私のヒーローとあったかもしれないお話   作:淵深 真夜

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おーがんさんからのリクエスト。

「ジェノスとエヒメがデート中に迷子の子供をお母さんのところに届けるために1日お父さんとお母さんになる話」




7年後の予行練習

「あ、だめです。こっちは行き止まりです」

 エヒメさんが薄暗い小路で手を伸ばすと、同じ姿の少女が同じように手を伸ばしていた。

 

「思った以上に入り組んだ造りですね」

「えぇ。移動遊園地の迷路だからと甘く見てました」

 二人で来た道を会話を交わしながら戻りつつ俺は思う。

 この人は今日、俺とこうやって遊びに出かけることをなんだと思っているのかが気になった。

 

 ……デートだと認識してくれているのだろうか?

 

 この人と出会い、思いを自覚してからそれなりの月日がたったが、未だに俺は告白する勇気を持てない。

 先生に何一つ及ばず、出されたS級10位以内に入るも達成できていない状態で、告白など身の程知らずなことはそもそも出来ないが、それでも諦める気がないのなら、諦めたくないのなら、明確なビジョンを見据えてそのビジョンに向かって行動すべきだろう。

 

 そう思った末の、初めの一歩として誘ったのが今日だが……、やはり「気分転換によかったらどうですか?」と逃げに入った誘いをすべきではなった。きちんと、「デートしてください」と言うべきだったと今更な後悔をしつつ、俺は小さな迷路をエヒメさんと進んでゆく。

 この移動遊園地だからこそ何もかもが小規模で素朴なアトラクションの中で見つけ、何気なく入ったこのミラーハウスが、今は俺の未来を暗示しているように感じるのは被害妄想だろうか。

 

 エヒメさんの言うとおり、外観からして先生とエヒメさんの自宅と俺の部屋を繋いだくらいしかなさそうな面積だというのに、鏡で道や広さを誤認させているので、入ってみたら思ったよりも厄介だった。

 もちろん俺がセンサーを起動させたら最短距離で脱出できるが、そんな野暮なことはしない。

 さほど広くもないことはわかっているのに、ゴールにたどり着けないのは一人ならひたすらに苛立ちの種でしかないだろうが、隣でエヒメさんが「あそこに道がありますよ」と嬉しそうに報告されたり、「また、行き止まりですね」と少し残念そうに笑う姿を見ていると、むしろもっと長くここにいたいと思えてしまう。

 

 ……俺の未来どころか、この迷路は現状そのものだなと思ったタイミングで、ちらりと映った人影を捉えた。

「どうかしました?」

 ふと、横切った人影を目で追ってしまった俺に、不思議そうな顔でエヒメさんは尋ねる。

 

「いえ、他に人がいたような気がしただけです」

 自分が見たものを話そうかと思ったが、ただの見間違い、気のせいだとしか思えなかったのでやめておいた。

 話しても、気味が悪いだけだろう。

 初めは鏡に映った自分だと思ったら、その自分が真逆の方向に歩いていくのが見えたなんて、何の怪談だ?

 

 幽霊だとかそういうものは全く信じていないので、俺はマジックミラーか何かの仕掛けでそう見えただけ、もしくは俺に少し似た客を鏡に映った自分と見間違えただけだと結論付けて、エヒメさんと先を進む。

 

「……おとうさーん」

「おかあさーん、どこー?」

 

 そんな結論をつけて歩き始めて数秒後、声が聞こえた。

 まだ泣いてはいないが、今にも泣きだしそうな子供の声が二つ。迷路で両親とはぐれた迷子だろう。

「ごめんなさい、ジェノスさん。お願いできますか?」

 エヒメさんが俺に申し訳なさそうに尋ねる。

 何がと訊く必要などない。

 

