俺には兄がいる   作:deep

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もう一つの作品のリハビリ。
更新は不定期。


一話

 俺には兄がいる。

 

 

 

 名をベル・クラネルと言って、俺との間に歳の差はない。双子だ。

 

 容姿は白い髪に深紅の瞳という兎を連想させる見た目で、性格はひ弱で泣き虫で疑うことを知らないような、自慢にならない、自分の肉親ながら情けない兄だと思う。

 自分に兄という自覚があるのかないのか、故郷の田舎では、俺が散歩に幾度後ろをアヒルの子供のように『待ってよ~』と、言いながら付いてくる。俺が声を無視しても、黙って森の奥に居ても、対して堪えた様子もなくめげずにいつも向日葵の笑顔を顔に浮かべ手を振りながら走って来る姿はペットのそれだ。

 実は俺が先に生まれていた、と言われても大した驚きもなく、あぁ、やっぱりかと納得してしまう位には兄の威厳というものがベルには欠如していた。まぁ、だからと言って俺に弟の可愛さとか兄ような威厳があるわけでもないが。それに、ぶっちゃけベルにそんなのは求めていないし、ベルからも求められてもいない事も分かっている。そう言った意味ではやはり双子なのかもしれない。と言っても、双子らしい部分といえばそれと体格くらいのものだ。

 よく双子は性格や好みが似るというがあれは全くのデマだ。現にベルと俺は似ているところ探すより、相違を探した方がよっぽど簡単だ。何なら他人レベルでずれているまである。

 事実、俺はベルが愛読している俺達の爺さんが自作した【迷宮神聖譚(ダンジョンオラトリア)】が嫌いだ。内容が気に食わないとか爺さんが嫌いという訳ではなく、ただ単純にうんざりしている。口を開けば耳元で、あの英雄が―この英雄が―、と聞いてもいない事を満面の笑みで語り続ける兎のせいだ。おかげ様で【迷宮神聖譚】の内容が頭に刷り込まれてしまった。

 今、思い出すだけでも恐ろしい、あの兎の口から出る物語が、一度や二度ならまだしも三度四度と全く同じ内容が語られる度、俺は過去に戻っているのか? と考えてしまうほど頭が混乱した記憶がある。

 

 

 英雄。その言葉を聞けば、先の話から分かる通り俺は顔を顰め、ベルは口を開いて歓喜するだろう。

 

 ベルは英雄に憧れている。

 

 物心がつき気付けばベルと一緒に居た俺は知っていた。

 姫を助け出すシチュエーションとか、様々な仲間との冒険ではなく、英雄という在り方に憧れていることを。

 

 俺が六歳くらいの時、爺さんとベルに内緒で森の奥地に出かけた事があった。

 丁度その頃は、どれだけ邪険に扱っても後ろに付いてくるベルが鬱陶しく感じていたから、そんな危険な行為をしたんだっけ。

 思えばよく生きていた。

 たかが六歳程度の子供が踏み入った事のない森林の奥地でお手本のように迷子になったのだから。

 まあ、話の全容は恥ずかしい為、色々と省くがオチを言ってしまうと俺は助かった。

 いや、助けられたんだ。他の誰でもない、ベルに。

 迷子になった俺が森に住み着いていたゴブリン達に襲われて倒れこみ、容赦を知らないモンスターに醜悪なほほ笑みを見せつけられながら手に持っている棍棒で滅多打ちされようとした時、走ってきたベルが俺と振り下ろした棍棒の間に割り込んで代わりに攻撃を受けたんだ。

 正直な話、俺を庇った後もゴブリン達に反撃できず只々、嬲られ続ける姿はお世辞にも【迷宮神聖譚】にでてくる英雄のようにかっこよくは無かった。ゴブリンを追い払ったのも、その後すぐに来た鍬を振り回す爺さんだったし。

 ……けれど、仰向けに倒れる俺に覆い被さり顔の横に両手を柱のようにたて、ゴブリン棍棒を未熟な背に受けながらベルは、

 

『大丈夫、必ず僕が守るから』

 

 深紅の瞳を瞼の裏に隠し目を細めて笑顔で、そう言ったんだ。

 

 

 

 

 

 ベルをあまり知らない奴が見たならベルの印象は、弱々しくて脆そうで儚くて泣き虫で弱虫な英雄とは無縁の存在だろう。

 知っている俺からしても殆ど同意権だ。

 

 だけど、

 

 俺にとってベルは、弱々しくて脆くて儚くて泣き虫で弱虫で騙されやすくて英雄バカで無鉄砲で純粋で兎で、誰よりも優しい勇気のある。

 

 

 

 俺の―――

 

 

 

 

【英雄】だ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然ですが悩みがあります。答えを下さい。

 

 

 Q,足を今すぐ速くするにはどうしたら良いでしょうか?

 A,歩幅を大きくしたり、足の回転を早めたりするのを意識してみるのはどうでしょう。

 Q,それで30キロぐらい速くなりますか?

