【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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42話 贖罪譚

  目を覚ますとそこには木製の天井。そういえば、誰に邪魔されるわけでもなく、自然に目を覚ませるほど眠れているのはここに来てからだ。外では平日は学校に一般人と共に行っていた。無論、学校の人間に彼の本職は一切告げられていない。

 ただ、家族を失った一人っ子と説明されていたはずだ。学校の無い日は、政府の人間の車に乗せられ体のメンテナンスを行われていた。それが終わって、家に帰れば武器のメンテナンスがあった。その時の彼は政府公認の暗殺者だったため、警察からのお咎めは一切なく。家の地下は武器庫のようになっていた。RPGから手榴弾、拳銃、狙撃銃まで、彼が必要だと告げれば政府から自衛隊の武器が少々彼の身体に合わされた状態で送られてくる。彼は暗殺者といえど身体は小柄な少年だ、その彼が妖怪の力も得ていなかった外にいた時は当然使用できる武器にも限りがある上に多少の大きさの調整が必要なものがあった。

 

 

「空...起きたんですね。体は大丈夫ですか?」

 

 

  彼は体を起こし、少し体を動かすことで身体に痛みや違和感のない事を確認すると、少し伸びをした後さとりの方に体を向ける。どうやら、先に起きていたようで、さとりは病室に設置された椅子に腰掛けて座っていた。

 

 

「ああ、大丈夫だ。ところで、俺はどれくらい眠っていたんだ?外は夜のようだが」

 

 

「今日が2日目の夜です」

 

 

  彼は頭を抑えると、一つ大きなため息を吐くと。体を動かす上で少し邪魔な包帯を気体に変えていく。

 

 

「まだ、安静にしていて下さい!あれだけの怪我なんですから...とりあえず永琳さんに目を覚ましたと伝えてきますね」

 

 

  そう言って、部屋を出て行こうとするさとりの後ろ姿を見て、彼は反射的に声をかけてしまった。

 

 

「なぁ」

 

 

「どこか痛いんですか?」

 

 

「いや、一つ聞きたいことがあるんだ」

 

 

  部屋を出ようとするさとりを引き止め、彼はさとりをベッドに腰掛けさせる。

 

 

「何故、俺の事を愛するんだ?家族として大切にするんだ?どんなに俺に愛を伝えても、どんなに大切な者として扱っても俺はそれを一切返せない事をお前は知っているはずだ」

 

 

  さとりはそれを聞くと、なんだ。そんな事かとでもいいたげにクスリと笑うと。彼の目を見据え、語り出した。

 

 

「確かに、知っています。でも、私にとって貴方はそれでも私は貴方を愛したいし、家族として大事にしたいんです。何故なら、貴方が初めて私の能力を恐れなかった人だから、初めて私を守ってくれた人だから....。恐れる事が出来ないんだと、そう言われれば、ただの恩返し、そう言われればそれだけかもしれません。でも、それでも凄く...嬉しかったんです。他の妖怪には、人には一体どれだけ恩をうっても返してくれませんから。逆に恩を返したいから家に来てくれと言われてそのまま陵辱された事もあります。それ程までにこの能力は恐れられているんです。私も心を閉ざそうかと考えた事も何度かあります。でも、それをしてしまえば、こいしが孤独になってしまう。残された唯一の家族を自ら置き去りにする事は絶対にしたくなかったんです」

 

 

  さとりはこの場にはいない筈のこいしを見えているかの様に、窓の外に広がる世界を眺める。

  そんなにも辛い過去があったなんてと、そう告げることは彼には出来ない。彼に同情は不可能。何故なら、もしも自分が同じ境遇だったらどれだけ辛いだろうか?という思考が出来ないからだ。どれだけの状況に陥ろうが彼は何も思わない。ただ、淡々と受け入れるのみ。

 

 

「だが、生まれてからずっとその扱いを受けてきたなら。お前も感情がわからないんじゃないか?お前の今抱いている感情は恋なのか、それとも別の何かなのか」

 

 

  彼はまた、さとりに問いかける。確かに、それだけの境遇なら、絶対に他人を好きになることなど出来ない。恋をするだけの心の余裕も無いだろうし、してしまった後、その対象がどうなるかなど。考えずとも想像に容易い。

 

 

「そうですね。私も最初はこの感情が恋だとは思っていなかったんです。最初は尊敬だろうと、そう思っていたんです。でも、時間が経つに連れてそれは違うとわかってきたんです。何故なら、

 

 

  何故か、さとりはそこで言葉を切り、空のベッドに腰を掛け、靴を脱ぐと、空を押し倒し、その上に馬乗りになる。

 

 

「貴方にあうたびに、慣れないお洒落をしてみようと思ったり、少し派手な下着を着てみようと思ったり、胸が痛くなるほど高鳴ったり、それに

 

