。存在しないと否定できない。

 覚えてるんだ。知ってるんだ。

 顔や声だけじゃない。あいつが生まれた時、病院で抱かせてもらった時のあいつの重さも体温も、未だにこの腕は覚えているんだよ!!

 

「……悪い、ジェノス。ちょっと出かけてるわ」

「先生!」

 

 俺はそれだけ言って、朝飯も食わずジェノスの呼びかけに答えず、家から出る。

 玄関にはやっぱり、あいつの靴も傘もなかった。

 エヒメがいた痕跡なんか、何もなかった。

 

 * * *

 

 何度見返しても、そこには書かれていない。

「……マジかよ」

 

 自分の声が震えているのがわかった。

 市役所で出してもらった俺の戸籍。そこに書かれているのは、俺の両親と俺の名前だけ。

 エヒメの名前なんて、なかった。

 俺の部屋にエヒメの痕跡がないどころか、俺には妹がいないとそこに記されていた。

 

 嘘だ、なんかの間違いだ。

 そう叫んで役人に掴みかかって暴れまわりたかったかが、どこか冷静な自分がそれを止める。

 これこそが事実だってことは、本当はわかってる。俺がおかしいということは、わかってる。

 

 そもそも、妹がいたからってなんなんだ?

 あんな、意地っ張りで口うるさくて、すぐ泣く癖に辛いことは何も言わないで、限界までどころか壊れたって俺に相談もしない妹なんか、いてほしいか?

 

 いないならいないでいいだろう。俺は自分に言い聞かせる。

 そうだ。俺に妹なんかいない。俺は、一人っ子だった。歳の離れた、妹なんかいない。

 

『…………お兄ちゃん』

 

 何もかも奪われて壊されて殺され続けた妹なんかいないと、俺は自分に言い聞かせた。

 

 * * *

 

 帰りに、じーさんに会った。

 じーさんはジェノスと一緒じゃないことを珍しいと言っていた。

 そして、俺をまた自分の道場に勧誘して、断っても「気が向いたらいつでも来なさい」と言って別れる。

 

 エヒメの話は、一言も出なかった。

 

 歩いていたら、空に緑と黒のでかい鳥が飛んでると思ったら、タツマキというあのうるさい子供(じゃないか。あいつ確か、28歳らしいな)だった。

 なんとなく見上げて眺めていたら、タツマキの方も俺に気づいたらしいが、不愉快そうな顔で俺を睨み付けただけで、そのまま俺を無視して飛んで行った。

 

 降りてきて、エヒメは一緒じゃないのか。あいつは危機感無くて危なっかしいから、目を離すなと一方的に怒鳴りつけてくることはなかった。

 

 金属バットをもったリーゼントヤンキーが、10歳くらいの女の子と手を繋いで歩いていた。

「よう」と声をかけたら一瞬怪訝な顔をしてから、「あぁ、A市の時に新入りと一緒にいた奴か」と言って、そのままほとんど素通りした。

 

 前までなら、エヒメの兄貴ってことで挨拶くらいはしてくれたのになと思ってしまった。

 

 パトロール中の無免が声をかけてきた。

 少し雑談をしてから、俺は訊いた。

「なぁ、無免。『エヒメ』って知ってるか?」

 

 ゴーグルで顔の大半が隠れてるのに、それでも少し困惑してるのがわかる顔して無免は答える。

「ごめん、サイタマ君。誰のこと?」

 

 俺はなんでもないと話を切り上げて、その場から離れた。

 ジェノスと同じように俺を無免は呼び止めたけど、俺は振り返らなかった。

 

 いない。いない。いないんだ。エヒメなんかいない。俺に妹なんか存在しないのが現実なんだ。

 そう頭の中で自分にひたすら言い聞かせる。

 なのに、脳裏に浮かんでくるのは現実とは、言い聞かせる言葉とは裏腹なことばかりだ。

 

『お兄ちゃん、今日は海藻サラダとロール白菜だよ』

 俺の好物を作って笑う、エヒメの顔。

 

『お兄ちゃんのバカ―っ!!』

 俺がアホなことして、それを恥ずかしがって顔を真っ赤にして怒るエヒメ。

 

『大丈夫だよ。なんでもない。平気』

 嫌なことがあって、今にも泣きだしそうな顔をしてるくせに、俺に心配をかけないようにと我慢ばっかりしてた妹。

 