 A,貴方がかたつむりならあるいは

 

 

 結論:無理

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「………あ~どうするんだ? これ………」

 

 走る走る走る。

 足を忙しなく動かす。風を黒い髪に含ませ後頭に流しながら、頭の中で走るのと並行に行われていた自問自答の結果に軽く絶望を覚える。

 並走するベルの奇声に混じって聞こえる、今も後ろから距離を詰めてきている地を砕く足音に体が竦み上がってしまいそうだ。

 この状況の打開策が思いつかない。なんとかこのまま逃げ切ることは出来ないだろうか。

 走りながらチラリと後ろを見てみる。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 うん、無理。絶対無理。確実に無理。100%無理。直ぐ様グルンと前に向き直り、疾走する。

 背中を殴りつけてくる【ミノタウロス】の咆哮。比喩抜きにミノタウロスに向けている後ろ姿がビリビリと震える。見た目と事前知識から分かっていたことだが今の怒声で彼我の間に広がる実力差が理解できてしまった。

 絶対に勝てない。今の俺では万に一つも勝つ事は出来ない。

 というか本当に時間を掛ければあんなのを倒せるようになるのか? ミノタウロスが地に這いつくばってる姿が全く想像出来ないんだが。前に出たらプチッとされておしまいになりそうだ。

 想像しただけで吹き出てきた変な汗がこめかみから頬へと伝う。頬から顎先に溜まり流れ落ちていった汗を、後方に置き去りにして、さっきの想像を現実にしてたまるかと、強く地面を蹴る。

 

「おいベル。次どっちに曲がる」

「ええっ!? 僕が決めるの!?」

「迷ってる暇はないぞー」

「えっとえっと、右!」

 

 急に迫られてベルは慌てていたが、前に見据えていた分岐に近づいていくに連れ、俺の催促の意味が理解出来たのかやや迷いながらも答えを出した。

 ………多分、俺も聞かれたら右選んだだろうな。

 久しぶりに双子っぽい所が見つかったが全然嬉しくない。いやこの状況で喜べるほど楽観的な思考してる人なんか限られているだろうけど。

 隣を走るベルなんかがミノタウロスに追い掛け回される時の一般的な反応なんだろう。ミノタウロス追い回される時点で一般では無いと思うが。

 走りながらベルに視線を向けると、切羽詰まった表情で一心不乱に走り続けていた。

 あの表情を見るに頭の中では、

 

 

 ダンジョンにハーレムを求めるのは間違っているだろうか?

 

 結論。

 僕が間違っていた。

 

 

 とか、考えているのだろう。

 爺さんからの英雄になるためという名目の巫山戯た教えを忠実に守ろうとしているベルは恐らく、不純な動機でダンジョン潜り込んだ事を後悔している筈だ。

 かっこいい事全てに憧れる子供の頃ではなく、成長した今も英雄の冒険譚に子供のように憧れているベルに溜め息を吐きたくなる。

 

 でも、こんな子供のようなベルこそが俺の英雄だ。

 

 俺は自然とつり上がった口端に気付かないふりをして、改めて前を向いた。

 

「シン! 曲がるよ!」

「ん、わかってる」

 

 後10歩程と近づいてきた、右に曲がる道。

 ベルの注意を軽く受け止めながら、加速を落とさずに曲がれるよう心がける。

 イメージとしては右に曲がるのだから、曲がる瞬間、左脚に加速を溜めて体を右に向け直ぐ様飛び出すのが理想形だ。

 そうすれば速度を殺さずに最初からトップスピードで曲がれるはず。何も難しいことじゃない。

 

 右折するまで残り三歩。

 

 意識を集中させ頭の中で前に出す脚を最後、左脚になるよう数える。

 

 

 左脚 右足 そして左脚!

 

 

 体を右に転向。前に走ってきた力を全て左脚で受け止める。地面をガリガリと削りながらさらに力を入れ、前に進む力を完全に左脚に抑える。勢いを殺しきった体は右の道目前で制止。

 

(今!)

 

 左脚に溜めきった力で思い切り地面を蹴る。体が宙に浮く。右の道への方向転換が成功した。

 内心、上手く言ったことに安堵していた俺は加速の乗った右脚を直ぐに前に出して、走りだそう。そう、思っていた。

 

 目の前にそびえる光景を見るまでは―――

 

「う、嘘……」

「……!………はぁ~………」

 

 勢いに乗り、走りだすはずの体が止まる。隣に立つベルも同じのようだ。

 唖然愕然呆然。

 俺がツキの無さに溜め息を吐く中、隣に立つベルは信じられないものを見るかのように目を見開いていた。

 

「行き止まり………」

 

 ベルの口から漏れた呟き通り、目の前は壁だった。

 俺達の非力な力では傷もつけられないであろう硬く厚そうな壁。

 そのただの岩壁は、なんの変哲もない壁のはずなのに俺には、壁に憎たらしい悪魔の笑顔が張り付いているように見えた。

 

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