偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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今回はレキ回です。


10.瑠璃色少女は確かな感情を持つか?

「ただいまー」

「おかえり、錬」

「……は? なんでアリアが俺んちにいんの?」

「? なんでって……()()なんだから、いてもおかしくないでしょ?」

「…………はい?! 彼女?! お前が俺の?! え、どゆこと?!」

「なに1人で騒いでるのよ、錬ったら。それより……えいっ」

「おおおおおおおおおお!? ちょちょちょ、お前なにいきなり抱きついてんの?!」

「んー……なんとなくそういう気分なの」

「なんとなくって! なんとなくって……! い、いいのか? こんなこと起こり得ていいのか? いや、いいんだよ! だって俺、今までやたらといろいろ巻き込まれてきたじゃん!? そろそろ報われてもいいよねってことでこの幸せを享受したいと思います!」

「…………ねえ、錬」

「なんだよ、アリ――いや、なんだい、マイスウィートハニー?」

「……もしかして、さっきまで誰か女といたんじゃないでしょうね?」

「ん? あー……そういや、なんか理子といたような気がしてきた。でもそれがなんだって」「裏切り者」「いうんだよ……はい?」

「裏切り者! なによ、なんであたし以外の女と仲良くしてんのよ!」

「ええええええ!? な、なに?! どったのお前?! なんでいきなりブチギレてんの?!」

「うるさい! あたしだけを見てくれない錬なんて、いらない! あたしだけ、あたしだけを見てよ!」

「台詞だけ見ればすげぇ愛されてるみたいな感じだけど、その両手に持った日本刀は何?! しかも、どう見ても刃無し(ノーエッジ)じゃねぇんだけど!? ……あ、やめてお願いそんな振りかぶらないで死ぬからマジで死ぬから死ぎゃああああああああああああああ――」

 

 * * * 

 

「――あああああああああああああああああああ……あ?」

 

 と、俺は呆けた声を出した。

 アリアに斬り殺されそうになっていたはずの俺の目に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井……ではなく、若干違和感を感じる天井。

 一瞬どういうことかわからなかったが、徐々に意識が覚醒してくる。そういや、昨日俺キンジの家に泊まったんだっけか……。

 しょぼしょぼする目を擦りながら、俺は上半身を持ち上げる。それから視線を巡らせると、隣の2段ベッドの上段でアリアがすぴすぴ眠っているのが見えた。あいつとは昨日上の段を取り合ったんだったか。やっぱ、2段ベットといえば上だからな。たとえガバメントで撃たれようとも、そこだけは譲れなかった。我ながら、変なところが頑固だな、俺。

 

「ふぁ……あ。……キンジたちは、まだ起きてねぇのか……」

 

 大きな欠伸を一つ、眠気のせいであまりはっきりしない口調で、俺は残りの住人が未だ夢の中にいることを確認する。

 眠気を飛ばすために背伸びして、俺はさっきの夢を思い出す。

 玄関を潜り抜けるとそこにいたのはエプロン姿のアリア。そこから甘い話が始まるのかと思いきや、気づけば日本刀を構えたアリアに襲い掛かられていた。

 

「……なんだったんだ、あの空恐ろしい夢は」

 

 はぁあああああ、と深いため息をつきながら、俺は頭をがりがりとかく。

 ヤンデレなんて考えるんじゃなかった。おかげで、酷ぇ夢見ちまったじゃねぇか。

 あー、駄目だ、さっさと忘れよう。文字通りの悪夢だ、あれは。

 というか、今何時なんだ? あいつらが寝てるってことは、まあそれなりに早い時間なんだろうが。

 俺は、枕元に置いてあった目覚まし時計を確認してみる。長針は10を、短針は5を指していた。

 ……って、まだ5時じゃねぇか。随分中途半端な時間に起きちまったなぁおい。

 

「んー今から寝直したら、登校時間に起きれねぇだろうな。つっても、こんな朝からゲームする気にもなれねぇしなぁ……」

 

 俺の暇つぶし手段は、たいていがゲームに集約される。ので、ここでついこないだ買ったばかりの新作RPGを進めるという手もあったんだが、あんまり騒がしくすると起こしてはならない仔ライオンを目覚めさせてしまう可能性がある。

 そんなことになったらどうなるかなんて、月が沈めば太陽が昇ることくらいに明白だった。

 ……しゃーない。趣味じゃないが、ちょっくら散歩でもいくかね。

 というわけで、俺は少し気が早いが学生服に着替える。それから、財布と携帯だけ持って家を出る。武装は……まあ、いいだろ。こんな朝っぱらから武偵高内で襲われることなんざ、まずないしな。

 外に出た俺を迎えたのは、太陽ではなく薄闇を残した夜空だった。とはいえ白み始めているのを見るに、日が昇るのはあと数十分ってところだろう。

 俺はとりあえずまずは下のコンビニにでも行ってみようかと歩き出した。

 当たり前だが、昼と夜では温度差がある。しかも、冬は過ぎたとはいえまだ春先。シンとした空気が、俺の体を包み込む。

 それを少し心地よく感じながら、俺は学園島内でもなお24時間営業のコンビニにたどり着き、自動ドアをくぐった。

「いらっしゃいませー」とお決まりの挨拶が俺を出迎える。さて、じゃあどうするか、立ち読みでもしようかと首をめぐらせたところで、俺はコンビニ内には似つかわしくない光景を見た。

 配置的にいえば、中央あたりの陳列棚。その上部から、なにか細長い筒のようなものが飛び出していて、ときおり揺れていた。

 というか……銃だよな、あれ。

 よく店員がなにも言わないもんだ。普通なら即通報ものだぞ。これも、武偵高ならではなんだろうな。 

 俺はその銃の持ち主が気になって、陳列棚の裏まで回りこんでみた。

 そこに、いた。

 女子用の防弾制服に包まれた、アリアよりもなお幼く小さな体躯。ライトブルーに染まる、ショートカット。無機質に、しかしなにか不思議な魅力を感じる黄金色の瞳。完全な無表情にもかかわらず人形めいた美しさを持つ、整った顔立ち。

 そして、その背にはスリングを使って狙撃銃――ソビエト連邦が生んだ年代物のセミオートマチックライフル、通称ドラグノフが担がれていた。

 武偵高広しといえど、この特徴を持つ女子を、俺は一人しかしらない。そして、少なくとも彼女は知り合い以上の存在だった。

 だから俺は、何の気なしに彼女――元クラスメート・レキに声をかけた。

 

「よ。レキじゃねぇか」

 

 何か商品を見ていたらしく棚のほうに向いていた彼女の顔が、声に反応して振り返る。

 懐かしい、顔だ。もうどれくらい会ってなかったっけな。

 レキは抑揚がない、しかしはっきりした口調で、

 

「おはようございます、錬さん」

「おう、おはよう。お前、こんな朝早かったのか? 知り合いに会うなんざ思わなかったから、ちょっとビックリしたぜ」

「錬さんもこの時間に起きているから、こうして私たちが会ったのではないですか?」

「……俺は、まあちょっとな」

 

