私のヒーローとあったかもしれないお話   作:淵深 真夜

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前回の「勿忘草に託した願い事」の、ジェノス視点です。


忘れて欲しいなんて嘘

 8年前、1年間だけZ市で暮らしていた。

 

 母が事故で重傷を負い、幸いながら命に別状はなかったが長期の入院とリハビリが必要となったからだ。

 父は警察官で、当時はヒーローやヒーロー協会なんて存在しておらず、避難シェルターも避難時のマニュアルも満足に確立されていなかった為、怪人や怪獣が現れた時は警察と軍が主に動いていた。

 だから、父の仕事はあまりに不規則かつ多忙で、どちらか一方ならともかく子供の俺と怪我人の母という二人の面倒を見るのは不可能だった。

 

 今よりは現れる頻度は少なく被害も大したことがなかったが、既に怪人の存在はそう珍しいものではなくなっていたため、俺を日中どころか夜も一人にさせるような生活は論外だと、両親は考えてくれていたんだ。

 けれど俺の家には親戚が少なくて、俺の面倒を見れそうなのはZ市の祖父母くらいだった。

 

 祖父は仕事をしていたし、祖母は軽くとはいえ持病を持っていて近所の病院に通院していたから、祖父母が俺のところに来て俺の面倒を見るというのは無理があった。

 だから、俺が祖父母の家に行ってそこから1年間だけZ市の小学校に通うと決められたことに文句などなかった。

 仕方がないことだかったから。それしかなかったのだから。

 

 転校早々、気分が悪くなるいじめを目の当たりにしてそれを庇ったことで、クラスから孤立してしまったことも、俺にとってはどうでも良かった。

 元々、たったの1年しかいないのだから友達などいらないと思っていたから。

 そんなの、作っても意味がないと思っていた。

 

 友人なら、離れてもメールで連絡を取れていた。だから、淋しくなどなかった。

 祖父母は優しかったし、好きだった。

 だから、転校したことも、両親にめったに会えないことも、不満になんて思っていなかった。

 

 嫌だと思ったのは、ただ一つ。

 祖父母も、俺が見舞いに来た時の母も、時間を見つけて俺に会いに来てくれる父も、口をそろえて「学校は楽しいか?」「友達は出来たか?」と尋ねること。

 

 楽しくても楽しくなくても学校は行くべきだと思っていたし、友達はたったの1年で別れるのだからいらない。

 そう言ってしまいたかったが、本当に口に出してしまえば皆が悲しむのはわかっていたから、俺は目をそらしながら、「楽しいか?」と訊かれたら「うん」と答え、「友達が出来たか?」には黙って頷いていた。

 

 そんな嘘、両親も祖父母も気づいていたんだろう。いつしか彼らは俺が望んだとおり、そんな質問をしないようになったが、同時に俺に対して腫れ物に触れるような接し方をするようになってしまった。

 自分たちの都合で、俺を振り回しているという罪悪感に駆られたんだろう。

 

 幼い俺には、もうどうしたらいいかわからなかった。

 今更、クラスの奴らに愛想を振りまいてまた転校するまで祖父母や両親を安心させるためだけに「友達ごっこ」をできるほど、俺は器用じゃなかった。

 だから俺は、現実から逃げるように元々好きだったのもあるが、図書室に入り浸って読書に没頭した。

 

 好きな本を読んで、空想の世界に入り浸っている間だけ、腫れ物対応される苛立ちも、彼らに心配をかけて悲しませているという罪悪感を忘れることができたから。

 

 そんな逃避の先で、俺は見つけた。

「エヒメ」という女の子を、貸出カードの中で。

 

 * * *

 

 俺が手に取った本の貸出カードの中に、高確率で書かれていた名前。

 俺が特に気に入った本には、同じ名前がいくつか書かれていた。彼女も気に入って、何度も借りて読み返したのだろう。

 

 あまりに目にする頻度が高くて、覚えてしまった名前が偶然、図書室で聞こえた。

 話しかけようと思ったのは、夏休みの直前で3冊本を借りたかったが、めぼしいものは全て読みつくしたから。

 だから、自分と趣味や感性が似ていると感じた彼女が薦めるものなら、ハズレはないだろうと思ったから。

 

 そう思ってた。

 けれど本当は、ただ寂しかったのだろう。

 毎日メールすると言ってた友達からのメールが少なくなってきたこと、会えない両親にぎこちなくなってゆく祖父母。

 独りのほうが楽だと思いながら、独りは嫌だった。

 