 

  そこでまたさとりは言葉を切ると、彼の顔に近付き、その唇を強引に奪った。さとりは顔を赤らめながら目を瞑り、キスを終えると小悪魔の様な笑みを浮かべて彼を見下ろす。

 

 

「こんな風に、少し淫らになってしまいますから」

 

 

  そのキスを受けた空は特に何も言わず。状況を整理していた。正直、上手いとは言えないキス。ただ、それにはこれまで感じたことのない暖かさがあった。

 

 

「そうか、なら俺も少しは答えてみようか?」

 

 

  空はそういうと、馬乗りになっているさとりの首に手を回し。体を起こし、顔を極限まで近づける。

 

 

「何を...?」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

  空は頭を2、3度おおきく振り、体を捻るとさとりとの位置を入れ替え、寝台から立ち上がる。それを見たさとりは不安そうに口を開く。

 

 

「まだ寝てて下さい」

 

 

  空と位置を入れ替えられたさとりも寝台から立ち上がり、空の手を取り、彼を引き止める。

 

 

「本当にもう大丈夫だ」

 

 

  少し笑顔を浮かべながらそういうと、空は枕元にあった紙袋に手を伸ばし、何の躊躇いもなく乱暴にこじ開ける。

 

 

「なにがあるんですか?」

 

 

「薬だな。恐らくは」

 

 

  紙袋に手を入れ、その中に入れられていた透明な液体の入ったボトルと、それを打ち込む為にあるのであろう傷ひとつない注射器を光に晒し、不純物の有無を確認する。

 

 

「貰っておくか」

 

 

「永琳さんが置いてくれていたのでしょうか?」

 

 

  空は、さとりの読心に警戒しつつ夢であろうものに出てきたユウを思い出す。彼は確かに枕元にプレゼントを置いておくと言っていた。ただ、それが本当に置かれていたとなると、あれは夢では無かったという事になる。そして、何よりも危惧すべきなのは。ユウは空が昏睡状態の時に枕元に物を置けるほどの距離にいたという事だろう。

 

 

「まぁ、そう取るのが無難だろうな」

 

 

「それは、本当ですか?」

 

 

  さとりから返って来たのは想定外の答え、訝しげに彼の瞳を覗き込むさとりの目に、曇りは無い。

  さとりの読心に対する警戒を一瞬でも忘れるような失敗はしていないはずだ。ならば、なぜバレたのか。いや、これは鎌をかけている可能性もある。

 

 

「なんで、そう思う?」

 

 

  妙に時間を開けるのも怪しまれる。という事で、バレかけている理由を模索しながら彼はさとりに怪しまれないであろう問いを投げ返す。

 

 

「人は嘘を吐く時癖があるんです。ただ、外見上のものでは無いんですが。心が妙にブレるというか」

 

 

「成る程、ある程度読心の警戒はしても心の挙動程度なら見えるか」

 

 

 空は無感情に告げる。そこにはやはり怯えもなければ恐怖もない。

 

 

「気味が悪いでしょう?これが覚妖怪です」

 

 

  自嘲気味な笑みを浮かべながらさとりは言い放つ。

  確かに、驚異的な能力だ。これで腕力まで強ければ本当に対抗勢力がいなくなるほどに強力だろう。

 

 

「1つ俺からも伝えておこうか。折角さとりから愛の告白を受けたんだからな。俺も少しぐらい語ってもいいだろう。俺の思いという奴を教えてやろう」

 

 

  自らが言ったことだが、当の本人に面と向かって言われると流石に恥ずかしいのか、さとりは少し頰を紅潮させながら少し真面目な表情になる。

 

 

「まるで、俺がお前を気味悪がって逃げるんじゃないかと思っているようだが。それは無いとここで言っておこうか。確かに、最近さとりの近くに居れなかった事は悪いと思っている。ただ、少し考えてみてくれ。俺には感情が無い。という事はだ、全てを論理的に、一切の情を挟まず考えられるという事だ。そしてお前は俺に住む場所を提供してくれた。なんで態々お前から離れて自分で暮らそうとするんだ。例えさとりの読心で俺の過去がバレるなんて事は正直既にどうでも良い。それに、警戒さえしていれば同族なら読心は防げる。ということはだ、お互いにある程度のプライバシーは守られるわけだ」

 

 

  そこで空は一息吐くと、さとりの手を取り戸を開け、部屋を後にすると空高くに飛び上がる。背中に視線を感じたが、恐らく見なかった事にいしてくれたのだろう、追ってくる気配も声もかけられない。一直線に迷うことも無く夜空へ、眼下に広がっていた竹林は気づけば暗闇に紛れ形を失い、空の灯りが近付いてくる。妖怪の山と竹林の先には明かりが灯っているがそれすらもすでに星の様に小さく輝くのみ。

