理不尽から始まる転生生活   作:こめぴ

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第6話 狼群の森

 最初俺はすぐに追いつけるだろうと思っていた。

 なんたって筋トレもしていたから俺は足もかなり早くなっている。

 だから女の子に足の速さで負けるはずがないはず。

 そう思い込んでいたんだが……

 

 「なんで! 追いつけないんだ!」

 

 普段意識している子どもの言葉を忘れるくらい俺は焦っていた。

 そう、一向に差が縮まらないのだ。

 なんとかギリギリ見失わないくらいの距離をなんとか維持している。

 なんで女の子が、特になんの訓練もしていない奴があんなに早く走れるんだ!

 

 走りながらあいつを観察していると、ふとある違和感を感じた。

 

 (なんだこの違和感……あいつの走り方なんかおかしいぞ)

 

 その違和感を見極めるため、あいつをよく観察する。

 

 (足の踏み込みと進む距離が全然会ってないな……)

 

 違和感の正体はこれだった。

 

 あいつの走り方は女の子走りで、普通ならとてもじゃないがスピードなんて出ない。

 なのに1歩でかなりの距離を進んでいる。

 だからものすごいジャンプの連続みたいになっているんだ。

 

 よくよく見てみると、足が微かに緑色の光を帯びているように見える。

 

 (もしかして無意識に魔法を使ってるのか?)

 

 そんな結論に至った。

 エルフは魔法に特化していて、生まれた時からもう魔法は使える。

 高位のエルフになると、呪文の詠唱なしで魔法を使えるやつもいるらしい。

 

 あの光の色、そして自身のスピードを上げるという効果からたぶん風の魔法だろうと推測できる。

 

 魔法を使っているなら追いつけないのはしょうがない。

 だからって諦めることはできない。

 魔法を使っているならそのうち効果は切れるはず。

 それまで追いかけ続けることにした。

 

 

 

 あいつはどうやら一直線に逃げているようだ。

 

 俺から逃げるというよりは、早くこと街から離れたいがために逃げているように思える。

 だから街からどんどん離れていくのは当然なわけで――

 

 「おいおい……これはまずいんじゃないか?」

 

 街から離れた森に入っていってしまうのも当然と思える。

 

 そう、あいつはこの森――狼群の森に入っていってしまった。

 

 狼群の森。

 その名の通り、狼が大量にいる森だ。

 ただの狼と侮るなかれ。

 前の世界の狼とは全然違う。

 大きさも姿形もさまざまな狼が生息していて、その頂点にいるのが、血塗れの狼(ブラッディウルフ)である。

 

 正直に言ってこれは俺の手にあまる。

 魔法が使えるからといって所詮俺はただの6歳児。

 ヒーローのように助けに行っても、ゴミのようにやられるだけだろう。

 

 とりあえず連絡をしよう。

 ベスからもらった双信石を取り出し、魔力を込める。

 

 『おお、ジン。どうかしたか?』

 

 「今日うちに来るらしいエルフが森の中にはいっていっちゃったんだ」

 

 『……そいつの特徴は?』

 

 「目は赤くて髪は白のポニーテールの僕と同い年くらいの女の子だよ」

 

 『……わかった。今どこにいる? 迎えをよこす』

 

 「家を出て、大通りをずーっとまっすぐいったところの森の前」

 

 『おいおい……街の端と端じゃねえかよ。いいか。そっちに行くまでに10分くらいかかるが、絶対に森には――』

 

 「きゃぁぁあああああ!」

 

 「ごめん父さん! 後で説教受けるから!」

 

 『ちょ……おい! ジン!』

 

 10分だと?

 そんなので間に合うわけないじゃないか。

 あの叫び声からしてもう現在進行形で襲われてるんだぞ?

 いくら魔法が得意なエルフだからといって子供がこの森で生き延びることができるとは思えない。

 俺が行っても助けられる可能性があるなら行くしかないだろうが!

 

 俺はなんの迷いもなく森に飛び込んだ。

 

 

 

 森の中は俺でも肌で魔力を感じられるほど魔力に満ち溢れていた。

 だがそんなことで感動している暇はない。

 急いで探さないと。

 

 さっきの叫び声のした方向に一心不乱に走る。

 森はどこを見ても同じような景色で自力で帰るのはもう難しいだろう。

 

 「おーい! おーい!」

 

 声に反応して狼たちが集まってくるかもしれないが、そんなことに構ってられない。

 腹から声を出して探し続けた。

 

 「いやぁぁあああ」

 

 また聞こえた。

 またさらに焦りが増す。

 だけどこれは大きくなったから近づいていることは確かだ。

 俺は声のした方向に走り出した。

 

 

 

 

 

 本当に今日は散々だ。

 お母さんが旧友に会いに行くって言うからついてきたら迷子になるし……。

 案内してくれる男の子は現れたけど、その子に顔を見られた。

 母からは

 

 「私たちは誰にも顔を見られちゃダメよ。もし万が一見られたら、全力で逃げなさい」

 

 と教えられていた。

 捕まったらひどいことをされるとも。

 

 だから男の子に見られた時は頭の中が真っ白になった。

 そして頭の中が恐怖で支配された。

 周り全てが敵に見えた。

 右を見ても左を見ても誰もが私のことを見ているようで、怖くなって逃げ出した。

 

 早く、早く逃げ出したい。

 誰もいない静かなところへ行きたい。

 その一心で走り続けた。

 そして気がついたときには森にいて、周りにはたくさんの狼がいた。

 

 ここはどこ?