 だから、俺は二度目の出会いで、会話であの手を取ったのだろう。

「図書館の場所知ってる? 一緒に行こう」

 また、お奨めのの本を教えてほしいと頼んだ俺に笑って手を差し伸べて、独りでいい、一人で大丈夫だと閉じこもっていた俺を連れ出した。

 あの子は俺を、当たり前のように傍に置いてくれた。

 

 傍にいて居心地があまりにいい子だった。

 それは話が合うからと言うのもあったが、彼女は俺の少し複雑な家の事情を話しても、さらに深い事情を聴きだそうとはせず、だからと言って腫れ物に触るような接し方はしないで、ただ当たり前のようにいつも笑って傍にいて、話を聞いてくれた。

 俺がクラスでイジメを行っていた奴に目をつけられてると知っても、次の日に廊下で会えば笑って手を振ったくれたのは嬉しかったが、学校では知らないふりをしてくれと頼みこんだ。

 

 誰が相手でも、理不尽に暴力を振るわれたり蔑まれるのを見るのは嫌だったが、彼女だけはどんな理由でも、どんな些細なことでも傷ついてほしくないと思った。

 いつしか彼女が、俺の心の大部分を占めていることに気付いていたのに、その思いの名を俺は知らなかった。

 

 自覚したのは、冬休みの少し前。

 もうその頃には、彼女と一緒に図書館で宿題をして、面白そうな本を探して読んだ本の感想を話すのが日課になっていたが、その日は図書館の暖房が急に壊れたらしく臨時の休館となっていた。

「仕方ないね」と彼女は残念そうに笑って、帰ろうとした。

 気が付いたら、背を向けた彼女のコートの袖を掴んでいた。

 

「俺の家に来ないか?」

 彼女と少しでも長くいたかった。ただその一心で、俺は自分の家が近くだとかなんとか理由をつけて誘った。

 彼女は「いいの?」と一度訊いてから、俺が頷けば嬉しそうに笑ってくれた。

 

 別に家に誘ったからって、11歳のガキだった俺に疚しい気持ちなどありはしない。

 図書館で過ごす時間とほぼ変わらないやり取りと会話をして、彼女は門限に間に合うように帰って行った。

 送ると言っても彼女は、「まだ明るいから大丈夫」と言ったから玄関で別れた。

 

 あの時は、また明日も同じ日々を過ごすと思っていた。あの穏やかな幸福が続いてゆくと、信じて疑わなかった。

 

「とっても可愛らしくていい子でしたね」

「そうだな。あんな子がジェノスの嫁になってくれたらいいんだがな」

 夕飯時に、祖父母が笑ってそんなことを言った。

 

 彼らに悪気はなかった。からかうつもりもなかった。心からの本心だったことはわかってる。

 大人の都合に振り回されて友達が出来ない、学校になじめないでいた孫が友達を初めて連れてきて、それが礼儀正しくて可愛い女の子だったので、ついつい舞い上がって気の早いことを言い出してしまっただけだ。

 

 だけど、その何気ない彼らの言葉が、願望が、俺の弱さがあの日常を崩壊させた。

 祖父母の言葉で、俺は自覚してしまった。

 

 どうしようもなく俺は、あの子のことが好きだということを自覚した瞬間、もうまっすぐにあの子の顔を見ることが出来なくなってしまった。

 

 * * *

 

 俺の家の事情を知ってもかわいそうな子というレッテルを張らず、厄介な奴に目をつけられて避けられていることを知っても、笑って傍にいてくれたあの子が好きだった。

 寂しいなんて一言も言わなかったのに、そのことを見抜いているのかいないのか、どちらにせよあまりに心地よい距離感でずっと傍にいてくれた。

 ずっと、傍にいたかった。

 

 なのに俺は自分の気持ちを自覚した途端に、彼女に対してどう接したらいいかがわからなくなった。

 話しかけられたら、いつもどんな話し方をしていたかが思い出せなくなり、こんな答え方をしたら嫌われるんじゃないかという不安ばかりが頭によぎって、うまく話せなくなった。

 彼女の笑顔が何よりも誰よりも好きだったからこそ、彼女に笑いかけられると頭が沸騰したように熱くなって、思わず目をそらした。

 

 彼女とずっと傍にいたかったのに、彼女にカッコ悪い所を見せたくない、見られたくないという意地で、どんどん彼女から俺は離れて行った。

 彼女は俺が急に毎日だった図書館に行く約束をしなくなったのを悲しんでいたことを知っていながら、そんな思いをさせたのは俺自身のくせに、俺は逃げ出した。

 