 

 

「空をこんなにしっかりと見たのは久しぶりです。夜はどれだけ経とうがこんなにも綺麗なんですね」

 

 

  星のような輝きに囲まれ、さとりはいつか見た景色を眺める。それを共に見る空は何も言わず、そっと夜空に手をかざし、目を閉じる。

 

 

「続きを話そうか」

 

 

  手を下ろし、さとりを見つめ、ゆっくりと目を開く。

 

 

「1つ忘れているようだが、俺も覚妖怪だ。経験は浅すぎると思うが、それでも、同じ種族なんだろう?なら、感情の無い俺が言うのもアレだが、お前を苦しませたく無い」

 

 

  さとりは冷静に状況を判断していた。感情が、ブレている。読心の警戒はしているようだが、少しおかしい、初めて会った時には、最後に会った時にはこんなブレはなかった。

 

 

「それは、告白として受け取っても良いですか?」

 

 

「駄目だ。俺にお前を愛する資格は無い。愛されるのは仕方がないだろう。だが、俺は罪人だ。到底許されるべきではない。せめてもこの罪を贖い終えてからにしてくれ」

 

 

「では聞きます。何処まですれば、あなたの罪は贖い終わるんですか?」

 

 

「やはり、嘘が通じなくなってきているな」

 

 

 空は少し悲しそうに笑うと。さとりの手を両手で強く握る。

 

 

「何処までもだ、きっと満足する事は無いんだろう。どれだけ贖っても俺の罪自体は消えない。永遠に残り続ける。まるで火傷の跡のように」

 

 

「なら、もう良いじゃないですか」

 

 

「良くないさ。俺が殺した者の中にはきっと、愛する人がいた者も居たはずだ。愛しい家族が者も居たはずだ。その全てを奪った俺に、それを手にする権利は無い」

 

 

 無駄な事だとはわかっている。例え、そんな事をしても俺の罪が消えるわけでは無い。当然だ。だが、それでも気休め程度にはなる。

 

 

「贖罪...その為なら自らの全てを捨てれますか?」

 

 

「ああ、捨ててみせよう。全て、この命すら。この呪縛から解かれるなら」

 

 

「人に不幸を与え続けたなら、それだけ他人を幸せにすれば良いじゃ無いですか。幻想郷に来て、何人の人を救いましたか?感謝される事は素晴らしい事だと、気付けたんじゃ無いですか?」

 

 

 空は口を閉ざす。

 思わなかったわけでは無い。事実そう思った事もある。だが、そこには死があった。人を救う為に人を殺した。そうして感謝されたところで、救われた側は幸せになったかも知れない。だが、殺された側にも家庭が、仲間がいただろう。この世界に、絶対的な正義は存在しない。一方を幸せにすれば一方が不幸になる。まるで天秤の様に。

 

 

「だが、俺は...」

 

 

 さとりに腕を引かれたかと思うと、強く抱きしめられる。

 

 

「もう、良いんですよ。貴方は充分過ぎる程に自らを傷付けた。もう、幸せになっても良いんです」

 

 

 おかしい、何かが頰を伝って落ちる。雨でも降っているのかと思い、空を見上げるが、星の輝きがぼやけて見えるだけで、雲一つない。その何かが、さとりの肩を濡らしていく。

 

 

「ああ、なんだよこれ。おかしいな、感情は無かったんじゃないのか?」

 

 

 さとりも何故か泣いている。いつからだったか、読心の警戒を忘れてしまっていた。きっと、過去を読んで、俺と同じ経験を体感したんだろう。バレたくないことまで、全てバレてしまった。面白い話だ。感情のなかった少年が、忌嫌われた少女と出会い。感情を取り戻す。こんなにもありきたりな、まるで何かの物語の様なことがあるだろうか?

 

 

「私と一緒に始めましょう。貴方の贖罪譚を、どれだけ時間が掛かったとしても私は貴方の側にいます」

 

 

 空もゆっくりとさとりを抱きしめる。さとりの少し、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 

「ああ、負けたよ。俺の負けだ。どうか、その物語が終わるまで、俺のそばにいてくれ。俺も、お前の側に居続けよう。終わりの時まで」

 

 

 闇に包まれた空の中、抱き合う2人の妖怪を。星々は祝福するかの様に見守り続ける。だが、地上の光はもう寝る為か消えていく。

 ああ、やってしまったと。自らの信じた贖罪の形を捨てた少年は苦笑いを浮かべ、涙を流す。対する忌嫌われた少女は、幸せそうに笑いながら涙を流す。これから、どれだけ残酷な未来が待とうとも、この制約は2人を縛る。ああ、それはそれは滑稽で、残酷で、愉快で、愚かな。あまりに寛容なこの世界に沿った出来すぎた話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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