目を覚ますと毎朝見ている天井があった。
どうやらまた気絶してしまったらしい。
だいたい俺気絶しすぎじゃないだろうか。
気絶なんてそう何度もするようなものじゃないだろうに。
「そうだ! あの子は!?」
気絶する直前のことを思い出し、ベットからとびおきる。
ここに俺がいるということは、あのローブの女の人が俺たちを助けてくれたということだろう。
俺はいい。
全然怪我してないし、たくさん走って疲れたくらいしか被害がないから。
でもあの子は違う。
全身が傷だらけだった。
だから安否がどうしても気になった。
大丈夫だろうか。
傷跡とか残ったりしないだろうか。
あんな綺麗な肌なんだ。
傷跡があるのはもったいない。
もし傷跡が残ったりしたら俺は罪悪感を感じてしまう。
俺がもっと早く駆けつけていれば怪我も少なくなったのに。
こうしちゃいられない。
ヴィアなりベスなりに聞いて確かめないと。
俺はいてもたってもいられなくなり、ベットから降りて父さんの元に向かうため半ば飛び出すように部屋から出た。
「きゃっ」
「うわっ」
が、俺の部屋の真ん前に誰かいたようで思いっきりぶつかって俺も相手も倒れてしまう。
「いてて……大丈夫です――え?」
「うん……大丈夫。そちらこそ大丈――え?」
俺とぶつかったのはあのときの少女。
パッと見たところ、あの傷はすべて跡形もなく消えている。
まるであんなことがなかったかのように。
多分魔法で治してもらったのだろう。
本当に魔法ってすごいな。
俺たちはといえば、お互いがお互いの顔を呆然とした顔で見つめ合っていた。
向こうはなぜか知らないが、俺は目覚めたばっかりだし、急になんの心の準備もなしい目的の人物に会えたので頭が働かないのだ。
「おいジン起きたか――ってお前ら何してんの?」
結果この見つめ合いは俺らをベスが呼びに来るまで続いた。
「ジン、紹介する。こちら俺とアイリスの旧友のラミア・エスバルドと、娘のユリアだ。」
「ラミアよ。よろしく」
「……ユリアです。よろしくお願いします」
現在俺たちはアルフォード家とエスバルド家で向かい合ってご飯を食べている。
ヴィアは席を外している。
ベスは何もないように紹介しているが、正直俺は混乱していた。
今日俺が助けたのがユリアで、父さんの旧友の娘。
なんという偶然だろうか。
それにラミアは俺の予想が正しければ――
「あの……ラミアさんって俺たちを狼群の森で助けてくれたローブの人ですか?」
「あら、よくわかったわね」
「気絶する寸前に聞こえた声と同じでしたので。それに娘と同じローブをあの人はかぶってましたし」
「正解よ。あの時駆けつけたのは私。あなたからベスに連絡があった直後に私が到着したのよ。自分の娘のピンチに駆けつけないわけにはいかないじゃない?」
それと……とラミアは俺の方に体を向け、頭を下げた。
「ラ、ラミアさん?」
「娘を助けてくれてありがとう。あなたのおかげで大事な1人娘を失わずに済んだ。本当に感謝してるわ」
そういってあげた顔には真剣な表情しか映ってなかった。
年齢とか関係なく、あくまで対等な立ち位置で俺に感謝を述べていることがわかった。
そんな姿勢に俺は好感を覚えた。
「いえ……僕は当たり前のことをしたまでです」
「へぇ。ベス、あなたいい息子を持ってるじゃない。6歳とは思えないわ」
「いえそんな……」
「ふはははは! そうだろう、そうだろう。俺たちの自慢の息子だ」
「そうなのよ!それにね――」
それを皮切りにベスとアイリスは俺の自慢話をし始めた。
ちょっとやめてくれませんかね……。
そういうのは本人のいないところでやってくれ。
誉め殺しとはまさにこのことですよ。
しかもそのたびにラミアがこっちをニヤニヤしながら見てくるからすごい恥ずかしい。
「あの……」
恥ずかしさに耐えながらやけくそ気味でご飯を食べているとユリアから声をかけられた。
ちなみに両親とラミアは未だに俺の話をしている。
「ん? なに?」
「今日は助けてくれて……ありがと」
若干顔をそらしながら俺に礼を述べてきた。
「いいよ、当たり前のことをしただけだし。礼をされることはなにもしてないよ」
「でも――」
「お礼ならラミアさんにいってあげなよ。俺たちを助けたのはラミアさんなんだから」
実際俺は大したことしていない。
確かに1度狼から守れたが、それだけだ。
森から連れ出したわけじゃないし、狼を撃退したわけでもない。
それに今回はユリアのためにやった、というよりも見捨てることで俺が俺を嫌いにならないためにやった部分が大きい。
だからこれは自分のためにやったことだ。
そんな俺が礼を言われる筋合いはない。
さすがにそんなこと言ったら空気が一気に悪くなるから言わないけどな。
「ジン君って、素直じゃないね」
ユリアのさっきまでの一歩引いた態度は消え、人懐っこい笑みを顔に浮かべていた。
「え?」
「そういう時はなにも言わずにうけとってくれればいいのに」
「いや本当に僕はなにもしてないから」
「少なくとも君が来てなかったら私は死んでたよ?」
「いやでも……」
それに、とユリアは続ける。
「物分りの悪い子はモテないよ?」
「受け取ろう」
即答。
もはや条件反射と言ってもいいほど即答だった。
我ながら呆れる。
「……欲望には素直なのね」
「ぐはっ」
ユリアからゴミを見るような目で見られた。
なんかもう……穴があったら入りたい。
しょうがないじゃないか。
前世では皆無と言っていいほど女子と関わりがなかったんだ。
モテたいと思うのは当たり前じゃないか。
「でも……」
1人で誰に言うわけでもなく言い訳をしているとユリアが続けた。
「嫌いじゃないよ。そういうの」
ゴミを見るような目は消え、天使のような微笑みを浮かべていた。
「そ、そうか……」
「ええ」
「……」
いやなんでこうなってるの?