 まさか怖い夢を見て起きちゃいましたなどとはいえず、俺は口ごもる。

 というか、どうしようか? とりあえず話しかけてみたものの、話題もない上にこいつ自身淡白だからな。盛り上がるとは思えない。

 とはいえ話しかけておいてじゃあなでは、なんというか少し気まずい。

 無言になった俺に、心なしかレキが首をかしげたような気がして、俺は気づけばなんとなく提案していた。

 

「あー……レキ。暇つぶし……っつーのもおかしいな。よかったら、ちょっと話相手になってくれねぇか? 早く起きちまったんだが、やることねぇんだよ」

 

 それは半ば、反射的なものだった。言ってから俺は後悔した。あまり人付き合いをしないこいつにそんなこと言ったところで、断られるのは目に見えていた。

 だから俺は、断られる前にその提案を撤回することにした。

 が、それよりもレキの返答の方が早かった。

 

「構いませんよ」

 

 あちゃー、断らせちまった。女子を誘って袖にされるのは、なかなか来るなぁ。

 地味に精神的ダメージを受けつつ、俺は苦笑する。

 

「まあ、そうだよな。こんなこといきなり言っても――って、え?」

 

 言ってる途中で、俺はなにか違っていることに気づいた。

 えーっと、今レキはなんつった? 「構いませんよ」、だって?

 つまり……、

 

「いいのか?」

「はい」

 

 再び確認を取る俺に、レキは即答する。

 え……マジで?

 フリーズする俺に、レキは手に持っていた買い物カゴを示しながら、

 

「話すのは構わないのですが、先に私の買い物を済ませてもいいでしょうか?」

「え? あ、ああ。もちろん」

「ありがとうございます」

 

 レキは一言礼を告げると、棚からあるだけのカロリーメイト(やたらと在庫が多かった)をカゴに入れていき、レジまで持っていった。

 その後ろ姿を見ながら、俺は呟いた。

 

「……珍しいこともあるもんだ」

 

 * * *

 

「悪ぃな、俺のわがままにつきあってもらって」

「いえ。私も今差し迫った要件はありませんので、問題はありません」

「そっか」

 

 レキの買い物が終わるのを待ち、俺たちは今コンビニ近くのベンチで約束通り会話していた。まさか、乗ってくるとは思わなかったな。

 まあ、こんな朝早くに女子と2人でいようもんなら変な噂が立つかもしれんが、さすがにこんな時間から出てくるやつもあんまりいねぇだろ。いや、俺たちみたいな例がいるから、否定はできねぇけど。

 それはともかく、だ。誘ったのが俺である以上、まずは俺が会話の種をつくらねぇとな。

 俺はなにか話題はあるかと少し考え、まずは久しく会ってなかったことから話し始めることにした。

 

「にしても、お前と会うのも久しぶりだな。春休みは俺ぁ、ほとんど実家に帰ってたし、俺が探偵科(インケスタ)に転科してからは、あんまり会うこともなかったろ」

「はい。私の記憶が正しければ、72日ぶりになります」

「そうか……もう、そんなになんだなぁ」

 

 間髪を入れずに答えたレキに、少し驚きつつもしみじみと返す。

 それから、俺は四苦八苦しながら、話をいくつか振ってみた。のだが、あまり反応は芳しくない。大抵が一言で返されて終わったり、なんともへんてこな受け答えをされたり。

 今となっては慣れたもんだが、相変わらず、こいつはこいつで普通じゃないなと実感した。

 1年前とほとんど変わらない容姿(身長・スタイル含む)に、これまた1年前からずっとかけ続けているヘッドホン。前になに聴いてんだって尋ねたら、「風の音です」と返ってきた。意味はまったくわからなかったが。

 というか、なんで朝っぱらから武装してんだこいつは? サイドアームくらいならともかく、こいつのメインウェポン(というかそれしか使わないのだが)であるドラグノフって。確かに武偵は常在戦陣とはいうけど、徹底しすぎな気がしなくもない。俺なんて、拳銃(グロック)どころかナイフすら置いてきてんだぞ。

 まあ……こいつが受け続けてる『任務』を考えるなら、それも仕方ないと思えるところはあるんだが。

 俺はふとそのことを思い出して、レキに尋ねてみる。

 

「そういやお前、今でもLDスコア900以上なんて、バカげた任務(クエスト)やってんのか」

「はい」

 

 やはり間髪いれず、レキは肯定する。

 それがどういう意味なのか、本人であるこいつが知らないわけがねぇのに。

 

「……そうかい。受けるのはお前の自由だが、ほどほどにしとけよ。お前が強ぇのはよく知ってっけどな、あんまり自分の力を過信して高難度の仕事ばっかやってっと、いつか死んじまうぞ」

 

 ――LDスコア。

 正式名称は、『Level of difficulty score』。ま、簡単に言えば武偵任務における難易度の格付け、つまりは一種の目安だ。この数字が高けりゃ高いほど、当然難易度は跳ね上がる。もちろん数字だけが任務の難易度の全てを表すわけじゃないが、重要な判断基準ではある。

 で、こいつが去年受けてた任務はすべてその数値が900を越えている。これは一流の武偵企業の中でも、さらに一流の連中が受けるような任務だ。

 なんでそんな危険なのばっかり受けてるのかは知らねぇけど、そこはレキの自由だ。武偵は自己責任が原則である以上、本来なら俺がとやかく言うことじゃねぇ。

 ただなぁ……と、俺が心の中で言いよどんでいると、

 

「――――?」

「あん?」

 

 レキが何かを言ってきたのだが、考え事をしていて気づかなかった。

 今なんつった? と聞き返すために俺がレキに顔を向けると。

 彼女は、感情の揺らぎがまったく見えない無機質な双眸で、俺をまっすぐに見ていた。

 思わず、若干たじろぐ。さすがに失礼になるんで、態度にゃ出さないようにしたが。

 

「錬さんは、心配しているのですか?」

 

 聞き逃した俺のために、レキはおそらくはさっきと同じであろう言葉をもう一度言った。

 俺は一瞬それがなんのことを指しているのかわからなくて、だがすぐに任務のことだと理解した。

 心配、か……そうだな。まあ、心配事はある。

 

「……ま、それなりにな」

 

 内心をつつくいたたまれなさに、俺は少し視線を外しながら答える。

 なぜならば、俺が心配しているのは、レキのことではなく(まあそれもないとは言わないが)自分の命のことなんだから。

 さっきも言ったが、武偵である以上、どんな任務を選び、どんな無茶をするかは個人の自由だ。むしろ、そいつが抱える思いも知らないで同情したり勝手に引き止めることこそ、俺は侮辱だと思っている。

 ただそこに、俺自身が関わってくるとなれば、また話は変わってくる。

 ここで少し話は戻るが、俺はなぜこいつがあんな馬鹿げたレベルの任務を受けているのかを知ってるのか? それに対する答えは実に単純で、俺も受けたことがあるからだ。レキと組んで。

 ……いや、正直に言えば俺はそんなもん受けたくなかったんだがな、本当は。もちろん武偵を続ける上で任務を受けることは避けられないが、分相応という言葉がある。いくらなんでも、レキが受ける任務は俺にとって、荷が重過ぎる話だった。

