偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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はじめまして、コジローⅡと申します。緋弾のアリアで勘違い系のお話、偽物の名武偵をこれからよろしくお願いいたします。


第零章 スタートライン
0.くだらないプロローグ


 ――この世界もなかなか変わったモンだな。

 と中学2年生の俺、有明(ありあけ)(れん)は思っていた。

 いや、別に達観したじいちゃんみたいな性格してるとか、そういったことじゃねぇよ? 断じてな。

 そうじゃなくて、単純にこの世界に広まっている『とある存在』について、俺は冒頭の感想を述べたんだ。

 

 ――武偵。

 

 正式名称を『武装探偵』と呼ばれる彼らは、日々凶悪化の一途を辿る犯罪者たちの横行を防ぐべく生まれた国家資格を取得している。

 彼ら武偵に許されたのは、語源どおりの武装許可と逮捕権。簡単に言ってしまえば、警察に準ずるほどの権利を有した()()()()()()()なのだ。

 そしてこの武偵……はっきり言って、なろうと思えばほとんどの人間がなれる。

 なんたって、()()()()()()()()()()()()なんてのさえ、この世界中に点在しているんだからな。おまけに、武偵女子高まで存在するどころか、高校生はおろか中学生や果ては、ごくごく稀だが小学生まで武偵を目指す始末。どれだけこの制度が一般に根付きつつあるかは察してあまりある。

 ……まあ、なんだ。つまり、武偵という存在は、プロアマ問わないのであれば、かなりの数が溢れかえっているということになるわけだ。

 いやいや、ホントに変わったもんだよ、全く。

 武偵が誕生したのはこの百年以内の話なんだが、それまで民間人が犯罪者を取り締まる、なんてことはなかったらしい。ま、違法に銃を仕入れるような連中相手にかかっていく民間人なんてそうはいなかっただろうが。

 それが今や、『正義の味方』がその数を急速に伸ばす時代だ。

 もっとも、その代わりに今度は簡単に銃を手に入れられる時代になってしまったことで、犯罪率も同時に上昇しているらしいんだが。

 まあ、とはいっても俺にとってそれは関係ない話だ。

 なぜなら、別に俺は武偵を目指してるわけでも、犯罪者を目指しているわけでもないからだ。

 武偵に興味があるかないかを問われたら、そりゃ多少はある。今や武偵を目指すやつは珍しくないし(というかそれなりに選ばれる進路ですらある)、友達にもそういうやつは何人かいるし、実際に武偵に助けられた人々から見れば彼らはヒーローにも等しいらしい。思春期の少年特有の、そういう『正義の味方』への憧れが一切無いと言えば、嘘になる。

 ただ……なぁ。

 自慢じゃないが、俺はあいにくと自分で自覚する程度には普通の人間だと思ってる。取り立てて頭がいいわけでも、抜群に運動が出来るわけでもない。大した特技の一つも持ってないしな。

 ――だから。

 結局のところ、俺が武偵に関わることは多分ないんだろうと思っていた。

 ありきたりな人生(レール)を歩んでいくんだと思っていた。

 普通に中学を卒業して、普通に高校で過ごして、普通に社会人になって、普通に一生を生きていくんだと思っていた。

 別に、それでいい。文句なんてない。

 俺が進むのはきっと、誰もがそうだと納得するような、『普通の一生』のはずだったんだから。

 だけど。

『普通じゃない一生』は。

 

 ――あっさりと、やってきた。

 

 * * *

 

 それは、中学2年の冬のことだった。

 

「――動くんじゃねえぞ、お前ら。動けば、命の保障はしねえ」

 

 フルフェイスマスクのせいか若干くぐもった声を聞きながら、俺は、無抵抗の意思を示すため、周りの人たち同様に両手を上げた。いわゆるホールドアップというやつだ。

 俺たちに指示した主(体格と声からして男だろうな)はといえば、右手に黒光りした拳銃を握り、店員に金を要求していた。

 ――さて。

 勘のいいやつならもうわかるかもしれないが、実は俺は今銀行強盗というなかなかレアな状況の真っ只中にいる。

 シャレにならない。冗談じゃない。寒風吹きすさぶ中、お金をおろしに来ただけだったのに、どうしてこんなことになっちまった。

 背筋にじんわりと汗が滲み、それが余計に現状の不安感をあおる。ああ自分は今緊張状態にいるんだな、と現実から遊離を始める脳内が他人事のように思考する。

 ……いや落ちつけ、有明錬。自分が置かれている状況から目を逸らすな。

 それができれば、また話は変わってくる。いかに逼迫した危機的状況であっても、視点を変えれば活路は見つかる。

 たとえば、そう。犯人の男の様子。そこに目をつければ、分かってくることがある。

 

