「んぅ……」
目を覚ますといつもの天井が目に入った。
(あれ、なんでこんなところに……)
未だに覚醒していないから前のことがよくわからない。
とりあえず起き上がろうとするが――
「いてっ」
全身に痺れるような痛みがして起き上がれない。
とくに人差し指の指先が痛い。
(そっか、俺は気を失ったんだっけ……)
だんだん意識が覚醒してきて直前の状況を思い出すことができた。
「確か魔法を使ったら鼻血が出てきて……そっからは覚えてないな」
おそらくそのあとに気を失ったのだろう。
今考えると随分と無茶をしたものだな。
魔法を初めて見てテンションがおかしかったのかもしれない。
それにしても俺をここに連れてきたのは一体誰だろうか。
(まあ、十中八九ヴィアだろうな)
おそらく書庫で魔術書の前で倒れている俺を発見し、ここに連れてきたんだろう。
そんな場面に遭遇して顔面蒼白ものだったに違いない。
本当にヴィアには迷惑かけっぱなしで頭が上がらない。
今は何時だろう。
首を動かし窓の方に向ける。
外は暗く、もはや見慣れてしまった満天の星空が夜空を彩っていた。
この世界は前の世界と違い電気がないので、田舎でしか見ることができないような満天の星空を天気が良ければいつでも見ることができる。
初めて見たときは感動したなぁ。
一時期毎晩外に出てこの星空を眺めていた時もあった。
だが3年間ほほ毎日見続けていれば感動が薄れていくのは当然だ。
それはともかくもう夜だ。
となると俺は10時間近く気絶していたのか。
3歳の身としてそれは大丈夫なんだろうか。
なんだか体に悪影響が出ていそうで怖くなってくるな。
やることもなく、動けず起きたことを伝える手段もないのでぼーっとしていると扉が開いた。
おお、やっと誰か来たな。
「ジ、ジン様!?起きていらっしゃるのですか?」
入ってきたのはヴィアだった。
「うん。起きてるよ。」
「よかったです……す、すぐに旦那様を呼んできますので!」
一瞬安堵のため息をついたかと思うと今度はドタバタと部屋の外へ飛びてしていった。
忙しいやつだなぁ。
いや、そうさせているのは俺んだけどね。
ご主人様を読んでくるってことはベスが来るんだよな……
絶対怒られるよ。
魔術書の前で倒れてたんだから魔法を使ったのは火を見るより明らかだしな。
「はぁ……」
俺は人知れず憂鬱になっていた。
しばらくして旦那様ことベス、そしてアイリスまでやってきた。
まあ、母親なんだから息子が倒れたって聞いたら心配で様子を見に来るのが当たり前か。
アイリスは心配そうな顔をしているがそれとは反対にベスはかなり真剣な表情をしていた。
「ジン、正直に答えてくれ。お前魔法使ったのか?」
――やはり来たか。
恐れていた質問。
使ったことを正直に言えば、なぜ使えたのか、なぜもう文字が読めるのかといった話になる。
まさか転生して中身は30のおっさんですなんて言えるわけもない。
ここが転生して初めての勝負どころになりそうだ。
「え? でもまだジンは3歳よ? たまたまあっただけでしょう。」
「ジン、どうなんだ?」
アイリスの言葉なんて御構い無しに、ベスはまっすぐと俺の目を見て聞いてくる。
その視線は本当に俺の心を覗き見ているようで、俺に嘘は通じないぞと言っているようだった。
これは絶対にごまかせない。
そう俺に悟らせるには十分だった。
正直に……言うしかないか。
「うん、使ったよ。」
するとアイリスは驚愕の表情に、ベスはやっぱりか、と何処か落胆めいた表情になった。
「今回気絶したのはお前の魔術回路がショートしたせいだ。」
「魔術回路?」
「ちょっとベス? そんなことこの子にわかるわけないじゃない」
「いや、わかっているだろう。あの本も多分読んだんだろうしな」
言葉には出さないが、そうだろう? と尋ねられそうだと頷く。
そこでアイリスはさらに驚愕する。
まあ、3歳であんな本が読めるなんてどんな天才だよって話しだしな。
「魔術回路っての身体中に張り巡らされている魔力の通り道みたいなものだ。普通なら慣らしながら魔法を使うのにお前は急に使ったからな。準備運動もしないで全力疾走したようなものだ。」
くそ。
完全に勉強不足だった。
まさかそんなものがあるだなんて。
もっと本を読んでおくべきだった。