 だが、これが教務科(マスターズ)から指名されての任務だったから、当時の俺に拒否権はなかった。中学ん時の『裏任務(クエスト・リバース)』もそうだったしな(ちなみに『裏任務』のLDスコアはだいたい500~700のプロ武偵クラスだった。泣ける)。

 で、命からがらその任務から生還することはできたんだが……それに味を占めたのか、教務科の連中、たまに俺とレキを組ませるようになりやがった。レキと組んでから死に掛けた回数は、両手の指じゃ収まりきらない。

 とまあ、ここまで話せばおわかりだろう。つまり俺が懸念しているのは、こいつがあのクラスの任務を受け続ける限り、いつまた俺にお鉢が回ってくるかわからない、ということだ。転科した上にランクがEになったからか、ここ数ヶ月はそういう要請はねぇけどな。

 ……って、なんて情けなさだよ、俺は。今もその任務をこなし続ける女の子より、自分の心配とか。

 やべ、そう思ったらなんか急に恥ずかしくなってきた。顔赤くなってる気がする。

 

「あー、まあ、なんだ……とにかく、お前はもうあんまり無茶すんじゃねぇぞ。わかったな?」

 

 羞恥心を誤魔化すように頬をかきながら、レキにそう言う俺。

 ……って、うわーレキめっちゃこっち見てる。ガン見だ。無表情だから、なんかめちゃくちゃ糾弾されてるような気になってきた。「錬さんはヘタレですね」とか、眉一つ動かさずに言われてしまいそうだ。いや、ホントに言われはしないだろうけど。

 5秒か、10秒か、あるいはそれ以上か。

 じっと見つめられ続けるこの状況に、そろそろ俺が耐え切れなくなったとき。 

 

「…………」

 

 と、無言のまま、レキはこくりと頷いた。

 え、えーと、これはあれかな? 俺に指図されるのは腹立つけど、とりあえず社交辞令で頷いとくか、みたいな感じだろうか。だとしたら、すげぇいたたまれねぇんだが。

 唐突にごめんなさいと謝りたくなる衝動に駆られ、しかしそれを押さえ込む。そんな真似をすれば、今度こそなにか言われることうけあいだ。

 ……もう帰ろう。ずっとこの視線にさらされ続けたら、懺悔(ざんげ)とかし始めちまいそうで怖い。

 

「ん……じゃ、そろそろ俺帰るわ。悪ぃな、こんな朝っぱらからつき合わせちまって」

「いえ」

 

 短い否定で、レキは俺の謝罪を受け入れる。

 こういうところ、昔からかわんねぇな。合同任務(コンビクエスト)で俺がミスったときも、似たようなことがあったっけ。俺が「悪い。助かった」と謝れば、レキはすかさず「謝るのは私の方です。私こそ、あなたに助けられました」とか俺を気遣ってフォローしてくれる。決してこっちを悪し様に言わない、変だけど良い奴なんだよな。

 さてと……ホントにそろそろ帰っかな。帰って俺とキンジ……と多分、アリアの飯もつくらねぇといけねぇだろうし。

 あいつらそろそろ起きてんだろうな、と呟きながら俺はベンチから立ち上がる。気づけばいつの間にかすっかり朝日は昇っていて、また今日も一日が始まるんだな、と柄にもなくそんなことを思った。

 最後にレキに「じゃな」と一言告げて、俺は男子寮へと向かうべくその場を後にした。

 が、その歩みが2、3歩刻まれたところで、

 

「錬さん」

 

 と、声がかかった。

 足を止めて振り返ればそこにはやはりレキがいて、しかし彼女は先ほどとは違い、すでにベンチから腰を上げ、儚げに佇んでいた。

 なぜか、放っといたら消えてしまいそうだ、なんて感想を抱き、俺は返事を返す。

 

「ん? どした、なんか言い忘れたことでもあんのか?」

 

 あれだけ付き合ってもらったんだ。ここで無視して帰るという選択肢はありえない。

 じっ……と、俺を静かに見据えるレキに、俺もまた目を合わせることで応える。

 黄金色の彼女の瞳が、わずかに揺れた気がした。

 

「あなたは、心配する必要はありません。私は死なない。なぜなら――」

 

 その先を、彼女はなんと言おうとしたのだろうか。

 突如、何の前触れもなく突風が吹いた。涼やかな朝の涼風が、前髪を激しく揺らす。髪に隠れて見え隠れするレキの姿。そして、ゴォウッと耳元で風がうねる音を俺は聞いた。

 それはつまり、その風が、レキが俺にかけたであろう最後の一言をかき消したということで。

 だから俺はその先を聞くことは叶わなかった。

 レキは、今度は台詞を繰り返すことはなく、クルリと踵を返して、ここから去っていった。おそらくは彼女もまた、寮に帰っていったのだろう。

 だんだんと遠くなる小さな背中を見つめ、

 

「レキのやつ、今なんつったんだ……?」

 

 と、俺は小さく問いを口にした。

 答えが返ることはない。答えを持つ者も、そして答えを聞いたものも、この場にはいなかった。

 だから俺は、一つ息を吐いて。

 それから、去り行くレキに背を向けて、男子寮への帰路についたのだった。

 

 * * *

 

 狙撃科2年、Sランクの称号を与えられた少女・レキには、おそらくは学園内でもかなりの人数が知る、1つのあだ名が付けられていた。

 ――『ロボット・レキ』。

 無口・無感情・無表情、と無しの三拍子が揃ったこの少女を、彼女を知る武偵高の生徒はこうあだ名している(実は密かに、超精密な狙撃の腕を指してこう呼ぶ者もいたりするのだが)。

 しかし、それも無理はない、と皆が思う。なにせ、本当にロボットかと見まがうほど、彼女は機械的でそして人形めいていた。まるで、心がないかのように。精緻な美を放つ、無機質ながら人を惹きつける彼女の容姿もまた、芸術性という意味でこの評価の一因になっていた。

 そして、レキ自身もまた、そう呼び習わされていることは知っていたが、だからといってリアクションを起こすことはなかった。外面的な意味はもちろん、内面的な意味においても。

 ふざけるな、とわめくことなどせず。そんな呼ばれ方はいやだ、と泣きもしない。

 やめてほしい、と心を痛めたりせず。だからどうした、と開き直ることもしない。

 まさしく、無反応。レキという少女は、そういう人間だった。

 ただ、過去に一度だけ、とある男子が無しの三拍子に加えて「胸も無い」と言っていたのを偶然聞いてしまった時は、かすかに感情の揺らぎのようなものが生じたりしたのだが、それは彼女のみが知ることだった。ちなみにアリアにも似たような経験があるのだが、その男子には『風穴エクスキューション』なるものが執行された。

 が、ここまで言っておいてなんだが、当然のことながら彼女は人間である。ロボットでは、決してない。

 だから彼女の動力源はオイルなどではないし、生命活動を続けるためには食事(主食はカロリーメイト)が必要だった。

 そんなわけで、レキは今日もまた、早朝5時から(なぜそんな朝早くかはわからないが)学園島内のコンビニまで出向いていた。

 レキはこのコンビニの常連だった。当初こそ、彼女を象徴するドラグノフ狙撃銃と共に入店してきたレキに店員は驚いていたものだが、いまやすっかりお得意様として認識されていて、レキ御用達のカロリーメイトの入荷は大量に増加していた。