「は、早くしろ! 急げ!」

 

 ……多分、これが不幸中の幸いだな。

 犯人の声は震えてるし、客の方に意識がいってない。とにかく金を引き出すことを優先している。完全に切羽詰っていて、俺たちを今すぐどうこうしようとは考えていねぇはずだ。

 まあ、大抵こういうのは借金とかで追い詰められた人間がやることだからな。プロの犯罪組織とかならともかく、素人の単独犯が人質に向かって発砲なんてできねぇだろ。……多分。

 それに、おそらくだが警察にも連絡がいっているはずだ。確か、カウンターの下だったかには通報用の非常スイッチがあるからな。銀行員の誰かがそれを使用していてくれさえすれば、警察が駆けつけてくれる。

 だから、人質(おれたち)は桜の代紋背負った国家権力がことを収めてくれるまでじっとしていればいい。そうすれば、危険はないはずだ。

 よし、理論武装完了。今すぐパニックになりそうな脆弱な自身の精神は、なんとかこれでもってくれそうだ。

 そう。

 例えば、犯人が自棄をおこしたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺は冷静を保て――

 

「うわぁああああああああああああああああああ!」

 

 あれぇ、フラグでしたかー!?

 突如、俺の近くにいたスポーツマン風の青年が大声を上げながら犯人に飛び掛かっていった。

 それは勇気ある行動ではあったんだろう。漫画ならばここで犯人確保、大団円を迎えることになるだろう。

 だが残念ながら、そして当然ながら、ここは現実。決意が無謀に、勇気が蛮勇に、あっさりと顔を変える世界だ。

 もちろんあんな声を聞けば犯人だって気づく。が、店内ということであまり離れてなかったということもあり、咄嗟に反応できず青年に突撃された。

 そのまま揉みあいに発展する2人。床を転がりながら主導権を奪い合う。

 突然のことに反応できない俺たちが見守る中――

 

「テメェ! 大人しくしやがれ!」

「ぐ、う……ッ!」

 

 ――軍配が上がったのは、犯人の方だった。

 青年を組み伏せ、どこから取り出したのかサバイバルナイフまでつきつけている。

 

「ブッ殺されてえのか!」

「ひ、ひっ!? こ、殺さないでっ」

 

 何してくれとんじゃお前ぇええええええ! 犯人刺激しただけじゃねぇか!

 と、内心叫びたい気持ちでいっぱいだったが当然そんなことはできず、俺は犯人が暴走して乱射なんて始めないことを祈っていた。もはや取り繕うことはできない。ただただ、自分の無事を願う。

 が、俺のそんな思いを裏切るように、

 

「おい――そこのガキ」

「…………え?」

 

 いきなり犯人が俺の方を向き、そう言ってきた。

 思わず、左右を見回す。右には婆さん。左にはおっさん。

 指名されたのは…………俺だ。

 犯人の男は、青年が逃げ出さないようにきっちりと押さえつけながら、俺に指示を出した。

 

「テメェの足元に落ちてるモンをこっちに持ってこい」

「……足元?」

 

 言われて視線を落とす。

 するとそこには、いつの間にやら犯人がさっきまで持っていた拳銃が転がっていた。おそらく先ほどの揉み合いで転がってきていたのだろう。

 あいつが言っているのは……これ、だよな。確実に。

 

「早くしろ! できねえってんならこの男を殺して、お前も殺すぞ!」

「ッ!?」

 

