【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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今回は8000文字程度です。



43話 平和

 あれから、既に数日の時が経つ。彼の傷は完全に癒え、今となっては妖力の回復を待つのみとなっていた。

 

 

「妖力の回復といわれてもなぁ。今だに妖力というものを実感したことがないからよくわからないんだが...」

 

 

 生い茂る竹を見上げながら、うつろはさとりと談笑している。

 

 

「確かに、そうですね。うつろは弾幕ごっこせずに純粋な力で戦っていましたからね...」

 

 

 要は脳筋であったと言う事を暴露され、うつろの顔が軽く歪む。言われて嬉しいものではない。

 

 

「名前、本当にそのままで良かったんですか?私が考えることも出来ましたけれど」

 

 

 うつろは、あの夜空で誓った後。名前を古明地 うつろと言うものに変えていた。さとりは秦 さとりと名乗りたいと言っていたが。まずまずそれは偽名であり、本当の名は無いと告げ。古明地の姓を空が貰い。さとりやこいしに習い、うつろとひらがな表記に変えることで落ち着いた。

 

 

「いや、突然名が変わると周囲が困惑するだろう?だから平仮名に戻すだけで良かったんだ」

 

 

 それに、と言って。付け足そうとしたが、敢えて飲み込み。言わなかった事がある。さとりはネーミングが壊滅的だった。地霊殿にいた際、歩いていた犬のネームタグにわんわんと書いてあった時には衝撃を受けた。たしかにわんわんで間違いは無いが、それを名前にするかと言う話だ。その勢いで名前をつけられれば何が起きるか。うっつーの様な、聞き返したくなる様な名前が付けられかねない。

 

 

「今、凄く失礼な事考えてないですか?」

 

 

「い、いや。そんな事は無い」

 

 

 気付けばさとりが進行方向に立ちふさがり、頰を膨らませながらサードアイと共にこちらを見上げていた。まるで、子供の様な仕草に少しの違和感も感じないのはその風貌の所為だろうか。

 

 

「嘘ですね」

 

 

「聞くと傷つくからやめておけ」

 

 

 腕を振りながら苦笑。なんでも無いさとでも言いたげにはぐらかす努力をする。

 平和な、あまりにも平和な日常。笑い合う人がいる事も、自由に外を歩く事も、昔では考えられなかった。俺の様な罪人が、こんな日常を過ごして良いのかと、未だに悩むが。さとりの幸せのためだと、他人の幸せの為だと思えば、それも贖罪だと。そんな、利己主義的な考えが、贖罪意識をかき消していく。

 

 

「そんな変な名前にはしませんよ!」

 

 

「例えばどうする気だったんだ?」

 

 

「そ、それは...うっつーとか」

 

 

「やめてくれ...」

 

 

 全く嬉しくは無いが、勘が当たった。うっつーと言う名前の人間は聞いた事がない...なにかのゲームのキャラのニックネーム的な感じならば許されるだろうが。本名にするのは流石に駄目だろう。

 

 

「もう存分にいちゃついた?」

 

 

 迷いの竹林と呼ばれるここの散歩にはやはり妹紅が居なければならないらしく。先程から、ずっと前について居たが特に何も言っていなかった彼女も耐えかねた様に苦笑しながら。後ろを振り返る。

 

 

「い、いちゃついてなんかいませんよ!」

 

 

 さとりは顔を真っ赤にしながら、否定するが、説得力がまるで無い。

 そういえば、さとりは、あの告白を俺が受けてからと言うもの、よく笑うようになった。いや、笑うだけでは無い。様々な感情が表に出て来ている。

 

 

「そうかい、そうかい」

 

 

 そうして、苦笑しながら正面に向き直った妹紅が突然片腕を広げうつろとさとりを制止する。

 

 

「おい、どうした」

 

 