 どういう状況?

 いろんなことが頭の中をぐるぐると回っていたが、あることは確信していた。

 

 ああ、死ぬ。

 

 そう直感的に感じた。

 

 それからのことはよく覚えていない。

 必死で逃げた。

 服なんてもうボロボロで意味をなしていない。

 何度も転んだから全身傷だらけで、ひっかかれた傷もいくらかある。

 

 (狼たちは楽しんでいるんだ。私を狩るのを楽しんでるんだ。)

 

 恐怖で体の震えが止まる気配が一向にない。

 涙は逃げ出した時からずっと流れ続けている。

 途中までは何故かすごく足が軽かったけどそれももうなくなった。

 

 それでも私は逃げ続ける。

 どれだけみっともなくても逃げ続ける。

 死にたくないから。

 まだまだやりたいことがたくさんあるから。

 

 だから私は逃げ続ける。

 

 

 

 だけどそれももう終わりのようだ。

 背中には大きな岩。

 そして私を囲むように狼たちが少しずつ近づいてきている。

 

 もうどうしようもない。

 足ももう動かない。

 逃げる気力も無くなった。

 

 (はぁ……短かったなぁ私の人生)

 

 意識が薄れてきているのかただ単に涙のせいなのか、視界がにじむ。

 

 (あの男の子には悪いことしちゃったな。いきなり逃げ出したりなんかして驚かせちゃったかな。)

 

 1匹の狼が私に飛びかかろうとジャンプのために体勢を低くした。

 

 (せめて最後にお母さんに会いたかったなぁ)

 

 1匹の狼が私に飛びかかってくる。

 

 私は薄れゆく意識の中、死を覚悟して目をつぶった。

 

 「ファイヤボール!」

 

 意識を失うその瞬間、あの名前も知らない男の子の声がしたような気がした。

 

 

 

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 (やっと見つけた!)

 

 俺が見つけたあの子はまさに絶体絶命の状況だった。

 背後は大きな岩で逃げ道はなく、前と左右は狼に囲まれていた。

 彼女自身ももう諦めたのかへたり込んで目を閉じていた。

 

 まだ諦めるな! 今助ける!

 

 そう言ってやりたかったが、息切れで声を出すのも辛かった。

 

 

 そのとき、1匹の狼があの子に飛びかかった。

 

 (やらせてたまるか!)

 

 だがどうやって撃退する?

 俺は剣も何も持っていない。

 手ぶらだ。

 

 俺にあの狼を撃退することができる手段を持っているのか?

 

 いや、ない。

 

 前世での俺なら彼女を助けることはできず、無残に殺されるのをただ眺めるだけだっただろう。

 

 だけど今は打つ手はある。

 

 ないなら作り出せばいい。

 

 無から有を出す魔法。

 

 今の俺にはこれがある。

 

 まだ使っちゃダメと言われているが知ったことか。

 

 1人の命がかかってるんだ。

 

 説教なら後でいくらでも受けてやる。

 

 

 「ファイヤボール!」

 

 カラカラで痛む喉を無理やり動かし呪文を口にする。

 

 『ファイヤボール』

 ランクDの火の魔法。

 効果は名前の通り火の玉を投げつける魔法だ。

 

 魔法初心者で全然魔法を使えない俺が現在使える一番強い魔法。

 

 何もなかったはずの右の手のひらにドッチボールサイズの火の玉が出現する。

 

 それを思いっきり飛びかかっている狼に向かって投げつけた。

 

 俺の手を離れた火の玉はまるで吸い込まれるように狼の元に向かって行き————

 

 「きゃうん!」

 

 見事に命中した。

 

 いやまさか当たるとは思ってなかった。

 牽制して止められればって思ってただけだからな。

 これは嬉しい誤算だ。

 

 だが俺はこの世界の魔法の恐ろしさを改めて実感した。

 

 「がぁぁああああ!」

 

 燃えているのだ。

 ファイヤボールの当たった狼が。

 

 あれ? 

 魔法って当たったらそのまま気絶とかじゃないの?