 犯人に急かされ、慌ててその場にかがみこみ銃を手に取る。

 と、俺はその際思わず引き金に指をかけるように持ってしまった。実は俺は趣味でモデルガンを持ってんだが、どうにもその時の癖が出てしまったらしい。

 ズシッとした質感が、俺の手を通して伝わる。静かに黒光りする、殺人兵器。これが人の命を奪う武器の重みかと思うと、こんな小さな物が死神の鎌ほどに恐ろしく見えてきた。

 俺が使うわけでもないのに、銃を握った手が僅かに震える。

 ……クソッ、なにやってんだ俺は。こんなモン、早く渡しちまえよ。

 そう思った俺は、一先ず拳銃を軽く持ち上げて。

 ゆっくりと立ち上がり顔を上げる――その寸前に、

 

 手が、さきほどよりも大きく震えてしまった。

 

「あ」

 

 思わず零れた小さきな呟きとともに。

 パンッ、という乾いた破裂音と、それとは別に何か、金属がぶつかり合ったような甲高い音が聞こえた。

 はて、これはなんだろう?

 

「…………」

 

 …………イヤイヤイヤイヤ!

 ど、どどどどどうしよう?! 冷静に考察してる場合じゃねぇよ!

 誰に言われなくとも、この俺本人がはっきりと理解していた。あまりにも単純な、しかしどうしようもなく決定的な行動。 

 俺が――()()()()()()()ということ。

 

「あ、あ……」

 

 耳が、困惑したような犯人の声を捉える。

 そりゃそうだ、人質がいきなり発砲するなんて露ほども思ってなかったろうよ。

 ――終わった。完全に。ヤバイとか、そういう次元じゃない。完全無欠に、人生の終了だ。その引き金を文字通り引いたのは、俺なんだが。

 サッと顔から血の気が引く。

 こんな真似をしでかした俺を、犯人はきっとただではおかないだろう。

 おそらく……俺は殺される。

 

「ははっ……」

 

 思わず、諦めたように小さな笑いが零れた。

 僅か先に訪れるであろう未来を想像してしまった俺は……顔を上げることもできずにその場に立ち尽くすしかなかった――

 

 * * *

 

「あ、あ……」

 

 銀行強盗を目論見、青年を1人取り押さえていた男は今、目の前の少年を見て震えた声を出していた。

 その理由は、少年が自分の要求に従うどころか、あろうことか発砲したから――()()()()

 もちろん、それも理由の一端ではある。

 が、より正確に言うならば、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からであった。

 それも、自分が見ている限りでは、まるで偶然引き金を引いてしまったかのような気安さで。

 が、当たり前の話だが、偶然でこんな結果が出るわけがない。

 つまりは、今のは必然の現象。まさしく熟練の技術が生み出した一発だったのである。

 

(な、んだよあのガキ……!? どうしてあんな年端もいかねえようなガキに、こんな芸当ができるってんだ?!)

 

 故にこそ、男は戦慄する。つい先日拳銃を手に入れた自分とは、まったく格が違うであろうこの少年に。どれほどの研鑽を積んでいるのか、その底が見えない少年に。

 なにより。

 顔すら上げずに悠然と立ち続ける少年の静かな威圧感に、男は圧されていた。

 と、その時、

 

「ハハッ……」

 

 少年の小さな嘲笑が、僅かに大気を揺らした。

 それが何を意図したものだったのかは、男には予想できない。ただ、何か不吉な気配だけを感じ取った。まるで、何かの合図のようなこの嘲笑に、男の総身に震えが走る。

 心臓を直接握られているような、強烈な圧迫感。

 

(ヤバイ……このままだと、何かがヤバイッ!?)

 

 不気味なほど静かに佇む少年と、緊張に脂汗を流す男。

 ――そして生まれた空白の時間。

 男も、少年も、そのほかの誰も動かない。

 静止。

 停止。

 あたかも時が止まったかのように思われたその時――

 

「――武偵だ! 強盗罪及び鉄刀法違反の現行犯で逮捕する!」

 

 勢いよく、銀行内に何者かが踏み込んだ。

 突然のことに全員の視線が一点に集まる。

 そこには、1人の男が拳銃を構えて立っていた。

 正義の味方。

 武装探偵――警察に準ずる権力を持った『便利屋』が、事件の幕を引くべく現れた瞬間だった。

 

 * * *

 