「いえ、これくらいヒーローでなくても当然です」

 俺はそう答えて、センサーを起動させて子供の居場所を探る。幸いながら、かなり俺たちと近い位置にいた。

 が、生体反応を探って気づく。この迷路の現在いるのは、俺たちとその迷子の子供二人しかいないこと、はぐれた両親らしき反応がないことに。

 

 まぁ、それは両親と一緒に入って迷子ではなく、子供達だけ入って途中で道がわからなくなってリタイアしたのかも知れないと勝手に結論付けて、俺はエヒメさんとはぐれないように手を繋いで子供の元まで向かう。

 二つほど角を曲がり、さきほど俺たちもいきどまった小路の先にその子供達はいた。

 

 そこにいたのは、双子なのか年子なのか、見たところどちらも同じ5歳前後に見える男女なのにやたらとよく似た顔立ちの兄弟。

 さらさらとした黒髪はどちらも長くなく、幼さゆえに性差も曖昧なので初めは一卵性で同性の双子かと思ったが、ほとんどを揃いにしている服装で唯一、スカートとズボンという違いに気付いてやっと性別がわかるほどだ。

 

 男の子の方はもうほとんど半泣きだが、女の子の方が姉なのかそれともただ単に気が強くてしっかりした性格なのか、「大丈夫だよ、カイくん」と自分の兄弟を慰めている。

 が、女の子の方も本心では不安なのだろう。こちらに背を向けて俺たちに気づいていないが、鏡に映るその子の目には涙が溜まっている。

 

 ここまで来たのは良いが、俺は正直言って子供の扱いが得意ではない。

 プロヒーローになってから顔が知られたことで多少はマシになったが、見かけで普通に怯えられることが多いので、俺は一歩後ろに下がって申し訳ないがエヒメさんにお任せする。

 

「大丈夫?」

 エヒメさんが優しい声音で話しかけたが、さすがに俺たちの存在に気づいていなかったのでかなり驚いた様子で振り返り、そしてきょとんとした顔になって固まる。

 やはり俺は角にでも隠れていた方が良かったかと思っていたら、子供らは我慢していた涙をあふれさせてこちらに走ってきた。

 男の子の方はエヒメさんに、女の子の方は俺の方に躊躇なく飛びついてしがみつき、二人は同時に叫んだ。

 

「お母さん!」

「お父さん!」

 

「「……は?」」

 

 同時に声を上げてしばらく、俺とエヒメさんは顔を見合わせた。

 

 * * *

 

『迷子のお知らせを致します。Z市からお越しのイズちゃんとカイくんのお母様、お父様。お二人をお預かりしておりますので、至急迷子センターまでいらしてください』

 

 俺は迷子の放送を聞きながら、ため息をつく。これは、迷子を保護して安心できるところに送り届けた安堵のため息ではない。

 それはすでに、1時間近く前に済ませた。

 

 ……そう。俺とエヒメさんがあの迷路で迷子を発見してから、そして迷子センターに連れてきてからすでに1時間は経過して、この放送はすでに3回目だ。

 なのに、親が一向に現れない。

 俺のため息はそのことに対する苛立ちと、そして先ほどからエヒメさんにあやとりを教えてもらいながら、無邪気に親の帰りを信じて待つ子供に対する、何と表現したらいいかわからない感情の発露でしかなかった。

 

 最初はいきなりの「お父さん、お母さん」発言にこちらがフリーズしたが、しばらく好きに泣かせてそれをなだめてやれば、二人は自然に俺たちが自分の両親ではないことに気付いてくれた。

 どうも、この姉弟の両親の外見は割と俺たちに似てる、父親の方はサイボーグである所まで同じらしい。

 ……これくらいの歳の子からしたら、俺やエヒメさんも親と同じくらいの大人に見えるのは仕方がないが、さすがに10代で親と間違えられたのは少しショックだったので、外見が似ていたのなら仕方ないと何とか自分に言い聞かせたのは余談だな。

 

