Sword Art Online Wizard   作:今夜の山田

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たまにオマージュとか入れてます
無貌の神とかそのまんまだしマイナーだから外したのもあるけど


デスゲームへようこそ!

 鐘の音が聞こえる。

 その突如鳴り響く大音量で、俺の意識は覚醒した。

 

「うわっ!?」

 

 強制起床アラームをかけた覚えは無いし、こんな悪趣味な鐘の音を設定したわけでもない。

 ただ突然、その音は鳴り響いた。咄嗟に周りを見回すと、既にジクトリクスはどこかへ行ったのか姿が見えない。窓からはいつの間にか夕日が差し込んでいる。

 鐘の音が鳴り響いている内に俺の体が青色の光に包まれる。《転移》の準備動作だ。抵抗する心の余裕も無い俺は、次の瞬間には場末の宿屋のような場ではなく、人だかりの中に居た。

 辺りを見回せばここがゲームの開始地点、はじまりの街の中央広場だと分かる。ここまで広い広場を、少なくとも俺はこの《第一層》では中央広場以外には知らない。

 そして既に多数の人間が居るというのに、ゲーム開始時とほぼ同じように次々とプレイヤーが現れて、いや、転送されてきている。彼らの顔はゲーム開始時とは違い、困惑に満ちている。

 

 そしてその中からという聞きなれた声で、「ログアウトできないぞ!」という言葉が聞こえる。その方向を見ると、ジクトリクスが腕を振り上げて叫んでいた。

 

「何やってんだGM! 早く対応しろよ!」

 

 意識して聴くと、ジクトリクスは声を荒げて間違いなく上空に向かってGMに対し声を発している。

 本来、GMはプレイヤーの発現を一々監視したりはしていない。プレイヤーはGMコールというコマンドを選んだ後、対応したGMに向かって話しかけて初めてGMに言葉が届く。

 βテスターでもあるジクトリクスが何故そのような奇妙な行動に出たのか。気になって俺もGMにコールしようとメニュー画面を開いて、思わず目を見開く。

 

「どういう……ことだよ……」

 

 《メインメニュー・ウインドウ》を開き、GMコールを選択した後、GMが対応する待ち時間にと、続けてシステム関係のコマンドメニューを開く。ここまでは良かった。

 だが、そこを見て今起きている異変に気付いた。ゲーム内ヘルプとコンフィグの下の欄にあるアイコンの横に、本来書かれている《LOG OUT》の文字が無い。

 試しに押してみても反応は無く、連続で押してみても、それは変わらない。

 解析してみれば、プログラムでは確かにそこにあった記録が残っている。しかし、今は何者かによって外されている。その何者かが誰かまではわからないが、少なくとも誰かが、確実にログアウトボタンを消している。

 

 突然、上空を見て叫んでいるジクトリクトの顔が驚愕に染まる。それに気になって上を見ると、上空では異変が起きていた。

 上空に次々と表示される【Warning】、そして【System Announcement】という文字。後者だけなら、やっと運営から対応が告知されるのだと安心できた。

 しかし実際は【Warning】という警告文付き。さらには、その字体は禍々しく、色もまるで血を意識したかのように赤黒い。 

 そして異変は次の段階へと移行していく。徐々に広がっていく文字達の中央――中央広場のまさしく中央の直上の文字盤から、血液のような液体が雫となって垂れ下がり、いつ重力に負けてもおかしくないほどまで膨らむと、雫はその形を変えた。

 

 そうして雫が変えた姿は、βテスト中、現在ではGMコールで見知った赤いローブだった。しかしその姿には違和感がある。

 まず、身体が存在しない。顔があるはずの部分は空洞のように黒く、夕暮れと相まってその奥が見えない。

 本来、男性の社員であればファンタジーに代表される老魔術のように白髭を蓄えた老人。女性であれば、眼鏡を付けた女の子の顔が表示される。ちなみにGMコールは初期状態では男性型の老人の顔だが、女性が対応すると即座にその形を変えて前述した眼鏡をかけた女の子の顔になる。

 しかしこの赤ローブにはそんな顔が無いのだ。腕もまるで何かが詰まっているように見えるが、白手袋の手前には何も無い。まるで透明人間が赤ローブを着てるような姿だ。

 次に、巨大すぎる。

 その大きさは20mはあるだろう。華奢に見える細い指先も、その巨体と比較せずに見えば大木そのものだ。

 そして上空に滞空する赤ローブの巨人は、歓迎するかのように腕を広げ、その後に声を出した。

 

『諸君。私の世界へようこそ』

 

 聞こえてきた声は男の声だ。その声色は怯えたようなものでもなく、慌てているようでもない。この非常時においてありえないと分類されるだろう落ち着いた声だ。

 その声ははっきりとしていて、俺の耳によく通る。マイクを通した時に聞こえるはずの雑音も無く、まるでゲーム内で発言しているかのような自然な声だ。

 しかし《私の世界》とはどういう事だろうか。

 その赤ローブはどう見ても運営サイドの者が着る衣装だ。そしてその運営サイドの者であれば、確かにこの世界は《彼の世界》だ。

 しかし、運営がわざわざログアウトを削除してまで、わざわざシステムアナウンスを使ってまでその言葉を言い放つだろうか。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 ――茅場晶彦。