なんで俺が照れさせられてるの?
普通逆だよな?
落ち着け。
相手はまだ子供。
精神年齢は俺より圧倒的に幼い。
……よし、そう考えたら落ち着いてきた。
少し話してユリアという少女のことがわかってきた。
彼女はおそらく人見知りなのだろう。
出会った時おどおどしていたのはそのせい。
もしくは自分をいじめる敵かもしれないからビクビク怯えていた。
後者の方が強いかもしれない。
だから俺が彼女を助けたことで味方と認識された。
それに加えなにが原因かはわからないが、彼女に認められた。
だから本来の性格が出てきた。
いや、本当に男勝りだ。
俺よりかっこいいんじゃないか?
というかユリアは本当に俺と同い年なのだろうか。
かなり大人びて見える。
最初の頃はまだ6歳児らしい反応や話し方だったが、もう今は10代くらいのやつと話している感覚になる。
……まあ、こいつも苦労してきたってことなんだろうな。
この子供とは思えないほどの辛い目にあったおかげで達観してしまった。
耐え抜くためには子供のままでいると不可能だった。
まあ、すべて俺の想像だけど。
「ユリア、ジン君と仲良くなれたみたいね」
突然ラミアがこちらに意識を向けてきた。
「うん。この子いい子だし」
「ジン君。この子がこんなこと言うなんて滅多にないわ。喜びなさい」
「……光栄です」
いやそんなこと言われてもなんて反応すればいいかわからないんですが。
「それにしても本当にいい子ね。ユリアをあげたいくらい」
「は!?」
「ジンは嫌? 私は構わないよ?」
「いや、ユリア構わないって……」
「ダメだ! ジンはまだ誰にもやらん!」
「そうよ!」
いやだから逆だろって。
ラミアは簡単に手放しすぎだし、ベスとアイリスは親バカすぎ。
ダメだ、俺はこの親子に勝てる気がしない。
精神的な問題で。
ここは話題を変えて一時撤退しないと。
「え、えっと、ラミアさんたちはエルフなんですか?」
「ええ、そうよ」
「でも僕が本で読んだエルフとはだいぶ姿が違うような」
俺は前から疑問に思っていたことをぶつけることにした。
「勉強熱心なのね。多分ジン君が本で見たのはグリーンエルフね」
「グリーンエルフ?」
「1番数が多いエルフよ。エルフには3種類いるの。グリーンエルフ、ダークエルフ、そして私たちライトエルフよ」
ダークエルフはゲームとかで聞いたことあるけど、ライトエルフは聞いたことがない。
名前から察するにダークエルフの逆ポジションと考えればいいな。
だから肌も髪も白いのか。
「ライトエルフですか。普通のエルフと違いはあるんですか?」
「簡単に言えばダークエルフが魔族よりのエルフ、ライトエルフは神よりのエルフよ」
「なるほど。勉強になりました」
「いいえ。本当に勉強熱心ね。この子にも見習わせたいくらい」
「私は勉強なんか嫌いよ……」
そういってむくれるユリア。
というかこんな勉強したがる俺がおかしいんですよラミアさん。
これくらいの子は普通勉強は嫌いなものだ。
そっちの方が子供っぽくていいじゃないか。
「ユリア勉強嫌いなの?」
「嫌いよ。つまらないもの」
「そうかなぁ。新しいことを知れるのは楽しいけど」
「わからないわ。遊んでたほうがいいじゃない」
「まあ、そっちの方が多数派だろうけどね」
彼女と自然と会話が弾む。
特に長引かせようとする必要もなく自然と次の言葉が出てくる。
それにこの会話を苦と感じることもない。
こいつとはいい友達になれそうだな。
アルフォード家とエスバルド家の合同の食事会はそのまま経過していった。
その間俺はユリアとばかり話していた。
いや意外と楽しく話せるものだ。
心のどこかで同い年の奴らをガキと見下していたのかもしれない。
話しても話が合わないだろうなと思っていたが、意外とそんなこともなく楽しい時間を過ごせたと思う。
その間、親は親同士なにやら話をしていた。
「おいジン」
「なに?」
食事会ももうそろそろ終わりかなと思い始めた頃ユリアと話していると、ベスから声がかかった。
「ラミアとユリアちゃん、今日からここに住むからよろしく」
「……は?」
「お世話になるわね、ジン君」
「いやだから……は?」
急にさりげなく告げられた衝撃の事実。
この人たちは旧友であること人に会いに来ただけじゃないのか?