 そんなわけで、親ではないとわかっても両親に似ているものだから二人はすっかり俺たちに懐いてしまった。

 それは嫌われたり怖がられるより普通にいいことなので、別に構わない。

 迷子センターに連れて行っても、「おねーちゃん、おにーちゃん、一緒に遊んで」と言われて、放っておけなかったのはエヒメさんだけではなく俺も同じだ。

 だから親が放送を聞いて迎えに来るまで、子供のあっちこっちに内容が飛ぶ話を聞くのも、エヒメさんが自分の髪をまとめていたヘアゴムであやとりを教えてやるのを見るのも、苦痛ではなくむしろこれはこれで楽しいと思えた。

 

 が、さすがに1時間たっても親が迎えに来ないは非常識というレベルではないだろう。

 規模の小さな移動遊園地なのだから、迷子センターがどこかわからない、わかっていても広すぎてなかなかたどり着けないというのはありえない。明らかに、放送を無視して放置しているようにしか思えない現状に、俺は苛立ちが隠せなくなってきた。

 

 職員が何度目かの謝罪にやってくる。エヒメさんはその謝罪を笑顔で、「別に構いませんよ」と返す。

 だがその言葉の後、ふと痛ましそうな目になるのが俺には耐えられなかった。

 子供の世話くらいなら、俺だって別に構わない。が、この現状は最悪の可能性を想起させる。

 

 親が迷子センターを託児所代わりにしているのなら、最低で非常識で迷惑であるがまだマシだ。自分たちの要件が済むなり何なりすれば、迎えには来るだろうからな。

 最悪は、迎えに来る気が初めからない場合だ。

 ……その場合、閉園になっても親が迎えに来ないで、警察を呼ばれ、それでも親が見つからなかった場合、施設に一時送りをされる時、この楽しげに笑っている、両親のことを自慢げに話していた姉弟がどれほど絶望するか。

 想像するだけで、コアに軋むような痛みの錯覚が襲う。

 

「おにーちゃん、どうしたの?」

「どっかいたいの?」

 

 俺が錯覚の痛みに耐えていることを、無垢な子供はあまりに容易く見抜く。

 だけどその痛みの原因である、自分たちが立たされている現状がどれほど残酷なものであるかということには、まったく気づいていない。

 だからこそ、二人は無邪気に笑ってそれぞれポケットからクッキーを取り出してそっくりな笑顔で俺に差し出した。

 

「これ、あげる!」

「おいしいものを食べたら、だいたい元気になるっておじさんが言ってたの!」

「これね、お母さんとお父さんとつくったんだ!」

「お母さんも、お父さんも、ご飯もおかしもつくるのすっごくじょうずでおいしいの!」

「でも、お父さんたまにご飯の本みて、へんなこと言ってる」

「『てきりょうって何だ、てきりょうって。それがわからないから、よんでるのに』ってこの前言ってた」

 

 だんだんと俺を励ます方向からただの家族の話になって行き、横で聞いていたエヒメさんが吹き出していた。

「……そのお父さん、ジェノスさんと気が合いそうですね」

 そうですね。俺もレシピ本を読むたびに同じことを思ってます。

 

 子供やエヒメさんの言葉に、少しだけ抑えきれずにいた怒りが治まるのを感じる。

 大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

 

 そうだ、大丈夫だ。この子供は、先ほどからずっと親の話をよくしている。

 自分たちの母親が、どれだけ優しくて料理がうまくて、裁縫も得意で自分たちの服をほとんど全部作ってくれていると話していただろう。

 父親はヒーローをしていると、世界で一番強くてかっこよくて憧れていると言っていただろうが。

 

 放送が入っても来れないのは、何らかの事情があるからだ。両親も本心では今すぐにこの子たちの元に迎えに行きたいと思っているんだ。

 そう言い聞かせて、俺はクッキーを受け取った。

 受け取ったクッキーは、それぞれ子供たちとエヒメにも分けて食べる。

 