 何があったのか不思議げに前を見ようとするさとりを制し、少し屈んで妹紅の視線の方向を見る。そこには、四つん這いになって何かをしている人間型の者の姿があった。

 

 

「様子を見てくる」

 

 

 そう言って、四つん這いになっている何かに向かっていく妹紅の服の袖を引き、引き留める。

 

 

「いや、俺が行こう」

 

 

「私は不老不死だ。あれが何であっても絶対に死なない」

 

 

「いや、不老不死であっても、洗脳は効くだろう?いざという時に相手が不老不死では分が悪過ぎる」

 

 

 突然うつろの口から発せられた洗脳という言葉に、妹紅の顔が引き締まる。確かに洗脳ならば不老不死は関係ない。だが不老不死というのは死なず、年を取らないというだけで。決して無敵という訳ではない。精神はあるし感情もある。そのため精神を病み自殺しようとしても死なず。人形のようになっていた時期もあった。大切に思っていた人々が、寿命で死んでいく中、私一人取り残される。それを味わいたくないがためにこの竹林の中で今は他人との関わりを可能な限り遮断している。

 

 

「さとりを頼んだ」

 

 

 そういうと彼は四つん這いになっているナニカに近づいていく、気づけば片手にはデーザートイーグルが握られている。

 即座に発砲可能な状態で作り上げたため、トリガーを引くだけで辞書一冊を優に貫通しうる銃弾が硝煙と共に敵対するものを貫く。勿論、一発でどれだけ強靭な人間でも死を迎える。

 

 

「おい、どうした?」

 

 

 四つん這いになっているナニカは全く反応示さない。先程の距離では聞こえなかったが、咀嚼音が聞こえる。一体何を咀嚼しているのか。

 

 

「おい、聞こえないのか?」

 

 

 既に距離は5メートルを切った。銃を構え、いつでも発砲可能な状態で近づいて行く。どうやら頭を下げて、犬のように何かを食べているらしい。肉を千切る音が聞こえ出した。

 

 

「こちらを見ろ」

 

 

 その直後、銃声が響く。鼻につく硝煙と、目を焼く銃口炎、腕をおりかねない反動が彼を襲うが、妖怪と化し身体が強化された彼には問題ない。

 一方、それを始めて目にし耳にしたさとりと妹紅が背後で息を呑んだ。彼が、威嚇で撃った銃弾は近くの竹の根元に直撃し、土埃をあげていた。

 

 

「ああアaaaaaa?」

 

 

 流石に背後を振り返ったナニカの口とは真紅に染まっており、目は赤く充血し、口からは血の混ざった赤いよだれが垂れている、見た目は完全に人間だ。そしてその足元には人間の少女、喉が裂かれ、乳が食い千切られている。

 

 

「コkokokokokokokokooロloloす????su」

 

 

 突如右手を振り上げ、彼に奇声をあげながら飛びかかる。振り上げられた右手が突然肥大化、木の幹にも匹敵するかの様な大きさになり、地面を叩き周囲の竹を揺らす。

 

 

「妹紅!動くなッ!」

 

 

 瞬発的に彼を助けようと動きかけていた妹紅を、うつろは制止。瞬間、4発連続で発砲音が竹林に響き、平穏を破壊された鳥たちが四方へ何の統率もなく飛び去っていく。その中で、ナニカは、器用に両手両足の付け根を撃ち抜かれ、まるで皮膚が糸の様に何とか繋ぎ止めているあまりにも滑稽な姿で仰向けに倒されていた。息をつく間もなく銃口を額に合わせトリガーを引く。装填されていた銃弾が、圧倒的な反動と共に火薬で一気に加速し、額を貫き地面に脳漿をぶちまける。そのまま銃口を下ろし左右の胸に一発ずつ撃ち込み、完全に絶命したのを確認。

 

 

「妹紅、こいつは妖怪か?」

 

 