 まあ、そんなお店の裏事情など知らないレキは、ただ目当ての商品を多く置いているからという理由で、ここに買いに来ているのだが。

 そして、手持ちの残金と消費量や賞味期限などを計算しつつ購入量を決めていたとき、レキに声をかけるものが現れた。

 去年のクラスメート、有明錬である。

 1年前よりも伸びて、後ろで一房に縛った黒髪。生徒間ではもっぱら悪いと評される黒の双眸。レキにとっては、数ヶ月ぶりに見る、そして去年の1年間で見慣れた顔だった。

 錬は、レキに「少し話さないか」と誘った。聞けば、早起きしてしまったので、時間を埋める相手が欲しかったらしい。

 レキはそれを了承した。基本的に早起きのレキではあるが、だからといって特段やることがあるわけではない。ただの習慣だ。だから、錬に付き合う理由はなくとも、付き合わない理由もまたなかった。

 その二択ならば、たいてい後者が選択されるのだが、錬は数少ない例外だった。なぜなら錬とは1年の時に時たまコンビを組んでいたことがあり、他の生徒よりも親密度で言えば断然高かったからだ。そんな融通がきくくらいには、レキにも人間味があった。

 結局カロリーメイトはあるだけ全部買い占めることにしたレキは、精算を済ませてから錬と2人、コンビニを出た。そして、すぐそばの街路樹脇に設置されたベンチに並んで座り、一度頼みを聞いてもらえたことを錬が謝って、薄闇の中彼との会話は始まった。

 口火を切ったのは、錬だ。

 

「にしても、お前と会うのも久しぶりだな。春休みは俺ぁ、ほとんど実家に帰ってたし、俺が探偵科(インケスタ)に転科してからは、あんまり会うこともなかったろ」

「はい。私の記憶が正しければ、72日ぶりになります」

「そうか……もう、そんなになんだなぁ」

 

 錬の声には、どこか昔を懐かしむような響きが含まれていた。

 その感覚はレキにもわかる。久方ぶりに言葉を交わすことで、レキもまた錬と組んでいた時のことを思い出した。

 そしてそこから話題はいくつか転々とシフトして、やがて武偵高らしく任務の話に移った。

 錬はレキに尋ねた。未だにハイランクの任務を受けているのか、と。

 レキはそれに、淀みなく答える。

 

「はい」

 

 死すらあり得る高難度任務を今でも続けている、とレキはなんの躊躇いもなく言い切った。そこからはいかなる感情も読み取れない。自身の実力の顕示もなければ、死への恐怖さえないかのようだ。

 いや、実際ないのだ。このレキという少女には、およそ感情と呼べるものが。感覚と感情は違う。

 それを去年の1年間でおそらくわかっているであろう少年は、

 

「……そうかい。受けるのはお前の自由だが、ほどほどにしとけよ。お前が強ぇのはよく知ってっけどな、あんまり自分の力を過信して高難度の仕事ばっかやってっと、いつか死んじまうぞ」

 

 と、そう言った。

 言葉面だけ取れば、なんてことはない、それは誰にでもかけられるような言葉。ただの、助言にすぎない簡単な台詞だ。

 だけど、レキは知っていた。

 彼の台詞の裏に、隠された感情がある。表面には現れていないだけで、()()はきちんと存在しているはずだ。

 だからレキは、正面を向く錬の横顔に顔を向けて、確認の意味も込めて訊いてみた。

「私を、心配してくれているのですか?」、と。

 錬がレキのことを多少なりともわかっているように、レキもまた錬のことを多少なりともわかっていた。

 それは多分、彼と関わった者なら、みんなが気づいていることだ。

 この少年は、優しい。きっと、誰よりも仲間のことを想っている。

 ()()()()のときもそうだった、とレキは過去へと意識を寄せる。脳裏に、彼の姿を再生する。

 あの時錬は、こんな機械のような、守る価値などないと自分でも思っている人間を、文字通り命がけで救い出してみせた。

 そして、傷だらけになりながらも、言ってのけた。

 

『お前が何を勘違いしてんのか知らねぇけどな。俺はたいしたことなんてなに一つやってねぇ。当たり前のことを、当たり前にやっただけだ。お前が生き残ったのも、俺が生き残ったのも、運がよかったってだけの話なんだよ』

 

 それは嘘だ、とレキはきっと断じることができる。あれは、運なんて単純な物で片付けられることではない。

 だけど、きっと何度訊いても錬は言うのだろう。「あれはただの偶然だ」、と。

 どうしてそこまで頑なに認めないのかは、レキにはわからない。強情なのか、何か理由があるのか。もしかしたら、錬と同じく元クラスメートの峰理子が言っていた『ツンデレ』というやつなのかもしれない(レキには意味がわかっていないが)。

 だから残るのは結局、レキが錬に命を救われた、というただそれだけの事実。覆せない、そして覆したくない、たった一つの真実だけだった。

 ――と、そんな風にレキが回顧していると、

 

「あん?」

 

 と、錬が聞き返してきた。

 何か考え事でもしていたのか、ハッとしたようにこちらに顔を向ける。

 ……自分と話している最中に、この少年は一体何を考えていたというのか。とレキは少しだけ気になって――

 

(気になる……。私は、錬さんが何を考えているか、気になっている……?)

 

 と、初めて自問自答した。

 感情がないはずなのに。心がないはずなのに。

 そのはずだった。そして、それでいいはずだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分は錬の思考の対象を今、知りたがった――?

 

(私は……一発の銃弾)

 

 ゆえに、心は持たない。……その、はずだ。

 レキは自分の状態が正確にわからなくなった。今自分は何かを思っているのか。それともただ、何かを思っている気がしているだけなのか。

 レキは、その答えを求めるように、少年を見つめた。

 錬は、どこか困惑しているような顔をしていた。それはなぜか、と考察してみて自分が聞き返されても何も言ってなかったからだと気づいた。

 

「錬さんは、心配しているのですか?」

 

 答えはわからないままだったが、レキは錬に再びそう訊いた。

 錬は、その問いかけに一瞬悩むそぶりを見せてから、

 

「……ま、それなりにな」

 

 と、そっけなく言った。

 これは非常に珍しいことだということに、レキは気づいた。普段、錬はこういう風にストレートに仲間を気遣うことは言わない。行動で示すタイプなのだ。

 それが今、レキにははっきり言った。心配している、と。

 慣れないことをしたという自覚があるのか、錬の頬は僅かに赤く染まっている。照れているのだろうか、とレキは予想した。

 

「あー、まあ、なんだ……とにかく、お前はもうあんまり無茶すんじゃねぇぞ。わかったな?」

 

 照れくささに耐え切れなくなったのか、錬は誤魔化すようにそう言った。

 本当に、こういうところは変わらない。長いとはいえないけれど、薄いとも絶対言えない付き合いを通して、彼は終始こういう少年だった。

 いつまでも、どこまでも変わらずにあり続ける少年はまるで――

 