 そのクッキーを飲み込んで、エヒメさんは4回目の放送をしようとした職員を呼びとめて、一つ提案した。

「すみません、この子たちを連れてアトラクションを回っていいですか?」

 

 * * *

 

 普通に考えたら相当非常識な提案だったが、俺がプロヒーローと言うのもあってか信頼されたのと、正直言って子供だけ置いて行かれるより、このまま面倒を見てもらった方が助かったのだろう。あっさり承諾どころか、「いいんですか!?」と感謝された。

 無責任だと非難する気持ちはあるが、仕方がないとも同時に思う。迷子センターと言ってもかなり小規模で、子供の面倒をずっと見ていられる人員はいなかったのだから、自分から提案してくれたのなら客の手も借りたいところだろう。

 

 迷子センターに俺たちの連絡先を伝えて、俺とエヒメさんの間に子供が二人並んで手を繋ぐ。

 ……10代で親と間違えられたことにショックを受けておいて、この状況が親子っぽいことに喜ぶ自分は恥ずかしいくらいに現金だ。

 

 しかし、優しく「イズちゃん、カイくん。何に乗りたい?」と子供に尋ねるエヒメさんを見ていると、まだ告白すらしていないくせに、早く結婚したいと思ってしまう。

 

「ゴーカート!」

「メリーゴーランド!」

 子供たちはそれぞれに元気よく答える。ちなみに、ゴーカートと言ったのが、姉であるイズで、メリーゴーランドは弟のカイのリクエストだ。

 男女差別する気はないが、逆だろ。そういえば、さっきもやけに父親に憧れて、将来ヒーローになりたいと言っていたのは弟の方じゃなくて姉の方だったな。

 何となく、この子の両親はこの子の夢を応援すべきか反対すべきかで、頭を悩ませているんだろうなと予想がついた。

 

「そう、じゃあ近い方から乗ろうか」

「「はーい」」

 エヒメさんの提案に、子供たちはどちらも自分の要望を先にしろと言うわがままは言わず、素直に返事する。

 ……見れば見るほど、接すれば接するほどに、現状が理解できない。

 

 自分に先ほど言い聞かせたとはいえ、やはり何度も迷子放送されても親が迎えに来ないこの現状は、最悪の可能性が高い。

 が、どう見てもこの子たちは子供を捨てるのはもちろん、迷子センターを託児所代わりにするような親の子供には決して見えない。

 そんな非常識な親の子にしては、躾が行き届いているからだ。

 

 自分たちの見栄や子供に掛けられる面倒を最小限にしたいと理由で、子供に厳しすぎる躾を行う場合もあるだろうが、この二人は基本的に良い子だが、何度注意しても興奮したらはしゃいで跳び回り、声が大きくなる。

 決して大人の顔色を窺って、ひたすら畏縮して良い子でいるタイプではなく、「子供だから仕方がない」と言える範囲内でわがままな所や問題点がある、ごくごく一般的な良い子だ。

 

 非常識な親からそんな子供が育つとは思えない。仮に育てたのが祖父母や他の者だとしても、やはりおかしなところが多い。

 この子たちが無邪気に自慢げに、誇るように親の話を語った。親と接してないのなら、そんな話はしないだろう。

 

 そしてその親の話に非常識な所はなく、何よりこの子たちの服装は汚れても極端に古いものでもなく、体格も不健康に痩せすぎでも太りすぎでもない。

 まっとうな躾がされており、清潔で体のサイズに合った服装に、健康的な体。

 虐待されている子供の特徴などに詳しいわけではないが、明らかにこの子たちは虐待児の特徴に当てはまらない。

 

 ならば、俺が期待したように何らかの事情で迎えに来れないのか? とも思うが、ミラーハウスで子供を放置して、そのまま迷子放送が掛かっても迎えに来ない事情に関しては、いくら考えても想像が出来ない。

 