 妹紅に振り返り、拳銃を下ろした瞬間だった。背後で食われていたはずの少女が突然動き出し。突如体から生やされた棘が、うつろの体に突き刺さり、直後その棘の中から何かが侵入してくる感覚。

 半ば本能的に短剣を作り、刺さっている棘の部分を乱暴に切り裂く。肉が少し抉れた気がしたが気にしてはいられない。そのまま背に棘を残し妹紅の所まで下がる。

 

 

「すまない、気を抜いた。棘を抜いてくれ」

 

 

 行くぞ?という確認の後、棘が引き抜かれる。鋭い痛みが走るが、特に問題は無かった。即座に、損傷した部分を正常に変更していく。

 

 

「傷が...」

 

 

 目の前で起きている現象を信じられないとでも言いたげに、さとりが呟く。

 無理もないだろう。側から見れば、傷が跡形も無く消えたように見えるだろう。覚妖怪に超回復は備わっていない。どちらかと言われれば回復が遅いほうに分類されるだろう。

 

 

「能力の応用だ。心配するな」

 

 

「能力は超回復?」

 

 

 妹紅が少し警戒しながらうつろに、声をかける。表情と声色には出していないが、覚妖怪の前では無意味。だが、その感情は見なかった事にした。今はそれよりも優先されるべきことがある。気づけば、少女だったものは膨張し、黒い塊となっていた。そのナニカに対し、うつろは短剣を投擲、宙で回転しながら凶器が塊に触れた瞬間。シャボン玉のように破裂し、赤黒い水が地面を穢していき、その中から完全に少女の形を失ったナニカが現れる。それは産まれたての胎児の様に地面に伏していたかと思うと、赤黒いものを滴らせながらゆっくりと立ち上がる。両手は黒く変色し、死神の鎌のごとく艶のある凶器に変貌し、首は異常に引き延ばされ重力に耐え切れなかったのか、前に垂れている。頭部と思わしき場所には黒髪が垂れ、その隙間から赤い複眼と、人間の口がのぞいている。足は人間だったころの面影か、二息歩行だが、重さを支え切れていないのか、骨が肉を割いて露出し、そこを筋肉が覆っている。

 

 

「化け物だな」

 

 

 ちらりと後ろに目をやると、さとりが地面にへたり込んでしまっていた。恐らくは、読心をして痛みに悶えるあの少女を見てしまったのだろう。まるで、凌辱された聖処女の様に自らの腕を抱え込んでしまっている。その横にいた妹紅は眼前で起きている事態を信じられないのか。口を開けて放心している。

 

 

「妹紅」

 

 

 返答なし。

 

 

「妹紅ッ!」

 

 

 怒号にも似た声を上げ、妹紅を現実世界に引きずり戻す。逃げるにしても、戦うにしても妹紅には意識を保ってもらわなけらば困る。幸運か不運か正面の化け物はまだ、こちらに興味を示してはいない。だが、時間の問題だろう。いざ、戦闘になった後に他人をかばいながら戦える相手ではないと気づいてもそれは意味がない。まだ、この元少女がどれだけのスペックを秘めているかわからない。警戒は最大限に、考えられる可能性はすべて考慮する。

 

 

「ごめん、逃げる?」

 

 

「いや、恐らくこいつは殺されるか何かで感染するんだろう。ここで誰かが食い止めないと恐らく村に降りて状況が悪化する。さとりを連れて、永琳に状況を伝えてくれ。俺も後から追う。もし、俺がこいつに喰われたか、感染していると判断した場合は、殺してくれ。死んでいたらすまなかったと伝えておいてくれ」

 

 

 さとりは未だに震えている。この声は届かないだろう。無論、死ぬ気はないが。念には念を入れることに越したことはない。

 

 

「気を付けて」

 

 

「ああ、行けッ!」

 

 

 その声に押されるかのように、妹紅はさとりを抱き上げ竹林の中を走っていく。それに反応して異形が鎌首を上げ、追いすがろうとする。だが、その行為は失敗に終わり前に倒れこむ。

