【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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53話 贖罪の果てに

 彼は、妖怪の山で超速で迫ってくるものの追撃を受けるつもりだったが、それ以前に問題が起こった。当然といえば当然、自分の街に怪獣が襲ってきたら勇気ある市民と戦闘員が自らの家族を守るために立ち上がる。

 

 

「迎え撃て!奴は強力だが一匹だ!」

 

 

 眼前には、十数匹の白狼天狗、上空にも同程度の鴉天狗、それでもどうやら今あるすべての戦力を集めたようで鴉天狗にも白狼天狗にも、装備はそろってはいたが鍬、手斧など質素な武器を持ったものが散見された。確かに、何も知らないものに下手に武器を持たせるよりは、平時使うようなものを持たせたほうがいいのかもしれない。それほどまでに兵力も人員も無いらしい。

誰の目から見ても地底に退くのが最善だが、恐らく大天狗が戦うこともせず、拒否しているのか、彼らのここに対する無駄な土地愛か。なんにせよ、これだけ人数がいないということは半数以上は異形になっていると考えて良いだろう。仲間内で処分した可能性もあるにはあるが、彼らの仲間愛の強さからしても怪しい。

 

 

「まずは、地面に落とします!風神様、私にお加護を、嵐瀑布!」

 

 

 いつか、取材をしてきた記者が、戦闘服なのであろう、黒い巫女のような服装で現れ、彼に扇を振るう。突如、竜を取り囲むように竜巻が巻き起こり、逃げ場をなくした竜は仕方なく地面へ、そこには大量の白狼天狗。各々が武器を手に雄たけびを上げながら彼に襲い掛かるが竜特有の強固な鱗によって傷をつける事すらできない。

 

 

「皆さん離れてください!大狼様、どうか私にご加護を、狼牙九十五の型 神裂炎!」

 

 

 聞き覚えのある声と共に凛々しい白狼の女が現れ、身体が消えたかと思うと上空から白く燃え上がった白狼剣を振り下ろし、竜の鱗を焼き切ると傷口から発火、竜が白炎に包まれたかと思うとすべての鱗が溶けかかり、竜が思いもしなかった猛攻に怯む。見逃さず上空の鴉天狗が弓を放ち、彼の身体に矢を突き刺していく。既に竜巻は消えていたので上空の鴉天狗から眠らせようと浮上しようとするが、身体が動かない。恐らく矢じりに塗り込まれた神経毒かなにかの類だとは想像できるが、恐らくあちらの世界にはまだないような物だろう。久々に毒が回るという感覚を味わった。

 

 

「今だ、白狼部隊突撃!」

 

 

 掛け声とともに大量の白狼が各々の武器で彼の身体を痛めつける。鱗の溶けた竜の装甲は非常に柔らかく、殴り、裂き、穿ち。竜の身体は次第に闇の黒から深紅へと染まっていく。勝利は確実と思われたその時だった。突然白狼の動きが止まり、ざわめきが起こる。正面の黒竜ではない、山の木々をなぎ倒しながら高速で接近する何かの気配。

その中で、竜だけが内心舌打ちをする。面倒なことになった、と。

 

 

「おい、何だ?」

 

 

 彼らの後方から、どこかで見た一匹の白狼が姿を現した。だが、一つ違うことがあるとすれば、白狼の原型が残っていない事だろうか。右手は異常に発達し、膨張した筋肉が腕の肉を突き破っており、その先には凶悪な爪が歪に生え並んでいる。すでにナニカを引き裂いたようで赤黒い肉片が付着していた。顔は狼のものに近付き、鼻は高く、口は耳元まで裂け、生え並んだ歯の間から長い舌が垂れている。

 

 

「あははははははは!」

 

 

 狂気、その言葉しか当てはまらないような笑い声が怒声のように響き、白狼たちは耳を抑えうずくまり、鴉天狗も動けない。その中で唯一動けていた椛が同胞を庇うように前に立つ。

 

 

「貴様は何者だ?」

 

 

 動けない竜を半ば放棄し、椛が白狼剣を掲げ、威圧。そう聞いてはいたが、ここにいる誰もが気付いていた。これは異形だ。そして言葉は通じない。

 

 

「私を裏切り、馬鹿にしたものを許さない。イヒヒ、我が主人を愚弄した者を許さない」

 

 

 凶悪な顔立ちから、少し暖かさの残った声がこぼれる。聞き覚えのある声だった。

 

 

「誰だ貴様は、立ち去れ!」

 

 