 自分の気持ちを持て余して、くだらないプライドを優先させて、俺に手を差し伸べてくれた子を突き放して逃げ出した。

 最低極まりないことをした。

 

 図書館にも行かなくなって、またふさぎ込んだ俺を祖父母はひどく心配したが、その心配が俺にとっては大きな苛立ちの種だった。

 あの子と遊ばないのか? あの子をまた家には呼ばないのか? と言われるたびに、胸の内が掻き毟られるように痛んで苛立った。

 

 3学期が始まってからはもう気が狂いそうで、八つ当たりだとわかっていながら何度も叫びそうになった。泣き叫びたかった。

「あの子にお別れをちゃんとしたのか?」と訊かれるたびに、怒鳴り返しそうになった。

 

 どうしてお前らは俺から他の友達を1年も引き離しておきながら、1年しかいないここで「友達を作れ」なんて言うんだ!

 どうして、やっと見つけた傍にいたい人と別れろと言うんだ!

 

 今になって思えば、本当にそう言って泣き叫べば良かったんだ。

 子供のくせに無意味なプライドで我慢して勝手に耐えて、結局俺はたくさんの俺を大切に思ってくれた人に心配をかけただけだ。

 

 誰よりも何よりも好きになった人に、何の恩も返せないでひどく傷つけただけだった。

 

 ……結局、俺があの子に元の学校に戻ることを伝えられたのは、終業式の日。

 引っ越す前日だ。

 

 自分から避けたくせに、逃げたくせに、今更別れを告げて興味なく「そう」で終わらされるのを恐れて、言えなかった。

 そのくせ、避けていた理由を誤解されたくないと図々しく望んでしまった。

 

 嫌われたから避けられていた、だから別れすら言ってくれなかったとだけは、思ってほしくなかった。

 それどころは俺は傲慢にも、願った。

 

 たったの1年しかいなかった。一緒に過ごした日々は半年ほどで、その半分は俺が理不尽に、勝手に避けたくせに、願ってしまった。

 どうか、俺のことを忘れないでほしいと。

 

 その身勝手な願いを託した、彼女と俺が知り合ったきっかけである本に使うようにと作った栞を渡すつもりだった。

 

 ……彼女だけは、どんな理由でもどんなに些細な傷すらついて欲しくなかったのは本当なのに、俺は一番理不尽でひどい傷をつけていたことを知ったのは、彼女が声も上げずに泣き出してからだ。

 

 泣きじゃくる彼女に俺は、もう「ごめん」以外の言葉は言えなかった。

 そんな資格はないと、思い知らされた。

 

 忘れないでと願う資格なんかなかった。むしろ俺は、忘れてほしいと願うべきだったんだ。

 彼女を傷つけて泣かせて去っていく俺なんか、消えてなくなって忘れられるべきだったんだ。

 

 ――それでも、あの子は……

 

 * * *

 

「――いつか、また会ってください」

 

 俺はあの子に何も返してあげれなかった。あの子を傷つけただけだった。

 そんな俺にあの子は、会いに来てくれた。俺との別れを惜しんで、悲しんで泣いてくれた。

 抱き着いて、俺とまた会うことを望んでくれた。

 

 いつかではなく、このままずっと彼女の傍にいたかった。

 彼女の隣で、どんな理不尽や不条理からも守って、ずっと笑顔を見ていたかった。

 

 けれどそんなことが出来るわけがないことがわかる程度に俺は子供じゃなくて、そんなことが出来ないくらい弱い卑怯者であることを知っていた。

 俺にできたのは、ただ約束することだけだった。

 

「待っていてほしい」

 

 小さな背に腕を回し、か細い体を抱き返して、彼女のぬくもりを忘れないように腕の中に閉じ込めて、ただ約束した。

 

「君を二度と泣かせない。もう絶対に置いて行かない。避けたりなんか……逃げたりしない。

 そんな大人に俺は必ずなるから……、どうかその日まで待っていてほしい」

 

 彼女と約束して、そして自分に誓った。

 この子をもう絶対に泣かせない、俺なんかの別れを惜しんでくれたこの子を、傍にいていいと、傍にいることを望んでくれた子をもう絶対に手放さない。

 自分のくだらないプライドを優先させて、この子を傷つけたりなんかしない。

 

 自分になど負けず、この子をこの世のあらゆるものから守り切れるくらいに強くなることを誓って、約束した。

 