(あなたは……風のような人だ)

 

 と、レキは()()()

 絶えずたゆまず、故郷に吹く風。ずっとずっとレキのそばにあった風もまた、彼のように変わることはなかった。

 

「…………」

 

 久しく会ってなかったことで初めて分かった共通点を感じながら、レキは小さく首を縦に振った。それは、錬の言葉に対する首肯だった。

 未だ照れが残っているのか、錬はわずかにみじろぎして、

 

「ん……じゃ、そろそろ俺帰るわ。悪ぃな、こんな朝っぱらからつき合わせちまって」

 

 錬が謝るも、レキは「いえ」とだけ返す。迷惑、とは間違っても思っていなかったからだ。

 そういえば、去年もこういうことがよくあった気がする。レキに迫った危機を錬が払い、その際に生じた錬の隙をレキがフォローする。なのに錬はこちらより先に礼を言うものだから、レキもすぐに礼を返すことになっていた。

 そんなことを思い出していると、錬がやおら立ち上がった。言ったとおり、もう帰宅するつもりらしい。

 歩き始めた錬の背中が、数歩遠ざかったところで、

 

「錬さん」

「ん? どした、なんか言い忘れたことでもあんのか?」

 

 レキは、錬を呼び止めた。

 言わなければならなかったことが、そして言いたかったことが、まだ残っていた。

 錬はこちらに向き直り、次なる言葉を待っている。

 だからレキは、流れるように言った。

 

「あなたは、心配する必要はありません。私は死なない。なぜなら――」

 

 その時だった。

 突然、彼らを強い風が襲った。朝嵐(あさあらし)、と呼ばれる現象だ。

 乱れる前髪を物ともせず、レキは続ける。

 ずっとずっと言えなくて、胸の内に閉まっていたことを、レキは初めて錬に告げた。

 

「――あなたにもらった命だから」

 

 だから、決して散らせない。彼に与えられた命なら、彼の許可なく失うことは許されない。

 言外に込めた言葉は、果たして錬に届いただろうか?

 レキは、錬がどう言うかも待たず、彼に背を向ける。そしてそのまま、迷いない足取りで、第1女子寮へと歩き始めた。

 歩を進めながら、レキは考える。

 結局、さっき自分は何かを思っていたのか、その答えは出なかった。

 だけど、レキはそれでもいい気がした。

 ――今は、まだ。それでいい気がした。

 少女が『答え』を知る日は、まだ先のことになるのだった。

 

 * * *

 

「ただいま」

 

 レキと別れてからキンジの家に帰った俺は、玄関を開けながら帰宅の挨拶を唱えた。

 ドタドタとやかましい音を鳴らしながら、リビングから何かが駆けてくる。

 そいつは上框(あがりがまち)で急ブレーキをかけ、ピンクのツインテールをしゃなりと靡かせた。

 

「遅い! どこいってたのよ錬!」

「ちょっと、散歩にな。というかお前、遅いったってまだ7時にもなってねぇんだが」

 

 怒髪天をつく……とまではいかなかったが、厳しい目で俺を詰問したのは、寝巻きから制服に着替えたアリアだった。

 俺は靴を脱ぎ、廊下に上がる。さて今日の献立はどうするかと考えながらアリアが来た方向へ向かう。

 その後ろからトコトコとアリアが付いてきながら、俺に抗議を始めた。

 

「ちょっと、聞いてよ錬。キンジったら、あたしがお腹すいたって言ったら、『すかせバカ』とかぬかしたのよ!?」

 

 あーそうですか。多分俺も同じこと言うと思うぞ、それ。

 しかし自分から藪をつついて蛇、いや仔ライオンを怒らせるほど俺はバカじゃない。

 つかこいつ朝からテンション高ぇなと思いながらリビングに入ると、アリア同様すでに着替え終えたキンジがソファに座りながら、インスタントコーヒー片手に新聞を読んでいた。オヤジかお前。

 

「よぉ、キンジ。珍しく今日は早ぇな」

「お前の後ろについてる奴に蹴り起こされたからな。比喩なしで。というか、飯飯うるさくてかなわん。錬、エサをやってくれ」

「あたしはネコじゃない!」

 

 誰もネコとは言ってないわけだが。好きなのか、ネコ。

 そんなどうでもいいことを考えながら、

 

「わかったから、じゃあお前ら大人しくダイニング行ってろ。ああ、その前にキッチンから皿出せ」

 

 と、朝食の準備を指示する。

 こいつらが指示通り動く間、俺は一度手を洗いに行き、それからキッチンに入って調理を始めた。

 トースターで食パンを焼きつつ、ベーコンエッグを作る。スタンダードなメニューではあるが、別にいいだろ。

 皿に盛り付けを済ませ、卓上に料理を運んでいく。飲み物は、俺とキンジが麦茶、アリアが牛乳(ちゃんと大きくなれよという意味を込めて)だ。

 そして、ずいぶん久しぶりになる2人以上の朝食が始まる。

 

「んっ……んぐんぐ。へー、やるじゃない錬。結構おいしいわ」

「そりゃどうも。落ち着いて食えよ」

 

 ベーコンエッグに口をつけてコメントするアリアに、俺は適当に返す。

 まあ、ほめられて悪い気はしないな、うん。さすがは時雨仕込みだ。

 と、キンジがテーブルの上をキョロキョロ見回し、

 

「おい、錬。いつものジャムはどうしたんだよ」

「俺の家に決まってんだろ。わざわざ持ってきてねぇよ」

「マジかよ。あれ、楽しみにしてたのに」

「なに、あんたたち? いつものって、部屋違うのに朝ごはんは一緒に食べてるの?」

「いや、というかキンジを俺が養ってるって感じかな」

「その言い方はどうなんだ? 俺、ちゃんと食費は払ってるんだが」

 

 あー……そういや、いつからこいつと飯食うようになったんだっけか。

 確か、俺やキンジが転科したぐらいのころだったか。あのくらいのころから、俺たちはこうやって2人で(たまに剛気や亮、ついでに時雨も来るけどな)朝飯を食っている。ただし、一方的な俺の奉仕活動ってわけじゃない。キンジには自分の分プラス多少俺の分の食費を払ってもらってる。いわゆる、ギブ&テイクってやつだ。

 ま、ホントはキンジには白雪のやつが飯作ってくれるはずだったんだけどな。こいつ、あろうことかそれを断りやがった。もったいねぇ野郎だよ、こいつは。いくら女嫌いっつっても、幼馴染まで遠ざけるこたねぇだろうに。

 ちなみに、後日その話を強襲科(アサルト)の男連中に言ったら、キンジはそいつらにボコにされたという話もある。

 俺はベーコンを一切れ口に放り込んでから、

 

「んで? 結局、昨日のドレイ云々の話はどうなったんだ?」

「どうもこうもない。俺は絶対強襲科には戻らない」

「まだわがまま言ってるの、キンジ? いい加減入るっていいなさい!」

「何がわがままだ! お前が勝手に言ってるだけだろ!」

 