 

 前の世界のアニメでよくあったのは、魔法に当たったらそれが火だろうが雷だろうが等しく物理攻撃されたみたいに吹っ飛んだり気絶したりするものだ。

 てっきりこの世界の魔法もそうだと思い込んでいた。

 

 だけどそんなことはないと思い知らされた。

 この世界の魔法は属性の効果をまるまる与えてしまう。

 今回は対象が火によわい動物だったっていうのも関係しているんだろう。

 

 火なら燃え、水なら濡れ、雷ならしびれるまたはひどいときだと黒焦げなんてことになるんだろう。

 

 確かにあの狼はあの子を襲おうとしていたんだが、ああやって苦しそうに燃え続けるのを見ていると罪悪感が湧き上がってくる。

 

 他の狼はそれを見て恐ろしくなったのか逃げ出した。

 

 「そうだ! 女の子!」

 

 魔法の威力に気を取られすっかり忘れていた。

 岩にもたれかかり気絶している彼女に近づく。

 

 「ねえ! 大丈夫?」

 

 声をかけるも反応なし。

 胸に耳を当て、鼓動があるか確認する。

 

 (良かった……死んではないみたいだ)

 

 しかし改めてこの子の全身を見てみると、傷だらけなのがよくわかる。

 擦り傷が身体中にあり、ひっかかれた跡も数箇所。

 早く助けに来れなかったことを悔やんでしまう。

 

 (でも……これで助かった)

 

 あとは帰るだけ。

 森からここまでほとんど一直線に走ってきたのでそれを逆走すればいい。

 方向は覚えている。

 

 (よし、まずはおんぶして――)

 

 「グルルルルル……」

 

 またもや狼の唸り声がした。

 

 慌てて振り向くとそこにいたのは先ほどの狼たち。

 

 (戻ってきていたのか……)

 

 変に安心している暇があったらさっさと脱出すればよかった。

 また後悔が募る。

 

 (いや……まだいる)

 

 ここにはいない、何か大きなやつが。

 

 明らかに1つだけ足音が大きい。

 

 ズシンズシンと地を揺らしている。

 

 (あれは……)

 

 森の奥から姿を現したのは、周りの奴らよりもひと回りもふた回りも大きな狼。

 

 しかも特徴的なのは口の両横から飛び出している刀のような刃。

 それはかなり大きく、片方長さ2メートルはあるだろう。

 

 (確かこいつは……サーベルウルフ)

 

 本で読んだことがある。

 この森の狼のピラミッドの中でも比較的上位にいたはずだ。

 あの狼たちが連れてきたのか?

 

 (くそ! どうするどうするどうする!)

 

 焦りと恐怖から身体が震えてくる。

 俺の魔法は確実にあいつには効かない。

 走って逃げてもこの女の子を背負った状態じゃ確実にすぐ追いつかれる。

 この女の子がいなくても逃げ切れるかわかったものじゃない。

 

 完全に詰みだ。

 

 (いや、なにかあるはずだ。なにか)

 

 必死で使えるものがないか辺りを見回り、頭で考えるが何も思いつかない。

 

 正直にいうと漏らしたり気絶してないのを褒めてもらいたいくらいだ。

 たとえ魔法や剣を覚えたとしても体は5歳児で、自分の意思に関係なくそういうのは起こってしまうはずだ。

 それに中身が30だとしても、こういう状況にあったことはないから他の6歳児がやるよりも優位に立てる、なんてことはないのだ。

 必死に考えている俺を嘲笑うかのようにサーベルウルフは一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 (くそ! くそくそくそくそ!)

 

 

 今まで痛めつけられたことはあれど奴らは俺を殺すことはないとわかっていた。

 いや、そう思い込んでいた。

 だが目の前にいるやつがやることは俺たちを徹底的に殺すことだけ。

 

 初めて感じる絶対的な死に恐怖で気絶しそうになる。

 でもそんなことはできない。

 俺まで気絶したら本当にそれまでだ。

 

 狼が大きく口を開け、俺らに噛みつこうとしたとき――

 

 「があっ!」

 

 「えっ?」

 

 サーベルウルフは突然横から飛んできた風の刃に綺麗に4つに切断された。

 

 そしてその切られた4つの肉片はそれぞれ燃え始めた。

 

 誰が見ても明らかに即死だ。

 

 狼が死んだ安心感と、新たな敵がきたかもしれないという焦りが同時に俺を襲った。

 

 木の陰から出てきたのは、この子と同じくローブを着てフードを深くかぶった人物。

 

 誰なのか全くわからない。

 

 

 「大丈夫? 怪我はない?」

 

 どうやら味方のようだ。

 

 味方がやっと来てくれた安心感で身体が立っていられないほど脱力する。

 

 そして俺はそのまま気を失った。

 

 「ちょっと! 大丈夫!?」

 

 気を完全に失う寸前、慌てた女の人の声が俺の耳に残った。

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