魔法だからってうかれていたようだ。
後悔で奥歯を噛んだ。
「それにお前は集中するあまり魔力を一点に集めすぎた。だからその部分が炎症を起こしてる。」
なるほど、だから人差し指の指先が異常に痛いのか。
魔法を発動するときの熱さも魔力の密度が高くなりすぎて熱を持ったんだろう。
そんな状態で魔法を使えばこうなるのは当たり前か。
「なあジン、もしかしてお前――」
「すごいじゃない!」
ベスの言葉を遮ってアイリスそういっては俺をハグする。
はぁ、おちつくぅ。
母親の胸の中というのはいつになっても落ち着くものだ。
「絶対この子才能あるわ! 暴発させたとはいえこの歳で魔法を使ったんだから!」
「だけどお前――」
「そうだ! 私が魔法を教えてあげるわ。こう見えて私たち元冒険者なのよ?」
人の言葉を聞かずにグイグイくるアイリス。
アイリスは一度こうなると自分が納得するところまで行く。
顔はもう5センチも離れていない。
母親なのでドキドキも何もしないが。
「えっと……」
ベスの方を見て助けを求める。
ベスならわかってくれるはず。
なんたって俺の父さんなんだから。
このグイグイくるアイリスをどうにかしてくれという俺のメッセージに気が付くはず。
期待の眼差しをベスに向けた。
だがベスは諦めたように苦笑いして
「そうだな。じゃあ俺は剣を教えようか。」
なんてことをのたまった。
なんでさらに追い討ちかけてくるんだ……。
まあ待て。
ここはもっとポジティブに考えよう。
俺は冒険者になってみたいと思っていたじゃないか。
ここで魔法とか剣を学ぶのはかなりの近道になるんじゃないか?
そのうち学ばないといけないことだ。
誰かに教えてもらう方が独学より遥かに良いに決まっている。
「わかった。よろしく。父さん、母さん。」
「ああ、まかせろ」
「よろしく! がんばりましょ!」
「ちょ、母さん! 手ブンブンしないで!」
肩痛い……。
病人は敬いなさいよ。
どうやらこの痛みはほんの一時的なものらしく、おとなしく寝ていれば治るから寝てろとそういってベスとアイリスは部屋から出て行った。
しかし申し訳ないことをことをしてしまった。
実感のわかない俺とは違って彼らは俺を実の息子と思っている。
いや実際そうだが。
今回の出来事は前の世界でいうと子供が包丁で遊んでたら怪我しました、みたいなものだろう。
心配するに決まってる。
今回はアイリスのおかげで有耶無耶になったけど、これは絶対に怒るべき問題なんだ。
「私からも一言良いですか?」
「なに?」
「あのようなことをお一人でするのはおやめください。」
ヴィアは両親の言わなかったことを代弁した。
やっぱりそうだよな……。
「わかってる。お父さんもお母さんも心配するもんね。」
「確かにそうですが、少し間違っています。」
「え?」
なにが違うのだろうか。
心配するに決まってるじゃないか。
「私だって……心配するんですよ?」
そうヴィアは笑みを浮かべ、でもどこか切なそうに俺にそう告げた。
頭を殴られたようだった。
俺にとってヴィアは両親ほどではないが、ずっと面倒を見てもらったからかなり強いつながりがある。
ヴィアにとってもまたしかり。
なんなら自分の息子のように思っているかもしれない。
そんな彼女が心配しないわけないじゃないか。
「私からはそれだけです。失礼します。」
それだけいってヴィアは部屋から出て行った。
部屋残ったのは俺1人だけ。
今日の反省点を考える。
第一に完全な勉強不足。
次にその場の感情に身を任せ、調子に乗ってしまった。
そして最後に——自分のことしか考えてなかった。
自分が行動することで回りになにが起こるのか、それを全く頭に入れてなかった。
ここは前世とは違う。
俺を愛してくれる人たちがいる。
俺はそのことにようやく気づくことができた。
今回のことで得た教訓は、
「自分の行動に責任をもつ」
ということだ。
あの日の翌日から俺はアイリスに魔法を教えてもらっていた。
提案した時の様子からかなり乗り気だろうなとは思っていたが、初日はそれが顕著に表れていた。
「さあ!始めるわよ!」
「……母さん」
「じゃあまずは魔法とは何かから教えていくわね」
「母さん!」
「なに?」
「なにじゃなくて、その格好……なに?」