 ……そうなると、考え付くのは無責任に捨てた以上に後味が悪い想像だ。

 子供を愛しているからこそ、人目のつきやすい所に置き去りにしてすぐに保護されるようにしたのだとしたら、親の目的が失踪ならまだ救いがある。

 ……死を選んでさえいなければ、なんとでもなる。

 

「おにーちゃん!」

「いっしょにあれ乗ろう!」

 また勝手に最悪を想定して勝手に落ち込んでいた俺に、二人は両手を引いてアトラクションに乗ろうと誘う。

 その無邪気に慕ってくれるのは、慣れない感覚だが素直に嬉しい。

 ……が、この子達が「乗ろう」と誘っているのはパステルカラーに塗装された馬や馬車がくるくる回る、小さなメリーゴーランド。

 ……乗れと? 俺が? これに?

 

「……いや、俺はここで……」

「ジェノスさん、せっかくだからみんなで乗りましょうよ」

 悪いが断ろうとした俺に、エヒメさんが後ろから軽く俺を押して無理やり前に進める。

 エヒメさん! 貴女も少し、面白がってるでしょう!!

 そう言って少し怒りたい気持ちもあったが、振り返った先にあったエヒメさんの笑顔と俺の手を引く子供の笑顔を見たら何も言えなくなった。

 

 ……あぁ、もう。どうにでもなれ。

 

 * * *

 

 一番恥ずかしいものに乗せられたら、あとは開き直ることができた。

 よくよく考えたら子供を連れている時点で、別に可愛らしいアトラクションに乗ろうがどうしようが、そこまで引かれるようなことではなかったなと気付いたのは、ずいぶん後になってからだったが。

 

 そもそも、小規模な移動遊園地なので子供しか乗れないアトラクションも多く、俺とエヒメさんだけでは素通りしていたものも二人が乗って遊ぶのを見るだけでも割と楽しかった。

 ……こんな風に童心に返ったのは、それこそ何年振りだろうか。

 

 けれど、どんなに楽しい時間も終わる。

 この移動遊園地の閉園は6時だ。もう5時半を過ぎている。

 ……なのに、親が迎えに来たという連絡は未だにない。

 

 この後、閉園しても親が現れなかった場合に起こることに関しては考えたくない。せめて、その瞬間までは。

 エヒメさんも同じことを思っていたのか、柔らかな口調で二人に訊いた。

「最後に何か、乗りたいものはある?」

 

 もう迷子センターに戻っていた方がいいはずなのに、ぎりぎりまで二人を遊ばせてやろうとする。

 両親が迎えに来てくれなかったという残酷な現実を、出来るだけ引き延ばす。

 二人は顔を見合わせて、それから指さした。

 

「あそこ」

「あそこにもっかい、はいりたい」

 二人が指さしたのは、ミラーハウス。俺たちが出会った、鏡の迷路だ。

 

「……お父さんとお母さんと、一緒に入ったんだよ」

「……きっと、お父さんもお母さんもまだ、あそこで迷子なの」

 

 子供は大人が思うよりもずっといろんなことを理解して、場の空気を読んでいるとは聞いたことがあるが、その通りだった。

 二人は俺たちに話しかける前、鏡の袋小路に二人きりで取り残されていた時だけ見せていた、心細さを堪えた目で、俺たちは訴えかける。

 

 そうだな。

 たとえどんなに、俺やエヒメさんがこの二人の両親に似ていたとしても、別人だ。

 本当は、両親と回りたかったことくらいわかってる。

 俺たちと遊園地を回っている間中、本当はずっとずっと両親を探していたんだな。

 

「……そうだね」

 エヒメさんは二人の言葉に同意して、繋いだ手を引いて歩く。

「じゃあ、迎えに行ってあげようか」

 

 エヒメさんの言葉に姉弟は笑った。

 よく笑う子供達だったが、この時の笑顔が一番嬉しそうな笑顔だった。

 