 この状況で、竜だけが異常に気付いた。この異形は銀杏だ、だがあいつは死んだはず。それは間違いない。その上、この椛という白狼は仲間思いだったはず、それなのになぜ彼をこの数日で忘れている?いくら何でも早すぎだ、となると、銀杏は。なにかを察した竜が咆哮を上げ、再度白狼天狗をひるませ、その隙に自分の位置と、体を人間態に変更、銀杏と椛の間に入り、椛が振り下ろした白狼剣を短剣で受け流すが、神経毒の残った体では受けきれず、後方に吹き飛ばされる。

 

 

「なぜぜぜぜ???とめた?愚弄したな??」

 

 

 そこに、異形化した白狼が激怒しながら追撃、彼は地面に半ば埋まるようにして攻撃を受け、口から血を吐く。体中の骨が複雑にへし折れた気がするが、すぐさま健康体の身体に変更、だが、未だに神経毒が取れず、動くもののぎこちなさが残る。

 

 

「お前...」

 

 

 神経毒の残った体で生まれたての小鹿のような状態で立ち上がるが、その首元を異形化した白狼がつかみ、小柄な彼はたやすく持ち上げられる。

 

 

「愚弄するなぁぁぁ!」

 

 

 話は通じないならば殺すしかないが、こいつの能力は道連れだった。異形化しているとなると当然こいつの能力も強化されていると考えて間違いない。だが、道連れという能力の強化がどのようなものになるのか見当がつかない。しかし根本は揺るがないはず、ならこいつを殺すことはできない。つまり、この戦闘は、こいつが白狼及び鴉天狗に攻撃しないように注意しつつ、動きを封じる以外彼にとっての勝利はない。その上、彼はこれ以上無駄に能力を使えない。例えば、この異形を殺してしまった場合、道連れが発動し、何が起きるかは想像がつかないといしても、道連れが発動し、対象として死ぬことは確実。ここで、死の概念を変更などすれば彼は間違いなく異形化がかなり進行することに間違いはない、さらにそれで異形化などすれば幻想郷の住民が、彼に勝つことが不可能になる。不死身の異形の完成だ。

 彼は能力を発動、自らの座標を異形の上に変更、腕に作り上げた大剣を振り下ろす。だが、大剣は異形の右手に易々と受け止められ、砕かれる。その直後、彼の上空に白狼が移動、地面に彼を叩きつけ、首元に噛み付き異形ウイルスを流し込む。

 

 

「こいつ、そういう事か」

 

 

 すでに異形になりかけの者には異形ウイルスを流すことは無いのではないか?と哀れな期待をしていたが、現実はそう上手くはいかないらしい。彼は今一度座標を変更、上空高くに変更、周囲に星屑の様に武器を作り上げ、一点に降下させる。更に、上空から重力に任せて落下する彼は巨大なスナイパーライフルを構え、地上の白狼に対して時間を止めて二度発砲、右手、右足をつぶし、時間を再度動かし、異形の回避の手段を奪いつつ武器を降下。地上の白狼は逃げ惑い、鴉天狗は蜘蛛の子の様に散っていく。

 轟音と共に土煙が舞い上がり、それが晴れた先には武器の山、その中から異形を見つけ出し首元をつかみあげ、拳銃を額に当てる。四肢はちぎれ、お互いに体中から赤い血が垂れており、周囲の武器を伝って流れ落ちる。ここからどうするか、彼が迷った瞬間だった。

 

 

「なぜ、愚弄した????」

 

 

 突然、切断された手足が地面に転がった武器の中から液体のように滑り出し、彼の足を掴み、地面と癒着。怯んだ隙に腕の生え変わった異形が彼の眼前で、大口をあげる。

 

 

「成る程」

 

 

 位置を上空に変更するが足には癒着した異形の腕が絡みつき、上へと広がり始める。状況を確認すると空中に刃を作り、膝より下を切断。すぐさま足を作り直す。

 早く戻らなければ異形がいつ白狼天狗に興味を示すか分からない、逆に白狼天狗が異形を襲う可能性もある。位置を変更、再度地面へ。彼の帰還に遅れて彼の足が上空から落下、鉄くずの山に落ちる。だが、そこに異形の姿はない。

 

 

「これが異形同士の戦い...」

 

 

 白狼も、鴉天狗も息を飲む他なかった。次元が違いすぎる。なによりも、あれだけの攻撃をお互いに行った筈なのに、お互いにまるでダメージを負った様子が無い。外套を纏ったほうが劣勢には見えるがだいぶ余裕があるようにも見える。

 

 

「あの能力、まさか」

 

 