 その名前は、見たことがある。

 ナーヴギアの基礎設計者にしてソードアート・オンラインの開発者だ。

 俺がこの世界を平行世界であると確信したゲームを創造した男。若く、才能に満ちた《天才》だ。

 このゲームの開発者であれば、この世界は彼の世界だと断言できる。コントロールできるのも、開発者であれば納得だ。

 しかし、何故ログアウトを削除したのか、何故自ら現れたのか。そんな疑問はすぐに、本人の言葉によって解消される

 

『諸君は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅しているという事に気付いているだろう。しかしそれはゲームでの不具合ではないためGMコールは無意味である。繰り返して言おう。これはログアウト障害ではなく、このゲーム本来の仕様である』

 

 どこからか、「仕様、だと」と困惑めいた声が聞こえた。

 

『諸君はゲームから自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間の手によって、ナーヴギアの停止、あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合……ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブにより諸君らの脳は破壊され、諸君らの生命活動はその時をもって停止する』

 

 告げられた言葉は残酷そのものだ。

 茅場晶彦は、今やこの世界で活動している全てのプレイヤーの命すら握っている。

 俺はナーヴギアを持ってもいないし、操作したことすら無いが、設計図を見た事があるためどういった原理で脳を破壊するかは分かる。

 電子レンジのように、チンするのだ。人間の脳はそれだけで簡単に破壊できる。

 大容量のバッテリセルも内蔵しているから電力についても、長時間外部から切断されていない限りは問題無い。

 

『より具体的に言えば、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体に分解もしくは破壊の試みがあった場合。以上のいずれかの条件によって、脳破壊シークエンスが実行される』

 

 追い打ちのように、茅場晶彦は言葉を続ける。

 

『この条件は既に当局及びマスコミを通して告知されている。――しかし残念ながら、私の言葉を信じなかったり、自らの技術力を過信し、警告を無視した例が少なからずあり、その結果既に二百十三名のプレイヤーが、この世界並びに現実世界からも永久退場している』

 

 俺はその言葉を、どこか達観して聞いていた。俺に現実の身体は存在しない。だからそんなものは無意味だからだ。

 それどころか、その言葉に安心すらしていた。これで、友達とずっと居られる。もう学校や仕事、睡眠や食事の度に別れる事は無くなるのだ。

 

『しかし――諸君らの現実での肉体は心配せずとも良い。現在はテレビ、ラジオ、ネットメディアは多数の死者が出ている事を繰り返し報道しているため、警告を無視して取り外す者が出てくる可能性は告知当初よりは低くなっている。諸君らは安心して、ゲーム攻略に励んでくれたまえ』

 

 心配する肉体なんて元より無い。しいて言えば、その二百十三名の中に友達が入っていないかが気がかりだ。

 現実世界で報道されるのはどれも実名ばかり。ゲーム内ネームは一切公表されていない。

 

『次にこの世界からの脱出方法、脱落条件を伝えよう』

 

 脱落条件という言葉に耳が反応する。

 脱出方法には興味は無いが、閉じ込めるだけでは飽き足らず、脱落条件まで設定している事に驚きを隠せない。

 

『まず脱落条件だが――諸君らにとってこの世界はもはやもう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームでの蘇生手段については一切機能しない。ヒットポイントがゼロになった時、君たちが迎えるのは蘇生という奇跡ではなく、脱落だ。先ほど言った脳の破壊条件にもう一つ付け加えよう。それは諸君らのヒットポイントがゼロになった瞬間だ。諸君らのアバターと共に、諸君らの脳は破壊される』

 

 息を飲んだような顔で埋め尽くされている。

 なにせ、向こうは命を握っているのだ。下手に反抗して、見せしめに殺される馬鹿は少なくともこの場にはいなかった。

 しかしこれで、人海戦術による攻略は難しくなる。

 一万人いようとも、わざわざ死の危険を冒してまで脱出しようとする者は何人出てくるだろうか。

 まず間違いなく半分、五〇〇〇人は参加しないだろう。一〇〇〇人いるかも怪しい。如何に廃人やゲーマーと言われても、実際死ぬのはこわいだろう。恐ろしいだろう。

 まず、街から一歩も出られない。外は自分を殺しにかかってくるモンスターで溢れているのだ。少し油断しようものなら、即座に命を刈り取られる。

 RPGを経験した者なら分かるだろうが、基本的にRPGは死んで覚えるゲームと言っても過言ではない。

 この世界は初見殺しに溢れている。一匹しか出ないと踏んだモンスターが三匹も出れば、あっという間に死んでしまう。

 宝箱を開けて麻痺になれば、敵と遭遇した際非常に不利になる。

 毒のある食べ物を食べたら死んだ。なんてことも有り得る。

 今後の経験値稼ぎ――もちろん、プレイヤースキルを高めると言った意味でも、そういった行動は非常に難しくなる。

 βテストでは死んでも防御スキルは上がるため、次回の冒険が楽になった。しかし今度はそれができない。一度死んだら終わりだ。

 

