フブキ組の事務所にやたらと険しい顔をしたその男がやってきた時は騒然としたけど、私はカレンダーを見て「問題ないわ」と部下たちに伝える。
「むしろ鬼サイボーグに恩を売れるいい機会ね」
心の底から浮かんでくる楽しさを笑みに変えて、やってきた鬼サイボーグことジェノスの要望通り、人払いをして話を聞いてあげる。
「何の用かしら、鬼サイボーグ。告白する気でも指輪はやめておきなさいよ。重すぎて引かれるから」
「完全にわかってるだろ、地獄のフブキ」
まずはそんな嫌味とも皮肉ともからからかいとも取れる言葉を掛けてみたら、脳以外は全部機械だというのに実に人間らしい不機嫌な顔で言い返す。
彼がやってきたのは3月初め。ホワイトデー2週間前に、この恋するサイボーグが嫌ってるはずの私の元にやってくる理由なんて、その相談以外にありえないじゃない。
「わかってないわよ。あなたがどれくらいの予算で、ある程度決めているのか、何も決めていないかとかね」
でも面白いから私はさらに恍けて挑発をしてみたけど、相手はサイボーグ独特の黒い眼球で睨み付けるだけで何も言わず、ケータイを操作したかと思ったら、そのケータイを渡してきた。
何なの? と思いながら渡されたケータイ画面を見てみたら、それはどこかのネットショップの商品一覧で、可愛らしいアクセサリーやぬいぐるみなどが並んでいる。
「あら、さすがに四六時中一緒にいるだけあって、あの子の趣味をちゃんとわかってるのね」
私は少し、素直に感心したような声を上げた。
この鬼サイボーグの想い人であるエヒメとはまだ付き合いが短いけど、この二人のデートに以前焚きつけた時にエヒメの服のコーデをしたから、あの子の好みはだいたい把握済み。
鬼サイボーグから渡され、見せられた商品一覧は見事にその好みど真ん中で、この中から良さそうなもの、逆にいくら好みでも付き合っていない相手から贈られたら引かれそうなものは何か、相談に乗ってくれ。……鬼サイボーグはそう言うと、私は信じて疑わなかったわ。
私の言葉に、鬼サイボーグは頭を抱えて深い溜息をついて答えた。
「……それは、エヒメさんが自分で作ったものだ」
「え?」
思わず声を上げると、顔を上げたサイボーグは人工の眼球でやたらと遠いどこかを眺めて答える。
「あの人は、物を作るのが趣味でそれを仕事にしている。そして、欲しいものがあればだいたい自分で作る。服なんてほとんど、既製品を買わずに作ってるんじゃないか?」
「そういえばあの子の服、タグ付いてないのが多かった!!」
デートコーデの服を選んでる時に、気付いて気になったがスルーしていたことを思い出してつい反射で叫ぶ。
私の驚愕の声を聞きながら、鬼サイボーグはもう一度頭を抱えて私に問う。
「……フブキ。俺はエヒメさんに何を贈ればいいと思う?」
私の想像通りの相談内容だったのに、想像以上に難題だった。
「……いや、別に自分で作れるからってこういうのが嫌いなわけじゃないんだから、普通に買って贈れば?」
「そう思うんだが……、どう考えても既製品を贈るより、ビーズや布を贈った方が喜ぶのが目に見えている……。材料を贈った方がいいのだろうか?」
「喜ぶでしょうが、ホワイトデーのプレゼントと認識してもらえないと思うからやめなさい」
とりあえず基本的なことを突っ込んで提案してみたけど私自身も同じことを思っていたから、まずはさっそく迷走しだしたプレゼント候補を却下するに留めておいた。
「う~ん……。あの子、絶対に高級品だと遠慮して受け取らないし、作る側ならブランドを隠しても品質とかで気付きそうなのがさらに難題よね。
って言うか、エヒメが作るものって何? あの子が作れないものを贈れば?」
悩みながらふと思いついて尋ねてみると、相手も「それもそうだ」と思ったのか少しだけ思い悩んでいた様子が軽くなり、指を折ってエヒメが作れるものを上げていく。