 にわかに騒がしさを増す食卓。水と油というか、こいつらホント口を開けば言い争ってやがるな。

 というか、キンジはともかくアリアはもうちょいボリューム落とせ。男子寮に女を連れ込んだなんて噂が立ったらどうする。

 俺は一つ、息を吸い込んで、

 

「ケンカすんなら飯取り上げんぞテメェら!」

 

 と、食事中にも関わらず拳銃を抜きそうなほど白熱した2人を一喝した。

 途端に静まるバカ2人。やはり人間の資本は食ということか。

 ……はぁ。母親かよ、俺は。

 その後もちょいちょいアリアVSキンジが始まりそうになるのをなだめつつ、騒がしく朝は過ぎていった。

 ホントこいつら、レキとは大違いだ、まったく。

 

 * * *

 

「あれー? ねーレンレン、キーくんは?」

「んー……青海にネコ探しだとよ。『依頼(クエスト)』だ」

 

 午前の4時間を乗り越え、昼休みも明けて今は5時間目に入った。

 これは前にも言ったが、武偵高のカリキュラムは午前が一般教科(ノルマーレ)、午後が専門科目となっている。

 だから俺はその規則に従い、今は探偵科棟にいた。……ああ、入試のことが思い起こされる。

 第2実習室。そこが、今から俺たちが授業を受ける教室だ。たしか、今日は指紋採取の実習とか言ってたっけ。

 で、それはともかくとして、早起きした代償としてまぶたが重くなった俺が長机につっぷしていると、理子がキーくん……つまり、キンジがなぜここにいないのかと訊いてきた。俺とキンジと理子は揃って探偵科だからな。

 そんでもって、話題のキンジは今、『依頼』で校外に出てるはずだ。

『依頼』ってのはその名の通り、学園が民間から受けてくる仕事のこった。武偵高校では、一定期間の訓練のあとこの『依頼』を受けることができるようになる。そんで、午後の専門科目の時間を『依頼』に当ててもいいことになってるんだ。小金目的で、単位狙いで、あるいは腕試し的な意味で。受ける理由は種々様々、これもまた武偵高生の大きな学習と言えた。

 ……蛇足になるが、この『依頼』、普通中学生は受けることができない。それができるのは、インターン組だけだ。なのにプロ級の任務(クエスト・リバース)受けさせるとか、頭おかしいだろ東京武偵高中等部。

 

「えー、そんなの理子つまんなーい! キーくんとレンレンは2人そろってこそじゃーん!」

「るっせぇ。勝手にセットにすんな」

 

 俺の返答が気に入らなかったらしい理子に、俺は伏せたままで文句を言う。

 つーか、耳元でぎゃーぎゃー騒がねぇでくれ。眠れねぇだろ。俺はこれから、せめて高天原先生が来るまで、夢の世界に旅立つことに決めてんだよ。

 というか、だ。

 俺は組んだ腕からわずかに顔を上げ、理子に面倒そうに視線を向け、

 

「そもそもな、なんで俺に言うんだ。出てったのはキンジの方だろ」

「むむっ。確かに! レンレンは頭いいなー。ところで、なんでキーくん依頼受けたの? 最近全然受けてなかったのに」

 

 なんでお前がキンジの受注状況を知ってんだという疑問は多分触れないほうがいいんだろうな。主に俺の精神的衛生面で。こいつなら素でストーカーしてますとか言い出してもおかしくない。

 俺は出掛けにキンジが言ってたことを思い出しつつ、

 

「確かアリアから逃げるため、とか言ってたっけな。まあ、その企みも無駄に終わるだろーが」

「なんで?」

「さっきここ来る前にアリアに会ったんだよ、玄関の前でな。キンジのやつを待ち伏せすんだとよ。だから、一緒に行ってんじゃねぇの?」

 

 アリア本人に聞いた話だが、あいつはすでに卒業までの単位を揃えているらしい。だから依頼を受領するというプロセスを踏まずに(つまりあらゆる意味でただ働き以外の何物でもない)キンジについていっても、なんら問題はないのだ。

 ついでに俺も、「あんたも何か依頼受けなさいよ。そしたら、あたしも付いていくから」とか言われたことは、別にどうでもいい情報なので黙っておく。つか、どこまで付いてくる気だあいつ。マジでヤンデレか。どこまでも追いかけるわ、みたいな。

 少し背筋に悪寒が走ったとき、理子が笑った。

 

「くふふっ。ふーん、()()()()()()()()()()()、ねえ。くふっ、くふふっ」

 

 怖い怖い。やめろよその笑い方、マジで。

 

「なんであいつらが一緒だと、お前が喜んでんだよ」

「さあ、なんでかな? なんでかなー?」

 

 何が楽しいのかくるくる回りながら、理子は歌うように言う。

 ああもう、うざい。こういうはぐらかしかたする時は、こいつ絶対ぇ言わねぇからな。

 もういいや。別に、どうでもいいしな。

 だからもう眠らせてくれ。じゃねぇと――

 

「はーい、みなさん。今日は先週言っていた指紋採取の実習ですよぉ」

 

 ほら見ろ、高天原先生来ちまったじゃねぇか。

 俺は諦めたように上体を起こし、天井を仰いだ。

 

 * * *

 

 キンジたちが猫探しの『依頼』を受けた日から、明けて翌日の夕方。キンジが白雪からタケノコご飯をもらって食うの忘れてたっつーから、ご相伴をあずかりにキンジん家に行くと、玄関扉を開けて出迎えたのは、ちびっこいSランク武偵(現・居候)様だった。

 もし俺じゃなくて他の男子が遊びに来ていたら確実に言い逃れできないのに、こいつは一切躊躇なくドアを開けていた。インターホンを鳴らしてからほとんど間もないってことは、こいつ確認すらしてねぇだろ。

 その態度に俺は呆れが多分に混じったため息を吐きつつ、

 

「……お前、居候とは思えねぇほど堂々としてんな」

「あたりまえでしょ。あたしが主人なんだから」

 

 その一言でなぜか納得できるのが、こいつのイカレ具合をよく表している。

 なんてことを思いつつ、俺は(無い)胸を張るアリアを押しのけつつ、部屋に上がる。ちらりと玄関床に目を落とすと、そこにはアリアのちっちゃなスニーカーしか転がってなかった。

 その横に俺も靴を脱ぎ、廊下をまっすぐに進んでいく。

 ボスン、と居間のソファに鞄を放り投げた俺は、首を捻りつつアリアに尋ねた。

 

「で? 肝心のキンジはどこだ? 俺今日、あいつから夜飯誘われてんだが」

「あら、いいことじゃない。キンジもドレイとしての自覚が出てきたわね。こういうプライベートな時間を共有することが、チームワーク向上への一歩になるのよ」

 

 最近分かってきた。こいつ、感情が顔に出やすいんだな。自分の思惑通り事が運んでいると見て、口角が上がっている。

 というか、ご高説結構なことだが、そもそもお前お呼ばれしてんのか? 勝手に上がりこんだうえに勝手に飯食っていく気じゃねぇだろうな――って、そもそも勝手に泊まりこんでるような奴だからな。いまさらか。

 と、その時玄関の方から扉が開閉する音が聞こえた。ああ、キンジが帰ってきたのか。

 

「錬……は、まあいい。俺が呼んだんだからな。だが、アリア。お前はどうやって入った」

 

 廊下から姿を現したキンジは、開口一番アリアに向けて言った。

 アリアはソファに座り手鏡片手に前髪をいじりながら、キンジに返す。

 

「あたしは、武偵よ」

 

 なんでそれだけで通じるんだろうな、武偵高(ここ)。ピッキングしましたってか。

 

「諦めろ、キンジ。お前だってもうわかってんだろうが。こいつがこういうやつだって」

「理解と納得は別問題だ、って確か時雨が言ってただろ。俺はそこまでこの『でぼちん』に屈服した気はないぞ」

 

 でぼちん? なんだっけ、それ?