『次に脱出条件だが、先に述べた通り、この世界の攻略――つまり、アインクラッド最上部、第百階層まで辿り着き、最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、ゲームをクリアした者だけではなく、生き残ったプレイヤー全てが安全にログアウトされる事を保証しよう』

 

 百階層。βテスト時代でも第六層までしかクリアされてないのに、その十倍以上の値を言い渡される。

 市販のオフラインのRPGなら、一ヶ月もかければクリアできるだろう。

 しかしこれはオンラインゲーム。多人数が同時に挑戦する事を想定した作りになっているはずだ。開発者が一年や二年で終わるゲームを作るはずも無い

 一人でできる事にも限界がある。第一層のボスにしても、βテスト時代でさえ数十人で挑んで、死ぬのを繰り返してようやくクリアしたはずだ。

 一人でクリアするにはその階層の平均よりも10か20上のレベルが必要になるはずだ。死の危険を考えれば、30でも低いだろう。

 しかし複数人であればその敷居は大きく下がる。平均程度の者が数十人も集まればクリアできるだろう。犠牲も出るだろうが。

 周りからは次々に「クリアできるわけがない」という声があがっている。俺もそう思う。

 複数人でのクリアは楽だが、死の危険があることで参加者は大いに削られる。ここで無言を貫いているのはよほどの臆病者か、自分に自信のある者か、信頼できる仲間がいる者か、諦めている者か、俺くらいなものだ。

 

『諸君らのアイテムストレージに、私からの贈り物が用意してある。確認してくれたまえ』

 

 手を動かし、メニューを開き、アイテム画面を開く。

 周りのプレイヤーも同じことをほぼ同時にした事で、様々な方向から電子的な鈴の音が響いてくる。

 アイテム画面の最上段に表示されたアイテムは《手鏡》。

 オブジェクト化して確認してみるも、それはただの手鏡だ。

 鏡に映るのは俺がデザインしたアルビノの少女のアバター。それ以外に特にこれと言ったものは映らない。

 何故こんなものを。そう思った直後、小さい悲鳴と共に周りのプレイヤーが次々に白い光に包まれる。

 また集団転移かと思ったが、転移とは色が違うようだ。中に人影も見える。

 そして二、三秒は経っただろうか。光は徐々に薄れていく。

 ――その中から出てきたものに俺は目を見開いた。

 中から出てきたのは人だ。しかしその顔、体つきはゲームで作られたようなかっこいい及びかわいい造形なんてものではなく、そこには人間臭い――というよりも、人間が本来持ちうる顔ぶれ、肉体が次々に視界に映った。

 もはやゲーム内の集会では無く、現実での集団コスプレのような光景だ。

 咄嗟に自身の持つ手鏡を見る。そこに映っていたのは――なんの変わりようも無い、アルビノの少女だった。

 

 しかし、広場から次々に聞こえる声によって、この手鏡を送った理由が分かる。

 広場にいる人間は、次々に、機械による渋かったり、可愛かったりする声ではなく、自身の本来の声音でつぶやいている。

 ――「お前は誰だ」。

 おそらく、ネット上でしか会ってない知り合いに対しての言葉だろう。

 ――「私の顔だ」「俺の顔だ」「僕の顔だ」。

 手鏡を覗いた感想だろう。

 しかし何故、茅場晶彦はこんな事をしたのか。

 身代金目的の集団誘拐。違う。犯罪を犯してまでわざわざ金を集める必要が無い。

 テロ。違う。ソードアート・オンラインはVRMMORPGの第一号だ。わざわざこんな事する必要なんてない。

 

『諸君は今、なぜ私がこんな事をしたかについて考えを巡らせている事だろう。何故――SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦がこんな事をしたのか。これは一例だが、大規模テロか? 身代金目的の誘拐か? と』

 

 茅場晶彦の声音が変わる。次に発現される言葉が、彼の本心だろう。

 

『私の目的はそのどちらでもない。それどころか今の私には一切の目的を持たない。なぜなら――この状況こそが私の最終的な目的だからだ。この世界を創り、人々を配置し、それを観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを作り出したのだ。故に、既に目的は達成されたのだ…………以上でSAO正式サービスのチュートリアルを終了する。料金形態は完全無料だ。それではプレイヤー諸君、健闘を祈る』

 

 そしての赤ローブの巨人――茅場晶彦のアバターはそのまま上昇し、溶け入るようにシステムメッセージの中へ消えていった。

 それを完全にのみ込んだシステムメッセージは、現れたときと同じように突如完全に消え去る。後には夕暮れが顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 広場には元通りの平穏が訪れたが、一泊置いたのち、広場は声に支配された。

 広場はありとあらゆる感情を乗せた声が飛び交う。あたかも世界が震えているかのような錯覚すら覚える大声量だ。

 ふと、ジクトリクスが居た方を見る。

 そこに居たのは緑色のアフロをした青年ではなく、茶髪のマッシュルームカットの少年だった。

 




ブロッコリーからキノコへ
次回の次回辺りで時間飛びます。

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