「アクセサリー全般、服、ぬいぐるみ、人形、フォトフレームやランプシェードなどの雑貨類、石鹸や化粧水も手製で、鞄も作ってたな。あと……自分でつけるのは嫌いだがネイルチップも作るのは好きで、ちょっとした棚程度も自分で作って……、浴衣も話題にあげた時、着るより縫う事を念頭に置いてたな……」
でもエヒメの作れるものを上げていけば行くほど見事に墓穴を掘り、先ほど以上に絶望感溢れる顔になっていったわ……。
器用すぎでしょ、あの子。
「もはや家電ぐらいしかないわね」と私が呆れながら呟いたら、「……洗濯機でも贈るべきか?」とまた鬼サイボーグが迷走した。
「確かにもらったら嬉しいし、白いけどやめなさい。困惑するから」
とりあえず却下しながら、私は考える。
物ではなくどこかに出かけるというのもあるけど、以前こいつのファンに絡まれた騒動を知る身としては、それは言うまでもなく却下。でもそれを却下してしまうと、本当に贈れる物がプレゼント感がまるでない実用品くらいしかなくなるのよね……。
「あー、あんまり色気がないけど食べ物は? スイーツ系なら、プレゼント感も出るでしょ?」
これもたいがいエヒメは作れそうだなと思いつつ、やはりプロが作ったケーキ類は見た目も素晴らしいから、まぁ普通に喜ぶでしょうと思ったんだけど、あの子はとことん斜め上をいくことを私はまだ良く知らなかった。
鬼サイボーグは再び、どこか遠くを眺めて言った。
「……エヒメさんの一番好きな食べ物は……、缶詰の蜜柑だ」
「お金のかからない子ね!!」
金をかけずに何でも作ってくれるって、理想的な嫁になりそうな子ね! 割と本気で私が嫁にほしいぐらいよ! でも、理想的すぎてまず付き合うためのアプローチが難しすぎ!!
「もう俺は蜜柑の缶詰にリボンをかけて贈ればいいのだろうか……」
「鬼サイボーグ、落ち着いて! いくら本人の好物とはいえ、そんなバレンタインデーにブラックサンダーを贈るようなマネを本命にしてどうすんの!?」
迷走ではなくもはや諦めかけた鬼サイボーグを揺さぶって、私は必死で励まして説得した。
ここで説得しなければ、あの自己評価がありえない程低いエヒメが間違いなく、「あぁ、義理のお返しなんだな」と思って諦めてしまう未来までしっかり見えたから、何としてもそれだけは阻止せねばという謎の使命感が何故か生まれたわ。
何してんのよ、私。
「他に何か、何かあの子に趣味はないの!?」
とりあえず他に何か贈れそうなもののヒントにと尋ねてみると、まだ遠くを見たまま鬼サイボーグは少し考えて答えた。
「他は……読書くらいだな。場所を取るからと言ってあまり買いはせずに図書館で借りているらしいが、あの人は割と乱読家だ」
「そう……。本そのものは難しいし、図書カードもなんだから……映画のDVDとかは?
エヒメの好きな小説原作で評判が良さそうなのでも探して、それを贈ってみたら?」
またプレゼントしにくい趣味だったけど、なんとかそれなりにプレゼント感のある物が思いついた。それを提案してみたら、鬼サイボーグもやっとどこか遠くにやっていた眼をこちらに戻す。
「……DVDか。おそらく先生も一緒に見るだろうから、先生とエヒメさんの二人が楽しんでもらえるものを探さねばならないな。
先生はアクションの多い漫画が好きで、エヒメさんは何でも読むが、童話系が特に好きだから折れ所が難しいな……。……ん? 童話? それなら……」
「鬼サイボーグ、何か考えてるところ悪いんだけど、何でサイタマが出てくんのよ。二人で見なさいよ」
納得したのはいいんだけど、何であんたは肝心のアプローチをさらさらする気がないのよ?
私が呆れてツッコミを入れたら、何故かこいつはやや怒ったような顔をして言い返す。
「何を言ってるんだお前は。先生を追い出して鑑賞しろとでもいうのか?」
「隣があんたの家でしょうが! 自分の部屋に誘って見なさいよ!!」
何であんたは、さも自分が常識で相手が非常識と言わんばかりの顔してんのよ!