それがなんで一緒に住むってことになる?
「でも……なんで急に?」
「急じゃないさ。さっきからずっとそのことについて話してたし」
全く聞いてなかった……
ていうかそんな大事な話するなら言ってくれ
「ユリアは知ってたの?」
「うん。事前に聞いてたから」
まじか。
俺だけか知らなかったの。
「でも……なんでまた?」
「ラミアとユリアの家の近くにダークエルフが攻めてきたんだと。だから避難してきたらしい」
「私たちライトエルフとダークエルフは敵対関係にあるの。特に向こうが私たちをかなり敵視しててね。たまに攻めてくるのよ」
おいおい。
この世界はそんなに物騒なのか?
魔獣っていう共通の敵がいるからそれ以外どうしでは争わないと思ってたが、そういうわけでもなさそうだな。
「それは……災難でしたね」
「ええ。あの家を手放すのは心苦しかったけど……命には変えられないしね」
「お母さん……」
やはり住み慣れた家を離れるのは心苦しいのか。
彼女は悔しさで顔を歪ませていた。
ユリアはそんな彼女を心配そうな目で見つめる。
「今日からここがラミアさんとユリアの家って思えばいいんじゃないですか?僕もあなたたちのことを家族同然に思いますし。」
「息子に先に言われたのは不本意だが、俺も同じ意見だ。今日からここがお前たちの家。俺たちのことも家族と思って接してくれ」
「そうね。一緒に料理とかしましょ?」
俺たちアルフォード家の意見は一致しているようだ。
彼女らの家が襲われるのが嬉しいわけではないが、ユリアがこの家に住んでくれるのは素直に嬉しい。
同年代とか変われないのはやっぱりどこか寂しく感じてしまうからな。
「ありがとう……ございます」
「よかったね、お母さん」
ラミアは深々と頭を下げ、ユリアはそんなラミアに笑いかけた。
「お礼なんていらない。これから家族なんだから」
ほう。
たまにはいいことを言うじゃないか
「このことヴィアさんに言わないといけなくない?」
「ジンなに言っているんだ?あいつはもう知ってるぞ」
「え?」
いやだって……知らないはずでしょ?
「ああ、前に知らせといたの?」
「いやそうじゃなくて……」
「私ならずっと後ろにいますが」
「うわっ! びっくりしたぁ!」
「失礼します」
食事会が行われたその日の深夜。
アルフォード夫妻の寝室へ訪ねる人影があった。
「おお、ラミア。何か話があるらしいじゃないか。食事の時じゃダメだったのか?」
訪ねたのは今日訪れたライトエルフの1人、ラミアだった。
「ええ、子供達の前ではちょっと……」
「それで話って?」
ラミアは少し言いにくいのか口をつぐむ。
が、すぐに開いた。
「実はここに来る途中噂で聞いたのですが……国の貴族制度に反対している勢力が貴族を殺しているらしいのです」
「……なに?」
「それ……本当なの?」
アルフォード夫妻の雰囲気が一気に重くなる。
「あくまで噂です」
「でもまあ、俺たちは元冒険者で実力はある。そう簡単にやられたりしないさ」
「それが……そういう貴族対策に闇ギルドに依頼をしている時もあるらしく……」
闇ギルド。
非合法で作られたギルドである。
基本的に裏の仕事、ようするに殺しや暗殺、強盗などの依頼を受ける連中だ。
「闇ギルド……」
「なので注意してもらいたくてこうやって知らさせていただきました」
「ふん。闇ギルドだろうと簡単にやられるつもりはない。なんとしても子供だけは守りきるさ」
「その言葉を聞けただけで十分です」
ラミアは安心したように微笑んだ。
こうして夜が更けていった。