『お兄ちゃん』

 妹の顔ばかりが浮かぶ。

 

「お兄ちゃん、置いてかないで!」

 その声に、思わず振り返った。

 もちろん、振り返った先にいたのは記憶の中の妹じゃなくて、俺に向けての言葉でもなかった。

 

 幼稚園児くらいの女の子が、サッカーボールを持った小学生くらいの男の子の後を、危なっかしい足取りでついて言って、泣きながら言った。

「私も一緒に遊びたい! 置いてかないで!!」

 

 泣いて兄貴に懇願する妹に、兄貴の方はうんざりした顔で怒鳴りつける。

「うぜぇんだよ! お前、サッカーもゲームも出来ねーじゃん! いても邪魔なんだよ! 帰れよ、バーカ!!」

 

 女の子は兄貴から怒鳴られて、びっくりしたように眼を丸くさせて、その場に立ち止ってえぐえぐと泣き出した。

 兄貴の方はその様子に舌打ちをするだけで、無視してさっさとどっかに行こうとする。

 その首根っこを引っ掴んだのは、完全に無意識だった。

 

「!?」

「おい。何してんだよ、クソガキ」

 

 放っておけなかった。このまま無視することなんかできなかった。

 

「な、何だよおっさん! 離せよ!!」

「誰がおっさんだ」

 俺に首根っこを掴まれて、ビビりながらも睨み付けて叫ぶガキに俺は言う。

 

「お前さ、別に兄貴だからって妹の遊びやわがままに全部付き合う必要はねーよ。嫌ならそれでいい。

 ただ、邪魔で追い払いたいんなら家まで送れ! こんなところに置き去りにしようとすんな!! 変態や怪人が出たらどうする気だ!?」

 

 ヒーローとしてじゃない。兄として、いくら子供でもこいつのしようとしたことが許せなかった。

 ……例え、俺が兄なんかじゃないとしても。

 本当は妹なんかいなくても。

 それでも、許せなかった。

 

「はぁ? うぜーよ、おっさん! おっさんには何も関係ないだろ!!」

 ガキは一瞬、痛いところを刺されたような顔になったけど、逆ギレで返す。

 けど関係ないのはこっちだって百も承知なんだよ。それがわかったうえで、言ってるんだよ!

 

「あぁ、そうだ。俺からしたらお前の妹が、変態にさらわれようが、怪人に襲われようが、車に轢かれようが何にも関係ねーよ!

 けど、お前は関係あるだろ! お前の妹だろ!

 ここで放っておいて遊びに行っても、帰ってきたら普通に家にいていつも通り何も変わらないって思うな! ずっと隣にいたって、たったの一瞬目を離しただけで取り返しのつかないことになるかもしれねーんだ!

 何かあってから後悔しても、全部が遅いんだよ!!」

 

 そう、遅いんだ。

 失ってからでは、遅いんだ。

 いくら後悔したって、返ってはこないんだよ!!

 

 このガキの為じゃなくて、ほとんど自分に対して言いたいことをただ怒鳴った。

 完全に八つ当たりだった。

 俺の八つ当たりに、ガキはビビッて顔を青くさせて硬直し、ただ聞いていた。

 

 このガキは、兄貴の方は何もしなかった。

 

「お兄ちゃんを苛めるな!!」

 

 怒ったのは、妹の方だった。

 兄貴に邪魔だと言われて、そのまま放って行かれそうだった妹が泣きながら、俺の足をポカポカと全然痛くない力で、それでも懸命に殴って叫ぶ。

 

「お兄ちゃんを苛めるな! お兄ちゃんを離せ!!」

 

 多分、俺が何を言っていたのかも理解していない。

 ただ、自分の兄貴が怒鳴られて怯えて畏縮していることだけは、わかったんだろう。

 それだけを理解して移した行動が、逃げるでも、自分を見捨てた兄貴に「ざまーみろ!」と思うでもなく、そうやって怒るのか。

 

 助けようと、するのか。

 

 俺は掴んでた服の襟を離す。

「ごめんな。まいった。もうお前のにーちゃんはいじめない」

 俺が俺の足を殴り続ける妹に、「降参」と言うように両手を上げてみせると、妹は俺を見上げて「本当?」と訊いた。

 

