幻想郷にとっての最大の悪魔を殺した彼女は当然讃えられ、地底にて大きな宴が開かれた。そして質問責めに会うことになる、内容は幻想郷の猛者を同時に相手にしながら返り討ちにしたような化け物をどうやって殺したのか。返り討ちと言っても不思議なことに被害者に怪我はなかったらしい。彼が存在ごと消した影響だろうか。それか彼自身に敵意がなかったのか。
「こいしの能力で無意識に入って不意打ちでなんとか倒せました。でも皆さんのお陰です。やはり相当体力が削れていた様で隙がありました」
決まっていた答えだ。歪みのない純粋な事実。だが、彼が私に殺されるために手を抜いたというのも事実。抵抗すら無かった。
そしてそれ以降、こころを読む能力は確かに他人の記憶から消えていた。誰も私の能力は覚えていない。覚妖怪の能力自体をと言った方が良いだろうか。
退屈な時間が過ぎ去り、皆が酒に酔いつぶれながらもスキマで連行され帰っていく。最後に残った賢者には感謝を述べられ、また一人になった。正直、賢者には疑われると思っていたが、ただ、感謝しか伝えられなかった。
氷に閉じ込められていた楓は今現在河童によって救出作業が行われている。恐らく彼女も行き場がないだろうから地底で受け入れるつもりだ。
「おねーちゃん」
愛しい妹。彼女にも真実は伝えていない。でも、いつか気づくだろう。周囲に対応の変化によって、そしてこいしの瞳がまた開くことはあるんだろうか。ただの理想に過ぎない悲しい話だが。この彼の犠牲によってもたらされた変化は私よりもこいしに影響を及ぼすだろう。彼女はわたしと異なり、外との交流を望んだ。その結果、絶望し、後悔し、切望していた友人の側から一方的に切り離された。だが、今であれば、もしかすると彼女の夢が叶うかもしれない。酒に酔った妹を寝かしつけ、その可愛らしい額にキスをして部屋を後にする。
皆が寝静まった館はとても静かで、地面で寝ているペットを踏まないように気をつけながら外へ出る。静かに水を出し続ける噴水を見た後に庭の端へ、そこには一輪の赤い花。その周囲にはまるで避けるかのようになにも咲かずただ一輪、孤独に咲いていた。
「彼岸花...」
これが彼の残したものだとしたらなんという皮肉だろうか。彼は存在ごと消えた。恐らく彼岸にも辿り着くことは無い。どこに行くこともなく、彼は永遠に幻想郷にとっては最悪の悪魔として語られる。けれど、現実はもう一度世界にチャンスを渡した英雄。その事実を知るのは私だけ、そして誰にも語ることが出来ない。
そう。これは私だけに綴られた最後の家族の【英雄譚】
東方贖罪譚-3人目の覚り妖怪-
END