一部の白狼は気づいてしまった。彼の手元に突然現れる武器の数々、そしてそれを自由に操る姿。これは、変更する程度の能力で間違いない。となれば、あの外套の中身はある日幻想郷に現れた覚妖怪、白狼の村を救った元英雄、今となっては幻想郷中から指名手配とされている異形。

 

 

「まさか、撤退!撤退します!私達に敵う相手では...ッ」

 

 

「英断だな。早く行ってくれ」

 

 

そう言った元英雄の上に異形が現れ発達した右腕で叩きつける。それを闘牛士が躱すように器用に避け、右手の拳銃を連射。全弾命中を確認しつつ距離を取り、有効部位を確認するが特に有効打は無く、弾倉に新しい弾を作り続け撃つ。それを見た直後鴉天狗と白狼天狗は撤退を始めた。

 

 

「愚弄...?」

 

 

しかし、その距離が一瞬で詰められ、異形が薙ぎ払うように右腕を振るう。躱せないと即座に判断し、腕に合わせて後方にステップを踏み、衝撃は弱める。

 

 

「愚弄デスね?ねネ?」

 

 

吹き飛んでいく彼を見た白狼は喜劇を見た少年のように笑いながら、親の死を見た少年のように号泣し、白狼は発達した足で地面をめくりあげながら彼が吹き飛ぶ速度に合わせて移動、彼を抱きとめると体を癒着させつつ彼に噛み付く。

 

 

「知能も高めかよ。いいご身分の異形だな」

 

 

先程の転移の際に彼の体から癒着した部分は取れていなかった事を踏んでの行動だろう。更に、その状態で異形化させる為に異形ウイルスを流し込む。彼は迷わず異形化、竜に戻った体で異形の拘束を強引に解除する。

 

 

「愛宕様の異炎」

 

 

彼の口から闇と錯覚する程の炎が吐かれ、怯んだ異形を焼いていく。そのまま、業火に悶える異形を磔にし、人間に戻り空に叫ぶ。

 

 

「八雲 紫!どうせ見ているんだろう、作戦変更だ。出てこい!」

 

 

「貴方...」

 

 

空間に裂け目が生まれ、彼の背後に紫の髪を称えた女性が現れる。

 

 

「わかっているようで何よりだ。こいつを利用する事にする。幻想郷の異形化していない住民は何人くらいだ?」

 

 

「100もいないわ。何故?」

 

 

彼は荒い呼吸を繰り返し、地面をほぼ人間の原型がない手で掴む。

 

 

「わかった。集めてくれ。帰ってきたときに俺が異形化していたらここにいる俺ではなくなった者を全勢力で殺せ。それと大天狗の屋敷にいるものは連れて行かなくて良い。これで何人だ?」

 

 

「50くらいよ。貴方...まさか」

 

 

「これは賭けだ、今から残っているものを一箇所に集め始めてくれ。さとり、こいし、フランも忘れるな。俺は三度大きな変更をする。もし、1度目の変更で異形化した場合は殺せ。2度目でも同様だ。3度目は、俺から全力で逃げて住民を移動させてくれ。頼む」

 

 

早口に彼が言葉を吐く。先程よりも息は荒れ、寒気を抑えるかのように体を搔き抱いている。

なにかを察した紫はスキマを通って早急に行動を開始する。彼も立ち上がり、黒炎を消し、異形に手をあて能力を行使。この異形の時間を死ぬ直前まで戻し、傷を修復する。

 

 

「秦 空?!その傷は一体...」

 

 

「おはよう、英雄。お前はこれから本当に英雄になれる。良かったな」

 

 

返答など待たずに彼の能力を変更。十字架から解き、そこで吐血、楓が彼に駆け寄った直後、八雲 紫が現れ秦 空を確認。声をかける。

 

 

「まだ大丈夫だ。今から俺が指定する所スキマで繋いで住民を移してくれ、俺が幻想郷のパラレルワールドを作る。環境は現代のものにする。行くぞ」

 

 

体から力が抜けていくのを感じる。意識も朦朧としてきた。だがまだ、意識はある。まだ、人間らしくしぶとく、妖怪のように強く生きている。まだ、死ねない。

 

 

「秦 空...」

 

 

「住民はどこにいる?」

 

 

「このスキマの中よ」

 

 

彼は返事すらせずに、その隙間に頭だけをいれると、そこでも能力を行使。現代を生きる知識と彼の作った記憶を与え、銀杏と紫を除いて幻想郷の記憶を消す。仕事を終えた彼は頭を引き抜き、地面に仰向けに倒れる。

 

 