 閉館ギリギリだったが、何とか入ることを許されて再び鏡の迷宮に足を踏み入れる。

 ただでさえ壁の代わりに鏡で仕切られて、どこに道があるのかわかりづらくなっているのに、マジックミラーなども部分部分使用しているので、面積の割に実はこの迷路、かなり厄介だ。

 

 これは親と一緒に入っても、手を繋いでいない限り一瞬でも目を離せばはぐれるなと改めて思いながら、俺たちは迷路の道順を丁寧に辿ってゆく。

 ……ここに、彼らの両親がいないことなど初めからわかっている。特に仕掛けもないので係員もいない為、生体反応は、俺たち4人以外ここには存在しない。

 

 けれど、俺は黙ってただ二人が歩いて両親を探すのをエヒメさんと一緒に追う。

 二人が鏡に映る俺やエヒメさんを見かけるたびに、顔を輝かせてその鏡像を追って、それが自分たちの両親ではないことを知って悲しむ顔を何度も見て、そんな彼らにかける言葉を見つけられず、ただ二人の子供を追った。

 

 何度も何度も行き止まりに行き詰まって、来た道を戻るを繰り返して、出口を見つけた時にはすでに閉園時間をいくらか超えていただろう。

 それでも、俺のケータイにもエヒメさんのケータイにも、連絡はなかった。

 彼らの両親が迎えに来たという連絡はなかった。

 迷路に、彼らの両親はいなかった。

 

 二人は何も言わず、ただ夕暮れの赤い光が覗く出口を黙って見ている。

 あと数歩で出口だというのに、進もうとせずに立ち止まっている。

 その背を押して先に進ませることも、この小さな体を抱き上げて一緒に出ることも簡単なことだが、俺にはできなかった。

 涙をこらえて、唇を噛みしめてるこの双子にすべきことはそんなことじゃないことはわかっているのに、どうしたらいいのか、どんな言葉をかけたらいいのかがわからない。

 

 同じように俺も出口の前で立ち尽くし、エヒメさんは何か言葉を探して唇を薄く開く。

 が、出てきた言葉はただの感嘆詞だった。

 

「え?」

 不思議そうな声を上げ、振り返った。そしてしばらく、俺たちが来た道をただ茫然と見つめる。

「エヒメさん、どうかしました?」

 

 俺が尋ねると、彼女は目を丸くしたまま答えた。

「……今、人が通った気がしたんですけど……」

 

 エヒメさんの言葉に、双子は顔を跳ね上げて叫ぶ。

「お父さん!?」

「お母さん!?」

 叫ぶと同時に、二人は来た道を逆走、鏡の迷路に舞い戻ってしまった。

 

「イズちゃん!? カイくん!?」

 エヒメさんが呼んでも、二人は戻ってこない。

「エヒメさん、連れて戻りますので……申し訳ありませんが貴女は迷子センターの方に行っててもらえませんか」

 俺はセンサーを起動させながら、エヒメさんに頼む。

 おそらく、迷子センターに戻ればエヒメさんはあの子供をどうするか、警察を呼ぶかなどについての話をされるだろう。

 

 それは十分に辛い話だが、彼女にだけは見せたくないし、聞かせたくもない。傷つけたくはない。

 ここから出る時に、我慢の限界を迎えて泣き叫ぶであろうあの双子を見せたくはなかった。

 だから、先に行ってほしかった。

 

 エヒメさんはしばし逡巡したが、俺は「……彼らが少しでもこれ以上、嫌な思いをしないようにできる限りのことをしてもらえますか」と頼めば、悲しげな瞳をしつつも頷いた。

 そして俺は、双子を追って迷路に戻る。

 

 センサーに反応している生体反応は、相変わらず俺とエヒメさん、そしてあの二人のものだけだった。

 