 アリアも俺と同じ疑問を持ったらしく、

 

「でぼちん? なにそれ?」

「額のでかい女のことだ」

 

 あ、なーる。そういやあったな、そんな言葉。でも確か、それって方言じゃなかったか?

 と雑学感覚で思い出していると、

 

「――あたしのおでこの魅力がわからないなんて! あんた、本格的に人間失格ね!」

 

 突如、アリアは苛烈なまでの勢いでキンジを罵倒した。

 おいおい、そこまで言うかよ。俺言わなくてよかった。

 アリアは少しすねた様に、

 

「この額はあたしのチャームポイントなのよ。イタリアでは、女の子向けのヘアカタログ誌に載ったことだってあるんだから」

 

 と話しながら、一番そのご自慢のおでこがよく見えるように、鏡で前髪を調節している。

 というか、それマジかよ。

 

「へぇ。すげぇなそりゃ。並大抵のことじゃねぇぞ」

「でしょ!?」

 

 うお、なにこの食いつきよう。そんなに自慢なのか。

 花が咲いたように一気に相好を崩したアリアの勢いに、俺は若干押される。

 というかだな、俺が言いたいのは多分お前が思ってるようなことじゃなくて――

 

「ふふっ。わかってるじゃない、錬。それが正しい感性ってものよ! 聞こえてるの、バカキンジ!」

 

 俺の意思が正しく伝わってないことを訂正しようとするも、アリアは洗面所に向かったキンジのところへ行ってしまった。

 ……あー、なんか今更言えねぇぞ。イタリアの撮影スタッフさん、よくこの暴れまわる子獅子を大人しく撮影までこぎつけましたね。なんて、とてもじゃないが言い出せん。

 ま、いっか。言わなけりゃ。なんか機嫌よくなってるし。

 

「あーはいはい、聞こえてるからそんなに騒ぐな。お前が貴族様らしく、身だしなみにもお気を使われていらっしゃることはよくわかったから」

「? その言い方……錬の受け売りって感じじゃなさそうね。あんたもようやくあたしのこと調べたの?」

 

 洗面所にいた2人が、会話しながら戻ってくる。前を行くキンジの後ろをアリアがトコトコついていく姿は、さながらカルガモの親子のようだ。

 というか、キンジのやつわざわざ調べたのか……って、待てよ? 今こいつなんつった?

 貴族様、って言ったよな? え? 何? まさかアリアのやつ、ガチで貴族だったのか?

 う、うおおおおおお! 俺の予想当たってんじゃねぇか! やべぇ、俺本気で探偵の才能あるかも!

 内心溢れる喜びに、俺はわずか身を震わせていると、

 

「ふう……神崎・H・アリア。母は日本人。父親はイギリス人とのハーフ」

 

 キンジが語りだした情報に、俺は内心で納得がいった。

 なるほどな、クォーターだからこんな外見に、あんな名前なのか。

 

「祖母がイギリス王室から『デイム』の称号を授かった、貴族一家……だろ?」

「やるじゃない。なによ、そっちの才能もちゃんとあるんじゃない。しばらく泳がせた甲斐があったわ。他には、なにかある?」

 

 キンジは冷蔵庫から買い置きのミネラルウォーターを取り出し、蓋を開けながらドサリとソファに腰を下ろす。アリアも続いて、同じように着席した。こっちは、トサリって感じだが。

 俺はといえば、学校に持ってった水筒でお茶を飲んでたりする。

 キンジはきゅぽっと音を鳴らしながら飲み口から口を離し、

 

「ロンドン武偵局所属、14歳からヨーロッパ各地で武偵として活動。格付けはAより上のSランク。二つ名は――『双剣双銃(カドラ)のアリア』」

 

 すっげ、さすがキンジ。やるときゃやるな。何個か俺経由で渡した時雨からの情報が混じってるけど。

 ……でもこいつ、こんなに調査力高かったっけ? ヒステリアモードならともかく、これじゃあまるで理子クラス――なーる、依頼しやがったな。理子に。

 ま、使えるものはなんでも使うのが武偵だからな。俺になにかデメリットがあるわけじゃねぇし、別になんも言わんが。騙されてんぞーアリア。お前、キンジが自力で調べたと思ってんだろ。

 

「それから、犯罪者を一度も逃がしたことがないんだってな。それも、99回連続、おまけに1回の強襲で」

 

 マジ? と、俺はキンジの言葉に少し目を見開いた。 

 強襲武偵が用いる逮捕術は、無論強襲だ。だがたいていは数回の強襲により、徐々に追い詰めていくやり方がセオリーとなる。たった1回で犯罪者をねじ伏せるには、当然相応の技術と実力が求められるのだ。

 まあ、アリアなら普通にやりそうだけどな。

 

「ふうん、そこまで調べてたんだ。でも……1つ、間違ってるわよその情報。こないだ、2人逃がしたわ。生まれて初めてね」

 

 アリアがキンジから目線を外し、プラプラと足を揺らす。

 キンジが再びミネラルウォーターを飲み始めたので、代わりに俺が訊いた。

 

「お前からかよ? 随分な犯罪者だなぁ、そいつらは。誰だ? 有名どころか?」

 

 近頃で有名っつったら、『幸せを運ぶ引き金(トリガーハッピー)』、『6624』、『魔剣(デュランダル)』、『武偵殺し』……こんなもんか。ああいや、『魔剣』は噂話だし、『武偵殺し』は捕まったか。

 ここ1年以内という話であれば、『裏通りの日傘(アンブレラ)』ってやつも有名だったんだが……あいつはもういねぇしな。

 って、アリアは欧州で活躍してたんなら、日本の犯罪者とはかぎらねぇか。んー、あっちで有名どころは、『セバスチャン』、『ベイカー街の狂人(クレイジーベイカー)』、『AEU』とかそこらへんか? いや、2人っつってたな。なら、『ドッペルゲンガー』あたりか?