 

 

「俺が相手だ」

 

 

 地面に寝たまま顔を上げその顔についた紅い複眼に正面に立つ小さな少年を映し出す。

 

 

「んんんんンンnnnnnn?」

 

 

 声を上げ、黒い鎌を振り、少年を切り裂こうとするが、次は視界が封じられる。いったい何が起きたのか。理解が追いつく前に激痛が走る。目が見えない、視界が封じられたのではない。複眼が、彼の手にした銃に撃ち抜かれ、鮮血を噴き上げている。すぐさま回復し、視覚を取り戻すが、そこにすでに少年の姿はない。刹那、腕の関節部分から先が切断される。背後を振り向いた瞬間、そこには銃を二丁両手に構え、待っていたかのように目の位置に置いてる少年。危険だと判断し、ちぎれた腕を戻すまでの時間を稼ごうと後ろに飛ぶが、それすら見越されていたのか、足元にピアノ線が張られており、またしても転倒。視界の端で少年が両腕を引いたかと思うと関節部分にピアノ線が滑り込み、両足を切断。接近を拒むために、回復した両腕を振り回す。周囲に立ってい竹がまるで冗談のように切り裂かれ、様々な方向に倒れこみ、地面は抉られる。そんな中で少し感覚が違うものを切り裂き、液体状のものが付着し、勝利を確信し回復した足を使い立ち上がる。

 

 

「はははハははhahaha」

 

 

 周囲にもたらされた、圧倒的破壊を目の当たりにし、満足そうに雄たけびをを上げる。だが、自らの鎌の手入れを始めたときに異変に気付いた。味がおかしい。鉄の味がしない、あの血液の味が全くしない。初めて感じる味だった。これが妖怪の血かと自己解決し、手入れを続行する。手入れを終え、先に逃げたあの妖怪を追おうと竹林を歩き出す。そんな畏敬の背後から、金属音、その後ポンという軽い音が響いたかと思うと。爆炎に身を包まれる。

 

 

「は?ハハハハハhahaah?あつい、あついアツイアツイッ!!」

 

 

 身もだえしながら、鎌を振りまわし、火を消そうと試みるが全く消える気配がない。自らの体が焦げていく感覚。周囲に焦げ臭いような酸っぱいような独特な臭いが漂う。そんな中、一瞬見えた黒い影に、口を開き、針を突き刺す。しかし、刺さった感触がない。

 

 

「対策しないわけがないだろう?やはり、異形になっても焼かれた後のにおいが変わらないあたりそこまで大きな県下ではないのか」

 

 

 針がしまえない、そう思った時にはすでに遅く、火の勢いが収まり少しずつ視界が開けたときそこにはマッチをもった少年の姿。そして、少年の周りに突然水が現れる。刹那、体が内部から爆裂、周囲を巻き込みながら、竹を焼き、地面には肉片が飛び散り、その中に水から解放された少年が降りる。重力に逆らえなくなった水が触れた地面の温度とつりあおうと、蒸発していく。

 

 

「まぁ、この程度か」

 

 

 周囲に散乱している肉片を確認し、自らにできた裂傷痕を能力で消し去っていく。一通り傷を治し、永遠亭を目指そうと歩き出した時だった。背に激しい痛みが走る。声もあげれずに蹲り、血を吐き出す。

 

 

「なんだ?ナンダ?」

 

 

 思考が定まらない、目の焦点が合わず世界が歪む。激しい頭痛、腹痛、体中の筋肉が、臓器が悲鳴を上げる。

 しかし、それは数秒後に嘘であったかのように消えた。能力の副作用を疑ったが、それならば天狗の拷問の際に起きるはずだ、あの時の方が確実に無理をしていた。となると、考えられる可能性は一つ、自らが感染した可能性。だが、それならばこの姿を保っていられるわけがない。先ほどの少女の様に異形と化すはずだ。となると、感染までに必要な量を入れられる前に、切り取れたことにより奇跡的に回避したか、根本的に免疫を持っていたという二択になる。だが、外の世界であのような症例は見たことがない。となると、やはり前者だったと考えるのがいいだろう。どちらにせよ、感染は回避できた。