「あぁ。本当だ」

 そう答えると、輝くように笑って妹は兄貴の方に飛び込んで抱きついた。

「お兄ちゃん!」

 

 兄貴は呆然としたまま、されるがままに抱き着かれている。

 俺はそのまま、立ち去る。

 初めから俺には関係ない話だったんだから、もうこれ以上することなんか何もない。

 

 ただ、背中越しに聞こえた「ごめん」という兄貴の言葉に少しだけホッとした。

 

 * * *

 

 ゴーストタウンのアパート前で、声をかけられた。

 

「先生」

「いつからいたんだよ」

 

 背後で呼びかけたジェノスの声に、振り向きもせずに訊く。

 まぁ、聞かなくてもわかってるけどな。

 こいつは初めから、俺が飯も食わずに出て行ってからずっと俺の後をついて回ってたことを知っている。

 

 ストーカーか、と言ってからかう気も起きない。

 俺のことを心配して、けどなんて言えばいいかわからず声をかけられなかったということも、俺は知ってるから。

 

「先生」

 ジェノスはもう一度、俺を呼び掛ける。さっきより近い、俺の数歩後ろまでやってきて、こいつは言った。

 

「俺は、信じます」

「何をだ?」

 

 俺の問いに、ジェノスははっきりと答えた。

「先生の妹、『エヒメ』さんの存在をです」

 

 ……こいつは本当に、バカ弟子だ。

「バカか、お前は。自分の日記を読み返したんだろう? どこにそんな名前の奴がいたんだよ?

 いねーよ。いないんだよ。あの部屋にはもちろん、この世のどこにも、エヒメなんて……俺に妹なんか存在しないんだよ!」

 

 そうだ。いないんだ。

 この世に妹はいない。エヒメなんかいない。存在しない。

 それを思い知らされたのに、その事実を受け入れようとしてるのに、どうしてお前はそんなことを言う?

 

 やめろ。師匠だからって俺の言葉を全部鵜呑みにするんじゃねーよ。

 初めに「誰だ?」って言ったのはお前じゃねーか。初めに否定したのは、お前だろうが。

 あいつがいないと生きていけないお前が、あいつがいなくてもさほど変わらず元気に生きてるじゃねーか!!

 

 ……なのに、ジェノスは肯定する。

 俺の記憶でしか存在しない妹を、エヒメの存在を肯定して、語る。

 

「先生、『パラレルワールド』というものをご存知ですか?」

「は? パラソルワールド?」

 

 何言ってんのかわからず、振り返って尋ねたら真顔で「パラソルではなくパラレルです」と訂正された。

 

「直訳すれば、平行世界。SFなどではよく出てくる言葉なのですが、簡単に言うと時の流れはまっすぐ一本に伸びているのではなく、いくつもの支流に枝分かれしているという考えですね」

 いや、ジェノス。悪いけど何も簡単じゃねーよ。さっぱりわからん。

 

 俺の顔が如実に俺の考えを言い表していたのか、ジェノスは少し間を置き、説明する。

「たとえば先生は、就職を諦めてヒーローになることを選んだ結果が現在ですが、逆にヒーローを諦めて就職したかもしれない未来があったかもしれません。俺も、暴走サイボーグに故郷を奪われなかった場合の未来、奪われても復讐を選ばなかった未来があったかもしれません。

 パラレルワールドとういうのは、そういう選ばなかった選択肢を選んだ世界、現在とほぼ同じでありながら何かが違う世界、Ifの世界のことです」

 

 さっきの説明よりは、なんとなく何が言いたいかは分かった。

 ……でもお前、その説明、その前提からすると突拍子のない結論が出てくるんじゃね?

 

 そんな俺の予感は、見事に当たった。

 

「サイタマ先生。あなたはこの世界の『サイタマ先生』ではありません。

『エヒメ』という妹が存在する世界の、『サイタマ先生』です」

 

 突拍子がなくて、いないはずの妹の存在を主張する俺以上に頭がおかしいと思われる発言を、ジェノスは真顔で言った。

 

「……何言ってんだよ? いねーよ、俺に妹なんて。

 夢だったんだよ。妙にリアルで現実感のある夢を珍しく見たから、寝ぼけて現実の記憶とごっちゃになっただけだ。それだけなんだよ」

「本当にそう思っていますか?」

 

 俺がジェノスの言葉を笑い飛ばして、否定する。

 なのにこいつはまっすぐに俺を見返して、聞き返す。

 記憶の中の妹とよく似た、強い目でこいつはもう一度言った。

 

「先生。本当にそう思うのでしたら、俺の目をまっすぐに見て言ってください。

 妹なんて……、『エヒメ』なんていない、と」

 

 ……………………言えるわけ、なかった。

 

 例え誰に「そんなやつ知らない」と言われても! 戸籍に載ってなくても!