 ――結論から言えば、俺が殺されることはなかった。

 あのあとすぐに、1人の武偵が突入してきて、事件を解決したからだ。一体何があったのかは知らないが、犯人は抵抗らしい抵抗もせずにあっさりと捕まった。ただ、武偵に連れられて外に出るとき、やたらと俺をちらちら見てきていたのが気になった。

 で、だ。事件が解決したのは言うまでも無く諸手を挙げて喜ぶべきことなんだが、ここで1つ問題が残る。

 そう――俺の拳銃使用の件だ。

 俺は警察でもましてや武偵ですらない。発砲許可どころか帯銃許可すら持ってない。

 だから俺はなんらかの罰則があるのかと思ってたんだが……事件を解決した武偵が人質や店員の話から誤射であるとして、お咎めなしとなるように対処してくれた。

 後で聞いた話だと、武偵という制度が設立されたからか、武器の使用に関しての法律が若干変わっているらしかった。

 ま、なにはともあれ、こうして俺は武偵という存在に助けられたわけだ。

 しかし、なかなかかっこよかったな。武偵ってのも。ヒーローってのも、あながち間違っちゃないのかもしれない。

 まあ、だからといって俺のこの先の人生が変わるわけではないんだけどな。

 結局、俺みたいな人間とは住む世界が違う、ということを見せ付けられただけだし。

 だから、これでこの話は終わりだ。ただの被害者Aが主人公に助けられたという、その他大勢の1人の物語に過ぎない。

 これから俺はまた、あの平々凡々な日常へと帰っていくのだ――

 

 * * *

 

 ――と思ってたんだがなぁ。

 

「有明錬君。君、武偵になる気はありませんか?」

 

 俺も巻き込まれた銀行強盗事件から明けて3日後。

 有明家――つまり、俺ん家のリビングには今、4人の人間がいた。

 俺、母・有明(りょう)、父・有明(じん)、そしてもう1人。

 俺はちらりと、向かいのソファーに腰を据えた長身痩躯の男を観察する。銀縁の眼鏡が理知的な顔立ちによく映えている彼は、どうみてもデスクワーク向きの人間に見えるが、これが意外と武闘派ってんだからなぁ。

 そんな感想を俺に抱かせたこの男こそ、3日前の事件を解決した武偵・出雲(いずも)九矢(きゅうや)武偵だ。

 出雲武偵はプロライセンスを持った現職の武偵らしい。第一線での仕事も多くこなす、かなり()()()武偵……らしい(本人によれば、だが)。

 で、今そんな人と俺たち有明家がテーブルを挟んで対面しているのはなぜかと言えば、この人がいきなり家を訪ねてきて、なんと俺を武偵に誘ったりしだしたからだ。

 面食らって訳がわからない俺たちはとりあえず彼を招き、今まさに彼から話を聞くところというわけだ。

 挨拶と自己紹介を終えた出雲武偵は、眼鏡を一度上げて説明を始めた。

 

「3日前の事件、私はあの時巻き込まれた人たちの話を聞いて、君の発砲は緊張状態による誤射だと判断しました。……だけど、犯人の男に話を聞いて見ると、まったく意見が違った。彼はこう言っていましたよ。『誤射? バカ言うなよ、あんなこと偶然できるわけがねえ』……と。さらに話を聞くと、なんと君は犯人のサバイバルナイフを撃ち弾いたらしいですね? 事実、防犯カメラにもその映像が残っていた。周りの人は拳銃を持っていた君を注視していたようだから、気づかなかったようですが」

 

 ……?

 出雲武偵の話に、俺は心当たりがあった。

 もしかして、あの時聞いた破裂音以外の音は、ナイフを弾いた音だったのか?