 そんな俺の約束に、彼女は泣きながら、目を真っ赤にして晴らしながらも笑って答えてくれた。

「うん」と、頷いてくれた。

 いつもの穏やかな優しい微笑みが大好きだったけど、あの笑顔もとても綺麗だった。

 

 俺たちは、笑って別れることが出来た。

 だから、笑ってまた出会えると思ってた。

 そんな未来を、信じて疑わなかった。

 

 強くなれると、思っていたんだ。

 

 * * *

 

 祖父母の家だった更地に背を向けて、歩を進める。

 思い出に浸っている場合ではない。Z市では今、家畜や人間の血液を吸い尽くして生きたままミイラ化させるような、危険な新種の蚊が大群で飛び交っている。

 災害レベルも“鬼”と設定されるほどの、一刻を争う事態だ。

 

 俺は自分の耳につけた金のボールピアスに触れながら、誓う。

 この街は、Z市だけは守ってみせる。

 彼女がいる、俺のもう一つの「故郷」であるこの街だけは。

 

 ……約束をもう果たせない俺にできることは、それしかなかった。

 

 祖父母が遊びにやって来た日、身体改造に失敗したのか、それとも初めからそう作られたのか、暴走したサイボーグの手によって俺は全てを失った。

 生まれ育った町も、友人も、家族も全て奴に奪われ、壊され、喪った。

 

 俺だけが唯一生き残ってクセーノ博士に助けられたが、体の大部分が手の施しようがなく、サイボーグ化する以外に俺は生き延びる術などなかった。

 戦闘用サイボーグになる事、わずかに残っていたまともな生体部位を脳以外捨てることを選んだのは俺自身だが、俺はあの暴走サイボーグから、人間としての人生も奪われた。

 

 何もかもを失って、何もかも奪われて、俺に残ったものは暴走サイボーグに対する復讐心と……、4年たっても色褪せずに失えない、忘れられなかった初恋の人。

 その人がくれた、俺の目に似ていると言った、自分のお守りだと言っていたピアスだけだった。

 

 自宅もただの瓦礫の山となって、別れの日に彼女と交換した連絡先も失われた。

 残っていたのは、校則違反なので耳にこそはつけなかったが、鞄や服につけていつも持ち歩いていたピアスだけは奪われず、壊されず、俺の手のうちに残った。

 

 博士は、俺に配慮してそのピアスをサイボーグ化した俺の耳につけてくれた。

 これこそが俺にとって脳より大切な、俺に残された最後の俺を人間であらしめる部分だという事を、博士は察していたのだろう。

 

 俺はもう一度、俺にとってライナスの毛布に近いピアスに触れて、記憶の中の幼い彼女にただ謝る。

 

 約束を全く守れていないこと。強くなどなれていないこと。また、あの頃と同じように逃げてばかりな自分に自己嫌悪しながら、ただ俺は目の前にいない人、どこにいるのかもわからない、生きているのかさえもわからない彼女に謝り続けた。

 

 連絡先は失われたが、一度も彼女の家に訪れたことなどなかったが、同じ学区内だったのだから探そうと思えば別にむずかしいものではなかった。

 会おうと思えば、会う術などいくらでもあった。

 

 けれど俺は、あの日に知ってしまった。

 人は簡単に死ぬということを。

 あまりにも簡単に人は死ぬのに、その喪失感は永遠に埋めることは出来ないことを知ってしまった。

 

 手紙も出せなかった。メールも、電話も、連絡など何も取れなかった。

 それは、「会いたい」という弱音を吐きだしたくないという俺の意地でしかなかった。

 けれど、彼女の方はどうだったのか?

 

 彼女から手紙やメールが送られてきたこと、電話がかかってきたこともなかった。

 それは、俺と彼女の間に大きな温度差が、溝があったというだけならまだいい。

 今はどうしようもなく、最悪を想定してしまう。

 彼女はとうの昔に、もうこの世にはいないのではないかという最悪が、あの日から頭の片隅にまとわりついて離れない。

 

 彼女の住む街がZ市、怪人出現のホットスポットだというのがまた、最悪の想像を掻きたてた。

 

 彼女を探そうと思えば、生きているかどうかを調べようと思えばいくらでも調べられたのに、俺はしなかった。

 俺にとってもう心の拠り所は、彼女しかいなかったから。

 俺の最悪の想像が現実だったのなら、もう彼女はこの世のどこにもいないと知ってしまったら、それこそ俺は俺から全てを奪った暴走サイボーグと変わらない存在に成り果てるのはわかっていた。

 