「なんとかなったか...八雲 紫。このスキマの先に世界を作った。この世界に住民を」

 

 

そこで言葉を切り、目を瞑って悪寒に耐える。最悪だ...最悪...?彼はそこで初めて気づいてしまった。気付く必要の無かった事実。そして、あまりにも遅すぎた事実。あと数日気付くのが早ければもっと他の可能性はあった。

 

 

「移したわ」

 

 

八雲 紫はもう何も言うことは無い。銀杏もまた状況は理解出来無いものの、黙っている。

 

 

「もしも、幻想郷を思い出したら全勢力で攻めて来てくれ。そして銀杏、お前には英雄になってもらう。ここからはお前の英雄譚だ」

 

 

「何を言って...」

 

 

「機会があったらさとりにに謝っておいてくれ。楓にも」

 

 

彼は血を吐きながら笑う。

 

 

「八雲 紫。ありがとう。幻想郷はいい所だった。久し振りに他人に愛され、初めて尊敬され、感謝された。最後の最後に気付くなんて間抜けだな...色々思い出したよ」

 

 

涙を流しながら笑みを浮かべる。流れた血が彼の鱗に覆われた頬を伝って地面におちる。彼の表情に後悔はない。あるのは揺るぎない覚悟と、決意。

 

 

「後は任せた。ここから先は俺の戦いだ。銀杏、申し訳ないが。次会った時は俺を殺してくれ。行け、八雲 紫」

 

 

紫は無言で頷き、銀杏の手を取るとスキマの中へ、その後ろ姿を見送りながら能力を行使。彼らの記憶からも幻想郷を削除する。

 

 

「酷いもんだな。ハッピーエンドはあり得ない。知っていたさ。だが、どこかで期待もしてた。なぁ神さま。ここまでしてもまだ駄目なのか?おれは幸せになれないのか?」

 

 

「当然だ」

 

 

彼の横にゆうが現れる。相変わらず、顔は見えない。

 

 

「来ると思ってたぞ。神さまよ。youと名乗るなんて随分とムカつく真似するな。分かりにくい」

 

 

「事実だ、神とは常に無情に裁かなくてはならない。もう、君はユウではないようだがね。だが、これこそ、君の終焉に相応しい。罪は清算されるだろう。喜べ、貴様にはハッピーエンドはあり得ない。ならば他人にだけでもと言う意思は尊重してやる」

 

 

「でも、結局お前は俺だろ。成功してしまった俺だ。当然だ、こんなスペックを持った少年は簡単には死なないだろうからな。洞窟にいても脱出は経験からして容易だろう。心が無いのだから異形化なんてしない。まずまず、心がなければさとりを庇わない。そうなれば彼にとってはハッピーエンドになるだろう」

 

 

「その通りだ。奇跡的に、さとりに出会い。奇跡的に感情を見つけた。そしてこれがこの果てだ。最後に聞こう。本当にこの終幕で良いのか?我々はいくらでもやり直せる。違ったエンディングも有る」

 

 

彼は声も出さず微笑むと、空を見て、周りを見て、記憶に想いを馳せる。

 

 

「ああ、これで良い」

 

 

「この先にあるのが地獄だとしても?」

 

 

「ああ。これこそが家族を殺され、全てを捨ててまで恨みを果たした男の贖罪に相応しい」

 

 

「了解した。もう俺も現れる事もない。止めるものはいない。さようならだ、俺」

 

 

ユウの姿が虚空に消える。残された罪人は一人、雲のかかった夜空を眺め、意識を手放した。

 

 

これこそが、家族を殺された恨みで心を焼かれた少年の心に種を蒔き、育んだ少女と彼の物語。

片時も贖罪意識から解放されることのなかった一人の罪人とその願いの物語。

その果てに、彼は笑っていた。満足したと、そしてここからは俺の戦いだと。贖罪だと。

幻想郷に残された異形では無いのは彼一人となった。となれば、全ての異形はたった一人の生存者に襲いかかる他ない。彼は、愛しいものの居る世界へと繋がるスキマを閉じ、立ち上がる。

気付けば、妖怪の山を囲むように異形の気配を感じる。嘆き、怒り、悲しみ、喜び。様々な感情の濁流が彼のサードアイを伝って流れ込む。その中で、彼は立ち上がり右手に短剣、左手に拳銃を構え発砲。音に連れられ彼の周囲の至る所から埋め尽くすように異形が現れる。

 

 

「かかって来い異形共!お前の相手は俺ただ一人だ。この罪人を殺してみせろ!」

 

 

次の瞬間、彼は異形の波に呑まれ、消えていった。

 

 

 


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