 なんてこった。ということは、少しでもずれれば、犯人か捕まっていた青年にあたってたじゃねぇか。

 今更ながらそのことに思い至った俺は、体を一度震わせた。

 そんな俺に、出雲武偵は続ける。

 

「確かにそうだ、と思いましたよ。君と犯人の距離はおよそ4メートルほどだった。まあ、これは距離の上では偶然の範囲に収まるでしょうが、なんと言っても当たったのはナイフの腹というごく小さな的です。犯人にも人質にも当たらず、偶然そこに当たったなんて確率の低い可能性より、君が自分で狙って当てたのだと考えたほうが納得がいく。いえ、これは大事にならなかったから言えることですが、大した腕前と度胸ですよ。どうも君には射撃の才能があるらしい。……どうですか? その才能、活かしてみる気はありませんか?」

 

 ニコリ、と薄く笑いながら、出雲武偵は俺に尋ねる。いやまあそれはいいんだけど、なんか目つきがちょっと怖いんだが。

 しかし……何言ってんだろうかこの人は。

 腕前とか度胸とか、別に俺にはないってのに。

 というか、だ。そもそもあれはただの誤射――

 

「なるほど、錬にそんな才能が!」

「言われてみれば、私この子の部屋でモデルガンを見たわ!」

 

 ――であって、俺が意図したわけじゃ……って、あれぇ?

 

「ええ。私は確信を持っています。あなたがたの息子さんは、稀有な才をお持ちであると」

「うんうん、さすがは俺の息子だ。こいつはいつの日か大物になると、俺はつねづね思っていたからな!」

「プロの武偵からスカウトされるなんて、すごいことよね? まーどうしましょ、私、近所の皆さんに自慢しちゃうかも」

 

 当人を置いて盛り上がる3人の会話に、俺は呆然となる。

 ……え、えーっと。

 なんか、話が変な方向に進んでいってやしませんか?

 

「ところで出雲さん。武偵ってのは、そんなに簡単になれるものなんですかね?」

「もちろんすぐにプロになれるわけではありません。ですが、武偵を養成するための学校があります。そこで学ばれてみてはいかがでしょうか?」

「ああ、たしか東京武偵高校中等部だったかしら? あそこならここからも近いし、通学も楽ね」

 

 待ってくれ。俺を置いて話を進めないでくれ。

 何が一体どうなってんだ。

 

「ええ、ご存知でしたか。3年からの転入となると少々厳しいかもしれませんが、彼ならばきっと大丈夫でしょう」

 

 いやいや。一体なにを根拠に言ってんだ。

 

「せっかく見つかった錬の才能なんだ。親としてバックアップしてやらんとな」

 

 父さん。俺にそんな才能(もん)ないんだ。

 

「そうね。私もこの子を応援したいわ」

 

 母さん。頼むからもっと別のことを応援してくれ。

 

「…………」

 

 などなど思ったんだが、俺は結局一言も口を挟まなかった。というか、なんかありえないほど両親がヒートアップしていき、挟む暇がなかった。

 そうして俺が何も告げられないまま、どんどん話は白熱していき、最後にようやく俺が武偵を志すか否かを、両親は聞いて来た。

 ただ、その顔はどういうわけか俺が断るなんて微塵も思っていないようだった。

 ……って、仮にも武偵は危険な道だぞ? なんだってそんな顔が出来るんだ? まあ、楽天的な親であることは認めるが。

 ――っと、それよりも早く答えないと。

 そうだな。とりあえずは、

 

「あーっと……まあ、ちょっと考えてみるわ」

 

 無難に、そう答えておいた。

 

 * * *

 

 ――そして。

 最終的に、俺は東京武偵校中等部へと転校することを決めた。

 自分に大した能力がないのはわかっていたが、それでももしかしたら出雲武偵が言うように、少しでも才能があるのかもしれない、と思ったからだ。銀行強盗の時はあれだ、眠っていた才能が目覚めたとか、そういう可能性もあるしな。

 まあ、それは冗談にしたってだ。言ったろ? 憧れがないわけじゃないって。だったら、何もせずに諦めるより、何かした方がいいと思ったっつーそれだけの話だ。

 ……もっとも。

 俺は後々思うことになるんだけどな。

 ああ、やめときゃよかった――ってな。

 まあ、後悔は先にできないからこそ後悔なんだから、そんなことに意味はないんだけれど。

 しかしなぁ……なんでなんだろうな?

 俺自身、思ってもみなかったことなんだが。

 なぜか……そう、本当になぜか。

 俺の武偵としての日々が、長く長く続いていくことになるとは……このときの俺はこれっぽっちも知らなかったのだ。




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それではまた次回。

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