 俺が脳内で、最近の犯罪者リストを思い浮かべていると、アリアはあっさりとその答えを口にした。

 

「あんたたちよ」

 

 瞬間ブバッ! と、キンジが噴出した。

 

「冷てぇ!? かかったじゃねぇかこのバカ!」

「お、俺は犯罪者じゃないぞ! 何でカウントされてんだよ?!」

「無視かテメェ!」

強猥(きょうわい)したじゃない、あたしに! あんなケダモノみたいなマネしといて、しらばっくれるつもり?! このウジ虫ども!」

 

 クソ、制服が水分を吸って気持ちわりぃことこの上ない。

 つーか、アリアのやつ今「ども」っつったか?! あの幇助(ほうじょ)がどうたらって、まだ残ってたのか!

 

「だからあれは不可抗力だっつってんだろ!」

「ちびデコォ! 俺はなんも関係ねぇってこの前言ったろーが!」

「うるさいうるさい! ――とにかく! あんたたちはあたしのドレイにするって決めたの! ぜーったい、逃がさないわよ!」

 

 ヒートアップしたのか、ガー! と立ち上がりながら両手を振り上げ気炎を吐くアリア。

 というかおい、話飛んだぞ。なぜまたドレイ云々が出てくんだよ。

 興奮しているのか顔を赤くしながら、アリアは弁を振るう。

 

「あたしは知ってる! あんたたちは、優秀な武偵だわ! 半年前のこと、爆弾事件のこと、そしてなによりこのあたしから逃げ切ったこと! その実力をあたしに貸してって言ってるの!」

「いや……いやお前、それは違ぇよ。俺がお前の前で優秀なところを見せたことなんざなかったし、そもそも俺は平均レベルあればいい程度の力量なんだよ」

「俺もそうだ。あの時は……偶然うまく逃げられただけで、半年前の事件だって運がよかっただけなんだよ。俺はお前が思っているような力なんてない、Eランクの大したことない男だ。残念だったな。さあ、出て行け」

「ウソよ! あんたたちの入学試験の成績はSランクだった!」

「「ぐ……ッ!」」

 

 想定外の切り返しに、俺たちは言葉に詰まる。

 こ、こいついつの間にそんなこと調べてやがった。武偵の戦いは情報戦から始まるとはよく言ったもんだな、クソ。

 ここで俺のSランクが学校サイドのミスだと言い張ることはできる。が、そんなこといまさら確かめられるわけがない。結局はただの言い逃れだと取られて終わる。

 キンジ同様、俺も去年の3学期の期末テストを受けなかった(つーか、受けられなかった)から、今はEランクまで落ち込んではいたが……記録は残る。教務科(マスターズ)の記録なんて改竄できるはずもないので、事実はどうあれ俺が元Sランクという過去は覆らない。

 というか、ことここにいたってもはや友達に必要な要素とはかけ離れたものを要求され始めてきたのだが。俺の推理、マジであってんのか?

 俺はその疑問から、キンジはおそらく上手い言い訳が思い浮かばないことから、二の句を継げないでいると、アリアは鬼の首を取ったように俺たちを指差して、

 

「つまりあれは偶然じゃなかったってことよ! あたしの直感に狂いはないわ!」

「ぐっ……い、今は無理だ! 出てけ!」

「ッ!? ば、バカキンジッ! お前そんなこと言ったら……!」

「今は? 今はってことは、何か条件があるのね? それにその反応、錬もそれがなにか知ってるみたいね。あたしに言ってみなさいよ、協力してあげるから」

「きょ、協力……って」

 

 アリアの申し出に、キンジがたじろぐ。

 こいつ、自分が今なにを言ったのか、わかってんのか? いや、わかってたら言うはずないし、キンジ的にもまずいのだろうが。

 協力、はまあ理論的には可能だろう。だが、倫理的には不可能だ。

 なぜならそれはつまり、キンジを性的に興奮させなければならないということに他ならないからだ。

 どう答えるべきか考えあぐねる俺たちに痺れを切らしたか、アリアが声を張り上げた。

 

「――教えなさい、その方法! ドレイにあげる賄い代わりに、手伝ってあげるわ!」

「お、おいアリア。お前ちょっと落ち着――」

「錬は黙って! キンジ、あんたが出す条件、なんでも飲む。なんだったら錬、あんたが言う事だって、あたしは従うわ。だから、だから……」

 

 アリアは、そこで一度切った。

 きゅ……と、胸の前に拳を持っていき、赤紫色(カメリア)の瞳を必死さに揺らす。

 そして、

 

「だからあたしに力を貸して……!」

 

 本当に、心の底からというように、彼女は懇願した。

 その姿は、いつものアリアからは想像もできないほど、弱弱しくて。その声は、いつものアリアほどの力はまったくなくて。

 ただ、子供が泣きながら手を伸ばしてくるような、そんな儚さを感じた。

 だから、だろうか。

 

「「…………」」

 

 俺も、そしてあれだけ文句を言っていたキンジも、アリアの言葉を咄嗟に切り捨てることができなかった。

 静寂が、この場に満ちる。なんとも形容できない空気の中、アリアがつけっぱなしにしていたテレビのモニターの中で、お天気キャスターが台風が近づいていると報道した。

 無言の間は、多分十数秒ほどだった。

 やがてキンジがぽつりと、

 

「……アリア。お前は、俺たちの実力が高いから、ドレイにしようって言うんだよな」

「……そうよ」

「だったら、一回だ」

「――え?」

 

 唐突なキンジの言葉に、アリアは呆けた声を漏らす。

 かくいう俺も、キンジが何を言おうとしているのかわからない。

 

「俺は、一回だけ、お前に付き合ってやる。お前の言うとおり、強襲科に戻って、最初に起きた事件を一件だけ、お前と組んで解決してやる。だから、お前はその一件で見極めろ。お前の目が正しかったのか。それとも俺の言うことが正しいのか。もちろん、全力でやることは誓う。これは、お前とのことは関係ない、武偵としてそこだけは守る」

「…………」

 

 キンジの提案に、アリアは口をつぐんだ。

 きっと今、アリアの頭の中では受けるべきかどうか考えているはずだ。

 だけど、それはきっと、()()()()()()()()()()()()()。そういうことだろ、キンジ。

 

「だから、転科じゃない。自由履修として強襲科の授業を取る。……どうする。ここでごね続けるか、それとも乗るか。お前が選べ」

「…………」

 

 キンジの考えは、()()()()()()わかる。俺だけが持っている情報、『ヒステリアモード』。そいつを考えれば、おのずとキンジの狙いは見えてくる。

 それが正しいのか。それとも間違っているのか。俺には判断できなかった。だから、俺は口を挟まなかった。

 そして、アリアは答えた。

 

「――わかったわ。あんたの提案、乗ってあげる。このままだと平行線だってことくらい、あたしにもわかるわ」

「そうか。……錬も、それでいいか?」

「……おう」 

 

 答えは見つからないままで、俺は了承した。

 と、アリアが「ただし」と付け加える。

 

「これだけは絶対に約束して。キンジも錬も、全力で事件に当たって。偽物じゃない、本当の力を見せて。手抜きしたら、風穴あけるわよ」

 

 彼女の頼みに、俺たちはそれぞれの首肯で応える。

 こうして。

 俺たちは、太陽が西の空へと沈む中、一つの約束を交わした。

 そして。

 この約束が、結果はどうあれ試される日が来るのは――そう遠い話では、なかった。




では、また次回。

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