 もうすでにセンサーを使わなくとも道は把握してしまった。

 彼らの行き着く先は、彼らを見つけた行き止まりであることを俺は知っている。

 

 そこに行き着く前に、彼らが絶望する前に二人を捕まえてしまいたかったが、さすがに小回りの利く幼児と俺では分が悪かった。

 

「「お母さん!!」」

 二人の声が唱和する。この先が行き止まりであることを、俺は知っている。

 泣きじゃくる声が、聞こえる。

 期待した場所に母はおらず、ただ絶望を叩きつけられた二人の泣き声だと思った。

 

「イズ! カイ!」

 不安が安堵に塗り替わった瞬間の叫びが、子供を呼ぶ母親の声が聞こえるまで。

 

 * * *

 

 角を曲がり、行き止まりだったはずのその先に進む。

 行き止まりだった。行き止まりのはずだった。そこには鏡の壁で、ただ自分の鏡像が映るだけのはずだった。

 行き止まりだった。

 けれどそこに、俺の姿はない。

 

 壁はある。鏡ではなく、ガラスのような壁。

 その壁の先に、二人はいる。

 泣きじゃくってもう何を言っているのかはわからない。ただただ我慢し続けた不安を、寂しさを泣き声に代えて、訴えかけている。

 

「ごめんね、ごめんね。寂しかったよね。怖かったよね」

 双子をしっかりと両腕で抱きしめて、その泣き声を、訴えを聞き入れる母親がそこにいた。

 

 ここは鏡じゃなかったのか。

 双子はどうやってこの壁の向こうに行ったのか。

 疑問は山のようにあったが、俺の口から出てきたのは質問ではなくただ一人の名前。

 

「――エヒメさん?」

 

 俺の声に反応して、「母親」は顔を上げる。

 きょとんとした顔で見上げるその顔は、幼さをなくした代わりに大人らしい落ち着きを携えているが、現在とさほど変わっていない。

 5年以上、10年未満といったところだろうか。

 それくらいの年月を重ねたと思える、エヒメさんがそこにいた。

 

 数年後のエヒメさんとしか思えない人と俺は、しばしどちらも目を見開いて呆然としていたが、彼女は……「母親」は少しだけおかしげに笑って言った。

「……あぁ。そっか。これは、『あの時』のなんだ」

 

 どうも彼女には、今日の出来事に心当たりがあるようだった。

 壁の向こうの「母親」は、双子を抱きしめながらあやし、なだめるように軽く背中を叩きながら俺に笑って伝える。

「ごめんなさい、せっかくのデートの邪魔をして。それから、ありがとう。この子たちと遊んでくれて。……私たちを、探してくれて」

 

 ガラスのような壁が、うっすらと白くなってゆく。透明度を失い、壁の向こうの彼女を、双子を覆い隠してゆく。

「お礼がしたいけど……ごめんなさい。無理そうね。……だから、このお礼は7年後まで待っててね」

 向こうもそれに気づいたのか、「母親」は少しだけ申し訳なさそうに笑って伝える。

 

 わからないことだらけだった。知りたいことがあった。訊きたいことがあった。

 時間がもうないことだけは、わかった。

 だからただ一つ、どうしても訊きたいことだけを叫んだ。

 

「……貴女は、今、……幸せですか!?」

 

 俺の問いに双子も驚いたように振り返る。

 黒くて柔らかな、さらさらとした髪と真っ黒な瞳。それはどちらもこの「母親」によく似ている。

 ……けど、この目つきは見覚えがあったような気がして、気付かなかった。

 あぁ、そうか。この目は――

 

「はい。おかげさまで」

 

 彼女の言葉と同時に、聞き覚えのある声が双子を呼んだ。

 双子は、その声の元にまた泣きながら駆け寄って、抱きついた。

「お父さん!!」と、呼んでいた。

 

 顔などよく見えなかった。

 もう俺の目の前にあるのはただの鏡だった。

 ただ、呆然としている俺をそのまま忠実に映しているだけだ。

 