「え?」
はて、なにを言っているのやらととぼけた顔をしている彼女の服は、俗に言う魔女っ子だった。
これがもっと歳をとっていたら痛いと言えるのだが、アイリスはまだ俺が生まれたばかりなので20前半と若い。
しかも顔も整っている。
まあ要するになにが言いたいかというと……可愛いのだ。
自分の親が魔女のコスプレもどきをしていると考えるとなんだかやるせない気持ちになってくるのだ。
いや実際に魔法を使うんだからコスプレではないんだけどね。
しかも似合っているんだからなおさらたちが悪い。
「これはわたしが冒険者時代に来ていた服よ。似合ってる?」
そういってアイリスはとんがり帽子の異様に広いつばを人差し指でくいっと上げ、身の丈ほどの杖を俺に向けてきた。
はい、可愛いです。
アニメの魔女っ子がそのまま現実に出てきたようだ。
これがもし前世にいたら金を取れるレベル。
「でもまたなんで?」
「そんなの気分を上げるために決まってるじゃない」
思ったより大したことない理由だった。
その格好じゃないと魔法使えないとか考えちゃったじゃないか。
「そんなこと良いから始めるわよ。」
「はい!」
「はい、今日はここまで」
「終わったぁ〜」
思わず声変わりもまだなのにおっさんのような声が出てしまった。
というかきつい……つらい……。
彼女、思った以上のスパルタだった。
普段の彼女を見れば誰だって優しく教えてくれると思うだろう。
でもそんなことなかった。
まず知識をたたき込み、その範囲の小テストをする。
受かるまで何度も何度もだ。
しかもその小テストがまた難しいのだ。
中身俺じゃなかったら5歳なのに知恵熱出すぞ。
知識面ならまだ知っていることもあったのでマシだったろう。
だけど魔力に慣れるための訓練が辛すぎる。
その方法は魔力を測るときにやったようなことを永遠とやるのだ。
まだ俺の魔術回路は使われることがなかったので刺激に弱い。
だから魔術回路に一定の魔力を循環させ、慣らしていく。
だがこれがつらい。
ずっと集中してないといけないのだ。
ちょっと気を抜くと勢いがつきすぎて痛くなったり、逆に勢いがなさすぎて流れなかったりする。
それに加え慣れてくると流す魔力に強弱をつけ始める。
一定の魔力を循環させるだけでも辛かったのに強弱をつけるとなると頭がショートしそうになる。
何はともあれこれで魔法の授業は終わりだ。
これをこれからもやると思うと気が滅入ってしまう。
しかも今日はこれからベスによる剣の授業もある。
昨日2人でどちらが先ということで一悶着あったようだが、午前は魔法午後は剣ということになったらしい。
体を動かした後に勉強はつらいから、ということらしい。
ヴィアがそういっていた。
「あらあら。ジン、大丈夫?」
机にうつ伏せになりうなだれていると頭上からアイリスの心配そうな声がかかった。
(あんたのせいだろうが!)
危うく声に出そうになったがなんとかおしとどまる。
俺のためにやってくれたのは事実だからそんなことを言うのは忍びない。
それに、正直疲れすぎて返事を返す気力もない。
「もう……しょうがないわね」
そういうとアイリスは俺の方に手を乗せる。
なにをするつもりだ?
「キュアー」
そういったとたんに体の疲れが一気に消えた。
「え!?」
「どう?これが魔法の力よ」
さっきまで立つことすらできなかったのに今なら走り回ることさえできそうだ。
それくらい体が元気に、軽く感じた。
「今のはランクCの光魔法『キュアー』よ。普通は傷を癒す魔法なんだけど、技術さえあれば傷だけじゃなくて、疲れやストレスまでなくすことができるの」
なるほど。
だから疲れが抜けたのか。
「もしかしてお母さんってすごい人?」
思わずそう尋ねてしまう。
「そうよ。昔はそこそこ有名だったんだから。『聖母』なんて呼ばれてたのよ?」
えへんと豊満な胸を突き出して胸を張る。
ちょっと目のやり場に困りますね……。
美人はなにをしても絵になるから困る。
「聖母」か。
言い得て妙だと思う。
もともと優しい人だし、その笑みで傷を治す姿なんてまさに聖母のようだろう。
着ている服装は真逆だけどな。
「ほら、次はベスの剣の授業でしょう。急いで急いで。」
前言撤回。
やはりアイリスは鬼畜だった。