さすがにムカついて私ははキレたけど、何故か私の言葉に鬼サイボーグの方が、盛大にキレた。
「そんな破廉恥なこと、出来るか!!」
「破廉恥なのはあんたの頭の中よ」
明後日の方向にキレた発言で私は冷静に戻り、素で返した。
* * *
「エヒメさん、これも受け取ってもらえますか?」
3月14日の朝、いつものように朝食をご一緒させてもらい、その後片付けをして一服という時間に俺は言った。
エヒメさんには既に、マカロンを渡してある。どうしてもプレゼントを喜んでもらえるかが不安で、最低限の保険として用意したものを渡してから、恥を忍んでフブキに相談してまでして決めたプレゼントを渡す。
「え? あの、もういただきましたし、そんな、悪いですよ!!」
予想はしてたがエヒメさんは遠慮ではなく本気で困ったように声を上げるが、先生が「せっかくだから、もらっとけよ。持って帰らせた方が悪いだろ?」と助け船をくれた。
エヒメさんは先生の言葉と、俺が「いつもお世話になっているお礼です。どうか、受け取ってください」と言葉に押されて、困りつつも少しだけ嬉しそうに笑って、受け取ってくれた。
「開けてみても、いいですか?」
少し幼げに、子供のようにはにかみながら尋ねられたら、「はい! どうぞ! 喜んで!」と答えてしまった。
先生に「居酒屋かお前は」突っ込まれたが、エヒメさんは笑って「ありがとうございます」と答えてくれたのが救いだ。
エヒメさんは丁寧にリボンを外し、包装紙も破らず丁寧にテープを外して中身を出し、目を見開いて息を飲む。
「エヒメさん?」
予想外の反応と様子に思わず声を掛けるが、エヒメさんは答えない。
答えず、ただ俺が贈ったプレゼントを見つめ、1ページ開いて見せた。
……俺が贈ったのは、絵本。
「不思議の国のアリス」の仕掛け絵本だ。
子供っぽいかと思ったが、エヒメさんの作るものや読書傾向からして、こういうものが好きだと思った。
一応あまりに子供っぽすぎないように、イラストが緻密で繊細なものかつ大量生産品ではなく作家が一つ一つ手作りした仕掛けのものを選んだつもりだが、やはり子供っぽかったか、気に入られなかったかと不安になるが、エヒメさんは絵本を開いたままポツリとつぶやく。
「……これ、持ってました」
別の意味で最悪のチョイスだった! とショックを受ける暇もなかった。
エヒメさんは呟いた直後に、大粒の涙を零したからだ。
「え、エヒメさん!?」
「は!? エヒメ! どうした!?」
先生もいきなり泣き出したエヒメさんに困惑するが、エヒメさんは両手で顔を覆って、少しだけ泣いてから、途切れ途切れに語った。
「……ちが、……違うんです……。嬉しくないとかじゃなくて……。
……同じものを……13歳の誕生日に……友達からもらったんです。……でもそれ……半年後くらいで……破かれて……くれた友達の……机の中に……」
先生は、黙ってエヒメさんの頭を撫でた。
それ以上は何も言わなくていい。思い出さなくていいと言うように、黙ってエヒメさんの頭を撫で続けた。
俺は何も言えなかった。
エヒメさんにとってそれは良い思い出であると同時に、彼女は何も悪くないのに自分を責めたてる思い出でもあるのなら、俺は謝るべきなのかどうなのかもわからない。
……こんなことなら、素直にフブキの提案通りにしておくべきだった。
「……ジェノスさん」
俺がそんな後悔をし始めたころ、エヒメさんが俺を呼んだ。
彼女は短い間だが泣いて、目を真っ赤にさせて、涙の痕がまだ痛々しいほど残っている顔で、笑った。
まるで、死に別れた人と再会したかのように嬉しそうに笑って、俺が贈った絵本を胸に抱き、彼女は言ってくれた。
「ありがとうございます。……一生、大事にします」
俺のしたことは、間違いではないと言ってくれた。