 覚えてるんだよ!

 顔も! 声も! 俺よりもずっと高いあの子供体温も、あいつが生まれた時の、サルみたいにしわくちゃだったあいつを抱き上げた重さも! 全部覚えてるんだよ!

 俺が初めて、絶対に、何に代えても守らなくっちゃいけないって思った存在なんだよ!

 この世でたった一人の、世界で一番かわいい自慢の妹なんだよ!

 

「……いないなんて、言えるかっ!!」

 

 俺とジェノスしか住んでいないゴーストタウンで、ただそれだけを叫んだ。

 ……何でだよ? なんでお前がいないんだよ?

 何で、エヒメがここにいないんだよ?

 

「……先生。俺は、協力します」

 

 情けない弱音を吐きだした俺に、ジェノスは静かに言う。

 

「正直、俺自身もパラレルワールドなんてフィクションだと思っていました。だから、具体的にどうすればいいかは見当もつきません。

 ですが、必ず先生が元の世界に戻る術を見つけます」

 

 ……相変わらずのクソ真面目具合に、思わず俺は噴きだした。

「先生!? 何故、笑うんですか!?」

「いや、なんか何もわかってねーし、何のあてもねーのに自信満々なのがなんかツボに入った。悪い」

 

 腹を押さえて何とか笑いをこらえて謝って、そんでようやく笑いが収まって俺は言う。

「ありがとな。ジェノス」

 

 その礼は、何の礼か俺にもよくわからなかった。

 わからなかったけど、ただ言いたかった。

 

「……いいえ」

 ジェノスはそれだけ答えて、俺たちは今日はもう家に帰る。

 一人足りない、俺の部屋に。それが当たり前の、この世界の俺の家に。

 

「悪いな、ジェノス。お前の本当の師匠と違って、妹がいなけりゃ弱音を吐いて取り乱すような俺で」

 アパートの階段を上がりながら俺が謝ると、ジェノスはこともなげに返す。

「……どちらかというと、実は少し今の先生の方が人間らしくて安心しました」

 

 え? この世界の俺って、ジェノスに人間だと思われてねーの?

 この世界の俺ってどんなんだよ? となんか不安になって訊いてみたら、ジェノスは少しだけ言うべきかどうか迷いながらも答える。

 

「……性格や考え方、行動原理に変わりはないと思いますが……、俺から見た先生は圧倒的な力を持っているがゆえに、その力が先生の人間性を食いつぶしているように見えます。

 それこそ、自分と互角に戦える相手を探してふらりと消えてしまいそうなところがありましたが……今の先生は、尊くありながらも地に足がついているように思えます。……きっとそれは、妹さんのおかげなのでしょうね」

 

 ……あぁ、そうだな。

 戦いがワンパンで終わって、それがどうしようもなく虚しく感じても、俺は絶対にあいつを置いてどこかになんか行けない。

 俺が側にいなければ、ちゃんと見ていなければ、あの危なっかしい妹はまた面倒事に巻き込まれる。

 

 何より、俺がいなくなったらあいつは泣く。

 だから、俺はいかない。俺が目指したのはヒーローだから。ただ強い奴と戦いたいだけじゃないから。

 あいつを守ってやらなくちゃいけないから。

 

「……絶対に、帰らねーとな」

 

 そうだ。俺は帰るんだ。

 パラレルワールドだか何だか知らねーけど、どうして俺がこんな世界にやってきたのかも知らねーけど、俺は帰るんだ。帰らなくっちゃいけないんだ。

 俺が帰らないと、エヒメが泣く。ずっと泣いて、泣き止まねーんだよ。

 

 もしかしたらこっちの世界の俺が代わりにいるのかもしれねーけど、お前じゃ無理だ。

 自分だからわかるんだよ。同じ俺でも、妹のいない俺じゃあいつをどう扱ったらいいかわからねーのは。

 