 だから俺は、また逃げた。

 シュレディンガーの猫のように、真実を調べず目をそらして閉じ込めて、最悪の可能性とともに彼女が生きている可能性を同時に作り上げた。

 そしてその可能性に、ただ縋り付く。

 

 どうか、俺のことなんか忘れて、俺の知らないところで、怖い思いも悲しい思いもしないでずっと笑って生きていてほしい。

 そんな俺の願望に、少しでも現実味を与える為でしかない。このZ市にやってきたのも、あの蚊の大群とその大群を使役するあの怪人に立ち向かうのも。

 

「お前を排除する。そのまま動くな」

 

 俺は蚊を擬人化させたような女怪人に宣言する。

 お前らに、彼女を脅かせなどはさせない。

 

 * * *

 

 自分の力に過信して、相手の強さを見誤って手も足も出せずに自爆以外の術を無くした俺を救ってくれた、サイタマ先生に俺は現在、小脇に抱えられて運ばれている。

 ただでさえ俺が周りを見ずに焼却砲を放った所為で、先生が公然猥褻物陳列罪になっているのに、その元凶の俺が気を使われているのが情けなくて申し訳がない。

 

 だが、あの怪人に体を上下に両断されたせいで自力でクセーノ博士の元に帰ることもままならなかったので、ここはお言葉に甘えた。

 それに、警報が出ていたしここはゴーストタウンだからないとは思うが、もしも誰かに道端で会ってしまった場合、俺が「俺の所為です!」と言わなければ先生は一番恥ずかしい罪状で逮捕されてしまうので、ある意味では先生が俺を連れて帰ってくれたのは都合が良かった。

 

 そんなことを考えていたら、アパートからひょっこりと少女が出てきて、まさかのないとは思っていた事態がさっそく起こったかと思って焦ったが、幸いながら即座に先生を通報する相手ではなかった。

 

「お兄ちゃん、どうしたの!?」

 悲鳴のような声音を上げつつ、その少女は先生から豪快に顔をそらした。

 あぁ、この人が先生が先ほど言っていたテレポートが使える妹さんかと、俺はホッとしつつ兄を全裸にさせてしまったことを申し訳なく思う。

 

 それと同時に、何かが引っかかった。

 

 その引っかかったものが何であるかを理解したのは、彼女が兄を視界から外しながら俺に「大丈夫ですか?」と尋ねた時だ。

 

「はい。大丈夫で……」

 途中まで反射で返答して、彼女の顔をまっすぐに見てようやく気付く。

 色褪せず、失えず、けれど目をそらして逃げて、そのくせ縋り付いて手放せなかった面影。

 記憶の中の「あの子」をそのまま、8年の年月を重ねた少女がそこにいた。

 

 何も言えなかった。

 ただ食い入るように彼女を見つめ続けて、先生は当然困惑していた。

 彼女も、困惑していた。

 

 けれどそこ困惑は、兄とは意味合いが違っていた。

 

 一瞬きょとんとしてから彼女は眼を見開いて、それから大粒の涙を瞳から溢れさせて……、それでも笑った。

 あの日、俺との約束に頷いてくれた時の笑顔で、彼女は呼んだ。

 

「ジェノス君?」と。

 

 博士が人間だった頃の俺の顔だちを再現しているとはいえ、あのころから変わり果てた俺を一目で気づいてくれた。

 俺のことを、覚えていてくれた。

 

 ……あぁ。やはり俺は、まったく変わってなどいない。弱くて愚かなままだ。

 忘れて欲しいなんて、嘘だ。

 本当は、忘れないでいて欲しかった。ずっとずっと会いたかった。

 

「…………エヒメさん」

 

 全然強くなどなっていない、あの日交わした約束通りの大人になっていない俺だけど、そんな俺でも君はそんな風に再会を喜んでくれるのなら……

 

 今度こそ、本当に強くなれる気がした。

 

 * * *

 

「え? 知り合い?」

「……うん、そうだよ。そうだから、さっさとパンツ履け!!」

 

 俺とエヒメさんのやり取りで困惑していた先生がエヒメさんに尋ねたら、エヒメさんが肯定しつつキレた。

 

 すみません、先生!

 エヒメさんも気持ちはわかりますが先生を責めないでください! 全部俺の所為なんです!!





前回のジェノス視点です。

捏造だらけですが、書いててすごく楽しかった。
父親が警察官は、話の都合上ちょうど良かったからそう決めただけだけど、サイボーグになる前から融通が利かないで正義感が強いとファンブックになったので、マジでそれっぽいなーと少し思ってます。
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