 

 

「こんにちわこんにちわコンニチワ、こんコンコンニチわワ?wawa?」

 

 

 咄嗟に背後を振り返り、目が追いつく前にデザートイーグルを発砲。銃声が轟き、対象を四散させる。だが、それはミスだった。四散し、周囲に飛び散った破片が蠢き、個々に動き出す。

 

 

「次から次へとッ!」

 

 

 周囲の温度を強制的に上昇、竹が炭化し周囲が自然発火する程の高温。その中で、破片が干からび、完全に生命活動が停止したのを確信した後に解除。直後、背後から蜂独特の羽音。背後に振り返り、長剣に変更したデザートイーグルで眼前に迫っていた毒針をいなし、胴体を二つに切り裂く。蜂の顔に付いた人間の目が驚愕に見開かれ、そこに長剣を突き刺し、確実に命を刈り取る。

 

 

「さとり...!」

 

 

 突然妹紅の向かった方向へと走り出し、両の手にはデザートイーグル。彼を止めようとするかのように飛びかかり、斬りかかる虫が次々に硝煙と共に血飛沫をあげ、断末魔と共に命を散らす。全ての銃弾はまるで吸い込まれるかのように急所に撃ち込まれ最低限の労力で最大限の破壊をもたらしていた。やがて、正面に虫の群れを見つけ、両の手のデザートイーグルを巨大な鎌に変更。走り込む勢いで独楽の様に1回転、周囲の虫が一瞬にして二つに裂かれる。間髪置かずに鎌を消し、気色の悪い声をあげながら前方に行進する群れに破砕手榴弾を3つ投げ込み、妖力を使い飛翔。肉片の雨の中を虫の体液で染まった竹をかわしながら前へと進む。

 前方で紅炎が空を焼いた。

 

 

「そこか」

 

 

 一気に速度を上げ、両の手にデザートイーグルを作り直す。その足に、何かが絡みつき、彼の四肢が地面に叩きつけられる。突然の攻撃に受け身も取れず、血を吐き足に絡みついた蔦を切り裂き、傷を元の姿に変更し、無かった事に。正面に立つ、人間の顔面を最大限大きくし、その口をウツボカズラの様に抉り深くした状態で極端に小さな足で歩行して居る異形を睨みつける。言葉もなしに、髪が突如として異常な成長を遂げ、彼の四肢を拘束しようとするが全てが無駄のない短剣の動きで切り裂かれると、一瞬で異形に肉薄。四肢を切り落とす。

 バランスの取れなくなった体が倒れ込み、ウツボカズラの様に発達した部分からこぼれ出た液体が肉の焼ける音を発しながら本体を溶かしていく。

 それには一切目もくれず、彼は繰り返し爆裂する紅炎に向かい駆け出す。

 

 

「耐えてくれよ」

 

 

 脳の回転速度を2倍、心拍をそれぞれ2倍にし一気に遅く見える様になった世界を神速にも似た速度で駆け抜ける。

 一瞬で妹紅とさとりの姿を捉え、必死に光弾を放って抵抗するさとりと爆煙を吹き上げながら不死鳥を身に纏い、敵を焼き払い、前線を守る妹紅の姿が目に入る。だが、人間の胴体を強引に伸ばし、大量の腕と足が百足の様に生え並んだ巨大な異形に苦戦していた。

 

 

「妹紅、さとりッ!伏せろ!」

 

 