 あいつの兄ちゃんは、俺だけだってな。

 

 だから、帰るんだ。絶対に。

 

 * * *

 

 家の扉を開けた瞬間、わかった。

 朝の違和感よりも明確なくせに、説明なんかどうしてもできない。

 ただ、わかるんだ。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 幻聴でもなく、聞き間違いでもない声で振り返る。

 

「………………エヒメ」

 

 目を見開いているジェノスの横に、いた。

 当たり前のように、当然のように、記憶の通り、いつものようにそこにいた。

 妹が、いた。

 

 俺がどんな顔して、名前を呼んだのかはわからない。

 けど俺がエヒメの名前を呼ぶと、エヒメはきょとんとしてた顔をくしゃくしゃにして、目に涙を溢れさせて、そして勢いよく俺に飛びついた。

 

「お兄ちゃん!!」

「うおっ!?」

「先生!? エヒメさん!?」

 

 あまりの勢いで俺はそのまま後ろに倒れこみ、おもっくそ床に頭を打った。おい、どの怪人の一撃より痛かったぞこれ!

 

 いつもなら引きはがして文句をつける所だが、今日はそういう訳にもいかなかった。

「……お兄ちゃんのバカァぁぁ~」

 しがみついて泣きじゃくるエヒメを、どうしても引き離す気は起きなかった。

 

「……あー、なんか、すまん。俺が悪いのかよくわかんねーけど」

 

 しがみついて泣きじゃくるエヒメの頭を、玄関で倒れたまま撫でてやると、ジェノスが苦笑にしてはやけに嬉しそうというか、安心した様子を見せて俺らを見下ろしながら言った。

「……どうやら、ちゃんとこちらの世界の先生のようですね」

 

 ……そう言うってことは、どうもやっぱりあっちの世界の俺と入れ替わってたみたいだな。

 

「……おい、エヒメ。お前がいない世界にちょっと行ってきたけど、ビックリなことにお前がいなくてもほとんど何も変わってなかったわ。俺はプロヒーローになってたし、ジェノスは弟子になってたし。

 お前、あんまり意味ないな」

「なっ!?」

 

 俺の言葉にしがみついて泣きじゃくってたエヒメが起こって顔を上げる。

 怒りつつも、不安がってるこいつに言ってやる。

「いらない」と言われることを何よりも恐れているお前に、伝えるべきことはひとつだけだ。

 

「お前がいなくても俺もジェノスもちゃんと怪人に勝てるんだから、心配しないでお前は俺らの帰りを待ってろ。

 あっちと違って、飯作って待ってくれる奴がいるのが一番の利点なんだから」

 

 俺の言葉に、またこいつはきょとんとした顔になって、それから笑った。

 

「私の存在価値、ご飯だけ?」

 

 んなわけねぇだろ。

 

 例え世界にとってお前の存在に意味がなくても、起こる出来事は何も変わらなくても、お前には価値があるよ。

 

 向こうの俺は平気でもな、俺はお前がいないとダメなんだ。

 たぶん、寂しくて死ぬ。

 

 ……さすがにそれは恥ずかしくて言えなくて、代わりに俺は手を伸ばしもっかいエヒメの頭を撫でて言う。

 

「ただいま」

「――うん。おかえり、お兄ちゃん」




今回はリクエストではなく、以前に活動報告で書いた「サイタマが妹のいない世界(原作設定の世界)にトリップした話」でした。

すみません、GWに仕事の予定が入ったのと、4月は村田版ワンパンマンが更新されなくてモチベが下がってきたところ、HxHの連載再開で創作意欲がHxHの方に向いてしまっているので、ワンパンマンの方は更新がしばらく停滞すると思います。

もちろん、リクエストしていただいた話は、すべて書き上げるつもりですが、モチベが下がっているところで無理やり書いても、筆が進まず話の質が劣化するだけなので、それこそリクエストしてくださった方々に対して失礼なので、ご理解をいただけたら幸いです。

……いっちゃなんですが、「どうせHxHの連載は短期間だろうから、また休載に入ったらワンパンマンへのモチベが回復するだろう」と本人が思っているので、たぶん停滞はそう長くは続かないと思います。

出来れば更新休止ではなく、HXH4:ワンパンマン1くらいの割合で更新してゆくつもりなので、出来ればこれからもお付き合いお願いします。
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