 自分の顔を眺めて、思わずにやけた口角を手で覆い隠す。

 俺の顔は、クセーノ博士が生身だったころの俺の顔をかなり忠実に再現してくれている。

 ……当たり前だが俺とは違って普通の白い眼球に黒い瞳だったからと、俺とは違ってよく笑うからか、全く気付かなかった。

 

 あの双子はどちらも、俺と目つきがよく似ていたことに。

 

 * * *

 

「それで、私が迷子センターに行ったら確かに二人の代わりに書いた記録がなくなってたし、遊園地の職員さんも全然私たちの事も二人の事も覚えてなかったんだよ!

 ……お兄ちゃん、聞いてる!?」

 

 自宅に戻り、早速今日一日の事をエヒメさんは先生に話すが、先生は漫画を読みながらの生返事しか返さないことに少し怒りを見せる。

 

「聞いてるし、別に疑ってなんかねーよ。つーか、マジで不思議な話だな。

 ジェノスは、その子供が鏡の中に入るのを見たんだっけ?」

 漫画から顔を上げて、相槌以外の言葉をやっと先生は返しながら俺に尋ねる。先生自身が言うように、思ったよりもちゃんと聞いていてくれたようだ。

 

「いえ。鏡の中に入る瞬間は見ていません。俺が追い付いた時には、既にガラスのようになった壁の向こう側にいました」

「やっぱりあの子たちは、鏡の世界というか別世界の子だったんでしょうか?」

 

 俺の訂正して補足した説明に、エヒメさんはSF、もしくはファンタジー的な仮定を口にする。

 それには何も答えず、ただ内心で謝罪しながら訂正する。

 いえ、異世界ではなく7年後の未来だそうです、と。

 

 俺はエヒメさんに、あの迷路であった事は大ざっぱにしか話していない。というか、詳しく話せるか。

 あの双子の母親が未来の貴女で、父親はどうも俺らしいだなんて言えるか!

 それが言えるのなら、とっくの昔に告白してるわ!!

 

「……でも、二人とも本当に可愛くて良い子だったんだよ、お兄ちゃん」

 俺が心の中で誰に対してかもよくわからない八つ当たりをしていたら、エヒメさんが懐かしむように呟いた。

「二人とも元気いっぱいで、ちょっと大変だったけどね。あの子たちのお父さんとお母さんは大変でしょうね、ジェノスさん」

 

 いきなり話を振られて、俺の口からとっさに出てきた言葉は、「え? あ、そうですね! 頑張ります!!」という。未来の子育てに対する決意証明だった。

 当然、エヒメさんから「何を!?」と驚かれた。

 

「……すみません。今のは忘れてください」

 別に紅潮などはしないが、それでも羞恥で俺は顔を隠しながらそれだけを伝える。

「え? えーと……わかりました」とエヒメさんは困惑しながら頷き、先生は呆れかえっている。

 

 ……先生はともかく、エヒメさんは多分憶えていて、7年後の今日にこのことでからかわれるかもしれないなと思ったら、余計に見せられない顔になったことに気付いて、口元をしっかり手で覆い隠す。

 

 緩んだ口角を、俺はしっかりと隠した。





おーがんさんからのリクエスト、「ジェノスとエヒメがデート中に迷子の子供をお母さんのところに届けるために1日お父さんとお母さんになる話」でした。

普通の迷子にしたら話があまり広がらなかった為、ベタですがこうなりました。
「最後にお母さんに「素敵な夫婦になりますよ」って言われて赤面する2人が見たい」のリクエストはちょっと叶えられなかったけど、近いものには成ったと思うのでこれで勘弁していただけたらありがたいです。

ちなみに、子供の名前は「伊豆」と「甲斐」から取りました。
カタカナ表記だと洋名に見えるけど、実はサイタマやエヒメと同系統な名前です。
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