 その声に気付き、うつろの姿を見て目を見開いた妹紅が一拍遅れていたさとりを押し倒す事で伏せる。

 怒号にも似た声を聞き、こちらに気づいた百足の異形が人間の歯が歪に並んだ百足らしくない口を打ち鳴らしながら向いた瞬間、彼の手から何かが放られ、口の中に吸い込まれていく。うつろはそのまま百足の横を走り抜け、妹紅のとさとりの居る場所に滑りこむと、周囲を巨大な石の壁で覆い、左手に握ったボタンを押し込む。

 刹那、爆音と激震が簡易シェルターと化した場所を襲うが、シェルターには奇跡的に爆風も超高温の熱波も侵入せず、3人の身を守りきる。

 周囲からの音が静まったのを確認し、能力を解除。人の肉の焼ける酸っぱい様な臭いが3人の鼻腔を襲う。地面は深く抉られ、上部が吹き飛ばされ、爆発しきる事が出来なかった百足の下の部分が地面に倒れ、未だに燃える荒い断面からは人間の赤い血が転んだコップの様に溢れ続け、未だに残った手足が痙攣を続けている。周囲の竹は大変が爆風によって地面に倒れ伏し、熱波で炭化した表面には大量の肉片と人体の一部が付着、閑静だった竹林をキャンバスとして、まるで前衛芸術の様に色とりどりに彩っている。

 その中で、うつろは能力による心拍、脳の回転数を元に戻す。異常なまでにさえわたっていた脳と軽すぎた体が大きな変更の影響で悲鳴を上げるが顔色一つ変えず、さとりの手を取る。

 

 

「さとり、地底に戻るぞ。嫌な予感がする」

 

 

 さとりの手を引き、空を飛ぶ。さとりはただでさえあの少女だったものの感情をみて精神に重大な傷を負ったが、それに追い打ちをかけるように異形の群れ、そして前衛芸術じみたあの死体の山。さとりは覚妖怪である故にあの量の敵、それと戦うとなればサードアイを使わざる終えなかっただろう。一人であれだけのダメージを負ったのだから、あの量ともなれば心への負担は計り知れない。しかし、サードアイを閉じていないのは俺との約束があったからだろうか。何にせよこれ以上の心へのダメージは絶対に防いだほうがいいだろう。地底も安全とは言えないだろう、だが地底の住民は自分たちが忌避されていた事もあり、あの異形が現れても警戒しない可能性がある。そうなれば感染者が出ることは必至だろう、それに加え地底の住民は同じような境遇の者が多いこともあり仲間意識が非常に強い。感染者を殺せず、その元住民によって感染者が生まれる。そうなれば即座に地獄が具現することは想像に易い。間に合えばいいが、間に合わずすでに感染者が出ていた場合は、俺が殺すことになるだろう。となれば、地底の住民は異形への理解が浸透するまで戦力としては期待できない。

 俺が全ての異形を殺し尽くさない限りは事態は収束しない。幻想郷を、地底を、さとりを守り切ることはできない。例え、この身が異形になったとしても、覚妖怪に対しては同族意識も薄いはず、躊躇いなく殺せるだろう。それに、異形となる過程で、間違いなく庇われている感染者を殺すことになる、そうなればその家族から間違いなく恨まれるだろう。それならば、尚のこと殺すはずだ。感情は単純で明白で、悪意ある感情は一人の妖怪などすぐに殺すことだろう。

 未だに、放心状態で虚空を見つめているさとりの手を彼は愛おしそうに、存在を確認するように少し強く握ると。地底への穴へ向かっていく。

 俺に下された命令は、幻想郷を己がどうなろうが護り貫くこと。俺の生死は関係ない。この問題を解決したときに、俺がここを護る側にいるとは正直......思えない。そうなれば、さとりはどんな感情を抱くのだろうか。だが、護り切った世界の住民に、愛された人に殺されるという筋書きは俺にはふさわしいかもしれない。

 

 

これは全人的な英雄の英雄譚ではなく、あまりにも大きな罪を背負った少年の贖罪譚なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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